また、当SSは完結作品『とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)』の番外編です。未読の方は下記よりどうぞ。
【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)
「…………もう、いい加減にしてほしいですわ」
──四月一日、一二時。
日差しが差し込む窓の向こうに視線をやって、その少女はうんざりとした感情を隠そうともせずに呟いた。
窓の外──即ち彼女が寝起きする学生寮の中庭にあたる場所では、複数の少女達が馬鹿騒ぎをしていた。何やら仮装をしているらしき少女達が掌から火の玉を出したり、水を出したりといった乱痴気騒ぎ。
……一般的な価値観で言えば乱痴気騒ぎで済ませてはいけないような光景が繰り広げられているが、この程度であれば
そう。
この街では。
「あのように騒ぎ立てて……常盤台生としての品位が疑われますわ。あのツラ、新二年生ですわね……。アレでは新入生に示しがつかないではありませんの」
そうぼやく少女は、台詞を聞かずとも顔を見ただけで神経質であることが分かる表情をしていた。
前髪にふわりとしたエアインテークがある、金色の長髪。肩にかかる部分がゆるくロールしているところと言い、明らかにお嬢様めいた風貌であるが──
宝石のようなサファイア色の瞳を持つ眼は鋭く細められており、そこが彼女の神経質さを際立たせていた。──まるで、昔話に登場するイジワルお嬢様──
「……いやいや、休日にイベントが重なっていればああなるのも無理はありませんわよ。それより、寮監に嗅ぎつけられて折檻されては彼女達が不憫ですわ。よきところで止めて差し上げないと」
神経質そうな呟きに返したのは、呟きを放った
まるで人が変わったような──いや、自分同士で対話するようなちぐはぐな状況だったが、それに言及するような者はこの場にはいない。
神経質な美貌も印象的ではあるが──より印象的なのは、両手両足を包むドレスグローブとサイハイソックスだろうか。
右手に白、左手に黒のドレスグローブ。右足に黒、左足に白のサイハイソックス。互い違いの白黒を衣装に纏っている。相反する要素を備えながらも、それが調和している──そんな雰囲気を感じさせる少女。
彼女の名は、レイシア=ブラックガード。
名門・常盤台中学に君臨する三人の
異なる人格の連携により能力の出力を劇的に向上させる
この世界とは異なる世界からやってきた『
──そして御年一四歳、中学三年生になりたてほやほやの最高学年生なのであった。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
世はまさに大エイプリルフール時代っ!!!!
……なんて宣言もどうかと思うけど、実際、そんな喧騒だった。
折よく休日と重なった、今年のエイプリルフール。
学園都市はどこもかしこもエイプリルフールに沸き立っていた。
礼節を重んじる(ということになっている)常盤台中学の学生寮ですら、コスプレしたりだのの騒ぎが発生しているほどだ。
とりあえず寮内でコスプレしながら騒ぐのは『正しい制服の着用』とか『節度ある行動』あたりの校則に違反してしまうので、やめさせた後、俺達は改めて学生寮に戻ってきていた。
いやね、常盤台も色々な色々を経て多少校則は緩くなったりしてるんだけど、流石にコスプレして乱痴気騒ぎはね……。こういうのを生徒同士でちゃんと治められないと、生徒による自治効果に疑義があるとかでまた寮監によって支配される地獄が発生してしまうので……。
《ひとまず、これで安心ですわね》
窓を眺めつつ遠い目をしていると、レイシアちゃんが内心でそう声をかけてきた。
無論、レイシアちゃんのこの言は寮監を念頭に置いたものだ。何だかんだ言ってレイシアちゃんも寮監は怖いので、何だかんだ言って連帯責任で寮監にボコられるのを恐れているわけである。
《そうだね。……しっかし、エイプリルフールかぁ……。思ったより大きな騒ぎになってるね》
《まったくですわ》
俺がそう話を振ると、レイシアちゃんは呆れたように心中で溜息を吐いた。
《どこもかしこもエイプリルフール、エイプリルフール! 四月馬鹿まみれですわ!》
《ここ数年のエイプリルフール企画活発化の流れで、たまたま複数企業がこのタイミングで特別なイベントを発表しちゃったんだっけ。そのせいでSNSを中心に学園都市はお祭り騒ぎ、と……》
《それだけならともかく、お祭り騒ぎの雰囲気に流されて、SNSで色々な公式アカウントまでジョークを垂れ流す始末ですわ。
《あはは……》
