傭兵とはならず者集団ではない。
かといって、品行方正とは限らない。
人の集団、国家が少なくなったとしても、人は生まれ、成長し、死に絶える。しかし、その過程には欲求が付随する。
生まれたばかりでも乳を飲み、安全な場所で眠る。固形物を求めるようになれば当然なんらかの主食が必要で、傷病に罹れば治療を求める。
大規模な中央集権的国家の場合は徴兵制度や募集で統率された軍隊を編成できる。食糧はその広い国土により担保され、武装その物も、原始的であろうと作れるのだから。
だが、国土が狭く、自国民全てに食べ物を賄えなくなった場合。例えば技術のみが発展した国家はどうすれば良いのか。
技術供与、あるいは貸与。だがこれだけでは足りない、盗まれる危険性がある。なので対策をした。
国土を肥沃にしようとも、作物を作れる場所が無い。山岳地帯や砂漠地帯ばかりでは手詰まりだ。だから人を売り払ことにした。
他国に戦力として売る、自国民は命を落としても、対価として様々な資源を得る。それは食糧であったり鉄や燃料の資源であったりと様々だが、結果的に一石が二鳥三鳥と複数を得る。口減らしにもなるのだからまさしくうってつけだ。
しかし需要が必要だ。
ただ他国に潜み、明日のパンを奪うだけならそれは強盗団と変わりない。そうなれば排斥は必至。
合法的に、命を奪う対価、あるいは命を守る対価として糧を得る。生物が必ず争う以上、需要が無くならないとしても、そこには何某かの規律がなくてはないない。全てを吸い尽くせば残るは荒野のみだ。
なので雇用主との交渉が必要となる。
次なる需要を拡大する為、最大限の糧を得る為。
礼節を解し、腕を磨き、身なりを整え、統率をする。
信用を得て評判を良く、信頼によって発展を狙う。
これが適わねばただのならず者。
しかし教育の行き届かない連中も、無くなることはない。
「最終確認だが」
先程まで混乱していた女が言う。
今はどうにか表面上は平静を取り戻している、だがどうにも顔の赤みは取れきれてはいない。
「必要ないんやない、人と動物は違うけど。山で狩りをしとったんなら、すぐに馴れるんと違う?何より対人で結果が出せるならお勉強も無しで即戦力や」
軽薄そうな男が女の発言を遮る。
物腰は穏やか、というよりふざけた印象を与えるが当人からすれば至って真面目なつもりだという。
相手に親しみを持たせるための処世術とは本人の談である。
端的に訊ねられる筈だった質問は非常に単純、しかし最も重要な事。
誰かを殺せるか。
傭兵の仕事は護衛にしろ襲撃にしろ、命のやり取りが発生しやすい。
もし危機的状況が発生した場合に今更そんな事は出来ないと言い出しても、盾にしかなれないのだ。
何が必要かを察した青年が、瞳に決意を込める。
「…僕は、やらなくちゃならない事があります。だから、その為なら人の命だって奪えます」
彼にはとうに帰る場所は無い、しかし奪われて泣き寝入りする気も毛頭ないのだ。
報復を、応報を、復讐のみこそを望んでいる。
その事を目の前の二人に話す事はない。
彼は下手人を目撃してはおらず、そして目的から人数さえもわかっていない。見てしまったものといえば、残された巨大な足跡、この世に存在する人型兵器が父を踏み潰した痕跡のみである。
「な、平気そうやろ?」
覚悟の程を聞いた男、クリスティアンが飄々と頷く。
青年からは人探しと聞いてはいた、だが本当に人探しだけなら傭兵にならずとも穏当な手段でも可能なはずだと理解していた。
何か抜き差しならない事情、それもかなり不穏なものであろうと察している。
問題は無い、その牙がこちらには向かないだろうということだけは根拠は無いが確信していた。何よりいざという時我が身に何か起きそうならば、いっそこちらが殺してしまえばいいとさえ思っている。
「…その槍も伊達では無いようだしな。話は変わるが、一度、試用として軽い仕事に付き合ってもらう」
クリスティアンと同様に、いざという時の対処を思考の片隅に置いている女の言葉。青年の覚悟が口だけのものでは無いかを確かめる為、一つの通過儀礼を用意していたようだ。
「襲撃だ、二人組の傭兵モドキを始末しに行く」
当然、穏やかなものではない。
お試しの仕事ということで、ヴェルマさんと二人で夜の街を歩いている。引率付というのは少し恥ずかしいけれど、土地勘の無い僕からすればありがたいのも事実だった。
傭兵団の人事、ヴェルマさんは『首切り』と呼ばれている。
物理的に首を切ることが得意だから。という訳じゃなくて、いわゆるリストラや左遷なんかの憎まれ役を淡々とこなす事が主な理由だそうだ。
冷静になれる人なんだろう、その心労は如何許かはわからないが、誰かがやらなきゃならない事ができるのは、きっと強い人なんだと思う。
「君は、銃で撃たれそうになったらどうする」
心配されてるんだろうか?
