野球教の詩人   作:ややや

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作中で一番おかしいキャラの出番です。
次回から夏の甲子園に入ります。


合宿訓練

「へー、お前達富士の山に住んでたのか」

 

 試合も終わり、大友と一球は大荷物を抱えた身体の太い男とともに学校まで歩いていた。

 男の名は(くれ)九郎。一球を慕ってはるばる東京まで下山した漢気のある少年である。ある種のホームレスとはいえ、友のために未知の場所へ移動する行為は大友にとって好ましいと感じていた。

 

「一球とは親友だーよ」

「そりゃ大切にしないとな。一球は一軍寮に住み込むだろうし、相部屋にするなら監督に言っておけよ」

「はい。あ、そこって火は起こせます?」

 

 現金無いんですと一球は寂しげに言った。九郎の補足によると食事すら手持ちのもので全てだという。当然、ガス電気水道完備の一軍寮に払う金などありはしなかった。

 

「あー。それだと二軍寮だな。あそこはボロいが飲める井戸水と空き地がある。俺のバイト先紹介するからとりあえずはそこで監督にタカって食い繋いでくれ」

()()()になる気はないだーよ。人間、橋の下でも─」

「それはダメだ」

 

 大友の真剣な声に九郎の口は止まった。軽口や軽蔑からの停止ではない、本心からの警告に一球を含め妙な空気が流れた。大友は軽く謝り、帽子を外して頭を掻いた。

 

「…すまん、少し言葉が強すぎた」

「平気だーよ。橋はダメか?」

「東京は山と違って雨水が直に川に流れ込む。下手な雨が来ればあっという間に土左衛門だ。周りに熱源もないから凍死もありえる。長生きしたいなら大人しくこちらの文化に染まってくれ」

 

 懇願に近い大友の頼みに一球達は笑って快諾した。彼らとて命は惜しいし、何よりタダで住める屋根付きの家は貴重だ。しかも金稼ぎの伝手まであるという。一球に賭けてよかったと九郎はほくそ笑んだ。

 

 大友が紹介した二軍寮は確かに年季が入っていた。窓ガラスはひび割れ、隙間風が吹雪いている。だが、寮故に広く屋根付きベッドありの家は一球達にとって天国に近い環境だった。

 

「ここなら良いメシ作れるだーよ。大友も食べるか?」

「いいのか?なら俺の部屋に夕飯の鶏肉と豚肉がある。一緒に食おう」

「やった、久々の肉だ」

 

 九郎が拵えた料理は素朴だが火がしっかり通った塩味の効いた土鍋だった。大友達はそれを肴に様々なことを語り合った。気がつけば大友達はそのまま突っ伏して寝入っており、初めての経験に大友は思わず苦笑いした。

 

 翌日の合宿は一球達は大友と別チームに別れた。分かりやすく素人組とベテラン組だ。勝手に練習できる彼らに大まかな指示をした岩風は一球(と着いてきた九郎)を外野へ移動させた。

 

「一球には大前提の基礎を覚えて貰う。わいにボールを転がしてくれ」

「はい」

 

 一球がボールを転がせば、岩風は中腰となってボール前に回り込み、左手でボールを掴んで残る右手を被せた。その後、岩風は全力で上空へボールを投擲し、落下地点で左手を添えるようにキャッチした。

 

「守備の基礎はまず掴むことや。素手の左手を使って転がる球を逸らさずに取る。その場で目的の場所に投げる。最期に空中に飛ぶ球の軌道を予測する。今のは一人でやったが一球はわいが投げた球を対処してもらう」

「はい!」

 

 一球の訓練は九郎にとってはっきり言って退屈極まりないものだった。繰り返し空き缶拾いの亜種を見つめているので当然ではある。彼らの─正確には大友の─練習が終わるまで待機するのは面倒だったが、バイト先という飯の種を逃すほど馬鹿にはなれなかった。三時間は見つめていただろうか、遂にノックの球を受け始めた彼らに九郎は大きく背伸びをした。

 

「暇だーよ」

「ほんなら飯代代わりに呉がやってみるか?」

 

 最終的に出た愚痴に岩風は何の気なしにした提案がチーム全体の方針を決める決定打になることを誰もが知らなかった。

 

 一方で大友達は二時間の基礎練の後、ベンチに集まって話し合いをしていた。新チームのポジション決めである。

 

「はじめに言うが、ピッチャーとライトは一球と大友(おれ)に固定だ。というより、それ以外無理だと思っている」

「じぶんらド下手やからな」

「練習は欠かしてないんだが…どうも守備が向上しなくてな」

 

 堀田のからかいに大友は眉を下げて落ち込んだ。野手なら満遍なく熟せる堀田から見て、野手としての大友は甲子園レベルで下位に属する技術だった。堀田は大友の腰をバンバンと叩き、建設的に意見を言った。

 

「大体はあの練習試合で問題ないやろ。司がキャッチャー、ウチがショートセカンドを適宜、外野は一角。なんか問題が?」

「ある!俺はキャッチャーしねぇ!てか出来ねぇ!見ろ!この手を!」

 

