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『狐狩り事件終了報告書』
二〇三〇年十二月末のステージⅢガストレア『アンセル』と同ガストレアを感染源としたガストレア七十三体による東京エリア第三十五〜四十三区における破壊行為、および関連する犯罪組織スポロシストに関する報告。
同年十二月中旬から同ガストレアによる感染事件が多発していたが駆除されず、同ガストレアは同月末に外周区で感染爆発を起こし、我堂民間警備会社により駆除される。
同組織はガストレアによる器物破損を利用した保険金詐欺を主目的とした集団であり、同事件においては同ガストレアをエリア内に放流し、民警の捜索を妨害した。同組織は櫃間篤郎警部主導で一斉検挙された。
第三十五〜四十三区は感染者ガストレアによる破壊行為を受け、地域住民の一時避難に伴い、不法滞在ならびに違法活動を行なっていた八百名が保護及び取り締まりを受ける。
同事件に関連して以下の民警の序列が変動。
伊熊将監、千寿夏世ペア──同事件主要被疑者の拘束など事件解決への貢献が認められ、序列を千五百八十四位に昇格。
我堂長政、壬生朝霞ペア──ステージⅢガストレア・アンセルの駆除をはじめとした戦果が認められ、序列を二百七十五位に昇格。
倉本鎮雄、占部里津ペア──同事件の主要被疑者として序列剥奪。伊熊将監、千寿夏世ペアとの戦闘でプロモーターは死亡する。
プロモーター倉本鎮雄は複数の犯罪への関与が認められるが被疑者死亡により不起訴処分。
イニシエーター占部里津は、同様に犯罪への関与が認められるがプロモーターおよび同組織による教唆が立証される。序列剥奪処分とし身柄をIISO預かりに。
以上
伊熊将監は狐狩り事件での五百五十位という高位序列者への戦闘勝利が広まり、『闘神』の異名がつく。
聖居は外周区住民の避難受け入れと自立支援政策を発表。
東京エリアは中止していた外周区の復興計画を再度検討、下水道区画などにガストレア用の監視カメラを設置する。
イニシエーター荊都椋は第三十五区ゴミ処理場で遺体が発見される。
「この報告書、ウソばっかじゃん。なにこれ?」
透明なアクリル製の壁に貼り付けられるように見せられた報告書を読み終わって、荊都ムクは思わず声のトーンが素になってしまった。
報告書を見るムクの目の前にはヒフミがいて、壁越しに微笑みを投げている。
ムクは戦闘終了後、病院で治療を受けた。そこそこの重傷をイチカに負わせられていたので一週間はベッドの上で拘束。抜け出そうと思えば抜け出すこともできただろうが、実を言うともう何をする気も起きなかった。ただ虚無の時間を過ごして、来るだろう死刑宣告を待っていた。
退院したら黒服の大人に連れられて留置場に移送された。既に自分が行った悪事は隅々まで暴かれているだろうから、遠からず起訴が行われて死刑宣告か、あるいは『呪われた子供たち』であるから権利なんて最初からなくて裁判をすっ飛ばして処刑か。ムクとしては留置所送りにされるなど初めてのことなので、建前と実態にどれだけの乖離があるのか見当もつかなかった。
いつもと同じようにただ無駄な時間を過ごそうと思考を止めていたら、さっそく現れた留置担当官に連れられて面会室へと押し込まれた。とうとうことが進んだのかと思いきや、向こう側の椅子に座っていたのは黒セーラー服を着た楝ヒフミだった。
「ムク死んでることになってるけど……なに? 裁判はどう処理されるの? すっ飛ばして死刑?」
「や、君は死刑にはならないよ」
「はあ、狐狩りの中心にいたんだけど」
簡素なパイプ椅子に座りながら眉を曲げて睨みつけるが、ヒフミから返ってくるのは薄寒い微笑みだけだ。
「何言ってるの? 荊都椋はスポロシストとは一切関わりがないんだよ」
