変身ヒロインのお助けヒーローですが、何故か怖がられています。 作:バウム
先程まで身体中にあった気持ち悪さなどすっかり忘れてその場で起きて跳ね上がる。
そのまま高揚感に身を任せて俺はぎょっと目を見開いてこちらを見上げる山彦さんに向かって話しかけた。
「見ましたか山彦さん!? 魔術はありました! やってみれば上手く行くんです!」
「わ、分かりましたから……! 近い、近い……!」
山彦さんからの指摘で視界に入る彼女の顔面積がいつもより大きい事に気が付いた俺は、途端に恥ずかしくなってその場から飛び退いて距離を取る。
……いかんいかん、いい大人なんだからもうちょっと落ち着きを保たなければ。
「すみません……それと、本当にありがとうございました」
「……いいえ、私こそ、ありがとうございました」
今までの協力に心からのお礼を言うと、山彦さんも俺に向けて頭を下げた。
その雰囲気は出会った当初とは打って変わって、どこか柔らかい、暖かなものを確かに含んでいる。
「あなたは、あなたなりの方法で私をこうして励ましてくれましたね……それが、嬉しかったんです」
「あー……それがまあ、俺の夢の手伝いだなんて今思えば中々酷かったんじゃないかなぁってちょっと思ってたり……」
山彦さんの言葉がなんだか今の俺にはとてもむず痒くて、照れ隠しに頭を掻きながら彼女の言葉をちょっぴりと否定してみる。
しかし山彦はそんな俺の態度を見て、何がおかしかったのか口元に手を当てて小さく笑った。
「クスッ……そうかもしれませんね」
「あぁ……はい……」
まるで仕方のない人間を見るかのような目を山彦さんに向けられてしまっては、なんだか今の俺は完全に彼女の掌の上で転がされているような感じさえしてくる。
そのまま互いに何も言わず、しかし決して不快ではない沈黙に身を任せていると、山彦さんはそっと俺に目線を合わせた。
「ねえ、処沢くん」
「はいっ!?」
山彦さんの穏やかな呼びかけにも変な声を上げてしまう俺とは対照的に、彼女は今までで一番落ち着いた様子で俺に喋りかけ続けた。
「最初の約束、ちょっと変えます……処沢くんなら、これからも部室に来てもいいですよ」
「へ? それってどういう――」
俺が真意を問いただす前に、山彦さんは抱えていた魔術書を俺に突き出す。
視界が本に埋められる刹那、彼女の頬に朱が差していたのはきっと気のせいではなかっただろう。
「その代わり……これからも魔術書の解読を手伝ってもいいですか? ……結構、楽しいので」
「……!! ええ、ええ! そりゃもう! こっちからお願いしますよ!」
思わぬ山彦さんの提案に、俺は一も二もなく飛びつく。
こうして俺は、改めてオカルト研究部の部員となったのだった。
☽~~~☽
それから2週間、オカルト研究部で魔術書の研究をする日々は、この学校生活で一番楽しい時間となっていた。
一度魔力の流れを掴んでからは山彦さん――いや、山彦部長の助けもあって『くらましの影』と系統が同じだという魔術を次々と覚える事が出来た。
「『黒煙』! ……うおっ!? 思った以上に広がった!?」
「ち、ちょっと! いくら何でも煙すぎますよ……!? ま、窓はどこですか……!?」
時には『黒煙』でボヤ騒ぎを起こしかけたり――
「『暗視』! ……あっ、見えました、チョキを出していますね、では部長にも……『暗視』!」
「おお、私にも見えました……グーですか、こっそり手を変えたりしていませんよね?」
「しませんよ……うーん、便利っちゃ便利ですけど、眼鏡が粉塗れになるのが玉に瑕ですね」
『暗視』の実験で完全に遮光した室内でじゃんけんを行ってみたり――
「……こんな感じかな? じゃあ、フンッッ!!」
「ぅわっひゃあっ!? 欠片がっ!?」
『身体強化』の程を確認するために林檎を握りつぶしたり――
「う゛おぇぇぇぇ……っ」
「だからご飯食べる前に飲みましょうって言ったのに……」
自分も魔術を使いたがった部長が、よりにもよって昼食直後に『乱魔薬』を飲んだので、まだ固形の吐瀉物を片付けたり、山彦部長の背中を摩ったりして介護をした。
……最後のはちょっと違うだろうか? とにかく、楽しくて有意義な時間を過ごせていたと思う。
しかし――
「う~ん……」
