狼さん@がんばりたい 作:葬炎
「ここは……どこ?」
彼が気がつくと、そこは辺り一面が木で囲われた、まるで森の中のような人っ子一人いない場所だった。
どこだここ、さっきのトラックで自分は死んだんじゃ、という困惑をなんとか心の中に押しとどめ、なにをすればいいのかわからなく、とりあえず人を見つけようと動き出す。
「なに、なんなの……? なんで僕だけこんなことになるの……?」
先ほどまでの不良たちのいじめによる理不尽、今の意味がわからない状況という二つの理不尽に侵された彼の心は決壊寸前で、今にも泣き出しそうだった。
それにさっきまでは混乱していてわかっていなかったようだが、自分の体が思うとおりに動かなくなっていることに気付く。四つん這いで、高校生なのに赤ちゃんのように惨めに四つ足で動かないといけないという現状にまた泣きそうになり、しかしそれ以上に―――怒りを抱いた。
「なんでっ……なんで僕だけなんだ! なんで僕ばっか不幸なんだ!! そんなのって、ないよぅ……」
自らの不幸を嘆き、叫び、それでも変わらない今に気づき、彼は思い通りに動かない体を無理に動かし丸まろうとする。
そこで彼は気づいた。
「えっ、なにこれ……動物の、足?」
今だ怒りと悲しみでまともに働かない頭を必死に回し、現状を理解しようと目の前のモノを見つめる。
彼が丸まろうとして見えた自分の下半身にあったものは―――銀色のような鮮やかで綺麗な色の毛で包まれた、まるで犬のような足だった。
「えっ……犬……?」
一瞬の間の後、彼は跳ね起きるかのようにバッと体を起き上がらせ、自分の足、四肢に力を入れ駆け出した。
今彼が求めているのは自分の顔、全体を観れる場所。すなわち―――川や湖だった。
「はっ、はっ、僕が、犬!?」
認めたくない現実、しかしさっきまでの動かしにくかった体は今、今までの生の中で一番の最高速なんじゃないかと思うほど速く、力強い反動が足に返ってくる。
そのままごちゃごちゃと考える自分の頭をとりあえず目先の事実を確認することに集中することで深く考えないようにし、しばらく走っていると川が見えてきた。
そこにすぐに辿り着き、バッと川に顔を近づけ、反射して見える自分の顔を確認すると、やはりと言うべきか。
「やっぱり……僕は犬? になってる」
目つきが鋭く銀色の体毛が神々しく輝いてるように見える、体は子どもなのか小さいが犬のような姿だった。
「どういう……ことなのっ」
そこで彼の混乱は極みに達し、気づけば周りは夜になっていて、しかも、
「雨……か。僕の心情を表してるようだ……ははっ」
ポツリ、ポツリと水が降ってきて、今にも雨が降り出しそうだった。
それに彼は少し自虐するかのように乾いた笑みを浮かべると、動きたくない体を叱咤し雨風を凌げる場所を探しに歩き出す。
もう彼の目から涙が溢れ出ることはなかった。
そして彼が川の近くを離れ見えなくなったころにはザーザーと、滝のような土砂降りが森を襲っていた。
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この森にきてからだいたい一週間
「くっ、やっぱ難しいよね」
彼は今の姿に慣れ、魚を取りにあの自分の顔を確認した川まで出向いていた。
その姿はあまりにも自然、まるで人間だった頃がなかったかのような、最初から自分がそうだったかのような振る舞いだった。
「ていっ……! やった!獲れた!」
肉球のような手で罠なんて作れるはずもなく、当然素手(前足)でだ。
「よしこの魚をさばいて塩を振って……あっ」
笑顔でなにかを探すような素振りを見せた後、すぐなにかに気づき目が虚ろになる。
そう、彼は人間だった頃を忘れたわけでなく、当然最初からこのような姿だったわけでもない。
ただ彼は意味のわからない現状に理解ができなく、納得もできるわけがなく、しかし全てを諦めてしまったのだ。
一日目と二日目はずっと寝た。これが夢とかそんなものだと信じ、どれだけ眠たくなくても自分の見つけた巨大樹に空いてた穴に入った先にある空洞の中でずっと寝ていた。死ぬまでこうしてようかなと思うくらいには寝ていようとしていた。
