変身ヒロインのお助けヒーローですが、何故か怖がられています。 作:バウム
「えっ、と……俺は、ふざけてなんか……」
様子の急変した山彦さんに俺は後ずさりしながらも、何とか笑みを浮かべて彼女に信じてもらおうと言葉を紡ぐ。
しかし、この顔を見れば分かる、俺は山彦さんの何かしらの触れてほしくないものに触れてしまった、失敗したのだ。
「私が今までどれだけ何とかしたいか! 何とかしようとしたのか! ありのままでいたい! でも嫌われたくない! 人に会うのは怖い! 話したくない! 見られたくない! それを何とかしなきゃって、そんなの分かってて、でもどうしようもなくて……!」
……そうだ、俺は何を勘違いしているんだ? あそこまでこれまでの自分を冷静に話せるなら、山彦さんはとっくに自分の現状を把握して既にあがいているハズ。
それでもどうしようも無かったから、こうして人のいない部活を作ろうとしているのに、俺に『自分探しを手伝います』みたいな事を言われても、いきなり信じられる訳がない。
いや、それどころか俺の言葉は知らずとは言え言外に山彦さんは頑張っていないと言っているに等しい……いくら何でも無思慮が過ぎた。
「そんな私の気持ちなんか知らない癖にっ! 気休め言わないでください!」
「……それでも、そうだとしても、やっぱり俺は手伝うって言います!」
「なんでっ!」
しかし、だからと言ってここで諦めるわけにはいかない、本人が心から望んだならまだしも、妥協案の隔離ではい終わりだなんて認めない。
俺は処沢刑二、これから魔術を手にするチート転生者――そう、転生者だ、大人なんだ!
大人が! 子供が夢を見つけられないなんて現実! 認めるわけにはいかんのだ!
「泣いてほしくないからです、あなたに!」
「……」
「確かに俺は山彦さんの苦しさとか、絶望とか、分からないかもしれません! でも、こうして泣いてるあなたが悲しんでいるのは誰だって分かる……」
あの涙は、俺もよく知っている。
何故なら、前世の俺が人生最期に流した涙とそっくりだからだ。
自分が何をしたかったのか分からないまま取り返しのつかないところまで来てしまった時の、虚しさと悔しさから来る絶望の涙だったからだ。
あんな灼けつくような、沈んでいくような苦しい思いで終わっていい人間なんかいない、少なくとも山彦さんはそうではない。
ならば、かつて過った人生を過ごした者としてその道から誰か助けるヒーローになるのが俺の――処沢刑二の、やりたいことだ!
「だから、俺が力になります……証明して見せます、世の中にはあなたを傷つける人だけじゃない、助ける人だっているんだって……やろうと思えば、きっと上手く行くって!」
「……どうして、そこまで…………あなたは、あなたは、私のなんなんです?」
ガラガラの声で俺に問いかける山彦さん……本当は、この言葉を言うのが怖い。
未だに一つも魔術を使えないただの男が、このセリフをいうのは余りにも重い。
だけど、俺はこの人に証明したい、人生に絶望するなんて、まだまだ早いんだって、だから――
「――部員ですよ! あなたと夢を見つける『オカルト研究部』です!」
――だから、俺は魔術師になりたい。
☽~~~☽
……なんて、後から思い返せば支離滅裂な事を言ってたなぁ、と思い返しながら自室で机にデコを着けて思案に浸る。
考えるまでもない事だが、このままでは明日の期限……いや、何時まで経っても魔術なんて取得しようがない。
いくら論理を頭に叩き込んだところで、魔力の動かし方が分からなければ意味がないのだ。
「なんだよ魔力って……魔力ってなんだよ……」
ラジコンで例えるなら、どんな物を、どんなコントローラーで、どのボタンを押せばどう動くのかを把握していても、コントローラーを握る手の動かし方が分からなければ結局何もできないのと一緒だ。
詠唱すれば身体が自動的に動かしてくれるって訳でもないし、何かしらの明確な切っ掛けが必要なのは確かなんだけども、その手段が分からない。
「実際の魔術師達って、どうやって生まれてるんだ……?」
魔力を動かす感覚、こればっかりは知識をいくら深めたところで、体感で会得しない限りどうしようもない。
また何かしらの魔術的アイテムが必要なのだろうか、と考えたところで俺の意識は闇へ解けていった。
☽~~~☽
翌日、今日が泣いても笑っても山彦さんから協力を得られる最後のチャンスである。
昨日はあの後ロクに会話もできないまま帰ってしまったから、非常に気まずい、ノックをしてみても昨日と違って返事が無かった。
