変身ヒロインのお助けヒーローですが、何故か怖がられています。 作:バウム
「うわあああああ!」
落下から逃れるために窓枠に捕まってぶら下がっている俺の身体が熱波に晒される。
それでも落ちないように必死に耐えていると、やがて熱の代わりにガスの臭いが鼻腔を刺激してきた。
「ぐっ、うぅっ!」
その臭いから逃れようと、全力を振り絞って窓枠に両手で捕まり、上半身を外側に出したところでぐったりともたれる。
ぜえぜえと息を整えつつ、俺は振り返って未だに燃え続ける音のする、煙で見えない実験室を見下ろした。
「……後は、この火事で誰か来てくれれば……」
どうにかして足を止めて、目を攻撃する……この程度で悪魔を倒せる気のしなかった俺は、次にガスの元栓のある実験室を丸ごと武器にできないかと考えた。
設置型バーナーとガス栓を繋ぐチューブを切断し、全ての元栓を開く、後は少しでも多くのガスが充満する事を願って、直上の教室に奴を誘き出し実験室に落とす。
本来であれば落ちた後に窓枠に再び避難して火種を投げ入れる算段だったのだが、それよりも早く悪魔が吐き出した火によって引火したのは少々誤算だった……が、こうして無事なら、まあいいだろう。
そしてこれだけの大規模な爆発事故を起こしたのなら、きっと誰かが起きるなり目撃するなりで通報してくれるかもしれない……そうなれば、山彦部長と、あの3人も助かる……かもしれない。
「……いや、俺はダメかな」
さっきは爆発事故だなんて表現したが、これは俺が狙って起こしたもの、つまりは放火だ。
日本において放火の罪は殺人罪並みに重く、場合によっては死刑や終身刑が普通にあり得る。
悪魔との戦いなんて説明できるわけもないから、最悪学校を狙ったテロリスト扱いだろう……家族に迷惑かかっちゃうな……。
「やめだ、やめやめ……」
次々湧き上がってくる今後の嫌な想像を振り払う、兎にも角にも、今はこの場から助かってからだ。
幸い俺のすぐ傍には太めのパイプがある、これを伝って下に降りる事にした。
「ふぅ……っ! き、きついな……!」
軋む身体に、魔力切れ寸前の疲労がどっと押し寄せながらも、必死にパイプにしがみついてズルズルと降りていく。
そして2階相当の高さに差し掛かった時に、ミシリとパイプの接合部から嫌な音が鳴り始めた、どうやらこれ以上は限界が近いらしい。
いや、もしかしたら行けるかもしれないが……万が一途中で折れた場合、地面に頭から真っ逆さま、なんてこともあり得る。
「……いけるか?」
それならば、いっそここで飛び降りてしまう方が安全なのではないか、という考えが頭を過る。
というのも、俺が入学するよりもずっと前にどこかの運動部が度胸試しで2階から飛び降りるなんて騒ぎを起こした事件があったらしい。
そして飛び降りた生徒は怪我一つなくその後の指導を受けたそうだ……つまり、『身体強化』をしてからなら、俺にも同じことができるのではないか?
「よし、やるか……!」
そう考えると、なんだかできるような気がしてきた。
そうして近場の茂みを見つけてそこに着地しようと最後の魔力を振り絞って『身体強化』を発動する。
後は着地点を見誤らないように狙いを定めると、パイプを蹴りつけて一息に跳躍した。
「――え?」
その時、丁度実験室の窓の高さと身体が重なった瞬間、窓越しの黒煙から巨大な拳が突き破って来た。
「がッ――!?」
凄まじい衝撃が全身に走り、次に視界の中の景色があまりの速さに線を引いているように見える。
そして壁にぶつかったのかもう一度背中から肺を突き抜けるような衝撃が来ると、今度は視界が何度も白黒にスパークした。
「っ!? ゴボッ! ゲボッ!?」
何が起こったのか分からない、パニックになりかけた頭は必死に身体を起こそうとするが、指先には全く力が入らず、苦しさのあまり吐き出した吐瀉物には赤い色が混ざっていた。
辛うじて動く首を動かして明滅する視界の中で状況を把握しようとしていると、丁度壁を突き破って俺の目の前に降り立つ悪魔の姿が見えた。
未だによく見えないが、そのシルエットはかなり変化しているように見える。
『よもや……ロクな装備もない魔術師擬きに真の姿を晒す羽目になるとは……』
段々とはっきりしてくる視界が捉えたのは、まず大きな翼、両翼は広げたら奴の身長の二倍はあるのではないかとも思える大きさで、次に側頭部に生えていた直線状の角はねじれて湾曲している。
バランスの悪かった体つきも、上半身の筋肉や骨格が収縮する形で整えられ、全体的にスマートな造形となった。
それだけに、大きさが据え置きの口が余計に目立って改めて奴は異形の化け物であるのだとひしひしと実感させられる。
『悪魔の恥さらしよ……』
遂に動けない俺の元にやって来た悪魔の表情は憤怒に満ちており、所々皮膚が焼け爛れてはいるもののそれ程深いダメージを負っていないように見える。
二度はできない策を用いてまで与えた一撃がそんな有様で心が折れそうになるも、再び『身体強化』を巡らせて起き上がろうとする。
