マグサリオンの殺戮劇場 大長編 作:ヘル・レーベンシュタイン
次なる地平を目指し、無慙は海の中へと行き沈没船へと侵攻した。数多の仕掛けが牙を向いたものの、それらを全て理解し、その上で解体して邁進し続けていく。そして……
「グッ!へへへ……やるじゃねェかよ異界の剣士様よ」
「…………」
沈没船の最深部にて、無慙は船長である者と戦っていた。しかしその戦況は一方的と言えるほどで、蹂躙とすら言えるのかもしれない。
相手の名はこの沈没船の船長『ジョナサン・ジョーンズ』と名乗った。その姿は人の様に直立をし、銛を獲物にした鮫だ。しか無慙の剣戟を完全に防ぎきれず、壁面へと飛ばされた。その光景を見て部下達が不安そうな表情をしているものの、それを払拭せんと立ち上がってそう言い放った無慙はその姿を見て眉を顰める。
「お前、なんのために戦っている?」
「……あ?」
「戦う前に、この世界は既に詰んでいる。世界を作り直すことも、既存の者らで作り直すことも出来なくなった。そう聞いて信じられない、とかそう言った反応がお前には皆無だった。つまり、お前の中では想定内の答えだったというわけだ。だから」
「どうせテメェに勝とうが負けようが、滅ぶことには変わりないのになぜ争うのかってか?くだらねぇな、そんなの決まってるだろう。」
無慙の問い掛けに対し、ジョナサンは食い気味に答えた。そこに後ろめたさ、諧謔のような雰囲気は一切なく、誰の目から見ても本音だとわかる姿だろう。
「漢の意地だ、いずれ滅ぶと聞いてはいそうですかって無抵抗で受け止められるかよ。心が疼くんだよ、最後の最後まで派手に馬鹿をやって、自分の生涯にピリオドを納得できる形で刻もうってな。戦い、争う理由なんぞそれくらいで充分だろう。」
「………それがお前の戦う理由の全てか?」
「……んまぁ、後は消え去ったダチの弔いってのもあるがな。」
「ほう…………」
どこか水臭そうに、そう答えるジョナサン。もしかしたら、後者こそが彼の本音の部分なのだろう。そこは無慙も察しているが、必要も無く態々蒸し返すほど無粋な性分はしていない。もっとも、裏を返せば充分彼のことを見定めた裏付けにもなるのだが……
「ま、そう言うわけだ。俺の我儘に付き合ってもらうぜ、異界の剣士ッ!」
「来い、その無骨にして無様さを飲み込んでくれる!」
「舐めんじゃねェぞ、ダイヤモンドカッター!」
瞬間、ジョナサンの両脇に氷で出来た円盤状のカッターが二つ浮かび上がり、それが無慙に向かって一人でに迫り来る。
無慙は剣から漆黒の炎を発動させ、前方からくる一撃目、そして背後から迫る二撃目のどちらも難なく迎え撃った。しかし、それもジョナサンの想定内。
「ライトサーベルゥゥゥッ!」
ジョナサンの握る銛からバーナーのような細長い蒼い炎が発生し、それを剣のように振り上げる。無慙はそれも正面から剣をぶつけ、黒と蒼が衝突する。
それはまるで覇者にして漢同士の激突、漆黒の殺意を纏う無慙と、蒼穹の戦意を溢れ出すジョナサン。剣戟と睨み合いをぶつけ合いながら、互いに一歩も譲らない。だけど…………
「ガァッ!?」
弾け飛んで壁面に激突するジョナサン。悲しいほどに、戦力の差が大きすぎた。会話をすればするほど、時間が経てば経つほどに強くなるのが無慙の特徴、それはジョナサンも直感と経験で理解しているが、それでも無頼さを露わにして笑みを浮かべながら獲物を振り上げる。
その様子を見て、不安さを孕みながらも部下たちが声を張り上げる。
「行けェ、親分!」
「俺は死んでもアンタに着いていくぞォ!」
部下たちから声援が飛び交わり、まるでライブ会場さながらの騒がしさとなった。しかし、その最中……
「……お、俺は、俺は無慙を応援したくなった。」
「ハァッ!?」
ふと、一匹の部下が無慙へと声援を送ろうとした。直後、他の者らが奇異なものを見るような目線が刺さる。
裏切り者、言葉にせずともそう叩きつけるような雰囲気が場を包む。だが……
「やめねェかお前達!」
「ッ!親分……」
その重い空気を払ったのは、ジョナサン・ジョーンズ。無慙から受けた攻撃で、銛を杖代わりにしなければ倒れそうな重症。
