風と火のうた   作:枯華院 清日

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こどもの日なので初投稿です。


13 護衛(3)

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地まで向かう道中、馬車での移動なんて退屈なもので。およそ話の種が尽きるまでお喋りに興じるか、私達のような護衛の場合は周囲の警戒と夜に向けて仮眠を取る、そんなもので終わりだ。

 

「…まぁ、退屈なくらいが丁度いいか」

 

そんな事を呟く。

食事も軽い糧食を用意してあるのでそれで済ませる。仕事中は食べられる時に食べる物だから、会話や景色を楽しみながら優雅に楽しむこととは全く無縁。

色気も味気も無いパウチタイプの栄養食を流し込みつつ思考をする。

 

現在は昼、春の陽射しはあれど少し肌寒い気温ではある。しかし馬車の幌内が麗らかな陽光で暖められれば転寝の足音が忍び寄る。

今のところは拓けた地平ばかりが見えて、面倒事の気配はない。先頭車両はアールくんに任せて私は殿、突っかかって来そうな方の子どものお守りと一緒だが、彼なら打ち解けるくらいしているかもしれない。

一方の私は。

 

「……」

「…あ、あの…」

「どうしました?」

「い、いえ…なんでもないです…」

 

会話が続かない、実はこのやり取りは馬車に乗ってから通算4回目だ。

 

あの生意気に育った護衛対象、ロジャーの方は一度会った事がある。だがこっちの姉の方は初対面なのだ。

父親のリッチモンド氏は会わせようとしていた事もあるが、生来の恥ずかしがり屋気質からか、今まで会ったことが無かった、それも納得というものか。

 

目が合えば赤面し、下に俯き押し黙る。

息子の方と合わせて蝶よ花よと育ったのだろう、少なくとも矯正しようとは思わなかったようだ。

しかしそれも今日まで。可愛い子には旅をさせよ、獅子は子を千尋の谷に落とすと言うが、涙を呑んで一念発起。次代を担う子供達に社会見学でもさせようなんて魂胆も含まれた依頼だろう。

 

いい迷惑といえばいい迷惑だが。まぁその分報酬も多いとは思うので良しとしよう。どうせノーマン団長のことだ、仕事の同行に補填を付けると言ったのはこういった事態も含んでの発言に他ならない。

 

「あ、あの…」

 

これで5回目か…。

 

 

 

 

 

 

 

「暇だなぁ」

 

時間は昼過ぎだろうか、ノーマン団長から渡された懐中時計の短針は2を指し示している。

暇だと言ったのは僕ではない。

二度寝から起きたリッチモンドさんの息子さん、ロジャーくんだ。

 

退屈なのは本当のようで、起きてからしきりに幌の隙間から外を覗こうとしたり、御者の人に話しかけている。話しかけられた御者さんは苦笑いしつつ曖昧な返事しかしないので、これもまた彼の退屈を強めているようだ。

 

僕には今のところは話しかけようとしないので、案外人見知りをするのかもしれない。

弟のエントーにもこんな時期があったと少し思い出してしまう。

 

兄ちゃん兄ちゃんと僕の後ろに引っ付いて、見覚えのない村の大人に会うとそのまま後ろに隠れて…。妹のルビナの方が社交的で、会う人とニコニコしながら挨拶したかと思えばすっかり知り合いか友人になってしまう。僕や姉さんとはまた違う、対照的な二人だった。

それでも伴侶を見つけるのは早かった、二人とも同い年の幼馴染と結ばれて、ルビナの方は本当は今頃…。

 

駄目だ、時間を持て余すとどうしても暗い考えばかりしてしまう。

仕事に集中しよう。

 

「なぁ、あんた。どうして傭兵なんてやってんだ?」

 

雑念を振り払おうとした矢先、急に話しかけられてしまった。御者さんにあしらわれていたらこうなるのも仕方ないか…。

 

「あんたじゃなくて、僕はアール。昨日ヴェルマさんに紹介してもらったろ?」

「はぁ? 傭兵なんて皆一緒だろ? それより護衛する相手には敬語使えよ、礼儀の基本だろ」

 

おお、と感心してしまう。

僕らの家族の誰もこういったわかりやすい反抗期は無かった。強いて言うなら、村に越してきたばかりのアレディがこんな感じだったか。

 

