宿での一泊後、翌日。
少しだけ眠れた…と思う。太陽の位置から考えるにまだ早朝だ。
意識が無くなる前まで涙を流していたのは二人には言えない、成人男性が泣いてたなんて、なんだか情けないから。
いつものベッドとは違う寝床だったけれど、早く慣れなくちゃいけないなぁ、なんて思った。
親友はまだ眠っているようだ。
目は覚めているが、とりあえず顔を洗おう。鏡で見なくとも瞼は赤くなっているだろうことは予想がつく。
ついでに朝の身支度と…出掛ける用意もしなくては。
昨日聞いた傭兵団の噂、恐らくは違うだろうけれども万一探している奴らだったら…。
「んむ…ぐぉ…」
寝息が聞こえる。
たった一人になってしまった同郷の者。
彼はあんな出来事が起きなかったら、きっと今でも妹さんと穏やかに過ごせていたと思う。
アレディはきっと僕より大人だ、普通の肉体的な年齢のことではなく。精神的な年齢、人との折り合いの付け方だけは少し下手かもしれないが、いわゆる世渡りとか、彼の持っている知識だとかのこと。
少なくとも、村の道場で育って目立った苦労もしていない、世間慣れというものが無い僕と比べれば、持ち前の機転や行動力で上手くやれるはずだ。
思い詰めて自暴自棄になったと思われないように、備え付けの黒板に書き置きだけは残しておこう。
どうなるかわからないけれど、これ以上二人に迷惑をかけてはいけないと思う。
ナナさんが言う契約は何なのかはわからない。
それでもあの地下から助けてもらったのはわかる。
だとしても、いつの間にかしていた契約だ。強引に押し切れば、ナナさんも納得してくれるんじゃないだろうか。
もしかしたら、清々するくらいかもしれない。無表情で何を考えているのかわからないが、少なくとも好意的ではない…んじゃないだろうか。
アレディもそうだ。妹の…レイラちゃんの遺体は見つからなかった。もしかしたら、どこかで生きているかも知れない。
もしも彼女が見つかった時に、その手が血で汚れていたら、素直に抱きしめる事は出来ないと思う。
だからきっと納得してくれると思った。
これは僕だけでやらなくては。
少なくとも、父と弟の無念を晴らす為に。
身支度を整えて、宿のロビーに降りる。そんな気はしていたけれど、やはりナナさんが待っていた。
いつ休憩しているんだろうか?
「おはようございます、オーナー」
「おはよう、ナナさん」
「本日は。アレディの到着を待ち、朝食を摂った後に情報収集と同時に、路銀稼ぎについて講じるといった流れでよろしいでしょうか」
付き合いなんてここ数日なのに、本当にしっかりした人だと思う。
少しだけ、これからしようとしている話がし難くなる。でもこれは僕の勝手な事情なんだから、覚悟を決めよう。
「ナナさん、契約って僕には何かわからないけど。それの破棄って出来る?」
「何を仰っているのかわかりません」
す、凄い苦戦しそうな気配がする…!
怯むなアール、時間は無いぞ。アレディが起きる前に無理矢理でも終わらせろ!
ふ、と一呼吸を置いて。
よし。
「これから少し出掛けるんだ、ナナさんはアレディと一緒にいてほしい。その為に契約っていうものが邪魔なら破棄して、アレディと結び直してください」
「オーナー…?」
「それじゃあ、行ってくるよ!」
手を伸ばした彼女を振り切るように、ほぼ全力で、逃げるように走り去った。
これで良かったんだと思う。
それから数分ほど走っただろうか、乱れた呼吸を整えつつ辺りを見回していると、探していた傭兵団への手掛かりはあっさりと見つかった。
町中で、すぐには使えない状態にしてあるとはいえ銃を後生大事そうに抱えているのは、彼ら以外にありえない。
警察官なら堂々としているはずだし、何より銃を持っていたのは。
弟より年下の、十代半ばの少年だった。
現在まで続く戦争は、およそ三十年前に始まったらしい。
原因不明、正体不明の毒性物質が世界各地に発生した。これにより、国家として機能している三国は甚大な被害を被った。
帝王国の辺境都市は多くの人が犠牲に。
共和国も、帝王国のように辺境ではなく中央寄りの都市が被害が出た。いつ無害になるかもわからないものには近寄れず事実上の放棄までしているとか。
商国は人的被害は少ないながらも、保有している大穀倉地帯が壊滅的な打撃を受けた。
それから共和国は、帝王国と商国に無茶な救援物資や人材派遣を要請したが拒否されて、二国に対し不等貿易を開始。
結果として、三国の国境に面した都市で、共和国に悪感情を募らせた帝王国民が、共和国民を殺害する事件から小規模紛争になり。
巻き添えで商国の小さな軍需企業が工場ごと、文字通り崩壊したのだとか。
これが今も続く戦争の発端。
「ってワケ、ウチらも元は商国の団体だったのに、もう出身関係無し。人手も武器も足りてへんねや、はぁ、困っちゃうね」
さっぱり戦争なんて終われば良いのにね。知らんけどぉ。と小さな村出身の田舎者に世界情勢を解説してくれた人。
眉を下げてしょんぼりとした顔で笑う男性、名前は。
「クリスティアン、ウチはファミリーネームが無くてね。気軽にクリスさんって呼んでな」
クリスさん。
彼は、僕の他に数人を連れて馬車に揺られている。
どことなく荒んだ目をして、銃器を持った少年。
結論から言うと。彼は傭兵団の一員だった。
自分は休みで、あてもなくそこら辺を歩いていただけの所をこうして話しかけられたのだとか。
何だか申し訳なくなったので。
「ごめんね、休みなのに」
「別にいい」
謝罪の言葉告げると、それに対して返ってくる言葉は、怖いくらいに平坦だった。
それでも機嫌を損ねたからという理由で冷たい返事になった訳ではなさそうで、団員募集の事は知っていたからこうして責任者の所に連れて行ってくれている。
…冷静に考えてみると、他人であろう子供に大の大人が話し掛けて移動しているのは。傍目から見ると人攫いか何かかと思われるのではないだろうか。
危うく御用だった…!