が、その前に奴の振るった拳が俺の両足をぶちゅりと叩き潰した。
「~~~っ!? があああああ!?」
『これでもう動けまい』
どばっと冷や汗を出しながら後ろを振り返れば、脚の関節が増えたかのようにあちこちに曲がり、突き破れた皮膚からは夥しい血液が流れ出ている。
当然、そんな状態で魔術が使えるわけも無く、俺の身体は再び地面に倒れ伏した。
最早、文字通り虫の息のような呼吸しかできない俺を、悪魔は掴んで持ち上げ、自らの頭上へと持ち上げる。
『貴様の次は、あの小娘だ……奴も貴様と同等の苦痛を与えてやる』
「て、めえ…………ふざっけん、じゃ――」
俺のせめてもの抵抗である言葉も、悪魔が俺の身体を半ばまで口内に入れた時に閉じられた歯によって強制的に中断させられた。
バツンという音と感覚と共に、自分の何かが決定的に失う事を実感しながら。
「――、――――っ」
最早、俺の意志とは関係なく、全ての感覚が消え失せて何もかもが黒く染まっていった。
☽~~~☽
意識が浮上する、俺はどこかにいる、ぼやけた意識で辺りを見回そうとするも、そこは真っ暗で何も見えない。
だというのに、横たわる自分の手ははっきりと見えているのだから不思議な場所だった。
『……』
何かをしなければと思うものの、何をしていたのか上手く思い出せない……確か、魔術を使って……そうだ、何かと戦っていたんだっけ……。
だけど、確か魔力はもう尽きていて、相手に傷を与えられる手立てももうない、ような気がする……いや待て、そもそもなんでこんなに必死だったんだっけ?
『――』
…………ああ、いや、もうどうでもいいか? なんだか、やれるだけの事はやったような気がするし、それでもダメだったなら、もう仕方ないよな。
う~ん、眠たくなってきたな……ここ、丁度いい具合に涼しいし、少し休もう……ここなら、きっとよく眠れそうだ……。
『――!』
「うわっ……!?」
しかし、俺が再び意識を失う前に頭上から激しい光が迸り、そこから熱いくらいの熱気を感じ、眠るどころではなくなってしまう。
だが、それと同時に意識が無理矢理に覚醒させられたのか、さっきまで曖昧だった身体の感覚が一気にはっきりした形となって、自分が人である事を思い出す。
「よいしょっ……と」
そこで寝ていても仕方ないので身体を起こす、そして頭上を見上げてみると、よく見えないものの光の球体のようなものが俺を見下ろしてる……ように感じた。
見ていて妙に親近感を感じさせるその物体は、球体から一本の触手のように細長い手を伸ばすと、俺に向かって差し出してくる。
『……!』
「握手しろって? ……こうか?」
何となくあの球体が伝えたいことが分かる俺は、催促されるがままにその手を掴む。
すると、それまでハッキリとは覚えていなかったここに来る直前の記憶が次々と蘇ってくる。
そうだ、俺は悪魔と戦って、それで……
それで――!?
「……うぐっ!?」
自分の身体が真っ二つにされる時の感触と、肉を潰される音と痛みを思い出して思わずその場で蹲って口を押える。
何故、今の俺が五体満足なのかは知らないがあの時確かに俺は悪魔に食い殺された。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
となると……ここは、あの世なのだろうか?
まだ、あの悪魔を殺せていないのに? まだ、山彦部長は助かっていないのに? ……まだ、山彦部長といろいろな魔術を研究したかったのに。
「ちっくしょう……」
俺が死んだという事は、最早あの悪魔を止める手立てはないという事、そうなれば山彦部長……いや、日本中が奴の手で大変なことになるだろう……。
結局、転生して魔術を取得しても俺の人生は何も……いや、自分の蒔いた種の火消しもできずに、ただ人をいたずらに死なせているのだからもっと質が悪い。
そんな最悪な結末にがっくりと肩を落としていると、球体から伸びる手が次々と増えて俺を取り囲み始める。
「うわっ!? 何だ何だ!?」
そして俺の視界全てが真っ白に染まる頃、球体から送られてくるエネルギーがあっという間に俺を満たしていくのを感じる。
……そして、理解する、この球体の正体がなんなのか。
「そう言う事か……使えって事だな」
『!!』
俺の言葉に嬉し気に揺れる球体――俺の本心が、俺にまだ戦う力を与えてくれる。
悪魔には何もかも歯が立たなかった。
武器も、魔力も、策も、そのすべてが奴を打ち倒すには至らなかった。
それならば、俺は文字通り自分の全てを――
――魂を賭けよう。
【魂】
人間が人間であるために必要な物質の一つ。
魔力はこの魂の余剰エネルギーであるとされていて、それを裏付けるように魂のエネルギーは本人の魔力より何十倍もある。
加えて、魔術師として覚醒した者は魂が活性化して更に何十倍もエネルギーを生み出す。
そのため、戦闘能力のない魔術師やその素養を持つ人間を付け狙う怪異は多く、それ故に人類は魔術の存在を秘匿することに決めた。