しかし中からガタガタと慌ただしい音がしていたのでいるのは確かなようだ。
……そのまま待ってみても、何の音沙汰一つもない。
「……ええい、ままよ!」
このまま待っていても仕方がない、ノックは聞こえていたようだし、時間も経ったから大丈夫だろう。
そう自分に言い訳すると扉に手を掛けて一思いに扉を引いた。
「ひぃえあぁ!?」
「おわっ!?」
すると、扉のすぐ目の前にいた山彦さんが珍妙な悲鳴を上げて腰を抜かし、俺もまた彼女の奇声に度肝を抜かれて一歩後ずさった。
「あっ……すみません、山彦さん」
「へぇっ……いえ、私こそ、その、すみません……」
お互いにぺこぺこと頭を下げると、やや気まずい雰囲気で二人揃って準備室に足を踏み入れる。
冬の冷気に晒された木製の椅子の冷たさを尻に感じながら、どう話を切り出したものかと口を開けては閉じてを繰り返していく。
「あの……昨日は、本当にすみませんでした……いきなり怒って、意味わかんないですよね、私……」
「あぁー……いや、あれは山彦さんの事情も知らないくせにずけずけ喋った俺も悪いので……」
そうしていると先に山彦さんが話し始めたので、それに乗っかる形で俺も言葉を出していく。
……口にして改めて思ったが、昨日の俺は自分の感情を優先しすぎて、何を言っていたのか我ながら全然わからんな。
「その、昨日はああ言いましたけど、本当に嫌ならなんなら今すぐにでも帰りますんで――」
「だっ、大丈夫ですっ……! むしろ、ちょっと感謝していると言いますか……」
「感謝?」
山彦さんから出て来た思わぬ単語に首を傾げると、彼女は視線を下に向けたまま動揺からなのか、視点を左右に揺らしていく。
それでも山彦さんはゆっくりと、しかし確実に自分の本心を口にしていった。
「私、本当は……本当は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれません……私は苦しいんだって……」
「えーっと、また傷つけたら申し訳ないんですけど……家族に相談とかって、その……」
いや、分かっている、俺に向けてこんな事言ってくる時点で両親じゃどうにもならない段階まで追い詰められているのは分かっている。
しかし、単にちょっと意地張って相談できてないだけって可能性も――
「二人とも、忙しくて……ここ数年だと、誕生日とお盆と正月くらいしか会っていません……心配かけたくないんです」
「……本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、気にしないでください……」
なかった、しかも想像以上に重い事情だった、数秒前の馬鹿な自分を殴りつけてやりたい気持ちだ……。
「そ、それよりも、昨日魔術書を読んでいるとこんな薬のレシピがあったんです」
「……『乱魔薬』?」
そんな風に落ち込んでいると、山彦さんは魔術書のあるページを開いて俺に見せて来る。
そのページに書かれていたのは、瓶の中で琥珀色に輝く液体の写真だった。
効能の方は、どうやら魔力は血流のように身体を一定の速度とリズムで動いている為、敢えてその流れを滅茶苦茶に掻き回すことで魔力の感覚を掴もうという薬らしい。
確かにこの薬なら魔力を操るきっかけを手にできるかもしれない。
「なるほど、これで魔力の存在を自覚するって訳ですね」
「はい、それで学校にあった物で作ってみたんですけど……」
「へぇー、作ってみ――作れたんですか!?」
そんな風に頷いていると、山彦さんはしれっと魔術書にあったものと同じ色と輝き方をする液体の入ったフラスコを取り出す。
まじまじとそれを見つめていると、山彦さんはつらつらとその制作過程を喋っていった。
「幸い、材料は簡単に手に入るものでしたので許可を頂いて調合したんです」
「許可……? えーっと、何時頃申請したんですかそれ?」
「? 昨日の夜ですけど……?」
「昨日の夜……」
……顧問であろう棟方先生の苦労が偲ばれる、残業とは哀れ先生……。
などと考えていると、山彦さんもその話題にはあまり触れられたくないのか強引にフラスコの口を俺の顔にぐいぐい押し付けて来る。
「そ、それより……! 早く飲んでみてください……証明してみるんでしょう?」
「……あの、そのセリフ掘り返されると恥ずかしいんでやめてくだ――もごっ!?」
人がまだ喋っている最中だというのに、山彦さんは躊躇なく開いた口にフラスコを突っ込んできた。
そのまま傾けられて流れ落ちる液体をこぼさないように胃に収めていくが……正直、今すぐ吐きたい程に気持ち悪い。
