今日は何をしようか。
今日は休みと言い渡されていて、そんな事を考える余裕が少しだけ出来た。
先日の護衛依頼での出来事から、ちょっと吹っ切れた…んじゃないかな。ある程度普通に眠れるようにもなってきたのも大きいんじゃないかと思う。
とはいっても、前向きになってきただけで何も忘れられてはいないんだけどね。忘れようとも思わないからちょうどいいかな。
それより、本当にどうしようか。僕はここらへんの地理に明るくないから、服の新調とかにしたって服屋の場所がわからない。
急に降って湧いたかのような休みではあるけれど、何もせず自室に閉じ籠もってるのもよくないよね。
次の仕事まで普段通りに過ごすのは、流石に申し訳無い気がする。とにかく何かしなくちゃいけない気にさえなっている。ど、どうしよう!?
「アールくーん、あーそびーましょー」
この都会で僕の事を知っている人、というより知り合いと呼べる人はそう多くない。多くないというか、仕事の依頼人を除けば三人しかいない。
ノーマン団長やヴェルマさんが朗らかに遊びましょと言ってくるとは思えない。イメージするのも難しい。
「シカトかい!」
イントネーションが独特な男性の声。なおかつ僕を知っているとなると、一人しかいない。
「クリスさん…?」
「せやせや、ちょっと遊びにいかへん?」
慌てて扉を開けると、そこにはクリスティアンさんがいた。ここにはいないはずなのに、いったいどうしたんだろうか?
「それで、どうしたんですかクリスさん。僕はてっきり、まだ他の人たちの指導をやってると思ってたんですけど」
「予定が狂ってなぁ、試用任務で半分は返り討ち。もう半分は重軽傷、全治1ヶ月以上ってなもんよ。せやからウチはその間フリーになったんよ」
「それはまた…大変そうですね」
「んもー大変も大変よ。なんやもう、銃爪に指掛けたまんまで誤射するアホウに、狙ってくださいって言わんばかりの棒立ちのアホウ。しかも撃った撃たれたでゲーゲー吐き出すマヌケまでおるんやもん、あっアールくんは食事中にこういう話大丈夫? もう遅いか、ナハハハハハ!」
クリスさんともそんなに付き合いが長い訳じゃないけど、相変わらずの口数だ。なんかもう凄い勢いで言葉が出てくる。
食事中に…その、吐瀉物の話はどうかと思うけどね。
「そんで、どう? 肉は嫌そうな感じやったけど、朝から揚げモンは大丈夫そ?」
「はい! 美味しいです!」
「そっかぁ…アールくんは若いわぁ…」
朝食の時間として丁度いいから、という理由でクリスさんに街の食堂に連れてきてもらっている。
僕が頼んだのは白身魚の揚げ物と黒パン、それに豆のサラダと林檎のジュース。
ちょっと揚げ物の衣がもったり? ぼってり? している気もするけど、付いてきた白ワイン酢を振りかけて、塩が振ってあるだけの豆サラダと食べれば、油のしつこさがちょうど良く馴染む。黒パンは少し固くて酸味があるけど、そこまで気にならないかな。林檎のジュースも甘酸っぱいからどれもこれも朝から元気が出る味だ。
クリスさんはそんな僕を遠い目で見つつ、僕のと同じ豆サラダをつまみつつ紅茶を飲んでいる。お腹は空かないんだろうか?
「あんな…ある程度歳ィ取るとな…朝から揚げモンとか辛くなんねん…」
「そうなんですか…?」
「うん…気にせんでええよ…」
父さんも同じような事を言ってたし、あんまり気にしないようにしておこう。歳の話は男女問わず、人を傷つけやすい。
「そんで、食べ終わったら服でも見に行こか。いつもの服もようさん似合うてるけど、晴れ着も要るんと違う? そしたら劇場でも行こか」
「まだこの街に詳しくないから助かります! いつも同じ服だと依頼人とかの心証はやっぱり良くないですよね」
「…うん、ええんよ」
なんだか釈然としない表情をしてる? 何か無礼をしてしまったんだろうか…。
「おぉ…」
絢爛豪華、壮大華麗、とにかく立派できらびやかな建物。よく見れば内装も歪まずに見れる程にガラスも整っている。つまりは豪華絢爛、都会って凄いなぁ…。
朝食を食べ終わってから、一時間ほど歩いただろうか。僕が走り込みで通っている場所とは反対の方向にある建物はとにかく凄かった。
ガス灯ではない電気式の看板には『アントワーヌ服飾店』と書いてある、な、なんだか緊張してきた。普段着で普通に入って良いんだろうか…。
「アールくん、ほら入って入って」
「は、はい!」
服屋に行く服はこれでいいんですかクリスさん!?
