変身ヒロインのお助けヒーローですが、何故か怖がられています。   作:バウム

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第十三話『覆すもの、変わらない思い』

 「あの子が……悪魔を召喚したっていう……」

 「なるほど……すごい魔力を……」

 

 山彦部長が姿を現してから再び傍聴席がにわかにざわめき始める。

 年若い女子高生ほどの人物が現れた事に驚く人もいれば、彼女から何かを感じ取ったのか納得するような様子を見せる人もいたりして、その反応も千差万別だった。

 

 『静粛に』

 

 審問会の内、黒い法衣を身に纏った老人の声をした人がそう告げると、それまで好き勝手感想を言っていた人たちは一斉に口を噤む。

 そうして場が静まり返ったところで、今度は左に立っている和服の女性が口を開き始めた。

 

 『では、先ずはこの事件の概要から説明いたします』

 

 そこから先の話は、おおよそ俺の知っている内容と同じものだった。

 山彦部長が夜の学校で悪魔を召喚し3人の女子生徒が襲われて重傷を負った事、そして次に山彦部長が殺されかけた事、最後に俺がその悪魔をぶっ殺したところで協会の魔術師達が到着した事だった。

 ……俺が悪魔殺しを行ったと言及された際に、何人かの魔術師が驚いた様子で俺の方を見たが、今度は誰も騒ぎ立てることは無かった。

 

 『――以上が、今回の事件のあらましとなっております、認識に齟齬のある方はいらっしゃいますか?』

 

 女性が周囲を見渡すも、その場にいる誰もが口を開くことは無かった――その事を確認した審問会の女性は次に山彦部長に顔を向ける。

 

 『では次に、事件の動機について、被告人から直接話していただきましょう』

 

 女性がそう言うと同時、彼らの後ろにあった天使の掲げる金の天秤が重い音を響かせ始め、白い炎と黒い炎がそれぞれの秤に乗せられて燃え始める。

 炎の光が薄暗いこの部屋を明るく照らし始めると、女性は逆光の陰を纏いながら続きを話し始めた。

 

 『被告人の証言の真偽は、この天秤が黒い方に傾くかによって判断されます、嘘の場合は黒い炎に傾くので……くれぐれも嘘をつかないようにお願いします』

 「……私は」

 

 女性の催促に山彦部長は最初、肩を跳ねさせて竦んで中々口を開けずにいたが、やがて観念したかのように俯くと、小さな声でポツリポツリと話し始めた。

 

 「私は、彼女たちが憎かった」

 

 山彦部長が話し始めた言葉――それは、最も来るだろうと予測していたものであり、俺が最も聞きたくなかった言葉。

 分かっていたつもりだったのに、それでも少なくないショックを受けたのは、やはり心の何処かで彼女は完全に事故で悪魔を召喚してしまっただけなのだと信じたかったからであろうか。

 

 「私から何もかも奪おうとするあの人たちが、許せなかった」

 

 ……それとも、山彦部長がそこまで追い込まれていた事に気づけなかった自分の不甲斐なさへの憤りなのだろうか。

 引きこもりになったという情報は事前につかんでいた、こうなる前にもっとやれることがあったんじゃないかと過去の映像が脳裏を過る。

 

 「奪われることが、怖かった……怖かったんです」

 

 肩を震わせながらそう締めくくった山彦部長、無情にも天秤は何の反応も示さず、彼女の言葉の一字一句が嘘偽りのない本心であると裏付けていた。

 証言が終わったと判断したのか、今度は現代的なスーツに身を包んだ男性がまだ若々しさを感じさせる声で話し始めた。

 

 『……この証言から、今回の事件が故意に行われたことは明らかです』

 「…………」

 

 沈黙、苦しい沈黙。

 俺がいくら認めたくなくても、彼の言葉は何処までも事実だった、山彦部長は魔術を、人を傷つけるために使ってしまった……。

 頬を流れる冷や汗の感触をやけに鋭く感じながら、思わず俺は目を伏せる。

 

 『また、魔術以外の問題解決に最善を尽くす姿勢が見られなかった点や、召喚対象に悪魔を選んだ事からも、被害者に対する強い殺意が伺えます』

 「……っ!」

 

 それを仕方のないことだと思おうとしても、彼の言葉は容赦なく俺を現実に引き戻してくる。

 山彦部長には確かに、魔術以外の選択肢がいくらでもあった、泣きついてもいい、逃げてもいい。

 それをしたくないという彼女の気持ちは聞いていたが、それでもこうなる位なら誰でもいいから頼って欲しかった……と考えてしまうのは、俺が彼女の苦しみを実際に味わっていないから言えるだけなのだろうか?

