エメトセルク先生と透き通った青春   作:無名の古代人

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幸か不幸か、私は「不滅なる者」。
やる気さえあれば、計画は何度でも立て直せる。


1-11 ちっぽけな日常

00Ⅰ

 

それから私たちはヒフミと共にアビドスへ戻り、全員で書類の確認を行っていた。

だが、まあ案の定いい内容ではなかった。出来れば彼女たちが見るべきではない内容と言ってもいい。

私の推測通りの結果であり、そして彼女たちの努力を嘲笑う内容なのだから。

 

だが、それでも知る権利はあった。

そしてセリカが書類を叩き付ける音と共に感想戦が始まった。

 

 

「なっ、何これ!? 一体どういうことなのっ!?」

「現金輸送車の集金記録にはアビドスで七百八十八万円集金したと記されてる。私たちの学校に来たあのトラックで間違いない……でも、その後すぐにカタカタヘルメット団に対して『任務補助金五百万円提供』って記録がある」

「ということは……それって……」

「私たちのお金を受け取った後に、ヘルメット団のアジトに直行して任務補助金を渡したってことだよね!?」

 

鼓膜が破れるかもしれないと思うほど、怒りの籠った叫びをセリカが放つ。

当然だな。盛大なマッチポンプの被害者側になったことはないが、加害者側になら何度も立ったことがあるから分かる。真相を知った時ほど己の無力を嘆きたくなり、怒りで目を曇らせるのだ。

自分自身が拉致されたことがあるなら、猶更だ。

 

「任務だなんて……カタカタヘルメット団に……? ヘルメット団の背後にいるのは、まさか先生の言う様に、本当に……カイザーローン?」

 

カイザーローンと言うよりもカイザーコーポレーションそのものではないか、と私は思っているがどうもそれにしては引っかかる点もある。あれほどの大企業が初日に感じたように例えこのアビドスに『何か』があったとしても損失の可能性が高い計画に乗り出すのかと。

 

権力闘争。

つまり、会社としても『儲かればそれでいい』を方針としているが逆を言えば損失は許せない。だが、『何か』が莫大な利益を齎すならばそれを見つけた者はその権力を更に強くできるだろう。カイザーローンのトップがカイザーコーポレーション全体で更に上を目指すためならの行動ならば合点は行く。

 

「ど、どういうことでしょう!? 理解できません! 学校が破産したら、貸し付けたお金も回収できないでしょうに……どうしてそのようなことを……?」

 

当然の疑問だ。下手をすれば10億丸ごとドブに捨てる可能性があると言うのに、自らでアビドスを苦しめる必要はないのではないかとノノミは言いたいのだろう。

だが、それこそがマッチポンプの恐ろしさ。

まさかそんな事はしないだろう、と言う常識的な考えが発覚を遅らせ気が付いたときには手遅れだ。

 

「そもそもな。お前たちがカイザーローンなら、こんな状態の学校から無事に金を回収できると本気で思うか?」

「それは……」

「ふーむ……」

 

ここは『この道』の偉大なる先輩として道を示してやろうか。

私はホワイトボードに『アビドス』『学校』『カイザーローン』とそれぞれを別に書き込んだ。

 

「まず、『学校』が『カイザーローン』に金を借りた。この時点ではまともな返済計画があったのかもしれないが、状況は悪化し更に金を借りていく……」

 

『学校』『カイザーローン』を繋ぐ線を10本書き込む。

1本を1億と考えて欲しいからだ。

 

「さて、まともな感性の持ち主なら。3本目か4本目で気が付かないか?この学校はもう返せないだろうと。そもそも銀行員と言うのはそういうのが仕事だ。だと言うのに見ろ、10本貸したぞ?」

「…………」

「奴らにも狙いはあっただろう。しかしそれを推測するには時間がかかる。そこで学校は何を差し出したかを考えてみろ。金を貸して欲しいと言ってハイどうぞと貸す奴は馬鹿だ。よって、何かを信用の証として返せなかった時の見返りを渡しているはずだ。それが、何なのかと言うのが今後の課題だ」

 

そう言って私はマーカーを置く。

私の推測をこの場で話してもいいが、それはあくまで推測。全員がそう考えてはいけない。

狙いが『アビドス』という土地と私は読むが、もしかしたら別なのかもしれない。

それこそ、『何か』や生徒そのもの。

絞れたとしても、やはり幾つかは残る。

 