「……あー、赤目がエリアを攻撃したって事実は、闇に葬り去ったわけね。不都合な真実はもみ消す。汚いニンゲンだねオマエ」
ムクの本命はガストレアによるテロではなく、その後に起こるだろう分断にこそある。荊都椋というイニシエーターがエリアに危険をもたらしたという構図自体が爆弾となりうるはずだった。それを、みすみす見逃しはしなかったらしい。
「なにさ。オマエ、ムクをどうしたいの?」
「ちょうど成熟した子が欲しかったところなんだ。キミ、いいお母さんになれそうだし」
「は?」
ムクはぎょっとして自分の身を抱くようにして腕を交差させる。パイプ椅子の上で縮こまるように体を曲げてヒフミを睨み上げる。
「……ヘンタイ」
「あーあー、待って待って? これは比喩ね。お母さん役ってことで」
「ヘンタイ」
「違うんだよー」
ヒフミが慌てて手を振り回して否定するが、ムクが警戒心二百パーセントの視線で射抜き返すと萎れたように動きが止まった。ゴホンとわざとらしく咳をして仕切り直す。
「今、厚労省と警察庁が権力争いをしてるんだ。『子供たち』の取り締まりをどっちが担うかを決めたいんだって」
突然の省庁間権力抗争にムクはぽかんとする。
「はぁ」
「厚労省は生まれてくる『呪われた子供たち』全員に侵食率の検査を正式に義務化しようとしてる」
「それ、必ず出てくる危険域のやつらを、力づくで取り締まる必要があるよね」
「そう。だから厚労省は『子供たち』を戦闘員として雇おうとしてる」
「でもそれ……」
疑問が湧いてムクの声音が薄まったのをヒフミが頷いて引き継ぐ。
「警察庁は黙ってないだろうね。……昔も警察庁が昔バラニウム武器の配備を行おうとしたんだけど、いろいろあってご破産になってしまいまして。でもまだ諦めてない人たちが、今もまだまだたくさんいるわけです。赤目を取り締まるのは我々だーって。現制度だと『子供たち』が事件に絡むと民警を通さないといけないからねぇ。感染の機会が少しでも認められると、処理の問題上どうしてもそうなってしまう。そこに厚労省も口を出す権利を得ちゃったら、目の上のたんこぶが二つに増えちゃう。向こうとしては死活問題です」
何がおかしいのかヒフミがくつくつと笑う。
「でも近いうちに、警察の権威は崩れる。そのときに、強力なイニシエーターがいてくれるとコトがスムーズに進むと思わない?」
押し黙るムクを見つめ返してからヒフミは微笑みを消した。
「免罪の代わりに裏で働けってこと?」
「裏じゃないよ。この部隊は表で稼働する」
ムクは耳を疑う。
児童労働が違法という認識はもはやこの時代には残っていないのだろうか。あくまで民間が、それもアンダーグラウンドな領域で民警として『呪われた子どもたち』をガストレア駆除に従事させているとはいえ、国が堂々とやるのは後々の倫理的リスクを生むはずだ。なりふり構わない扱い方は比較的に安定している東京エリアにはとても似合わない。
「キミは特異な存在ってわけじゃない。キミと似た体験をし、似た怒りを抱えている子供たちは多い」
そりゃそうだろう。ムクは目を伏せるだけで返答とする。向こうもまともな返事を必要とはしていないと分かっていた。
「だからなんだよ。ムクにも我慢しろって」
「百五十人」
すぐには理解が追いつかない。
「『荊都椋』の数だよ。そのうち五人が現在進行形で過激な活動を行っている。漏れなく監視中だけどね」
「……そっか。やっぱりムクは正しかった。ムクを倒して牢に閉じ込めようが首を吊ろうが関係ない。次の弾丸はもう装填されてるんだ」
思わず乾いた笑いが出た。そうか、と繰り返す唇は虚しい。自分を倒したイチカに少しくらいは報われた気分をやってあげてもいいかななんて思っていたが、ムクの意思とは関係なく、やはり無駄な行為だったのだ。
