マグサリオンの殺戮劇場 大長編 作:ヘル・レーベンシュタイン
魔物を殺しながら川を抜け、湖を抜け、次に辿り着いたのは、炎と穴だらけの街だった。街全体に矢が刺さっており、それは近くの森から降り注いでいた。すぐ元凶が分かれば森へ向かい、無慙は躊躇いもなく進んでいく。
「……なるほど、理屈は知らんが迷宮の様な仕組みになってる様だな。くだらん、匂いと音で屑の場所は大体把握できている。ならば、あとはそこへまっすぐ進めばいいだけのこと。」
そう言いながら森の木々を切り飛ばしながら進んでいく、矢の降り注ぐ数が近付くに連れてその数が増している。まるで射撃して遊んでいる子供の様に。
そして迷宮を抜け、大きな広場へと辿り着けば、そこには自我を得た矢の様な魔物と、そのリーダーである弓の様な大きな魔物がいた。無慙の瞳にそれが映れば、もはや躊躇い無し。街を穴だらけにした犯人だと確信すれば即座に駆け出して、一気に距離を詰めて斬り殺さんと迫り来る。悪即斬、それを実現するかの様に。
「ん?なんニャお前は!?」
しかしあと数歩のところで弓の魔物が無慙を捉え、迎撃する様に電撃を放って奇襲を防いだ。無慙はその衝撃で弾けて後退するものの、即座に着地し弓の魔物を睨みつける。
弓の魔物は常に目の焦点が合っておらず、道化師の様に狂った表情をしている。故に目線を交えてるとは言えないが、しっかり見えているのか無慙に向けて言い放った。
「お前、いきなり攻撃仕掛けてくるとは失礼な奴だニャ。むかつくニャ、お仕置きしてやるだニャ。」
「ほざけよ、森の中から一方的に射撃してくる屑がどの面下げて言ってやがる。」
「ニャにおー!減らず口な奴だニャ、ぶっ殺してやるニャ!」
「やっちゃユミンパ様ー!」
ユミンパと呼ばれた魔物は、矢の魔物を握り自身の体の弦へと引き、無慙に向かって射撃を放った。音の壁を破り無慙に迫るも、その程度の速度は彼にとってはキャッチボールレベル、当たり前のように回避する。避けられた矢は直撃していく木々をへし折っていくも、二人はそれに目もくれない。
ユミンパは再び矢を携えて無慙に放つ、10、20、30と絶え間なく。しかしそのどれもが無慙を捉えるに足りず、地面に亀裂を刻むも掠りすらしない。しかし、その最中ユミンパは無慙の姿を見て目を細める。
「……お前、人間じゃ無いニャ。」
「ほう、なぜそう感じた?」
「そう簡単に必要も無く敵に情報提供する、なんて自爆をすると思うかニャ?まあ、敢えて言うなら狙撃手として勘とでも言っておくかニャ。」
そう言い放ちながら、再び矢を携える。しかしその最中、ユミンパを中心に空間が歪曲を始める。
「しかし、お前は何やらオイラたちの知らない力を持ってそうだな。それは卑怯だニャ、だからここから新ルールを追加する。
オレも従うから、嫌とは言わせないニャ。」
すると緑、青、赤の三つの色に分かれた空間となった。加えてそれぞれ1.2.3と大きな数字も割り振られており、何とも不思議な空間で無慙も眉を顰めた。
覇道による空間の上書きか?と判断しそうになるも、それは違うと即座に考えを改める。何故なら前回戦ったケンゾールと彼の部下は、ただ破壊衝動のまま行動する魔物であり、このユミンパ達も同様なのだと既に理解している。故に渇望と言えるほどの意志の力による熱量はあるとは言えないため、覇道の資質を持ってるとは思えない。ならばこれは一体なんなのか、そう疑問を抱きながらユミンパから放たれた矢を剣で迎撃した。すると矢は2と書かれた青い空間の地面に刺さり、ユミンパの口端が少し上がる。そしてそれと同時に、無慙の身体中の重さが、ほんの少し軽くなった。しかし無慙自身全く心当たりがないため、僅かな疑問が浮かびがある。
「さて、どんどんいくニャ!」
「……」
なんとなく面倒なことになりそうな気がする、無慙はそう考えて強引だがこの空間そのものを自身の覇道で塗り替えそうと考えた。手始めにそれを象徴する力である『無価値の炎』を発動しようとしたが、漆黒の炎が僅かにも発動しない。
「っ!」
「なァに棒立ちしてるニャ!」