移動中、彼から話し掛けてくることは無かった。
感情が抜け落ちてしまったかのような横顔。そもそも十代半ばの少年が、傭兵として働いているということは、考えられる理由は多くない。
つまり孤児か、売られたかだ。
村では考えられない事だが、それはあくまで村が安穏としていたからで、こういった事情も珍しくはないのだろうと思い到った。
「ここ」
「うん、ありがとう。えっと名前は…」
僕らの泊まった宿とは離れた場所、街の出入り口の一つに面した広めの宿に案内してもらった。
名前を聞こうとしたが、反応すらなく歩いて行ってしまった。とにかく入ればわかるのだろうか。
馬車も数台繋がれているし、商隊等の何かしらの団体が泊まるための宿に見える。
少年も嘘をついているようには見えなかった。もしも銃を使えるようにして脅迫すれば、人通りの少ない所で身ぐるみだってはがせたはずだ。
でもそんな事は無かったのだから、きっとここの誰かに尋ねれば傭兵団の所在もわかるだろう。
お人好しで危なっかしい。
そんなことを言う親友の声が聞こえた気がした。
宿に入ってみれば広間には人影が一つ。
体格の良い全体的に大柄な男性が、さっきの少年と同じように銃を提げている。
唇を真一文字に結んで、窓際で仁王立ちしながら外を見ているようだ。
「すみません、傭兵団の募集があると聞いてきたんですけれど…」
「ン、その事だったのか。お前さん、さっきあいつ…あー…子供と一緒に来ただろ、妙な事でもあったかと思ってな」
「いえ、親切にここまで連れてきてもらいました」
「だろうな」
僕は少し驚いた、なんとなくだけれど傭兵という仕事を生業にしている人はもっと乱暴な感じかと思っていた。
本当に勝手なイメージだが、出会い頭に殴り掛かってくるような人達と考えていたが。そんなことはなさそうだ。
大男は続けて言う。
「借金から逃げて、って訳じゃないなら理由は聞かんぞ。こんな仕事を選ぶのなら、食い詰め者や行くあてのない奴。そのせいかどうかはわからんが、結局まともな理由で傭兵になりたがるなんていうのはほぼ無いんでな」
「いやぁ…あはは」
ろくでなしばかり、ということが言いたいのだろう。
実は生きる為というのは二の次で。復讐のために傭兵になるというのも、ひょっとすると珍しくないのかもしれない。
それでも、理由を聞かれないのは少し安堵した。
アレディが言っていた水晶から変身する巨人…FRを使っていたか、そして何より、村を焼いた奴かどうかによって、身の振り方も変わるのだから。
「早速で悪いが、もう少ししたら馬車に乗ってくれ。近くの市に人事の者が来ている。不採用にはならんのでそこで割り振りを受けてもらう」
「今からですか!?」
「ある程度人数が集まったんで一旦な。あぁそうだ、案内役でここの責任者の一人も同乗するから心配するな、武装もしているから変な気も起こすなよ」
馬車が汚れるのは面倒なんでな、と豪快に笑う男。
粗暴ではないが、明け透けな態度から豪快なのは間違いなさそうだ。
そういえば変身する水晶の大きさや形と色をアレディに聞いておけばよかった。
余程小さくない限り、水晶は持っていないのかもしれない。
そんな判断をする為に、不審そうな目つきで観察してしまっていたのだと思う。
「遅くなったが自己紹介だ、とはいっても。お前さんの名前は言わなくていい。こんな仕事だと、覚えても覚えた端から死んじまう」
値踏みしているように見えたのだろう、不敵な笑いを見せつつ目の前の大男の自己紹介が始まった。
「俺はバートラム、あだ名で呼ぶのと名字を教えるのは何回か戦いに出ても、お前さんが生きてたらだ」
さっきの子が僕の名前を聞こうとすらしなかったのも、きっと同じ理由なんだろう。
身軽な傭兵稼業は、重荷を担げばそのまま命を落とすから、深く関わらないようにと思って。
でも、何も果たさずに死ねない。
心の内に言葉を置いて、名前を告げずに右手を差し出した。
「よろしくお願いします、バートラムさん」
そして、馬車に案内された。
必ずやり遂げてみせる。
誓う相手もいない決意だけを持って、僕は乗り込んだ。