ヴェルマ視点
私ことヴェルマ・ベスパ。
これは本名ではない。
身内に厄介事が行かないための配慮だ。
というのも、傭兵稼業なんてものに身を窶す人間は多かれ少なかれ、何かしら事情がある。
それはそうだろう。好き好んで人と殺し合いをするような職業を選ぶのは、はっきり言えば異常者か何かしらが破綻している奴だけだ。
お貴族様方ならいざしらず、普通は人狩りを楽しむ趣味など持ち得ないものだ。
何より、人の生き死にには恨み辛みが確実に付きまとう。例えば標的の家族が復讐に来る、または何であいつだけ助けたのかなんて訳のわからん逆恨み。戦争を、殺し合いをしていると言っても、死を割り切れますと口先だけはご立派に宣う奴は、それこそ掃いて捨てるほど居る。
仕方の無い事だと理解はしているが、理屈と感情は別だ。まったくもって度し難い。
「…はぁ」
昼過ぎ、本日何度目かのため息。
高級品の懐中時計をしきりに確認してしまう。
しかし厄介事はいつでもこちらを待ってはくれない。
先んじて始末されてもくれない。
今日は入団希望者の面通しの日。
お喋り訛りフワフワペラペラ軽薄男…クリスティアンがこの部屋に連れてくるのは何人か。
いつも思うが、あれで私より年上というのはどうなのか。団長のようになれ、とまでは言わないが。あの無闇に回る舌の機能はどうにかするべきじゃあないか。
あれはあれで価値がある事はわかる、情報を引き出すにはうってつけだと。
しかしその舌鋒の矛先がこちらに向くのは御免だ。
喋る気がこちらに無くとも、1つ言えば100は返ってくる。しかも悪気の有無は別として、神経を逆撫でする余計なおまけ付きだ。
この前なんて特に酷い、私がぬいぐるみを選んでいる所を偶然見た直後。
「うわ…似合わな…」
「お前はあれか?脳と口が直接的繋がってるのか?」
「いやちゃうんよ、たまたまね?偶然見てしもたんやけどさ、それにしたってぬいぐるみて。
ははぁ…今度姿見買うたる、ヴェルマちゃんはようさん可愛ええから似合うんやないかなぁ」
勿論、これは善意からの発言ではない。
「迂遠な言い方にしてるが、鏡でも見ろよ似合ってないからと言いたいんだな?あ??」
「はははいけずやなぁ!」
「何が『いけず』だ!私を馬鹿にしてるのか!?」
「いやそれは違うけど…元気でよろしいなぁ前よりもっと元気になってるんと違う?」
この後足早に逃げられてしまった。
「おい待て、その喉要らんのだろう」
「ウチこれからデートなんよ!」
「オイ!…オイ!!!」
聞いてもいない今後の予定付きで。いや全く羨ましくはないが、いつか殴る。どうせ出任せだろう、いつか殺す。
つまりはこうだ。
鏡を買ってやる、というのはお前の所には鏡の1つも無いからそれが似合ってないってわからないのか。
前よりもっと元気、というのは歳だけ食って落ち着きがない。
ということになる。
そしてこれは被害妄想ではない、正確な出身など知らない…知りたくもないが。クリスティアンの話す訛りの有る文化圏では褒め言葉は嫌味の裏返し、どころではなくそもそも言葉全体に嫌味が込められている。
愚弄への語彙と熱意が凄まじい。
というか陰湿極まりない。
「はぁ…」
つまり、この数え切れないため息は、あいつとの顔合わせを憂鬱に思ってのものだ。
人事の任に就いている私と、教育係のクリスティアンは、ただの同僚というには余りにも顔を合わせる機会が多い。
基本的には誰でも採用するとはいえ、人の割り振りをする私と、誰でも使える程度には教育を施せるあいつとは、二人一組のように運用される。
当然だが気に入らないので、その事を団長に直談判した事はある、だが。
「言ってしまえばぶっきらぼうなお前と、表面上とはいえ親密さを全面に出すクリスティアン。個人間の性格の相性はともかく、能力としてはこれ以上ない組み合わせと思う」
そう言われてしまった。
自分でもいわゆる可愛げというものがないというのは理解している。それに対するフォロー役として、ああいった人間が必要なのもわかる。
そこらの有象無象を使えるようにしてから、すぐに割り振りをした方が早い事もわかる。
だが、やはり理屈と感情は別なのだと痛感する。
しかも卒が無い。一見ちゃらんぽらんなあいつは基本的に失敗をしない、指導でも実戦でもだ。
それがまた腹立たしい。
見えない努力はしているだろうし。ここに至るまでの経歴は誰も彼も、私も含めて、宣伝している訳ではない。
それでもどうにもならない差が見えれば、醜い嫉妬が鎌首をもたげる。
そんな奴が今回珍しく失敗をした。
冷静に考えれば、本当にそうなのかは怪しいが。
アール・シオン。
辺境の村出身で、純朴そうな青年。歳は18、光に当たると赤味を帯びる黒髪に、黄色の中に茶褐色を混ぜた肌。
服装は動物の毛で作られた物を草木染したものだろうか、明る目の色味が一見しても似合っていると思う。
