明るい番外編でも出せば良かったのですが、本編です。
絶も行くが、滅も行きたい。
ピクトマンサー強いけど、レンジもやってみたい。
なかなかにジレンマですね。
鎌は今は置いています。
00Ⅰ
試験開始を告げ早10分は経過したころ。
全員がそれぞれ表情を変えながらも答案用紙に向き合いながら静かにただ文字を書く音だけが響く。
私も内容を試験までは知らずいざ確認をしたが、確かに第一次と言うだけあって内容自体は自分たちが自習さえきちんとしていれば十分解ける範囲であり基礎中の基礎問題ばかり、
普段勉強をしない奴でもどうにか出来る辺りは優しさを感じる。
『先生のキミなら、もちろんこれくらい解けるよね?』
ふと、遠く離れた世界に置いてきた友の声が聞こえた気がする。
当たり前だろう、これくらい解けて当然どころか私は補習などなったことがない! と危うく声を張り上げそうになった。
こんな問題、私でなくともお前でもアゼムでも、あいつでも難なく解ける筈だ。
現にヒフミも止まる事無く、いやむしろ安堵の顔を浮かべながら答案用紙に記入してるじゃないか。
なら、実際授業を受けていれば、多少なりとて自習の時間を設けていれば解けていた問題なんだ。
だが、キヴォトスに着て……と言うよりも学生あるあるなのだろう。
授業が終われば自宅で勉強するよりも友人と遊んだり、趣味の時間に興じてしまうと言うのは。
だからこそ、別にそのことを責めたりする気は一切ない。
ペロロを追いかけようが、ゲームで遊ぼうが、飲食店を爆破しようが……いや、最後はダメだがな。
「こ、これは……え、えぇっと……」
思考を乱すには小さすぎる、されとて聞き逃すことはない悩みの声。
声の持ち主はコハル、そしてその顔は今にも泣きだしそうになりながら汗をダラダラと流す……。
酷だった、私が最初から教えてやれば良かった、そんな後悔が芽生える。
コハルはコハルなりに『エリート』という言葉に重心を置いている。
それはハスミへの憧れから来るものなのか、これまでの経験から来るものなのか、それははっきりとは分からない。
だが、私がやろうとしていることはむしろその逆。
『現状』では『エリート』とは違うのだ、と現実を叩きつけようとしているのだから。
だが、それでもここを通過しなければ次へと至れない。
例え厳しい行為であろうとも、コハルの未来の為を思うならば心を鬼にするべきだ。
全てが終わった後でなら、幾らでも愚痴を聞ける。
その時は甘んじて受けよう、いかなる罵倒を文句を、怒る権利はあるのだから。
満身創痍……とは違うであろうが、それでも今の顔はその言葉で綴るに相応しいもの。
そんなコハルから視線を移し残りの二人を見やる。
随分と対照的と言うべきか、コハルと比べて何とも余裕な顔つきである。
こんな簡単な問題を? とでも言いたげなその表情は、確かにヒフミが簡単に合格できそうと考えるだけはある。
その顔つき通りの結果を提示してくれればどれだけ楽か。
想定はしているし、予定通りではあるのだがそれでも点数を見たくない。
……この任務はため息の数が増えそうだな。
そんな事を考えていれば、試験終了の合図が鳴り響く。
「……終わりだ。私が回収し終えるまで筆記用具を置いて答案用紙を裏返しにして触れるなよ」
手際よくそれぞれから答案用紙を回収するが、中身までは見ないでおいた。
別にみてもいいのだが、回収時にまじまじと見られるのは流石に気分が悪いだろう。
それも私が出来得る限りの無表情で。
逆の立場ならごめん被るな。
「さて、試験はこれで終わりだ。今から私が試験結果を採点担当者に持って行き、完了次第こちらに戻ってくるからそれまでゆっくりするといい」
労いの言葉も軽く、私はそそくさと教室を去り担当者へと受け渡しを行いに行く。
本来ならばここで空き教室に入って彼女たちの答案用紙をそれぞれ『創造』することで妨害行為対策も取るべきかと思ってはいたが、ここはトリニティ内……つまり私ではなくナギサの庭。
相手の土俵で、どこに目があるかも分からない場所でそんな事をするのは生徒たちへのリスクがある。
だったら、私が一度目を通せば良かったのだがコハルのあの顔を見てそれをするほど悪趣味でもない。
