野球教の詩人   作:ややや

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感想もないのでこれでいいか手探りですが投下します。


vs神宮大学

「野球は九対九で攻撃と守備を交互に行う点取りゲームになる」

 

 ベンチに戻った大友は一球に野球のイロハを教えていた。

 

「さっきまでやってたのは守備。投手が投げるボールが打たれた場合にベース─白いアレだ─を左回りに一周されるのを防ぐのが役目だ。つまり、攻撃はその逆になる。相手の球をバットで打ち返して周り切るのが目的だ」

 

 司から借りたトランプで形作った野球盤に打者を立てる。エースの上に置いた小石を移動させ、打者トランプを捻って小石に当てる。小石を適当に弾き、左中間に転がした後、大友はトランプを一塁を経由して二塁に置いた。

 

「あんな感じで途中で止まってもいい。ただし、その場合は次の打者が打たないと基本は進めない。三回失敗したら攻守交代、それを繰り返して点数を競うゲームになる」

「さっきの守備で落とした時にざわめいてましたが、あれは?」

「球を打った際に直で取ればその時点でアウト、失敗扱いなのさ。つまり、あの時のお前はわざわざ難しい行為を土壇場で決めた凄い奴になる」

「へぇ〜」

 

 今更に気付いたらしい一球はえへえへと照れた顔で笑った。大友もニヤリとあくどく笑い、バットを持って一球の前でスイングした。ブン、と鋭い音が鳴り、一球は小さく声を上げた。

 

「打者の仕事は簡単だ。ストライクというバットが届くゾーンに球が三回取られたら負け。打ったのが直接取られたら負け。取られなくても塁に間に合わないなら負け。走ってる時に球を持つ選手に触れたら負け。観客席に飛ばせばヒーロー。大体はコレだ」

「大友さんが幾ら守っても打てないと負けると」

「投げるだけなら二百も三百も投げるけどな─お、投手が失敗したな」

「四球外れたら城取りですか」

 

 そういうこと、と大友はバットを仕舞う。そして漸く残りの新入り達に向き合った。三人は手を挙げて了承の仕草をそれぞれとった。流石に彼らもど素人の指導を優先するのは理解していた。

 

「すまんな、自己紹介を後回しにして。俺は大友俊。日本一速いエース様だ。よろしく」

「見とったで。ええ()()球投げてるなあ!わいは堀田(ほった)三吉(さんきち)。将来プロになる男や、よろしゅうたのんま」

 

 そう言ってニキビと前髪が目立つ男は飄々とバッターボックスに向かった。本人が主張するように、確かに腕には自身があるらしい。打席に立つ彼の姿勢は確かに練習量が見えるブレのない立ち方だった。

 

 アレなら心配することもないかと大友は残る二人に向き合う。成人男性顔負けの巨大を示す大柄の男は大友と一球に巌のような表情で挨拶した。

 

「おれの名は一角(いっかく)志郎。北海道から来た」

「ま、知ってるだろうけど、(つかさ)幸司。よろしく」

「ああ、よろしく」

 

 ひとまず大友の機嫌が戻ったのを見て岩風は彼に頭を下げた。大友は何も言わずに肩をすくめた。岩風は不敵に笑い、一球達三人組を自慢げに示した。

 

「彼らはウチの高校に足りない打撃を期待して呼び寄せた。少なくとも今のスタメンはわしが純粋に評価した結果や。あの大学ナンバーワンの五味(ごみ)連太郎に打ち勝てるくらいのな」

 

 岩風の宣言通り、高めに投げられた球を堀田は綺麗にセンター前へと運んだ。続く二番の空振りに合わせて盗塁を行い、軽々と得点圏へ移動する。三番の一角は初球を鋭く叩いたが、運悪くサード真正面のライナーとなった。しかし、その打球は重く、体の出来上がった筈の大学生が尻餅をつくほどの威力を誇っていた。

 

 大友は納得して頷いた。巨人学園高校は他所の記者曰く、『大友のワンマンチーム』である。彼としては捕手のリードや守備の恩恵なしでは甲子園に行けなかったと感じているが、客観的には違うらしい。あからさまに不足していた打撃要員の強化は大友が投げない場合も勝ち得る要因となるはずだ。大友的には全試合投げ抜くことも可能だが、原島監督が殺されかねないと言って拒否されていた。

