共和国の首都、ある屋敷。時間通りに到着した場所、恐らくは屋敷の主に雇われた使用人の人に案内された一室。たぶん応接室なのだろう。
「およその話はそちらの団長さんに通してありますが。やはり命より大事な商品と子供を守ってもらうんですから、こうして顔を突き合わさねばと思いまして…」
ヴェルマさんと僕の座る椅子の向かい、花の飾ってある机を挟んで、髭を撫で付けながら喋る人。
恰幅の良い男性、恰幅が良いどころか絞れば油が滲み出そうな腹回りと顎をしている。壮年を感じさせる白髪と白髭、顔は毛で覆われていてあんまり見えないけれど、手の皺からして少なくとも60歳は確実だろう。
僕にとって、実質的に最初の依頼主。如何にも裕福で人懐っこい笑顔をしている人、名前は…。
「私はリッチモンド、しがない商人です。よろしくお願いします、アールさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
分け隔てのない、普通の良い人。
都会に出てから会った人達は皆どこか特徴的だったけれど、見た目がふくよかなこと以外はそんな第一印象だった。
「ヴェルマさんとは三度目でしたかな? 今回も宜しくお願いしますね」
「えぇ、尽力いたします。早速ですが依頼内容の確認…」
「ほっほ、まずはお茶でも如何でしょうか」
そう言ってリッチモンドさんが右手を挙げて合図をすると、使用人さんたちがお茶を淹れてくれる。
どことない格式高さを感じて、内心戸惑い続けている僕は座った椅子から動けないけれど、特に問題なさそうだ。
「カップと合わせてウェッジウッドのセイロンですか、相変わらず良い物と縁がお有りなようですね」
注がれたお茶の匂いを嗅いだヴェルマさんの言葉にリッチモンドさんは笑みを深くして頷いている。
僕は最早パニック一歩手前である。何の何の何…? そもそもこのお茶赤過ぎない? 毒とかでなく??
「流石はあの団長殿の傭兵団ですなぁ! 他の粗野な傭兵団でしたらこうはなりますまい。新規に手を広げた商品の利き茶もカトラリーも当てられるとはいやはや、商人冥利に尽きます」
ほっほっほっほと機嫌が良さそうな笑いで顎を揺らすリッチモンドさん。最近医薬品だけじゃなくてお茶の輸出入もするようになったんだとか。
それはさておき、何か特殊な能力で戦いでもしてる? なんだろうこの空間、朗らかな気がしていたけれど目に見えない戦闘が行われてるのかな?
とりあえず僕は黙っておこう、知識バトルは分が悪い…!不戦敗確実…!
そう思って自己紹介から一言も喋らない僕を見るリッチモンドさん。ま…不味い…! 標的にされた!?
「アールさんはどうですかな、紅茶はお口に合いませんか?」
この赤いお茶を飲むの!?
いや…どうやって…!?
「んんっ」
ヴェルマさんの咳払い。それと同時に手に持ったカップを静かに、丁寧に持ち上げて一口飲む所作が目に入る。洗練された動きだと思う…そ、そうか!
助け舟ですねヴェルマさん!
見て覚えて真似しろって事ですね!?
信じますよ!!?
よし…お皿を持って、カップの持ち手を指で掴んで。一息に飲もう、いや熱くない? これを飲むんですか?今から? もう少し冷ましてからでなく??
くっ…ええい、意を決して飲んでしまえ!
「…!」
熱い。味はほぼわからない、けどほんのり渋い?
匂いは良い、香水みたいだ。熱い。
「お、美味しいです…。香水みたいに華やかで凄い飲み物ですね…」
どうにかして嚥下して感想を言い終える。口の上蓋と舌、それと喉がヒリヒリする。確実に火傷した。
少し落ち着いて考えてみたら、ヴェルマさんは一口だけしか飲んでいないみたいだし、一気に全部飲む事は無かったのでは?
「ほっほ!豪気な方だ!やはり傭兵とはこういう方が多いのですかなぁ!」
リッチモンドさんの感想からして、これはセーフ!?
どうですかヴェルマさん!
「彼は新人なもので…どうぞ御容赦を…」
ヴェルマさんが眉根を寄せている。うぅん、アウトだったかぁ…。
僕の口の中がズタボロになった後、仕事の話はスムーズに進んだ。リッチモンドさんが火傷した事を慮ってくれたんだろう、依頼主である彼はほとんどヴェルマさんと話をしていた。
申し訳ないです…!
