ソル・エ・ユニーク   作:グナードン

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ということで二話目です。


第二話

 携帯を見ていた顔を上げると、そこには疲れているサラリーマンの姿があった。彼は顔を上げた瞬間に僕と目が合うと、さっと視線を逸らし、吊り革を掴んでいない左手をポケットに入れ、携帯を取り出した。メガの奥の目が死んでいるためか、彼の動作には力がこもっていなかった。

周りを見渡せば、そこかしこに人がいた。対面の席には、僕たちのように座っている、スーツを着こなしている女性が一生懸命に携帯を触っている。横を見れば私服姿の若い男性達が楽しく会話している。

 電車という大きい箱の中には様々な人種がいて、そこに意識を向ければ、彼らがどんな風な一日を過ごしていたかが読み取れる。

 溜め息をついて、両手で吊り革を握っているサラリーマンは、多分今日盛大にやらかしたのだろう。きっとなんで俺ばっかりと思っているか、今日は金曜だから早く忘れようとポジティブに考えているかのどちらかだ。

 隣の大学生たちはサークルの飲みがあるのか、どこそこの店前で集合だったよな、という会話をしていた。その大学生たちの前に立っているスーツ姿のおじさんは世間知らずがと思いながら、およそ使いこなせてもいない携帯を一生懸命に指を立てながら操作している。

 色々な人がいる中で、僕たちもその色々な人の一人であることを認識しなければならない。それがこの世界における一つの真理だ。みんな違ってみんないいという言葉は、尊重しなさいという意味ではなく、みんな違うから、人は他人のことを気にしないという偏屈な理屈から来るものだと考えられる。

 例で言えば電車の中が一番わかりやすい。電車に乗っている人はみんな目的地のことだけを考えているし、他の人には興味がない。早く着くことを待ちながら、暇つぶしをしている。しかも十人十色な暇つぶしだ。みんな同じことをしているわけではない。気になることなんて一つもないんだ。羨望のような嫉妬さを覚えることもあるかもしれないが、ただそれだけ。きっと目的地に着けばそれも忘れてしまう。明日には昨日の電車に乗っていた記憶すらないんだから、嫉妬すら忘れてしまっている。所詮そんなもんだ。

 僕は前に立っているサラリーマンを鼻で笑い、肩に乗っている頭をゆっくりと動かした。途中でカクンカクンと動かしていたので、随分と眠たかったのだろう。

 

「咲希、もう起きないといけないよ?」

 

 綺麗な艶のある長い金色の髪を撫でながら、ゆっくりと起こす。丁寧に撫でていると、手に馴染んで何度も撫でてしまう。髪が僕の顔の近くにあるためか、良い匂いがする。おかしいな、僕と同じシャンプーを使っているはずだが……女性特有の化学反応てやつか。同じものを使っていても、女性の方がいい匂いがするのはそういうことでしか説明つかない。

 咲希は口を少し動かし、僕の肩からゆっくりと頭を上げた。本当に寝ていたのか、その目には少しだけ涙が滲んでいた。

 

「もう着いた?」

 

 褐色な肌をした腕で、小さな顔に付いている目を擦りながら欠伸をする。僕は苦笑しながらポケットに入っているハンカチを渡した。彼女はそれを受け取ると、すぐに涙を拭い、僕のポケットにハンカチを捩じ込んだ。

 

「そうだね、もうそろそろ名古屋駅だ。咲希はどこでも寝ることが出来るんだね。こんなうるさい電車の中でも寝ることが出来るのは才能だと思うよ?」

 

 僕がそう言うと、彼女は少しだけ機嫌を損ねたのか、顔を近づけた。褐色のある綺麗な顔が僕の視界に広がる。

 

「それはなに?バカって言いたいの?」

「違うよ。さっきも言ったでしょ?才能かもよって……エンリコ・ポリーニではないことだけは願うよ」

「……?」

「立ったまま寝るのは御法度だよってことさ」

「そんなことにはならないもーん」

 

 咲希は、足をぶらぶらさせながら口を尖らせる。つい金田と会話しているような口調で話したが、彼女にはさっぱりなんのことか分かっていない。まあ、そんなところが彼女らしいと言えばらしいが、いささか通じないと少し落胆する。それも仕方ないことなんだけどね。