ならばここで何の手も打たずに渡すことで、相手側の手札を切らすことが出来れば儲けものだ。
とは言え、ナギサもそこまで甘い相手ではないだろうがな。
「先生、お疲れ様です」
「……これが4人分の答案だ」
「確かに受け取りました。30分くらいを目途にお返しいたします」
担当者の生徒との事務的な会話だけを行い、また補習授業部の面子が待つ教室へとその足を進める。
そう、これで始まったのだ。
終点まで途中下車すら出来ない、一直線に進むだけの電車、その運航が。
日が傾き始め、徐々に影が支配する誰もいない廊下を進む彼の顔は、未だこのキヴォトスでは見たこともない程に厳しい表情だった。
00Ⅱ
きっかり30分後に試験の結果が届けられ、場は緊張が立ち込めるそんな夕暮れ時。
受け取った私は一人で見るでもなく、これまた表情も変えずに教壇へと戻る。
昔の経験故かはたまたただ心掛けているからか、それでも随分と厭ことだ。
より良い『先生』であればここで一喜一憂したり出来るだろうに私はそうしないのだから。
「み、みなさんお疲れさまでした……!」
私からの労いの言葉もなく、ただ静寂と緊張が張り詰めるこの空気感に堪えられなかったのだろうか、それとも部長としての責務を果たす為か。’
ヒフミが全員への労いの言葉とテストの概要を改めて説明する。
「えっと、100点満点で60点以上で合格だそうです! 高得点は取れなくても、とりあえずそのラインだけ超えられれば大丈夫です。それに内容も結構簡単でしたし……では、結果発表と行きましょう!」
簡単な内容ではあった。
補習と言うだけはあり、恐らく通常のテストよりも易化しているのだろう。その中で60点を取れば合格と言うのは優しさ以外の何物でもないだろう。
特に今回のテストについては、採点時に書き換えた等していなければ妨害行為は無かったのだから。
だからこそ、普段授業を受けていて内容もある程度は正しく理解しているヒフミからすれば合格できると言うある種の確信があっただろうことは、その言葉からも大きくうかがえた。
「先生、お願いします!」
先生である私が確認し発表するのは当然と言えば当然だが、自分から結果発表を言い出したんなら自分でしろと少しだけ思いつつ私は各々の答案用紙とその結果を見て、あわや声が漏れる所ではあったが何とか呑み込んで表情を変えずにまずはヒフミに向き直る。
今なお内心で、果たして大々的にテストの点数を公開するのは褒められたモノなのかと思いながら。
「言い出しっぺの法則だったか、それに則ってまずはお前からだヒフミ……72点、合格だ」
「あ、ありがとうございます! 何だか無難な点数ですが、良かったです! では、次に……」
「その前に、ヒフミ」
「は、はい!」
「……心を強く持てよ」
「え、え?」
ヒフミの点数が若干心もとない事を除けば筋書通り。
そう、そして残り3名が……なのもこれまた筋書通りではあるのだ。
……悲惨極まりない点数を除けば。
大変、心底、遺憾ながら100歩譲ってアズサの点数は目をつぶってやるとしても残り2人がもはや労いや慰めの言葉をかけるのが難しい範囲だ。
ハァ……改めてこの二人の気色の違った厄介さを再確認する事が出来ただけよかったと思う他ない。
そう思いながら私は残り3人の為に、続きを述べる。
「アズサ……32点、不合格だ」
確かに今回の問題に古代語は無かったから、得意そうな分野は存在していなかった。
だから、基礎すら怪しい彼女が幾らハナコの解説を聞いたとて理解ができるはずはないのだ。
例えば『倍数判定法』、もしアズサがそれすら知っていなければあの問題は解けない。
だが、ハナコもアズサも『知っている前提』の話を進め答えに辿り着いた、結果それが身についているかと言われたら否だろう。
「……はいぃっ!?」
先程まで心ここにあらずという表情で立ち尽くしていたヒフミが漸く現実へと舞い戻り、素っ頓狂な声を上げる。
こうなったヒフミはぜひ私を褒めて欲しい、残り2人を含めてこれらを見てなお声を抑え普段と変わらない表情を保った私を。
なんせ、苦笑いすらしなかったのだから。
「ちっ、紙一重だったか」
思わずアズサを驚きの表情で眺めてしまう。
『紙一重』だと?