もし土地を手に入れても上手く運用できるのか、砂嵐が自然的に起こり続けているのならこんな場所を手に入れても価値は低い。企業の都市を正式に手に入れたという実績……アビドスが持つ権利そのものが欲しい……まったく、強欲だよ。

 

「先生の話を踏まえて考えたら。この件、銀行単独の仕業じゃなさそうだね。カイザーコーポレーション本社の息がかかってるとしか思えない……」

「……はい。そう見るのが妥当ですね」

 

例え権力闘争の一環だとしても、カイザーコーポレーションそのものが関わっていることに変わりはなさそうだ。ではどうやって切り崩すか。

カイザーローンのトップと敵対しているであろう者を探し出し取引を持ち掛ける、と言うのは『アシエン』らしいやり方でもある。そうすれば邪魔な者を排除しつつ、自在に操れる駒を手に入れられるから。

だが、今は私一人でそれを調べ上げ接触し説得から入る必要があり現実的ではない。

幻影を創り出しやらせてもいいが、それをしても時間がかかる。

 

今は答えに近づいている以上、悠長な事をしてられない。

確実かつ迅速な一手が必要だ。

前回私が歩いてしまった砂漠を今きちんと視てみるのもいいだろう。その時はどうにかこいつらに言い訳をしてから行かないと。

流石に『かもしれない』という推論以下の憶測に付き合わせるわけにもいかない。それにたまには一人で探索してこそ見えてくるものもあるかもしれない。

 

どちらにせよ。

時は近い、ということだ。

 

00Ⅱ

 

「みなさん、色々とありがとうございました」

「こちらこそ……変な事に巻き込んでごめんなさい、ヒフミさん」

「あ、あはは……いえ、みなさんの力になれてよかったです」

 

実際、彼女が持つ外部からの視点は対策委員会の面々にもいい刺激になっただろう。

当事者たちはどうしても視野が狭くなってしまうものだ。

対策委員会に目的は同じとしながらも、別視点から物事を眺める『調停者』のような生徒が居たならまた違った結果になっていただろうが、そのような生徒はおらず結果私が肩を持ちつつも少し違う視点で助言するだけに留まっている。

だから、ヒフミには感謝してもしたりないだろう。

 

「戻ったら、この事実をティーパーティーに報告します! それと、アビドスさんの現在の状況についても……」

 

義理堅い奴だ。

後は頑張ってください、とでも言って関わらないで置くこともできるだろうに。

 

「……まー、ティーパーティーはもう知ってると思うけどねー」

「は、はいっ!?」

「だろうな。大方、カイザーの事は警戒しているだろうが、同時に都合がいいとも思ってるんじゃないか。トリニティではなく、アビドスが被害を受けているだけなのだから」

 

実際、その矛先が他人に向いている間は自分たちは大丈夫だと思ってしまうのは何も悪い事ではない。

わざわざ、他人の面倒ごとに首を突っ込むお節介な奴なんて殆どいないのだから。

 

「……あれほどの規模を持つ学園の首脳部なら、それぐらいはもうとっくに把握してると思うんだよー。みんな、遊んでばかりじゃないだろうしさ」

 

私の考えに肯定するでもなく、否定するでもなく。

ホシノは淡々と己の考えを述べた。

私の考えは『汚い大人』の考え方でもあるが、それでもおおよそ人の本質、その一つでもあると思う。

それでも、肯定はしたくないだろうな。

幾ら辛い現実を味わい続けたとしても、少しくらい『人』の善意くらいは信じたいか。

 

「そ、そんな……知っているのに、みなさんのことを……」

「うん、ヒフミちゃんは純真で良い子だねー。でも世の中、そんなに甘くないからさ」

 

だがそれでも、ヒフミが悲しまぬようにあえてそう言えるホシノは立派だと私は思う。

悲観的で現実的な意見を述べているが、お前自身が『夢』を負っていることくらいは見てわかるさ。

 

「……」

「ヒフミちゃんの気持ちはありがたいけど、そっちに知らせたところで、これといった打開策が出るわけじゃないし、かえって私たちがパニくることになりそうな気がするんだよねー」

「そ、そうですか……?」

「ほら、今のアビドスって廃校寸前じゃん? トリニティとかゲヘナみたいなマンモス校からのアクションをコントロールできる力がないんだよー。言ってる意味、わかるよね?」

「……サポートするという名目で悪さをされても、それを阻止できないってことですよね。……そうですね、その可能性もなくはありません。あうう……政治って難しいです」

 