まず口から鼻を突き抜けたのはつんと臭う酸味だった、若干のアンモニア臭さえ感じるようなこの風味は反射的に涙が出てくるくらいには中々にキツイ。
しかもこの液体、それなりの粘度があるせいで長時間この酸味が最大出力で味覚と嗅覚を殴りつけて来る、そして次に顔を顰めるような渋みが脳裏にまで突き抜けた。
「どうですか……?」
「う、む、うぅ……」
まあ、要するに死ぬほど不味い。
そうして我慢して飲み込んでいると、次第に身体の内がぐちゃぐちゃと何かに掻き回されている感触がし出して、視界の色彩が滅茶苦茶に入れ替わっていく。
これが魔力の感触か、なんて頭の片隅で考えていたのも束の間、とうとう胃腸が限界を迎えていると察した俺はふらふらとした視界と足取りながらもゴミ箱まで歩き――
「――え!? ち、ちょっと!? 大丈夫ですか、処沢く――!!」
「オ゛エ゛エェェェェエエ!!」
先程のみ込んだばかりのものを、ゴミ箱に向けて盛大に吐き戻した。
☽~~~☽
「あの……大丈夫、でしょうか……?」
「…………ぅす」
胃の中にあるものを全て吐き出しても尚、体内を蹂躙する魔力らしき感触が俺を蝕んで数時間。
ようやく口が利ける程度に症状が治まってきた俺は、まだ気持ちの悪さを感じつつもゆっくりと寝返り、這いながら自分のバッグを目指す。
「えっと、触媒ですよね……どうぞ」
「ざす……」
俺の身体の方向から何をしたいのかを察した山彦さんがバッグの中からポリ袋を取り出し、その中にある羽根を直接俺に握らせてくれた。
それに小さくお礼を返すと、今度は体内のざわつきを自分で制御するように確かめ、動かしていく。
……大丈夫、この感覚を山彦さんに教えてもらった通りに動かして、上手く流して……よし、行ける!
「『くらましの影』……!」
万感の思いを込めて魔術を唱える。
すると次の瞬間、俺の身体を蠢いていた何かが急に不規則な動きをやめて肩を通り、腕を通り、手を通り、指先から突き抜けていく感覚がした。
これは今度こそ成功なのでは? と、期待が高まっていた。
しかし――
「……何も起きませんね」
「……………ぐふっ」
手の中の羽根は何の変化もない、その現実を山彦さんに突きつけられると、とうとう俺は力尽きてその場に倒れた。
あれだけ格好をつけておいて、結局はこのザマである、三つ子の魂百までとの言葉通り、転生しても俺はやはり何もできない人間でしかないのか……。
「ごめん……山彦さん…………あれだけ、あれだけ手伝って貰ったのに……」
「……と、処沢くん、処沢くんっ」
無力感に苛まれつつも、山彦さんとの誓いを破るような真似をしてしまった事を謝罪すると、彼女はどこか弾んだ声で俺を呼んでいる。
不思議に思って再び顔を上げると、屈んでこちらを見下ろす彼女の手に羽根が握られていて――
「……え?」
自分の右手を見る、そこにはまだ魔術を唱える時に握ったままの羽根がある。
次に、もう一度山彦さんが俺に突き出している右手を見る、そこにも俺の持っているものと瓜二つな羽根があって――
「え……? いや、だって、失敗だって……?」
「頭の上に乗ってたので、気づかなかったんです……処沢くんが倒れた時に、ポロリと……!」
嬉しそうにそういう山彦さんの様子さえ今の俺には目に入らず、ひたすら自分と彼女の右手のものを見比べる。
「……は」
何度見てもある、何時まで経っても消えない。
「はは……」
手の中の感触も、確かに伝わる、これは決して錯覚などではない。
「はははははは……!!」
それは、つまり、この『魔術』は間違いなく成功したという事で――。
「~~~~っ! やった! やった! やった! やったぞぉーーっ!!」
この世界に、俺の求める夢は確かにあったのだ。
【乱魔薬】
お酢と尾のない蛇の肉、そこにごく僅かなフッ素と多量の蜂蜜を溶かしこんで満月の光を3時間当てて月の魔力で毒を中和する事で作ることができる魔術薬品。
綺麗な見た目とは裏腹にとんでもない味をしており、一度口にした者は揃って『二度と飲みたくない』という言葉を残したという逸話がある。
体内で安定して循環している魔力の動きを著しくかき乱す効果があり、この状態に陥った魔術師は魔術の行使はもちろん、触媒に魔力を移すことさえ難しくなる。
しかし、この効果を逆手にとって魔力の存在を感覚で捉える切っ掛けとして、多くの魔術師を生み出したなくてはならない薬品でもある。
元々は悪戯好きの魔女が厳格な師に対する悪戯のために作成されたという経緯を持つが、役に立つならそれでいいのだ。