計算を簡略化すれば凡そ今の2倍の点数さを『紙一重』と一体どんな能天気さがあれば判定できるのか。
ヒュトロダエウスが居ればきっと吹き出して笑うだろう、実際あいつの笑い声が聞こえた気がしたしな。
「……ま、待ってください! 『紙一重』っていう点数じゃないですよ!? 結構足りてないですよ!?」
「これで『紙一重』ならどんな点数でも『紙一重』になるだろうな……」
とは言え『紙一重』という言葉自体はあいつの旅でよく使われていた。
後ほんの少しで相手を倒せたがそこまでに及ばない瞬間や、攻撃を避けられると思っていたがほんの少しの差で被弾した時。
そういう時のあいつは今のアズサの様にある意味では堂々としていたような気がしないでもない。
……もしかしたら、アズサは大物に化けるかもしれないな。
「……気を取り直して行くぞ、と言っても取り直す暇すらないがな。コハル」
「は、はい……」
テスト中の表情を思い出せばこれを公開して渡すと言うのは随分と酷すぎるのではないか。
余裕綽々だったハナコと違い、コハルは最後の最後まで悩んでいた。
勿論、コハルが見栄を張らずにしていれば、あの場で分からないところを素直に聞いていれば変えられたのかもしれない結果だ。
だが、それでもその一歩の重さはきっとコハルにとっては尋常ならざるものだっただろう。
事実、目の前の少女は極度に緊張し汗を流している。
そしてその顔はまだ結果が分かっていないにも関わらず涙をこぼしそうなほど。
「……不合格だ」
だからだろうか、点数までは言えなかった。
11点だと、誰が言えると言うのか。
そうして、他の生徒に見えないように答案用紙を返却しコハルの顔を見る。
「……!?」
しかし、コハルは涙を流すでもなく猫の様な驚いた顔と言うのか何とも形容し辛いが少なくとも恥ずかしさか驚愕故か難しい表情をした。
いや、まさかお前あんな顔して内心は合格だなんて思っていなかったよな?
「コハルちゃんんんんっ!? ち、力を隠してたんじゃないんですか!? 今回はちゃんと1年生用の試験を受けたんですよね!? ま、まさかまた2年生用の……!?」
「やっ、その……! か、かなり難しかったし……」
「すっごく簡単でしたよ!? 小テストみたいなレベルでしたよ!?」
事前に第一回の試験を捨てる旨、更には心を強く持つ様に言っておいたヒフミだがどれだけ言っても、コハルが実力を隠している可能性を捨てきれなかったらしい。
とは言え、アズサがダメだった時点で合宿であり何もそこまで言う必要は無いのではないか、別に難しかったと感じるのは人それぞれなのだから。
「小テストみたいなレベルと言うのならなら、お前ももう少し点数と取ってから文句を言うべきじゃないか?」
「そ、それは……あ、あうぅぅ……」
点数に文句を付ける行為は今回限りにしておかなければ、今後の進展に関わる。
私が本腰を入れて補習を開始すれば当然、模擬試験も実施するし次回以降は容赦なく点数を公開するつもりだ。
その時に仲間同士で文句を言う空気感が残っていれば、焦りから来る不必要な衝突が生まれかねない。
そもそも、補習の時点で大差も無いだろうに。
こと補習や点数において文句を言っていいのは、私だけだろう。
その私が今のところは文句を抑えているのだから……と言う良くない考えはあるがな。
「この時点で分かっていると思うが、二次試験は全員受けることになる。その事をお前たち同士で責め合っても意味はない。そんな事をする暇があるのなら、手を取り合い次は受かろうと進むことだな」
「……はい」
ヒフミ、お前ならそれが出来る筈だ。
見ず知らずのアビドスにあそこまで親身になれたお前だ。
こうして交流を経た相手であればなおさら。
ナギサがどういう意図で私の補佐兼部長に任命したにせよ、皆を繋ぎ止め手を取り合わせる役目はお前しか出来ない。
重い期待を寄せていることくらいは重々理解しているが、その役目は私には出来ないのだから。
それにお前はこういう時にここぞとばかりに弱者を叩く『なりそこない』ではないと私が信じている。