政治……子供には難しいだろうな。

一方を持てばもう片方から突き上げを食らうのが、共和制の政治体制だ。

調べたところ、トリニティ、ゲヘナ、レッドウィンターも多少の権力の強さに差があれど我が治世下だった時のガレマール帝国ほど独裁的な権力を持つ者はいない。

三頭政治とその他も一定の権力を有するトリニティ、きしくもあの忌々しいアテナが利用した『万魔殿』と同じ名を持つ生徒会と風紀委員会の間で権力闘争があるゲヘナ、ほぼすべての部活のトップを兼任するほどでありながら定期的にクーデターを起こされるレッドウィンター。

強いてあげるならミレニアムのセミナーが絶対的権力に該当するかと思いもしたが、ユウカを見るにそこまででもないらしい。

 

その点、独裁体制は優秀な指導者が存命の間はいい。何事も進めやすく多少の意見の違いなど封殺してしまえるからな。最も、私の『死後』は悲惨極まりなかった。

なんせ後継者を決めずに退場してやったからな、ものの見事に混乱し内部での抗争が勃発した。

 

結局は程度の違いがあれ、どの体制にも問題はあるのだ。

そして、国内……この場合は学内を統括できたとしても外部からは批判されるだろう。

『心無い独裁者』だとか、『自分たちが良ければそれでいいんだ』とかな。

 

それを子供が背負えるかと言われたら、難しいだろう。

 

「政治は思ったより難しく、だが案外簡単だ。訳がわからないだろうが、実際そういうものだ」

「先生は政治に携われていたんですか?」

「まあ、よく知ってるよ。纏まらない会議、人の善意と悪意、そして全てを纏めるための独裁……授業を受けたいならいつでも呼べ」

「あはは……でも、それは聞いてみたいかも……」

 

半々の気持ちだろうな。

関わらないで済むならそれがいいが、ヒフミは既にその政治家と交流している以上は避けては通れない。

私の『失敗談』でよければ話そう。十四人委員会にせよ、ガレマール帝国にせよ最後は滅んだ以上は成功談ではない、と私は思っている。

 

「でも……ホシノ先輩、悲観的に考え過ぎなのではないでしょうか? 本当に助けてくれるかもしれませんし……」

「うへ、私は他人の好意を素直に受け取れない、汚れたおじさんになっちゃってねー。『万が一』ってことをスルーしたから、アビドスはこの有様になっちゃったんだよー」

「…………」

 

仲間の好意を受け取れる者を汚れたとは言わないだろう。

だが、そう思うことが他の仲間を守る事に繋がっているのだろうな。

私に一人で背負っていると言ったが、お前の方がより多く背負っているだろうに。

 

「では……えっと……。本当に、一日で色んな出来事がありましたね」

「そうだね、すごく楽しかった」

「……楽しかったのはシロコ先輩だけじゃないの?」

「あ、あははは……私も楽しかったです」

 

いい事だったかと言われると、犯罪ではあるがそれでも楽しかったさ。

こういうのも悪くないな、と私自身が思えてしまうくらいに。

だから、この場に説教は不要だろう。

そうそう何度もすることでもないだろうし。

 

「いやぁー、ファウストちゃん、お世話になったね」

「よっ、覆面水着団のリーダーさん!」

「そ、その呼び方はやめてください!」

「お前たち……その辺にしてやれ」

 

『アシエン』として雇った側の私が言うのもなんだが、もう終わったことなんだからあまり大きな声で言ってやるな。

恐らくヒフミも、今後はファウストを名乗る事もないだろうに……

 

「と、とにかく……これからも大変だとは思いますが、頑張ってくださいね。応援してますから!それでは……みなさん、またお会いしましょう」

 

トリニティらしい無駄のない丁寧な一礼をしてヒフミは去っていった。

次にこいつらがヒフミに会う時は、背負った荷物を少しでも下ろせているようにしてやらなくては。

 

故に、その為の『計劃』を進めるとしようか。

 

00Ⅲ

 

翌日、便利屋のオフィスにてーー

 

「おはよー」

「おはよう……」

「うわっ、ビックリした!アルちゃん、徹夜でもした?」

 

そんなに私は酷い顔をしているのかしら。

良く寝れたかと聞かれると、まったく寝れなかったけれどね。

 

「ううん、ちゃんと寝たわ……」

「社長、何か悩みでも……あるか」

「あー、エメちゃんの『提案』について悩んでるんだ」

 

そうよ。

昨日の銀行強盗で見ることができたエメトセルク先生の裏の顔……『アシエン・エメトセルク』の顔。

実際に見て、そして本人から聞いた以上は私も考えを改めたわよ。

 