三日目、寝ていても外も自分も変わらないことに気づいた。人間には戻れないし、外はマンションが乱立していてどこ見ても人間がいたような場所ではなかった。それを認められず、その日はずっと不幸を嘆いていた。
四日目、飲まず食わずはさすがに飽食の時代を生きていた彼にはきつく、そとに出てあの川の水を飲みに行った。久しぶりに口にした水はとても美味しく、またそこに映る自分の姿を確認し涙が出た。その日はもう巨大樹の住処に帰り寝た。
五日目、彼は外の森の中を駆けてた。特に理由があったわけではなく、なんか走りたかった。走っていたらお腹がすいたので魚を食おうとするが手段が思い浮かず断念。ウサギのような動物は見かけたがさすがに現代人だった彼にはきつかった。
六日目、昨日走り回ったおかげで自分の走る速さ、障害物を避ける反射神経など、自分の犬の体のスペックが高いことに気づいた彼は素手で魚を獲ろうと奮闘する。が、予想以上に素早い魚の動きに翻弄されずぶ濡れになった後に帰宅。寝た。
そして今日、七日目。彼はなんと素手での漁に成功する。が、食べる方法が思いつかなく陸に上がったことによりビチビチと跳ねてる魚をどうするか考える。結果―――
「ごめん……お腹が、すいてるんだ」
振り下ろされる手、動きを止めた魚を口に咥え頭のない状態で川を使い洗い、そのあと空腹の勢いに任せ一気飲みした。
この姿になってから始めて食べた魚は血なまぐさかった。
泣いた。
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この姿になってから数年が経った。
前は滅多に見かけなかった自分以外の動物が今じゃ歩けばすぐ見つけれるようになって少しばかり驚いてる。しかし兎っぽい動物やら小鳥など自分が近づいても逃げるどころか擦り寄ってくるのは少しばかり野生というか警戒が足りない気がする。彼からしたら嬉しいのだがそれで生きていけるのかと心配になった一面だった。
前は魚一匹捕まえるのにも何時間と奮闘していたのが昔のことのように今は前足一振りで何匹も捕まえれるようになった。それに調理ができるようになった。鋭くなった爪を使いさばくのだ。調理と言っても血抜きだけだが、これだけでも食いやすさはだいぶ変わる。
あと彼は大きくなった体を見て一つ疑問を覚える。
「これ……犬じゃなくて狼じゃね?」
川に映る自分の姿を見てぽつりとつぶやく。
銀色の体毛という異質さはあれど、その姿は昔博物館で見た絶滅したと言われる日本狼に似ている。気がする。
その場合彼は肉食であり今まで魚だけとたまに野草食べてるだけなのに大丈夫かと思うが、そもそも魚食べてる時点で普通ではないので深く考えないことにした。
「まぁ……いっか」
大きくなった自分の体を横たわらせ丸まる。ゲームやPCなんてないので走るか寝るしかやることはない。
すると、丸まった足の間に小さい動物たちが集まって一緒に寝る体制に入り、鳥などが近くによったり体の上に止まったりする。ここ数ヶ月はこんな感じで昼寝するのだ。
彼は今のこんな時間がたまらなく好きであり、今では完全に前向きになれてると言えるだろう。人間だったころを忘れたわけではないが、深く考えないことによって彼は今、現状に満足してる。
そして彼はまた夜になりそれぞれの住処に戻り、自分もあれからずっと泊まっている巨大樹に帰る。
明日もその先もきっと変わらないと漠然に思いながら。
昔、とある山にて銀色のかくも美しき獣がいた。
その獣は山の長であり、見た瞬間挫いてしまうような威圧感があったそうな。
しかしその獣、決して人や動物などを襲わず、むしろ自然の脅威や妖怪どもには果敢に立ち向かい山やそこから付近の村はずっと助けられてきていたのだ。
結果、その付近の村が発達し獣がいた山がどんどん削られていき、最後にはなくなったのはなんたる皮肉か……。
しかしかの狼を敬い神と崇め社が立ったのはせめてもの償いと言えようか。いや、結局は人間の身勝手か。
山がなくなった後この獣を見た者はいなかったという。
中二病より高二病のほうが多い気がする