 そう考えていると、咲希の足が前に立っているサラリーマンの足に当たった。

 

「あ……」

 

 咲希が小さく声を漏らした。それと同時にサラリーマンは携帯に向けていた視線を咲希に向ける。嫌悪感丸出しの眼が咲希を捉えると、彼女は僕の腕に抱きつき、少し怖そうな表情をしているサラリーマンを見つめた。

 自分が処理できない問題はいつもこうだ。僕はそのケツを拭いている。

 僕はサラリーマンを見ながら、申し訳なさそうな表情を作り、小さく会釈する。彼は僕のその行為を見るなり、すぐに携帯へと視線を変えた。

 今だに怯えている咲希の頭を撫でながら、大丈夫だよと呟くと、彼女は僕の腕に顔を埋めた。

 

「みんな違ってみんないい。君が思っているほど、人は人を怒らないよ」

 

 サラリーマンに聞こえないくらいの声でそう言うと、咲希は小さく頷いた。全くもって臆病な動物だ。一人で生きてきた人間とは思えない。これで僕よりも年上だと言うのだから尚更おかしいものだ。

 そうこうしていると、名古屋駅に着いた。人々はこぞって降りる中、僕と咲希は一番最後尾で降りていく。その最中でも彼女は僕の腕に顔を埋めていた。

 彼女の表情が見えたのはしばらくしてからだった。僕が前を見ないと危ないよと言って、やっとこさその顔を上げ、曇った顔が見える。君は誰よりも優しい人間だからそういう表情になるんだよ。

 咲希は首からかけていた有名なアニメのポーチから切符を取り出し改札を出る。僕はその後ろにつき、それに倣うように切符を改札機に通した。

 僕が出るのを待っていたのか、彼女は僕が出るとすぐに腕にしがみついた。こうなると少し厄介だ。前にもこれで待ち合わせに遅れた。

 僕は咲希に優しく話しかける。

 

「歩きにくいから離れようか」

「いや」

「早く行かないと待ち合わせに遅れるよ?」

「いや」

 

 人生で二、三度訪れるイヤイヤ期。彼女は一ヶ月に一度訪れる女の子の日以上にこのイヤイヤ期が訪れる。自分が失敗した時や何か申し訳ないことをした時だ。前回見たのはおよそ数日前か。僕のコーヒーカップを手を滑らせて割った時だったと思う。あの時もこうして絶対に僕から離れてはくれなかった。こうなると何かこの後に楽しいことが起こるのを待つか、それとも次の日を待つかの自分では選べない二択を選ばないといけない。楽しいことというのは、もちろん彼女にとってのということになるので、どうしようもない。

 せめて君が言うことを聞いてくれる優しい子だったら……それこそフォレスト・ガンプみたいな子だったら、もう少し扱いが簡単だったかもしれない。

 僕のため息に気づいたのか、咲希は不安げに見つめた。

 

「……怒ってる?」

「何に対して?」

「……」

「わからないならゆっくり考えようか。僕はいつまでも待つよ……その前に目的地に行かないとね」

 

 僕の言葉に咲希が頷くと、僕たちの横を通った車が急にクラクションを鳴らす。急の音に驚いたのか、肩をビクつかせながら先程のように僕の腕に顔を埋めた。大きな音の方に目を向けると、黒いハイエースがハザードをつけながら止まり、しばらくしないうちに窓を開けた。見慣れた人がいるのを視界に入り、思わず苦笑してしまった。

 

「遅いぞ、何やってたんだ」

 

 金田は大きな声で僕たちに話しかける。

 

「言うことを聞かない女の子のご機嫌取りだよ」

「チャーリーに出てくるガキみたいでいいじゃねぇか」

「咲希は優しい子だからすぐさま工場をもらえるよ」

 

 僕は優しく咲希の頭を撫でながら、笑顔を作ると、金田は呆れたように首を横に振った。君は入れ替えの毎日を過ごしているからダメなんだ。ニッキのような生活を改善するところから始めるといい。

