伝書鳩は古来から、それこそ紀元前から使われている連絡手段の一つである。訓練を行い、何らかの妨害がなく、中継地点を用意すれば数百キロと文書を運ぶ。
その伝書鳩が一羽、脚に文書を括り付けて、ある傭兵団の団長室兼執務室に飛び込んでくる。
「…ふむ」
鳩を迎え入れ文書を受け取ったのは、ファナドゥルアルビアーク傭兵団の団長。名前はノーマンという。
歳の頃は三十代から四十代付近と一見すれば見えなくもない。
しかし本人に訊ねても、わからないという素っ気ない返事のみが返ってくるので、とうとう彼の傭兵団の者は誰も聞かなくなった。彼自身は己の誕生日さえ知り得ないが不便ではないので気にもしていない。
白のワイシャツと黒いスラックスにガンベルト、この文明の衰退したご時世には贅沢品に数えられる物だが。本人に洒落っ気があっての服装ではない、ただ相手に不快感を与えないであろう物として選んだだけ。
目を引く異質なガンベルトにもこだわりはない。あれば銃が使いやすいからといった理由。その中に収まる銃も非合理的な姿をしているが、これもこだわりがあっての物ではない。
身だしなみとして髭は生やさず、髪も撫で付けてはある。だがしかしこれも他者がどう思うか程度のことのみを考えての事だ。
鳩を休ませる、これも効率を考えての事。格別の愛情などは存在しない。
自身の机に戻り、文書を確認し、情報機器に打ち込み始める。場合によっては紙面に写す。
ただ平坦な筆記音、タイピングの音のみが室内を満たしている。
水面を湛える碧眼は今日も揺れることは無い。
今回の任務は貨物輸送の運搬、それも、非合法かつ巨大な物を運ぶ。
正直に話すと、気は進まない。非合法の品物なんて説明をされれば、確実によろしくない物だろうと誰だって想像がつく。僕だってそこまで鈍いわけじゃない。
でも、傭兵の仕事には、当然それも必要なことだと飲み込むしかない。
依頼をしてきた人と僕が話すことが無かったのは、誰かしらの配慮だろう。相手と話している最中に嫌な顔をしてしまうだろうことはバレているのかも。
集合時間まではまだ余裕がある、ともかく無事に済めば良いかな、なんて思っていると。
「おはようございまーす! …おはようございまーす!! 開けてくださいっ!!」
「えぇ? い、いま開けます!」
遠慮を何処かにやったような声と、扉を叩く音がした。聞いたことのない声だ。
急いで扉を開こうと鍵を開けると、見知らぬ小柄な女性が立っていた。
「おはようございます! わたしはララ・メイヤーと言います!」
「おはようございます、僕はア」
「アールくんですね! 団長から聞いてます!」
「そうなんで」
「わたしは窓口係と装備の調整や調達に作成を主にしています、鍛冶屋と受付みたいなものですね! キミの武器を持ってきたので確認してください! 団長さんは後日の任務の調整のため不在ですっ!」
「………」
機先を制する、という言葉があるけれどこういうことなんだろうか。あまりの元気の良さに、呆気にとられてしまう。
「返事っ!」
「は、はい!?」
都会の人って凄いなぁ…。この感想は何回目だろうか、鷹揚なリッチモンドさんが懐かしくなってしまう。もしかして、都会ではこういった人達が普通であって、リッチモンドさんのような人は珍しいのだろうか。いやでも、アントワーヌさんみたいな人が沢山いるってわけでもなさそうだ、ああいった派手な人を他に見かけた事もないし…。
「こら! ぼーっとしてないで、ちゃんと確認!」
「はい! …これは?」
怒られつつも差し出されている筒のような何かを受け取る。見た目の割にちょっと重いただの筒にしか見えないけれど、これが装備と言われてもと少し疑ってしまう。
「いわゆる仕込み武器です! 真ん中の部分をスライドさせると勢いよく展開して槍になります、成人男性1人は吹っ飛ばせますよ! 付いているボタンには普段は触っちゃダメですよ、先端が爆発しますから!」
さらりと怖いことを言われた気がする。えっ、爆発するの? 槍が?
