気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい   作:たゆな

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──巫女見習い編──
第23幕


「どうした? 何を固まっておる」

 

 背後から不意打ちのように落とされた声。油鍋の前で箸を持ったまま、イツキの動きは完全に停止した。

 

「……急に話し掛けられたもんで、ちょっとビックリしちゃって」

 

 そう答えながらも、胸の奥では心臓が余計な仕事をしている。

 ゆっくりと振り向いた先に立っていたのは、説明するだけ野暮な程に存在感を纏った妖狐だった。

 

「ふむ……稲妻ではあまり見掛けぬ格好じゃな」

 

 神子は、値踏みするようにイツキを上から下まで眺める。

 

「久しく見ないうちに、この店の大将が変わってしまったようで残念じゃ」

 

 やたら大袈裟に、落胆した気持ちを表面に出す神子。

 

「いえ、大将はつい先ほど解いて頂いた術の件で鳴神大社に行きましたよ」

 

 イツキはなるべく自然に、なるべく“偶然居合わせただけの一般人”を装って返す。

 

「ほう──そうじゃったか」

 

 意味ありげに細められる目。この時点で、一体どこまでを見透かされているのだろう──そんな嫌な感覚がイツキの背中をじわじわと這い上がる。

 

「私用で油揚げを作ることになったので……その間だけ、大将直伝のレシピを見ながら此処で練習をさせて貰っているんです」

 

 間を与えないほどに口を回すイツキ。

 

「日々の仕事で疲れているであろう宮司様のお口に合うかは分かりませんが……」

 

 そのまま片手で油鍋を示す。

 

「掛けられていた術を解いてくれた御礼に、一つどうですか?」

 

 狐の耳が、ぴくりと動いた──ように見えたのは、きっと気のせいではない。

 

「折角じゃから一つ、頂いておくとするかのう」

 

 そう言って、神子は当然のようにカウンターに腰掛けた。

 

 できれば絶賛練習中の見習い店員による戯言など一蹴して欲しかった彼だが──その逃げ道は、静かに塞がれた。

 

 早速、油揚げを作り始めるイツキ。

 

「──時に童よ」

 

 鍋に落とした瞬間、油が小さく跳ねる。弾ける音が、やけに店内に響いた。

 

「先日、鳴神大社に大量の大豆が届けられたのじゃが」

 

 菜箸を持つ手がほんの一瞬止まる。

 

「何やらそれは『岩神モラクスの御友人』なる者から依頼を受けた業者によって運ばれた大豆らしい」

 

『……諦めなさい、イツキ』

 

 脳内で元草神の声が響く。

 

「いくら姉君からの贈り物とはいえ、神社の入口を塞ぐように置かれては邪魔で敵わぬ」

 

 声は柔らかい。

 

「勘定奉行へと依頼をするのならまだしも……」

 

 だがそれは獲物を前に遊んでいる捕食者の余裕によるものだろう。

 

(今回に関してはマハちゃんの言う通りにせざるを得ないか? 手遅れな気はするが、ここで諦めるのもなぁ)

 

斯様(かよう)に雑な仕事をする連中を寄越してくれたその者には──少しお灸を据えてやらねばならぬのう?」

 

「はは、大変ですねぇ」

 

 油揚げをひっくり返しながら、イツキは何気ない気持ちで相槌を打った。

 

 ──打ってしまった。

 

「……何を他人事のように話を聞いておるのじゃ?」

 

 顔を引き攣らせ、完全に動きを止めるイツキ。

 

「汝の事を言っておるのじゃぞ──フォンテーヌの使節殿」

 

 いつの間にか彼女の横に控えていた終末番らしき人物から手紙を受け取り、流し読みしながら──視線だけが、真っ直ぐイツキを射抜いた。

 

「えっと……?」

 

 間の抜けた声が余計に自身の首を絞めている気がするが、そのままイツキはしらを切る。

 

「何じゃ、この期に及んで惚ける気か?」

 

 手紙を畳み、机に置く。

 

「汝のせいで減った参拝者と、生じた損失の責任は全て汝に取らせるつもりじゃが」

 

 一拍置いて。

 

「──ああ、このままでは、取り返しがつかぬほどの大事になってしまうな?」

 

「入口から箱を移動させるだけでしょ……大人数でやれば直ぐ終わるじゃないすか」

 

「あのように危険な作業を……大事な大事な鳴神大社のうら若き巫女見習い達に任せる訳にはいかぬ」

 

『損失の補填……イツキの給料だけで足りるかしら』

 

(そんなに時間は経ってないから参拝者は少ないだろうし、大丈夫だろ……多分)

 

『これは──意地でもイツキに片付けさせるつもりね』

 

(俺は別に体力の心配をする必要がないし、筋肉疲労もないから……入口が塞がれている問題を解決するだけならいいんだけどな)

 

 彼は鳴神大社に行く訳にはいかない。そこで働く巫女達がいつ狐斎宮の死について口にするか分からないからだ。

 

「……ちなみに俺が貴女の言葉を無視した場合、具体的にはどのくらいの大事に?」

 

(まぁ……港からの運搬とは違って、鳴神大社の入口からちょっと移動させるだけなら、再度業者へと依頼をしても残りのモラで足りる。最悪、残金を全て消費してでも依頼しよう──今度は勘定奉行に)

 

「ふふっ──良くて、天下の雷電将軍様が汝を真っ二つに切り捨てる程度じゃろうな」

 

「……は?」

 

 と、想定外の厳罰に声が裏返るイツキ。

 

「えぇ、ただ大豆を届けただけでどうして」

 

「今のあやつは、とても敏感な時期でのう……」

 

