「とうとう成人の儀かぁ…」
「だなあ」
成人の儀、とはいっても何かとんでもないヤツを狩ってくるとか、高所から飛び降りて度胸試しをするとか、洗礼を受けるだとか仰々しいものじゃなくて、ただ村の地下にある空間の掃除をするだけのもの。
別にとびきりの由緒があるでもなく、昔からそうしていた広い場所の大掃除を、体力のある若者にさせた方がいいとか、そんなものだろう。
しかも自由参加、うちの家族は両親しかやったことがない。
姉はやってないらしいし、弟妹はやらないつもりだそうだ。わざわざやろうと思ってるのは僕らくらいのもので、今年18歳と扱われる二人。
「本当に僕らだけとは…」
僕、アール。アルファベットで一字ではないしあだ名でもない、それと。
「別になぁ、なんか貰える訳でもねえし、精々爺さん婆さん達からご苦労さまって言われるくらいだろ?それをわざわざやるなんて、よっぽどの物好きしかやらねえさ」
まぁ、俺もその物好きの一人だけどな、と付け加えてカラリと笑う少し口の悪い男。同じく18歳を迎えるアレディ、長い付き合いの親友だ。
万一にも何かあったら困る、と用心深く弓と矢筒を背負って、掃除道具を僕と一緒に両手に携えつつ歩いている。
歳の離れた妹の為に、人一倍用心も弓矢の練習も狩猟罠を始めとした勉強まで毎日欠かさないが、それくらいやって当然と思っているので鼻に掛けることは無い。
つまりは。
「レイラちゃんの為でもあるんだろ?」
「うっせーな…そういうのは言わなくていいんだよ」
「照れなくて良いと思うんだけどな」
「うるせーよ!照れてねえよ!」
気恥ずかしそうに悪態をつく彼、アレディは両親が居ない。正確に言えば、いた。
たしか…6歳か7歳の時に産まれたばかり妹と一緒に、この村に引っ越して来た時から一年後くらいに父親が、そのすぐ数年後に母親が死んでしまっている。
それから自分も子どもながら、輪をかけて幼い妹さん、レイラちゃんを、周りのみんなに助けられながら、自分も育ち、育てつつ、といった境遇だ。
少しひねくれ屋で口が悪い彼だが、越してきた時から同い年の同性で家族ぐるみの付き合いで、尊敬できる程に努力家で妹思い。
そんな彼のことは、親友か、あるいはもう一人の兄弟だと思っている。
それはさておき、妹さんに万が一、億が一でも自分の行動で累が及んではならないと考えて、こうして一緒に成人の儀に参加すると決めたんだろう。
ご老人方も、そこまでとやかく言う人は居ないが。それでも、といった心境なんじゃないだろうか。
「それよりお前、今日はうちに泊まってけよ」
恥ずかしがらないで、堂々としてれば良いのにと言おうとする前に、話を無理矢理切り上げられてしまった。
「またそれか…わかってるよ、でも本当に姉さんとかじゃなくて良いのか?」
何か話とか、相談があるんだろ?と心配すると。
「お前はさあ…まぁ…あー、真剣に聞くべきってのは同じだしな…」
いいからほれ、とっとと行くぞと呆れ顔で返されてしまった、いったい何が悪かったのか…!
村の地下、といってもすぐ近所で十分もかからない程度の距離で、その入口は山の洞穴から階段で少し降った所にある。
アレディと手分けして掃除しながら見回す。
そこらの大木よりも大きな石柱に、よく磨かれていたであろう石床、まるで広々とした神殿に見えなくもない、人の手による施設だったのはわかるけど、結局村の誰もなんの為の物かはわからないし、場所も何故地下にしようとしたのか謎ばかりだ…。
大きなガラスの容れ物らしき物も奥に置いてあるけれども、液体とか、動物とか、何かわからないけど入っていた様子もなければ、鎮座してある台座? との継ぎ目や穴の一つも空いていない。
そもそもここは地下のはずなのに、何故か薄っすらと明るい、不思議な場所だ。
それはさておき。
「アール!そっちはそろそろ終わりか!?」
「こっちはこのガラスだけだよ!」
出入り口から何が来るかもわからないから、と入り口周りを注意しつつ掃除していたアレディから声掛けを受ける。
何があるかわからないからか、それとも単純に掃除の調子を聞きたかったのか。なんにせよ、気の回る親友だ。あまり待たせても良くないから、手早く丁寧にこのガラスケースを拭き上げて…。
そう思った直後。
視界が、揺れた。
「地震か!?クソッ!アール!!地上に逃げるぞ!」
僕らの住む村では、地震は滅多に無い。だから一瞬目眩かと思ったが、腹にまで響く地響きの音と親友の叫び声でそうではないと気付く。
「わかってるッ!先に戻っ…」
絶え間なく、更にとんでもなく強い揺れ。
最悪の場合二人共ここが崩落して生き埋めか、出入り口が崩れてしまうかもしれない。
危機にあたって高まっている思考速度でそんな事を考えつつ返事と踵を返しつつ出入り口に駆けるその時。
柱と、天井が、崩れて…。
「なっ……!くっ…アレディ!先に避難しろ!」
閉じ込められた、未だ揺れの最中で全部の確認こそ出来ないが、目前にあるうず高く積み上げられた柱や天井の一部のせいで、少なからず出入り口に最短距離では辿り着けないのは間違いない。
「わかった!必ず助けを呼んで戻る!っぐぁ!」
「アレディ!?どうした!アレディ!!」
返事が無い、短い悲鳴、まさか崩落した何かが直撃した…?
「アレディ!動けるか!?起きろ!逃げろ!」
悲鳴か、あるいは怒号に似た声を張り上げる。
親友がここで倒れ、もし死んでしまったら、彼の妹はどうする、唯一の肉親さえ失って生きろと言うのか。
ふざけるな、報われなければならない人間が居るとすれば、僕にとっては先ず親友とその妹を差し置いて候補に上がることは無い。
「諦めるな!アレディ!聞こえっ…」
何度も友の名を呼び続ける、しかし、忘れていた。
自分にも、何かが落ちてきてもおかしくないのだと。
「レイ…み…ん…。僕…は…」
頭に何かが当たった。
こんな所で死ぬのか。
嫌だ。
手だけしか動かない。
自分に落ちた瓦礫。
倒れてヒビの入ったガラスケース。
まだ落ちてくる瓦礫。
声が出せない。
音が遠ざかる。
暗闇が広がる。
静寂、いつしか揺れは消えた。
この場に残り、意識のある者は、どこにも…。
「契約完了、御成約となります、新規オーナー様。緊急要件確認、まず、治療から開始致します」