「さて、最後はハナコ」
「はい」
ハナコは普段と変わらない余裕さを感じさせる雰囲気のまま、私の前まで歩く。
一体この点数で何をどうすれば余裕を持てるのか……いや、それすらも彼女の想定通りなのだろう。
こんな点数は意図して取らねば不可能。
アズサへの教え方を見るに、内容そのものは問題なく理解している。
テスト中の筆の運びからも緊張は有り得ない。
つまりは、わざと。
成績優秀だった少女の『今』がこれなのだ。
本人が自ら選択した路であり、最も困難な相手。
何度ボタンをかけ間違えればこうなるのか、それを知らずして彼女の成績は改善などしようがない。
コハルの様にまあ、自力でやるだけやっての点数ではないのだ。
「……点数は伏せるか?」
「ふふ、先生にお任せします」
そう言うだろうなとは予想したがやはりハナコの回答は白紙委任。
別にコハルを特別視しているわけじゃない。
もしあいつがハナコの様に余裕そうな態度のままテストを受けていれば当然、点数を公開しただろうしな。
ならばやはり、点数は公開しても良いだろう。
「……2点。不合格だ」
「2点!!?!?!?!?」
当のハナコは特に声を上げるでもなく、やはり余裕そうな表情のまま受け取ったが一番期待を寄せていたであろうヒフミからは悲鳴にも似た絶叫が放たれた。
「2点、2点ですか!? 20点ではなく!? いえ、20点でもダメなのですが……! むしろ、何が正解だったんですか!? と言いますか待ってください、ハナコちゃんものすごく勉強ができる感じでしたよね!?」
「確かに私、そういう雰囲気があるみたいですね。まあ、成績は別なのですが」
「雰囲気!? 雰囲気だけだったんですか!? 成績とは別ってどういうことですかっ!?」
もはや点数を責めているわけでもなく、この部活の前途を嘆いているの領域でヒフミはとにかく理解できないとばかりに言葉を並べる。
心を強く持てと言いはしたが、まさか2点など取る筈もないと思ったのだろう。
コハルの時は厳しく小言を言ったが、流石にハナコの点数については私だって言いたいさ。
もう少し上手く『バカ』になればいいものを、とかな。
「う……」
まだ続くのかと思われたヒフミの嘆きが、突如途切れ彼女の身体がふらつき始める。
どうも限界らしい。
これ以上は見ても居られず私は教壇を降り、ヒフミの下へと向かう。
「言っただろう、心を強く持てと」
「あうぅ……」
力無くふらついて倒れそうになるヒフミを支る。
期待するなと言っていなかった私も悪かったのだろうか。
とは言え3人不合格は既定路線、合宿も既定路線である事は先に話した通りだったと言うのに。
勿論、思ったより悲惨だったなとか内心では思っている部分もある。
実際、ハナコの2点は衝撃的な部類に入ってはいるのだから。
しかし、私自身がそう進めた以上はこの口で文句を言うわけにもいかない。
「今後の方針については明日説明する。各々、思う事はあるだろうが今日は解散、大人しく帰れ。ほら、ヒフミ、歩けるか?」
「す、すみません……」
体調不良者──まあ、この場合はそうだろう──が出た以上は余り根を詰めて話をしてもお互い消耗するだけだろう。
よって今日は解散する他あるまい。
この後の予定もある事だしな。
00Ⅲ
太陽が沈み、辺りは夜の闇に満ちる。
逢瀬の時、と言えば大変聞こえはいいがそれほど心を躍らせるものでもない、只の呼び出し。
今回の結果を一番望んでいたであろう、ナギサが待つ部屋へと私は足を踏み入れる。
「あら、先生。お疲れ様です。補習授業部の方はいかがですか?」
「ハァ……既に知っている内容をわざわざ私の口から聞きたいか?」
「……もちろん、既にお話は聞いております。最初の試験は、上手く行かなかったようですね……と言うよりも、上手く行かせる気がエメトセルク先生には無かった、と言うべきでしょうか」
「流石にエデン条約を立て直しただけの事はある、お見通しか」
