最早世界において、マッスルシリンダーは無くてはならない代物。マッスルシリンダーが無くなれば、世界は再び資源を巡っての争いになる
頭を捻り続ける役員達を見ながら、重信氏は天井を指さして一言告げたと言われています
「地球から無くなるなら、月から持ってきたら良い」
出来るだろ?と言わんばかりに告げられるその無理難題は、人類は最早地球に拘るだけの種族では無くなりはじめていた事を示唆していたのでしょう
そして、それが出来るだけの物は全て揃っていたのです
─── AT博物館 戦後に向けてより抜粋 ───
2003年 4月1日
鈴木重工 重役会議室
「どちらにせよ、我が社の命運も地球上からBETAが居なくなれば終わりと言う事だ」
「総攻撃期間にどれだけ回収出来るかがキモだ、真空冷凍在庫が無い訳では無いが、それでも30年分……」
「既に地球上ではマッスルシリンダーが主流だ、今更手放す事は出来んよ」
「そう言って蒸気機関車は電車に移り変わったぞ。石炭から石油に変わったように、マッスルシリンダーから石油に戻らんとも……」
地球上からBETAを一掃する。そう通達されたのは、3月の始めであった。重信氏が軟禁されている中、国連会議にて承認された地球上ハイヴ及びBETA一掃作戦。中東の奪還後、人類は残存ハイヴに対し全戦力を投入し、ハイヴを撃滅する
試作量産型凄乃皇の最後のデータ取りの後、米国と国連が作成した量産型凄乃皇を各戦線に投入。残存ハイヴ並びにBETAを地球上から一掃、地球奪還を目指す物だ
この作戦にはあらゆる戦力が投入される。欧州、中東、米、ソ、大東亜、日本……国連は煮え湯を飲まされたアフリカ連合にまで声をかけて人類連合軍を結成し、その総兵力は3億にまで登った
嬉しい報告を受けると共に、重信は考える。この会社はそれこそ地球上からBETAを滅ぼす為に作り上げた物であり、自分の代で終わらせる為に作った物だ
正直に言えば、ここで終わらせても全く問題は無い。だが、些か大きくなり過ぎたこの会社は、それを許さない
総計何百万と言う人間を抱えるこのグループ会社が潰れるのは、許されないのだ
ならばどうするか、プランBとして用意してきた物を使う時がやって来たのだ
重信は踊り始めた会議を見ながら黙って天井を指差し、口を開く
「地球から無くなるなら、月から持ってきたら良い」
人類はBETAによって月から追い出された。そして地球からすら追い出されかねなかった
ならば、人類には月を奪還する理由がある。その為の準備として、軌道エレベーターを作らせた
もっと先を見据えていたはずの軌道エレベーターを使う事になるとは思っても居なかったが、衛星軌道のデブリも少ない今、決して無理な話では無い
全ては偶然と必然と浪漫によって成り立っている
「月から……」
「無理難題、と言う話でもありませんな」
「月のBETAは約200万居ると言われている。現在も増え続けているなら、更に確保出来る可能性も」
「自転車操業と言われても文句は言えん、が……それしか方法が無いのも事実か」
「衛星軌道上に居る人員の大半は元帝国軍のボトムズだ、彼等に教導させれば、ATの宇宙空間訓練も早々に終わる」
「月の重力と月の砂も計算しなければ。確かアメリカがサンプルを持っていたな」
相も変わらず優秀な重役達。軌道エレベーター作ったのも俺がさっさと宇宙に行きたいからって言ったらどう言う顔するんだろうか
現在宇宙空間で活動しているATも
先を見据えた動きと言われればそれまでだが、戦術機の由来がそもそも宇宙用の重機なのだ。遠からず独占状態は緩和されていくのは目に見えている
「会長、まさか国連に宇宙軍でATを使うように働きかけた頃から想定していたので?」
重役の一人が、まるで神様でも見るような目でこちらを見ながら質問して来た
どう答えるのが正解か、なんて考える必要も無い。正直に言うだけでも彼等の信頼は勝ち取れるのだ
「まさか。全部偶然さ。宇宙空間だろうとATはFPに負けないと証明したかっただけだよ」
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4月4日
鈴木グループの掲示板に貼り紙が貼り出される。内容は以下の通りである
求む宇宙に夢見た者。
至難の訓練。多大な労務。暗黒続く宇宙の彼方。絶えざる危険。生命の保証無し
されど成功の暁には、多大な名誉と莫大な報酬を得る
この貼り紙は即座に全世界に知れ渡る事となる。かの南極探検乗組員募集をもじったこの貼り紙は人類が再び宇宙に出る事を示しており、同時に、人類はそこまで力を取り戻した事を示していた
この貼り紙は、鈴木重工発足以来最も多く持ち帰られた掲示物となった。かく言うのも、この貼り紙は鈴木重工だけで無く、帝国軍や国連軍にも貼られる事となった為である
未来への希望として貼り出されたこの1枚の貼り紙が、多くの人間の心を動かしたのだ
BETA一掃作戦後、数多の
また、この取組みは日本だけでなく各国が後押しする事となる。かく言うのも、BETAと戦い続けるにせよ、復興するにせよ、真っ先に行わねばならないのは、軍の人員削減だからだ
大量解雇ともなれば悠長に後方勤務から、などと言っていられない。そんな時にやってきた天啓とも言えるこの取組みは、大量解雇されるであろう人員の就職先として選ばれたのだ
そうして、あらゆる事が噛み合った結果、人類の宇宙進出は、想定以上の速度で進む事となっていく