今日は弟妹達の誕生日。
正確に言えば違うけれど、日付が近い人はこうしてまとめて祝ってしまうのが村の、ひいては我が家の習慣だ。
太陽は穏やかで、寒村であるこの村と山々にも、まさしく春の真っ只中だということを存分に思い出させる。
「よし、行こう」
片方だけ先を尖らせてある棒を手に持ち、山の入口に立って、誰に言うでもなく、ただ気合を込めるための一言。
今日はさっさと山に入って獣…猪が獲れればいいかな、母さんが丸焼きを作るってやる気を漲らせていたし。
何より、母さんの作る丸焼き料理は美味しい、食後にはたぶん、父さんが昨日から作っている山の果実のタルトが並ぶだろう。
姉さんが自分の指に手当をしていたから、これはきっと弟妹達の晴れ着を縫っていたのかと思う。
そういえば雪が溶けて道がまともに使えるようになったから、商国から大きな行商隊が来ていた。姉さんはその行商人達の一人と話して顔を赤くしていたっけ。
「春だなぁ…山も、皆も」
山に入ってすぐ、その陽気にあてられて口元の緩みを止めることもなく、誰に聞かせる訳でもない独り言が溢れる。長い白黒の冬から色彩の春、山野の全てが浮足立っているようにさえ感じる、人も獣も自然もだ。
春といえば…自分の春は、これから…これからだろうたぶん、あまり気にしてはいないが。
姉さんも結婚していないが、あの行商人との様子なら村に残るか行商人の家に嫁ぐかはわからないが。何にせよ、色々と春が遠くはなさそうだ。
弟妹達も晴れ着が必要ということは、そういう事かとまぁ納得した。式はまだ行っていないが結婚自体はしている弟妹、特に妹はもう子供もお腹の中にいると言ってたし、弟は弟で自分の幼馴染との夫婦生活をこちらに話してくる。
姉さんの前で惚気はやめておいたほうが、とも思ったが、姉さんも姉さんできっと幸せが近付いている。
考えていて穏やかな気分になる自分の家族達の話。その一方で何とも言えない気分になる話もある。
うちの家族が増える、ただし、妹の子どもだけではなく。よりによって自分の弟と妹…性別はまだわからないが、増える。
つまりは、そろそろ40歳が見えてきた母に新しい命が宿ったということだ、しかも双子。ここまで来ると気恥ずかしさや近所の生暖かい目が辛い。
あらあらアールくんの所は皆元気だね〜、なんて和やかに言われると、相槌代わりに苦笑いを浮かべるしかなくなる。
とてもつらい…。
何にせよ、実家から少しずつ皆離れていったり、環境が変わっていくのは、少し寂しく思うけれど。そういう事については自分が遅いだけだから仕方ない。
何より、そういう事を気にする前に、父さんは別にやらなくてもいいって言っていたけれども、一区切りはつけておきたい。
僕の産まれた寒村にある、成人の儀。
時代にそぐわないとか、そもそもの意味がもうわかってないとか色々と言われているし、実際、うちの家族でも父さんと母さんしかやった事はない。
やる予定があるのも家族では僕だけ。
別に村の地下に行ってちょっとした掃除をするくらいなのだから皆すれば良いのに…まぁ、面倒なんだろう。
家族同然といった意味なら親友は僕と一緒にやるそうだが、弟も妹も、他の家族以外に歳が近いみんなもやらないと言ってたので、やっぱり少数派なようだ。
「アール!おい、待てって!」
取り留めもない事を考えてゆっくり歩いていると、ふと考えていた事の当人、弓矢を携えた親友が追いかけて来ていた。
狩人然とした所作からか、足音も気配も、そよ風が木々を撫でる音に消されていたから、そんなに鈍感ではないつもりだが、気付けないわけだ。
「アレディ、どうした?」
「どうしたもないだろ…うちのレイラの分も祝ってくれるつもりなのに、俺だけ何もしないってあるかよ」
「た、たしかに…!」
確かにそうだ、どうにも無意識に親心…兄心?を軽んじていたらしい。
ハッとその事に気付いた僕を、アレディが冷めた目で見ている。冬に戻ったのかな、父さんの言う寒の戻りとはこの事だったりする?