 

 『加えて、悪魔の制御を放棄し日本国に対し深刻な脅威を生み出した点も極めて悪質だと言えるでしょう』

 

 俺の気持ちは、今まさにどん底に落ちていた。

 共に魔術の研究を行い、仲良くやれていたと思っていた人がこんな事になってしまっている。

 ……それでも。

 

 『以上の事柄を踏まえて、被告人には封印措置及び、地下施設への終身刑を求刑します』

 

 悪魔を召喚して人を傷つける事は、決してなあなあで済ませていい問題ではない。

 罪を犯したというのなら、何らかの形で罰を与えるべきだというのも理解できていた。

 ……それでも。

 

 『……異論のある方はいらっしゃいますか?』

 

 ……それでも、こんな結末を望んでいたわけじゃない。

 俺は、やっぱりどれだけ合理的な理由をつけられたとしても、山彦部長を見捨てる気にはなれなかった。

 

 「……はい」

 『あなたは……』

 

 そんな俺の決意を後押しするように、静寂に包まれていた裁判所で一人の男が手を挙げる。

 審問会の人たちは意外そうな様子を見せたが、やがて少しの沈黙の後に彼に向けて口を開いた。

 

 『分かりました、発言を許可します、ブランチ神父』

 

 そう、ここまでは既定路線だ。

 後はブランチ神父と――俺が、どれだけ『嘘の真実』を押し通せるかにかかっている。

 

 「今までの話は『実行犯』の話です、まだ『主犯』について何も言及していません……これでは、何も解決しません」

 『……今回の事件に、裏で被告人に指示していた主犯格がいると?』

 「その通りです」

 

 ブランチ神父の主張に、裁判所はにわかにざわつき始める。

 それはそうだろう、何せここにいる誰もが今回の事件は未熟な野良魔術師が起こした突発的な事件だと思っていたのだから。

 その前提を覆し、更に裏で手を引いている奴がいるとなれば混乱は必至だ。

 

 『それでは……ブランチ神父は主犯に目星が付いているのですか?』

 「はい、それは……」

 

 審問会の女性の問いかけにブランチさんは一つ頷くと、俺に目配せをする。

 俺はその視線を受けて立ち上がると、彼の横にまで並び――隠していた手元の手錠を、その場にいる人たちに晒した。

 

 「この少年です」

 

 この手錠は、罪を犯した魔術師に付けられる魔封じのための特別な品、それが俺に取り付けられている事でブランチさんの主張は本気だと知らしめる。

 すると、俺たちの思惑通りに周囲の視線が驚きから困惑、そして半信半疑のものに変わり、審問会の人たちの関心も俺に向いていた。

 

 『そこの少年はむしろ、悪魔の討伐を行い民間の被害を最小限に抑えた功労者だと伺っていますが』

 「悪魔を討伐したという一点に絞れば、そうでしょう……しかし、それが予め悪魔の出現を予測できていたからだとするとどうでしょう?」

 『…………なるほど、確かに一考の余地はあります』

 

 そう、俺たちが山彦部長を助けるための作戦……それは罪の比重を俺に傾ける事だった。

 今のままでは山彦部長の終身刑は免れない、だけどもし、あくまで彼女は召喚を『行ってしまっただけ』だとしたら? 『召喚を行うよう指示した者』がいたとしたら?

 

 当然、後者の方がより重い罪を問われ、前者の罪は軽くなる――何故なら、前者がいなくとも事件の起こる可能性は残されており、後者がいなければ事件の起こる可能性は無いからだ。

 そして今回、俺をこの事件の後者――所謂『主犯格』に置き換える事で山彦部長の罰の内容を見直してもらおうというのが今回の作戦だった。

 

 「ま……っ!? 待ってください、彼は何も……!!」

 『静粛に』

 

 当然、この作戦は山彦部長には一切知らせていない、動揺した彼女は慌てて訂正しようとするも、もう彼女の証言の時間は終わっている。

 審問会の老人が持っていた杖を軽く振ると、まるで音声を突然ミュート設定にしたかのように山彦部長の声は消えてなくなった。

 

 「――! ――っ、――!?」

 『被告人の発言は現在、許可されていません……静粛に』

 

 自身の声が無くなった事に動揺している間に、山彦部長は他の職員に連れられ、真ん中の台に空きが出来る。

 俺はそこをじっと見ていると、頭上から声がかかってきた。

 

 『それでは、証人は前に出てください』

 「……わかりました」

 

 さて、ここからが正念場だ。

 俺はこれから、あの天秤が反応しないように『嘘』を言わなければならない、そうするためにはこの事件で起きた出来事や背景を途方もなく『曲解』する必要がある。

 そのためのシナリオは練って来た、後は俺の決意次第だ。

 

 『まず、単刀直入に聞きます、ブランチ神父の主犯はあなたであるとの主張……これは事実ですか?』

 「……事実です」

 

 天秤を見る、その光は変わることなく部屋を照らし、その秤が傾くことは無かった。

 それによってブランチさんの主張を事実だと受け入れた魔術師達のざわめきはいよいよ大きくなり、審問会の方々が今日一番の大声を以て鎮める事となった。

 

 『静粛に、静粛に! ……では、詳しい内容を証言してください』

 「分かりました」

 

 事実を真実のまま、限りなく嘘に近くなるように捻じ曲げる、俺のもう一つの戦いが始まろうとしていた。

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