ブラックマーケット・ヒーロー   作:げに味わい深きレモン

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狼と鯱-4

 

 

 

 雹のように着弾したバックショットが、設営されたテントの天幕を引き裂き、今まさに渡されようとしていた紙容器を千々に消しとばす。一瞬遅れて、黒白の影がトラックのコンテナの天板を大きく凹ませた。

 

 

「キャア?!」

 

 

「な、なんだ?!」

 

 

 悲鳴が上がると同時に、浮浪者たちは食べていたスープをひっくり返して、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 慈善団体のボランティアたちは立ちすくんだまま、阿鼻叫喚を作り出した怪物を見上げた。

 

 

「なんてこと……」

 

 

 狸顔の女が、打ち捨てられ、ぶち撒けられた、目の前で台無しになったスープを見つめ、呟いた。

 

 オルカはひしゃげたトラックの上から身を起こすと、見下すような目つきで得物に弾丸を装填する。裂けたテントの脇、列の整理をしていた猫顔の男が、怯みながらも声をあげた。

 

 

「わ、私たちは、この街の貧しい人々を支援するために……」

 

 

 言い終わるよりも早く、オルカはトラックを飛び降りる。そのまま空中で一回転し、男に踵を下した。ローラースケートと頭蓋骨が激しく衝突する。

 おおよそ肉体がだすとは思えない硬く鈍い音がして、男は目から火花を散らして昏倒した。

 

 ようやく目の前の相手が、敵意を持って自分達を攻撃していると気づいたボランティアたちは、銃を抜き、あるいは浮浪者たちと同じように逃げ出した。

 

 スープで湿った路面を蹴って滑り出したオルカが真っ先に狙ったのは、拙く発砲を始めた者ではなく、自分に背を向けた者たちだった。

 

 

「……ひどい」

 

 

 シロコは思わず口元を覆った。

 前に見た、銀行強盗との一方的な戦闘が、まだマシに思える。機械的かつ野生的な、無造作ながら明確な殺意のこもった攻撃が、力を持たない者に向けられ、弱々しい抵抗を意思ごと叩き潰す。

 もしここがキヴォトスでなければ。彼女らはどうなっていたのだろうか。それとも、キヴォトスにあっ学園都市でないこの場所に来てしまったのが間違いだったのだろうか。

 

 身体の前に回した愛銃のセレクターに触れた。ぱちりぱちり、と音をたて、射撃モードが切り替わる。普段は頼もしい音だが、今だけは嫌に重々しく感じる。

 コッキングハンドルに指をかけ、弾丸を装填するため力を込める。

 

 

「やめておくれ、お嬢さん」

 

 

 路地の奥から、しゃがれた声で呼び止められて、シロコはどきりとして振り向いた。

 

 壁際にうず高く積み上げられていたゴミの山から、年老いた牧羊犬を思わせる顔の老人が身を起こした。

 戦闘に巻き込まれぬよう、気配を殺し身を隠していたのだろう。もしも気づかぬまま背後から襲われていたら、と、シロコは肝を冷やす。

 

 

「滅多なことはするものじゃない。まだ学生さんだろう、アレに手をだすのはやめておくれ」

 

 

 老人は汚れた口髭を震わせて、シロコに訴えかけた。

 

 

「ん……なら、教えて。オルカは何のために、あの人たちを襲ったの?」

 

 

 ハンドルにかけた指を離さぬまま、シロコは聞いた。

 老人の、毛むくじゃらでわかりにくいはずのその表情が、歪んでいるのがわかる。

 

 その名を口にするのも憚られるのだろう。老人は躊躇しながらも答える。

 

 

「……取引を、このディープという構造を守るためだ。彼らの行いは、市場の不要な混乱をもたらすものだ。だからオルカが現れて、彼らを打ちのめしたのだ。……見たまえ」

 

 

 いつの間にか戦闘の音は止んでいた。シロコは老人の指す通り、路地から顔を出し周囲の様子を伺った。

 

 散乱する瓦礫。地面に転がったボランティアと列に並んでいた浮浪者たち。歪んだ鍋と、いまだ湯気のたつスープ。凄惨な蹂躙の現場。

 その中で、浮浪者たちが蠢いていた。どうやら、残骸を漁っているようだ。彼らに外傷がある様子は無い。

 先程まで無人だったテントにも、どこに潜んでいたものか人影が戻っている。

 

 

「オルカを()()()()()者たちだ。オルカが退ける者を知っているなら、アレに襲われることはない。むしろ、アレが守ってくれる」

 

 

「……ボランティアの人たちは、なんで襲われたの?」

 

 

「食料を配れば、その周りでは食料の価値が下がる。取引無く価値を変えることを、オルカは許さない。全てには対価が必要だ」

 

 

 ん、ん……と、シロコは喉を鳴らした。理解はできるが、納得はできない。

 

 

「じゃあ、ここで私が対価を払わず逃げたら、私もあなたも襲われる、ってこと?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

 だがここは、従うのが得策なのだろう。よく知らない土地で、不要なリスクを負うことはない。

 

 

「わかった。情報の対価を払う。……これでもいい?持ち合わせがあんまりない」

 

 

 シロコはバッグを漁り、すっかり冷えたぽっぽ焼きの袋を取り出した。

 

 

「ああ、十分だ。むしろ、金を渡されるよりいい」

 

 

 シロコに差し出されたぽっぽ焼きの袋を、老人は懐にしまい込んだ。

 

 

「じきに()()()が湧く。オルカともども不吉なモノだ。関わらない方がいい」

 

 

 老人はそう言い残すと、汚れきった毛布に身を包み、裏路地のさらに奥へと引っ込んでいった。

 

 

 

 路地を出たシロコは、銃を背中に背負い直した。ロードバイクにまたがって、ペダルを踏み込む。

 

 この街は不思議だ。無法地帯でありながら、オルカという暴力装置によって定められたルールがある。

 こんなところに通っているのを知られたら、みんなに咎められるのだろうけれど……。

 

 シロコは背後の電波塔を、その遠い天辺に佇む、白黒の影を振り仰いだ。

 

 




 なんか……結局増えたな……。


ついき
 プロットたてなおしたので改稿します
 それに伴い小分け投稿も統合します
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