界王拳を極めし者   作:紅乃 晴@小説アカ

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目が覚めたら界王星でした

 

 

「おぉ〜い。いつまで寝ておるんだ〜?」

 

目が覚めたら、触覚生やした界王様がいた。しかも、いつものドラゴンボールナレーションで有名なあの声である。起き抜けにそんな顔を見たもんだから起きあがろうとしたのだが……全然体がうごかん……!?いきなりなんぞ!?

 

「あーあー、無茶するんじゃない。ここの重力は地球のそれとは比べもんにならんからな」

 

「も、もしかして重力10倍ってやつ……!?」

 

「ピンポンピンポーン、なんだよく知ってるじゃないの」

 

そりゃめちゃくちゃ有名なドラゴンボールZの序盤から出てる界王星ですからね!?っていうか、マジで体動かん……!?どうなってるんだこれ!?ていうか、なんで俺こんなとこにいるの!?夢!?異世界転生!?追放系!?もしかして悪役令嬢的なやつなのかもしれん!?

 

「何をよくわからんことを考えてるかは知らんが……お主、ばっちり死んでここにおるんだぞ〜?」

 

「そんな軽く死んだっていう導入をすれば受けると思ってるんですか!?クソわよ!甘すぎて甘酒になっちゃいますよ!」

 

「ダーッハッハッハ!甘すぎて甘酒!こりゃ面白い……ってどこが駄洒落なのだ?」

 

「いっさいふざけてないんですが!?」

 

そんなやりとりをしばらくして、ようやく状況が……ほんの少し。ほんのちょっぴりだけど、飲み込めるような心の余裕ができてきた。

 

「界王様」

 

「んー?」

 

「俺、死んだんすね」

 

「あぁ、ここ最近見てきた者の中でも、最も勇敢な死に方であったな」

 

「そうですか……死ぬつもりはなかったんですけどね」

 

大地にへばりついて指一本動かさなくても、不思議と呼吸は辛くなかった。ただ、ほんと、死ぬつもりはなかったんだよなぁ。

 

思い出してくるのは、おそらく自分の最期の時。

 

あれはいつもと変わらない日々の中だった。とりあえず食うために仕事をして、ストレス解消に始めた格闘技をダラダラ続けて、そしてなんともない……ずっと続く日常を生きていた。

 

気づいたのは些細なことだった。普段見ない黒いパーカーを被った男。通勤で乗り降りするホームの降り口から1番近い1両目の通勤電車で見かけたその男は、持っていた紙袋から出刃包丁を取り出して運転席に繋がる扉のガラスをぶち破って、飛行機や車ではなく、よりにもよって通勤時間中の電車をジャックしたのだ。

 

奇声とよくわからない言葉を並べて運転席を奪い、包丁をちらつかせる男はグングンと電車の速度を上げていく。

 

いつも乗るのは各駅停車の電車だ。普段では考えられない速度で進む電車は、5分も経たないうちに次の駅にたどり着いてしまう。そこにはいつものように通勤している人や、通学している人、当たり前の日常を過ごしている人たちがたくさんいる。

 

そんなところに制御不能になった満員の電車が突っ込めばどうなるか?

 

考えるまでもなく、自然と体が動いていた。止めようとしてくる乗務員の手を振り切って、運転席に飛び込む。奇声をあげて喚く男。振り上げられる包丁。防ぐために出した手に熱が走るが、それを無視して一心不乱にブレーキに手を伸ばす。もつれ、運転席に倒れるように姿勢を崩したと同時、めいいっぱい引いたブレーキが作動したのか、飛ぶような速さで進んでいた電車は何とか止まることができた。

 

そして、俺の体には、もうどうしようもない傷がたくさんあった。めった刺し……というものか。熱さで身体がおかしくなりそうだった。

 

俺をめった刺しにして、ケタケタと笑って包丁を握ってきた気狂いの男は、通勤カバンで横っ面をぶん殴られた後、後から来たサラリーマンのおっちゃんや、男子学生にボコボコにされているのが見えた。

 

はは、ざまぁみやがれ。

 

乗務員のおっちゃんや、サラリーマンのおっちゃんが何か言ってるけど、もう何も聞こえなかった。あークソ、死ぬ気はなかったし、上手くやれると思ったんだけどなぁ。

 

不思議と、死ぬことに対しての恐怖はなかった。

 

あるのは、犯人と揉み合った時にうまく捌けなかった自分の不甲斐なさだ。趣味で格闘技をやってるくせに肝心な時に思うように動かない体。良いように刺されて、死んでしまった自分の力の無さに対する無念。そして、次は上手くしてやるという根拠もない意識だけがあった。

 

死ぬという事実があるというのに、そんなことを考えるとは……つくづく自分は馬鹿らしい。

 

「で、目覚めたらここに居たってわけ」

 

「当たり前じゃ。ワシがお主をここに呼んだのだからな」

 

あの後、応急処置をする間もなくポックリと逝った俺だったが、それに至った行為を見た界王様が天国行きを決めていた閻魔大王と掛け合って、なんとか界王星に送ってもらったらしい。

