フォックス・ハント   作:簑都薇

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「その──ヒフミさん。もう、いいですよ?」

 

「んんー、なにが?」

 

「いや、なにがって……この状況が、です」

 

 イチカとヒフミは抱き合っていた。ヒフミはベッドの淵に座るようにして、イチカはその膝に跨り真正面から抱きつかれる形で。

 

 柔らかい体温が間近にあって、どきりとする。心拍が重なるほどの距離に息が詰まる。耳元で囁かれるとこそばゆい。なんだかいい匂いがして頭がくらくらする。

 離れようにもがっしり腕を背に回されているので離れられず、せめて視線だけでもと明後日の方を向く。

 

「ふむふむ。いろはと違って結構ふわふわな部分もあって新鮮だなあ。……で、なにか言った?」

 

「破廉恥な物言いやめてください。ぶん殴りますよッ」

 

 ぎょっとして顔を突き合わせると、ヒフミがえへへと笑いで誤魔化そうとする。

 柔和な笑みが真剣な眼差しに変わって。

 

「もう落ち着いた?」

 

「……はい」

 

 先のやりとりが緊張をほぐすためのものだったと悟り、もう少しだけこのままでいようかなと思う。

 

「あ、もうちょっとだけ堪能してていいかな。ちっちゃい子ってあったかくて」

 

 前言撤回。さっさと離れたくなってきた。

 

「冬は一緒のベッドで寝ない? あ、もちろん真夏もね」

 

「私はあなたのお人形さんじゃありません。……まだ、私に話してないことありませんか?」

 

「信用ないなあ」

 

「当たり前です」

 

「あるよ。キミが眠っている間に状況がまた変わった」

 

 イチカは息を呑む。

 

「話してください」

 

「このままで話すよ」

 

「いや、そっちも離してください。……落ち着きません」

 

 抱きかかえられた状態で身をよじって抵抗するが、思いがけず強い力で抱き寄せられてしまう。

 

「だろうね。でも私がこれから話すことは、おそらくキミをもっと落ち着かせなくする。だから、このままで。悪いのはキミなんだからね?」

 

「ハァ?」

 

 身に覚えのない非難にイチカは呆けた声を上げた。

 

「うん。ほら、キミって人の話を聞かずに突っ走るタイプでしょ」

 

「そんなふうに思ってたんですか……」

 

「だって昨日今日で二回も、私が『待って』って言ったのに無視したし」

 

 拗ねたようにヒフミがぷいと顎を逸らした。

 イチカは呻く。

 

「そんなことも……ありましたっけ……」

 

 目を逸らそうとするイチカを、ヒフミの真剣な視線が縫い止める。

 

「まずキミに伝えなきゃいけないことが一つ。荊都椋に懸賞金がかかった」

 

 イチカは眉間に皺を寄せる。

 

「それは……なるほど。スポなんとかがムクが生きていることを知ったから」

 

「そう。彼らとしては自分の悪事を知っている存在だからね。はやいとこ確保して抹消したいんだろう。依頼内容も生死問わずだった」

 

「でも懸賞金って、どんな名目で? ムクは表向き、すでに死んでいるはずでは」

 

「狐狩りの最中でガストレアによって侵食率が危険域になったイニシエーター。そういう内容だったよ。死亡は誤報って扱い。そもそも彼女の偽装された死を知っているのはキミとキミの元相棒たちくらいだし、大勢に影響はないという判断かもね」

 

 イチカは唸る。

 侵食率が五十パーセント付近に近づいたイニシエーターはプロモーターの手で処理されることが多い。今回のケースでも、捕獲ではなく殺処理を選ぶ民警が大半だろう。

 

「……ムクが危ない」

 

 声に出した瞬間、それが荊都椋の生存を望んだ発言だと気づいてハッとする。

 

「いや、それはどうだろうね」

 

 イチカは怪訝そうに眉を寄せる。

 

