変身ヒロインのお助けヒーローですが、何故か怖がられています。   作:バウム

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第十話『覚醒』

 『……?』

 

 悪魔が最初に感じたのは違和感、先程食った少年の肉体が胃の中で蠢く感触だった。

 とはいえ、悪魔の胃酸は人間のものとは比較にならない程物を良く溶かす、故に溶けた少年の肉体が揺れたのだろうと大して気に留めていなかった。

 しかし、しばらくその感触が続いた事で悪魔もいよいよ明確に疑問符が浮かぶ。

 

 『何だ? 腹が……』

 

 すると、にわかに悪魔の中から苦痛が走り始める。

 もう一人の魔術師を探す足を止めて両手で腹を庇うように蹲り、灼けるような気分の悪さに嫌な汗がどっと流れ始めた。

 

 『ぐえっ……!! グッ、こ、これはっ……!?』

 

 悪魔の中で暴れている何かはどんどんとその体積を増していき、遂には胃壁を激しく蹴りつけるような鋭い痛みが走り始める。

 自分の内側から何かが出てこようとしている感覚に、悪魔はもしやと思い至った。

 

 『奴め、まさか再生魔術を――!?』

 

 そこから先は言葉にならなかった。

 悪魔の内側から生えて来た一本の腕が、そこから流れる夥しい赤い液体が、悪魔に言葉を紡がせなかったのだ。

 ずるり、ずるりと悪魔の臓物が流れ落ちる中で、一人の人間が最後に悪魔から流れ落ちて来たのだ。

 

 『……ばっ、馬鹿なッ!』

 

 傷口を再生させながらも、口から血を吐く悪魔は戦く。

 そこには上半身と下半身を確かに噛み千切ったはずの人間が五体満足で自分の目の前に立っている――だけではない。

 最早搾りカス程度の魔力しか感じられなかった少年から、今まさに青いオーラとして魔力、いやそれ以上に純粋なエネルギーがその身体から迸っていたのだ。

 

 『信じられん、使えたというのか……!?』

 

 そのエネルギーに、悪魔は心当たりがあった。

 それは、悪魔含む怪異たちが常に狙っている馳走、脆弱な人間の身体の奥に潜む、己が力を更に高める為のエネルギー源。

 大半の人間が生涯それに気づくことなく死んでいき、まさに宝の持ち腐れと言える、究極に至る為の力。

 

 「…………」

 『魂を……!』

 

 瞳まで青く輝いている少年を、悪魔は今初めて『獲物』ではなく『敵』だと認識した。

 

 「フッ!」

 『ぐはっ!?』

 

 次の瞬間、ドンッと音がしたと思ったら悪魔の頬に少年の拳が深々と突き刺さる。

 しかし少年の拳も反動で指がひしゃげてあちこちに曲がり、拳も文字通り砕けている有様だった。

 

 『グゥ、舐めるなガキが!』

 「がっ!?」

 

 たたらを踏んだ悪魔だったが、すかさず返しに両手を握りしめた振り下ろしで少年を地面に叩きつける。

 勢いよく射出された少年はそのまま地面に赤い染みを作り出したが、また即座に拳含めた全身の傷を再生させて、悪魔に殴りかかった。

 

 

 ☽~~~☽

 

 

 このままじゃキリがない、冷徹なまでに冴えた頭が現状を解析する。

 魔力ではなく、自らの『魂』そのものを力の源とした『身体強化』は最早先程とは比べ物にならない程に力が溢れ、どんな傷も瞬く間に治っていく。

 しかし、これ程の人外の力を以てしても悪魔との戦いでは何とか互角の殴り合いを演じるので精一杯だった。

 

 「でりゃあ! だぁぁ!」

 『ぐあっ!? ぐぎっ!?』

 

 俺が自分の腕を壊してまで悪魔をタコ殴りにしても、しばらくすればその傷は回復してしまう。

 今も渾身のラッシュを悪魔にお見舞いしても、出来るのはせいぜい表皮を突き破って血を流させるくらいであり、明らかに俺に跳ね返っているダメージと比較して傷が浅い。

 

 『フンッ!』

 「ぐわぁぁ!?」

 

 一方で悪魔の方は軽く腕を払うだけでも命中すれば俺の身体はぶっ飛んでいくという理不尽ぶりである、この差はやはり、体格差と共に生じる質量の差だった。

 今の俺がどれだけ力に溢れていても、拳による打撃では決定打を与えられない。

 何か武器になる物は無いかと辺りを見回しても、周囲にあるのは崩れた校舎の瓦礫だけ――待てよ、瓦礫?

