投げる、一球。
打つ、一球。
そして…追う、一球。
燃える球児たちのその胸に刻まれた『一球入魂』の四文字…
勝っても、負けても、一球にかけた青春の日々は球児たちにとってその全てが栄光なのである…
大友俊は令和何某の意識と知識を持って生まれた転生者である。
時は昭和。日本で野球が日常となる世界にて、彼もまた友人に誘われるがままに野球を始めた。三十路前という歳若く死んだ(あるいは死ぬことになる、と称するべきか)彼になろう()主人公のような知見などあるはずもなく、にわか知識とこの世界でのスポーツ医学を元にトレーニングを重ね、才能があったのか見事にエースとして甲子園に出場した。今では『剛球神風の大友』としてTVにも紹介されているのが現在の彼だった。
しかし、それも翳りが見え始めた。創設五年目で甲子園ベスト8まで進んだ我が巨人学園高校は有体にいって調子に乗った。兜の緒を締めるべき一軍監督を海外へ留学させ、東部六大学の昨秋覇者である神宮大学へ挑戦状を叩きつけたのである。
大学も断れば良いものだが、俺が投げさせられると知って手のひらを返してそれを了承し、話題性にメディアも食いついた結果大観衆のTV付きの練習試合が開催される結果となった。
この世界は野球に支配されていると彼は何時も感じていた。
────パァン!!
『160キロ。…甲子園で観てはいたが、やはりコイツだけは別格だな』
『その内平均身長(170)を超えてやると息巻いていたが、プロじゃなくて来年には現実になりそうだな』
『ま、キャッチャーはヘボだ。あの場面で
大歓声を背にブルペンでロージンを握る。炭酸マグネシウムを主とする粉が手を白く染め、白球への握り込みが鮮明となる。この瞬間だけは大友は常に一人であった。春の日差しが冬に感じるような孤独感が、己の集中を深める錯覚に陥るのを彼は好んでいた。
「調子は悪くないようだな、大友」
「岩風監督」
ユニフォームに羽織った上着に手を入れた中肉中背の男、一軍代理監督でありもとは二軍監督の岩風五郎の呼びかけに大友は帽子を脱いで挨拶した。体育会系がものを言うこの世界で、彼は平身低頭を常に意識していた。
「キャッチャーの件、ありがとうございます」
「なぁに。俺も原島さんもあのエラーは気に病んでた。どうだ、司は」
「流石元捕手直々の推薦ですね。…ちょっとばかり素行が気になりますけど」
大友がブルペンを振り返れば長身の整った顔立ちの男、
岩風監督が三球士として引き連れた男達ははっきり言って大友の見識から判断すれば
「俺もアレくらい愛想が良くないとモテ男とは言えませんね。責任はちゃんと取りそうな男に見えますし、仲良くなれるかと」
「それならいい。…今日来る
「──ええ」
新人ときたか、と大友は内心を殺して営業スマイルを決めた。岩風監督の『強い』チームは個が強いプロ野球のようなチームである。しかし、身体の出来上がらない高校生では単体の完成度は限界がある。彼がクビにした大友の元捕手もその仲間だった。選球、鼓舞、普段の信頼意識の積み重ね。監督達が弱いと切り捨てた彼らの
「楽しみにしてます」
大友はプロ野球の夢を
「どうも遅くなりました!巨人学園高校のみなさん!真田一球です!よろしくおねがいします!」
期待の新人は文字通り試合開始寸前にやってきた。
パッと見た限りは純朴な好青年だ。人柄によっては先程から軟派を繰り返す司よりも余程ちやほやされるだろう容姿だ。堂々と真正面を向いた大声はパフォーマンスというより未熟さが目立つ。話し振りからして多人数に慣れていない狭い世界で過ごした箱入りの少年だと大友は思った。
「君が期待の新人か。俺は大友俊。このチームの…あー、野球は何処まで?」
「全く知りません!!」
あけすけに笑った一球に大友は流石に面食らった。若者であればTVで幾らでも見れるスポーツに全く知見がない男を監督はどうして捕まえられたのか。そしてそれを中継させる恥晒しをさせる行為も大友には理解し難い内容だった。
「…ええと。…うん、オーケーオーケー。じゃあ攻撃─休み時間に大雑把に教えよう。守備…あー、野球は敵同士で攻撃と守備に分けるんだが、俺たちはこれからチームで守る必要がある。君は
「あの穴の空いた陣地でしょうか?」