「お前さぁ…いや、いいや。罠も仕掛けてあるから猪とか寝ぼけた熊あたりでも獲って帰ろうぜ」
「有れば果物も見つけたいな、レイラちゃんも豪華なタルトの方が喜ぶだろうし」
「…まぁ、そうだな。お前が持ってきた物ならなんでも喜ぶわな」
「そんな、そこまで子どもじゃないだろ?」
「あーあーいいんだよ、わかったわかった」
「なんだよ、その馬鹿にしたような…いやこれは普通に馬鹿にしてる…?」
軽口を叩き合いつつ、親友が仕掛けた罠に向かって歩く。何だか一層呆れられたような気がするが、ここ最近はよくある事だ。
罠が近付くにつれ、声を小さく、次第に無言になる。
彼お手製の罠は獲物ごとに適した餌の調合か、それとも草木や古びた機械の間に、非常に上手く擬態できるように作られていることに依るものかはわからないが。何にせよ、獲物がかかりやすい。
「いるね」
「だな」
短く確認を取り合い。油断せず武器を構える。
大きい獣が藻掻く音と、か細い鳴き声、熊よりは小さい気配からして、おそらく親子の猪か。
素早く、無言の内に、出来るだけ苦しませないように仕留める。
アレディは子猪を一矢で、僕は手に持った棒の鋭利な面で親猪の心臓を貫いた。
「ごめん…」
「馴れるもんでもねーな…」
贖罪からではなく、一つの命を止めた事に対する祈り、せめて安らかに。
「………」
「………」
「…じゃあ血抜きと軽い解体処理して帰ろうか」
「だな。しかしディーノさんのタルト、楽しみだ。いつも生地から作ってるし、余った果物はジャムにしてるんだろ?」
そう、ディーノとは僕の父親のこと。結構貴重な砂糖を、蜂蜜とかと併用しつつお菓子を作る。これが上手で美味しい、失敗してるのも見たことが無い。
「器用なんだよ。父さんのほうが、道場に立ってない時は読書家だし刺繍なんかもやるしね。母さんのほうが普通の料理、というか豪快な丸焼き料理とか力仕事なら得意だからちょうどいいんだ」
母さんは逆に手先を使う事や精密な作業が苦手だ、出来ない訳じゃないんだけれど…。
「マルセナさんは、うん、見た目とかは穏やか〜な美人って感じなんだがその…流石村一番の剛力無双…」
「それ母さんの前で言うなよ、たぶん今でも撫でるだけで熊の骨を折れるから…」
「可愛がりってやつかぁ…」
マルセナとは母親のことだ。針仕事が得意に見える嫋やかな見た目をしている。
見た目だけは。うん。
父さんは普段、村で槍と棒術、それと格闘術を教えている。でも、本気で殴り合いをしたら母さんが勝つ。
というのも、両親が珍しく酒を貰ったからと飲んでいた時に、馴れ初めとして言っていた事から知ってしまった。
「この人ったらね〜今は道場を守るのに手一杯だから、恋愛とか考えられないって言ってたの〜」
「えっマルセナ?酔ってらっしゃる??」
「でね〜何度もお話して、仕方ないから戦って私が勝ったら付き合ってくれるって言うから〜勝ったの〜」
「父さん…?」
「母さんわかった!わかったから!寝室行こう!!な!!!」
「えぇ〜?そっちは負けちゃうな〜」
「母さ…父さん!?」
「子どもに聴かせる事じゃないって!ダメな方向に行ってるって!すぐ行こう!寝室!」
「ふふふ〜夜の格闘大会は私の全ぱ」
「やめろォ!!」
「とっ…父さん…!?」
両親二人共、顔は赤くなっていたが、恐らく父の顔が赤い理由は酒ではなかった。
ちなみに、少し父親を尊敬した。色んな意味で。
そんな両親の話。
優しく強く、少し厳格な父親の取り乱し方が尋常ではなかった。そして母親が何かの拍子に咄嗟に何かを持つと、よく物が壊れる事に合点がいった時の出来事。
よくよく思い返せば物の壊れ方がおかしい、古くなった何かを持とうとして、手に勢いが付き過ぎてパッキリ壊れてしまった、というものではなく、みしりとかギチリといった音と共に圧し折れるのだ。
鋳潰す為の機械の破片や二つに折れた金属の槍もひしゃげさせていたのをよく覚えている。
よく人に『ちっ…力持ちィ…!』と言われる母親だが、お爺さん方からは『流石は剛力無双…』と言われるのも…。
「うん、やっぱりやめておこう、この話」
「そうだな」
万が一にも口を滑らせた場合、大変な事になりかねない。幼い頃の妹がやっていたような、こちらをぽこぽこと叩く時のその仕草も、やる人によっては大事故に繋がるだろう、ご安全に。
「なぁ、その、さ。成人の儀の後でも、今度うちに泊まりに来ねぇか?」
「なんだよ急に」
「いやレイラがな…どうしてもってしつこくて…」
「レイラちゃんももう14歳くらいだろ、姉さんが行ったほうが喜ぶんじゃないか?」
「お前マジ…」
何てことのない、穏やかな日々。
ちょっと特別な日の下準備、その一時。
日々の追憶。
もう戻ることは無く。