「正直な所、驚きました。先生が教鞭を取るわけでもなく自習だけで最初の試験を迎えるとは。先生の事です、深い考えがあっての事でしょうが……」
「さあな。存外、何も考えてないかもしれないぞ?」
「ふふ、ご謙遜を。私の目論見を簡単に看破した先生が何の方策も無しに最初の試験を捨てるとは思えません」
そう言って紅茶を口に含むナギサを尻目に私は彼女の近くに置かれているチェス盤へと目を移す。
盤面から推察しようにも私が知っているルールとは大きくかけ離れた駒の配置、そしてこれは誰と対局するでもない己自身との孤独な対局であったことは火を見るよりも明らかだ。
その目線に気付いたのか、紅茶を飲み終えたナギサが会話を再開する。
「……ああ、これですか? チェスです、趣味でして。……おそらく、見慣れないタイプですよね? 黒はキングとクイーン、後は全てポーンだけ。
白はキング、ルーク、ビショップ、ナイトがそれぞれ3~4個ずつ……きっとあまり見ない形でしょう」
「私の知るルールではないな。対局相手も中々に難儀だろうな」
「対局相手? これは私一人……ええ、中々に苦戦しています」
「誰よりも一番理解している奴が相手だ、そうそう決着はつくまい」
「先生もご経験が?」
「……ほんの一時期だけな。とは言え、一時期と言うにはお前には長すぎるかもしれないが」
「……長すぎる一時期ですか」
ソル時代に一人でチェス盤に向き合い己自身と対局した事が何度かある。
最初は良いんだ別に己自身と戦っているのだから。
だが、少し時間が経つと対面に座っていて欲しかった2人の友の顔が浮かんで私を現実へと引き戻す。
その度に思うのだ、『自分は一体何をしているのだろうか』と。
そして、そんな自分に嫌気が差し結局いつも決着付かずで辞めてしまう。
いい思い出とは決して言えない、苦いだけの思い出。
「先生の過去はトリニティでもよく話題に上がりますね。その見た目に反して数多くのご経験がおありとか」
「少なくともお前たちよりは長い人生だからな」
「人生といえば、先生の年齢も同様に人気の話題ではあります。先生を『おじさん』と呼ぶ生徒もいれば、お兄さんくらいの年齢であると考える生徒もいる……そして肝心の年齢を先生はご自身の口からは一言も発さない。結果、誰も先生の本当の年齢も過去に何があったのかも知らない。もしかしたらより深く交流をした生徒は知っているのかもしれませんがその方たちが暴露するわけもありませんし」
互いに本題に入るでもなく始まった他愛のない会話がいつの間にか私自身を追求するものに変わり、今度は私が口に紅茶を含む番が回ってきた。
確かにナギサの話す『噂』はいやでも耳に入ってくる。
なんならトリニティだけではない、キヴォトス中の話題であることも。
とはいえ、私は話すべき過去や秘密は明かすべき部分は明かしてきたつもりだ。
それが広まっていないのは単に生徒たちの思いやりなのだろう。
それにしても、『おじさん』と『お兄さん』か。
随分な二極化じゃないか。
「私の過去についてがお前が真に話したいことなのか?」
「そうですね……アイスブレイクはここまでにしましょうか」
互いに思っていたのだろう、このアイスブレイクの続く道は果てしなく長く、収集がつかないと。
だが少なくとも、孤独にチェスを続ける……
いや、終わらない闇の中を彷徨うよりは誰かと話す方がきっと楽だ。
「どうして、一度目の試験に対策を立てずに挑んだのでしょうか? 断っておきますが、今回はこちら側から何もしておりません」
「最初の試験が妨害もなければ、最も簡単であることはこちらも想定していた」
「でしたら──」
「もし私が全力で挑み全員合格にすれば、お前の望みは叶わない」
「……!」
「私の仕事は、『補習授業部の面々を救うこと』と『トリニティの裏切者を見つけること』だ。そしてお前は、補習授業部の中に裏切者が居ると睨んでいるのなら……それを解き放つ訳にもいかないだろう」
「その言い方ではまるで、補習授業部に『トリニティの裏切者』はいないかのように聞こえますが」
