風と火のうた   作:枯華院 清日

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五月病なので初投稿です。


14 護衛(4)

 

 

 

 

 

 

 

「なんだぁ?誰も居やしねぇ…」

「そこらで小便でもしてるんじゃねえか?」

 

いかにもといった風情のゴロツキが二人。見るからに土や脂で薄汚れたボロ布を纏う風体、両者のその手には手製の弓矢とフランキスカ。いわゆる手斧が握られている。

決して上等な装備とは言えない。弓の弦は張りが甘く弛みかけており、矢と手斧は使い古しと一目でわかる程度には金属部分の破損が見られる。

 

今までどこぞに潜んでいたのか、急いで駆け寄った風情をそのままに。額の汗すら拭わずに人気のない焚火の周囲を見渡す。

 

「ずいぶん長えな、でかい方か?」

「金持ちにこき使われ過ぎて、寝ちまったのかもしれねえな。しょうがねえヤツだ、まぁ呼べば返事もあるだろ」

「それもそうだな、合図したって事はアイツ以外はそこらに転がってるってことだしな」

 

兎角、合図を送った元御者の仲間を探さねばならない。

 

「俺はこっちの馬車ん中と茂み探すわ」

「しゃあねえなぁ」

 

提案を聞いた一人の男は不承不承を隠さずに、そのまま二手に分かれる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

ツイてないと思う。

 

今迄の自分、私ことヴェルマ・ベスパの境遇についてではない。今更それを嘆く暇などない。

今回の仕事とこの襲撃?

そもそも織り込み済みだ。

新人に任せるままで良い所を見せられていない?

それは関係無い。

 

では何が。

 

今、まさに相対している襲撃者の一人が多少なりとも腕に覚えのある輩である事が、だ。

 

馬車の幌を持ち上げていた無防備な背中に、しっかりと刃の付けてある投げナイフを2本贈ってやったが。風切り音を察知したのか、身を捩り回避されて肩と腕の外側にしか当たらなかった。

 

ただの強盗崩れではない、これが不運の一つ。

 

二つ目。比重としてはこちらの方が大きいか。

 

よりによって相手は手斧を持った方、体格差と得物の大きさも含めてナイフでは不利なのは明らかだ。

奥の手として隠し持っている小型拳銃を使っても良いが、手加減が出来ない。本当は撃ち殺しても構わないのだが生意気にも新人に止められている。

 

後ろから組み付いてどうにかして気絶させようにも、手にしている斧を振り回されてしまえば。私の頭か背中に刺さらないとも限らない、そうなれば悪趣味な季節外れの柘榴の実が開く。

 

首筋に刃物を当てて脅すのも効力は無いだろう。あれは相手がこちらの手札を知り得ない事と、まともな判断力があればこそ効果がある。

よしんば武器を手放してくれたとしても、すぐに敵を気絶させられる程器用ではない。

あぁ、全くツイてない。

 

男の身体が揺れた、草を圧し潰す踏み込みの音。

俯瞰すれば手斧は短く持たれている。斧らしく叩き潰す為ではなく、刃物として斬りつけに来るようだ。

 

「悪手だ」

 

彼我の距離を理解していないのだろうか、迂闊も過ぎればただの間抜けだ。

 

下がりつつ投擲。

服に仕込んである投げナイフの総数は両手の指を合わせても足りない程度には有る。

致命傷には成り得ないだろうが、今はそれで良い。

 

「ぐっ…!」

 

男の苦悶の声。投げナイフが更に数本刺さった程度では戦意喪失はしないのは分かりきっている。

故に尚もこちらに踏み込んで来る。

 

合わせて下がり投擲。

先程から狙っているのは脚だ。

 

「死なない程度に、蜂の巣にしてやる」

 

こちらは下手に組み合えばそのまま死ぬ。

 

ならばどうする? なんて知れたこと。

機動力を奪う、これに尽きる。

 

追われる、下がる、投げる。

近寄る、引く、投ずる。

迫る、退く、放る。

 

間髪の無い三拍子が幾度か奏でられる。

そろそろ頃合いだろう。

 

鋼の柳葉を脚に縫い付けられた男が、痺れを切らして死に物狂いでこちらに飛び込んでくる。

迎え打つ好機だ。

 

「死…ねぇ!」

 

鈍色の殺意が私を両断せしめんとする。

 

「断る」

 

だが踏み込みが足りていない、踏ん張りが効かないのを狙っての下肢への集中攻撃だ。

そのまま滑稽に斧を抱えて転ぶかと思ったその時。

斧が延びた。

いや、正確には短く持った持ち手を滑らせて射程を伸ばしたようだ。

少なそうな脳味噌でよく考えたものだと感心する。このままでは倒れ込む勢いを乗せた、放るような一撃が私の額を割るだろう。

それも私が動かない薪であればの話。

 