 

 『死ねい!』

 「食らええっ!」

 

 俺は傍に在った鉄筋コンクリートの大きな塊を突撃してくる悪魔に対して思いっきりぶん投げる。

 

 『ぐおおおおっ!?』

 

 すると頭部に塊をぶつけた悪魔は先程よりも深い苦痛の声で額を抑えた。

 これだ、と俺は周辺の瓦礫をぶん投げつつ再び実験室まで跳躍すると、今度は火の付いた瓦礫を投擲し始める。

 その際に腕に火が燃え移り始めたが、ぶん殴る度に粉砕する腕に比べれば些細な苦痛であった。

 

 「だだだだだだだ!!」

 『ぬぅぅっ!? ぐっ!?』

 

 しかし、悪魔もただ黙ってやられているわけではない、両腕で自分の頭をガードすると強引に瓦礫の中を突っ切ろうと走り出してきた。

 奴がここにたどり着き、この攻撃手段も使えなくなってしまえば、俺の命運は今度こそ尽きてしまうだろう。

 

 「くっ!?」

 「カァーッ!」

 

 だが、ここで思いもよらぬ幸運が起こる。

 悪魔の走りに驚いた近場のカラスが俺に向かって飛び立ったのだ、そして丁度俺の頭上を通り過ぎる際に、一枚の羽根を落としていった。

 俺はひらひらと舞う一枚の羽根にすかさず手を伸ばし、それをつかみ取る。

 

 「……最初に覚えた魔術がこれで良かったぜ」

 

 拳の火が羽根に燃え移り、それと同時にいよいよ悪魔が俺の目の前に迫り、渾身の一撃を加えようとしてくる。

 俺はすかさず羽根を悪魔に向かって掲げると、その呪文を唱えた。

 

 「『くらましの影』!」

 『何っ!?』

 

 火の付いた羽根が次々と増えていき、悪魔の顔目掛けて殺到していく。

 所詮幻影にすぎないそれは、ただ燃えているように見えるだけの、熱を持たない羽根である。

 しかし、先程全身を焼かれた経験を持つ悪魔は一瞬それに怯んで反射的にガードした――ガードしてしまったのだ。

 

 「うおおおおおお!!」

 

 俺はそれを見届ける間もなく足元に転がっていた、半ばから折れて煤けていた剣擬きの鉄塊の柄を再び握りしめると、ありったけの『物質強化』をそれに流し込み、悪魔に向かって駆けだす。

 直後にバキンと嫌な音がしたためチラリと鉄塊を窺うと、なんと鉄塊はあちこちひび割れて明らかに全壊していた。

 

 「なっ――!?」

 

 俺はその様に思わず驚愕の声を漏らす――ひび割れた箇所から青いエネルギーが溢れ出し、それがより大きな剣を模っていたからだ。

 それを見た後に再び悪魔に顔を向けると、崩壊した実験室の縁に足を掛けて悪魔の頭上よりも高く跳躍し、剣を振りかぶった。

 

 「いっけえええええ!!」

 『ぐあああああああ!?』

 

 青い刀身は悪魔の肉体をどんどん進んでいって、一筋の青い線を書く。

 地面に着地して剣を振り切り、鉄塊が完全に砕け散ってそれと共に刀身が消え失せると同時に、悪魔の身体に走った線が膨張してその身体を爆発四散させた。

 

 「フウーッ……」

 

 全身に赤黒い血を浴び、肉片が白い煙を上げて消滅し始めているのを見て、ようやく俺は悪魔が死んだこと――戦いが終わったのを実感し、一息つく。

 

 「…………」

 

 安堵したせいか、先程まで迸るように溢れ出ていた力も何処かへと消え失せ、指一本力の入らなくなった俺はその場に倒れ込む。

 そこは崩壊した実験室から燃え広がった一室の中、早く脱出しないと自分も焼け死ぬと理解していたが、もう意識を保つことさえできなかった。

 

 「――、――?」

 「――! ――、――!!」

 

 最後に煙の隙間に人影と誰かの声が響いているような気がした後に、俺の意識は再び闇へと落ちていった――。

 

 

 ☽~~~☽

 

 

