風と火のうた   作:枯華院 清日

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ゴールデンウィークなので初投稿です。
私には関係ありませんが。

クソが…!


11 護衛(1)

 

 

 

 

 

 

 

僕の生まれた村はいわゆる寒村。冬はとにかく厳しくて、寒いんじゃなく痛いという程には空気が冷たい。

耳から足の爪先まで、身体の末端部分が壊死するんじゃないかと思った時も一度や二度じゃ済まない。迂闊に鼻で呼吸をすると、鼻からパキパキと呼気が凍る音もする程だ。

 

それでも、食べ物には困っていなかった。

寒さに強い芋を始めとして、雪に埋もれても元気な葉物野菜や毛のモコモコした家畜たち。品種改良の結果だとかで、細々と暮らすには特に問題は無かった。

肥料や飼料も街に出れば商国の物が買えたから、飢饉に陥る程の不作も起きたことはない。

 

だから僕は知らなかった。人の多い街では、全員を満腹に出来るような食料がある訳じゃなくて。明日の為に誰かを襲ってお金を稼ぐ人も居て、傭兵団もその一つに過ぎないんだと。

 

 

 

 

 

「仕事だ、開けるぞ」

 

朝と昼の境目。

扉を叩く音、それと同時に届く声も耳朶を震わせる。

大して名残惜しさを感じないベッドから身を起こす。

間髪入れずに部屋に入って来る荷物を持った人はノーマン団長。僕が入団した傭兵団の一番偉い人で、昨日色々な意味で勝つ事のできなかった人だ。

 

「眠れていないようだな」

「…考え事をしていて…」

「そうか」

 

目の下に隈でも出来ているのか、顔を見られただけで寝不足がバレてしまった。

とはいえ睡眠不足の理由はこの人に適正検査で完敗を喫したからじゃない。その後に本当の事を言われて、村の事まで思い出していた自分が悪い。

 

何より最近は元からゆっくりと眠れていない。

夢に見るのは片腕だけになった父親、それに焼け焦げた弟と火に巻かれる村の光景だけ。そんな毎日だから眠ることは疎か、食事の時には肉類をあまり受け付けない。

原因は複数あるけれど、目の下に隈が出来ていなくても、ずっと酷い顔色をしていると思う。

 

「先に支給を渡す、装備と食料だ。確認しろ」

そう言って持っていた荷物を手渡してくる。

今下手に気を使われるよりは、こうも淡々とされる方が僕としては気が楽でいい。

それにしても装備と食料?

 

「その服は中に着込め、衝撃は殺し切れんが銃弾の貫通は防ぐ。とはいえ高威力の物や打撃と刃物は防ぎ切れん、最低限の保険と思え。

次にバックラーと手甲、特殊素材製で軽く、しかし頑強だ。心得が無ければ教えよう」

 

思った以上に凄そうな物が渡されてしまった。

言われた物品を確かめてみれば。一見下着類に見えるこれらはたぶん高価な物、小さな盾…バックラーと篭手もたぶん高価な物…!

銃弾の貫通を防いだり、わざわざ軽くて頑強な特殊素材製なんて付け加えられるなら間違いなくお高い!

 

「それと懐中時計と携帯食料だ、その顔色からして食事も軽い物しか口にしていないだろう。

時計の短針が12を指す前に飲食を済ませておくといい、同行者と依頼主に心配させるな」

 

前言撤回。これはたぶん自分が思っている以上に気を使われている。装備に懐中時計、ペミカンみたいな固形食料と飲み物が入っているらしき袋。どれもこれも商国で作られた物だろう。

これ絶対高いやつだ…!

「…お気遣い感謝します?」

 

突如として僕を襲う金銭的な暴力を前に、感謝が疑問形になってしまう。混乱というか困惑というか、正直に言えば何が何だか分からない。

硬貨の入った袋で殴られたみたいな感じだ。

 

「気にすることはない、お前のような人員に早々死なれては困るこちらの都合だ。

必要ならば追加も用意する、無駄な遠慮はしない事だ」

「は、はい!」

 

もしかしてノーマン団長は表情は変わらないし、言葉にもしないだけで良い人なのでは?

 

親友が聞いたら苦言を呈しそうな事を思って。そのまま颯爽と部屋から出る団長を見送った、その最中、口は半開きだったんじゃないかな。

…うん、ひょっとして僕はチョロいんじゃないかな?

 

 

 

 

 

 

正午、その5分前。

 

「…うん」

 

部屋に備え付けてあったシャワー室、その鏡でアールは自分の顔を確認していた。

数時間前よりは幾分かマシになった自身の顔色を覗き込む。

ノーマンの差し入れ、いわゆるカロリーバーと栄養補助ゼリーは普段の食事より喉を素直に通った。何より肉類とは違って噛みしめる必要が無いのも幸したのだろう。例え表面上は上手く取り繕えても、食事そのものを楽しむ余裕の無い状態では味気無かろうとそのまま流し込める食品はありがたいものだ。

 

数時間だけ仮眠を取れたのも大きい、悩みが晴れた訳ではないが。夢を見ない程度の浅い眠りに落ちることができたのは、やはり食事のお陰だろう。

生きている限り、摂食と睡眠は否が応でも必要なのだと実感が湧いてしまう。

 

無心で身体を動かせない時、あるいは食事、眠気で意識が無くなる直前。ずっと考えてしまう事。

 

サバイバーズ・ギルト

 

何故自分が生き残ってしまっているのか。食事を楽しんでも良いのか、心地良い眠りに身を委ねて良いのか。瞼の裏に焼き付いた物言わぬ家族の亡骸がまるで自分を責め立てているようにすら感じられる。

しかし誰にともなく何故と問うても答えは返らず。事実としてはただ自らと親友が生き延びたのみ。

 

