風と火のうた   作:枯華院 清日

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やっと少しだけ戦闘場面があるので初投稿です。


7 奔走

 

 

 

 

 

共和国首都。

 

田舎出身の僕からすれば、考えられない程人と活気に溢れている都。

大昔はワシントンD.C.と呼ばれていて、毎日が今以上のお祭り騒ぎのようだった…らしい。

 

今では名前を変えてDCとだけ呼ばれるこの場所の昼下りに、僕ことアールは。

 

「オ兄チャン安クスルヨー、服選ビ放題ダヨー」

「あ、あの…僕、急いでるんで…!」

「ダイジョーブダイジョーブ信ジテブラザー」

 

初めての客引きに捕まっていた。

だ、誰か助けて…!

やっぱり都会は怖い場所なんだ…!

 

「待て、目障りな客引きは他所でやってもらおうか」

 

都会の洗礼を覚悟したその時。

黒のパンツスーツと、それに合わせたような、肩まである黒髪の女性が止めに入ってくれた。

 

「ヴェルマさん!」

「こういった連中は相手にすると付け上がる。厄介事になる前に行くぞ」

 

そう言って端麗な横顔を向けて、押し売りを一睨みしてから僕の腕を引っ張る人。

僕のような村出身にも優しいヴェルマ・ベスパさんとの出会いは、優しさとはかけ離れていた。というより色々と驚くことが多かった。

 

 

 

 

 

 

日付としては大体二週間くらい前。

僕は馬車に揺られて、親友とナナさんの二人と別れた街から移動していた。

人事の人に会って、割り振りされないといけないのだと。案内してくれた大柄な人、バートラムさんに言われたからだ。

 

馬車の中の空気はどこか沈んでいた。いっそ悲壮とも感じられる雰囲気が漂っている。

傭兵になるなんて、まともな理由はほぼ無いってバートラムさんが言っていたけれど、そういう事なのかもしれない。

村には無かったけれど、つまり口減らしとか身寄りが無かったりとか、奴隷みたいに売られてしまったなんて理由が多いそうだ。

 

僕も自分から話しかけてみたけれど。雪原で声を出した時と同じ、吸い込まれるばかりで何も帰ってくることはなかった。淀んだ目でただこちらを睨みつけるか、非難するような視線を投げかけることを返事とするなら、コミュニケーションは成立していたんじゃないだろうか。

 

そんな淀んだ空気の中、ずっとニコニコと笑っている人が誰彼構わず話しかけている人。クリスティアンさんことクリスさんが戯けつつ話しかけてくる。

 

「あかんわぁ、キミ以外みんなほとんどだんまりや。な、な、アールくんは何で傭兵になろう思たん?」

「ええっ、僕ですか?」

「ええやん、な?これでもウチ責任者なんよ。ちょっとは話とかんと人事の『首切り』に怒られるんよ、だから付き合って〜」

 

何だか物騒な呼び名も聞こえたけれど、それよりもクリスさんが同行する責任者の一人だったらしい。

多分みんなに話しかけていたのも、自己紹介の一環だったのかもしれない。

あぁ、でも。僕の本当の目的を話す訳にはいかなそうだ。警戒されると後々支障になりかねない。

 

「人探しですよ。何処にいるかわからないので、色んな場所に行く傭兵がいいかなって」

 

嘘は言っていない。

遺体が無かった母さんや妹、レイラちゃんはもしかしたら何処かに逃げ延びてる可能性はある。

でも、あの村の惨状を見てしまったら本当は…。

 

「ほ〜!ひょっとしてイイヒトとか?隅に置かれへんわぁ!なぁ!」

「あ痛っ!?」

 

パシーンと良い音がする程度に肩を叩かれた。結構痛かったけど、本気で叩いた訳でも無さそうだ。

 

その後も出身の話、趣味に好物、歴史についてや文字の読み書き計算は何処まで出来るか、なんて事を根掘り葉掘り聞かれたり話したりが目的地に着くまで続けた。

 

「喋ってないと息出来んのよ!マグロか!アッハハハ」

「そうなんですか。マグロ…?」

「マジメか!ナハハハ!」

「痛っ!?」

 

何だか定期的に叩かれたりしたけれど、クリスさんはずっと喋っていた。

もしかして喋ってないと息が出来ないのは本当の事なんだろうか?マグロが何かは知らないけれど、大変そうだなぁなんて思った。

 

 

 

 

 

 

馬車が止まる。丸2日を費やした移動が終わったんだろう。

着いた先は知らない街並み、これから転々としていくはずだから、慣れないといけない。

村と山にあった緑が無い景色、昼間なのに自然が太陽の光を受けて輝いたりせず。人と土の臭いばかりの賑わいにもだ。

 