「魔力切れ、ですか……魔術も万能ではないのですね……」
俺は今、保健室のベッドの上で横になっていた。
事のきっかけは、この時期の体育の授業で行われている外周走だった、ここでいつも中堅あたりの順位を取っていた俺は『身体強化』で上位を獲得する事を目論んだのだ。
『なんか今日の処沢、やたら調子がいいな……?』
最初こそこんな呟きを聞きながら、いつもより速いペースで走っても全然疲れを感じないのをいい事にどんどん同級生たちを追い抜いて行ったのだが、残りの周回数が後半に差し掛かったところで急激に体温の低下や異常な発汗などが現れ始め、力が一気に抜けてしまったのである。
それでも何とか気力で最後まで走り切ったものの、今回の外周走はぶっちぎりの最下位という大恥をかいてしまったのだった。
『そりゃ最初からあんなペースで飛ばせばバテるって……』
『でもあのペースで半分行けたのはすげぇな、短距離走ならガチれば結構いいとこ行けんじゃね?』
ゴールと同時に地面に手をついてぜぇぜぇと息を整える俺を前に、呆れたり驚いたりする同級生たちの言葉が記憶に新しい。
その後は授業を受けられない程に体力を消耗しきってしまったので、こうして保健室にお世話になっているという事である。
「それにしても、倒れたと聞いた時はビックリしましたよ……あんまり心配かけないで下さい」
「いやぁ、ははは……部長がこうして見舞いに来てくれる程ですもんね……」
普段は何かと理由をつけて外に出たがらない山彦部長が、こんな他の生徒もいる真っ昼間から飛んできたのだ。
今も若干息が荒い辺り、本当に急いで駆けつけてくれたのだろう。
そう考えていると、山彦部長は何故か俺に対して心外だというように半目を向けて来た。
「処沢くん、私を何だと――」
自分の中で俺を見舞うのは当たり前だと思っていたのか、山彦部長はそんなセリフを言いかけたが、途中で今の自分が前の自分では考えられないような行動をしていると気が付いたらしい。
唇の下に曲げた人差し指を当てる、彼女独特の考える仕草をしながら、改めて俺に目線を投げかける。
「……私も変わっている、という事でしょうか」
「そうですよ、きっと」
その変化がいいものなのか、それとも悪い方向に向かってしまっているのかは分からない。
だが、一人でいる事を選ばざるを得なかった最初よりもずっと、こうして誰かと……それこそ、自分の目的のために部室に押しかけて来たような奴とも仲良くなれるのならきっと彼女は人間として『成長』できている。
なんだかそれが自分の事のように嬉しかった。
「すみません、部長……ちょっと暫く動けそうにないです……」
折角顔を出してくれたので、せめて起き上がって話でもしたいと思ったが、肉体に纏わりつく倦怠感がその気力を湧いてくるそばから削り取っていってしまう。
これじゃあ今日の部活にも顔を出せないな、と考えていると山彦部長は持ち上がった俺の頭をそっと枕に押し付けた。
「大丈夫ですよ、魔術書の解読はこちらで進めておきますから……」
「ありがとうございます……でも、新しい魔術の研究を中断するのは残念だなぁ」
今日は確か、物質強化の実験をするつもりだったのだ。
その為にわざわざホームセンターから鉄板を購入し、時間をかけてゴリゴリ削って剣を作成したのである。
……まあ、あれはなんとか柄を削り出しただけの剣擬きというか、鉄塊と言うべき代物なのだが……林檎で試し切りした時は斬れるというか叩きつぶして粉々にしたという方が正しい有様になったのだ。
……山彦部長が抑えた手で俺の頭を撫でてくる、そうされていると次第に眠気が湧き上がって来た。
「もうっ、それじゃあ処沢くんが休んでいる間にあの魔術を完成させておきますから……元気になったら見せてあげますよ」
「マジっすか……? それは楽しみ、で……す」
ああ、そろそろ限界だ……瞼が下がってくる……。
「――おやすみなさい、処沢くん」
山彦部長のその言葉を最後に、俺の意識は闇へ落ちていった。
【生活魔術】
魔術師が日々の生活を便利に過ごそうと開発された魔術全般のカテゴリーを指す。
その年代は幅広く、紀元前から数か月前に開発されたばかりのものまである。
いつの時代も、不便をなくしたいという人間の欲望は変わらない。