変身ヒロインのお助けヒーローですが、何故か怖がられています。 作:バウム
「こ、これは……!?」
俺は音のしたグラウンドに出た時、唖然とした。
何故ならそこで3人の女子生徒がそれぞれ顔面、胸部、腹部から夥しい血を流して倒れているからだ。
前世含めて見たこともない余りに凄惨な光景に、思わず血の気が引いて眩暈がしてくる。
「一体、どうしてこんな……」
傷口を見てみると、顔を怪我した人は何か大きな爪で引っかかれたような跡に見えるし、胸部がえぐれている人は引き千切ったのか端の方から筋繊維が――やばい、今度は気持ち悪くなってきた。
……最後の人は腹部を何かに刺し貫かれたのだろうか? とにかく、これだけ大規模な怪我を負うとなったらちょっとやそっとの事ではできやしないだろう、にも拘らず周辺には怪我の原因と思わしきものが何もない。
そんな事があり得るとしたら、魔術……そしてそれが可能な人物は刑二の中で一人しかいなかった。
「……故意ではない、はずだ」
そう信じたいが、自分以上に魔術に詳しく、どちらかと言えば慎重派な美音さんが魔術で事故を起こすとは考えにくい。
しかし現にこんな惨事は起きている、本当にどうして……。
「……あ」
そこで俺は唐突に思い出す、少し前の出来事を。
それはいつものように魔術研究に勤しんでいたある日、通販などを通じて触媒になりそうなものを適当に色々購入して纏めて部室に置いていた時、たまたま一対の赤黒い結晶体が上質な触媒になりそうな当たりだったのだ。
俺と山彦部長はそりゃあもう喜んで、すごい魔術に使ってみようって話になって、それじゃあと最難関魔術の一つである『異界からの召喚』がやりたいと提案したのだ。
そしてその魔術を発動させる目途がちょうど付きつつあるところに俺が魔力切れでぶっ倒れて、それで――。
「俺の、せい……?」
――それで、山彦部長は俺に魔術を完成させると、そう言っていた。
ちょっとプライドの高い彼女の事だ、召喚魔術を完成させて俺をビックリさせようなんて考えていたのだろう事は容易に想像がついた。
そして何らかの原因で魔術が失敗したか、中途半端に発動したとかでこんなことになったに違いない。
「俺のせいじゃねぇか……」
思わず頭を抱える、俺がちゃんと傍にいれば……いいや、そもそも召喚魔術をやりたいなんて言わなければ……。
いくつもの後悔の言葉が頭の中に浮かんでは消えるが、今はそんな事をしている場合ではないと首を振る。
もし万が一召喚自体が成功して、その相手を制御できていないとなるとどれだけの被害が出るか分からない、そしてその被害に真っ先に遭うのが山彦部長なのだ、急がなければ。
そう思って頬を叩いて気合を入れ直した直後、校舎の一角から何かが激しくぶつかったような大きな音が鳴り、そこが激しく揺れる。
「そんな、まさか……部長!!」
いよいよ嫌な予感がしてきた俺は割れた窓から校舎内へと飛び込んでいく、細々と続く血痕を辿って回復したばかりの身体に鞭打ちながら『身体強化』で足をどんどん速めていった。
☽~~~☽
「ゲホッ、ゲホッ……うぅ」
全身が痛い、階段から落とされた時とは比較にならない程だ。
必死の逃走劇は、しかし終わる時は一瞬でした、廊下を走っている途中であの悪魔が跳躍し、窓越しにその拳を叩きつけて来たのです。
『身体強化』のおかげで身体がバラバラになる事はありませんでしたが、痛みに苛まれた身体は最早指一つ動かす事すら敵わず、視界は額から垂れて来た血液と涙でハッキリとしません。
嗅覚も麻痺し、唯一周辺の状況を拾える聴覚も自分の心臓の音がやけにうるさく響いていました。
『ケヒッ! お終いだな……』
そんな中でも、あの悪魔の声ははっきり聞こえてきます。
ガラガラと何かを崩している音からして、私に手を伸ばそうと邪魔な瓦礫を退かしているのでしょうか。
「は、ははは……」
気が狂ってしまったのか、私の口からは吐いた息と共に微かな笑いが出てきました。
理由は何でしょうか? 瓦礫を退かす手つきが何だか必死こいているようで面白いのでしょうか?
……それとも、自分勝手な都合で3人もあんな目に遭わせておきながら逃げ出したこんな愚か者に対してなのでしょうか?
「これが、私への罰、でしょうか……?」
このままでは私は確実に死ぬでしょう、しかしそれを1秒でも遅らせるための知恵も、実行する力も、今の私には何一つ残されていません。
そんな中、私を支配していたのは恐怖でも痛みでもなく、諦観でした。
どう頑張っても死ぬ、そう思えば何故かそれをすんなりと受け入れられるような気さえしてきます。
「……まあ、いいです、いい事なんて、一つも、なかったんだから……」
でも、それも仕方のないことなのかもしれません。
思えば、ずっと窮屈で、寂しい人生でした。
才能を伸ばすことを許されず、ロクに友達もできないで、親とも殆ど話せなくて……気が付けば、私の周りには嫌な奴だらけ。
「そう、一つも……」
濱小路さんみたいな意地悪な人も、見て見ぬふりする大人も、なんにも知らないで騒ぎ立てている人たちも、みんな大っ嫌いでした。
……刑二くんも、思えば最初はそんな人の内の一人でしたね、何だか懐かしく感じます。
「一つも……」
……ああ、私は――
「……」
私は、どうして、この期に及んで――
「……ひっ!」
――幸せだったことを、思い出してしまったのでしょう?