『エメトセルク先生は魔法使いであると』

 

そして、銀行で見せた力すらも彼の全力ではなく恐らくはほんの『遊び』程度の魔法なんだって。

 

「どうしたらいいのかしら……」

「どうもこうも……乗るか乗らないかじゃないの?」

「一応、ハルカは爆弾を設置しに、朝早く出かけた。先生の話に乗る場合は解除すればいいし、4人でも依頼を遂行するなら……アビドスをおびき出してコテンパンにするって感じだね」

 

正直な所、本当に決められないでいる。

クライアントを裏切ってその敵に付く、っていうのはすっごくアウトローだけど。

それをしてクライアントから報復を受けないかと言われたら違う訳で……

今後の『仕事』にも響くかもしれない。

 

裏切らずにアビドス、そしてエメトセルク先生と戦うならどれだけ深い計画を立てたとしても勝つ見込みがあるとは思えないのよね。

1億円をワザと置いていったのはわかってるし、向こうは私たちがそのお金で傭兵を雇うだろうと考えて対策をしているはず。

もし、何とか向こうの対策を越えたとしても漸くアビドスに手が届くかどうか。

そして、そうなったときにエメトセルク先生はまず間違いなく言うわよね。

『それが、お前の……お前たちの選択か』って。

それで昨日見た炎の魔法みたいなのを連発されでもしたら……私たち銃弾は耐えられるけど、魔法ってどうなるのかしら。

 

「ただいま戻りました」

「お帰り、ハルカ。お疲れ様」

「主要ポイントに爆弾を埋めておきました。あとは、このボタンを押すだけで……」

「よしよし、頑張ったねー。場所だけは忘れずに、しっかりと覚えておいて。まだ、どうするか決まってないからさ」

「いつでも言ってください。私がこの手で、全部吹っ飛ばしてやりますから……この手で……」

 

話が戦う方向に進んでるわね……

 

「はあ……」

「なぁに死にそうな顔してんの?別に二足の草鞋で何かしてもエメちゃん怒らないと思うけど、というかそれくらいわかってるでしょ。あの、『アシエン・エメトセルク』だよ?」

「『我等、アシエン』って言ってたわね……何人いるのかしらね」

「……社長はあの時の先生の声、どんな声に聞こえた?」

「えっ。エメトセルク先生に近い声だったわよ?けど、少しやつれたような重いものを背負ってるような感じだったけど……」

「やっぱり。全員聞こえた声が違うんだ」

「どういうことかしら?」

 

確かにあの声はエメトセルク先生に近いけど、少し違う声だった。

もしかしたら、あれが『アシエン・エメトセルク』としての声なのかもしれないけど。

全員違う声ですって?

 

「私は冷たい女の人の声、ムツキは厳しそうなお爺さんの声、ハルカは偉そうな男の人の声に聞こえたって」

「え……じゃあ」

「社長の聞いた声が『アシエン・エメトセルク』としての声だと仮定すれば、少なくとも4人はいるかもしれない」

 

『第三の座』、『アシエン・エメトセルク』……

よくよく考えたら、『第三の座』って事は『第一の座』と『第二の座』もいるわけよね。

この調子で行くと他の人はもっと違う声で聞こえているかもしれないからそれこそ、『第十の座』とか『第十四の座』とかまであるのかも。

 

「もちろん、エメちゃんの魔法でそう聞こえるようにしてるかもしれないけど。はっきりと違う声があるって事はさ、その元ネタの人がいるってことじゃない?」

「でも、本人が言っていたじゃない!私が『アシエン』だって」

「そうだけど、私が他に魔法使う人が居たら困るなーって言った時は何も言わなかったよ?」

 

もしそうなら、『アシエン』は本当に組織で、私たちはクライアントよりも更に闇に包まれた存在とも戦う事になる……

 

「そこまでプレッシャーを感じてるなら、全部投げ捨ててゲヘナに帰るのも手だよ、社長」

「はあ!?ぷ、プレッシャーだなんて言ってないわよ!ただ……ちょっとだけ……」

 

先生の言葉が気になっているだけ。

 

「うーん、今更帰るのは無理なんじゃ?風紀委員のやつらが黙っちゃいないよ?」

「風紀委員会……か」

 

三つの道があって、どれも多少なりとて苦難は待ち受けているわけね。

 

「……」

 

もし先生があの人じゃなかったのならここまで悩まなかったのかもしれない。

相手がアウトローじゃなければ、魔法使いじゃなければ、謎の組織の一員じゃなければ。

 