 「これは、一体どうした事だ?」

 

 一部が燃え盛る校舎を前にして、ガスマスクをつけた男――魔術師の一人が戸惑うように言葉を漏らした。

 男は魔術師の中でも怪物退治を専門とする『退魔師』を生業としており、今回の悪魔出現の報を聞き、大急ぎで準備して幾人かの仲間と共に現場に急行したのだ。

 しかし、いざ現場に着くと悪魔が暴れたらしき跡はあるものの、肝心の悪魔はどこにも見当たらない。

 

 「『ハーミット』、ここから逃げたという事は無いんだな?」

 『はい、移動した痕跡も、門を開いた痕跡も探知できていません、間違いなくこの周辺にいるはずです、コンバーター』

 

 通信機から自身のオペレーターである女性の声――魔術師のサポートを行う『祈禱師』のハーミットからの報告にガスマスクの男改め、コンバーターは油断なく銀の矢じりを番えたクロスボウを周囲に構えながらゆっくりと歩を進めていく。

 そうして火災現場に足を踏み入れようとすると、次々と他の方面から学校に侵入した仲間たちから通信が入ってきた。

 

 『こちらレッドローズ、悪魔の被害者と思わしき3名を発見……うぇっ、ひどいやられ方だけど、まだ生きてる』

 『同じくエアーリーフ、別校舎で倒れている女子生徒を発見、全身に打撲痕はあるが、軽傷だな……ん? ……この感じ、間違いなく魔術師だ』

 「了解した……なるほどな、何となく話が見えて来たぞ」

 

 仲間からの報告を聞いたコンバーターは今回の悪魔出現のきっかけを察した。

 大方、魔術師の才能がある件の女子生徒が誤って本物の触媒と召喚魔術を使用してしまったのが切っ掛けだろう、あのイカれ魔導士がばら撒きやがった魔術書はまだ全て回収し切れていないのだから、このような事件が起こっても不思議ではない。

 

 「中途半端に魔術師の才能があったのが不運だったな……ソイツ」

 『悪魔の気配は無し……後処理班も、もう呼んでよさそうだね』

 

 悪魔の姿が見当たらないのも、召喚魔術が不完全で途中で送還されたのだとしたら説明がつく。

 いっそ100年に1度レベルの天才で、悪魔を完全に制御できていればこんな事にもならなかっただろう、あるいは、全く魔術師の素養が開花していない状態なら、いくら触媒と魔術があったところで呼び出せなかっただろう。

 つくづく、あの魔術書はロクな事を起こさないとコンバーターは肩を竦めた。

 

 「一応この周辺回って異常が無ければそこら辺で待機するか、まあ何にもないだろうけどよ」

 『……待ってください、コンバーター、周囲に微弱ながら生体反応が……これは……その火災現場の中です!』

 「なんだと!?」

 

 一安心したコンバーターの耳にハーミットから思いもよらない通信が入る。

 慌てて煙をかいくぐって周囲を見渡してみると、瓦礫にもたれかかってぐったりしている、今にも火に巻かれそうな血みどろの少年の姿があった。

 

 「大変だ! コイツも悪魔にやられたのか!?」

 

 コンバーターは急いで部屋に入ると、少年を担いでその場から離れる。

 そして何かの液体に濡れた地面の上に少年を横たえて、応急処置を行おうと触れたコンバーターはその感触からあることに気が付く。

 

 「……この子、魔術師だ……今は殆ど魔力を失っているけど、間違いない……」

 『……コンバーター、その液体から悪魔の魔力パターンが検出されました、そして、その……その少年の魔力ですが』

 

 コンバーターが得た情報を感触含めて数値化して共有しているハーミットから、歯切れの悪い通信が入る。

 その声音は自分でも信じられないものを見たとでも言いたげな声で、普段冷静さを崩さない彼女らしくない様子に内心珍しがりながらもコンバーターは無言で以て続きを促す。

 すると、ハーミットはその声音の通り、とても衝撃的な内容をコンバーターに伝えるのだった。

 

 『悪魔の体液の中からその少年の魔力パターンと極めて類似したエネルギー体を検出しました……恐らく、悪魔は還元されたのではなく、この少年によって殺害されたものだと推察できます』

 「……この少年が、たった一人で?」

 

 未だごうごうと燃え盛る炎に照らされた腕の中の少年の素顔を、コンバーターはまじまじと見つめるのだった。

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