ほんの僅かな動揺、その隙を突かれて真正面から矢が迫ってきた。やむを得ない、覇道による塗り替える策は一旦脇に置く。ならば見定めて避けようとしたものの、身体からキレが落ちたのか。身体がまるで考えてる通りに動くことができず、剣を盾代わりにして矢を防ぐことしかできなかった。
その刹那に、無慙は確信する。
「なるほど、そういうことか……」
再びユミンパから矢が放たれる、その最中に無慙は自分の身に起きた現象を理解した。自身の覇道による空間展開能力はもちろん、直感が鈍っている。放たれる矢の抜け道や、ユミンパの体の弛緩箇所を見出すことができなくなっている。急にこんなことが起こったのは、ユミンパの発動させた空間と矢による結果としか思えない。実際、本人が言った様にユミンパ自身もその制約に巻き込まれており、電撃による攻撃を一切していない。降り注ぐ矢をひたすらに斬り払い、ユミンパを睨み上げる。
その様子を見ていたユミンパは、素敵な笑みを浮かべながら矢の攻撃を行い、そして無慙に向かって言い放つ。
「お前、さっきから全然瞬きもしてなければ、剣を鞘に収めないでずっと抜き身にしてるニャ。人間だけでなく、オイラ達ですら瞬きするというのにニャ。まあ理屈はよく知らないが、それが力になっているのはなんとなく分かるニャ。だが、特殊スキルを禁止にしたら、どうやらそれ絡みの力は使えない様だニャ。」
「……フン、貴様の相手なんぞハンデ有りでも充分だ。」
「その減らず口、いつまでもつかニャ?」
そしてユミンパは矢を携えて放つ、それはまるで剣山の様に多量の矢が迫り来る。無慙は自身の正面から迫る矢を、ひたすらに力尽くでねじ伏せて行く。その繰り返しの最中、弾き飛ばした一本の矢が2の空間に刺さっている矢を弾く。すると全身から激痛が不意に発生するも、殺意一つで意識の断絶を押し除ける。これで抜け道を見出してユミンパへと近付くことができるだろう。
だがその直後、頭上から一本の矢が落ちてきた。恐らく矢を連射している中、意表を突いて放たれたのだろう。だが、裏を返せばそれだけ。無慙は頭上の殺意に直ぐに気づき、それもまた迎撃しようとしたその時だった。視界の端に笑みを浮かべるユミンパが映った。
「ッ!」
それが危険信号を放ってると直感で悟り、無様ながらも転がりながらそれを回避した。あれは触れてはいけない、触れては終わってしまうと。
幸い直撃は回避できたものの、今度は1と書かれた赤い空間の地面に突き刺さる。その直後、内からみなぎる力が霧散し、それは第一戒律が限定的に封印されたと理解した。
「フン、当たれば楽になれたものを無駄な足掻きをするニャ。」
「………睡眠効果でも盛った矢か、姑息な手を使うな。」
「んー、どうなのかにゃ?それは当てずっぽうな推測じゃないかニャ?」
「お前は俺が目を一切閉じないことを見抜いた、ならば逆説的に無理矢理にでも閉ざそうとする発想になったはずだ。だからこそ、その矢を特別頭上から不意打ちで放ったんだろうが。もっとも、それは特殊な力によるものだから、2番目の封印を解かねばお前も使えなかったのだろうがな。」
「……頭のキレるやつは嫌いではないニャ、だけどお前はムカつくから殺すニャ!」
そしてユミンパの指先から、でんげきが放たれる。それを迎撃せずに回避して疾走する。でんげき自体に隙を見出して切り裂くことはできるかもしれないが、今は火力が期待出来ない。押し飛ばされるリスクもあるのかもしれないのだから。
故に、まずは回避と接近に専念する。地面にある矢を一本拾い上げ、射撃する様にでんげきを放つユミンパを見据える。こんな苦労しなくても覇道の塗り替えでこの空間ごと覆せるかもしれないが、無慙はここは敢えて相手の空間上で戦うことにした。人間を侮る様な態度が気に入らない、ならば人間らしい知恵でその脚元を掬わんと目論みる。狙いは脚、大砲の様に一箇所に固定しながら攻撃している以上、其処が隙であり狙い目と見定める。そして剣の間合いとなり足を切り裂こうとした時だった。
「ほうでんげんしょう!」
ユミンパの体全身から、電撃が放射状に放たれた。それはまるでバリアの様で、近付いてきた無慙を弾き飛ばす。
「こりゃお笑いだニャ、近付けばオイラに攻撃できると思ってたのかニャ?そんな弱点当たり前の事なのだから、備えがあるのは当然だニャ。ニャーハハハハ!