けど、どうしてもあの言葉と去り際に見せた仕草が忘れられない。

 

『だがそれでも、『私』を知りたければ……そして、お前たちが共に『仕事』をする決心がついたら、連絡しろ』

 

エメトセルク先生の『道』だけが、そして彼だけが私たちと向き合ってくれてる。

 

そうね、なら最初から決まっていたじゃないの。

 

いつもの様に、法律と規律に縛られない、ハードボイルドなアウトローとして選ぶだけよ。

 

「決めたわ。エメトセルク先生と話す」

「社長なら、そっちを選ぶと思った」

「だよねー。私たちもあそこまで言われたら……ね?」

「わ、私は……アル様の指示に従います!」

 

いい社員に恵まれたわね。

私は昨日貰った名刺をコートのポケットから取り出して、先生のモモトークを登録した。

 

そして、もう一度みんなを見ることした。

私を信じてくれる社員のためにも、最善を選んだつもりだけど。

『後悔』なんてしたくないから。

 

『先生、昨日の提案について話があるわ。柴関ラーメンで待つ』

 

00Ⅳ

 

キヴォトスに来て以来最大の事件を起こした、戻るなり溜まった書類を嘆きながら片付けた次の日。

特に予定があるわけでもなかったが、アビドスの教室に来ていた。

正直寝ていたかったのだが、どうせ横になるならアビドスにしようと考えていたしその過程で対策委員会とおしゃべりをするのも悪くはないと思ったからだ。

 

「おはよー、先生」

「先生、おはようございます。今日は早いですね?」

「地獄の様な事務作業を終えた後だ。この天気の中、寝るのもいいかなと来てみればもうすでに寝てるやつがいるとは……」

「うへ、ノノミちゃんの膝枕は柔らかくてサイコーなんだよー。私だけの特等席だもんねー」

 

膝枕を求めてきたわけじゃない。

教室なり屋上なり好きな場所で寝る事はできる。

だが、人の気配を感じたから来ただけだ。

 

「先生もいかがです?」

「いや、私は普通に寝ようと思っただけなんだが……」

 

どうぞー、と言われても本当に困る。

確かに枕があれば更に快適な眠りを送れること間違いなしだが、他人に寝顔を見られるなどごめん被る。

アゼムやヒュトロダエスに悪戯された事もあるしな。

 

「ダメだよーノノミちゃん、ここは私の場所なんだから。先生はあっちの座り心地悪そうな椅子に座ってねー」

「私の膝は先輩専用じゃないですよう……」

 

まったく……

夜になればほぼ毎日、見回りをしていては体がもたんぞ。

それが今のアビドスのせいで無いことくらいはわかる。

恐らく、こいつの過去にあった出来事なのだろう……人のプライバシーを侵害するのは嫌いだが、それでもあいつの『過去視』があればどれだけメンタルケアに役立つだろうか、と私は思う。

 

今度、誰もいない時にしましょうね、先生

「あのなぁ……」

 

その期待に応えられる日は来ないだろう。

私が生徒にどういう感情を向けられようと構わない。

『先生』『父親代わり』『良き理解者』

それぞれに思う事はあっても受け止められるがそうではないモノを向けられても応えられない。

 

「よいしょっと。ふあぁ~、みんな朝早くから元気だなあ」

「のんびりできるのは久しぶりですから……今はみんな、やりたいことをやってるんでしょうね。んー、シロコちゃんはきっとトレーニングでしょうし、アヤネちゃんは多分勉強しに図書館でしょうか……」

「ノノミちゃんは学校の掃除と教室の整頓をしてくれたよねー。うへ、みんな真面目だなー」

 

それはお前もだろう。

不真面目なら夜も寝て、昼も寝るさ。

だというのに、お前は夜も禄に眠らず昼もあまり寝ていない。

全員が、何かしら真面目なのだ。

 

「ん? そんなにおじさんをみてどうしたの、先生? うへ、私は当然ここでダラダラしてただけだよー」

 

見過ぎたか。

 

「先輩も何か始めてみてはどうでしょう? アルバイトとか、筋トレとか」

「無理無理ー、おじさんは年齢的に無理がきかない体になっちゃったもんでねー」

「歳は私とほぼ変わらないですよ?」

 

それを私の前で言うな。

私なんて一万歳以上だぞ?