腹が立った訳ではないけど、ここで引いてあげるつもりもない。僕はこの子の親ではない、だから甘やかす義理は無いのだ。

 

「僕らを雇ったのは君のお父さんで、あくまで君は護衛対象の一人。そこの荷物と変わらないよ、君は荷物に敬語で、持ち上げさせていただきます。なんて言うのかい?」

「んだよ、面倒なヤツだな…」

 

これで良い、僕はあくまで荷物の護衛をしているのであって、彼の退屈しのぎの玩具じゃない。

何よりあんまり根掘り葉掘り聞かれても困ってしまうから、このくらいがいいんじゃないかな。人探しの為に傭兵になったと答えても納得してくれそうには見えないからね。

 

その後、意外なほど平和に。退屈そうに視線を泳がせる彼と話すこともなく、馬車は夜の帳が降りきるまで走り続けた。

 

 

 

 

 

 

春といっても夜はそこそこ冷える。普段は槍の穂先に巻いている外套を身体に纏わせて空を見た。雲が意外と多い、月も隠れそうだ。

あの日を思い出す焚き火を見ないように。頼りない明かりの星を見つめる。

火が消えれば、きっと星明かりだけの真っ暗な夜。

 

僕の村で見た星と、今こうして見ている星は同じ。そう思うと何だか安心する。

星座の形は覚えていないけれど、気の遠くなる程未来でもなければ。この景色は変わらずにあって、手の届かないままなんだろうか。

 

そういえば遠い昔の人たちは、この星々を捕まえようと空に飛び出して行こうとしていたなんて聞いたことがある。確か宇宙って言うんだったか、途方もない話もあったものだ。

興味はあるけれど、興味止まりだろう。どうすれば行けるのか想像もつかない、そんな場所、浪漫はあるけどね。

 

「見張り、代わりますんで。車内で休んでください」

 

そう言って御者さんの一人が、にこやかに小声で話しかけてくる。

この人は確か…ヴェルマさん達が乗っていた馬車の人だったかな。お互いに軽い挨拶をした程度で名前も知らない。

 

「大丈夫です、これも仕事ですし。後でもう一人と代わってもらいますから」

 

荷物の護衛ならその仕事には当然見張りも含まれる。元よりあまり眠れない僕は、ヴェルマさんには先にゆっくり休んでもらって、帰りの馬車で少し眠れれば良いかなと思っていた。

なのでこれはちょっとした嘘だ。誰かに交代してもらうつもりはない。

 

この人も出来れば他の御者さん達みたいに休んでおいてほしい。野犬が出たりするかもしれないし、馬が怪我をしてしまうとか、目的地に着くまで何があるかわからないのだから。

そう言おうとした時。

 

「チッ…」

 

舌打ち?

僕らのような傭兵への態度はさておき、何かおかしい。少なくとも、ついさっき笑顔で話しかけてきた人とは思えない。

 

彼の手が懐に入ったその時、同時に槍を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

火薬の爆ぜる音、しかし薬莢から鉛が首をもたげる音に非ず。言うなれば爆竹の炸裂音。

どこからともなく夜を震わせるそれは、奇妙にも馬の一頭さえ逃げ出させることは無かった。

 

何故ならば馬車を引いていた馬達はホブルを。保定用の足枷を装着されていたからだ。

中々に周到な手口と思えるが、その周到さが真実ならば。少なからず傭兵がいる時を狙いはしないだろう。

動けはせずとも興奮する馬の嘶き、しかし火薬の音と合わさり異変を告げる存在は、馬車の中から人影を表す切っ掛けになり得なかった。

 

「クソが…!」

 

御者の一人が苦悶の声を漏らす。

ここまでは上手く行っていたはずだった。

少なくとも世間知らずの子供等と、計画に乗らなかった他の二人の御者達は寝静まってから声も上げられぬように拘束した。女傭兵も同じように後ろ手に縛り上げた。

後は男を同じ様に黙らせるか、人質を取ってしまえば良い。事前に打ち合わせた合流地点で、今が好機と合図も出した。

 

計画通り行けば、このまま無傷で荷物の強奪が出来たはず。

なのにどうしてこんな目に、雇われの男から隠れる羽目になっているのか。

 