僕が可能な銃への対策はそう多くない、発射の瞬間がわかれば軌道を逸らすか避ける、それと致命傷にはならないように腕で防ぐくらいだろう。
それしか出来ないと伝えると。
「味方で良かったよ、そういった芸当が出来るのはそう多くはない」
呆れ混じりの笑顔でそう返された。
僕は自分の家、道場で色々と…目隠し状態で刃物を持った数人を返り討ちにしたり、弓矢を打ち落とす訓練をしたけれど、他にも出来る人は多くはないと言ってもいるんだろう。
世界は広い、村では知らなかった事が多くて驚くばかりだ。
「ヴェルマさんは優しいんですね」
今向かっている仕事の注意事項として、きっと僕を心配してくれたヴェルマさんに、思った事をつい口に出してしまう。
試用なんだから黙って連れて行くか、場所だけ教える程度でも構わないはずなのに。こうして同行してくれているんだから、僕が思っている以上に優しい人なんだと思う。
「ぐっ…そ、そういう事は言わなくていい」
「えっ、でも優し…」
「やめろ!本当に!!」
そういえば、アレディにも咎められた事がある。
言ったほうが良いかどうか考えてからにしろ、だったか。言葉にしないと伝わらないし、少なくとも自分としては言ったほうが良いと思っての発言なんだけれど、知り合いや家族からも窘められることが多い。
あぁ、でも、丁度いい。
「そういえばヴェルマさん」
「なんだ、今更不安になって来たか?」
いえ、違います。と出来るだけ普段通りに喋ることを意識して続ける。
「ここ最近、一週間くらいって何してました?」
槍に手をやる。
握り締めずに、小指だけ引っ掛けるように。
「な、なんだ…急に。…仕事だよ、燃料と自動車の手配、それとクリスティアンを始めとする教育係に連絡。他にもあるが、私は紙を使った事務仕事ばかりだ。安心しろ、最近は荒事に関わってないが、腕は鈍っていない」
負けた奴が言っても信用ならないだろうがな、と自嘲気味に言葉が締められる。
良かった、少しだけそう思った。
おそらくは僕程度に負けてしまった事から、その実力を疑われていると感じたのだろう。
そんなことは少しも考えてはいなかったけれど、勘違いしてくれたのならそのまま話に乗ろう。
「人事って大変なんですねぇ」
「つまらん仕事ばかりだ。血生臭いのを好む訳ではないが、金持ち連中のご機嫌取りやら、団の身内と顔を突き合わせるか、書簡でのやり取りだけというのも退屈だよ」
何でもない世間話、そう勘違いしてくれていれば僥倖というものだ。
クリスさんが教育係というのは初耳だけれども、自動車と燃料の手配、教育係への連絡。今まさに向かっている仕事の連絡なんかもしているのだろう。
目立った矛盾は無い、後ろめたい事はなさそうだ。同じくクリスさんも平気だろう。選別の為にあの馬車に乗り合わせていたのなら、目的が違うはずだ。
少なくともアレディが言っていた巨大兵器を使う為の水晶は持っていない。
水晶の大きさも調べておけば良かったかな、いやヴェルマさんかクリスさんに仕事が終わった後にでも聞こう。
そうしてゆっくりと、気付かれないように槍から手を離した。
「何やの今の…」
隠れて見ていた男、クリスティアンことクリスが独り言ちる。手には拳銃が握られていた。
傭兵には、ある程度の品性、あるいは協調性が求められる。
それは雇用主であったり、同僚や上司、部下などと軋轢を生まない為だ。
経歴不問ではあるが、未熟なら未熟なりに指導すれば性根も含めて使い物になるように出来る。むしろ、これならば簡単だ。
例え実力が飛び抜けていたとしても、背中を預けるに値しなければどうなるか。仕事中に誰かの手が滑るか、最も穏当な手段では事前にクビとなる。
その最も穏当な手段を取るべき相手かを見極める為にクリスはアールを監視をしていた。
実力だけはある厄介者を身内に引き込んで、結果的に多大な機会の損失となるのは避けたいからだ。
しかし呟いたのは喜色からではない。
「ヤバいの引き込んでもうたかな…」
彼の目的は人探しと言っていた。
当然全てを鵜呑みにしてはいない、腹に一物抱えた人間なんていくらでもいる。
だが人当たり良く、穏やかそうな人間が。察し得ない理由で同僚に静かな殺意を秘めていたら?