「エデン条約を破断にして己の利益にこのキヴォトスを混乱に貶めようとするのが『トリニティの裏切者』と言うのなら、あいつらではない」
「……短期間の交流で何がわかると言うのですか」
「少なくともお前より、あいつらを見たな」
私の酷く挑発的な言葉に、ナギサの表情はこれまでのあくまで友好的であった態度から変化し、不快感或いは怒りにも近い鋭さを宿す目へと移る。
「見た? 上辺だけを見てそう仰っているのでは?」
「確かに上辺なんて幾らでも取り繕えるさ、名演技なら尚更。だからこそお前に問いを返そう。そんな上辺に仮面を被る者の深層をお前は見れるのか?」
「……」
「或いは考えたことは? 敢えて相手の側にたったことは? ……そのどれもないだろう」
「裏切者の立場など分かるはずがありません」
「だから、お前には見えない。人との対局は、チェス盤の様に単純に解決する問題でもなければ、まして一国の指導者と言っても過言ではないお前の立場だからこそ、人を見る必要がある」
私は徐にナギサのチェス盤に手を置き、少し揺らしてその盤面のチェスを全て倒し勝負の行方を分からない状態へと書き換える。
誰しもが自分を駒と思っていたとしてもこの駒以外の何かがこの盤面を完全にひっくり返すかもしれないし、双方の和解へと至らせる事もある。
結局のところ、もしかしたらその駒はここにはいないポーンの可能性もあるわけだ。
「そこまで仰る先生ならば、見た経験があるのですか?」
「ああ。私のいた集団からすれば不俱戴天の敵……とでも言える奴をな」
「その方とは分かり合えたのですか?」
「いいや。最後はやはり敵として相対したさ」
「では、結局の所見ても変わりないではありませんか」
「最後にはある種の和解に至れたがな」
「……和解?」
「お互いの目的、戦う理由……それを互いに理解は出来たさ」
私はあいつを恨んでもいない、決着をなかったことにしようとも思わない。
私が私である限り、例え新しい人生を歩もうと砕けない想い。
そんな結末など私自身が言ったように極稀だ。
そんなことくらいは分かっている。
だが、だからこそ……誰かのために自分を犠牲に出来る奴が居てそいつを支える奴らの多いこの世界であれば、まだ純粋なこいつらならばと期待しそうあれと願う私がいるのもまた事実。
勝手な話だと思うさ。
何処から来たかも知らない大人が、大きな期待を密かに寄せているのだから。
「私からすれば経験的にはお前の側にある事の方が多かった。だからだろう、お前の状態や想いについて理解を示せる」
「前回もそうでしたね。先生は最初に厳しい言葉を投げて、すぐに引く……私の立場を理解しているかの様におっしゃいますがであれば、私に対して論争を挑むのではなく、『裏切者』を見つけていただきたいのですが……」
「それで済むなら、そうするさ」
結局のところ、ナギサの言う通り。
彼女と話す時の私は常に厳しい言葉を投げている、いやしまっている。
状態で言えば最も深刻な彼女に対して、なんの躊躇いもなく。
到底褒められた行為ではなく、依頼をこなす気があるのか、救う気があるのかそう思われてしまって当然の態度を取り続けているのだ。
ナギサは私に言わせれば今の時点で、悪いと言える行為をしたわけではない。
むしろ正当な方策だと思うさ、過程は確かに強引で他人を蔑ろにしていると取られかねない行動であったとしても。
それにやり遂げようとする姿勢もまた立派だ。
エデン条約──私の信念とは違うがそれでもそこに謳われる信念を信じただ一人であろうとも再び形作り実現へと至らせようとするその姿。
だが、その性格が今ナギサを蝕み追い詰めようとしている。
それはセイヤが入院中だからかもしれないし、ミカがあまり手を貸してくれないのかもしれない。
結果孤軍奮闘、そして懇意にしているであろうヒフミの何か──恐らくブラックマーケット関係だと思うが──を知ってしまったが故に今や本当に一人である。
心を許せる友は不在、故にただ一人その背には重すぎる宿願を背負う。
厭だ、厭だ。