 司が叫んで指差した左手は内出血で青白い酷い光景だった。司は何故大友という凄腕のピッチャーがいながら正捕手の座を奪う一年生がいないのを理解せざるを得なかった。物理的に潰されかねないのだ。司の剣幕に大友は狼狽えて手を前に出して振った。

 

「そ、それは困る。うちのチームで平均150キロ以上の球を取り続けられるのは司だけだ。コンクリート製のキャッチャー()で守備練に戻りたくない。あれ、制球狂いそうになるんだ」

「俺の身体が壊れるわ!堀田、一角!お前ら変わってくれ!!」

「あほ。骨折するわ」

「お前と変わらん。外専のおれがリードなんぞ出来ん」

「リードなんか幾らでも教えるからよぉ!──まて、平均…!?」

 

 司はハッと気づいた後、大友を睨んだ。チームメイトも全員が理解した顔で彼を見た。大友以外の皆が真っ青になった。大友の回答次第では地獄の始まりだと理解したからだ。大友は戸惑いながらも自慢げに胸を張り、その他の連中は呻き声を漏らした。

 

「ああ、神宮戦でコツを掴んでな───200球程度なら160を全部超えるようになった

「まってくれ」

 

 半ば正捕手が決定していた司が震え声で言った。チームメイトは何も言わない。言えない。巨人学園高校に彼以上のキャッチャーは存在せず、彼以外に怪我を微小で済ませる人材は存在しなかった。

 

「おれ、ファーストにコンバートするわ」

「正捕手が居なくなるから監督に反対されると思うが」

「そんときは直訴してやんよ!物理的に身体が持たねぇ!人間様には限界があるの!お前の球速みたいにどうやっても鍛える限界はあるんだよ!」

「うっ……」

 

 痛いところを突かれたと大友は怯んだ。周りを見渡しても誰一人目を合わせない。大友はガックリして肩を落とした。司も含めて全員が大友に内心謝罪をした。だが、どうしようもない。

 

「なんやこの辛気臭い空間は」

 

 気不味い空間を打破したのは監督だった。グラウンドに存在しない彼らを練習をサボっているのかと訝しみ顔を出した岩風は困惑した様子で周りを見た。司が無言で左手を見せると、彼は頭を掻いて納得した。岩風こそ、練習中のキャッチャーとして微調整役を請け負っていた男だからだ。

 

「司もダメか。…なら、わしのスタメン候補に文句いう奴はおらへんな」

「…司がキャッチャーではないのですか!?」

「司はファースト兼ピッチャーや。キャッチャーは一球が候補やった。ついでにいえば、堀田がセカンドでレフトが一角や。せやけど、大友。お前、一球を本気で投手に育て上げれるんか?」

 

 岩風の問いに大友は無言で頷いた。大友の感覚が正しければ、一球は天性の投手としての才能がある。大友はもう後輩を持つ二年生であり、三年を差し置いて抜擢されたキャプテンでもある。次の巨人学園高校を考えなければならないと大友は考えていた。

 

 岩風はその言葉を聞いて納得したように帽子を深く被った。そして自身のロッカーをあけ、中からキャッチャーミットと防具を取り出した。それを肩に抱え上げ、岩風は大友に対して親指である場所を指した。

 

「そうか。なら、グラウンドで投球練習や。──本気でな」

「…は?いや、…誰が受けるので?」

「おるやろ、一人。家賃代くらいは働いてもらうで」

 

 グラウンドでは異様な空気に包まれていた。

 

 マウンドに上がるのは大友。ワインドアップからゆっくりと膝を上げ、勢いよく球を投げる。160キロを超えた直球は唸りをあげて捕手のミットに何とか収まる。それを視察していたチームメイト達は軽く顔を顰めた。ボールを取り損なう以上、あのミットは想定される衝撃を正しく緩和出来ない。バッドを叩き折る大友の球を受け損なうならば、最悪骨折もあり得た。

 

「難しいだーよ」

 

 しかし、九郎にとってはただの速い球でしかない。()()下に落としてしまうミットをぷらぷらと振りながら、適当に球を大友へ返した。大友はそれを受け取り、今度は制球を度外視した本気の球を九郎へ放った。160後半の球は弾丸のように九郎のミットに収まり、弾けるような快音が鳴り響いた。

 

「どうだ、痛みはあるか?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。速いな、大友の球は」

「必要な道具は俺が出す。やってくれるか、キャッチャー」

「構わないだーよ。おれも一球と遊びたい」

 

 大友は上機嫌で九郎の言葉に賛成した。そのまま笑顔のままストレートを投げ続ける。彼が興奮するのはかなり珍しい。そのことを知らない一球は良かった良かったと九郎の参加に喜んでいた。

 

「監督が九郎を引っ張ったときは何だと思いましたけど、スカウトでしたか」

「すまんな、一球。わいも()()()()()()()()()()()なんぞ見たことなくてな」

 