 

え、走るとクソほど長い蛇の道とかどうしたんすか。あっ、今の俺が走るとここに辿り着く前にお陀仏になると。ハハハ、すでにお陀仏になってるのにおかしな事を言うやつだ。

 

「死んだ後に見る夢にしてはえらくパロディみがありますね。月9くらいで流して視聴率取れずに打ち切りになりそう」

 

「これくらいのクオリティならBSか、地方映画館でやるB級じゃろうて」

 

「思いの外俗世に染まってるんすね、界王様」

 

「当たり前じゃ。ワシを誰だと思っとるんだ」

 

そんな他愛のない話をしてる合間も俺はいっさい身体を動かせずに寝転んだまま。と言うか気を抜くと体が地面にめり込むまである。なのでそこそこ気を抜かずに、押し付けてくる重力に耐えていると界王様の触覚(?)がピクリと動き……俺の身体全部を覆っていた重さが嘘のように消えた。

 

「お主の感じる重力を地球と同じ程度にしてやったぞ。まぁごく普通の地球人……それもまともにトレーニングを積んでない者からすれば、この星の重力は酷というものかのぅ」

 

「あ、ありがとう……ございませんね。もともと界王様が俺をここに放り込んだわけだし」

 

「ぬぬっ。お主も悟空とその仲間たちと同じように……さてはワシに敬意を払っとらんなぁ?」

 

「泡沫の夢に敬意を払えるほど育ちが良くないもんで……」

 

もう言いたい放題である。

 

ぶっちゃけ、死んだのは……まぁなんとなく察せれる。重力の枷から解放された体は嘘のように軽いし、デスクワークで凝り固まっていた肩こりがすっかり消えてるし、なにより腰痛や身体の節々の痛みがさっぱりない。絶好調デアル!!

 

「それで界王様……なんで俺をここに呼んだのですか?」

 

「理由は一つじゃろ。お主を鍛えるためじゃ」

 

「わぁ、なんとなく予想してましたけど……なんでです?」

 

たしかに死に方はアレだったけど、それ以外は別段特に突出した才能もないし、ごく普通に暮らしていた一般人なのですが?というか、そもそも俺の世界での界王星はドラゴンボールというフィクションの世界にしかないし、今見ている夢(?)そのものに信憑性なんてありはしない。限りない虚構……死に際に見ている妄想なんてこともある。

 

「はっはっはっ!たしかにそりゃそうだのぅ。ただ、ここは紛れもない現実じゃし?ワシもこうやって存在してる。それだけで充分じゃろ」

 

「人の思考を勝手に……まぁいいですけど、なら余計にわからんですよ。なんで俺を鍛えるなんて」

 

「伸び代があったからじゃ」

 

伸び代ぉ?そう聞き返すと界王様はうむうむと頷く。

 

「お主、死を後悔するよりも自分の情けなさを後悔したじゃろ」

 

「……」

 

「お主の世界に生きる者は、どんなものであっても死を拒む。高名な武術家でも、腕っ節の強いヤツ、偉そうにしている奴らも皆々……死に直面した時は、それを恐れて拒む。だが、お主は違った」

 

「……そりゃあ、唐突な死でしたからね。身構える暇もなかったですよ」

 

「死なんて誰も彼もそんなもんじゃ。身構えてやってきてくれる死なんて珍しい。みんな唐突に、呆気なく死ぬ。孫悟空や、これまで世界を救った英雄たちも、唐突にくる死に振り回されたもんじゃ。かくいうワシ自身もな」

 

穏やかな声でそう答える界王様。たしかに……俺の生きていた世界にはこんな事を言った誰かがいた。「身構えてさえいれば、死神はこないものだ」と。死に怯え、死と向き合い、死に身構えている者……弁えている者は死ににくく、それをわかっていない奴が死んでいく。どんな世界であっても、それは変わらない事なのかもしれない。

 

「お主は、その死に直面した時に恐怖よりも悔しさや次こそは、という思いの方が強かった。絶対的な死をわかっていながら、それを上回る自身の不甲斐なさへの怒り、呆れ。そして強さへの渇望があった」

 

「だから、俺をここに?」

 

「ピンポンピンポーン。最近はどの世界も平和でのぅ。ワシも悟空以来のしっかりとした弟子を育てたくなったわけじゃ」

 

「ははっ、老後の暇つぶしみたいな感じですかね。巻き込まれたこっちの身にもなってほしいんですが」

 

「お主、やっぱりワシを尊敬しておらんな?」

 

少し不機嫌そうにそう言った界王様だが、ぐるりと向きを変えて界王星にある小さな自宅へと歩いていく。

 

「え、あ、あの!」

 

「何をボーッとしておる!とにかく今は腹ごしらえじゃ!先は長いからな」

 

「え、やっぱり死者でも腹が減るんですか?」

 

「食ってる方が生きてるって感じを忘れずに済むじゃろ?まぁ死んでるけど」

 