 

「確かに。五味()にあれだけ出来れば援護には期待出来ます。後は一球ですが…彼、ピッチャーにしたいんですが、どうでしょう」

「ピッチャー?わいは捕手予定…ちょいまて、弟やと?今投げてるのは連次郎っちゅうことか!?高校生の!?」

「立ち上がりの早さが改善してますね。()()()とはいえこの地区で俺の次に有名なだけある」

 

 聞こえてはないだろうに、五味は確かに大友を睨んだ。否、彼には事実あの嘲りが聞こえていた。見ればわかる。わかってしまう。軟球と、己のストレートを軟弱と指摘するあの声が脳内に響くのだ。

 

「…大友ォ…ッ!!」

 

 五味連次郎にとって大友は憎くて仕方がない因縁の仇である。ジュニアの頃から野球をしていた彼にとって、大友は常に比較される存在だった。彼が血に塗れて球速を更新しようが、大友はそれをあっさりと上回る。彼に憧れて夢破れた投手達がどれだけいるだろうか。それでも五味が投手にへばり付いたのは、大友を見て唇から血を流す兄を見たからだった。

 

「今からでも文句言って変えられへんやろか」

「不義理したのはこっちが先でしょう?本番で当たるのは今の彼ですし、寧ろ変えられる方が後々困るのでは?」

「うーむ。まあそうか──一球!打つ時はその四角からはみ出たらダメだ!」

 

 一球から景気のいい返答が届く。五味は唸るような声と合わせてストレートを投げた。一球はそれに合わせるように大声を上げてバットを振るが、まるでミートが合わない。しかしその豪快なスイングは一角の強打にも劣らないほど風を切るスイングスピードであった。

 

『バッターアウト!チェンジ!!』

 

「ま、まるで当たらないや…」

「そりゃトーシロが簡単に当てたらおまんま食い上げですわ」

「スイングは良かったがな。ま、守備で返上しようぜ」

「─そうですね!」

 

 一球は明るく答えた。事実、彼はこの後の守備を全てアウトでこなした。彼の足と肩があればボールの捕球など片手間で問題ない。球の真正面に回り込み、膝を着けて腰から球を取れば後逸などしようがない。彼が守る穴は死地と化し、彼が()()()()()()()に慣れた頃には右打者の振り遅れはアウトと等しくなった。

 

 試合は完全なゼロゲームとなった。未だ直球のみの大友は当たり前のようにノーヒットを達成し、対する五味も三球士に打たれはするがランナーを帰さない。二人の健闘に観客席は大盛り上がりだった。

 

 だが、観客とは異なり監督達は不機嫌だった。どちらも無失点が当然の二人には、点を取らない打者にお冠だった。神宮大学の監督などは、今にも怒鳴り散らしたくて仕方ないとばかりに貧乏ゆすりをしている。岩風もあの立場ならそうするだろう。何せ今は九回裏。こちらが点を取れば屈辱の完封負けを喫するのだから。

 

「アホォ!せめて転がせやぁ!」

 

 だからこそ、初回の打者が無様に三振したのを岩風は叱責した。

 

「何のためにお前らを呼んだと思ってるんや!お前ら一球以下か!!」

「金に成らんとモチベ上がらへん」

「大友の球受けたら握力保たねえ。ちょっち練習不足だわ」

「上手いこといなされちまった。不甲斐なくてすまない」

 

 割りかし本心から反省していると思わしき三球士に岩風はため息をついた。

 九回のラストバッターは一球だった。打者の成績は当然の四三振(ヨンタコ)。それでも一度あった、ボールを掠めかねない特大の当たりは末恐ろしいと五味は息を吐いた。

 

「(…大友さんには劣るけど、五味さんも強い。速いし、変化球はタイミングも合わない。今のぼくには到底敵わない)」

 

 一球は緊張とは無縁の男であった。新人の彼は、この球場にいる誰よりも冷静だった。忍びの末裔として剣術を知る彼は棒振りが付け焼き刃でこなせないのを熟知していた。だからこそ、彼は気前良く、あるいは捨て鉢に賭けに出ることを決意した。

 

 ─内角高めのストレート。それ以外はすべて捨てる。

 

 四打席目でようやく賭けに勝った一球の打撃はライト前へのポテンヒットだった。フェンス際に張り付いていたライトがボールに辿り着くまでに一塁を、ライトが顔を上げた時には一球は二塁間際を走っていた。