 バットに当たらないからと素手で練習を真似たのは流石の岩風も止めどきを失った。一球も当然のように全力で投げ返し、それすら九郎は難なしにそれをキャッチした。天性の骨の強さと頑強さが、彼の捕手の才能を浮き彫りにしていた。捕手の評価が捕球にあるのであれば、どんな球でも捕球できる彼は間違いなくナンバーワンだと言えた。

 

「塞翁が馬、とはこのことか」

 

 昨年の敗北は大友の球を十全に扱えるキャッチャーの不足が原因だったと岩風は判断している。あの山田太郎が木製バットを利用する限り、彼は大友の敵にはならない。それでも負けたのは、岩鬼の存在もさるものながら捕手が耐えきれないためだった。一球でも逸らせば怪我してしまう大友の剛球に、最後まで彼は耐え切ることができなかった。

 

 岩風が彼をレギュラーから外したのは懲罰ではない。彼の今後の人生を考えてのものだった。呼び寄せた人材に捕手候補は無く、岩風は理事長の住吉に頼み込んで候補を連れてきて貰った。まさかそのオマケが本命だったとは。運命の皮肉さに岩風は苦笑した。

 

「さあ!練習に戻るで!!甲子園までに下剋上したかったらわいに実力を魅せろ!いつでも変更したる!」

『はい!!』

 

 だが、これでチームは固まったと岩風は理解できた。不足していた打撃に長けた野手三名、守備に素質のあるフィジカルギフテッド二名。半数を入れ替える蛮行に部員の誰もが納得している。

 

 後の責任は帰ってくる一軍監督と岩風自身の打撃指導だけだ。

 何とまあ、奮い立つものだと岩風は燃えていた。

 

 練習も終わり、夕方が見え始めた頃風呂上がりの一球・九郎・大友は仕立て上げの制服に身を包んでいた。目上に挨拶する以上は身だしなみを整えるのは礼儀だという大友の主張に従った結果だった。

 

「さっぱりしただーよ」

「だいぶ男前になったな。これなら問題ないだろう」

「夜間の引越しでしたっけ?バイト」

 

 乱雑に跳ねる九郎の髪を麻糸で縛りながら一球は大友に尋ねた。その隣には岩風がタバコを吸っている。巨人学園大学は寮住まいの学生に対してはそれなりに気を遣っている。念の為送り迎えは監督付きなのだ。

 

「俺の親父が働いている職場なんだが、夜間の引越しはありていに言って緊急性が高くてな。大体は待機なんだがいざとなれば二、三時間ずっと動きっぱなしになる。辞める奴は後を経たん」

「貧弱すぎるだーよ」

「だよなぁ。時給千円でいざとなれば警察のお供つきで安全性の保証付きなんだ。何でこれで不人気なのかさっぱり分からん」

 

 大友は理解できないと首を振るが、DV被害者の家宅を警察付きで引越し作業をする行為は控えめにいって人選がいる職に入る。重ねて肉体労働が必須とあれば、どうしても人材が不足するのは当然といえた。

 

「ですね。あ、休日の歩荷(ぼっか)って何するんですか?」

「同じく荷物運びだ。ただし、山小屋へ送る。要は昨日に九郎がしたことを反対に登る形だ。…これも給料破格なんだが…」

「いくらだ?」

「一回一万円」

 

 あまりの金額に一球達は口が閉まらなかった。富士山にも当然山小屋はある。都会の物価が高いとはいえ同じシステムは何処にでもあるだろう。今まで過ごしていた山にそんな金脈が存在していたことに、彼らは衝撃を隠せなかった。

 

「ほんで、大友。一球を本気で投手にする気なんか?」

 

 傍で見ていた岩風は若いなとタバコを吹かしつつ大友に疑問符を投げつけた。

 

「次代とかキャプテンとかそんな義務は無視して構わへんぞ。それこそ司はそのための人員やしな。投手向きとは思うけども、そこまで推薦するほどか?」

「はい。俺の直感は一球は里中以上の投手になれると確信しています」

 

 里中ときたか、と岩風は唸った。甲子園でかの山田太郎の相棒を務める『小さな巨人』。下手投げ(アンダースロー)で140キロ代を誇るその球は大友とは異なる投手の極みと言えた。

 

「一球なら俺が考えたアンダースローの欠点である球速を超えるフォームを実現できる。そうなればプロ行きだって可能です」

「まぁわいかて捕手上がりや。勘と言われたら証明なんかできひんが…」

「ええ、その通りです。見ないと理解できないでしょう。ですので──」

「──実演します」

 

「一回だけです。フォームが崩れるので。実際の調整は監督に任せます」

 

 大友の言葉に岩風は頷き、ミットを構えた。大友はゆっくりと矛盾点を解決した投げ方で緩い直球を投げた。何ともないただの棒球を、しかし岩風は捕えることができなかった。ボールはミットの上を通り、岩風の鼻にぶつかった。岩風は痛みを理解していないのか、興奮した顔で鼻血を拭った。

 

「確かに、確かに理屈では通る…!これなら里中超えも夢やない…!」

「球速を備えたフライホップ投法。一球は巨人学園の次代のエースになってもらいます」

 

 矛盾を実現した大友の考案フォームに、岩風は血が騒ぐのを抑えきれなかった。

 

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