「……やだ」
少しでも思い出してしまったら、もう止まらない。
夕焼けに照らされてぼーっと私の顔を見る彼、高校生にもなって目をキラキラさせながら胡散臭い魔術書の魔術を取得しようと語る姿、唸るように悩む姿も、心配してご飯を食べさせようとしてくれた姿も――魔術を通して、きっと私にも希望はあるのだと示してくれた姿も、何もかもが鮮明に思い出しました。
「やだよぉ……」
……やっと、やっと手に入りそうだったんです。
かけがえのない誰かが、傍にいてくれる誰かが、やっとできそうだったのに。
「しにたくない……」
まだ、刑二くんとしたい事がたくさんあるんです。
微精霊の鑑賞会も、魔術書の解読も、まだまだ終わってないんです……!
「しにたくないよぉ!」
――しかし、無情にも悪魔の手がとうとう私に覆いかぶさりました。
そのまま悪魔と地面に挟まれて引きずられても、私には何もできません。
「やだ、やだぁ! たすけて! たすけてよぉ!」
『ケヒッ、ケヒヒヒヒ……』
口を開いた悪魔の上に、私の身体が摘まみ上げられます。
あとは悪魔が指を離せば、私の身体は食べられ、そして死ぬ……っ!
――嫌だ! 嫌だ! そんな最期は嫌だ!
「やだやだやだ! だれかたすけてよぉ!!」
私の人生、きっとこれから、嬉しい事とか、楽しい事とか、もっとあるって、そう思っていたんです!
なのに、なのに! まだ、まだ私は――!
「けいじくぅぅーーん!!」
そうして私の叫びを最後に、悪魔は指を離しました。
一瞬の浮遊感の後、突風が私の身体を攫いました。
☽~~~☽
「……」
……なんとか最悪の事態だけはギリギリで免れた、と近場の教室に身を隠して腕に擦りつけるかのように額の汗を拭う。
しかし、それに喜ぶ気持ちはちっとも湧かない、俺の腕の中にいる山彦部長は息も絶え絶えで、服と共に裂けた赤い傷跡が痛々しく、その肌には痣が残ってしまっている。
――あの野郎、許せねえ。
「けいじ、くん……?」
「! はい、俺です、処沢刑二です、部長……!」
俺が怒りに震えていると、山彦部長は曖昧な意識のまま、俺の名前を呼ぶ。
弱弱しく伸ばされる手を握り、どうか少しでも元気になってくれ、と無茶だと分かりつつも心の底から祈らずにはいられなかった。
こんなことなら、召喚魔術じゃなくて回復魔術を使いたいって言っておくんだった……そうしたら、そうしたら怪我を治す努力もできたし、こんな事だって起こらなかったのに……。
俺が魔術の危険性をロクに考えないで軽はずみな発言をしたせいでこうなったんだ……クソッ!
「けい、じ、くん……」
「部長……しっかりしてください、部長!」
どんどん弱まっているように見える山彦部長の姿にどんどん涙があふれて来る。
早く助けを求めなければと携帯を探したが、どうやらここまでの道の途中で落っことしてしまったらしい。
つくづく、自分の迂闊ぶりに嫌気が差す。
『ケヒヒヒヒ……! 次はかくれんぼかぁ?』
そうこうしているうちに、悪魔の声が近づいてくる、俺は再び湧き上がる後悔を首を振って振り払うと、山彦部長をその場にそっと横たえた。
「……安心してください、あいつにキッチリ落とし前つけたら、すぐに助けを呼びますんで!」
「あ……」
ここから遠ざけなくてはいけない、出来るだけ遠くに。
背負った剣擬きを引き抜きながら、俺は声のした方へと走る、悪魔とは存外すぐに遭遇する事が出来た。
『あぁ? 一人置いて逃げ出そうってかぁ? 薄情だなぁエエッ? ケヒヒヒヒ……』
「…………」
こちらを嘲る悪魔を無視して、今度は『身体強化』に加えて手に持つ鉄塊に『物質強化』を流す。
すると鉄塊は青く光る膜のようなものを一瞬だけ出すと、またすぐに引っ込んだ――成功だ。
『おいおいつれないなあ、それともビビりすぎて口が利けないのか? ケヒヒヒヒ……』
「……俺は」
……悔しいが、悪魔のいう事は半分当たっている。
いきなりこんな象みたいにデカい奴に初めての実戦経験なのだ、怖くない訳がない。
しかし、逃げるわけにはいかない……今の俺は、後ろに守るべき人がいるのだから。
「俺は、魔術師」
だから、俺は名乗る、俺を『平凡』でなくした奇跡の存在、それを操る者を。
「お前を倒す者だ」
柄を両手で握りしめて、俺は悪魔に挑みかかった。
【悪魔について②】
悪魔は高位の者ほど特殊な能力を有するようになるが、それに伴って世界間の移動にはそれだけの力、言い換えればエネルギーを通すための『門』のようなものが必要となり、容易に人間の住む世界に足を踏み入れる事ができない。
ただし、それでもいくつか抜け道は存在し、自分の力の一端を人間との『契約』の元に貸し与えることもその一つである。
悪魔が『契約』を重んじる者が多いのはこのためであるが、保有する力の少ない下級悪魔は小さな門でも自分の全てを移すことができ、そのようなものは積極的に人間に『契約』を破らせようとするものも多い。