外見はお兄さんでも、中身はおじいさんを越えた何かだ。

 

「うへ~。とにかく先生も来たし、他のみんなもそろそろじゃない? そんじゃ、私ゃこの辺でドロン」

「どこへ行く?」

「うへ、今日おじさんはオフなんでね。てきとうにサボってるから、何かあったら連絡ちょーだい」

 

はぐらかしたな。

生徒を信じないのは駄目だが、恐らく碌なことじゃない。

こと、ホシノ一人でどこかに行くことなどな。

 

「ホシノ先輩……またお昼寝しに行くみたいですね。うーん、まあいいんじゃないでしょうか。会議はアヤネちゃんがしっかり進めてくれますから」

「……アヤネはまだ一年生だ、仕事の量は調整してやれよ」

「あはは……」

 

仕事は5人で適度に分け合うべきだ。

もちろん、先輩の量が少し多い程度なら妥当だがそうではなく個人に集約するような事態は避けるべきだ。

その辛さはよく知っている。

 

「それにしてもホシノ先輩は、以前に比べてだいぶ変わりました」

「変わった?なら、以前はどうだったんだ」

「……初めて出会った頃のホシノ先輩は、常に何かに追われているようでした」

 

 追われる。

 それも『何か』に。

 

今でもそうだと思うが、以前はもっとわかりやすかったのだろう。

後輩が出来るにつれてそれを隠す術を身に着けてしまったか。

 

「何に追われていたかというと……んと、ありとあらゆることに、と言いましょうか」

 

その気持ちはよくわかるさ。

全てに追われていく。

使命に、責任に、孤独に、後悔に、時間に……

 

「聞いた話ですが、以前とある先輩がいたそうで……アビドス最後の生徒会長だったらしいんですがとても頼りない人で、その人がここを去ってからはすべてをホシノ先輩が引き受けることになった、と……ホシノ先輩は当時一年生だったとか……詳しくは、私も知らないのですが」

 

去った……

他の者たちと同様にホシノを残して逃げたというなら、ノノミの言う様に、そして私が見ている様にホシノが追われることはない。

 

死んだのだ。

それも恐らくは最悪の形で、今際の際を看取る事すら出来ずに。

だから、ホシノは『あんな状態』になった。

 

死の間際に立ち会えたとて、その時の言葉が一生の呪いとして残る事もある。それが親しい人ならば猶更。

 

――英雄に……悲しい顔は似合わぬぞ……やはりお前は笑顔がイイ……

 

『英雄に悲しい顔は似合わないから』

 

例えどれだけ辛くとも、悲しくとも、あいつはもう泣けない。

 

ではもし、看取れずにいたならばどうだ。

その人のやろうとしていた行動を、想いを継ぐはずだ。

それが例え、己の身の丈に合わずとも……後には引けない。

何としてでも、成し遂げなければならないと。

例え、擦り切れて自分が何のために戦っているのかすら分からなくなっても。

 

とすれば、私が砂漠で感じたそれは――

……砂漠に行く理由が増えたな。

 

「でも今は、先生もいますし、他の学園の生徒たちとも交流できますし……。以前だったら、他の学園と関わること自体嫌がっていたはずが……かなり丸くなりました。うん、きっと先生のおかげですね☆」

「だと良いんだがな……」

 

殆どはノノミたちのおかげだろう。

だが、私の雰囲気が少しでもホシノを止める壁にでもなっていたならば良いことだと思いたい。

 

ピロン!

 

ふいに、モモトークの通知音が鳴る。

既に私のモモトークを知っている生徒ならこの時間に送ってくることはない。

私が仕事に集中しているから、急ぎの要件や危険な状態でない会話、つまり日常会話は昼休憩から解禁だと知っているからだ。

つまり、これは最近私のモモトークを知った相手。

ならば、一人だろう。

 

『先生、昨日の提案について話があるわ。柴関ラーメンで待つ』

 

「すまん、ノノミ。急用ができた。後で訳を話す」

「わかりました。何かあれば連絡しますから、いってらっしゃい☆」

 

いってらっしゃい、か。

久しぶりに言われたよ、その言葉を。

 




これにて第一章は完結。
そして、第二章からは本編の内容とだいぶ変わっていきます。

エメトセルクの計劃とは、アビドスの結末は……


今後の展開について(絆エピソードや番外編は書きます。アビドス編後の流れについて聞きたいです)花のパヴァーヌ(花)、エデン条約(エ)、カルバノグの兎(兎)

  • 原作通り(パ1→エ→パ2→兎→パ2)
  • 変則(エ→パ1,2→兎)
  • その他(コメントでお願いします)
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