金属を噛み合わせる、ギともガともつかない刃物同士が触れ合う音。

 

手斧がすっぽ抜けなかったのは褒めても良いが、握力操作の精細に欠く。

全ての指で保持された渾身の一発ならまだしも。何本かの指は柄から離れた、踏み込み切れずに破れかぶれで放つ程度の攻撃なら、女の細腕でも弾き落とすのは容易い。

 

一瞬だけ愕然とした男の顔が見えた。

何か言いたげだったが、気にするものでも無いだろう。

 

そのまま倒れようとする男の顎を、ナイフを片手で振り抜いた腕の勢いを利用して打ち抜いた。

 

本当にツイてない、乙女の白魚が如き指が傷付いたらどうしてくれるのだ。

意識が離れ地面に倒れ伏す男を一瞥してそんな事を思う。

 

運ぶのは彼にやらせるとしよう、私の細腕で人間を引き摺るのは骨が折れるし、不殺を頼んできた責任は取ってもらわねばなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の提案した事は、素晴らしい機転に溢れたものではなかった。どちらかというと、よくある無難な物だったと思う。

 

主犯の元御者さんと、無関係かどうかわからない御者さん二人は同じ様に拘束して馬車の下へ。リッチモンドさんの子供達二人はそのまま静かにしているように言い聞かせて馬車の下へ。

馬車の下に隠す理由は簡単で、敵がどこから来るのかわからないから。手近で注意の向きづらい場所に避難させる為。馬も動けなくなっているから丁度いい。

 

その後、暗闇に乗じて敵を倒す。

でもこれは人数と武器次第では危なかったと思う。しかも出来れば気絶程度で済ませてほしいとヴェルマさんに言ったらため息を吐かれてしまった。

 

女の人を危ない目に遭わせるような事をしたなんて、父が聞いたら拳骨が飛んで来ただろうけれど、多めに見てほしい。

結果的に僕の方は後ろから手早く絞め落として終わり、ヴェルマさんも無事に終わった。

 

ヴェルマさんに、何故こんな事を? と聞かれた。

 

理由はあるんだ。

 

 

 

「…どうして、こんな事をしたんですか」

 

早くに意識を取り戻した人。御者だった人、名前はルーサーというそうだ。

彼に尋ねる。僕がさっきヴェルマさんに聞かれた事と似た言葉、それでも意味は違う。

 

何故こんな事をしてしまったのか。

それを聞こうとしている。

 

「金が無えからに決まってんだろ」

 

挨拶の時と襲って来る前に使っていた丁寧な言葉遣いは無くなっている。事実だけを述べているこれが彼の本性で、話す事は剥き出しの本音なのだと理解させられる。

「リッチモンドさんお抱えの御者じゃないですか」

「オレの生まれはDCじゃねえ。故郷には足をやった母親と女房と息子がいる、単なる出稼ぎだ。結局金が足りねえんだよ」

「なんで…」

 

肝心のどうしてが聞けていないので、答えてくれるとは限らないが詳しく聞こうとした。

でも。

 

「なんでどうしてってうるせえなぁ! 息子が病気になっちまったんだよ! その日食ってくのに精一杯で、治すには高い薬が必要で! 医者に診せんのだって金が要るんだよ!

たとえ病気になってなくても、まだ小さいガキに腹一杯食わせてやりてぇのは間違ってんのか!?

それとも誰かが、傭兵のお前らが助けてくれんのかよ! 人の護衛だけじゃなくて、人を襲って飯を食ってるお前らとオレらがやろうとした事の何が違う!!」

 

堰を切ったような慟哭。

彼なりの理由。

眼前で起きた感情の爆発を相手に、僕は何も言い返せない。

 

「返すあてが無けりゃ借金は出来ねぇ、ただの御者如きの為には雇い主だって金を貸す義理も無えんだ…!

…そこの二人も、似たような理由だよ。これが失敗したんだ。こうなったらもう、オレたちは…死ぬだけなんだ…」

 

声量が小さくなると同時に訥々としていく言葉、最後には嗚咽混じりで吐露されていた。

本当は最初から理解していた、きっと理由を聞いても僕にはどうしようもない事情があるのだろうと。

 

「…ごめんなさい」

 

それは何の為の謝罪だったのか。押し出されるように出た僕の一言を押し返すのは夜風だけだった。

 

 

 

 

翌日。

 

夜が明けると同時に走らせた馬車は夕方前に届け先に着いた。僕はルーサーさんの代わりに御者台に座って道中を過ごしていた。

御者の経験なんて無いから、周囲の警戒とは違う緊張感があったけど。おとなしい馬たちで助かった…。

 

そして僕らは荷物と子供たちを目的地の宿で、リッチモンドさんの所の従業員に引き渡して仕事は無事に完了となった。

 

