これまで、世界は幾度となく滅亡の危機に瀕してきた。
誇張や比喩上の表現ではなく、地球上の全生命が消失するようなレベルの本当の意味での『滅亡』である。
上条刀夜の『
ほんの半年ほどの間に、とある右手を持つ一人の少年が関わった事件に限ったとしてもこれだけの数。そのいずれもが、一歩間違えば取り返しのつかないレベルで世界を破壊し尽くしたであろう災厄だった。
初めからそこを終着点としていたもの。意図せずしてその結末へと向かっていってしまったもの。目的さえ果たせれば行く末など何でも構わなかったもの。計画段階で躓いたものもあれば、危うく実現しかけたところを辛うじて阻止されたものもある。果てには行き着くところまで行き着いて、一度は完全に滅亡を迎えてしまったケースすらもあった。
けれどその上で、今も世界は回り続けている。あらゆる脅威に絶えず晒され続けてなお、それらを乗り越えて未だその形を保っている。
必然の失敗もあった。終焉を食い止めるために尽力した誰かがいた。手にした結末を自ら投げ捨てた者もいた。どれほど絶望的な破滅にも、阻止されるに足る理由が必ずあった。
それら全ての要因が世界をここまで繋いできた。連続性を保っているかどうかなんて誰にも保証できなくたって、それでも人々は変わらずこの世界に生きている。
今回の事件もまた、そんな滅亡未遂に終わる災厄の一つに過ぎないのかもしれない。
けれどあるいは、それが本当に実現してしまう可能性だって否定はできない。
いいや。
そもそも。
たかが世界の滅亡程度のことに、いちいち壮大なドラマなんて必要なのだろうか。
そこには必ず作為があって、元凶がいて、ご大層なお題目があるなんて一体誰が決めたというのか。
案外『その時』は何の脈絡もなくあっさりと訪れ、そしてそのまま通り過ぎていってしまうものなのかもしれない。