「どう?思ったより速かったん違う?」

「驚きました、途中休憩ほぼ無しなんですね」

「そうなんよ〜お陰で観光も滅多に出来んくてな」

 

そう、どこか誇らしげなクリスさんの言った通り。普通は馬が疲労でバテてしまうから一旦はどこかで休むと思っていた。

人事の人が待っているこの街に着くのだって、馬車とか乗り物に滅多に乗らない僕からすれば。一週間近くは必要なんじゃないかって考えていた。

 

「途中の駅舎にデカい自動車を置いてってくれてたんが良かったんよ、ラッキーやねぇ」

「はは、まさか自動車に乗れるとは思いませんでしたよ」

「そう!アールくんも皆もラッキー!そんでウチは普段より移動時間が短くてハッピー!退屈な時間は短く、布団に入る時間は長く。お馬さんも車内でぐっすり、タイムイズマネー、時は金なりやんな?はいみんな着いてきてー」

「えっ?あ、はい!」

 

口調と足取りは軽いが、目的地まで向かうクリスさんの表情は少し暗い。

何かあるんだろうか?

 

「でもなぁ…わざわざあないにデカい自動車置いてくって事は、嫌な予感がするんよ…」

「家みたいな大きさでしたもんね。でもそれが何か悪い事になるんですか?」

「アホみたいに高い燃料がケチらずに満タンだったんよ?これはねぇアールくん。大口の仕事が何個か入ったからそのついでって理由くらいしか無いんよ。

まさかウチやアールくん達にすぐに会いたいからなんて可愛らしい理由やない、あー嫌や嫌や!柔らかいベッドで寝たいわぁ!」

「なるほど…?」

 

人との、いや、命の奪い合いに楽しいも何も無いんだろう。僕も山で狩りをする時は獲物を追う事や危険の有無についてだけ考えて、それ以外は出来るだけ無心になるようにしていた。

 

…圧倒的に有利な立場なら、もしかすると楽しいのかもしれないけれど、僕はそういった経験が無い。

 

山で狩りをする場合、罠に掛かった動物へのトドメ。それか犬みたいに駆け回って獲物を追い立てる事が僕の仕事だった。

当然、狙い通り逃げてくれる獣だけじゃないからその時は大変な事になったなぁ…。

 

「アールくぅーん?ぼうっとしとらんでちゃんと着いてきいよー」

 

故郷での事について考えていたら、どうにもうわの空になっていたみたいだ。

…気を引き締めていこう。

 

 

 

 

 

「はーい、じゃあアールくんだけ先に入ってなー。他のみんなはこっち」

「えっ僕だけ?」

「そーそー、ごめんなぁ。心配かもしらんけど大丈夫やって……頑張ってな!」

 

クリスさんの案内を受けた先、滅多に見ることのない。ましてや入ることになるとは思ってなかった大きなビルディングの広間。

 

そこから階段を登った廊下で、急に一人で部屋に入れなんて…凄く緊張してきた…。

何か変な事をやってしまったんだろうか?もしくは怪しまれているとか?

や、槍を握り締めて…ダメだ、臨戦態勢で部屋に入るのは流石に危ない人じゃないか!?

とりあえずノックして入って挨拶…!

 

「し、失礼します…!」

「…一人か…。それは槍か…?互いに名乗る前に、少し失礼な事をするが、構わないな?」

 

ビルの一室とは思えないような広さの空間。

部屋の奥に二組の机と椅子、あとは大きめの窓しかない、殺風景という言葉を表したみたいな場所で、一人だけぽつんと入口から離れた所に佇む綺麗な女性。

スーツ姿、村にたまに来る商隊の人以外では初めて見た。スカートじゃないのも相まって、洗練された人という感じがする。

でも革と鉄の臭いがする。

これは、武器の…?

 

「失礼な事ってどうい」

「…シッ!」

「なっ!?」

 

抱いた疑問は言葉に成りきることは無かった。

何かが閃き、眼前に迫ろうとしている。

 

罠か何かが作動した?

違う、何かを投げられたんだ!

 

「何を!」

 

咄嗟に片手で持っていた槍で弾く、小気味良い金属の反響。

ナイフを投げられた?一本だけ?