まぁ漫画やアニメの悟空と言ってたからな。天界の飯より下界の方が美味いって。あと、食べても食べなくてもいいらしいってのも言ってた気がする。

 

「ていうか、界王様。俺ってどれくらい修行するんで?数ヶ月くらいですか?」

 

「うーんそうじゃなぁ、とりあえず向こう10年くらいはいってみるか」

 

「はぁ、10年……え、10年!?」

 

「だってお主、武術も毛が生えた程度で気の使い方もわからんじゃろ?マンツーマンでワシがレクチャーしてやるから安心しろぃ」

 

「10年間、界王様と修行とか新手の地獄か?」

 

「ついでにたまにトレーニング相手に悟空とかもくるから退屈はせんぞ」

 

やべぇ、ほんとにここは新手の地獄かもしれない。閻魔大王様にお願いして天国で悠々自適な世界をお願いしないと。

 

「ちなみに今のお主じゃこの界王星の重力から脱することもできんぞ」

 

「ねぇ、界王様。いくら偉かったって人を拉致しちゃダメなんですよ?」

 

「ンモォー、細かいことを気にするやつじゃな。悟空はもっとテキトーだったぞ」

 

「あんな全アニメ史上最強クラスのバーサーカーと一緒にしないでもらえます!?」

 

人の心って普通はもっとナイーブなのよ!!クソわよ!!そんな俺の抗議など聞く耳持たず、界王様は準備した炒飯や肉まんを食卓に準備して行ってくれる。あ、外からバブルスくんが戻ってきた。あ、これはご丁寧にどうも……。

 

「まずは基礎体力作りからじゃのう。そこから、バブルスくんを捕まえる修行へと移行するか」

 

「もちろん界王星の重力下で、ですよね?え……無理じゃね?」

 

「まぁ最低でも2年は基礎鍛錬じゃなぁ」

 

「やっぱりここは新手の地獄では?」

 

「まぁまぁ、とりあえず食べなさいな」

 

そう言ってなんか丸め込まれながら、俺は界王様お手製の炒飯を口に運ぶ。あ、なんだかアレな味だ。こう……なんというか……そう!永○園の炒飯の素を使ったような。つまり何が言いたいかというと。

 

「当たり障りのない味っすね」

 

「やっぱりお主、ワシを敬ってないな」

 

ウホウホと肉まんを食べるバブルスくんを横に、俺はとりあえず今の状況を逃避するために、とくに腹も減っていないのに炒飯や肉まんを口へと運ぶのだった。

 

 

 

 

ここ数年。ワシは退屈しとった。

 

たしかに、孫悟空はワシの長年の夢であった界王拳をモノにし、その力を存分に発揮してくれた。だが、あれほどまでに大成できた理由、その根元にあるのは武天老師の亀仙流があったからだ。ワシの教えた界王拳は、悟空にとっては強さの一側面に過ぎぬ。

 

故に、心のどこかで思っていた。ワシ自らが一から弟子を取り、育てた者はどれほどの強さまで辿り着けるか。

 

だが、ワシの作り上げた武術や界王拳は並ならぬ素養を持った者しか充分に扱うことができぬ。才能の塊のような悟空でさえも会得するのに随分と苦労していた。だから、ワシが弟子に迎えようと思えるほどの素質を持つ者はなかなか現れず……この夢はどこかで萎んでしまうのではないかとも思っていた。

 

だが、転機は突然きた。

 

気分転換に別次元の世界を眺めていたところ、ワシが弟子に迎えようと思う原石を発見したのだ。そやつは並ならぬ才を持っていた。趣味と称して始めた格闘技では練習量もそこそこのはずなのに全国大会一歩手前まで難なく行けてしまうほど。

 

しかも全国大会を辞退したのが「仕事に支障が出るから」というしょっぱい理由だ。聞いた時は腹が捩れるほど笑ったわい。

 

そんな溢れる才能がありながら、心はとても優しく、他人を思いやれる。死んだ理由も自分のためじゃなく、名も知らぬ、顔も知らぬ、自分と全く関わりのない誰かを死なせないため。

 

そのために致命傷をものともせずに相手を押し除け、目的を達せられる胆力もある。魂の出来としては合格と言えた。

 

そやつは、生まれる世界と時代を間違えた。

 

相応の時代に生まれていれば間違いなく名を馳せた英雄になっていただろう。

 

だから、死んだ時は……そやつには申し訳ないが、チャンスだと思った。ワシが思い描いた界王拳を自在に使う理想の戦士を育てる絶好のチャンス。

 

それを逃すわけにはいかないと、閻魔大王に掛け合い、そやつをワシの元へと送ってもらった。我ながらかなり無理をしたとは思うが、湧き上がる衝動をどうにも抑えることができなかった。

 

今、目の前で飯を食べる平凡そのものの男。こやつならば、悟空以上に界王拳を極められるやもしれん。

 

退屈であった日々が、これからは充実した日々になるだろう。その期待を胸に界王はニヤリと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

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