しかし、それでも目線から戦意は途絶えてない。そして背中を向けつつも、視線を部下達に向けながら言い放つ。その様子を、無慙は水を刺すような真似はせず見届けている。
「良いじゃねェか、漢なら惚れた魂に心血注ぐのが本懐ってもんだろうが。それに世界最後の日がもう間近なんだ、そんな特大の馬鹿をするのだって良いだろう。俺はそれを、裏切りなんて思わねェよ。それとも何だ、お前たちの慕う船長は、そんな狭い器量だと思うのかよ?」
「そ、そんな事は……」
「なら、ここから先お前達は魂から感じた奴に向かって全力で応援しろ。後悔の欠片、一つも残さないように……なァッ!」
銛を床へ叩きつけ、ジョナサンは仁王立ちをする。その苛烈な魂を象徴するように、ライトサーベルも熱く、激しく、そして鋭く閃光を撒き散らす。
「もう一度言うぞ、漢なら心底惚れ込んだ魂に心血を注げ!世界最後の日はもう間近だ、半端なことして後悔なんてするんじゃねぇぞオォォォッ!」
『ウオォォォォォ!!』
「…………」
「勝て船長」「負けるな無慙」「船長やっちまえ」
「アンタに惚れたぜ無慙」……といった声援が沈没船全域に響き渡る。それを聞いて、見届けても無慙の表情は不変の殺意で満ちている。しかし、その光景を前に決して嫌悪感を感じさせない。
それを察したのか、ジョナサンは不敵な笑みを浮かべながら声を掛ける。
「騒がしくて迷惑か?」
「そうだな、実に鬱陶しい。」
「だけどアンタが見たかった光景は、こう言うもんじゃないのか?己の心に嘘偽りなく、その決断と運命は神だのの導きではなく、己の責任のもと選び定める。そういうノリが好きそうだなって思ったが?」
「否定はしない、そしてお前もそうなんだろう?」
「当然よ、そういうノリを弁えてる奴こそ、熱い魂の乗った拳を込められるってもんだ。」
「良いだろう、ならばその熱を俺にぶつけてみろよ。」
「言われるまでもねェっ!」
ジョナサンがそう言い放つと同時に、鮫肌がまるで血のように赤色に染まる。そしてライトサーベルを構え、無慙へと鋭い視線を向ける。
それに応えるように無慙も剣先をジョナサンに向け、そして両者が一気に駆け出した。交差する黒と蒼、その刹那の衝突が沈没船に静寂を齎し、その果てに決着へと辿り着いた。
「………これがアンタの魂か。何とも冷徹で冷たく、だけどしっかりと熱意の籠った剣だ。」
ジョナサンの胸部から血が滴り落ちる、もはや彼の命は潰えるだろう。部下たちもそれを察し、涙を流して嗚咽の声がところどこから漏れる。
「ああ、これなら満足だ……アンタになら託せる。勝手な願いなのだろうが、俺たちの命を奪う対価としてひとつ頼まれてくれよ。ああ、そんな難しい話じゃあねェ。」
「言ってみろ。」
「この世界の終わり、ちゃんと看取ってくれ。」
「承知した。」
そう言い残して、ジョナサンが床へと倒れ込んだ。倒れた音が鳴り響いた直後、今度は無数の獲物が鳴る音が聞こえる。
部下達の銛が、全て無慙へと向けられていた。全員が涙を流しているものの、その視線は刃物のように鋭かった。それを見据え、無慙は問いかける。
「それがお前たちの最期の決断ということでいいのだな?」
「ああ、俺たちが束になったところでアンタに勝てるとは思ってない。だけど、親分は俺達含めてアンタに託すと言ったんだ。そこに不満も文句もない、だから俺たちは親分の決断と共にに殉ずると決めたんだ。」
「…………馬鹿どもめが、ならば一人残らず相手してやる。来い!」
金属音と共に鳴り響く血飛沫、沈没船から漏れる血糊が海底を少しだけ朱色に染めた。そして無慙が抜け出した頃には、もう生きているものは皆無となった。
その中の光景はまさに、屍山血河と呼ぶに相応しいだろう。しかし、彼と相対した船長とその部下に、一片の後悔もない。かつて熱い友情を結んだ友、それが独裁者に敗北してからは無色な世界となり絶望していた。そんな彼らに色彩を齎した無慙はまさに、異世界からの救世主の様に見えたのかもしれない。例え殺意に帯びた存在だとしても。
「キキキ……ようこそ異界の剣士どの、私の名はヤリドヴィッヒ。長旅ご苦労でした。」
「………………」
海から最寄りの街に入ると、そこにはヤリドヴィッヒと名乗る老人が出迎えてきた。
「お疲れでしょう、どうぞ寝室は用意してますのでそこでごゆっく」
「黙れ」
