14
白花が舞うように降り続ける雪を見て、占部里津は息を吐いた。
吐息はすぐに白くなり、風に流れて夜の闇に消える。
気温は震えるほどに寒い。メンテナンスがほぼされていない街灯がジリジリと点滅。光を受けた雪が眩いほどに輝く。十二時ごろから降り始めた雪は勢いを増し今やブーツが埋まり込むほどの積雪となっていた。
「ほんとにこの辺りで合ってるんだろうね? クソ寒いの我慢してるのに間違いでしたとか勘弁して欲しいんだけど」
里津は街道を睨め付けながら不満を漏らす。こんな寒い夜に駆り出されるのだから溜まったものではない。
「そう言うな。依頼人の目によればじきに三十一区を通過するはずだ」
隣で共に路地裏に隠れている相棒が諌める。肩幅のあるトレンチコートには雪が積もっていた。それだけ動きがないのだ。
里津は内心で不機嫌になる。自分より弱い奴に命令されるのは嫌いなのだ。
だが、ある悪癖を満たしてくれるのだから、ここは大人しく表面だけ従っておく。
「ふぅん」
「それにクソ寒いのはそんな格好してるからじゃないのか?」
「うるさいね。アタシが何着ようとオッサンには関係ないだろ」
「…………まあ、そうだな」
相棒のプロモーターが里津御自慢のパンクロックファッションから目を逸らした。
「ていうか、アタシたちガストレアの方はいいの? そういう段取りだったんじゃないの?」
静かな夜に感じるが、たった今も外周区から多くのガストレアが内地目掛けて殺到しているのだという。民警の本懐はガストレア駆除と市民の安全確保なので、まともな民警ならば対処に動くべきだ。
だが里津が指しているのは無数のガストレアではなく、狐狩りの目標である一体のガストレアのみだった。
「確かに俺たちは元々キツネ退治に向かうつもりだった。依頼人もそういう筋を望んでいたらしいからな。だが始末したと思っていた運び屋が生きていることがわかった。生きててもらっては困る存在だ。民警を金で釣って処分しようとしたが……」
「もっとデカいエサをばら撒かれて御破算。……バッカじゃん」
「そういうこと言うな。とにかく、依頼人は手持ちの札を切るしかなくなった。俺たちのことだな。今回の獲物は運び屋と、裏で不審な動きをしている民警ペアだ。──よかったな、三人も殺せて」
相棒の皮肉混じりの声に里津は獰猛な笑みを浮かべる。
占部里津の悪癖、それは相手をいたぶって殺すこと。
特に、自分を見下すような奴らを這いつくばらせるのは快感だった。
『呪われた子供たち』として生まれた里津は目が開くよりも前に親に捨てられ、孤児院で育てられた。端的に言って孤児院での扱いは良いものではなかった。里津が赤目であることは施設の職員の怯えた態度からすぐに他の子どもたちの間にも伝わった。
里津は、自分を見下してくる人間の目が嫌いだ。
いつか見返してやると思い続けていた。なにせ自分には赤目の力がある。自分に向けられる視線は侮蔑ではなく称賛であるべきなのだ。
里津の燻り続けて変質してしまった願望を、叶えてくれたのがこのプロモーターだ。
里津は興味がないから深くは探らないが、この男は後ろ暗い組織と繋がりがあるらしく、正規の民警が受けないような依頼ばかり受ける。その中には当然のように殺しも含まれていた。
依頼人は事件を隠したい。それは下手人の里津も同じだった。利害が一致していた。
「来たぞ。あいつらだ」
相棒の声に目線を表通りに向けると、移動する少女二人。イニシエーターとプロモーターだ。
十代後半ほどの女が纏っているのは黒セーラー服。どこだったか相当のお嬢様学校のものだ。
里津が一番気に入らないタイプの人間とわかり、知らず下顎が水平に動き歯を擦る。