「狐狩り事件の真相は一部の人間には伝えてあります。隠し切れなかったと言った方が正確かもしれませんが」
ヒフミは居住まいを正してムクを真正面から見下ろす。
「あなたのようなリスクはこのエリアにはまだまだ存在する。それを彼らは知った。放っておくことはできない。かけていい時間は思ったよりも短い。ことを起こすなら急がなければならない。
聖天子様のように『呪われた子供たち』を保護したい勢力、天童菊之丞をはじめとした赤目を排除したい勢力。管理したい勢力。……彼らの争いは加速して、『結果』が出るまでの待ち時間も短縮された」
「……ムクの自暴自棄を利用したな」
「利用できるものはしますよ。余裕なんてないんだから」
申し訳なさそうな空笑いが面会室の硬質な壁に響く。
「結果から言えば、今回の騒動でガストレアの脅威を一番身近に感じたのは外周区の住民だった」
外周区で暮らしていたムクにはわかる。彼らが外周区暮らしをする理由は、内地に住む力がないか、暗い身の上か。外周区は警察もなかなか手を出せないから、犯罪者も巣窟にしやすい。
それが、今回の狐狩りで崩れた。
彼らはガストレアに住む場所を再び追われ、そこに内地から支援の触手が伸びる。支援を足がかりに内地での自立を目指すものも出てくるだろう。それでも残ろうとするのは支援の手を取れない犯罪者か、大人を信用できなくなった赤目くらいだ。人が減れば、外周区で独自に築いた社会構造には強烈なリセットがかかる。再開発に関しても反対住民は問題にならないほど勢力を削がれているから、今まで以上に奥深くまで入り込むかもしれない。
「外周区地下空間をはじめとした各所も整備されるでしょう。もともと、地上以外に手が回っていないのは住民の抵抗だけでなく、関係者の足の引っ張り合いのせいでもあった。どっちが整備したかで、その区画においての大勢が決まるからね。それが今回の事件でリスクが明確になったことで、整備するという一点において両者は結託することが可能になった。
すぐに復興するわけじゃないけど、公私問わず手が伸びることは保証する」
「理想的にはそうかもしれない。でも、受け入れるキャパも有限なんだ。今までやっていなかったのは怠惰だからじゃなく能力に限界があったからだろ。どうやったって漏れる奴は出てくる。ムクがやろうとしたことは、一人でもできるよ。起点は一人で十分なんだ」
「これから、そういう子供達をキミは下すことになる。そのとき可能な限りその子達を引き込んで欲しいんだ」
思わぬ提案に困惑する。相手取るのは、言ってしまえばエリアの不穏分子だ。それを取り込むやり方に脳が理解を拒む。万が一反乱でもしたら……。
「社会の枠組みの中に『子供たち』を入れ直すんだ。表でできなかった分をキミがやる。孤独じゃないと伝えて欲しいんだ」
「要は帰属意識を持たせて飼い慣らそうって魂胆かよ」
「──キツネの正体」
ぴしゃりと差し込まれたヒフミの言葉に、ムクは喉が引き攣りそうになった。
「キツネの正体も、調べはついてる。キミがそれを必死に調べたことも知ってる」
「…………ガストレアを研究したいって思ったら、サンプルはどこから持ってくるのが一番楽で損が少ないか。……未踏査領域でハント? 違う違う。エリアには『子供』がうじゃうじゃいる。そいつらを捕まえて、適当に侵食率を上げればいい。それが最も簡単な手段。ある程度因子も選択できるしね」
「あのキツネも、そうだったんだね」
「ムクは、あの腐れ外道から依頼を受けたとき、適当に証拠を集めて警察に突き出そうと思ってたんだ。でも、フタを開けてみたら……なんか、いろいろとぽっきり折れちゃった。違ってくれよって調べても、何度調べても結果は意図的に形象崩壊させられた子供。