「彼女だって自分の生存がバレたことは知っている。私が打ち明けたことだしね。なにか手を打つはずだ」

 

 そのとき、場違いな明るいメロディが室内に鳴り響く。いつか聞いた有名な赤穂浪士系魔法少女萌えアニメの主題歌だ。ヒフミの着信らしかった。

 ヒフミはイチカの背に回していた腕を解いて、端末を取り出し通話する。「はい。では手筈通りに」と二、三の返答の後、一瞬苦虫を噛み潰したような表情になってから通話を終えた。

 

「はじまっちゃった、狐狩り」

 

「悪いニュースですね?」

 

「うん。異常な数のガストレアが外周区から押し寄せてきてる」

 

 事態の深刻化に思わず歯噛みする。

 

「モノリスを突破してきた、わけじゃないですよね」

 

「荊都椋とキツネ絡みだよ。エリアの内側、それもモノリスの磁場の影響を受けないほど内地よりの外周区で感染者を増やしたんだろうね。ガストレアはモノリスから逃げるようにして内地に押し寄せている。数は現時点で数十体程度だけど」

 

「この先もっと増える」

 

「うん。それを政府側も予測している」

 

 深刻な呟きが室内を跳ね返る。

 

「たった今、日本国家安全保障会議(JNSC)と聖居の協議のもと、仮称ガストレア・キツネの正式名称をこぎつね座のアンセルへと正式に決定。脅威の認定に伴って防衛省側から再度の懸賞金がかけられた。……包囲網の対処とアンセルの報酬目当てで、荊都椋狙いの民警の数は減らせる。これで少しは確保のための猶予ができる」

 

「額見てみる? 驚くよ」と端末を見せようとするヒフミに手のひらを見せて断る。変に気が張るといけない。

 

「ヒフミさんはムクをスポなんとかに取られたくない。何か手を打ってくる。それを読んだムクが、自分への追手を撒くためにガストレアを差し向けたんですね」

 

 一体どれほどの市民が命を落としたのか、考えるだけで恐ろしい。

 

「ムクは……もう、逃げてるかもしれない。早く探し出さないと。ガストレアも早く駆除しないと大変なことに……!」

 

 喘ぐように叫ぶイチカに、ヒフミはストップストップと制止をかける。

 

「待って。いったん落ち着こう」

 

「でもッ」

 

 思わず立ち上がりかけて、ヒフミが両手をおどけるように広げるのを見て止まる。

 確かに自分にはそそっかしいところがあるらしい。

 ばつが悪くなって、イチカはすとんとヒフミのスカートに腰を落とす。

 

「走り出すことが解決にたどり着く方法とは限らない。ガストレアに関しては既にエリアの民警が対処に乗り出したのを確認してる。この期に及んでキツネ……現アンセルだけを狙う者もいるだろうけど、それを加味しても十分解決可能な域だから安心していい」

 

「ガストレア相手に安心なんて」

 

「荊都椋に関しては……ただ逃げるための一手なら、さすがにちょっと対応が早すぎる。キミとの戦闘から二時間も経っていないのに、外周区にフェロモンを撒いてガストレアを誘導っていうのは考えにくい。思い切りが良すぎるという意味でね。おそらく、この工程は事前に用意していたものだ。逃げるために急遽考えたものではないはずだ。……まあ、自身の生存がバレる可能性をあらかじめ考えて用意していたというのもあり得るけどね」

 

 ヒフミが唸る。

 だが答えが見つからなかったのか、「なにか飲まない?」と立ち上がり、備え付けの湯沸かしでインスタントコーヒーを作り始める。

 ようやく抱っこ拷問の刑から抜け出せた。イチカはほっと息を吐いてベッドに座る。立ったままではまた膝に座れと言われかねない。

 

「荊都椋はキミに何か言ってない?」

 

 今度はイチカが眉を寄せて思考する。

 

「ムクは……。ムクは、壊すと言っていました。『呪われた子供たち』が人間に刃を向けることで、『子供たち』と人間を分断させると。疑心暗鬼にさせて、互いが互いを恐れるようにとも」