 僕と金田が駄弁っていると、今度はその後ろの窓が開いた。頭の上にダイヤモンドが散りばめられたティアラを乗っけている女の子が顔を出した。彼女は幼い顔立ちをしているが、二十歳である。世の中は本当に恐ろしい。本当に咲希と同い年か聞きたくなる。

 

「さきちゃんだ!!」

 

 彼女は幼い女の子特有の甲高い声で名前を呼んだ。その声に咲希は僕の腕に埋めていた顔を上げ、声がした方に顔を向ける。

 

「ティアラちゃん!!」

 

 咲希はパタパタと音が鳴りそうな勢いで車に向かって走る。ティアラは腕を出して咲希の手を掴んだ。

 

「久しぶりだね!さきちゃん!」

「いつぶりかな?一週間ぶり?」

 

 残念、一ヶ月ぶりだ。そんな野暮な言葉を言わなかった僕をどうか褒めて欲しい。僕は思ったことが口に出るし、表情にも出るタイプと言われているんだ。素直で正直。筋斗雲があったら僕は真っ先に乗れるはずだ。

 僕は周りを見ながら、小走りで車に近づいた。結構色んな人が一瞥してくるので、少しばかり気になる。咲希はそんなことお構いなしに、そんなに久しぶりでもないティアラと機嫌良く話している。先程まで沈んでいた気分はどこへやら、彼女の顔には笑顔しかなかった。

 金田は顎で僕に合図すると、その場でエンジンを吹かす。どうやら早く乗り込めと言っているようだ。時間もそうないのかもしれない。

 

「咲希、車に乗るよ」

「はーい!!」

 

 咲希は僕の方を向いて左手を大きく上げた。小学一年生みたいな返事の仕方だが、そこも可愛らしい。何度も思うが本当に二十歳だろうか。

 僕は後部座席のドアを開け、咲希を中に入れた。ドアを閉めたと同時にそそくさと反対側に周り、助手席のドアを開けて乗った。

 

「改めてごめん、遅れたね」

「ああ、グルグル回ってた。ガソリン代は後で請求するからな。間違っても領収書なんかあると思うなよ」

「言い値で払うよ」

「そうしてくれ」

 

 金田はゆっくり車を動かし、タバコに火をつけ始めた。少し窓が開いているのは僕たちへの配慮かもしれない。

 

「そういえば今日はなんでまたペットなんか連れて来てるんだ?お留守番をするのが犬の役目だろうが」

「彼女は狼なんだよ……あんまりペット呼びはやめてくれ」

「首輪をつけている時点でペットだろ。おまけに今日はリールもつけていやがる」

「首輪じゃない、あれはチョーカーだ。それと首から下げているのはポーチだよ」

 

 金田と僕はバックミラー越しに見えるティアラと戯れている咲希を見ながら会話する。褐色な肌に綺麗な金髪だと黒色のチョーカーはすごくお似合いだ。まあ、僕の趣味も入っているのかもしれないが、それを抜きにしても、本人も好き好んでそれを付けているからそれでいいと思う。

 

「メンヘラチックに改造か。まあ、自分のプラモデルだ。好きにするといい」

「……あまり悪く言わないでくれ」

「なんだよ、コンプレックスか?なら克服しろ。レネー・べネットのように生きろよ」

「あれとは趣旨が違いすぎるよ。僕は自信が持てないわけじゃない」

「あまり知らねーよ」

 

 金田は機嫌の悪い僕を見て、肩を叩いた。元気出せよということではない。俺が言わないことなんて無理だから、お前は気軽に流せという意味だと思われる。さらに金田は胸ポケットからタバコを取り出し、僕に勧めてきた。乱雑に振ると一本だけ出てきて、僕が取るのを待っている。

 

「吸わないよ」

「一本じゃなんも起きねーよ。葦波ドラッグじゃない」

「それでも吸わないよ」

「いいから……ほら」

 

 そう言われ僕がタバコを取ると、今度はライターを僕に近づけた。お酒も飲んだことがない僕に初めて薦めて来るのがこれか。ハードルが高いな。

 僕が口元に持ってきたタイミングで、金田はライターをタバコに近づける。あとは燃えた瞬間に僕が吸えばそれだけで口の中に煙が広がるはずだ。

 