ん?それにしても、なんか足が痒いニャ。蚊にでも刺されたのかニャ?……なッ!?」
ふと痒みの感じたユミンパが自身の足を見てみると、そこには一本の矢が足に刺さっていた。先程無慙が接近する途中で拾った矢であり、ほうでんが治った直後に投擲して当てたのだろう。
その様子を見て、無慙は挑発する様に言い放つ。
「阿呆が、隙だらけなんだよ。」
「〜〜〜〜〜ッ!ぶっ殺してやるニャッ!」
挑発を受けてユミンパは、激昂しながら指先からでんげきを放った。無論、無慙からすればそれは想定内。否、策なのだろう。
当たり前の様に良ければ、その背後にあったのは1の空間に刺さっている矢だった。
「あッ」
ユミンパも無慙の思惑に気づいたが、時すでに遅し。でんげきによって矢は消滅し、第一戒律が再起動する。元通りになった無慙は一気に地を蹴り走り出し、距離を積める。
無論ユミンパも同様であり、迎撃の矢をひたすらに放ちこむ。しかし無慙は止まらず、虫でも払う様に矢を切り払って最短距離で駆け抜ける。そして剣の間合いとなり……
「ニャンとぉ、ならこれならどうだニャ!」
足掻くユミンパは矢を放った、狙いは3の空間。道具の類を封印する理がそこに敷かれている。ならばこそ、無慙の剣を封印することが狙いである。そしてその隙をついて迎撃を目論みるが……
「ほうでんげんしょう!」
「無駄だ」
何故か無慙の剣が止まらない。放射状に放たれる電撃、しかし無慙にとってそれはもう既に体験した事で理解を得ている。よってそれを正面から剣戟でねじ伏せ、ほうでんげんしょうごとユミンパを斬り伏せた。
「ニャァァァァァ!?そんな馬鹿ニャァァァッ!?お、お前は……剣が封印されてたはずニャのに!?」
「生憎だが神剣(コレ)も俺の一部なのでな、拳で殴ってるに等しいのだよ、間抜けが。」
「そ、そんなのアリ……なのか、ニャ?」
無慙の返答を聞くユミンパには、この状況を起死回生する手段がない。真ん中から斬り裂かれ、そのまま霧が晴れる様に消えていった。そして彼の眷属であろう矢の魔物達も同様に消えていく。
森に静寂が響き渡り、生存しているものが皆無だと無慙は確信しその場を後にしていった。
そして炭鉱を斬り裂き、何者かの塔を破壊し、そして数多の祈りを記録した場所、『星の降る丘』へと辿り着いた。
「………………」
そこはこの世界に居たであろう者達の願いが、この地に集まっている。
例えば、まだ食べたことのないお菓子を食べたいというもの。
例えば、まだ作ってない曲を完成させたいというもの。
例えば、泣き虫を直したいというもの。
例えば、愛し子の願いを叶えてほしいというもの。
などなど、数多の祈り、数多の願いを無慙は聞き届けた。
「ここが最深部……」
無慙は遂に奥地まで辿り着いた。奥に一際輝く星がある。その直前の星に触れれば、そこから『にいさんの やくにたちたい』という願いが聞こえた。
そして最後に、最奥の星に触れれば…………
『みんなと幸せに生きたかった』
「…………」
そんな切実な祈りが、そこにはあった。しかしこの地に刻まれた願いはもはや過去のもの、叶う事は無くなった。本来勝利を掴むはずだった救世主は敗北して死に、独裁者が世界を欲望のままに貪り尽くさんとしている。闘争において勝利と敗北は実に重い、たった一つの敗北で全てを失うリスクがあるものだ。無慙の前に現れた星は言ってた、故にこの世界は既に詰んでいると。まさにその真理を表していると言えるだろう。
全ての祈りを聞き届けた無慙は、その星に背を向けて入口へと戻っていった。そして、出る直前に口を開いた。
「お前達、本当の死とは何だと思う?それは、忘れ去られることだ。それは、忘れ去られる事だ。誰にも記憶されないとは、即ち存在してないに等しい。だから……」
聞く誰かがいるはずも無いのに、無慙は背を向けたままそう言い放った。しかし、そこに恥じらいも後悔もなく、無慙無愧さを露わにしながら言葉を紡いでいく。一歩進み、丘から出て。そして振り向きざまに剣を振り切り、暗黒の剣閃が丘全体を包みんだ。
それは宛ら黒い獣の顎の如く、刻まれた全ての祈りを呑み込んだ。
「だから、俺がお前達の祈りを忘れない。お前達の死を確かに見届けた者として歩みを続ける。その果てに、この世界を支配した独裁者を必ず殺してやろう。」
と、最早更地になった大地に向けて無慙はそう言い放ち、次なる戦地へと歩みを進めたのだった。