変身ヒロインのお助けヒーローですが、何故か怖がられています。   作:バウム

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第五話『そして悪夢が始まる』

 「……ここの校舎って、こんな風でしたっけ……」

 

 刑二くんの見舞いの帰り道、私は昼休みを終えて静かになった廊下を1人歩いていきます。

 入学から半年間は通っていたはずの記憶の中にある色褪せた校舎の風景は、しかし今の私には何もかもが色づいていて新鮮に思えました。

 同じはずの場所がこうも違って見えるのは、刑二くんと出会ったからだろうか、と私は考えます。

 

 「……ふふっ」

 

 しかし、そうだったとしても不思議と私は不快感を覚えませんでした。

 むしろ、独りでいた時では決して感じる事の無かったこの胸の内が踊るような感覚には心地よさすら覚える、あれだけ誰かを遠ざけていたはずの自分が、です。

 

 「本当に……不思議な事です」

 

 あんな……と言っては失礼ですが、人の心にいきなり入り込もうとする人なんて嫌なはずだったのに、いつの間にか気にならなくなっていました。

 ……それも、あの時の彼の言葉が全て私に寄り添おうと必死になってくれたから、でしょうか?

 

 「今日はちょっと張り切ってみましょうか……」

 

 私の頭に浮かぶのは、魔術書に記されている数々の魔術の中でも難易度が最も高いと言われるものの1つである『異界からの召喚』。

 これを使って異世界の微精霊を呼び出し、帰ってきた刑二くんを存分に驚かせてしまいましょう。

 写真に写っていたのはどれも白い薄明りのような球体ばかりでしたが、実際にはその場で感じる魔力に応じて色を変えるらしいので、夜に2人で変色する微精霊を楽しむのもいいかもしれません。

 

 そんな事を考えながら階段を上っていると、途中の曲がり角でいきなり身体を後ろに押される感覚がしました。

 

 「――えっ?」

 

 突然の事で頭が真っ白になります、しかし傾いた視界が近づいてくる踊り場を捉えた時、私は反射的に魔力を慣れない感覚ながらも必死に動かして『身体強化』を発動していました。

 そしてスローになっていく感覚の中でも辛うじて動く腕を頭に持っていきます。

 

 「い゛っ……!?」

 

 どんっ、と鈍い音が全身に響き渡り、感覚が一瞬消失する程の衝撃が走りました。

 思考が停止し、そして動き出した時には次々と鈍痛が湧き上がってきます。

 

 「うぅ……!」

 

 その痛みに倒れたまま身体を丸めて堪えていると、未だぐらぐらする視界がさっきまで登ろうとしていた階段の先に誰かがいたのを見つけました。

 頭を上げてよく見てみると――そこには、かつて私を追いやった人が3人、立っていました。

 

 「あっれー? ヒッキーの割に意外と頑丈じゃーん」

 「……濱小路(はまこうじ)、さん」

 

 安定してきた視界の中の濱小路さんは意地悪そうにニヤニヤと笑っていて、取り巻きの二人もくすくすと私を嘲笑ってました。

 痛みの引いてきた身体をなんとか上体を起こして彼女たちに問いかけます。

 

 「ど、どうして、ここに……?」

 「いやぁ、珍しい顔みっけたもんだから気になってねー! ちょっとイタズラをね!」

 「そうそう!」

 

 まるで友人に対するように気軽に濱小路さんは話していますが、決して私と彼女はそのような関係ではありません。

 むしろ、私が引きこもる前は積極的にありもしない風評を流したりして色んな子に私を無視させて孤立させるような人でした。

 それがこんな直接的な手段に出るなんて…………。

 

 「ていうかさー、なんでここにってあーしが言いたいんですけど?」

 「確かあんた、どっかの隅で引きこもるーって話だったのに、なんでここにいんの?」

 

 すると、途端にその顔から笑顔を消して一切の感情がうかがえない瞳で私を見下ろしてきました。

 まるで虫でも見るかのような視線に、思わず嫌な汗が出てきて身が竦んでしまいます。

 

 「それとも、天才様は一々誰かを見下さなきゃ気に食わない訳?」

 「そ、そんな……! 違います、私はただ……!」

 「やっちゃん、やっちゃん、わたし知ってるよっ、この子がなんでここに来たのか」

 

 濱小路さんの言葉に何とか私が弁明しようと口を開くも、彼女の隣にいた女子の一人が彼女のあだ名を呼んで実に楽しそうにしていました。

 濱小路さんは話しかけていた私の事なんか気にも留めずに隣の子に視線を向けます。

 

 「そーなの? 聞きたいわ」

 「ズバリ! 男だねっ、さっき保健室から出ていくの見たって言ったでしょ? そこに寝てる男子がいたのっ」

 「えぇーっ!? それマジィーっ!? くっ……あっははっははは!」

 

 ――見られていた? ……あの場面、を?

 想像よりも最悪な事態にいよいよ私の顔から血の気が引いていきます、ひょっとしたら真っ青になっているかもしれません。

 この事実を知られたら、今度は一体、何をされてしまうんでしょう……?