 神子は肩をすくめる。

 

「少しでも国を脅かす可能性を孕んだ者には何をするか分からぬ。それこそ……」

 

 そして笑みを深め、

 

「民の拠り所となるべく存在し続けなければならない鳴神大社、それを潰してしまうような輩にはな」

 

 ニヤニヤと楽しそうな口元を隠すように、左手の甲を当てている。

 

 この時期の雷電将軍が人形作りに没頭していることを知っているイツキ。鳴神島を荒らし回った妖狸達が封印されはしたが、雷神に斬られたという話は聞いたことがない。彼にはこれがいつもの誇張──つまりブラフだと分かった。

 

 だが、分かっていても厄介なのが八重神子という存在である。

 

 狐斎宮の死を影に知られぬため。

 そして何より、この狐と顔を合わせないため。

 鳴神大社を避け、大豆だけを置いて、誰とも深く関わらず百年を過ごす。

 その計画は、すでに崩れている。であれば──、

 

「じゃ、俺の持ち金で勘定奉行に依頼を出しますね」

 

 イツキの一言に、楽しそうにしていた神子は表情を消す。

 

「ほう、それは一体いくらあるのじゃ?」

 

「え? あぁ、二十八万モラくらいはあるっすけど」

 

「──足りぬな」

 

 些か怒気を含んでいそうな物言いをする神子。

 

「嘘だろ、ちょっと入口から移動させるだけなのにそんな掛かんのかよ!」

 

「……誰がちょっと入口から移動させるだけだと言ったんじゃ?」

 

『確かに、別に彼女がそう発言した訳ではないわね』

 

(クソっ……勘弁してくれッ!)

 

「汝が自ら運ぶことを選ばない場合、大豆は港へと……引いては姉君へと返品する」

 

「な、何でそんな!」

 

「はぁ……汝が頑なに、鳴神大社へと足を運ぼうとしない理由は分からぬが──姉君への恩を返すと偽って仕事を放り投げようとする輩を許すわけにはいかぬ」

 

 彼女の刺すような視線にたじろぐイツキ。

 

『痛いところを突かれたわね』

 

(別に放り投げようとしたわけじゃないじゃん! 返品された大豆を油揚げにして贈ろうと思ってたんだからさ!)

 

『ねぇ、やっぱり甘雨ちゃんの為にも……大人しく従った方が良いんじゃないかしら』

 

「汝から直接引き渡された場合のみ、それを姉君からの贈り物と認めよう」

 

 元雷神の声に反応するまでもなく、

 

「……そうですか」

 

 イツキは一度息を吐き、

 

「──あーもう、分かったよ。入口に置いてある大豆を移動させれば、大豆自体は受け取ってくれるんだよな?」

 

 少し不満気にそう呟いた。

 

「妾が姉君からの贈り物を受け取らぬはずがなかろう?」

 

 と、彼とは対称的に楽しそうな面持ちで返す神子──即答であった。

 

「はぁ、普通返品するだろ……大豆のまま受け取って何になるんだよ!」

 

「なに、大豆を消費する方法は既に思いついておる」

 

(うわぁ、嫌な予感しかしない)

 

「……まぁ、受け取ってくれるんなら何でも良いけど」

 

「決まりじゃな。では──」

 

「──神子!!」

 

 店内に瑞希の声が響く。

 声のした方を一瞥すると、神子はそのまま立ち上がり、出口へ向かう。

 

「童よ、急ぐぞ」

 

「……久しぶりの再会なのに、話していかないのか?」

 

 その言葉に、神子の足が止まる。

 

「悠長にしている暇があると思ったか?」

 

 振り返らずに、くすりと笑う。

 

「ふふっ──早急に鳴神大社へと戻らねば、妾の頼みを快く引き受けてくれた部下が、大豆を運ぼうとした拍子にギックリ腰を発症してしまう」

 

「"大事な大事な鳴神大社のうら若き巫女見習い達に任せる訳にはいかぬ"とかなんとか言ってなかったか……」

 

「言ったな。じゃが弥里はうら若き巫女見習いではなく、老い先短い大ベテランじゃ」

 

「老い先短い……それは尚更マズイな」

 

 ──つーか老い先短いとか言うなよ……と、心底そう思った顔でイツキは呟く。

 

「ま、待って!」

 

 慌てて声を上げる瑞希。神子がゆっくりと振り向いた。

 

(よし、ここは二人きりにしてやるか)

 

 イツキはそっと、店の扉へと手を掛ける。

 

『あら、イツキにしては珍しく空気を読めているわね』

 

(……元草神様は相変わらず手厳しいですね)

 

「あ、その……」

 

 急ぐと言った割には、ゆっくりと瑞希の紡ぐ言葉を待つ狐。

 

「術、解いてくれてありがとう。えっと……」

 

 ──油揚げ……食べてく? という彼女の言葉に、いつかの情景を脳裏にチラつかせる神子。だが、

 

「妖狸の術に関しては、この店だけでなく鳴神島の至る所に掛けられておってな。そのついでじゃから、汝が気にする必要は無い」

 

 軽く手を振り、最後に一言。

 

「ああ、それと……油揚げは要らぬ」

 

 口元に浮かぶのは狐の笑み。

 

「代わりは見つかったからのう」

 

 チラりと一瞬、イツキが出ていった店の扉へと視線を向ける神子。

 

「ではまたな、瑞希」

 

 自身を避けるように去っていった彼女。にもかかわらず、それを見た瑞希は不思議と安心感を覚えた。

 

 久しぶりに言葉を交わした旧友が、懐かしい記憶(ゆめ)と同じ微笑みを浮かべていたから。

 

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