もう一人、イニシエーターの方は厚手の白ワンピを着ていた。まるで見つけろと言わんばかりの純白は、暗夜では目立ちすぎる。明らかに服装選択を誤っている。
さらに言えば、見た目では分からないがおそらく負傷もしている。里津の捕食者としての感覚がそう告げていた。
今回の獲物は楽そうだなと独言する。
女が何事か立ち止まる。
気づかれたかと里津は路地裏に身を引くが、どうやら違う。
女が見ているのは、道路脇に敷設された掲示板だ。ガストレア大戦期の置き土産らしく、骨組みは錆びつき、何層にも上から貼り付けられた紙は雨風に当てられた跡がある。
年齢から考えるに大戦期でも想起しているのかと思ったら、女がイニシエーターを連れて歩き出し、里津からすれば向かい側の路地裏へ姿を消した。里津の記憶が確かならば袋小路。
「都合がいい。いくぞ」
「命令すんな。言われなくても行くよ」
傍に潜む相棒が動き、その肩から雪が剥落した。
里津も後に続き、女が入った路地裏を塞ぐ位置で立ち止まる。
通路左右にはそれぞれ高層ビルが屹立し、狭間に深い闇を満たしていた。
通路脇の壁に背をつけて、高鳴る心臓を抑えようとする。もう少しで
角からそっと顔を出して様子を伺うと、女は袋小路の中で立ち止まっていた。きょろきょろと視線を回している。土地勘がないのか。
どこからどう見ても隙だらけだ。
相棒と視線を合わせ、頷き合う。
「誰だか知らないけど、遊びすぎたね」
里津は両腰に携えた鞘から二振りの
里津の両目が赤熱。感覚が捉える情報種が通常以上に拡張され、世界の彩度が増し、里津を称賛するかのような輝きが網膜を突き刺す。
さあ、ショーの幕開けだ。
里津は角から飛び出しざま、地面を蹴り一直線にプロモーターの女へ駆け迫る。
女とイニシエーターが同時に気付いた。どちらも目を剥いた驚きの表情。振り向きざまにそれぞれの得物を抜き放つ。
白ワンピのイニシエーターが背後から取り出した武器を見て、里津は疾走中にも関わらず噴き出しそうになった。
──なにそれ? そんな武器で戦うつもりなの?
長い柄の一端に三日月型に湾曲した漆黒の刃が備わったそれは『大鎌』である。武器としての適性はない。舐めた得物だ。
と、動物的直感が警鐘。女のリボルバーが発射炎を瞬かせて銃弾が殺到する。躊躇がない。
だがその程度は里津も織り込み済みだった。
女がトリガーを引くよりも早く里津は跳躍。高位イニシエーター特有の極限の踏み込みが積雪ごとアスファルトを反動で抉り跳ね散らし、舞雪を吹き飛ばす。
コの字型をした袋小路の側面壁に張り付いた直後、追撃の銃弾が来るよりも早く再度の跳躍。左右を遮る裏路地の壁を三角跳びの要領でジグザグに飛び、標的との距離をあっという間に詰める。
白ワンピのイニシエーターに動きはない。迎え撃つつもりか。いや、その前を遮るようにプロモーターが立っている。びびっている? 違う気もする。
里津は疑問を霧散させ、一際強く壁を蹴って女目掛けて飛びかかる。振り下ろす曲刀は袈裟懸けの軌道。
一撃で殺しはしない。ちゃんと恐怖で染まった顔で里津を見て欲しいのだ。
イニシエーターはこのプロモーターに付き従う雰囲気があったから、先にこちらを壊せばその分恐怖を与えることができるはずという目論見もあった。
瞬間、足元で弾けるような感覚が走った。
それが何かと考えるよりも早く、曲刀の軌道を前のめりにして地面に突き立てる。まっすぐに立った柄を靴底で踏んでの全力跳躍。強引な身体操縦に身が引き締まる。
シュッという風切り音に視線を下ろして真っ青になる。空を蹴る里津の足元すれすれに、追い縋るようにして網目状のワイヤーが飛び上がっていた。
──ワイヤートラップ……ッ?