「あー!!ダメー!ダメなのー!」

 

 僕たちの行為を見ていたのか、咲希が声を上げながら助手席に近づく。僕が顔を後ろに向けると同時に彼女は僕からタバコを取り上げた。ティアラは驚いたような表情をしていた。

 

「タバコはダメ!お酒もダメ!!」

 

 僕たち三人が黙ってしまい、咲希の言葉が車内に響いた。一瞬だけ時が止まったような感覚を覚えた。

 咲希は取り上げたタバコを車の窓から捨てる。ポイ捨て禁止だが、そんなことは彼女には関係がないらしい。僕の行為を止めることが優先だったみたいだ。

 僕はそうだねと呟きながら、笑みを浮かべる。

 

「カズは長生きするからダメ!」

「なら金田は?」

「すぐ死ぬ!!」

 

 それを聞いた僕は思わず笑ってしまう。ティアラもそれと同時に笑った。金田はそんな僕たちとは反対に、嫌な顔で舌打ちしながら咥えていたタバコを外に投げた。

 

「同じ穴の狢だろうが。誰だって死ぬんだよ」

「ポイ捨ては禁止だよ」

「お前のペットに言ってから文句言え」

 

 金田はすぐさま新しいタバコを取り出して、火をつける。ライターが思うように付かなかったのか、二、三回ほどカチッという音がした。

 ティアラは膨れっ面でご機嫌斜めな咲希に保護欲が湧いたのか、優しい笑みを浮かべながら頭を撫でていた。

 

「さきちゃんはかわいいねぇ」

「ダメなものはダメだから……」

「そうだねぇ、ダメなものはダメだもんねー?」

 

 彼女たちの会話を聞いてるとこれから仕事であることを忘れてしまいそうになる。まあ、平和な会話ではないが、こういうのがずっと続けばとは思ってしまう。しかし、金は欲しい。金がなければ僕はなんの意味もなさないただの有機物であり廃棄物だ。僕は後ろにいる彼女に向かって話しかけた。

 

「鈴木、物は用意してある?」

 

 僕がそう言ったが、反応がない。不思議に思い、バックミラーで確認すると咲希の頭を撫でている腕が止まっており、こちらを無表情のまま見つめていた。

 

「うん、用意してある。後ろに積んであるから確認して」

「ありがとう。さすがはプロだね……お金は咲希から受け取ってくれ。それと今月の子たちのお金はもう回収済みかな?」

「確認する?」

「いや、後で振り込んでくれればいいよ。通帳やキャッシュカードがあれば君が持っていけばいい。僕の代わりにありがとう。忙しくて回収が難しかったんだよ」

「いいわ。だから苗字で呼んだこと謝って」

「ごめん、あまりに平和ボケしてたからさ」

 

 僕が謝ると、彼女はまた笑顔になって、頭を撫で始める。咲希はそんなティアラの姿を不思議思い、首を傾げていた。漫画であるなら頭にハテナマークが浮かんでいることだろう。

 続けて金田がティアラに向かって話しかける。

 

「今回はどんなモン用意したんだ?」

「同じだよ?バッグに宝石に財布とか……言われた通りSと本物を一つずつ用意したわ」

「在庫はどんだけある?できれば五店舗は行きてぇ」

「流石に行き過ぎだよ。三店舗くらいにしよう。僕の方は話しが長い人ばっかなんだ。それに次いでの回収もある」

「うるせぇ。稼げる時に稼ぐのか金田式スタイルだ。健康優良不良少年を舐めんじゃねぇ」

 

 確かに苗字が一緒だからその言葉は言い得て妙だ。まさしく僕たちは健康優良不良少年だ。でも、デコ助野郎は僕になるのか。少し嫌だな。

 

「そう言えば聞いたわ。貴方達、結構な大金稼いだらしいじゃない?人間そのまま売ったってあのポン中から聞いたわよ」

 

 ティアラは後ろから身体を乗り出して僕たちに話しかける。いま気づいたが、彼女たちはシートベルトをしていなかった。

 金田がその言葉に何か引っかかったのか、僕より先に口を開いた。

 