 

()()()()()()()()

 

 三塁カバーに回っていた五味が叫んだ。その声色は次打席を打ち取る自信に溢れた言葉だった。ライトは即座に捕手へ返球し、その間に一球は三塁ベースを踏み抜き。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「なにぃ!?」

 

 明らかな暴走に神宮のキャッチャーは悪手を放った。大回りをする一球を捉えんと本塁から数歩進んで腕を横に薙いだ。その腕が当たる前に一球の身体は解決策を実行していた。走る間隔を狭め、膝を軽く落とし、そして一気に開放した。

 

 一球はキャッチャーの頭上を飛び越えていた。

 

 キャッチャーが空を飛ぶ一球に手を伸ばしたが、まるで届かない。彼は仰向けに沈黙し、一球は本塁へ着地した。審判が高らかに宣言を挙げ、観客が爆発した。圧倒的なサヨナラ勝ちであった。

 

「──あれが彼を四番にすえた理由ですか」

 

 その光景を、神宮大学のエースである五味連太郎は貴賓席で眺めていた。

 彼の言葉を聞くのは巨人学園高校の理事長である住吉。彼こそ、あの真田一球をスカウトした張本人だった。

 

「ランナーはランナーを超えられない。あの俊足を封じるには塁を埋めるしかない。だが、それは得点源を巨人学園高校に与えるに等しい。まさに大友のための選手だ」

「連次郎君も悪くは無かった。無かったが、わしの一球の胆力が上回ったのぉ」

「ですが愚弟も得難い経験を積みました。──本番では負けません」

 

 元々は連太郎も弟のように投げ抜く意気込みだった。しかし、連次郎は外審に変装してまで対大友に執念を燃やし、そして投げ抜いた。果たして高一の己にそんな度胸は存在していただろうか。観客席はどちらの投手も讃えている。彼らのためならこの後に謝る形で不義理の泥を被るのは当然だと連太郎は笑った。

 

「私はこれから巨人学園高校に謝罪しますが…何故、一球を?」

 

 打撃強化の為に三球士を引き入れたのは理解できる。だが、野球に触れさえもしない素人を探し抜くのは並大抵な苦労ではない。彼の質問に住吉はグラウンドを見つめながら呟いた。

 

「大友には『武器』が足りん」

「アレで?それなら俺含めてプロの投手はみじんこ以下だ」

「それは『牙』だ。飢えを満たす個人の力だ。大友に足りないのは格上だ。わしを含めた全てが大友の劣化なのだ」

 

 黎明期どころではない巨人学園高校に大友が入部したのは完全に偶然だった。外野で下手くそな打撃をする彼を見て投手を勧めたのは岩風監督だったか。結果として大友は高校どころではないプロ以上の投手へと成長した。かの明訓高校の最強捕手、山田太郎の対として大友は奮闘し、そして敗れた。

 

「大友が入部して、わしらは彼の光に灼かれた。頑丈で、勤勉で、仲間想いで、オマケに野球が強い。巨人学園高校が負けたんじゃない、大友俊が甲子園の敵に負けたのじゃ。これ以上はわしらが変わる必要があった」

「それで彼らを…!」

「メンタル、身体能力、悪辣さ、頭脳。巨人学園高校を大友から大友というエースを持つ高校に変えるための劇薬。大友にはアイツらを御して本当の意味で成長してもらう」

 

 住吉が知る限り、岩風と原島は根っからの野球人である。大友はそんな彼らにとって本物の希望であった。自らが野球を初めて夢に持った才能を開花した大スター。日本どころか世界にさえ届き得る至高の投手。

 

 絶好調の大友が投げた、一度だけ見れた神の領域、171キロストレート。

 

「《本物》になれば──明訓など恐るるに足らず」

 

 彼をそこに押し上げる為ならいくらでも献身してやる意思が彼らにはあった。連太郎はその目に喜悦を感じた。彼らが育てる巨人学園高校が何処まで変貌するか楽しみで仕方なかった。

 

 ──弟よ、敵はあまりにも巨大(デカい)ぞ。

 

 なぜ俺は彼らと同年代では無かったのかと悔やみつつ、連太郎は弟を鍛え抜くことを誓った。

 

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