なんなんだろうな。ムクが命張ってエリア守って、その報いがこれかって。……まあ、別に正義感でガストレアを殺してた訳じゃないけどさ」
「キミが狐狩りに加わった『理由』は自暴自棄だ。キミが自暴自棄になった『理由』は自分の生命に価値を感じられなくなったからだ。無価値感の『理由』は幸福ではないからだ。この世界に『偶然』なんてものはひとつも存在しない。『そうしたほうが、都合がいい』。原因があるなら対策のしようがあるし、対策自体に意味が生まれる」
「…………」
「そしてキミたちが幸せにならなきゃいけない『理由』は、社会を平和に運用するのに必要だから。捨てるには惜しいものを、失うモノを一人残らず持ってもらう。利用目的の帰属意識だろうが、構わない。この網から逃す気はないよ」
「…………だから、イチカを立ち直らせたの?」
ヒフミは答えない。
「愛と絆は人を動かすからね。有効に扱うべきだ」
「言っとくけど、ムクはそんなに強くないよ? せいぜい中の上くらいが良いとこ。……いや、違うか」
ムクは顎に指を当てて考えを引っ張り出す。
「オマエもそれを理解した上での提案だな? それなりに強力で、だがいざとなれば処分できる程度のイニシエーター。オマエが欲しいのはそれで、ムクがそれなんだ」
ヒフミが固まるのを見てムクはほくそ笑む。
「人間が赤目に抱く恐怖は『いつガストレアになるかもしれない』ともう一つ、『強すぎる力が自分達に向くかもしれない』がある。前者は侵食率検査である程度カバーできる。そして後者を対処するのも簡単だ。要は人間側に赤目を簡単に制圧できる力があればいい。例えば、オマエが言ったバラニウム装備の警察とかね」
ヒフミは薄く息を吐いて、目を伏せる。まるで良心が傷んでいるような。ムクにはそれが中途半端に良心なんてものが残っている振りに見えた。
「オマエ、ムクが内部で反乱を起こすのを期待してるだろ。ムクの暴走を原因として、それを制圧可能な力が警察にあるとアピールすれば人間たちはその力の必要性と、その力があることで安心感を得る。なんでか知らんけど落っこちた警察の威信ってやつも、これ幸いと回復する。いい流れだね。随分と都合がいい流れだ。大事なのは順番なんだ」
「……別に期待はしていないよ。私としても『子供たち』の部隊がそんな理由で解散するのはあまり良くない。ただ、そうなってもいいとは思っているだけ。『子供たち』を利用した武装組織は上手くいかなかった。その前例は官民問わず効果を発揮してくれるだろう」
「オマエ、冷たいね」
「体温は高めらしいよ。汗っかきなんだ」
「聞いてねーよ、んなこと」
天井脇に設置された蛍光灯がジリリとノイズを立てながら明滅する。
「侵食率検査を前提とした範囲を限定した人権の付与は、最初から万全の人権を保障するよりも『奪われた世代』からの反発は少なく済む。そうやって少しずつ受け入れ、芽生えた人権意識はやがて、年端もいかない『子供たち』を部隊に編成させるっていう、倫理的観点からすれば致命的な瑕疵を問題として機能させる。
そんな隙を見逃さない人たちがいる。政治家だ。それも天童菊之丞の流れを汲まない、天童菊之丞を引き摺り下ろしたい勢力の。彼らは自分たちの覇権のために、その瑕疵を利用してくれる。『子供たち』の権利を保障することが彼らの利益になる構図が出来上がる。動機はどうあれ、形はどうあれね。……三代目は立派だけど、いつかは天童菊之丞から脱却しないといけない。そのいつかで、厚労省主導の悪しき赤目部隊っていう題目は美味い釣り餌となってくれるだろう」
ヒフミは続ける。
「『子供たち』が制御不能な『化物』ではなく、制圧可能な『犯罪者』として矮小化できれば、多少の恐怖で民衆は暴走はしにくくなる」
