アレディ視点
神が居るとしたら
俺に苦笑いをさせたいのだと思う
俺が物心ついた後、7歳と少しって時に父親が死んだ。名も無い寒村の環境に合わなかったんだろう。
母親に詳しくは聞かなかったが、病死だったはずだ。
悲しくはあった。
ただ物言わぬ父親の体に縋ることはなかった。
それから、まだ幼い妹と、不意に涙を溜める母親を見てから、俺が守らなきゃいけないと決めた。
父親代わりになんて義務感ではなく、これ以上母親の涙を見たくはないと思ったから。
それから6年後、母親も死んだ。
こっちは日付も覚えてる。
父親の蓄えがあったが、それを最大限俺らの為に残そうとして、結果的に無理が祟った。
今思えば、両親共に身体が弱かった。
結局は母親を守れはしなかった。
それから更に必死に色々勉強をして、弓が体の一部と思える程練習を重ね、罠狩猟も学んだ。
せめて、どうか、妹だけはと思った。
父親の背をおよそ知らない妹のために。
両親の、父親の代わりになろうと。
ある時、誰も使うことの出来ない機械の残骸の傍らに父親の手記を見つけた。
毎日の日記ではなく、嬉しい事や決意表明をまとめただけのものだった。
そこには母親との馴れ初めやら結ばれた事やら、見てるこっちが恥ずかしくなってくる内容が多い。
そんな内容の中に、家を捨てるという決心を綴った文章があった。
妹が産まれたときの事だった。
俺はこの寒村に来る前は、無駄に大きな屋敷に住んでいたのは覚えている。どんな生活だったかとかは大して覚えていないが。
それでも手記の内容から察するに裕福だったらしい。
朧気な記憶が輪郭を取り戻した。
父親は商国でなんらかの事業に関わる研究者兼調査員だったようだ。
母親と出会う前は惚気ではなく、研究が上手く行っているだの、同僚との食事が楽しかっただのが書かれていた。
妹が産まれてからの、決意が込められた文には。
『この国、この家に居ると、家族の誰かが利用されかねない。噂だけ聞いたことのある、名も無い村を目指そう。少し不自由を強いてしまうかもしれないが、色々と当てはある。戦火から遠ざかって、妻と子ども達に穏やかな時間を。自分にはそれだけで良い』
と書いてあった。
後から知ったが、この名も無い村はたとえ生活が不自由でも戦争から遠ざかりたい人達がこっそりと集まって出来た村だそうだ。
村の存在を聞いていた父親は、妹が生まれるとほぼ同時に何かから逃げるように引っ越した、ということだろう。
この手記を読んだ時に両親の実家に頼るという事も考えたが、子供二人旅で詳しく知らない場所へ辿り着くのは流石に無茶だ。
俺一人ならやってみたかもしれないが、たった一人の妹を巻き込んで危険な橋は渡れない。
父親の手記には俺の長ったらしいフルネームも書いてあったが、自分から名乗る事は無いだろう。
村で初めて出来た、バカが付くほどお人好しで、中々に頑固で、少し抜けた所のある、そんな俺の親友にはただのアレディで十分だ。
親友、アール・シオン。
村の道場一家の純朴なお坊ちゃん。
ちょっとしたご近所さんとしか思ってなかったが。俺が引っ越してきた時から優しいディーノさんとマルセナさん、勝ち気な姉のニナンナさんに、ワルガキの弟のエントーと、マルセナさんによく似ておっとりした妹のルビナに囲まれた幸せ者。
この一家には頭が上がらない、本当は、もう一つの俺の家族だとさえ思っている。
親を二人とも失ってから、少し荒れていた俺と全力で殴り合ったアール。
いや体の鍛え方が違うんだから少しは手加減しろとも思ったが。今では本音で語り合ったいい思い出だ。
時に厳しく、それでも優しかったディーノさん。
俺と妹をただ抱き締めてくれたマルセナさん。
俺とレイラがまともに育ったのは、間違いなくこの一家のおかげだ。
一緒に馬鹿をやるアールと俺を、呆れつつ叱ってくる綺麗でしっかり者なニナンナさん。
…ニナンナさんが初恋の人だったのは、秘密にしておきたい。
俺と親友どころかニナンナさんより先に幸せになったエントーとルビナ、兄も姉もはっきり言って恋愛ポンコツ弱者だからと俺に相談してきた時には笑ったものだ。
エントーは同い年の幼馴染…名前はまだうろ覚えだが、俺達の家とは反対の、一番離れた所に住んでるお嬢さんと婚約。
ルビナは結婚式より先に妊娠が発覚したもんだから、ディーノさんが倒れそうになってたっけか。マルセナさんは私に似たのねってニコニコしてたな…。
ディーノさん夫妻も双子がお腹にって言ってたから、少なくとも来年には家族が3人増える事になる。
凄い一家だよ、まったく。
それはさておき。
なんだかんだ周りに恵まれた俺は今年で18になる。
面倒といえば面倒な、もうほとんどの連中がやらなくなった成人の儀ってやつをやる事にした。
本音で言えば、近所の爺さん婆さん方にも俺はここまででっかくなったと伝えたりする為なのと、妹のレイラも含めて、ちゃんとこの村の一員だって事を示す為だ。
気に入らねえ奴等に文句を言わせないって理由もあるが、天然なクセに妙に察しのいいアールなんかには、本音の部分がバレている気もする。
これで実姉のニナンナさんと揃って朴念仁気質なのは厄介に感じるところも多い。
ただ、結局。親友を含めて、この底抜けに優しい一家の幸せを願わずにはいられない。
レイラもアールの事が好きということを最近は隠さない、親友が義弟になるかもしれないのは変な感覚だが。
しかし、あの親友のことだからなぁ…身内の一人くらいにしか思ってなさそうだなぁ…まぁ、それは置いておこう。
親父が願い、お袋もきっと同じく願ったように。穏やかな時間を感じつつ、さっさと成人の儀なんて仰々しい名前の掃除を済ませちまおう。
そう思って弓と矢筒と掃除用具を持って妹に声掛けしつつ家を出る。
「レイラ、行ってくるぞー!」
「はーい、行ってらっしゃいお兄ちゃん!…アールさんによろしくね!」
ちょっと今は聞きたくない名前だったな!
「…おーう」
少しばかり肩が落ちる気持ちだ。
苦笑いと何気ない幸せ、どうしたもんかねと考えつつ歩き出す。