 

 ヒフミは陶器のカップにコーヒーを注ぐと、イチカに手渡した。

 恐る恐る受け取ると、陶器の温かみが手のひらをじんわりと熱する。黒い液面からは控えめな湯気が立ち昇っている。

 

「なるほど。なら確実に荊都椋は逃亡を選択しない」

 

 確信したようにヒフミが頷く。

 

「なぜ言い切れるんですか」

 

「目的を果たせていないから」

 

 イチカの頭に疑問が浮かぶ。

 

「もう果たせてませんか? ムクがエリアに危険を招いたのは事実です」

 

 ひとくち啜っておっかなびっくり、あまりの苦さに顔を顰める。

 ヒフミがシュガーポットとミルクピッチャーを視線で示すが、なんだかヒフミに屈した気がして砂糖だけ追加する。

 ひとくち啜る。うん、一応飲める。

 ちょうどいい温度のコーヒーが体の中心からあっためてくれる。

 

「それじゃ全く足りないよ」

 

 ヒフミはイチカから砂糖とミルク一式を引き取ると、自分のコーヒーカップにシュガーを数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど投げ入れる。

 

「ガストレア数十体程度ではエリアの処理能力を逼迫させることはできても、それだけだ。ふつう、こういう処理能力を落とすやり方は本命の策を通すための前処理に過ぎない。例えば工作員をエリアに送り込んで、起こした暴動で処理落ちしている間に他国が攻め入るとかね。でも荊都椋にそんな背景はない」

 

 ヒフミはミルクを注いで、スプーンでゆらゆらと混ぜる。

 

「分断を起こすならどうするか。赤目がエリアに牙を向いた、という事実を公表する。これが真っ先に考えつく。でもねえ、それならなおのこと大人しく捕まるんだよ。ガストレア包囲網で感じた恐怖が新鮮な内に、主犯は赤目ですってね」

 

 ヒフミはひとくち啜って息を吐く。

 

「次に、荊都椋が一般人を殺害するという筋書き。これはなかなかインパクトはあるし、上手く利用する人は現れるだろう。でも、所詮は一個人の反逆行為だ。『私は違う』という言い分が『子供たち』側では効果を持つだろう。これではいけない。より根深く分断を起こすには『呪われた子供たち』に共通する要素を交えた方が効果がある。お前も同じだって感じにね。逃げ場をなくすんだ」

 

 イチカは話が物騒な方向に転がり出して居心地が悪くなる。

 

「荊都椋は捕まる訳にはいかなかった。ということは、自分が動ける状況が必要ということ。恐怖を抱かせるためのベストな手段は命に関わるもの。で、それが『子供たち』というカテゴリと強く結びつくようにするには……『子供たち』が市民の前でガストレア化するってのが、彼女が実行可能なものだと挙がるかな」

 

 ガストレア化というワードにイチカの心臓が跳ねる。

 

「これは『目の前の赤目も今まさにガストレア化するかもしれない』という恐怖を与えるには効果的だ。侵食率は目に見えないから疑心暗鬼にさせる効果もある。彼女が取り得る手段の中ではこれがベターな選択だろうね。同時に私が一番困る選択でもある。

 今は民警がガストレア駆除にエリア内をうろついて、市民も大部分が避難をしているから、今すぐ動くことはない。動くのはガストレア退治が終わってからだ。シェルターから出た市民が目標かな。キツネ退治で限界を迎えたイニシエーター、って筋書きも適応できて好都合だろう。

 おそらく潜伏地はガストレアが過ぎ去った外周区のどこか。未踏査領域にいないのであれば、エリアの目がすぐにでも彼女を見つけるだろう。……苦いなこれ」

 

「待ってくださいッ」

 

 イチカは吠えた。

 

「ムクの侵食率が危険域だと? だとしてもいつガストレアになるかは予測がつきにくいです。誰かの目の前で、それも狙ったタイミングでなんて無理です」

 

