独特の空気感を纏った夜風を切り、シロコはロードバイクをこぎ続ける。
数年前までは恐ろしく治安の悪かったディープだが、最近はマシになっているらしい。
なんでも強力な抑止力的存在が現れたらしく、ある一定のルールを破ったものを見つけ出して罰するというのだ。
ではそれがこのディープを支配しているのかと言えば、そういうわけでもないという。今のディープの支配者はマフィアであり、現金輸送車を追いかけているマーケットガードたちは彼らに雇われた傭兵や構成員だ。
武力がありながらブラックマーケットの利益を独占するでもなく、ただ治安を維持するだけの存在。よく理解できなくて、シロコは首をひねった。
力があるなら、全部自分のものにしてしまえばいいのに。自分がその立場にいたのなら、間違いなくそうしている。
しかも、ブラックマーケットで最も利益を得るいわゆるトップは、今も常に変わり続けているのだ。居場所を守るために戦うというのなら、トップも変わらないように守るべきだろう。
よくわからない。
そんなことを考えながら、またスマホを確認するためにロードバイクを停めたその時。
何者かが、高速でシロコを追い抜いていった。
「っ?!」
背後から吹き抜けた強風にマフラーが吹き飛びそうになり、シロコは慌てて襟元をおさえる。
車かバイクかと思ったが、エンジン音も排気のにおいもしない。
では自転車か何かかと思って前を見やる。
すでに100メートルは先まで駆け抜けていったそれは、滑るように移動する人間の後ろ姿だった。
「……すごい」
足捌きから察するにローラースケートのようだが、あまりにも速い。ロードバイクを全力でこいでも、追いつけるかどうかというスピード。それほどの身体能力に、シロコは素直に感心した。深い青のヘイローは見えたが、服装まではわからない。一体どこの生徒だろうか。
すぐにペダルを踏み直し、遠い影を追いかけ始める。
彼女が向かったのは、現金輸送車の予測進路上、仲間らしき装甲車との合流地点の方向だ。銀行強盗犯やマーケットガードの仲間には見えないし、おそらく自分と同じく漁夫の利狙いだろう。左手に握っていたハンマーは、輸送車の扉を破るためのもののようだ。
「ん……協力を持ちかけて山分け、もしくは漁夫の利をさらに……迷う」
もうすぐ合流地点だ。仲間と合流した強盗犯は、一度足を止めたらしい。激しい戦闘音が、ビルのガラスを叩いている。
シロコはロードバイクを降りると、背中に背負っていた愛銃を体の前へ回し、コッキングレバーを引いた。