無慙の拒絶の声と同時に、漆黒の斬撃がヤリドヴィッヒの横を通り過ぎていった。爆撃の音と共に、寝床と思われる住居が跡形もなく消え去った。
それを見て、ヤリドヴィッヒの表情に戦慄が帯びる。
「…………は?」
「お前の奸計は既に理解している、寝床に入った俺を爆殺する気だろう?」
「な、何故それを!?」
「鮫共から聞いた、もっとも俺にその手の安らぎなんぞ不要なのだがな。お前達屑を殺すのに、立ち止まる時間なんぞ寸毫も無い。」
そう、実はジョナサンからヤリドヴィッヒ達の情報はある程度共有されていた。彼らが策謀を使って来る刺客だとすでに知らされている。
「くっ、痛みも感じさせず楽に殺してカジオー様に知らせようと思ってたのに……こうなったらやむを得ん、来いお前達合体だ!」
すると隠れていた部下達がヤリドヴィッヒのもとに集まり、奇妙な音を鳴らしながらその姿が合わさった。そしてその果てに、赤色が特徴的な、槍が人型になったような怪人の姿となった。これがヤリドヴィッヒの本来の姿なのである。
「ケンゾールとユミンパを倒したようだな、だが俺をアイツらほど甘いと思うなよ?槍の錆にしてくれる!」
「御託はいい、さっさと来い。」
「粋がったな、貴様の首をカジオー様の手土産にしてくれる。」
ヤリドヴィッヒはそう言いながら自身の頭部を槍に組み込み、そのまま無慙に向けて刺突を放った。その鋭さはまさに達人の技で、単純な威力ならユミンパの矢を上回るだろう。
彼ら武器の怪人は、人間と同じ構造の体ではない。故に頭部が通常とは違う場所、そしてそこから生じる視界不良による動きの不調なんてことが起こらないのが窺える。もっとも、それでは無慙を捉えるにはまだ足りないが……
「ほう、避けるのは上手いようだな。ならば、いってんしゅうちゅう!」
「ッ!」
瞬間、今までと同じように槍による刺突だが、威力と速度ともに今までとは攻撃の質が違っていた。無慙の身体に被弾しつつも、その背後にある壁や建物に風穴が開く質の深い痕跡が刻まれた。
だが、それよりも大きな衝撃を受けたのはヤリドヴィッヒのほうだった。無慙の体に攻撃が当たったはずなのに、まるで水に手を突っ込んだように浅い手応えだった。だが、その直後に不敵な笑みを浮かべつつ、得た答えを口にする。
「キキキ……なるほどな、お前はどうやら本当に人間ではないようだ。」
「フン、だったら何だ?その程度の答え、ユミンパとやらも言ってたぞ。」
「勿論そのくらいの情報共有は得ているが、やはり確かめてみないことには確信は得られないのでな。情報というのは、100%正しいと確信を得てからこそ、初めて価値の生まれるものだ。半端な理解は、錆のようにいずれ自らの破滅を齎すものだ。他者からの信頼も失い自分の居場所すら無くす。」
「ほう、それで?」
「ああ、ここからが本題だ。先に結論を言うとだな、お前は剣の精霊の因子を持ってるのだろう?」
「ッ!」
無慙の表情に戦慄が走る、他人に非人類と言われることはよくあることだった。しかし剣の因子を有していることまで言及されたのは、この世界の住民……否、かつて戦ってきた強敵達ですら、辿り着けなかった真実である。
「キキキ……その顔と沈黙、肯定しているようなものだ。これで俺も、カジオー様からお褒めの言葉を頂戴できる。」
「……その口振り、何か確信を持って出した答えだな。」
「なに、俺も武器として作られた存在だからな、匂いと経験で何となくわかるんだよ。剣技に関しては二流であるものの、お前という刃についた血と錆の匂いが、あまりに桁違いだった。この世界はおろか、俺の預かり知らない世界を探してもお前ほどの殺戮をした奴はいないだろう。」
「作られたものとしてか……なるほど、舐めた真似をしたな。俺を貴様らと同類に見るなんぞ、反吐が出る。」
殺意と怒りを露わにしながら、無慙は剣を振り上げてヤリドヴィッヒに斬りかかった。しかし彼は槍をまるで棒術のように回しながら、その攻撃の矛先を逸らして直撃を回避する。
「キキキ……そうカリカリするなよ。もっと遊ぼうじゃねぇか。ミラージュアタック!」
「そして、フレイムストーン!」
「キラリりゅうせいぐん!」
「面妖な真似を……」