顛末としては簡単な事。

アール以外馬も含めて拘束し終えた御者は、そのまま彼を拘束するか始末するかと思い話しかけたが断られたので強硬手段に出ようとした。

そして懐から火薬を取り出して地面に叩きつけ、事前合流予定だった連中を呼び寄せる。

しかし、その腕の骨は砕かれていた。火薬を叩きつけると同時に槍の柄で強かに打ちのめされたのだ。痛みで半狂乱になるのを堪え、やっとの思いで馬車の陰へと身を隠す事に成功した。

 

そして今、火薬のもたらす音響と野宿用の火を目指して増援がくる。そうすれば人質を取って、腕の仕返しをたっぷりとできる。

 

荷物は横流し、身なりの良い子供達は売り飛ばして傭兵共は痛めつけてから放置すれば野垂れ死ぬ。いや、女の方は少し遊んでから子供と同じ様に売ればいい。

少し歳は行っているようだが、手足の腱でも切ってしまえば…。

 

水音。

同時に火が消え失せ、視界が闇夜に覆われる。

 

「チッ」

 

響く舌打ちの音。

確かに舌打ちの一つもしたい気分だが、自らの口から出たものでは無い。

 

「ヂッ」

 

妙に密度を感じる舌打ち、傭兵の男も苛立っているのか。もしそうだとしても苛立っているのはこちらだと御者であった下手人が思ったその時。

 

「げぁ、ひゅ…!?」

 

頭部への不意打ち、次いで気道を締められてその意識を刈り取られた。

 

「…ふぅ…っと、急いだ方が良さそうだ」

 

舌打ちの正体が息を吐く。

 

エコーロケーション、あるいは反響定位というもの。

これは決して動物達や目が見えない人間のみが持ち得るものではない。

多少の慣れこそ必要だが誰でも使える技能の一つ。これこそが火を消して暗闇を作り、奇襲を可能とした。

なにが何処にあるのかを把握しておけば、一筋の光が無くとも見える技術。これを故郷で行っていた鍛錬により習得していたのである。

 

 

 

 

 

 

「ヴェルマさん大丈夫です…か…?」

 

恐らく荷物を狙っての襲撃。それを企てた人を気絶させてから、先ずはヴェルマさんの無事を確認しに休んでいるはずの馬車へ乗り込んだ。

 

「色々と聞こえていたが、随分手際がいいな。もしかしてこの暗さでも見えるのか?」

 

見えないけれど、人が立っている位置から普段と変わらない彼女の声が聞こえる。

良かった、無事だったみたいだ。

 

「まぁいい、とにかく火を点けてくれ。私はこう暗いと何も見えん」

「あっ、そうか。ち、ちょっと待っててください」

 

うっかりしていた。明かりもなしに急に話しかけられたら驚くだろうに、まだまだ考えが甘い。

おっと、反省の前に火起こしの道具を見つけなきゃ。

 

 

 

 

「確認していくぞ?」

 

点け直した焚き火に照らされたヴェルマさんが話を切り出す。

 

どうやら縛られていたけれど、すぐに抜け出していたらしい。普段からスーツの袖に刃物を仕込んでいるらしく、それで何ともなかったのだとか。

 

「十中八九、あの音と臭いは火薬の物。一人であんな物を使う必要は無い。後詰めというか、増援を呼ぶ為だろう。そもそも武器の一つも無しにこの人数をどうにか出来るとは思っていないだろうしな」

 

護衛の傭兵がたった二人とはいえ、確かに何の備えも無いとは思えない。それに僕らだけでなく子ども二人と他の御者も二人をどうするか、奪った後の荷物を運ぶのに一人で三台の馬車をそのまま動かせる訳でもないだろう。

つまり、何かしらの二の矢は有ると考えるべきなのは間違いない。

 

「先に言っておく、逃げるのは無しだ。敵の移動手段にも依るが追いつかれては荷物に危害が及びかねん。

そして何より大事なのは、目的地に待ち伏せがあるかどうかもわからんということだ」

 

さて、と一区切り付けられる。

 

「何か案はあるか、期待の新人?」

 

火に照らされて、僕の目に入るのはヴェルマさんのどこか挑戦的な笑み。

きっと試されているんだろう。

だったら応えてみせなきゃかっこ悪いよね!

 

 

 

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