 

 「あんな澄まし顔の天才様でも男できたらこーなんのかよ! っはははは! おもしれー!」

 「あ、あなた達には関係無いでしょう……!?」

 

 その恐怖から私は思わず上ずった声で、強く濱小路さんの干渉を拒否しようとしました。

 

 「……はぁ? なにそれ、ムカつく」

 

 ――しかし、それは致命的なミスでした。

 笑顔でも、無表情でもなく、今度は明確に不快感を表した顔が私に向けられてしまいます。

 そして、苛立った感情を表すかのように荒々しく髪をかき上げました。

 

 「前みたいに下向いてりゃいーのにさぁ、口答えなんかしちゃってさぁ……よしっ、決めた!」

 

 そのまま何事かをぶつぶつと呟いていた濱小路さんでしたが、不意にまたケロリと笑顔に表情を変えると今度はポケットから過剰なアクセサリーを垂らしたスマホを取り出して、どこかへ連絡しようとしています。

 

 「な、何する気ですか……!?」

 「チョードあーしの彼氏たちも最近イライラしてたしぃ、あんたの彼にでも『相手』してもらうわ! ヒョロそうな奴だし、すぐ壊れちゃうんじゃねえ? ギャッハハハハハ!」

 

 濱小路さんの『彼氏』、それは引きこもりがちな私ですら噂に聞いたことがある人でした。

 なんでも、とんでもない喧嘩好きで人をいたぶるのが趣味だとか、脅迫等を駆使して一度も表沙汰にしていない狡猾な人だとか……良い話は全く聞きません。

 

 もし噂通りの人に会ってしまったとしたら、処沢くんは……。

 

 「うわ~、やっちゃんエゲつな~! 前の奴それで退学してたじゃ~ん!」

 「ひひひっ、ちょっと悪人扱いやめろしっひひ」

 

 取り巻きの人は冗談のようにそう言って、濱小路さんも笑いながら軽いノリで否定していますが、私はその間にも心臓が恐怖と不安で早まり、嫌な汗がドンドン出てきます。

 止めなくては、私のせいで処沢くんに何かあったら――きっとまた、嫌われてしまう。

 

 「や、やめ……」

 「あーそうそう、止めたいってんならあんたが代わりに『相手』すりゃ見逃したげるよ、まーもう愛しの彼と会わせる顔が無くなっちゃうだろうケド……」

 「……………!!」

 

 濱小路さんを制止しようとした私の言葉と心は、無情にも彼女の振り向きざまの一言であっけなく折れてしまいます。

 私が相手になってしまえば、きっと酷く殴られて……ひょっとしたら、それ以上の事も……。

 

 「ま、今日の夜までは待っててやるから、せーぜーどうするか考えたら? ギャッハハハ!」

 

 そう言って大笑いしながら階段を上がって立ち去っていく濱小路さん。

 その間、私はただ俯いて彼女の顔を見る事すらできず、ただ息荒くその場で蹲っていました。

 

 「はっ……! はぁっ……!」

 

 結局、私が動けたのは授業終了のチャイムが鳴り出した後、人が来ると思ってようやく弾かれるようにその場を駆け出したのでした。

 

 

 ☽~~~☽

 

 

 「……」

 

 人の気配が無い、部室のある校舎の中、気が付けば私はそこの廊下の一角をよたよたと歩いてました。

 

 「…………」

 

 窓から差す日差しは既に茜色に染まっていて、部活に励んでいるであろう生徒たちの声もまばらになっていました。

 ――部活、そうだ、部活をしなければ……部屋に戻らなくては……。

 

 「…………うぐっ」

 

 しかし、視界が滲んで自分がどこにいるのか、ちゃんと歩けているのか、よくわかりません。

 それでも何とか読み取れた部屋の看板から現在位置を割り出し、しんどい身体を壁に預けながら進み続けます。

 

 「うっ、ううっ……」

 

 でも、そんな様で独りで歩いている私は、なんだか自分がみじめな生き物になってしまったみたいで……次から次へと涙があふれてきて止まりません。

 ようやく部室にたどり着けた頃には、部屋の電気もつけずに隅っこで膝を抱えて感情のままに涙を流していました。

 

 「私が……私が何をしたって言うんですか……」

 

 そんな言葉が出てきても、事態は何もよくならない、それでも、この言葉を言わずにはいられなかった。

 だってそうでしょう? 私はただ人より優れた才能を、努力して伸ばしただけ、一体それの何が悪いというのだ。

 

 「ひぐっ、ぐすっ……」

 

 それなのに、周りに全て否定され、大人も見て見ぬふり、挙句の果てには新しく出来た友人さえ取り上げようとしている。

 みんなが当たり前のように持っている者すら、当然のように踏みにじられる。

 

 「……」

 

 神にもすがる思いで、何かないかと顔を上げる。

 そこには点けっぱなしの机上の明かりの元で開かれた魔術書があった。

 

 魔術――そうだ、超常の存在である魔術なら……。

 机に歩み寄って開かれたページを覗き込む、そこに書かれていたのは処沢くんを驚かすために行おうとしていた微精霊の召喚だった。

 

 「こうなったら……」

 

 直後、私にある考えが浮かぶ、すぐに使えて、この問題を一気に消滅させるための算段が次々と脳裏を過ってくる。

 最初はその恐ろしい発想を封じようと首を横に振るが、その度に心の声が私に呼びかけてくる。

 

 ――奪われたままでいいのか?

 

 ――自分だけの問題じゃないんだぞ。

 

 ――私には、その権利があるはずだ。

 

 「…………こうなったら、いっそ」

 

 ……………………魔術書を、その手に取った。




【召喚術】

 魔術の中でも主に生物を呼び出すものを指す。
 単なる動物の口寄せや、超自然的存在の可視化、『契約』を結んだ相手の招来など、その範囲は多岐に渡る。

 中には異世界や並行世界の存在や過去、未来の存在まで召喚できるものもあり、触媒次第では簡単に呼べてしまう場合もある。
 故に、召喚術を行う際には万が一に備えて協会に申請することが義務付けられ、無断での召喚術の使用は結果次第では裁判にかけられ、その罪を問われる。
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