すると、ヤリドヴィッヒの姿がブレて姿形の同じ分身が姿を現した。それと同時に空から巨大な火球と、煌めく流星群が降り注ぎ無慙へと襲い掛かる。
「グゥッ!」
無慙はその一つ一つを斬り払っていく。巨大な火球を、そして地面に着弾して爆発する流星群を。それら自体大した損傷にはならず、街に破壊をもたらした空からの使者がようやく止まった。
しかし、それすらも想定内とカタカタと笑うような男が煙の帷の先から聞こえてきた。いや、これは煙ではなく……
「もう遅い、すいじょうきばくはつゥッ!」
「ッ!」
これもヤリドヴィッヒの戦略だった。爆破に紛れて、水蒸気を発生させていたのだ。その言葉と共に、まるで核爆発を連想させるほどの火の手が上がる。街が更地になるだけでなく、直近の海面すら蒸発させかねない暴威を齎した。
そして更地に舞う煙幕が晴れれば、ケタケタと笑うヤリドヴィッヒには勝利の確信の顔が浮かび上がってた。
「キキキ……このヤリドヴィッヒの提案を蹴った時点で、貴様の運命は敗北確定だったわけなのだよ。これで俺も出世間違いなし、俺の役に立ってくれて礼を言うぜ、異界の剣士よ。」
「そうか、そんなに出世がしたいのだな貴様は。」
「な、なぁッ!?」
しかし、その声がヤリドヴィッヒの背後から聞こえてきた。背後の無慙は血を吐き捨てながら、彼に剣先を背中に突きつけていた。
「しかし、あくまで出世願望が顕になってるだけで、別段下剋上の欲望は見られない。作り手に牙を剥く意思はないと。」
「あ、当たり前だ!カジオー様は産みの親、ならば創造主に敬意を示し従うのが筋ってもんだろうが!」
「阿呆か、生み出した敬意を示すのは確かに筋だろうが、従うかどうかは別問題だろうが。刃とは例え創造主であっても、触れたるものに破壊を齎すものだ。」
「な、何が言いたい……カジオー様に牙を剥かん俺を無能とでも嘲笑う気か。」
「違う。カジオーとやらに逆らうも従うも、あるいはそれ以外だろうとも好きにすればいい。だが、それは単に生み出してくれた恩とやらだけでは小さいだろう。」
無慙の脳裏に浮かび上がるは、かつて第一神座で殺した不変を求めた者たち。そして、沈没船で世界の終わりを覚悟した鮫達だった。
「武器として高みを望むならば、生まれて意思を持つものとして、己の魂の疼く本音に素直になるべきだろう。上位存在の指示に、思考停止して従うお前の魂に不変の輝きは見えん。木偶の槍だな、芯が無い。」
「魂?魂だとォ……キキキ、キキキキキキッ!くだらん、そんな目に見えず、匂わず、殺し甲斐のない存在なんぞ知るかァッ!
もう一度喰らえ、すいじょうきばくはつゥゥゥッ!!」
ヤリドヴィッヒは再び手を翳せば、無数の穴から水蒸気が漏れ出した。それと同時に、姿を眩ませていた分身が無慙の背後から現れて掴み掛かろうとした。拘束してすいじょうきばくはつを喰らわせるつもりなのだろう。
「邪魔だ退け、お前が分身なのは既に見切っている。」
分身と本体はすでに見極めており、振り向きながらそう言い放ちつつ分身を裁断する。そして直後に、本体であるヤリドヴィッヒに向けて駆け出した。
その直前に、再び爆発が発生する。加えて今度は、ヤリドヴィッヒの一点集中の刺突まで繰り出される。
「鈍い」
だが、もう彼の本質は掌握されている。それは即ち解体の刃の鋭さは最高峰に達している事の証明となる。街を更地にした爆破を空間ごと斬り刻み、ヤリドヴィッヒの晒された弛緩箇所に、槍の頭頂部諸共刃を刻む。
基本、攻撃中は防御が疎かとなる。例え爆発地点であろうとも、決して閉じない無慙の瞳がそれを逃すことはあり得ない。煙幕が晴れれば、ヤリドヴィッヒの身体は、解体されたオモチャのようにバラバラとなる。その果てに、まるで蒸発する水のようにゆっくりと姿が消滅し始めた。
「ば、馬鹿な………このヤリドヴィッヒがこんな所で?俺は、俺は出世するんだ………こんな、ところでェェェェッ!?」
その断末魔を海岸に響かせながら、ヤリドヴィッヒは消滅していった。
「…………」
その様子を見届ければ、無慙は一度海原に視線を移す。そして数秒の沈黙後、次の殺戮の地平を目指して歩を進み始めた。
余談ですが、多分無慙の元にベリアルが来れば、こんなふうな問答の果てに斬殺処刑をしてたのだろうなぁと思いました。