「そう。君はそこの近くに飛んできた球…これだ。これを取って
「大友さんは何処で仕事を?」
一球の質問に大友はこの球場に来て初めて本心から笑ってマウントを指差した。投手として己が最も輝き、あるいは潰える、全てを出し尽くす山の天井。だからこそ、大友はあの場所を中心に決めたのだ。
「あの山の天辺。誰もが羨む守備の総大将の花形さ」
『プレイボール!!』
試合が始まり、大友の脳内から雑念が抜ける。不満点も不足箇所も試合中には関係ない。全てを棚上げして全力を尽くすのが大友の流儀であった。無論、練習試合に合わせた尺度ではあるが。
ありがたいことに態々練習試合にまで参加している応援団のドラム音を背におい、司の
大友は諦めて指示に従った。手を後ろに下げ、膝を胸まで持ち上げた勢いを殺さずに純正のオーバースロー。人差し指ではなく中指の爪までを使った回転は綺麗なバックスピンをかけてキャッチャーのミットへ向かった。150キロ越えのストレートが打者の反応を置き去りにし、軽快な音を鳴らした。たったの三球で大学の一番打者は役割を果たすことなく終わった。
司のリードはこちらの制球の限界を見るようなパターン化したものだった。時計回りに四隅へのストレート。外様以下のお予習すら出来ない才能マンの行為である。偏執狂とも称すべき大友の友人の話題にも上がらない才能程度が行う行為では無かった。その戯言は大友が砂を噛んだかの明訓高校の打者達のような理不尽達にのみ許される行動である。当然、相手の三番打者にはおつうじにはなれなかった。
撃たれた打球は案の定外角高めだった。大友が意識して回転数を高めた投球は見事に打者の振るバットの上を掠めた。空高く球が飛び、ふらふらと力無くその落下は一球の守備範囲を目指していた。
「一球!
「はい!」
「掴んだら手を挙げた奴に向けてボールを投げろ!」
大友でも流石に『とにかく後ろに逸らすな』とは言えなかった。空高く飛んだ球はポール前までゆっくり飛んでいた。一球は大友の
球場がざわめきの音で統一された。一球は内心首を傾げながら鷲掴みで一塁手へボールを投げた。擬音が聞こえかねない、低い、鋭い投球はショートバウンドながらも見事にファーストのグローブへ収まった。打者がファースト手前で呆然とする。判定すら必要がない返球だった。
『アウトゥ!チェンジ!!』
理不尽が来たとわかった。
足腰と地肩の強さが人智を超えている。身体の頑健さに関しては大友以下だが、瞬発力と可動域は圧倒的に一球が上だ。投手、外野手、捕手。どれも足りない巨人学園高校の最悪の
『すげぇ足だ…!ライト丸々アイツの庭みたいなもんじゃねぇか!』
『それより見たかあの肩。大友の球威を考えたら外野越えはねぇぜ』
『…レギュラーに据えたのは伊達じゃないってことか』
観客も一球が繰り広げた
「どうだい、野球は」
「楽しいです!こう、期待がわっと集まって、敵兵を殺せば歓声が沸いて!」
「攻撃はもっと期待されるぞ?何せ九対一だ。あの塁を埋めるのにどれだけ俺達が死兵となるか」
大友が神宮の投手を指差した。一球はマウンドで大友と同様に投げる相手─五味というピッチャーを見た。サングラスをつけた彼は豪快に勢いのある球を投げていたが、何故か物足りなさを感じた。
「大友さんの天狗礫みたいな球が来ると思ってました」
「ははは。俺は日本で一番速い球を投げる男だぞ?比較したら可哀想だろ」
「でもさっき放送で負けたって言ってました。…あれを打てる人がいるんですね。尊敬します」
「そうだ。完敗したし、だから楽しいのさ」
大友が思い出したのは甲子園の逆転サヨナラ負けの場面だった。息を切らして熱投した九回裏ツーアウトに立ちはだかった明訓高校の岩鬼正美。ど真ん中が苦手という天邪鬼を極めたホームランバッターに大友は敗北した。
投球に誤りは無かった。あのストレートは自身の最速である165キロを間違いなくマークしていた。ど真ん中に投げたその直球に対し、あの男はあろうことか
「それじゃあベンチで攻撃のイロハを教えるか。ま、楽しんでいこうか」
「はい!」
真田一球は真田幸村に仕えた忍者・真田鉄心の一九代目の子孫、真田鉄心の息子である。富士山の山麓で生まれ育った彼は、本来辿る道とは異なる道を、確実に、しかしより素晴らしい可能性を含んだ道を歩いていた。