背中を物理的に押されつつ店内に入ると、中もまた凄かった。高い天井に吊り下げられたシャンデリア、床には赤い絨毯、人形が着ている服の一つにさえ手触りの良さそうな生地が使われている。
従業員らしき人たちの服も色鮮やかなスーツだったりして、僕の気後れを助長させる。
こ、これはやっぱり入らない方が良かったんじゃないかな。もしここで迂闊に服を買ったら家が一軒建っちゃうんじゃないか。そんな不安が頭を支配しかけていた時にお店の奥から一際目立つ人がこちらに近寄って来ていた。
「あらぁクリス、お久しぶり。今日はどうしたの? そっちの子は?」
「服屋に服買いに来る以外なんかあるん? こっちはうちの傭兵団期待の新人、アールくん」
「は、はじめまして! アール・シオンです!」
クリスさんに話し掛けた人は…なんていうか、この店と合わせて凄い派手な人だ。仕立ての良さそうな目も覚めるほど赤い女性物のドレスローブ、それの鮮烈さに引けを取らない輝く金髪。顔には厚塗りの化粧が施してある。
腰はしなを作っていて、手の爪も何か塗ってあるみたいだ。
でも、僕より身長が高い。肩幅も僕よりある。よく見れば喉元に喉仏もある。声も思ったより少し低い?
「アタシはアントワーヌ・ヴァン・サン。ここの店主と、裏にある劇場の支配人よぉ!」
「よろしくおねがいします…?」
「アールくん、そいつ普通に男や。な? ゼップ」
えっ?
「オイ! アントワーヌオネエさんだっつってんだろ、ケツに手ぇ入れて奥歯ガタガタ言わせんぞ!」
「はははごめんごめん、おーコワコワ…どうしたんアールくん」
「え??」
「刺激強過ぎたんかな?」
「やーね、人を刺激物みたいに。どうかしたのボク?」
「んん???」
親友、やっぱり都会は怖い…というかなんか凄いぞ!
なんていうか、その、凄いぞ!
「頑丈なの見繕ったってや」
「実利主義ぃ〜! これだから女心のわからない男はダメよね。どうせなら見た目も機能もバッチリなのが良いじゃないのよ、ねぇ?」
「あ、はい?」
「アールくんもはいって言ってるわぁ!」
「混乱しとるだけと違うんかな」
不可思議な衝撃で意識が数秒飛んでいたと思う。この人も村には居なかったタイプ…!