厳しい言葉を投げる理由は結局のところ、期待もあれどやはり多くを占めるのは『私』を見ているかの気分に襲われるからだ。
私のようになるな、と言うだけなら簡単だ。
それでならないで済むほどならば、こうなっていない。
ナギサとの会話では恒例となりつつある、暫しの沈黙の後にナギサが口を開く。
「……でしたら先生。ゴミを細かく選別して捨てるのが難しい時は、箱ごと捨てるというのも手段の一つ……先生なら私の考えを理解していただけますか?」
補習授業部の事を言いたいのだろう。
選別した先にいる裏切者をそうするのが面倒ならば纏めて消す。
理解出来るかと言うよりも、自分の手段は間違っていないと肯定してほしいのだろう。
難しい問いだ。
私自身の行いを見ればむしろナギサをより苛烈にした側なのだから。
「……」
「……やはり、先生はそう思われな──」
「『エメトセルク』として、ならば理解出来る所かむしろ私が率先してするだろうさ」
「率先して?」
「例えば私に大きな宿願があってそれをすれば仲間が救われる……と言うのならば私は村や町、国いや……世界に住まう命すら犠牲にする。何百、何千、何万の命であろうと」
「どの様な謗りを受けても?」
「仲間からの謗りならば甘んじて受け入れよう。事実、罪を犯すのだから」
「では──」
「しかし、『エメトセルク先生』としては理解はしても許容はしない。お前も私の生徒だが、お前がゴミだと言う者たちもまた私の生徒だからな」
ナギサへ対する応対の難しさはここにある。
私情では理解できても、立場では不可能。
それに本来ならばそんな事を考える性格ですらないだろう。
私と違ってな……。
「……そうですか。分かりました。私の問いにお答えいただけた御礼と言っては何ですが忠告を。試験については基本的に、私たちの手のひらの上にあります。例えば『急に試験の範囲が変わる』ですとか、『試験会場が変わる』ですとか……そうならないことを祈ってはいますが、エメトセルク先生なら既に想定はされているでしょう?」
「……どうあれお前たちの気分次第なことはな」
「そんな先生に対して不利益や損害を与えることはありません……ああ、先生からすればエデン条約のためにこの様な仕事をしていること自体が不利益でしたね」
「別に、個人の好き嫌いと仕事としての向き合い方の分別はつけられる」
「でしたら、お互いの道がこれ以上の不利益や損害、苦痛を生まないことを祈るばかりです」
ナギサからの静かな宣戦布告を確かに受け取り席を立つ。
ナギサの道は苦痛を伴うものだろう。そして、補習授業部の道のは決して両立できない道でありどちらかの道だけしか続かない。
……このまま行けばな。
そうしない為にこうして不器用ながらも語りかけ続けるほかない。
扉の前に着いた私は今一度振り返り、ナギサへと言葉を投げる。
「そういえば、ミカとはきちんと話す時間は取れているか?」
「? それが先生に何の関係が……」
「お互い腹を割って話すべきだ、とだけ伝えておいてやる」
「……どういう意味です?」
「立場はそれだけ互いを引き離すものだ」
何かを思案するナギサに背を向け、手を払う様に振って部屋を出た。
ナギサについて。
エメトセルク的には難しい生徒だと思いますし、厳しい言葉も出てしまう。けどその分フォローもするし助けたいとも思う。
この時点でこの感じなので、本編でもキツく言うシーンではどうなるのか。
テストの点数について。
公平を第一にしつつも、試験中の態度を見たらエメトセルクなら多少の配慮はするだろうなと。
また、本人的には不合格なのでそれはそれでいいが幾ら何でも全員の点数が心配になっている部分もあります。
合宿について。
漸くほのぼのシーンに入れると考えています。
正直元がシリアスなシナリオに対して、エメトセルクを混ぜちゃうとどうあってもシリアスなので助かります。
年内に合計で後2回は投稿したい。
内一回は本編ではない予定ですがね。
黄金のレガシーのネタバレネタは有り?
-
有り
-
ダメ!死刑!