「じゃあ即時にガストレアになるようにウィルスを注入すればいい」

 

「そんなこと不可能です。私たちはそんな簡単に形象崩壊しません。常人なら微量でもガストレア化しますけど、私たちには抑制因子がある。大量に投与されない限り即座には起こりません」

 

「不可能ではないよ。ガストレアウィルスを濃縮する技術は存在する」

 

「でもムクにそんな技術はありません」

 

「だが用意はできる。おそらく、在処も知っていたのだろう。スポロシストにはその程度の施設はある。盗むのも容易だろう」

 

 一瞬、イチカの脳が引っかかりを覚えるが意識を向ける余裕がない。

 ヒフミの考えを否定したい気持ちに駆られてイチカは言葉を捻り出す。

 

「で、でも……ムクひとりがガストレアになったって、怖がるのは現場にいる人だけでは?」

 

「なにも操作を加えなければ、あるいはそうかもしれない。でもね、イチカちゃん。天童家だからわかるんだけれど、人を動かそうとする人ってのは……いつだって特定の状況を待ち望んでいるんだよ。

『子供たち』を排除したい、その過程で権力を握りたい。そう考える人は、荊都椋の起こした恐怖を取り上げ、拡散して、望んだ状況を引き寄せようとする。赤目は恐ろしい怪物だと喧伝し、それを共通認識として強化する。私個人が関知しているだけでもそのテの人はたくさんいる。──私が彼女を守りたいのは、そういう人たちから」

 

「それは……ムクの存在を隠蔽するということですか」

 

「信用できないかな、こんなやり方をする私は」

 

 ヒフミの夜色をした瞳と目が合う。

 おそらくヒフミはムクを社会から秘匿してみせるだろう。イチカにはそれが正しいことなのか判断する能力はない。だがイチカの内に潜む何者かは、それを正しくないと言っている。

 

「……はい。信用は、できません」

 

 ヒフミが、うんと頷きを返す。陰る瞳が揺れる。

 

「その反応は正しい。間違ってなんかいないよ」

 

「あなたは私に黙って色々とおかしなことをしたり、私をムクを釣るためのエサにしたり……」言葉に出せば出すほどひどいことをされている気がする。「……とにかくやりたい放題じゃないですか。信用しろとか言われても無理です」

 

 ヒフミが固まって、悪だくみがバレて叱られる子供みたいに冷や汗をだらだら垂らしながら目を逸らした。

 

「だから、ちゃんと言葉にしてください。あなたのやりたいこと、私にやらせたいこと。ヒフミさんは、どうしたいんですか」

 

「キミは……」

 

 瞼を震わせ驚いたような表情はすぐに消えて、まっすぐイチカを見つめる。

 ヒフミはベッドの縁で居住まいを正してから、唇を開けた。

 

「荊都椋の身柄はこちらが確保しなければ話にならない。氷鷺イチカさん、あなたの力を貸してほしい。彼女を怪物として死なせないために、人として生きさせるためにも」

 

「信じます、ムクの凶行を止めたいという一点だけは。今はそれで十分です」

 

 イチカは目を閉じて、一度心に問う。

 荊都椋は大勢の命を奪った。許されるべきではない。

 脳裏を過ぎる外周区での生活。隣にはいつもムクがいた。

 だがそれでも家族だ。人として生きていて欲しい。たとえ彼女がそれを望まなくとも。

 氷鷺イチカは覚悟を決め、目を開けた。

 

「武器が。武器が要ります。私の大鎌はどこですか」

 

 イチカの了承に、ヒフミは安心したように柔らかく微笑む。

 

「じき、ここにくるよ」

 

 そのとき、ドアが勢いよく開かれる。

 ノックなし遠慮なしの入室に、イチカは驚くがヒフミは動じない。

 入室したのはいろはだった。

 

「ヒフミさん。野蛮なドワーフが屋敷に来て……え? は?」

 

