気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい   作:たゆな

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第21幕

 岩場の冷たい感触が落ち着かず、イツキは小さく姿勢を直す。眼前では瑞希が腕を組んだまま、まるで心の奥まで覗き込むような視線で睨んでいる。紫がかった瞳は静かに揺れ、怒っているというよりも“確かめようとしている”ようだった。

 

「……で、キミは本当に神子と会ったことはないんだよね?」

 

 その声音は淡々としているのに、妙に圧がある。小さく息を吐きながらイツキは肩をすくめた。

 

「はぁ……だから何度も言ってるだろ? ないよ。名前は知ってるけど、面識なんてまったく」

 

 瑞希はわずかに目を細め、静かに一言。

 

「──嘘だ」

 

 短い言葉なのに、周囲の空気がわずかに震えたように感じる。

 

『今の彼女には何を言っても無駄だと思うわ……諦めましょう』

 

(ちょっともぉ、知恵の神ッ! ……なんかいつも諦めるの早くない!? もっと粘って! 考えて!)

 

 眞には聞こえないように、元草神と会話をするイツキだが──

 

『──ねぇ、彼女。”また笑うことができている神子を見たことがあるの?”と言っていたけど……』

 

 瑞希の発言を聞いてしまっている眞に対しては、無駄な足掻きに他ならなかった。

 

(……うーん、一体どういうことなんだろうな。まぁ多分、稲妻の復興作業に尽力し過ぎて油揚げを食べられてないとかそんなんだろ。原神をやってた俺でも、五百年前の稲妻で八重神子がどんな表情をしてたとか詳しく知らんし。これマジだからね、うん)

 

『……そ、そう』

 

 脳内で眞と会話をしている間も、瑞希の追及は止まらない。むしろ、じわりと距離を詰められている気さえする。

 

「”いつも楽しそうにしているあの八重神子が、涙すら枯れて”だなんて、面識のない人が言う台詞とは思えないけど?」

 

『……イツキ?』

 

 目覚めた直後の会話から、イツキが瑞希の記憶を覗いた事は認識している眞。そんな彼女に、今さら"八重神子が泣いていた原因なんて知りません"などと言い訳をしたところで信じて貰えるはずがない。なんなら、無駄に理由を作り誤魔化したことによって──イツキが何かを隠そうとしていた事は明白となってしまった。

 

『……まぁいいわ。イツキがそうやって私に隠し事をする時には、何か他に優先しなければならない事があるんでしょう。それに、どうやら彼女にも知られたくはない事があるみたいだし……一先ずは彼女への対処を考えましょう?』

 

(……眞、ごめん)

 

 イツキは困ったように頭をかく。そして心を落ち着かせるように一息つくと、そのまま決心に満ちた視線で瑞希の顔を睨みつける──

 

『──イツキ、貴方がもう一度彼女の意識へと触れてしまったら……私の権能ではその干渉を防ぐ事はできないわ。なるべく彼女とは視線を合わせないようにして貰えると良いのだけど』

 

 ──ことはなく、行き場を失った決心に満ちた視線は彼女の胸元へと向けられるに至った。

 

「な、何!? 急にあたしの胸を凝視するなんて……もしかしてキミは変た──」

 

「──いや、また記憶を覗くことになったりしないように配慮しただけだ! その……俺には”他人の意識に干渉する能力”があってな。フォンテーヌにいた時、稲妻出身の誰かの記憶に触れた事があるんだと思う」

 

 咄嗟に出た言葉をそのまま吐き出し続けながら、どうにか整合性を取ろうと必死になるイツキ。

 

『イツキ、その言い訳には穴が多いわ』

 

 脳内の草神から指摘を受ける。

 

(仕方がないだろ……即興でそんな完璧なモンは思いつかんて)

 

「誰か、というのは……?」

 

 と、静かに問いを重ねる瑞希。

 

「そこまでは分からないな」

 

 彼女の瞳が微かに揺れた。

 

「それって──神子の事は覚えていたのに……肝心の記憶を保持していた人物の事を覚えてないということ? さすがに無理があると思うけど」

 

 淡々としているのに、切れ味が鋭い。イツキはさらに冷や汗をかきながら、頭の中の草神とやり取りを続ける。

 

『彼女が言っている内容以外にも……そうね。他人の意識に干渉する能力だと、まるで貴方が意識的に使えるかのように聞こえてしまうんじゃないかしら』

 

(……そ、そうか?)