ハッと意識を取り戻せば、いつの間にやら服を買う事になってしまっていた。以前の街中での押し売りよりもトントン拍子で進んでいる事に恐怖すら感じる。
いや、そうじゃない、こんなにも立派なお店で服なんて買ってしまっては財布が空になってしまうんじゃないだろうか。流石に明日のご飯にさえ困る生活は非常にまずい。ノーマン団長に渡された食べ物はまだあるけど、それが無くなってしまったらどうすればいいんだ。服を買うのに散財し過ぎたから食べ物を追加でくださいなんて、あまりにも情けないぞ。
「あ、あの! 僕あんまりお金持ってなくて…!」
「良いのよぉ、前金は貰ってるし」
「そーそー、足りん分はキミの給料から少し引かれるけど、そこは我慢しといてな」
「聞いてないですよ!?」
「まぁまぁまぁ」
「まぁまぁまぁ」
「聞いてないですね!?」
前金とか僕の給料から引かれるとか、寝耳に水の色々を受け流されつつ。あれよあれよと言う間に着せ替えられてしまった。
都会の人って皆押しが強いんだろうか。
それからというもの。
「あらぁ結構筋肉質ねぇ…」
「サイズ測るだけですよね…?」
とか。
「みんなやってるから平気よ!みんなやってるから!!」
「ほ、本当ですか…?」
なんて事があった。下着だけになった時に妙な視線を感じたのは、気の所為だったと思いたい。
「アールくんあと20年は歳を取ってたら良かったのに」
「何を言うてはんの、お前がケツ追っかけとるんは大統領やろ」
「ヤダ! ケツだなんて下品よ!」
「まあ大統領は妻子がいたはずやけどな」
「そうなのよねぇ…」
「着替え終わりましたー」
少しだけ不安の薄まる会話が聞こえた。危なかった、僕の何かは狙われていなかったらしい。
それはともかく。アントワーヌさんに渡された服を着たところ、これもまた驚くばかりだった。
中の白い襟付きシャツは手触りが良くて、よく伸びるうえに頑丈な糸で作られてるみたいで。着替えてる時に少し引っ掛けてしまったのにほつれも無ければヨレもしない。
上着は光沢を抑えた深い青色、ジャケットと言うそうで、少し分厚くてどうにも重そうかと思えば羽みたいな軽さだ。
ズボンと靴は土みたいな色で、これもまた軽くて、よく伸びて頑丈な感じがする。
僕の語彙が足りてない!
とにかく、軽くて頑丈で手触りも良い物ということだ。もう少しお洒落に気をつけていれば…!
「おー、ええんやないの」
「誰が仕立てたと思ってんのよぉ!」
「オカマ…」
「人革って試したこと無いのよねぇ」
「ジョークやジョーク、えろう素敵なアントワーヌはんの見事な仕立てに見立てってことやんな」
…似合ってるって事でいいのかな?
「あと何着か、別のも送っとくわねん。さっきのお金の話は冗談だから気にしないで頂戴」
「えっ、悪いですよそんな」
「良いのよ、その代わり…そうねぇ、もしも仕事で会ったら手加減して欲しいわ! アタシか弱いから…」
「よう言うわ」
「それはどういう…?」
「ま、おいおいわかる事やから気にせんでええよ。それより劇場の方行こ、見た事あらへんやろ。ちぃと古典過ぎるけど名作や」
またねと手を振るアントワーヌさんに見送られつつ、クリスさんに引き摺られながら店の裏手に回った。
最近引き摺られる事が多い事に気付いたけど、そんな些細な発見がかき消える程に大きな劇場が佇んでいた。豪奢なような、荘厳なような。神殿と言われれば信じてしまう程の大きさの建物。
服飾店の裏側に劇場がある、というよりはこの劇場の裏側に服屋があると言った方がしっくりくる。それ程の存在感だ。
「ほれ、あんまり周りばっかり見てると、お上りさんてバレてまうよ」
「ここもアントワーヌさんのお店なんですか?」
「せやせや、二足の…三足の草鞋を履いとる元気なカマ、それがアイツ。本当はもう一人紹介したかってんけど、そっちは夏に向けて引きこもっとるから、そいつはそのうちな」
紹介したい人、どこの誰でどんな人なのだろう。
それよりも今は目の前の劇場についてだ。言葉としては知っているけど、何を披露してるんだろうか。
「入場券は持っとるから、先に屋台でも見る?」
「服を汚すのは申し訳ないですし…」
「真面目やねぇ」
買ったばかりの服を汚したくはないから、劇場の席でゆっくりと待っておきたい。
『赤子がこの世に生まれて泣くのは、阿呆ばかりの舞台に立たされた事への悲哀から泣き喚くのだ』