 部屋にいるイチカを見た途端、完全に思考がフリーズしたのか、動作途中の半端な姿勢のまま硬直していた。それから跳ね上がるように驚いてみせる。

 

「ちょうどいい。キミの武器がきたよ」

 

「きた……?」

 

 イチカはうまく飲み込めない。

 そうこうしているうちに、ようやく復帰したのかいろはが跳ねっ返りながらこちらを指差し吠える。

 

「なんであなた、なぜまだ貴様がここにッ。どんな気持ちで戻ってきたんですかッ?」

 

 烈火の如く怒りが噴出。長髪が逆立って見えるのは幻覚か。

 

「戻ってないよ、いろはちゃん。そもそも屋敷からまだ一歩も出ていない」

 

 ヒフミが火に油を注ぐ。

 いろははヒフミの言ったことがうまく飲み込めないのか、目をぱちくりさせて理解しようという奮闘を見せる。

 あ、ミスったとヒフミが固まる。これが意図的じゃないのなら、楝ヒフミにヒトの感情はわからないのかもしれない。

 

「え? それはどういう……あの後そのままこの部屋に戻ったってこと? ………………ヒフミさん、私をバカにしていますねッ?」

 

 いろはの視線が鋭さを増してヒフミを抉る。

 慌てたヒフミは手をあわあわ振って仰け反るが、突き刺さる視線は弾けない。

 

「ちっ、ちがうちがう!」

 

「なにが!」

 

 耐えられなくなったヒフミが視線をイチカに投げてきた。助けてと訴えているらしいが、イチカとしてはこの姉は妹に絞られるくらいは妥当と思っているので助けは出さない。

 いろはが腕を振り下ろしてぴしゃりと吠える。

 

「もういいです。そういう態度なら、私はもう知りません! 勝手に家をうろついてればいい」

 

「ありがとう……? 歓迎してくれて…………?」

 

 この返答で合ってるよな、と声と表情筋を震わせるが、不正解だった。

 

「〜〜〜〜ッ!」

 

 何か言おうとするが何を言っていいのかわからないのだろう。唇を噛み締めて眉間に深いシワを寄せる奇妙な表情をしたのち、いろはは怒りに肩を震わせながら通路の向こうに姿を消した。

 

「……ひどいですね、いろいろと」

 

 イチカは出会い頭に刀を突きつけられたのも忘れて彼女に同情した。

 ヒフミが遠い目をしていろはが去った方を見ていた。

 

「む、難しい……感情」

 

「あなたが読めてなさすぎるのでは」

 

「そんなことはないよ」自信満々にヒフミが笑う。え、どこが? 「ついておいで」

 

 促されるままに立ち上がり連れ立って部屋を出る。

 最初は大きく感じた画廊もよく見ればそうでもない。

 

 移動中にふと、いろはが口にした単語が気になる。ドワーフ? ファンタジーに出てくる背の小さい陰気な鍛冶屋種族が脳裏に過ぎる。

 

「…………天童家には専属のドワーフがいるんですか」

 

「いるわけないでしょ。そんなメルヘンな生物」

 

「残念です」

 

「でも似たような子だよ。そこは保証する」

 

 どんな人間(?)なんだよとイチカが内心ちょっとウキウキしていると、騒がしい声が通路の先から届く。

 

「他人の家でケンカするかなあ」

 

 ヒフミがぼやく間も無く目的の部屋に辿り着く。

 

「──お前何してんだッ。補強したっつってんのに壊そうとするなバカッ」

 

「──あなたこそ何言ってるの? 簡単に壊れるなら補強できてないってことじゃない!」

 

 ヒフミが扉を開けると、中では二人の女の子が言い争っていた。入室したイチカたちに気付いてすらいない。

 内心でイチカは納得する。確かに、小さい。

 二人ともイチカとそう変わらないくらいの背丈。いや、ひとりはやや高いぐらいか。

 

「だからこれはサイシューコーテーよ。私の踵下ろしに耐えれば合格! よかったわね、キサク」

 

 女の子が元気爆発といった感じで高い声を弾ませる。

 こちらは煌々と輝く赤眼と見覚えのある漆黒の大鎌を軽々と持ち上げているところを見るに、『呪われた子供たち』で間違いない。イニシエーターが二人?