そも、今の行動だけではなく、彼の本当の動機と目的も何もかもが不明だ。
「…快楽殺人者?戦闘狂?ヴェルマがタイプやなかったとかか…?わからんわあ…」
今にも堂々巡りしそうな思考。
とにかく今は槍から手を離している。その理由も判然としないが、当面の危機は去ったと見て良いだろう。
こちらに危害を加えないと考えるのは、あまりにも尚早だったのかもしれない。
額に浮かぶ冷や汗を意識もせず、ひとまず懐から拳銃を手放した。
「何の話しとったか聞かんとなぁ…」
即戦力積極採用、これも考え物だと思った。
仕事を続けよう。
何にせよ憂いの無いご機嫌な安眠は当分先送りだ。
お試しの仕事はあっさりと終わった。
「上々だな。油断していたのもあるだろうが、かすり傷一つ無いとは…本当に伊達や酔狂ではないらしい」
僕以外は誰も立っていない部屋に入って来たヴェルマさんが、軽い拍手と一緒にそんな事を言ってきた。
「一人は気絶させましたけど、もう一人は同士討ちしてくれましたから」
そんなに広くはない閉所で、しかも多少お酒を飲んでいたのだろう。不用心にも、扉を叩いただけで一人は出迎えてくれた。
その一人の膝を、槍の柄で横に思い切り打ち払って砕いた。コツとしては逃げられないように足を踏みつけておくこと。それと、槍をそこらにぶつけないよう短く持つこと。
そのまま立つことすら困難な相手を盾にして近付いて、相手がそのまま抱えてしまうように盾を柔らかく蹴り出す。飛び道具の射線に遮蔽物を被せたら、後は僕の得意な距離だ。
仲間だろうに。盾にされたのもあるが、遠慮無く銃弾を撃ち込まれた彼は助からないだろう。撃ってきた方の彼は、絞め落としたから命に別状はない。
「終わった後で言うのも何だが、一応こいつらの説明をしておく。端的に言えばクズのバカどもだ。依頼主や所属先に何度か噛み付いて、最後には銃を売り払おうとしていたらしい。そんな経緯だ、私達に始末の依頼をしてきたのはこいつらの元所属先だよ」
「…普通に働けば良かったのに…」
たぶん、私欲からの反抗とかなんだろう。口から出たのは何故こんなことになってしまったんだろうかと、相手への少しの憐憫を含んだ言葉。
そもそもこんな事になるとは思ってなかったのかなと考えていたら。ヴェルマさんが目を瞬かせていた。
「本当に変わり者というか…頓着しないのか、呑気なのか…まぁいい、仕事は終わりだ。後始末はあいつに任せて飲みにでも行くか」
「え?他にも誰か…」
いつからか誰かが着いて来ていたのだろうか、こういう人…言ってしまえば、身内の恥とも言える人たちもいるから心配になるのは仕方ないというのはわかるけれど。
「クリスティアンだよ、本人は嫌がるが、あれでこういった作業は得意な男だ。君と私への詫びとしてここの片付けと完了報告。それとそうだな、飲み食いの代金もあいつ持ちにしておくか」
うぅん…傭兵業っていうのは僕が思ってる以上に意外と繊細なのかもしれない。
礼儀とか、仕事の後始末に報告。新人なら色々と出来るようにしておいたほうが良さそうだ。
そう思っていたら、何をグズグズしているのかとヴェルマさんに首根っこを掴まれてそのまま飲食店まで引きずられてしまった。
ひょっとして仔犬か仔猫と勘違いされてるんじゃないだろうか。