俺なんかはそういう『オモシロ』の流れには普通に乗りたくなっちゃうタイプなんだけど、レイシアちゃんはこの辺『公式は節度を持てよ』という態度をとるタイプだ。
正論を言っているのはレイシアちゃんの方なので、俺は適当に笑ってお茶を濁すしかできない。
《そもそも、エイプリルフールに企業が乗っかるのがおかしいんですのよ》
おっ、色々と物議を醸しそうな発言が来たぞ。
《エイプリルフールというのは、悪戯をしたり嘘をついても許される日でしてよ? いつもと違うジョーク企画をドヤ顏で披露する日ではありませんわ》
《別にいいじゃない、悪戯や嘘が蔓延するよりは……》
《というか、民衆を巻き込むジョーク企画が頻発しているのも問題なんですのよ。さっきわたくし達が止めて来たコスプレ騒ぎだって、服飾メーカーが仕掛けたレンタルプランのプロモーションでしょう?》
《まぁ、消費者を巻き込めばそれだけ大きな宣伝効果が産まれるもんねぇ……》
確かに、顧客参加型の企画が多い部分はあるね。
将来的に、渋谷のハロウィンみたいなどんちゃん騒ぎイベントとして定着させて商機を生み出したいっていう考えがあるのかもしれないけど……。
《あ、でもエイプリルフールの企画ってだいたい一日限定だからね。大量の企業が一日限定でジョーク企画を発表したら、追いかけるのにも一苦労だなぁってげんなりする気持ちは分かるよ。イベント疲れというか》
《はぁ? そんなもの優先順位をつけて取捨選択すればいいだけじゃないですの。それで疲れるとか言ってるのは自分の優柔不断と未練がましさを棚に上げているだけですわよ》
《急に切れ味の鋭い悪口が飛んできたなぁ!?》
現代人はコンテンツの多さに辟易しちゃうもんなの!
《そもそも、コンテンツが多すぎるんだよ。前世の俺も、死ぬまでにこのコンテンツ完結まで見切れないな……と思って手を付けるのやめた作品はいっぱいあるし》
《………………、あ。……その、ごめんなさい》
………………。
う、うわあああああああ!! 地雷踏んだ!!
そうだ、俺は前世だと末期ガンで病死してるから、レイシアちゃん的にはそこをつつくような話題で舌鋒鋭くかましちゃったらしょんぼりしちゃうよね! 『前世で見ることができなかった作品に対する後悔とかもあるだろうに、それを優柔不断とか未練がましいとか言うのは配慮が足りなかったな』って思っちゃうよね!
《いやいやいや! 気にしないで! そういうことじゃないから。っていうか今謝られるまで前世のこととか忘れてたし》
いやホント、最近前世のこととかを(『正史』関連以外で)思い出すことはとんとなかったからなぁ……。正直、前世の誕生日すら段々と曖昧になりつつあるよ。
《それより、コンテンツの多さに辟易するとかじゃないなら何でレイシアちゃんはエイプリルフールのイベントがそんなに気に食わないのさ?》
《気に食わないという訳ではありませんけども……。単純に、乱痴気騒ぎのネタにされている感があるというか、企業にノせられている気がするんですのよ》
《あ~》
レイシアちゃん的には、そういうプロモーションにまんまと引っかかったら負けた気分になるわけか。
サンタの服が赤いのは有名な炭酸飲料会社の宣伝の結果とか、全国的に節分の日に恵方巻を食べるようになったのはコンビニ会社のキャンペーン由来とか、企業主体のプロモーションによって新しい常識が根付いたケースは枚挙に暇がない。
レイシアちゃんとしては、そういうのに乗っかるのが『企業の思惑にまんまと嵌まったマヌケな不特定多数その1』になるみたいでプライドが許せないのだろう。俺的には、別に分かった上で楽しければ乗っかってもいいじゃないと思うんだけれども……。
《まぁ、エイプリルフールの場合は『嘘』とか『悪戯』ってテーマがある分、企業とか公的機関が乗っかったら混乱を生むケースもあるし、分別を守らないといけないのはその通りだね》
さっきも話してたけど、実際に既に
そこの懸念については、レイシアちゃんが漏らしている不満もあながち間違いじゃない。
《じゃあ、この後はどうする? どうせ外に出てもエイプリルフール騒ぎだろうけど……》
《そこは構いませんわよ? 企業に乗せられているバカな連中を眺めながら散歩するのも悪くありませんし》
《シンプルに性格が悪い》
流石は悪役令嬢。
《……それに、自室に籠っていたら鉢合わせするかもしれませんしね》
そう言いながら、レイシアちゃんは座っていた椅子から立ち上がり、ハンガーにかけられていた制服のジャケットに袖を通す。
そそくさ、と表現するのが正しい速さで学生鞄のある机まで歩いていくが──俺としては、そうしたくなるのも無理はないと思っていた。
俺達がいる部屋は、二人部屋だ。