「お前あいつとヤッたのか」

「ヤッた」

「うへぇ、気持ち悪りぃ。女同士でいうところが余計にスパイス効きすぎてるな」

「結構良かったわよ?でもあれは激しすぎね」

「だから燃費悪いんだよ」

「で?どうやってそんなのできたの?業者は?売り先はどういうルート?どんな人を売ったの?」

「お前も燃費悪いな」

 

 金田はタバコを再び窓から捨て、両手でハンドルを握った。

 

「あれはこいつのシナリオだ」

「へぇ……和樹君、そんなこともできるんだ」

「あれは、行幸だっただけだよ。たまたま金を流していた金融業者からこういう人がいて困ってるって相談を受けたから、利子を含めた金額とそれにプラスでいくらか払って、あとはこっちが面倒見るっていう契約を交わした」

「それで?」

「数年前から独り身だったし、もう信用もないクソだったから、アテにする人も面倒を見る人もいない……だから警察に彼の情報が行くこともなかった。だから全部売ろうって考えただけ」

「脳とかは科学者や国立の医者が買い取って、あとは全部闇医者御用達の業者に流した。その取り分を俺らで山分けしただけだ」

 

 ティアラは腑に落ちないのか、目を細めて僕たちを見ながら再度質問をした。

 

「でも、よく科学者や国立の医者が買い取ったわね。それにそこまでのルートも……流石に運がよすぎじゃない?」

「科学者や医者というのは誰も慈善事業で自分の頭を使っているわけじゃない。新しい医療を見つけてノーベル賞狙ったり、新しい細胞を作って特許を取りたいと考えているんだ……要するに、名声と富をゲットしたいんだ。俺らと一緒だな」

「それに対してのルートはすべてボスから買い取った。だから僕たちの取り分はそんなに多くないよ。一人頭三千万強かな」

「そうやって聞くと結構簡単で単純ね。もっと複雑かと思ったわ」

「まあ、偶々運が良かっただけだからな。それにこいつはこれと同じようなことを履修済みだろ?応用編にしては十分クリアラインだぜ」

 

 金田は何か含んだ笑みを浮かべながらティアラに言った。彼女は少しばかり僕を見つめた後に何かに納得したのかゆっくりと身体を引いた。サイドミラーから見える彼女の顔は金田と同じだった。

 

「……北九州のことね」

「一気に六千万受けとることに成功したら、そらもう一回やりたいと思うわな。今度は自分だけの力でやりたいと思うのも無理もない」

「間違いないわ」

 

 金田はゆっくりとブレーキを踏み、パーキングに入れて車を停めた。ハザードをつけているあたり、どうやら目的地に着いたのだろう。彼が車を停めた場所は人があまりいない大通りを一個挟んだ道路だった。

 僕はため息をついて彼らに対して口を開いた。

 

「やりたいと思うのは勝手だけど、あまりお勧めしないよ?まず人を選ばないといけないし、色々な人が関わってくるし、時間も結構かかる。それと何より危険性が高い。数ヶ月もエサを泳がせれば何するかわからないだろ?本人が自殺する可能性もある……いくら仲介のプロだってそれは難しいよ」

「安心して。私はやらないから。でも、なんであのポン中誘ったのよ?私でもよくない?あの子が必要な理由って単に眠らせる薬を持ってたからでしょ?」

「彼女は必要なんだよ。葦波が言ってなかった?注射した液体は自分が調合したって」

「……そうなの?」

「あいつ、元医学生だろ?知らねぇのか?」

「……知らなかったわ」

「なら覚えとけ。今後何か拐う機会があるなら、あいつを一枚噛ませろ。役に立つから」

 

 僕たちは話しが済むとそれぞれ車から降りる。僕は外に降りてから一度身体を伸ばして大きく深呼吸した。車の中が煙たかったからか、少しばかり身体がだるさを感じた。

 二人はそそくさと後ろに回り込み、トランクを開けにかかった。なんとも早い人たちだ。燃費が悪い車と一緒だ。もっとゆっくりやればいいのに。どうせ汚いことなんだから真剣にこなしても意味がないだろ。