「アールくん、居るか?」

 

扉を叩く音と声、本日二度目のそれを聞いてかぶりを振るい思考を追い出す。

過ぎた事、去った事。終わってしまった事。

後悔先に立たず、今考えるべきは後ろを向くことではない。

 

そうして、努めて朗らかに返事をした。

 

 

 

 

 

 

顔色が良くなっている。足取りも軽い、それに昨日まで無かった篭手を着けている。おそらくは団長が何かしたのだろう。

こういう時のケアは手厚く、そして早い。言葉が足りない所はあるが、それでも頼りになる我等が団長殿だ。妙な勘違いをされないように自分一人で納得する部分は治したほうが良いと思うが。

それでも、まぁ、結局どうにでも出来るのがある種の怖さでもあると思う。

 

「やっぱり都会って広くて、色んな人が居るんですね」

 

私の一歩後ろを歩く青年が言う。本部の置かれているこの首都に来てからというもの、周りを見渡す癖がある。田舎者丸出しである。

 

「その周りキョロキョロと見る癖は控えた方がいい。また変な客引きに捕まるぞ」

「どうにも珍しくてつい…でも大丈夫です、次はしっかり断りますから!」

 

大体そういう事を言う人間程また引っ掛かる、とは言わずに心の内にしまい込む。

 

どうにも人の好い青年だ、手のかかる弟とはこういった感じだろうか? 私に妹は居るが、こうも抜けた感じはしない。

むしろ苦労をしてしまった分、しっかりし過ぎている程だ。年頃はアールくんに近いが、私に似ず人当たりも良ければ穏やかで、いつの間にやら友人を増やす。

そうかと思えば、私からの仕送りを元手に資産を運用して親が残した借金を返済し終える始末。

姉としては妹の幸せを願って止まないが…。最近少し、手紙の内容が変に口煩いのはどうにかならないものか。

 

やれ結婚は考えているのかだの、お見合い相手の希望はあるかだの…。母親か、お節介な親戚かと錯覚しそうになる。

いいだろう別に。焦ってもいないし、結婚したいなんて思ってもいない。仕事終わりにふらりと酒場に寄ってほろ酔いで自宅に戻って眠る、そんなささやかな幸せで十分だ。

 

いや私の事はどうでもいい、いいんだ。

つまり私は妹を始めとする、口がよく回る人間とは違うということだ。腹芸は好かない。

 

「…アールくん、悪いが率直に言うぞ」

「えっ? なんですか?」

 

単刀直入に言うとしよう。

 

「入団の動機は人探しと言っていたが、本当は復讐あたりが目的だろう。別にそれは否定しない、恨み事の応酬なんて私達からすれば日常の一つだからな。

だがな、いざという時に後ろから刺されるのは我慢ならない。だから先に言っておくが、私達傭兵団は君の出身地に近寄ってはいない。ここ最近は派手な仕事がなくて、君が会ったバートラムと子供…ヨセフにあのクリスティアンも銃を磨いていただけ。これから対面する依頼人も同じだ、痛くもない腹を探られるのは不愉快だよ」

「それは…」

 

図星を指されて動揺しているのか、言われるがままの彼は足を止めて少し俯く様子を見せる。

糾弾したい訳ではないが、語気が強くなっていたのだろう。やはりこういった物は苦手だ。

 

「だから…その…。信じろ、信用でも信頼でも構いはしないから、事情を全部話してくれとも言わない。任務中だけでもただ背中を預けるに値すると互いに思おう」

 

信じて利用する、信じて頼る。どちらでもいい、こちらに敵意は無く、彼が敵意を向けるのも私達ではない。それだけは知っておいてほしい。

 

「…ありがとうございます。ノーマン団長も、ヴェルマさんも、本当に良い人なんですね。

本当はわかってたんです、FRっていう大きな兵器が僕たちの村を滅茶苦茶にしたみたいで、それでも直接見たわけじゃないから。誰がやったかわからないから、会う人全員を疑って…」

 

辛かったのだろうか。この青年と会ってからまだ短いが、人を疑い続ける日々は彼でなくとも負担になっていたのは間違いない。

 

私にもそんな時があった、だが彼に共感しても本人の救いにはならないだろう。自身に掛かった重荷は自分で処理しなければどうにもなりはしない。

 

「FRか、それこそ国のお抱えか商国の連中でも無い限りは無縁だよ。少なくともうちの傭兵団や小悪党どもには手の出ない代物だ、詳しくは私も知らんがね」

 

FRは高級品だ、本体と燃料費を考えれば個人で持つとはならないだろう。

彼の村の規模、そして襲われた理由は知らないが。相当な戦力が投入されたのではないか。

 

「そうなんですね…」

 

噛みしめるように呟かれる言葉、どうやら相手が思っている以上に厄介な事を知らなかったようだが無理もない。辺境で穏やかに暮らしていれば目にする機会などない兵器だ。

 

「よし!」

 

少し間をおいてから、気合を入れ直したと思われる声が放たれた。

 

「やるべきことはハッキリしました。先日の無礼はすみませんでした、改めてよろしくお願いします!」

 

頭を垂れるアールくん。非があれば謝罪をする、好青年かくあるべしだ。

この調子なら依頼人に粗相も無いだろう。ましてさっき彼に言ったみたいに、仕事中後ろから刺される心配も無さそうだ。

 

「あぁ、じゃあ行こうか。相手を待たせては信用もされんからな」

 

一つ荷が降りた。先程より軽くなった歩みを再開して依頼人との打ち合わせと行こう。

 

「ヴェルマさんが優しい人で良かったって、本当に思います」

 

おい、急に無邪気な笑顔で刺すな。

後ろから刺すってそういう事じゃないぞ。

 

 

 

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