これはもちろん人格を一人にカウントして二人部屋にしてもらっている訳ではなく、つまり俺達にはルームメイトがいるということ。
もっとも、そいつは頻繁に外出していて普段は滅多に顔を合わせることもないのだが……。
「やぁ、久しぶりだな。今帰ったよ。……おや、出かけるところだったのか?」
…………こういう時に限って、顔を合わせることになるんだよなあ。
「そうですわよ。街はエイプリルフールですもの。イベント気分を満喫するんですわ」
「その割には乱痴気騒ぎの下級生を宥めたり、自室で文句を呟いていたり、エイプリルフールに含みがあったようだが?」
「
ルームメイトに開幕で掴みかからんとしたレイシアちゃんを全力で引き留めつつ、俺は改めてそいつの方へ視線を向ける。
そこに佇んでいたのは、俺と同年代くらいの少女だ。
銀色のストレートロングヘアを太腿のあたりまで伸ばした、飄々とした美少女。エメラルドグリーンの瞳は常に楽し気に細められているが、目の奥は決して笑っていない。
老獪なようにも、幼稚なようにも、楽しんでいるようにも、不機嫌なようにも見える──それが、俺達のルームメイトだ。
ちなみに、名前はアレイスター=クロウリー。
こんなナリでも実年齢はざっくり一〇〇歳を超えていて、巷では世界最高の科学者とか世界最悪の魔術師とか言われていたりする。ついでに、この学園都市の統括理事長を務めているのだった。
…………ああ、そうだよ。
俺達のルームメイトは、クソったれのアドリブ馬鹿野郎アレイスター=クロウリーなのである。
◆ ◆ ◆
「それで。このタイミングで戻ってくるとはどういう吹き回しですの」
「ああ。実はイギリス清教で内紛が起きてね。今、スコットランド派閥とオーストラリア派閥で激闘が繰り広げられているんだよ」
「はァ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!? それマジですの!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
「いや、嘘だが……。今日はエイプリルフールだぞ、
…………ベッドの上で四月馬鹿野郎にキャメルクラッチを仕掛けること数分。
「…………それで!! このタイミングで戻ってくるとは!!!! どういう吹き回しですの!?!?!? 次は『亀裂』ですわよ!!」
「げぶぅ……。……ああ、面白いものを見つけたからな……。確認してみたら使っていないようだったから、紹介しようと思ったんだ」
そう言って、アレイスターはスマートフォンを取り出してこちらの方に画面を見せてくる。
スマートフォンの画面には、『
ああ、ね……。
「これ、知っているかね? 『
「これなら知ってますわ。フレンダのやつがSNSで『鯖缶の私物化だ! 検索汚染だ!』ってキレていましたので」
「きみら、SNSで繋がっているのか……」
そりゃあ、フレンダさんとは色々と行動を共にすることも多かったしね。連絡先も交換しているし、フキダシのアカウントも知ってる。
なので
「
「そのくらいは分かりますわよ。魚はサバのことを意味する……みたいな話を聞いたことがありますし」
「まぁ別段変わったアプリではなく、SNS連携型の診断アプリみたいなものだな。SNSアカウントと紐づけて任意の名前を入力することで、『誰それと結婚しました!』というメッセージと共に、ダミーの婚姻届の画像を生成することができるだけだ」
へー。そんなアプリなんだ。
使ったことないから知らなかった。それだけだと、ただのジョークアプリでしかないと思うけど……。
「これを使って友人同士で結婚報告をするというジョークがSNS上で流行っていてね。主に女性ユーザーの間で、だが……。しかし少々問題が起きていてな」
「問題ですの?」
首をかしげるレイシアちゃんの言葉に、アレイスターは頷いて、
「ああ。システム上、アカウントを持たない人間との一方的な結婚報告もできてしまうんだ。匿名なのをいいことに片想いの相手との婚姻届を作成する……だけならともかく、有名人のアカウントを狙い撃ちにしたジョーク結婚報告や、それを真に受けて第三者が真実として拡散してしまう……といった混乱が問題になっているんだ」
「お、愚かですわ…………」
愚かは言い過ぎかもしれないけど、なんかこう、そんな些細なところから問題になったりするんだなぁ……っていうのはあるよね。
今のところ派閥関係の情報網でも俺達の耳に入っていないあたり、そこまで大問題というわけではないみたいだけど。
で、問題になってるのは分かったけど、その程度の話をどうして統括理事長が話のタネにしに俺達のところまで来たんだ?