 僕も彼らと同様に行こうとした時、開いていたドアが視界に入った。視界の端に褐色の肌をした足が見えた。そう言えば彼女の姿を見てないな。

 僕が顔を向けると、大事そうにアニメのポーチを抱えながら足を曲げている咲希がいた。涙目になりながら顔を膨らませている。

 

「ごめん、仕事の話しで盛り上がってたね」

「……みんな無視する」

「してないよ。いつもみたいに、構ってくれって言えば君も仲間に入れたんだよ」

「……だってお仕事の話ししてたもん」

「それは……その通りかもね」

 

 咲希はポーチをいじりながら口を尖らせる。僕が言い返せなかったことが悪いが、思ってたより彼女の言葉に納得してしまった。まだ平和ボケが治っていないのかもしれない。

 

「ほら、機嫌を直してくれ。咲希がこれだったら、僕の仕事もうまくいかないだろ?」

「……ほんと?」

「ほんとほんと」

「……じゃあ直す」

 

 咲希はいじけながらもゆっくりと車から降りた。僕の手を掴むが、相変わらずの表情で下を向いていた。じゃあという言葉を使いながら直る人を見たことがないが、今は彼女の言葉を信じよう。

 僕と咲希が後ろに回ると、もう荷物が下ろされていた。段ボールが二個と三個に分かれており、金田は三個の段ボールの側に立っていた。

 

「よっしゃ。ここからは別行動だ。深夜三時にまたここで会おうぜ」

「私はここから飲みに行くから。三時になったらまた来るわ」

「わかった。じゃあここでしばらくお別れだ。咲希、ティアラにお金を渡してくれる?」

 

 咲希は小さく頷いて、ポーチからお金を出し始める。見た目は小さいが中が結構広いので、物を入れるのにはちょうどいい。彼女は数十万のお金とキャッシュカードをティアラに渡した。

 

「本物が高いだろうからその中に入ってる。暗証番号は君の頭についてる王冠と同じ四桁だ」

「イキな計らいね。足はつかないのね?」

「もちろんだよ。しっかり転がして入れたお金だからね。それにそのカードの持ち主がマネーロンダリングで疑われても、彼はいま西成で元気にやってるから見つからないさ」

 

 ティアラは僕を見ながら親指を立て、咲希の頭を撫でる。彼女の頬を優しく触りながら優しい笑みを浮かべた。

 

「ごめんね、さきちゃん。さっきは仲間はずれにしちゃって……こんどさ、ウチに来ていっぱいお洋服着させてあげるね。私と一緒にお着替えたくさんしよ?」

「……する」

「うん!約束ね!」

 

 そう言うとティアラは小走りで大通りに向かって走り出した。僕たちはそれをぼうっとしながら眺める。可愛い足取りがどことなく咲希に似ている。間違いなく、咲希はこの悪い影響を受けたに違いない。

 僕がしばらく眺めていると金田がそう言えばと呟いた。

 

「そう言えば、有村の姉御がお前に話しがあるって言ってたぞ。詳しいことは会合の時にだってよ」

「有村さんが?」

「お前何やらかしたんだ?情報屋に喧嘩売ったらただじゃ済まないことは知ってるだろ」

「なにもしてないよ。僕たちは稼ぎ方は違えど、目的は一緒だろ?理想郷であるエイラを目指してる……そうでしょ?」

 

 僕の言葉に金田は鼻で笑い、段ボールを三個持ってティアラとは逆方向に向かって歩き始める。歩き方がガニ股なのが癖なのか、大股で歩くのが彼なりの癖だ。

 しばらく歩いたのちに僕たちの方を向いた。またしても含みのある笑みを浮かべていたのを距離が離れても確認できた。

 

「ドジを踏むなよフランク!」

「ああ、そういう君もね。フランク!」

 

 それは知っているのかと考えてしまうが、彼が元々洋画好きであったのを思い出し、思わず声を上げてしまった。

 

「行こうか、咲希」

「……」

「あとでパフェ奢るからさ」

「約束」

「ああ、約束だ」

 

 咲希は上目遣いで約束と呟きながら、段ボールを持つ。僕は彼女の背中に手を当てながら金田と同じ方向に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 




三話目も出来ているのでそのうち投稿します。
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