「それは、悪く言えば赤目を舐めて見る奴らが増えるってことだ。別に差別は恐怖だけで起こるなんてことはない。軽視する気持ちでも原因になる。軽率に暴力を振るう連中が今以上に増える。こっちだって、やられっぱなしじゃいられない。やり返さなきゃっていう、至極当然の論理によって暴動が起きるよぉ? ……ああ、こっちか。こっちを警察の部隊で制圧させるのもアリだな」
「それに関してはバランスの問題もあるけどね。呆気なく子供たちが制圧されてしまえば、軽視する感情は勢いを増してしまう。逆に警察が無力であれば、やはり恐怖の感情が勢力を増して、致命的な分断が発生してしまうかも知れない」
沈痛げに声を湿らせるヒフミを見てムクは鼻で笑う。
「なんか残念だな。天童だっけ。政治云々の教育受けてる割には片手落ちだ。オマエのいったあれこれは長期的には機能しない。子供を管理する制度ができれば、それは社会の安定に繋がる。でも対立構造を固定するのと同義だ。いつか大人になった赤目が、そのストレスに反発して今度こそ致命的な暴走をする。
侵食率管理も完璧な解答とは言えない。その数字が確かなものだと証明し続けなければいけなくなるし、その証明を崩すことは簡単なくせして、一度崩れれば元には戻らない。だって信用がベースだから。全部全部、短期的なものだ。百年と続かない安定だよ」
そこでムクは言葉の続きを失う。違和感があった。見据えている先が違う気がする。
「まあいいや。クソ溜めのエリアなんて守ると思う? ムクが?」
「今すぐ決断ってわけじゃない。ただ、そういう選択肢がキミにはまだあると伝えたかったんだ」
「救済処置のつもり? ムクは大悪人なんだよ。今すぐ罰するべきだ。公表すると混乱するからっていうなら、秘密でも罰を与えるべきだ」
「私はキミの心情に寄り添って行動はしない。被害者の心情にも。罰が欲しいなら、私の示した選択肢を罰と受け取るといい」
「無意味なことを強制するのは確かに罰になるだろうね。吹けば飛ぶような安寧を、必死こいて続けられると思ってるの?」
ヒフミはかぶりを振ると、ムクを見返す。
「続けられるかじゃない。続けるんだよ」
「意味なんてない」
「あるよ。だって、世界はまだ終わってなんていないから。終わらせたくない人がいっぱいいるから。だから、意味はあるんだよ。あなたにも」
ヒフミの瞳孔に広がる底のない夜を見て、ああ、とムクは納得する。
こいつは夜に囚われているのだ。狐狩りでヒフミを殺さねばと感じたのは、ムクにとって障害となるからではなく。
「オマエ、ヒトの心を、命をなんだと思ってるの?」
「この世で最も尊いもの。何者にも侵されてはならないものだよ」
「それを、オマエは利用してるんだよ。善人のつもり?」
「そんな訳ないじゃない。悪人だよ」
そう言い残してヒフミは立ち去る。
ムクは一人残された面会室のテーブルを見下ろす。卓上にはヒフミが言った厚労省関係の資料が載っていた。表紙に指の腹を押し付けて捲ってみる。
ムクは内心で、イチカはきっと気づいていないだろうなとため息を吐く。
外周区での戦闘終盤でヒフミを見るイチカの目には信頼があった。でもそんなの偽物だ。天童ヒフミは救世主足り得ないし、おそらく本人もなれると思っていない。そのくせして妙な動きだけはする。罪悪感か義憤かは知らないが、その行いの先に待っているのは破滅しかない。
天童ヒフミこそ、世界を破滅させる魔女なのだ。たった今の対話で、そう確信する。
ムクは書類の中から契約書を見つけると、両手でつまんで持ち上げてみせた。
背もたれに寄りかかって文面を読み終えると、目を閉じて深呼吸する。そして自分が笑っていることに気付く。
──おそらく、この選択の先で自分は再び氷鷺イチカと対峙することになる。
今は少しだけ、そのいつかを楽しみに思えた。