「このアプリの運営会社、別にわたくしの家とは関係ないみたいですし、GMDWにも関係ないところのようですわよ。単なるベンチャー。わたくしに話を振ってもどうにもできないと思いますけど」
「ああ、気にしないでくれ。そういう助力を求めたい訳じゃない。というか、そういう裏からの根回しが必要なら私が自分でやった方が効率がいい」
「それはそうですけど。……では、何故わたくしにわざわざ話を振るのです?」
「いや、それがな……」
アレイスターがそこまで言いかけたところで、アレイスターのスマートフォン上に表示されていた『
「ふむ、ようやくか」
明らかに唐突な出来事だったが、アレイスター的には予想通りの動きだったみたいだ。
事態を量りかねている俺達に対して、アレイスターは平然としながら、
「なに、不思議な話ではない。単に、社会の混乱を危惧して、
「あー、そういうことですの……」
まぁ、有名人を巻き込んで多大な誤解を生んだりしたら大変だもんね。
『エイプリルフールにハメを外しすぎたせいで問題が発生した』ってなったら他の企業もエイプリルフールイベントを出しづらくなるし、そういう意味でも地味にかなり規模の大きい問題だ。
「…………ですが、余計に解せませんわ。アナタの態度からして、こうなることは分かり切っていたんですのよね? それならどうして予定調和で潰れたイベントの話をわたくしに……?」
「では此処からが本題だ」
アレイスターはようやく話したい話題に入れるとばかりにベッドに座り直し、それからスマートフォンを操作し始める。
「このアプリだが、実はとある魔術師が関わっていてな」
「…………魔術師、ですの?」
それ自体は、まぁ珍しいことでもなんでもない。
R&Cオカルティクスみたいなのもいることだし、今の時代に科学と魔術のラインなんて無粋なものは存在しないのだ。
ただ、アレイスターの『本題』が此処にあるのだとすれば……。
「その通りだ。この魔術師の扱う魔術というのが、少しばかり厄介なものでね」
そこで、俺はアレイスターの態度に違和感をおぼえた。
なんというか……呼吸がどこか揺れているというか……浅いのだ。身体の芯も、よく見ると安定していない。たとえるならば──重傷を庇っているような、そんな態度。
「……アレイスター、アナタ」
思わず立ち上がって脇腹に触れてみると、銀髪の少女は小さく呻き声をあげた。……やっぱりだ。こいつ、何か傷を負っている。
ってことは…………。
「お察しの通りさ。魔術師アレイスター=クロウリーは既に敗北している。というより、アレに勝利することは不可能と言ってもいいな。相性が悪すぎる」
「せめて本編前に負けておくのはやめてくださる!?」
お話が始まってから負けろよ! いくら敗北野郎っつってもさぁ!
……まぁ、アレイスターのおバカが知らないうちに負けているのはもはや今更だからいいとして……。相性が悪すぎる相手が出て来たから、俺を頼った、ってことか……? コイツの手管から言えば、そういう手合いにはまず当麻さんや
「仕方がないと言わせてもらおうか。私とて、最初から前線に立っていた訳ではない。不可抗力だったんだ」
「? どういう意味ですの」
「いや、なに」
アレイスターは(表情だけは)涼し気にしながら、
「──上条当麻もまた、敗北している。殺されそうになった彼を逃がす為に止む無く参戦したんだ。むしろ感謝してほしいくらいだがね?」
……………………。
これに対する俺のリアクションは、一択であった。
「嘘ですわよね!?」
「残念ながら、本場イングランドのエイプリルフールは午前中までらしいぞ」
まるっきり既読者向けのお話になるかと思いますが、しばらくお付き合いよろしくお願いします。