山での狩りを生業としていたと言うだけあり、服の色は恐らく自然に溶け込む為の色。防寒具兼、緊急用寝具であろうマントも所持しているようだ。
何よりも目を引くのは長柄の棒、本来は槍だが。
普段はマントを巻き付けて無害にしているそれは、どうやら肌見放さず持っているようだ。
長々と彼を観察した感想を浮かべたが。簡潔かつ重要な事実として、彼は私を打ち倒した。
結果としてはこれだけが肝要だろう。
クリスティアンが連れてきた即戦力と考えれば驚きは少ない。だが不意打ちを捌きこちらを無力化した実力はまさしく驚嘆に値する。
結果的に完全な奇襲となったとはいえ、恐らくはそれでも問題無いと判断したのだろう。その後のあいつの謝罪、それの何と白々しいことか。
試用としての仕事も、申し分のない結果だ。
室内で少人数を相手取る時のセオリーを知っている。山で木々に阻まれた時の対処を応用した物と考えるには、不自然なまでに対人戦闘に慣れているが。
結局、私の手助けは道案内だけで終わった。
これらの意味するところは、あいつはミスなどしていないということだ。
軽く察した人となり。そして身のこなしから実力をある程度理解し。奇襲に激昂せず、そのまま私を打倒出来ると判断した。
試用任務も、身の丈に合っていなければ止める手筈だが、そんな事をする素振りさえない。
腹立たしいが、その思考に狂いは無かった。
そして仕事の最中に人間性の破綻も見られない、そう思っていた。
「今日は怖かったわ〜」
「何がだ」
初仕事の全てを終えた後、飲み屋にておどけた調子を見せるクリスティアン。
後片付けと報告の準備を終わらせてから駆け付けてきたようだ。
急に怖かったと言い出しているが、むしろ怖かったのは私の方だ、新人に怪我をさせて使い物にならなくしたら減給処分は間違いない。
ちなみに、お互いに幸運だった期待の新人は食事を摂らせて既に宿舎に預けている。
「やっぱり気付いとらんかったか…お前、死んどったかもしれへんよ」
「はっ、新入りじゃなくて私がか?」
酒の一杯で頭にまで回ったのか、馬鹿げた事を言う。
新人の心配ではなく私の危機についてとは。
「うん、仕事に向かっとる途中。静かに槍持っとってん、誰かさんを狙って。よーく伸びた影を縫うなんてつもりも無ければ、狙いは誰やったんやろなぁ」
「…まさか」
「あーあー、安心しい。何や二三喋ったら手ぇ離しとったよ、何話してたん?」
それが本題か。
彼に聞かれた事といえば、ざっくりと、最近何していたか程度だが…。
「この一週間程度、何をしていたか。そのくらいしか話してはいない」
「はー?なんやのそれ…もっと色っぽい話とかと違うん」
「馬鹿かお前は…」
緊張感が失せた。
変な話という程度ではなく、私の命に差し障りそうな話かと思えばこれだ。
真面目な話をしていると死ぬのだろうか、それならばいっそ団の堅物どもで囲んだら死ぬか試すか?
あぁダメだ、思考に馬鹿が移ったようだ。
「狙われる要因が無いだろう」
「や、わからへんよ?もしかしたらヴェルマちゃんが好みやったとか。辺境から出て来た田舎青年が、大人の色気で一発ノックアウト!情熱を秘めた肉体の女と溢れる若さの純朴青年が出会った時のラブロマンス!」
絶好調だなこいつ、もしくは救いようの無い阿呆か?
「歳の差なんてなんのその、最初に言われてたやん。初めて見たスーツの似合う綺麗でカッコイイ女の人って、とうとう春が来たんやないかなぁ、知らんけど」
「ばっ、馬鹿者、そんな訳がないだろう…!?」
いや、そう、確かにそう言われた。それは事実だ。
しかし本気ではないだろう、おそらく、きっと。たぶん。詳しく聞いてはいないが、田舎出身なら所帯を持っている可能性だってある。
そもそもだ、明日も早いし、この馬鹿との話を切り上げて明日の用意をしなくては。
彼を連れて首都の本部に行って、普通に過ごす。大きな仕事で立て込む予定だし、土産物も選ばなければならない、そうだ、忙しいのだ。うかうかしている暇など無い!
しかし。
「…なぁ、クリスティアン。10歳差ってどう思う?」
口から転び出たのは、ほんのちょっと…少しだけ、春の陽気にやられた言葉だった。
この後笑い転げる機能のついたゴミを薙ぎ倒して店を出た。
店の修理費、それと私と新人の分の飲食代もカウンターに倒れ伏す汚物持ちだ。
今日はもう寝よう。
おまけ
ヴェルマさんのひみつ
本名 アピス・ベルマン・プリマヴェーラ
服装は普段着も仕事着も同じスーツ。
動きやすく防刃防弾仕様の頑丈な特注品で同じ物を何着も持っている。
歳の離れた妹がおり、とても大事に思っている。
土産物を買っている姿がよく見られるが、これは妹への贈り物。なので喜びそうな可愛らしい物を選んでいる。
実は酒を飲みすぎると泣く。