劇場で公演されたのは、はるか昔から伝わっている物語、戯曲というらしい。舞台の暗がりに控えた伴奏者達が劇を時に盛り上げて、時に観客の悲しみを増す手伝いをしている。
『しかし、明日からにこそ、さらなる悲惨が待ち受けているかもしれぬ。これが絶望の最果てなどではない、自ら「これが最果て」と言える間は』
演じている役者さん達は、まるでその役の人生を生きているようで。
『哀れなる道化が、縊り殺されてしまった…』
真に迫る演技。本当に末娘を亡くして失意と絶望のうちに死んでしまった老王を見ているかのようだった。
世界的な悲劇として名を馳せる演目、その一つ。
人が悲劇に惹かれる理由が種々雑多にあるのはどの時代においても否定は出来ない。
その劇しさに憧れる者、比べて安堵する者、消え行く洛陽に感激する者、しかし、そう。誰もが、自分だけはこんな事にならないと、安寧の軒先から涙の雨を愉しんでいることは共通している。
観劇を楽しんだ少年を宿舎に送った後、先程も訪れた今にも煌めかんばかりの服飾店を再訪した男。
軽薄ながら金銭については義理堅いのか、新入りに贈られた衣装の代金を支払うために赴いている。そして、それと語り合う風変わりな者がいた。
「アンタ、また性格悪くなったんじゃなぁい?」
生まれ落ちた時より性別は男、しかして自身の好みも男性と言って憚らない男が言う。
悪趣味の指摘。自らの服飾店に先払いと予算を超えた分の後払いをし、同じ様に自身の運営する劇場においても先んじて金銭を払い、席を確保していた。これはまだいい、むしろ褒めるべきだろう。
しかし変わり者は聞かされていた。悲劇を見せる相手は、全てを失い、復讐の機会を虎視眈々と狙う少年であると。
「なんでや、優しいやろ? ハムレットやなくて」
自身の性格の悪さへの指摘は、更なる最悪の例を挙げて回避しようとしている。同一作者の、境遇の似通った部分がある復讐劇でないだけ、まだ手心があると言いたいのだろう。
しかしながら、その口の端は吊り上がっており、言葉よりも高らかに底意地の悪さを物語っている。
「ま、いいわ。そのひねくれ方も今に始まったコトじゃないし。それよりどういう風の吹き回し?」
「なんも、ただ気になっただけや。本当に少しは持ち直したんかなって」
ひねた男は、先日の少年が成した仕事、その帰結を報告書により知っていた。そのうえで試していた、少年ことアールは悲劇を見ればどのような顔をするのか。
決して嗜虐心に駆られてではない。
自身の属する組織に害を齎すか如何を知る為である。
「どうだか。それで、あの子はどこまで知ってるの」
「なぁんも知らんよ。うちは知り合いのお兄さん、団長はよくわからん人。傭兵団はワルモンやない人たちの集まりってところやないかな、知らんけど」
軽薄な男の推測に不十分な点はない。
同僚の女性と同じく、敵ではないことを教えろといった命を受けて親切にしているのみ。
命令を下した団長の真意は汲み取れていないが。彼の事だから、今はまだ理由はわからずとも、結果的に不利益に繋がることはないとだけ確信している。
「あ、そ。そっちの団長さんが何もしてないならどうにかなるってことよねん」
「そゆこと、ほんじゃ、うちはこれで。仕事で会ったらお手柔らかに、お得意様を潰さんといてな」
「よく言うわね、そっちこそ下手な仕事を受けないようにノーマンちゃんに言っておいて」
この変わり者然とした男には、共和国首都に劇場を構える支配人と高級衣料品店の店主の他に、もう一つ顔がある。
傭兵と近しくありながら、また別の存在。
「また会おうや、ゼップ…いいや。共和国所属アントワーヌ客将」
「次そっちの名前で呼んだら出禁にしてやるわっ!!」
「ナハハハハ!」
傭兵はいくつかの信頼と金銭を天秤にかける。そこに情を挟む余地はない。
客分としての待遇、厳密には主従関係を持たぬ存在。
似た者同士、その片割れが不満を口から吐き出す。
「殺しても死にそうにない男に手加減なんてしないわよ。ねえ、ステイシー?」
愛情を込めて撫でる水晶玉。
呼ぶ名には愛着を込めている。
それは、自身の愛機への慰撫。
「どんどん物騒になってくんだから、やあねぇ」
燻っている戦火が爆ぜないとも限らない。
知己の傭兵達が与するのを決めるのは、地獄の沙汰と同じく金額か。
共和国客将と呼ばれた男は、ため息と共に店の奥へ姿を消した。