あとほんの少しでも跳躍が遅れていれば、あるいは高度が低ければ、里津の肉体はバラニウム製ワイヤートラップによって無惨に切り開かれていただろう。
「おおぅッ?」
遅れて女の余裕がない叫び。
見下ろせば標的の女が仰け反っていて、その前髪がバッサリと裁断され空を舞っていた。この女も知らなかった? じゃあこのトラップは──。
里津が思考にリソースを注ぐ直前、うなじの辺りがカッと熱を持つ。
まだだ。里津の鋭敏な感覚が警報を鳴らす。
地面を巨大な影が覆う。ハッとして見上げると、視界いっぱいにバラニウムの大剣が迫っていた。
三百眼と目が合う。隙を与えず突っ込んできたのは巨漢。逆巻く頭髪に髑髏のフェイススカーフ。全身をはち切れんばかりの筋肉で覆っている。傍のビルから飛び降りたのか。
イニシエーターではないという事実に驚愕する間も無く、大剣が空中で逃げ場がない里津に薙ぎ迫る。唸りを上げる大剣の速度は稲妻めいた残光の尾ができる域。人間の限界にある絶技に里津はまなじりをかっ開く。
「クソったれッ」
歯を食いしばり跳ね上げた一振りの曲刀でなんとか受ける。夜の静寂を割く重い金属音。弾ける火花が網膜を焦がす。
肩を重い反動が駆け上がったと思ったら、不意に背中を後ろに引っ張り込まれる感覚。
浮遊感と共に強風が突き抜け、直後に背面を衝撃が殴りつける。矮躯が跳ね上がり、肺の中の酸素が無理やり引き絞られる。受け身も取れずに地面に叩きつけられたのだ。子供と大人、曲刀と大剣の重量差による抵抗する術のない跳ね飛ばし。
里津に致命的な隙が生まれる。
「やられてんじゃねェよッ」
相棒が角から飛び出しざま、隙を埋めるべくサブマシンガンを構える。目標は、同じく空中で逃げ場がない巨漢。
ハッと跳ね起きる里津の視界に咲く
容赦ないサブマシンガン掃射。人間では弾丸を弾くなど不可能。これで奴は死んだ。
そう思っていたからこそ、巨漢を遮る形で躍り出たポリカーボネイト防盾に目を疑う。遅れて理解する。里津の背面方向から高速で突っ込んできたのだ。誰だ? 伏兵がいる。
巨漢は盾の持ち手を正確に握って自身の正面に固定。浴びせかけるような銃弾の激流を全て受け切る。
尋常ならざる事態に、里津も相棒も息を呑む。
と同時に巨漢が落下しながら盾を蹴り出し、掃射直後、隙だらけの相棒へと蹴り飛ばし。
まさかの反撃に相棒は横に跳ね飛び、そのすぐ横を半透明な盾が豪速で抉り突き抜ける。盾は地面に深々と突き刺さり轟音と共に土煙を巻き上げる。
地面に転がる相棒に、難なく着地した巨漢が土煙を背後へ逆巻かせながら野獣の速度で距離を詰める。
相棒が立ち上がりざま咄嗟に銃口を正面方向、腕をまっすぐにして向けるが、それは致命的なミスだ。
巨漢は膝を大きく屈して姿勢を低くし、相棒の懐に滑り潜り込む形で銃口延長線上から姿を消す。
おそらく相棒が、懐に現れた巨漢を知覚したときには全て遅すぎた。
丸太の如く鍛え抜かれた巨漢の脚が跳ね上がり弧を描いて相棒の腕を振り飛ばす。直後、ガードが空いた相棒の顔面にゴッと鈍い音を立てて拳が突き刺さり、捻り込むような異音。一転して背後へ吹っ飛びながら、砕け折れた歯を跳ね散らかし、地面で背中を擦るようにして里津の足元近く、ようやく静止する。
里津は相棒を見下ろして、すぐに後悔した。
顔面は目を背けたくなるほど破壊されきっており、かろうじて息があることが漏れ聞こえる喘鳴で確認できる。『呪われた子供たち』である里津をして恐ろしい威力だ。
思い出したくもない感触が蘇りそうになって、頭を振って追い払う。
里津に治療する気はない。もとより自分より弱いくせして指示を飛ばしてくるこいつが気に入らなかったのだ。
里津は視線を引き剥がし、意識を闖入者たちに向ける。里津の知覚が標的二人と巨漢の背後、闇に閉ざされた袋小路の最奥に潜む気配を感じ取った。
「もう一人も出てきたら? そこにいるんでしょ」
ややもせず最奥で気配が動く。軽い足音。イニシエーターか。
「……電気感覚持ちですか。トラップの類いは通用しないと見ていいですね」
闇から姿を現したのは少女だった。地味目のフィッシュボーン付きワンピにスニーカー。背負うトランクケースからは硝煙の匂いがする。
「それで、どうします? 将監さん」
隣立つ巨漢は身の丈ほどのバスタードソードを軽々と掲げ、肩に担ぐ。
「んなもん決まってんだろ。──ぶった斬りゃいい」
里津は腹の奥底が熱を帯びるのを自覚した。目の前の闖入者を叩きのめしたくてたまらない。
「聞いてないんだけど。仲間がいるとかさ」
「仲間ァ? んな気色悪いもんじゃねえよ」
「ただ利害が一致しただけの関係です」