 並べた椅子の間に橋を作るようにして大鎌を置くと、女の子は蹴り足を上げる。それ、大鎌より先に椅子壊れないかと思ったが会話に混ざれない。

 

「やめろ壊れるからッ。お前自分の強さわかってるか?」

 

 キサクと呼ばれた少女は女の子の元気爆発キックをなんとか制止しようと羽交締めにかかる。きゃあと女の子が悲鳴をあげながら蹴り足を振り回すたび、空気を割く音がする。

 

「相変わらず仲がいいね。喜朔ちゃん」

 

 ヒフミの声掛けで二人はようやく入室者に気付いたらしい。

 喜朔が顔をばっと跳ね向けヒフミを見るや否やものすごく厭そうな表情を刻む。

 

「だーもうッ。何度言えばわかるんだ? キサクじゃない。サクなの。ネヅキまでが名字なの!」

 

「わかってるよ、喜朔ちゃん」

 

「みんな真似するんだよ。お前の仕業なのか?」

 

「違うよ」

 

「じゃあお前を倒してもこの呪いは解けない……?」

 

「解けない」

 

「ちくしょうッ」

 

 喜朔は泣きそうな顔になった。

 

「プロモーターはどこですか?」

 

 イチカの発言に、喜朔がさらに泣きそうな顔になる。今の発言に泣く要素があったかと振り返るが全く分からない。

 

「私が麻陽のプロモーターだよ。九歳の背丈じゃないだろ私はッ」

 

 喜朔がつんと胸を反らして身長の高さを見せつけた。抱きかかえられたままの麻陽も引っ張られる形で伸びて、足がぷらぷら空を蹴る。

 かなり配慮しても中学生くらいに見えるのだが、イチカは口には出さなかった。

 

「……背が高い子なのかと」

 

 失礼なことを言ってしまってイチカは俯く。

 このままだと埒があかない気がしたので隣でニコニコしているヒフミに投げる。

 

「彼女たちは?」

 

「紹介するよ。プロモーターの方が根津喜朔。イニシエーターの方が香衣麻陽ちゃん。キミの武器重いからこの子に運んでもらったの。喜朔ちゃんは、いつか私が言った一般でも高校生でもない子。民警やってるから色々依頼して動いてもらってたの」

 

 よっと声をあげて麻陽が羽交締めから脱する。胸を張って大鎌を持ち上げてみせる。

 

「東京の真下に秘密の神殿があったなんて驚きよ。これから毎日あそこでお姫様ごっこしていい?」

 

「旧埼玉だけどな。それとごっこ遊びは色々な理由でダメだ。……お前が起きるまで時間が少しあったからついでに少し弄っておいた。可変機構周りをちょっとな」

 

「新しい機能とかつけたんですか」

 

「まさか。余計だろ。摩耗の原因になる混入粒子を取り除いた。既に入った微小亀裂は部品がある分は取り替えて……まあ、単純に言えば壊れにくくしただけだよ」

 

「お心遣いありがとうございます。ドワーフさん」

 

「ん? 今私を小さいって言った?」

 

 イチカは無視した。

 麻陽が「蹴り折りたかったのに」と不満をこぼしつつ大鎌を卓に載せる。

 

「契約はここまでだ。私たちはガストレア駆除に向かう」

 

 退去しようと喜朔がドアを潜る。麻陽はスカートを蹴るようにして喜朔をぱっぱと追い越して先に廊下の向こうに姿を消す。

 ヒフミが慌てて喜朔に声を投げる。

 

「これまでずっと作業してたでしょ。疲れてない? ガストレアなら十分対応可能だから心配しなくていいよ」

 