「凄いでしょう、自信作ですよ!」
ララさんは胸を張って得意満面といった様子だ。下手に銃を持つより怖い、暴発とかしないんだろうか。万が一にも自分の手が吹き飛んだらと思うと、ぞっとしない心持ちだ。
自信作と言っているけれど、この物騒極まりない物を作ったのってもしかして。
「本当は、キミの盾にも爆薬を付けたかったんですけど。団長に止められてしまって…。アールくんもあった方が良かったですよね? 爆薬」
「い、今の盾で十分です…」
「…かわいいのに…」
そうかなぁ…。
違法な物。そう訊ねられて最も考えつきやすい物は薬品の類であろう。
それともう一つ、銃器や刃物といった武器類全般も同様に思い当たるのではないだろうか。
両者に共通点があるとすれば、命を脅かす存在であること。乱用すれば誰かしら、何らかの形で他者あるいは自己の命を奪う可能性が極めて高い。
脳に作用する安心感も入るだろうか。使用中の全能感、何が相手でも返り討ちに出来ると考えてしまう暴力性の発露。
誰もが見て見ぬ振りをする共通項。
それは中毒性。一度その味を知ってしまえば、無くなった時のことを考えられない。それは得てして人を緩やかに蝕む。
薬物においては禁断症状により、追加を求める。
武器においては違うと声高に述べる者もいるだろう。では、人間誰しもが武器を持たなくなった時間は存在するのだろうか。
人類は衰えゆく爪牙と反比例して武器を使うようになった。まずは木石、次第に鋼鉄。有効射程も飛躍的に上がり、今では視認せずとも何万もの命を消し去ることさえできる。
もしも明日、人類全体が武器を手放さなければ滅ぶとしても。誰かは必ず懐に忍ばせるだろう。
「すごい臭いですね…」
「鼻も良いのか…ここまで多ければ、私でも臭うのは確かだが」
青年は顔をしかめる、近くに置いてあるのは多数のコンテナ。今回の仕事はこれらを目的地まで運ぶこと。
硫黄と炭が混じったような、煙の中に強い酸味と仄かな甘さが交じる芳香。臭いから察するに中身は銃器と火薬類であることは想像に難くない。
商国と呼ばれる国の許可なく、銃器の使用・作成・分解は禁じられている。ここに独占禁止法の類は存在しない。
題目としては抑止力としてのみ存在することを願ってであるが、本音は別にある。
その方が対価を奪えるからだ。
銃器に関しては全てがライセンス制。しかし、誰もが引鉄を引けば使用できるはずの物に制限をかけたとして、本当に封じられるのか。
無論可能である。生体認証システム付きのいわゆるスマートガンなるものは存在している。
現存しないはずの、過去に散逸した技術を持ち、衰退どころか発展を続ける国。それこそが商国の正体。
「…いつまでも積荷を眺めていても仕方ない。わたしたちも乗りこむとしよう、今回の仕事は手早く終わるさ、なにせ乗り物が違う」
「自動車ですもんね、相変わらず大きいなぁ。あれでも、前に乗ったのと違うんですね?」
「当然です! アールくんが前に乗ったのは人間を運ぶ為のオートバス! これは貨物用トレーラーですから、別ものですよ!」
「うわ…」
「ララさん!?」
大きな声に見合わない小さな体躯をした、一見すれば幼い少女と見紛う女性。ララ・メイヤーが高らかに説明をする。解説の類を好むのか、どこか弾むような、嬉々とした様子が見える。
ちなみにげんなりとした声を漏らしたのはヴェルマである。声が無駄に大きく、なおかつ遠慮の無いララのことがどうにも苦手であるようだ。
「さっきぶりですね、アールくん! …ヴェルマちゃん、今うわって言いました…?」
「いいや言っていない。聞き間違いじゃないか? そうだろう、アールくん」
「僕もうわって聞こえ、ヴッ」
「アールくんも聞こえていないそうだ。ほら、合図はいつも通りでいいな。さっさと行くぞ、運転は任せた」
「………」
ヴェルマは自身に向けられる怪訝な眼差しを、まるで気付いていないといった表情で足早にコンテナに乗り込んでいく。
トレーラーには助手席もあり、詰めれば三人乗れもするのだが。絶対に乗る気はないらしい。
「アールくんは隣ですよ、いいですね?」
「わ、わかりました…」
車にはいわゆるステレオ類は無し、輸送する都市間にはさして変わらぬ荒涼とした大地と地平線のみ。
目的地は片道四時間程かかるらしい。ではこの退屈を紛らわせるにはどうするか。
生贄…相棒としての喋り相手が必要で、ヴェルマはその役目から素早く逃げたのだと脇腹をさする彼は知る事になる。具体的には輸送開始から一時間後に。
移動開始から約十分後。
「見てください! ちゃんとペダルに脚が届くんですよ! それなのにみんな不安がって、私の運転を嫌がるんです! 子どもじゃないのに失礼ですよね!」
「そうですね、僕は自動車の動かし方とかさっぱりなので、ララさんは立派だと思いますよ」
「そうでしょう! ただちょっと背が低いだけで、みんな子ども扱いしてくるんですよ! アールくんの知っている人だと、クリスくんとバートラムくんも! わたしを子ども扱いしないのはヴェルマちゃんと団長さんだけです! ヨセフちゃんは本当の子どもなのに、大人のわたしのことを… 」
二十分後。
「まだ春ですねぇ、陽射しも穏や」