ロジャーくんとマーガレットさんは本当は移動の途中で、これから海路を使ってジョージアという街に行くみたいだ。

どうやら昨夜の一件がロジャーくんの琴線に触れたのか。

 

「俺、真面目に勉強して。ルーサーみたいな人がもっと稼げたり出来るような商人になります!」

 

なんて僕に言ってきた。子どもは別に馬鹿じゃないし、何も考えていない訳でもない。

大変な経験をした彼が、立派な商人になってくれれば良いなと思う。

一方のマーガレットさんは。

 

「…あ、ありがとう、ございました!」

 

少し顔を赤らめながら、僕とヴェルマさんに握手しながら感謝の言葉を告げた。彼女もきっと一夜で何かしら成長したんだろう、初対面の時からすれば握手するなんて想像だにしていなかった。

 

そして現在、僕とヴェルマさんだけを乗せた一台の馬車で帰路に就いている。御者の人は行きの時とはまた別の人だった。今は積み荷もないし、そこまで気を張り詰めなくても良さそうだ。

 

「これで満足か」

 

蝋燭が照らす静かな車内、外の空気より幾分冷たい声色でヴェルマさんが僕に語りかけた。

 

何について訊かれているかはわかっている。

 

襲ってきたルーサーさん達に僕が温情を掛けたことだろう。彼らは殺害せず、拘束を解いて物騒な物だけ処分してから、歩いて数時間はかかる場所に置いていった。

 

十代半ば程度のロジャーくんに人の命を奪う現場を見せたくない。というのは建前だ。

結局僕は能動的に殺人を行えない。

 

彼らの事情を聞いてしまえば尚の事、この人たちにも守りたいものが有るという事実がのしかかる。

 

「君の選択そのものは否定しないが、目の前で死ななかっただけだ。街に到着してからあいつらはどうなる?」

「それは…わかってます…」

「いいや、わかっていないよ」

 

どこか優しく諭すように続けられる。怒気を孕んでの説教や失望からの言葉ではない事だけはわかる。

 

「苦肉の策でこんな事をするに至った連中だ。前向きに仕事を探して、お抱えの御者より割の良い仕事にはありつけないだろう。

故郷に残してきた息子は、帰らない父を思って緩やかに死んでいく。伴侶と母親はどうにかなるかもしれないが、確実にあいつの子は死ぬんだ。

わかるか、アールくん…いや…新人。

これが私達の仕事だ、人間を相手に命のやり取りをする以上、こんな物は必ずついて回る」

 

だから、そんな事情を割り切って。話そうと思わず一方的に命を奪える奴だけが長続きするのだと、そう諭された。

 

「あの御者が言っていた事は正しいよ、人を襲って金を稼ぐ同類、依頼の有る無しというだけが違う。

殺害という手段も、その方が手間も無くて重荷にならないからだ」

「ヴェルマさんは、辛くないんですか」

 

薄明かりの中、少し目を丸くする様子が見える。こちらを真っ直ぐ見てくるこの人は、僕よりもずっと長く傭兵として働いているはずだ。

 

「…殺した相手と目が合うと、そいつが夢に出るよ。恨みがましい目、驚いた目、助からない事を悟った目。色々な目が音も無く、じっと私を見つめてくる。

罪悪感が麻痺してくると声高に言うのも居るが、そんな事はない。そういうのは人間を殺していることを忘れているだけで、どこかで恨まれている自覚さえ無いのさ」

「覚えてるんですね、殺した相手のこと」

「あぁ、嫌でも忘れられんよ。だが多少は割り切っているから、目的と天秤に掛けてこの仕事をしている…。

だからその…お前もある程度割り切れ。

満足したかと聞かれたら、最低限でも善い行いをしたと胸を張っていいんだ。わかったか、新人」

 

きっと、最後の部分が言いたい事だったんだろう。

どことなく不器用だけれど、優しい人だ。これだけは間違いない。

 

「はい!」

 

村を焼いた相手と出会ってはいないから、その時はどうなるかわからない。

 

けれど、傭兵をする心構えだけは。ほんの少しわかったと思う。可能な限り不殺で、なんて、周りに迷惑を掛けるし、自分の身に危険も増えるだろう。

 

それでもひたすらに誰かを害そうとは思えない。たとえどれだけ奇跡に近くとも、ルーサーさんが生きてさえいれば、万が一はあるかもしれない。

 

今のところは、このまま進んで行こう。

 

 

…そういえば、さっきのヴェルマさんの言葉の中で気付いた事がある。

 

「ヴェルマさんって、優しい事を言おうとする時。だからその、って前置きしますよね?」

「変な声が聞こえたが、ひょっとして昨日から寝てないから寝言も大きくなるのか?」

「起きてますよ!?」

 

身体ごとそっぽを向かれてしまった。

もしかして言わないほうが良かったのかな…。

 

 

 

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