突然空から降ってきた少女による圧倒的な戦闘、もとい蹂躙の一部始終を目撃した砂狼シロコは、気配を殺し静かにその場を後にした。
マーケットガードが『オルカ』と呼んだ彼女。ここでアレとはやり合うべきでは無い。戦闘を好む彼女がそう判断するほどに、ディープもオルカも危険な存在だ。
軍用オートマトンを一撃で粉砕する膂力と、車載機銃をも意に介さない防御力。走行中の装甲車に飛びつくことができるほどの素早さ。そして、攻撃を一切躊躇わない冷酷さ。援護もなしに戦えるような相手では無い。そして万一、ブラックマーケットのど真ん中で行動不能に陥れば、どうなることかわかったものではない。
隠しておいたロードバイクを静かに起こし、サドルに跨る。呼び戻したドローンをバッグにしまうと、ペダルを踏み込んだ。
水の中にいるように重い空気を、全身で切り裂くように進む。アビドス中心地へ向かう古い幹線道路に乗れば、慣れ親しんだアビドス砂漠の、涼しくて澄んだ空気を浴びられるだろう。シロコは頭の片隅でそう思った。
ディープを去るその背を、深く昏い蒼の相貌に捉えられていることに気づかずに。
2日後。シロコは再びディープを訪れていた。前回はディープにある銀行が目的だったが、今回の目的は『オルカ』の調査だ。
マーケットガードや傭兵崩れの強盗たちをあっという間に撃破した、あの戦闘力。彼女を味方にできれば、恐れるものなど何もなくなる。ヘルメット団を始めとする不良たちをアビドスから追い出せれば、借金完済に大きく前進することだろう。仲間に引き入れられずとも、あの強さの一端でも身につけられれば。
今回は昼間を選んだ。単純に明るくて視界が良いのもあるが、帰りに夜間パトロール中のホシノ先輩に見つかりたくない。明るいうちに行って帰るだけなら、怪しまれることはないだろう。
何はともあれ、まずは情報収集からだ。周囲の人々に聞いて回りつつ、オルカの姿を探してみよう。
「オルカ?……嬢ちゃん、その名前を軽率に出すのはやめた方がいいぜ」
少し古い型のオートマトンが、紙袋入りの茶色い蒸しパンをぱくつきながら答えた。身なりからして、傭兵かなにかの指揮官らしい。
「嬢ちゃん、見るにどこぞの学生さんだろ?それが、ブラックマーケットになんて来るもんじゃないがね」
旧式オートマトンは棒状の蒸しパンを二、三振ると、端から頬張っていく。
「ま、どうしてもというなら教えてやらんでもないが。そのためには、ここでのルールを守ってもらわなきゃならん」
「ん……どうすればいい?」
一本を食べ終えて、袋の中をまさぐりながら、オートマトンはシロコに言った。
「そこの屋台で、ぽっぽ焼き一袋買ってきてくれ」