いいや早計か、備えろ、構えろ、思考を速く、身体を反射で動かせ。

 

「そら、まだ続けるぞ」

 

言うが早いか、女性の左手から小さなナイフが三本一斉に襲いかかって来る。

一投目より速い。それぞれ正中線沿いの頭と鼻、そして喉を目掛け、致命傷になる部位を正確に狙っている。躱さなければもれなく死ぬ。

 

しかしここで大袈裟に避ければ、彼女の空いている右手からおまけが追加されかねない。

ならばここは。

 

「こん、の!」

 

気迫だけは込めて、足の力を脱いて避けるしかない。

その動作と繋げて上半身を前に落とし、再度力を込めて踏み込む。

 

何をどうして、なんて考える余裕は無い。とにかく制圧しなくては、間違いなく殺される。

 

 

 

 

 

 

 

三条の箒星を避け、アールが女に迫る。

その勢いのまま、動きを止める為に石突で腹部を穿たんと刺突を放つ。

 

「中々だな!」

 

獣の如き突進を目にした女は笑う。

その右手に持つのは、先程の投擲用として作られた刃が小指程度の長さの物ではない。

放った刃よりは大振りかつ頑丈そうで反り返ったナイフ。動物の爪のような形をしたそれはいわゆるカランビットナイフと呼ばれる物で、農業用の道具。あるいは小型ながら殺傷力の高い武器として知られる。

 

笑みを浮かべた女もアールのように、否、それ以上に姿勢を低くして刺突の軌跡から外れる。

下手に跳ばないのは、空中では重心や体幹を自由に動かせないのを知っている為だ。

 

そのまま地を這う蛇と類似した動きで近寄り、脚を舐め上げるかのように凶刃を閃かせる。

当然、腱に引っ掛かればただでは済まない。動脈のある内腿も、一寸ほどでも刃が滑り込めば、即座に止血せねば命に関わる危険な部位だ。

迷い無く動いている事から、それを知りながら狙って斬りかかっているのは言うまでも無いだろう。

 

腕の動きを目視するや、アールの動きも速い。

懐に入られれば、槍は自身の動きを制限する棒となる。

 

狙われているのは脚、ならばと突きの勢いを殺した槍を手放した。同時に鋼の爪牙を持つ蛇が付け狙う足を持ち上げ、持ち主不在となった中空の槍を女ごと、床に押し付ける為に。

 

「フンッ!!」

 

踏み抜いた。

渾身の力を込めた踏み付けは、例え体重の軽い女性がやろうとも、非常に危険な行動だ。まして成人男性が手加減無くやろうものなら、その破壊力は推して知るべしである。

 

そして見事、棒材を叩きつけられた女は片手から凶器を手放す事となった。

 

 

 

 

 

 

 

女の人の動きが完全に止まった。

とりあえず物騒な刃物を蹴飛ばして、距離を取っておこう。

 

「降参だ」

 

僕としては何が何だかわからないけれど、これで良かったんだろうか…。

降参と言って立ち上がってきたこの人からは、さっきみたいな剣呑な雰囲気は消えていた。むしろ何だか笑っている。

綺麗に笑う人だなぁ。

 

「私はヴェルマ。ヴェルマ・ベスパという。クリスティアンから聞いていると思うが、これは面接の一部でな。すまない、悪く思わないでくれ」

「ええっと…僕は、アール・シオンです。クリスさんからは先に入ってとしか言われてなくて…」

「は?」

「え?」

 

空気が凍った、ピシッと水が凍るような音も本当にしたと思う。

 

…えっ面接?今のが?

ほぼ全部致命傷を狙った攻撃が?

都会は怖いところってアレディが言ってたのはこういう事だったのか…!

 

「…少し待っていてくれ。あぁ、あそこの椅子にでも座って構わない」

「あっはい」

 

再び剣呑な雰囲気を漂わせたヴェルマさんがそのまま部屋から出て行ってしまった。

親友、確かに都会は怖いところだったよ。しかも綺麗な女の人も怖いみたいだ。

 

 

 

 

 

「やぁ〜ごめんな、アールくん。部屋入ったら首切りゴリラ女に襲われるって言うの忘れとったわ」

「さっきのは面接じゃないんですか!?」

 

頬に季節外れの紅葉を付けたクリスさんから、驚きの事実を告げられる。

今のが面接じゃないなら、ヴェルマさんはただ襲ってきただけだった…?

 

「勘違いしないでくれ、面接の一環だ。話すのは謝罪だけにして。そのよく回るだけの、車軸の無い車輪より役に立たん口を止めておけ、お喋りクソバカ男」

「怖や怖や、そんなんやから首斬りだけ上手になって男との縁は結べんねや。あっ!そういえば人との手ぇ切んのと糸切るのも上手やね、赤い糸とか」

「死にたいのならそう言えよ…!」

 

やっと事情を聞かせてくれると思ったら、口喧嘩が凄いことになっている!というか売り言葉に買い言葉どころか、ヴェルマさんがナイフに手を掛けてる!

 

「あの!僕もヴェルマさんも無事ですし、面接だったらもう大丈夫ですよね!?」

「アールくんは大人やわぁ、見習ったらええんと違う?」

「人の事が言えた義理か?お前こそ場を弁えて喋る方法を教えてもらったらどうだ」

 

少し落ち着いたかな…?