 

 元草神の指摘によって、額に汗が滲む。

 

『……彼女の笑顔を知っているような人物が──漆黒の災厄後にフォンテーヌへと移住しているというのも変よ?』

 

(それは……たしかに)

 

 二柱の魔神がそれぞれ脳内で意見を述べる度に、イツキの背筋がますます冷えていった。

 

「お、俺の意思に関係なく発動するから、誰の記憶を見たかなんてはっきりとは覚えてないさ。それに他人の記憶に触れるときって“それが事実なのか妄想なのか”は区別できないんだ。今回みたいにしっかりと覗き見る形になったのは初めてだし……八重神子──さんだって、昔見た記憶の中では……そう、小さい姿だった! 瑞希の記憶を見て、初めてそれが八重神子さんだったって分かったんだよ」

 

 突如、息継ぎする暇もない勢いでまくし立てるイツキ。

 

『イツキ史上一番の早口……フリーナちゃんと同じくらい早かったんじゃないかしら』

 

『過去に覗き見た記憶を”小さい頃の八重宮司”に設定した事で、漆黒の災厄以前にフォンテーヌへと移住した者の可能性を生み出したわね。まぁ……妄想が含まれるのなら、もはや何でも良いのかもしれないけれど」

 

(彼女の顔を見るに──その辺の小細工に関しては、ほとんど意味をなしてはなさそうだけどな)

 

 瑞希は暫くイツキをじっと見つめる。疑いは晴れていない。しかし、それ以上追い詰めるつもりもないみたいだ。

 誰が見ても納得していない様子だが、なんとも言えない表情で押し黙ると──瑞希は視線をそっと外した。

 

「まあ、本物の八重神子とは会ってない。これは間違いないよ」

 

「そう……なんだ」

 

 場に静けさが満ちる。安心したイツキは胸を撫で下ろしつつ、話題を変えるように瑞希へ向き直った。

 

「──ところでさ、いい豆腐屋知らない?」

 

「……いきなり何の話をするつもりなのかな!?」

 

 ──視線は彼女の胸元を凝視したままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「実は俺──璃月から大豆を運ぶ仕事で稲妻に来たんだ」

 

 唐突な告白に、瑞希はぱちりと瞬きをした。岩場の上に垂れる彼女の髪が、潮風でかすかに揺れる。

 

「えっと……見たところキミの持ち物は少ないみたいだけど。そのバッグ以外に荷物は……?」

 

「重すぎて無理だったから、運搬業者に委託した」

 

「……は?」

 

 思わず半歩だけイツキに近づき、覗き込むように視線を上げる瑞希。必死に視線を逸らす彼を──信じられないものを見る時のような、微妙に眉尻の下がった顔で。

 

「入国審査所では“鳴神大社の人達が快く受け取ってくれるから安心して”って言われたんだけど……普通に考えて、そんなわけないだろ? たぶん受取拒否されて港に置き直される」

 

 さらりと告げられた内容に、彼女の口がぱくぱくと無音で動いた。

 

「ちょ、ちょっと待って。その大豆って……どれくらいの量なの?」

 

「うーん……大きな木箱が何十個か」

 

「何十──!? そんな量、誰が使うんだぁ〜……」

 

 瑞希は頭を押さえつつも、イツキの表情を観察するように視線を運ぶ。

 “冗談を言っている顔じゃない”と判断したのか、息を一つ吐いた。

 

「ま、そうなるよな。返ってきたら無駄にはしたくないし。だから良い感じに豆腐屋とかに提供できたらいいなぁって!!」

 

「そんな大量の、しかも普段使ってない種類の大豆を突然渡されても……豆腐屋が困るだけだよ」

 