「共和国のこの辺は春が暖かくていいですよね! わたしの故郷は雨が降ると夏でも寒くなっちゃうんです!」
「山の上の気候みたいですね」
「ちょっと山岳部寄りだったので、仕方ないんですけどね! それでも春に採れるアスパラガスは美味しいですし、ちょっとだけ故郷が懐かしくなります! こっちのタンポポサラダも美味しいですから、アールくんも食べてみてくださいね! わたしはすっごく苦いからタンポポコーヒーが苦手なんですけど、最近団長さんから小分けの砂糖を貰ってそれで飲めるように…」
四十分後。
「そういえばアールくんはお洒落さんですね!」
「この服ですか? これはこの前クリスさんと買いに行って…」
「クリスくんも意外とお洒落さんなんですよ! 服そのものより小物にお金を掛けるタイプです! 普段は見えないようにしてる首飾りなんて、本体より鎖の方が高いんですよ!」
「それは知りませんでした、ララさんの髪飾りも綺麗ですけど」
「これもクリスくんが選んで買ってくれたんですよ! 普段は人をからかってばっかりなんですけど、本当は冷静で人をよく見てるんです! 髪の毛をほんの少し切っただけでもすぐに気付くんですよ! だから教育係を任せられてるんでしょうね! 武器のお手入れもマメにやってて…」
一時間後。
「クリスくんとよく二人で組まされるヴェルマちゃんは、クリスくんとは逆ですぐ熱くなるんですよ! それでも真摯に人を扱うから人事なんでしょうね! そうそう、二人が逆といえば! ヴェルマちゃんはほとんどお洒落をしないんですよ、せっかく綺麗なんだからもったいないですよね!」
「もしかして普段からスーツ姿なんですか?」
「そうなんです! 何着も同じのを持ってて、それを着回してるんですよ! 似合ってますけど、本当はちょっとズボラさんなところがあるんです! この前も…」
どうにかして相槌を考えて返してはいるが、アールは見事に疲弊していた。言葉の奔流ないし濁流が止め処なく襲いかかっている。
些細ながらも睡魔を感じてか、助手席に座る彼が欠伸を噛み殺そうものならば。
「アールくん! お仕事中に寝ちゃダメですよ! 寝ると言えばですね、これは団内の不思議なんですけど誰も団長さんが寝てる所を見たことが無いんですよ! クリスくんは眼を開けたまま寝るんですけど、目が乾かないのか気になりますよね! わたしはこの前寝てる時に…」
エンジン音に負けない声量が鼓膜を殴打してくる。退屈のしようがない、だが落ち着く間もない。故に疲労感が眠気を誘発することが原因なのだが。その元凶にとっては関係ない。マシンガントークか立て板に水か、ここまで来ると剣林弾雨さながらの口撃の様相を示していた。
「あっ!!」
「ど、どうしたんですか!?」
「駅が見えましたよ! 一旦休憩時間です!」
助かった、と口には出さなかったが、アールは安堵の色を濃くしていた。このまま休み無しでの強行なら、間違いなく寝落ち寸前の疲労に苛まれていたと実感を伴っている。
女三人寄れば姦しい、という言葉が他国にはあるそうだが。一人で三人分やかましいのはどうなのか。
コンテナの中に居たヴェルマは、休憩地に着いてからも尚考えていた。
彼女は機銃掃射か火薬による爆発の方が、切れ目のある分マシと感じる程度にはララが苦手であった。
新人を弾除けにするつもりはないが、この場合は別、潔く犠牲となってもらった。
それでも多少の罪悪感はある。帰り道だけは人柱となった彼と代わってもいい。どうせなら車の運転を自分でやって、そのまま無視を決め込んでも許されるだろう。
「あっ!ヴェルマちゃん!!」
「…あぁ」
件の機関銃に見つかってしまった。
こうなってはもう遅い。三十分程度の休憩時間は、最低限の要件の時間以外は、全てが一方的な雑談の嵐に曝されることが確実になった。
同行を決めたであろう団長に理由を問い詰めたとしても、必要だから、の一言が普段通り感情もなく返ってくるだけだろう。
自身が苦手とされていても目の前の爆弾女はさして気にも留めずに、臆面もなく会話を仕掛けてくる。およそ一方的に捲し立てることを会話と呼ぶならばだが。
「…悪いが、私は手洗いに」
「わたしも行きます!!」
同性であることが恨めしい気分になったのは初めてのことだ。回り込まれて退路を絶たれるとは、この場合は正面から逃げ道を塞がれたので少し違うかもしれない。そう考えたのもつかの間のこと。
「団長さんが目を掛けてるだけあって、アールくんはいい子ですね! お話に付き合ってくれますし、ちゃんとお仕事もできるみたいで安心です! ヴェルマちゃんは最近どうですか、誰かと揉めたりしてませんか!?」
「つつがなく、だな。事務仕事やリストラの仕事から遠ざかってみれば案外平和な」
「それは良かったです! ヴェルマちゃんは思い詰めるところがありますから、少しは息抜きしないとダメですよ! ストレスはお肌の敵です! そうそう息抜きといえば本部近くに新しく酒場が出来てましたよ! お昼は喫茶店らしいので、こんど行きましょうね!」
「…あぁ、そうだな」
今まさにストレスを抱えそうなんだが、どうしたものか。そう思わずにはいられなかった。