少女が振り向いて、目標二人に視線を投げる。
「私のメッセージ、正確に受け取ってもらえたようで何よりです。天童ヒフミさん」
里津は女が路地裏に入り込む前に見ていた掲示板を思い出す。
「あなたは……」
「千寿夏世といいます。不思議ですか? 私が来たことが」
「そうか、君は……狐狩りの仕組みに気づいているんだね」
夏世が笑う。
「一連の騒ぎの中にはガストレアの出現に関して異様な速度での情報伝達がありました。緊急性以上の報酬も含めて、なんらかの意思が働いているのは、考えられる可能性の一つとして騒動初期から浮かんでいました。外周区からのガストレア包囲網に対して、防衛省が素早く対応を示し、狐狩りよりも高額の報酬をちらつかせた時点で、これがゲームで、かつ何者かがゲームを破壊しようとしているのがわかりました」
夏世の言葉をヒフミが引き取る。
「もともと荊都椋の生存が露見した場合、ゲーム側は民警を使って彼女を抹殺するだろうと踏んでいた。提示額を凌駕する懸賞金をガストレアにかけて、矛先を逸らすのは既定路線だったよ」
「あとは裏をとって、壊そうとしている存在、つまりあなたに行き着いたのです。私が辿り着けるのならば、ゲーム側も辿り着く。あなたは邪魔な存在でしょうから、なにか接触があると踏んでいました」
ヒフミがため息を吐く。
「敵わないな。『子供たち』ってみんな早熟なの?」
「それはどうでしょう。因子の関係で私は通常のイニシエーターより知能指数と記憶能力が強化されていますから」
「頭脳派ってことですか。……私、IQ二百です」
聞いてもいないのに白ワンピが自己開示し出した。
「私は二百十ほどあります」
夏世の余裕の笑みに、一瞬狼狽した白ワンピだったが、すぐにふっと笑う。
「そういうとき、謙遜するともっと大人に見えますよ」
夏世が信じられないものを見た表情になる。顎に指を当て、しばらく考え込むと頷いた。
「なるほど……一理ありますね。次からそうします」
夏世の目元が真面目なものになる。
「解決したのは私たちということでいいですね?」
「もちろん、そうしてもらえるととっても助かるな」
将監・夏世ペアはガストレアの懸賞金よりも、その事件の背後にあるものを解決したという実績を欲していた。過程で強力なペアを倒せればなおのこと箔がついて、仕事が来やすくなる。
双方で合意は取れたらしかった。
目標二人は互いに頷きあう。イニシエーターがプロモーターを背負うと跳躍、左右のビルを三角跳びの要領で跳ね上がって、あっという間に路地裏から消える。
里津は追おうにも、将監と夏世の存在は無視できない。
いや。
そんなことは里津にとってどうでも良かった。この闖入者を叩きのめすことが、いつの間にかに最優先事項となっていた。
「で、どうすんの? アンタらも逃げる?」
「なにが『アンタらも逃げる?』だよ。逃げてえのはテメェの方だろ。いかにもよわっちいクソガキがよ」
里津はおかしさのあまり体を震わせながら笑った。
「ふ、ふふふ……。いいよ、わかった。──ぶっ殺す」
一転して絶対零度の殺意で将監を射抜くが、巨漢は動じない。
「不安感に協調性の欠如。いくつかの栄養素が不足しているかもしれませんね。特にセロトニン不足が見受けられます。携行性も考慮するならバナナやチョコをお勧めします。……お腹空きました」
「ふぅん。ま、どうでもいいけどさ。名乗るよ」
里津は一振りだけとなった曲刀を突き刺すようにして夏世と将監へと指し向ける。
「序列五百五十位、モデル・シャーク。占部里津」
名乗れよと里津のかけた視線の圧が、二人を隣り合わせる。
「モデル・ドルフィン。千寿夏世」
「伊熊将監。序列は── いいや、何番かはもうどうでもいいぜ。テメェらぶった斬ってまた変わるだろうしよ」
「何言ってんの、オッサン。アンタの前にいるのが誰かわかってないみたいだね。序列五百五十位のアタシに喧嘩売る意味、わかって言ってんの?」
「安心しろや。正しく理解してんよ。『テメェがここで死ぬ』、だろ?」
自ずと獰猛な笑みが浮かぶ。こういうやつをぶっ倒すのがいいのだ。
「…………いい度胸じゃん。どんな顔して泣くのか、すぐに見たくなってきたよ」
「テメェの泣き顔に興味はねぇよ」
「──見下してんじゃないよ。私を、見下ろすな」
三億円の賞金首(九歳赤目)があなたの家の前で倒れています。どうやら体力が限界でしばらく何をしても起きないみたいです。あなたはどうしますか?
-
二、三発撃って起こす。あなたは保脇だ
-
餌付けして事情を聞く
-
身包み剥がして放置する
-
無視して寝る。あなたはブラック企業勤めだ
-
まったく小学生は最高だぜ
-
かぐ