『ねぇイツキ……そんなことをしたら、いよいよ甘雨ちゃんへの恩返しは叶わないんじゃないかしら?』

 

「───」

 

 イツキは思わず真顔になる。

 

「そうか。じゃあ、自力で油揚げを作って鳴神大社に送り直すしかないのか……」

 

 まるでそれが唯一の方法かのように確信めいた口調で呟くイツキ。

 

『狂人ね』

 

『あの量の大豆を全て油揚げに……狂っているわ』

 

「じゃあって何が!? 油揚げを作るとか、いきなり何言って……あ」

 

 瑞希は慌てて手を振りかけて──ふと何かを思い出したように、目元が僅かに持ち上がる。

 そして、イツキの横顔を覗き込むように首を傾けた。

 

「ひとつ、案があるんだけど……聞く?」

 

 彼女の声には淡い余裕が混じり、表情には悪戯めいた影。何か面白いことを思いついた時の、どこかの妖狐と似たような──愉悦を含んだ笑みだった。

 

『え?』

 

『まさか……可能なの?』

 

「き、聞かせて頂きやす」

 

 イツキの声がわずかに上ずる。瑞希はその反応を楽しむように、口元だけで笑った。

 

「稲妻の城下町には“烏有亭”って店があるんだけど」

 

(それって確か……五百年後の稲妻にもあったような)

 

『懐かしい響きね……』

 

(あの店って、この時代からあったのかよ……)

 

「キミは──知ってる?」

 

「……知らないな」

 

 イツキの返答に、瑞希は一瞬だけまぶたを伏せる。その短い沈黙の中で、彼女はイツキの反応を丁寧に読み取っていた。そして、夢喰い獏として生きてきた自身の全経験によって理解してしまった。

 

 彼は今──知っているのに、知らないと言った……と。

 

 特に行ったことはないが、店があることを知っている者は当たり前に存在する。稲妻へ来て間もないイツキは城下町にすら辿り着いてはいないが問題はない。稲妻への渡航前に人伝に聞くことの方が一般的ではあるが、そもそも知っていても知らなくても関係はない。では何が問題だったのか、それは──”知っている上で知らない”と発言したこと。

 

 イツキはたった今、明確に──嘘を吐いたのだ。

 

 ここで”知っている”と言う事を避ける理由が──必要のない嘘を吐く意味などあるのだろうか。

 疑念を抱きながらも、瑞希は何も指摘しない。ただ、静かに微笑を整える。

 

『──気付かれたみたいね』

 

(気付かれたって、何に?)

 

『貴方がたった今──虚言を吐いたことに、よ』

 

(えぐいて……)

 

「烏の妖怪の一族がやってる飲食店なんだけど……そこの店主なら、なんとかしてくれるかも」

 

 瑞希はそう言いながら、ほんの一瞬だけイツキの目元を探るように視線を滑らせた。

 

「お、おお……マジか!」

 

『それにしては指摘して来ないわね』

 

『おそらくアレは機会を窺っている……そんな表情よ。イツキのどんな言い訳も意味をなさないほどに、逃げられない──決定的なその瞬間を狙っているのね』

 

(……怖すぎる)

 

 イツキの反応を見届けるように小さく頷き、その後ふっと表情を緩める。表面上は軽い調子の笑顔だが、瞳の奥に残る微かな懐疑心だけは消えていなかった。

 

『彼女の前では、他の人物と対面する時以上に気を引き締めて発言するようにしましょう。嘘が通じ難い相手なんて……厄介なことこの上ないわ』

 

 ──そうだな……と、内心で同意するイツキ。

 

「とにかく行ってみようか! あたしが先に行って話を通しておくから!」

 

 瑞希は軽く身を翻し、地面を蹴る音と共に勢いよく駆けだした。

 その背中は不思議なほど軽やかで、見ているこちらまで走り出したくなるほどだ。

 

 イツキはぽかんとその背を見送り、やがて小さく肩をすくめた。

 

「……まあ、急ぐ理由もないし。俺はゆっくり行くか」

 

 そう呟く声にほんの少しだけ──懸念を乗せて。

 

 

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