生木を焚べた時みたいに、いつ弾けるかわからないけど。ヴェルマさんはナイフから手を離しているしどうにか平気そうだ。

 

「はぁ…とにかくすまなかった。まともに戦えそうな奴は、先程のように実力を測る事にしている。

そうじゃない奴は別室で何が出来るか、最低限として銃は使えそうかを調べている。人を雇うのも、銃の貸金に弾薬費も馬鹿にならんのでな」

「ごめんなぁ、今言われても信じられんかと思うけど。アールくんならどうにかなる思ててんよ」

「クリスさん、たしかに僕はどうにかなりましたけど、普通は言わなきゃダメですよ」

 

二人の言いたい事はわかったけど、それはそれとしてさっきみたいなことは説明しなきゃ危ないんじゃないか。

少なくとも最初の投げナイフに反応出来なければ、今頃死んでいたかもしれない。

 

「言ったら実力を測れんのもあるやん?馬車ん中である程度聞かせてもらってたけど、それでも全部はわからんねん」

「擁護したい訳でもないが、コイツがここに来るまでに選別をしてからこの部屋に案内している。それでも口先だけかどうかはわからんので、投げナイフは全部刃を潰してある」

 

それにしても物騒な気もする。

けれど何も出来ない人を、そのまま囮に使ったりするよりは優しいのかも。

何よりそういう事情があったのなら、多少は仕方がない…のかな?

 

「だからクリスさんは、他の人達にも話し掛けてたんですね。僕に色々と聞いてきたのもそういう事情で…」

「ウチがお喋りなのはホント、でも今回は他の連中がほとんどダメそうなんもホント。

今から傭兵になる言うのに、身体にくっついてるのがポロネギか腕かもわからんようなのと。歩いてる時、身体がグラグラ動いてるヤツとか、馬車や自動車に二日乗ってるだけで疲れたって顔に描いてあるんは論外や、だからああして喋ってん」

 

二人が申し訳無さそうに続ける。

 

「それで、体力が有ったり、腕が立ちそうならここに呼んで試す手筈になっている。本当は一発目だけはこいつからの事前予告有り、のはずだったんだがな」

「ん〜本当ごめんなぁ、後で色々と口利きしとくから許してや」

「怪我もありませんから大丈夫ですよ。ヴェルマさんの手と顔にも傷は無いみたいですし、他の人の時は気をつけてくださいね」

 

無傷で終わったし、ちゃんとした理由もあっての事ならあまり気にしない方が良いだろう。

悪意があったなら、また話は変わるけど。

 

「ヴェルマ!お前ちゃんと女やって気ぃ使われとる!ナイフで殺しに来ただけのアカン奴と思われとらん!」

「やかましい!アールくん、その、本当に気を使わず怒っても構わないんだぞ?そもそも2回目の投擲は当てるつもりだったし。その後は手加減無しの、ほぼ殺しかねない攻撃だったんだ…」

 

僕が思ってる以上に気にする人達だ。

クリスさんが騒いでいる理由は少し違うかもしれないけれど。

 

「僕も手加減してないからお互い様ですよ。怒ってもいないです、偶然こうなっただけなんですよね?

じゃあ、ヴェルマさんみたいな綺麗な人に怪我が無かったし、この面接も上手く終わった。それで良かったって事にしませんか?」

「きっ!?なっ…ええ!?」

 

ヴェルマさんが酷く驚いてしまった。本当に村では見ないような、綺麗でかっこいい感じのする女性だと思うんだけれど、あんまり言われないんだろうか。

それとも怒ってない事にびっくりしたのかな。

 

「凄いなぁアールくん、ひょっとして出身の村って息するみたいに口説くんがルールだったりする?それともマトモな女性がおらんかったとか?」

「村には居ないタイプの素敵な人だと思いますよ、スーツの似合う都会の女性って感じで」

 

クリスさんも驚いている。

どうやらヴェルマさんに対しての言動に何か変な所があったのだろうか。

 

故郷に変な決まりは無いし、本心なんだけれど、どうにも疑われているようだ。

確かにナイフの扱いが上手いのは怖いかもしれない、でもそれは関係ないと思う。

少なくとも怒った時に、うっかり片手で丸太を持ち上げる母さんよりは怖くないから、普通の範疇じゃないのかな?

 

「偉いこっちゃ…天然のタラシや…」

「…すてっ!?へひぇ!?!…!?」

「って、あぁっ!あかんアールくん!コイツ刺激が強過ぎて壊れてはる!」

「えっ!?」

 

何だか今日は驚いてばかりだ。

なんてことを頭の片隅で考えていた。

 

「ヴェルマ!オイ!しっかりせえ!」

「すっ!?きれ…きぃ…!?」

 

ちなみにヴェルマさんが普通に話せるようになるまでに、かなりの時間を要した。

 

どうして…?

 

 

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