「では馬車は3台、御者付き。荷物は医薬品と茶葉…それと、御子息方。場所はヴァージニアビーチまで、往路のみの2日間ですね」
「えぇ、復路の馬車は1台手配しておりますので。ゆったりと戻ってくだされ」
「そういう訳にも参りません、お気遣い感謝しますが。こちらも仕事が立て込んでおりますので」
「ほっほ、それは残念ですなぁ」
思った以上に短い期間の護衛、ノーマン団長が簡単な仕事を振り分けてくれたんだろう。
会ってすぐに決めつけるのも良くないけど、リッチモンドさんの人柄もよさそうだ。
もしかすると新人育成の一環で簡単そうな仕事なのかもしれない、そう考えつつリッチモンドさんの用意してくれた氷水で口内を冷やしていると。
「それでは明日の朝からお願いします…っとそうだ!息子たちも挨拶させねばなりませんな…おーい入ってきなさい!」
リッチモンドさんの合図と同時に控えていた使用人さんが扉を開ける。
「…マ、マーガレットです、ど、どうぞよろしくおねがいします…」
入って来たのは緊張した面持ちのおどおどとした様子の女の子、それと。
「なんだよ、おばさんとガキかよ…」
その女の子より歳下の男の子、二人とも僕よりも歳下だろう。
それより、何だか危険な発言が聞こえた気がしたけど気のせいかな? 女性に年齢の話はダメってリッチモンドさんから教わらなかったのか?
歳のそう変わらない僕を子ども扱いするのはまぁいいけれど、ヴェルマさんをおばさん扱いはダメだろう。
「ほう…?」
僕はもうただただ怖くてヴェルマさんの方を見れない。声がさっきより数段低くなっている。仕事中だからナイフに手を掛けてないというだけで、関係ない相手だったら首筋に刃物を押し当てている気配を強く感じる、いわゆる殺気だ。僕を相手にした時よりずっと強い…怖い…。
「こ、こら!やめんかロジャー!」
「ただの傭兵だろ?」
「明日からお世話になるんだから、ちゃんと挨拶なさい!」
ありがとうございますリッチモンドさん…!
でも僕は不安で一杯です。簡単そうな仕事と油断したらこれとは流石に思いませんでした。
翌日、早朝。
昨日の顔合わせで生意気なクソガキ…ではなく、依頼主リッチモンド氏の子、弟のロジャーと姉のマーガレットを連れて今から出発する手筈だ。
アールくんは御者に挨拶している、私は礼節は大事だと昨日から痛感している最中だ。
リッチモンド氏は医薬品を主に取り扱う商人。医薬品といっても、帝王国で言う漢方、生薬が主だ。
昨日の紅茶もその伝手で手に入れた物だろう。アールくんが一気飲みした時は焦ったが、どうやら依頼主は毒の警戒すらしない様子を気に入ったのか、和やかに話は済んだ。
楽な仕事だ。ただ一点、クソガキを除けば、だが。
「お、おはようございます…本日からよろしくおねがいします…」
「こちらこそ、マーガレットさん」
リッチモンド氏の娘、マーガレットが私に挨拶をしてくる。こっちはいいんだ、恥ずかしがり屋だろうと仕事には関係無い。問題は…。
「ふぁ…」
寝ぼけ眼を擦りつつ、欠伸をするクソガ…ロジャーの方だ。
本音を言えば、私に何を言おうと仕事には差し支えないのでどうでもいい。無視をするか、アールくんに任せてしまえばどうとでもなる。
数年前見かけた時はこんなに生意気ではなかったが、反抗期というヤツだろう。ここでの懸念は2つ。
姉の方は問題無さそうだが、このだらしのない弟の方が移動中に我儘を言って馬車の進行を止める事。それと当然、襲撃されるだろうという事だ。
強盗野盗の連中も常に全ての獲物を狙っている訳ではない、狙うのは油断しきった実入りの良い連中。
対策としてどうせなら先行投資として小規模な私設軍隊でも持てば良い。医薬品なんて高価な物を扱って、紅茶の輸出入といった新規事業にまで手を出せる商売人なら。弱者なりの武装はできる筈だが、そうしていない。
そこまで頭が回らない訳でもないだろうに。つまり今回の護衛任務は何かしらの思惑が存在する。
順当に考えれば、私と新人の2人で対処可能ではあるが、厄介な事態になることを予測している。恐らくはノーマン団長と依頼主のリッチモンド氏共々がだ。
問題は襲撃がいつ来るのか、人数と装備はどの程度か。相手方の思惑は関係無い、仕事の障害は取り除くというだけだ。