「それがなんだ? いかなくてもなんとかなるかもしれない。でも駆けつけてほんの少しでもいい方向に繋げることもできるはずだ。

 ……お前がなにを企んでいるのかは聞かない。契約外だから。でも表で民警が、理由はどうあれ命張ってガストレアを駆除してる。その裏でこそこそ動いているお前を私は信用しきれない」

 

 喜朔が鋭くヒフミを睨み、吐き捨てる。

 ヒフミは最初何を言おうか迷うように口を一瞬だけ開けると、すぐにふっと微笑む。

 

「……うん、そんなあなただから信用してる。私とイチカちゃんの分も、このエリアを守って」

 

「……お前のためじゃない」

 

 そのとき、ばちこーんといい音を立てて喜朔が頭部を思い切り前へ突き出した。

 

「痛ったぁッ!?」

 

 背後を見ると、麻陽が張り手をあげている。小さく飛び跳ねた彼女が後頭部をぶっ叩いたのだ。

 

「なにかっこつけてんの。どっちも誰かのためにって戦ってるんでしょ。だったら同じじゃない」

 

「……いや、それが信用しきれないって話をだな」

 

 喜朔が後頭部を手で押さえながらぶうたれる。

 

「言い訳はケッコー。さっさといきましょ。あなたと違ってわたし明日も学校あるんだからね」

 

「……学業は大事だな。いこう」

 

 仕方ないなと喜朔が折れて、麻陽の後ろをついていく。

 どうやら根津喜朔というプロモーターはイニシエーターの尻に敷かれているらしい。

 

 退室する喜朔と麻陽の背をイチカは微笑ましく見送る。

 善野やムクの存在で忘れそうになるが、民警の中にもイニシエーターを家族として扱うものが確かに存在するのだ。

 

 イチカは視線を彼女たちの背中から引き剥がし、足を大鎌の置かれた部屋中央まで進める。

 そっと持ち柄を握る。指先に跳ね返る冷たさと重み。

 この大鎌はかつてイチカとムクの命を救い、同時に多くの命を狩り取った。吸い込んだ冷血は質量以上の重さをイチカに与える。

 だが、今は。

 今は、荊都椋の野望を刈り取るために使いたい。

 いま一度、死神の威光を私に与えろ。

 

 ふっと指先にかかる負荷が軽くなった。

 イチカは刃を折りたたみ、傍に置かれていた、楽器箱に偽装されたウェポンケースに仕舞い込む。

 

「そういえば、服着替えなきゃね」

 

「きがえ?」

 

 突拍子もないヒフミの声にイチカは素っ頓狂な声をあげる。

 

「パジャマは動きにくいよ。ということで、じゃじゃん!」

 

 ヒフミが壁際のクローゼットを跳ね開けると、大量の子供服が姿を現す。どれも白系でイチカとしては気後れする。

 

「誰のだろうって気にしてる? いろはちゃんのだけど、着ないらしいから大丈夫」

 

「いえ、それも気掛かりではあるんですが……他にはないですか? その、白い服は夜戦には……」

 

 ヒフミがけろっとした表情で口を開く。

 

「この家、白い服しかないよ」

 

「なんですかそのヘンテコな家訓」

 

 思わずギョッと目を剥く。

 とはいえ、ないのだから仕方がない。

 イチカは少しの間だけ呻くように悩むと、手を伸ばし、これと見定めて拝借する。

 うんと頷いて覚悟を決めてから袖を通した。

 真っ白なワンピースだった。

 

三億円の賞金首(九歳赤目)があなたの家の前で倒れています。どうやら体力が限界でしばらく何をしても起きないみたいです。あなたはどうしますか?

  • 二、三発撃って起こす。あなたは保脇だ
  • 餌付けして事情を聞く
  • 身包み剥がして放置する
  • 無視して寝る。あなたはブラック企業勤めだ
  • まったく小学生は最高だぜ
  • かぐ
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