今日、第四工廠に新人が配属されるらしい
田んぼを手伝ってくれる涼宮さんが、楽しそうにそう話していた。近隣の農家を回って野菜や米、そしてこのご時世では非常に高価な猪肉を分けて貰い、彼の歓迎会の準備をすると言うではないか
涼宮さん曰く、15歳で新兵器の設計図を書き上げて帝国軍に叩きつけ、財閥や大学からすらお誘いがあったのを、帝国軍が無理矢理引き抜いたらしい
無論、それだけの才能を引き抜いたと言う事は、政治畑や財閥からの覚えは非常に悪くなる。帝国軍技術開発局は彼を自部署に来させる為に圧力をかけ、財閥側は早々に彼を軍から辞めさせて自社に入社させる為に圧力をかける
それだけならまだ良かったものの、五摂家が目をつけたのが良くなかった
彼の試作ATを操縦した九條家当主は、戦術機に乗れず、ただ歩兵として散る武家の者達の為の鎧として最適と考え、彼を自分の家に取り込もうとしたのだ
その動きを察知してしまえば、現将軍家となっている煌武院側も動かざるをえない。衛士になれなかった分家筋を送り込み、搭乗させる流れになるのは当たり前と言えるだろう
戻ってきた衛士は、感涙を流していたと言う。戦術機に乗れず、かと言って戦車や戦闘機にも乗れない大多数の歩兵がアレに乗れたら、人類は必ず勝てると言わせ占めたのだ
そうなれば軍内政治の始まりである。先に目をつけていた九條と後からやってきた煌武院、そしてその噂を聞いた他五摂家が取り合いを始めるのは、目に見えていた
結局、帝国軍は軍内政治と政治畑と財閥に挟まれ、彼を避難と隔離名目で第四工廠へと送らざるを得なくなった
……ここまで聞いておいてなんだが、何故涼宮さんはそんなにも事情通なのか。そう聞くと涼宮さんはただニッコリと笑い、続きを話始める。どうやら聞き流しておけと言われているらしい
そうこうしている内に、彼はやってきた。初日に門番に顎を打ち抜かれたと噂で聞いた時は思わず笑ってしまったが
歓迎会はつつがなく終わり、彼は暫くの間ぽかんとしていたらしい。当たり前だ、あそこは第四工廠と言いながら元々学校だった場所を接収して改築しただけなのだから
涼宮さんのように田んぼでも手伝ってくれるのかと思えば、彼は何かを決心したのか、私達農家に声をかけてきた
曰く、使ってないトラクターはあるか、と
涼宮さんが隣に居た為特に怪しむ事もせず、私達はもう使えないトラクターを保管してある倉庫へと案内した
BETA大戦によって原油価格は値上がりし続けている。資源の大半を輸入に頼っている日本にとってそれは死活問題であり、同時に、その煽りを受けるのは民間であった
彼は自分の作業着が汚れるのも気にせずにトラクターの下へ潜り込み、メンテナンスブックと共に内部構造を把握すれば直ぐに出てきて、こう言った
「これ、二、三週間借りて良いですか」
何を言っとるんだ、と言うのが最初の感想だった。当たり前だ、もう動かせない物をどうするのか
涼宮さんは頷いて貸してあげて下さいと頭を下げる。この小僧にそんな価値があるのかと考えながらも、どうせ使えない物である。貸してやっても何ら問題は無かった
トラクターが運び出され、それと同時にBETAの死骸が第四工廠へと搬入された
初めて見るBETAのおぞましい姿に腰を抜かしたのは秘密だ。小便をちびらなかった方を評価してほしい
第四工廠内で変な音が響き、高圧電流が流れる独特の電線の音を聞きながら、トラクターを貸した事をすっかり忘れた頃、それは戻ってきた
独特の排気音も無く、ゆっくりと走ってくるトラクターの姿が、そこにはあった
涼宮さんが運転しており、その後ろにはあの小僧……鈴木重信とか言う小僧が乗っていた
涼宮さん曰く、この小僧が改造し、軽油でなくても動くようにしたと言うではないか
半信半疑だった。当たり前だ、二、三週間貸して、BETAが運び込まれ、帰ってきたトラクターは排気音すら無く動く。どう信じれば良いと言うのか
涼宮さんと小僧がワクワクしながら田んぼを耕せるか見たいと言うから、嫌々ながらトラクターにロータリーを取り付け、田んぼへと向かう事になった
───この時の感動を、私は今でも、いや、一生忘れないと言える
動いた。動いた。動いた。ロータリーが昨年の稲を混ぜこみ、砕き、土を耕していく
その音を聞いて、近くで鍬を振り下ろしていた田中さんがこちらの田んぼを見に来て、目を見開いていた
噂はあっという間に広がり、田んぼ一町を耕し終える頃には、近隣の田んぼ農家の全員が集まっていた
涼宮さんと重信くんがハイタッチしているのを見ながら、私は自分が疑い、あまつさえ舐め腐っていた事を恥じた
私はトラクターを止め、二人の前に降り、膝をついた。涼宮さんは何処か誇らしげに笑いながら、私達に向かって告げる
「言ったでしょ?彼は本当の天才なんです」
その日から、この地域ではトラクターが動く事になった。重信くん曰くATを作る為の試金石と言う話らしいが、誰もそんな事は気にしていなかった
戦地で片腕を無くして帰ってきて、今まで家に引きこもっていた田中さん家の息子が、生き生きとした目でトラクターを乗り回しているのを見た時は、重信くんに改めて感謝をする程であった
誰かが言った。彼は農業の神様の生まれ変わりだと。誰もがそれを聞いて、ただ頷く他なかった
後に重信くんはこの機構の事をとるーぱーくんと命名し、特許出願と共に、帝国軍技術開発局に設計図を叩きつけたと言うのは、また別の話だ