アレディ視点です。
宿の扉を叩く音で目が覚めた。
朝日で起きないのだから我ながら図太い所があるものだ。
それとも両親が居なくなってから長いから、慣れちまったんじゃないのかと皮肉が頭を過る。
「おー…なんだ?」
重い頭を手で抑えつつ、ずっと扉を叩いているやかましい来客へ静かにしてもらうために扉を開ける。
「アレディ…オーナーが…出て行ってしまいました…」
鉄面皮が貼り付いた女が、親友の出奔を知らせた。
「あー…クソ…あいつ」
「……」
この女を広間で待たせ、自分も急いで身支度を整えてから来た。
手にはあいつの書き置きが刻まれた備品の黒板を持って。
『僕はちょっと先に行ってくる、仇が見つかったり、何かあったら連絡するから心配しないで』
家出するガキでももう少しまともな事を書くだろうが、と胸中で悪態をつく。
あいつは俺が怒りを感じてないとでも思ってるのか?
こっちだって今すぐ家を潰したヤツを見つけ出して殺してやりたいと思っているのに?
ただ心配だから街まで着いてきたと思ってるのか?
妹の死体は見つからなかった、誘拐目的だったのか、それとも見落としていただけか、原型が残らないような死に方をしちまったのか?
思考がまとまらない、ほんの数日で色々あり過ぎた。
それに目の前のコイツも何なんだ、表情は無いクセにこの世の終わり数秒前みたいな雰囲気で俯いている。
「おい」
「………」
「アールは何か言ってたか?」
「…少し出掛けるから、契約を破棄したいと。アレディと一緒に居るようにと…」
障害になるなら契約を破棄してそのまま貴方と契約を結びすようにと。そんな話だそうだ。
「そんで、お前はどうすんだよ」
「…わかりません」
「契約ってのは勝手に切れんのか」
「…可能では…あります…」
「…俺はそんなもんやる気はねえぞ」
「…私…も、破棄したく、ありません…」
どうやらコイツは無表情だか、感情が無いわけではないらしい。
だったらそれをアールに伝えろよとも思うが。あいつのことだから、言うだけ言ってさっさと出てったんだろう。
腹積もりが決まったら向こう見ずというか、頑固というか、人の話を聞かない。
本人は気を遣ったつもりで出て行ったであろう阿呆の事を考えるのはやめておこう。
いや、見つけたら一発殴ろう。
よりにもよってこの面倒事を押し付けてきたんだから文句は言わせない。本人に言っても、良かれと思ってみたいな返事がくるだろうが。
「聞き方変えるぞ、お前はどうしたいんだ?」
「オーナーを…追いかけたいです」
「行き先がわかんねえとなぁ…」
アールは失念しているだろうが、連絡を取るにしてもお互いの場所がわかってないと無理に決まってる。
天然ボケめ…こっちがお前を探しに移動したら手紙が届かねえんだよ…!
「場所は、わかるのです」
「はあ?」
「…すぐに追いかけて、追いつくことも、可能です」
なんだこいつ…。
じゃあさっさと追うぞ、と言う前に。赤いガラス細工みてえな目がこっちに向く。
「怖いのです…私は、捨てられたのかと…何か嫌がられたのかと、わからないのです…。
私は、何も知らないのです…」
「……」
「もし追いかけて、直接、拒否されたら…また独りに…」
よく見れば手が震えている。
それが不安からか悲しみからなのかはわからないが、涙を流さず無表情を貫いていることが不思議な程の狼狽を彼女は見せていた。
一方で、その様子を見ているアレディは。
(うわ…面倒くせえ…)
冷静かつ辛辣だった。
信用を得るためには実績を、信頼の為には自分を見せること。
亡き父親の本棚から得た知識の一つである。
これが正しいとすれば、セブン、もしくはナナと呼ぶように言ってきた何者かは、どちらも不足している。
なにせ仕方なく連れてきただけで目的は不明、兵器や馬に形を変え、硬貨などをどこからか複製する始末。
助けになったのは確かだが、結局は動機もわからないのだから手に負えない。
そのうえ本人は自身にまつわる事を話す気がない。
人間とわかっていて、こちらを害そうとする目的の詐欺師の方がまだ誠実であると思える。
「あー…んんん…!」
本音を口から出せるのならば、知るか勝手にしろと言いたい。
しかし、親友の所在がわかっているのもコイツだけ。
あちらを立てればこちらが立たず、どのような言葉を紡げば良いか難儀する。
本当はこんな所でこんな事に構っている暇はない。
村を襲ったクズどもの目撃証言を聞き込んで一秒でも早く追い詰めて、一秒でも長く苦しめてやりたい。
一方で、自分が苦労をしてきたからか、アレディという男は非常に面倒見が良い。
昨日の古物商との会話も同じで、世間話をする程度には人を嫌えないのだ。
何より、両親がいなくなってから面倒を見ていたぐずる妹と重なる為か。困っている人を見ると何だかんだ放っておけない。
「じゃあもう勝手に着いてくるなり、生まれ故郷に帰るなり、あいつを追っかけるなり好きにしろよ!
俺は村を襲った連中を探す、アールも同じだろうよ。嫌なら生まれ故郷に帰って普通に過ごしゃいい、だが俺に着いてくるなら最低限協力はしてもらう」
とっとと選べと威圧を込めて選択肢を提示する。
何を言おうと、用意出来るのはこの三択しかないのだ。
「わかり、ました…。オーナーと対話しますのは、まだ怖いです。迷惑かと思いますが、オーナーの緊急事態以外は貴方に着いて行ってもよろしいでしょうか」
何らかの決意が定まったのか、彼女の手の震えは止まっていた。着いて来ることを選んだようだ。
トラブルの種が着いて回る事が確実になったが、自分の方針は変わらない、ただ少し面倒の枝葉が増えただけだと自身に言い聞かせる。
「仕方ねえなぁ…はぁ…とりあえず朝飯にすっか」
ため息を一つ、とにかく切り替えてやる事をこなすしか無い。
勝手に出奔した親友の場所がわかるだけ良いかと諦めつつ、情報の集まりそうな場所の目星を付けながら、朝か昼かわからない時間の食事に向かった。