気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい   作:たゆな

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第24幕

 鳴神大社へと続く参道は、途中で整備を放棄していた。土の道は山の中腹で途切れ、その先は岩肌が剥き出しになっている。

 八重神子は迷うことなく、その崖に足を掛けて登り始めた。

 

 イツキも遅れずに後へ続く。

 

 崖を登りきると、視界が開ける。そこにあったのは、山を取り巻くように続く石段だった。段が山肌に沿って緩やかに回り込み、上へ上へと連なる。

 一度に見渡せるのは数十段ほどで、その先は木々と岩陰に隠れている。山頂に本殿があることだけは分かるが、そこまでの距離は測りようがない。

 

 段の途中には朱塗りの鳥居が立っていた。二人は鳥居をくぐり、螺旋を描くような石段を上り始める。数段進んだところで、イツキが口を開いた。

 

「……こんなに酷い道で、どうやって業者の人達は大量の大豆が入った箱を幾つも運んだんすかね?」

 

 率直な疑問を述べるイツキ。神子は足を止めず、空中を顎で示す。

 

「アレは雷極と言ってな」

 

 神子は淡々と言った。

 

「雷元素の力を扱える者、あるいは稲妻の加護を受けておる者であれば……雷極を介して、雷のように動くことができる」

 

「……ああ」

 

 ──そういえば、ギミック系統の説明文にそんなことが書いてあったかもしれない。

 

 イツキは内心でそう納得した。

 

「当然そ奴らも雷極を使ったのじゃろう」

 

(風の翼無しで雷極を扱う稲妻人は体幹が化け物なんだろうなぁ)

 

 神子は続ける。

 

「社奉行でなくとも……鳴神を信仰する民は皆、雷極を扱えるからのう」

 

 石段を進むにつれ、山を回り込む角度が変わる。

 風向きも、見える景色も、少しずつ入れ替わっていく。

 

 さらに数段進んだところで、八重神子がふと足を緩めた。

 

「……はて?」

 

 ちらりと、イツキへ視線を向ける。

 

「雷極を使わずにこの参道を進み続けている汝には、息を切らしている様子が微塵も見られぬようじゃが」

 

「……あ"」

 

「ふふ、まるで巫女達のように華奢な身体をしておいて」

 

 目を細める神子。

 

「妾は……見かけによらぬ、という言葉だけで片付けるつもりはないぞ?」

 

 イツキは一瞬、言葉に詰まった。

 

 ──からかわれてるわけでは無い……か。

 

 神子の視線には、単なる興味以上のものが含まれている。それは人を量る視線ではなく、役割の空白を測るような眼差しだった。

 

 動揺を誤魔化すように、軽く息を吐くイツキ。

 

「フォンテーヌでは生まれてこの方、疲れを知らない人間だと有名でして」

 

 あっさりとした口調で、イツキは宣う。

 

「その力を買って貰った結果、特巡隊へと入隊! そして、使節としてここに派遣されるという任を担うことができたってワケなんですよぉ」

 

 と、肩を軽くすくめた。

 

「まぁなので、体力には自信があります」

 

「ほう……」

 

 視線がイツキの全身をゆっくりと撫でる。

 

「かわゆい見た目に加え、体力には自信がある、と……」

 

 神子の口元が、僅かに緩んだ。

 

「……時宜に適った助け、と言ったところじゃな」

 

 視線は一度──稲妻城のある方角へと流れ、すぐに戻る。今ではなく、訪れて欲しいと願う何かを思い浮かべながら、それは独り言のように零された。

 

「すみません、ちょっと良く聞こえなかったんですけど」

 

 イツキは首を傾げる。

 

 神子はその反応を見てか見ずか、唇の端だけを吊り上げた。

 

「ならば──」

 

 その言葉を遮るように、石段の上方から甲高い声が響く。

 

「──ちょっと、邪魔です! 退いてください!」

 

 鳴神大社の入口は少し開けた空間になっている。だがそこに積まれているのは、景観とはまるで釣り合わない量の木箱──中身は全て、大豆だ。

 そしてその前に、一人の巫女が立っていた。

 

 両手を広げ、箱の山を背にして。

 

「だから、勝手に持って行かないでくださいよ!」

 

 声は若い。張りがあり、苛立ちと必死さが混じっている。その声音とは裏腹に、感じられる場慣れした者の圧。

 

「悪いな……」

 

 箱の一つに手を掛けたまま、大将が困ったように頭を掻く。

 

「その大豆の持ち主が、ウチの店で待ってんだ。別に入口から退かせって言われただけだろ? なら俺が引き取っても──」

 

「それは出来ません」

 

 即座に言い返す。

 

 巫女──稲城弥里は、一歩も引かない。

 

「返品するとは聞いていませんから。それに、既に三分の一は本殿の倉庫へ運び終えています。早くお引取りを……あ」

 

 言葉が途中で途切れる。弥里の表情が、みるみる変わった。参道の下──そこから、彼女にとって覚えのある気配が近づいてくる。

 

「……貴女のせいで、宮司様が帰ってきちゃったじゃないですか!」

 

 叫ぶような声と同時に、大将が振り返った。

 

「おっと」

 

 その先に立っていたのは、特徴的な耳飾りを揺らす女性。

 

「久し振りだな。神子の嬢ちゃん」

 

「……はぁ」

 

 八重神子は小さく息を吐く。

 

「汝の身体で入口を塞いでしまっては、箱を退かしたことが無意味となってしまうじゃろう」

 

「……すみません」

 

 弥里は、しゅんと肩を落とした。

 

「舌戦を繰り広げたいのなら、妾の居る時にせぬか」

 

「はい、すみま……え?」

 

 神子は視線を大豆の箱へ移す。

 

「大将、すまぬが事情が変わってな」

 

 穏やかな声で、だが有無を言わせぬ調子で告げる。

 

「大豆は鳴神大社で受け取ることにした。店に掛かっていた変化の術は全て解いたのじゃが……また掛けられるやもしれぬ」

 

 視線が大将へ戻る。

 

「その時は神社へ頼むとよい。昔の(よしみ)からの依頼であれば、無償で引き受けてもよいぞ?」

 

「おや、無償だなんて……」

 

 弥里が目を丸くする。

 

「宮司様にしては、珍しいですね!」

 

「ありがてぇが……無償っつーのは、流石になぁ」

 

 神社の財務状況を気にしてか、大将が断り気味に苦笑する。

 

 災厄から数年は経っているとしても、参拝客はみな自身の事で精一杯。神を頼りたいこの時期であっても、ほんの少しの金でさえ無駄にするわけにはいかない民達だ。財布の紐を緩めて参拝にまで来る者は少ないのだろう。

 

「ふむ」

 

 神子は少し考える素振りを見せ、

 

「ならば──」

 

 顎を上げる。

 

「──其処(そこ)の童を貰えぬか?」

 

「へ?」

 

 イツキの間の抜けた声が響いた。

 

「はっはっは!」

 

 大将が豪快に笑う。

 

「いいぜッ! つーか貰うも何も、元々瑞希の嬢ちゃんが連れてきたガキだ。ウチのもんじゃねぇ」

 

「……瑞希が?」

 

 神子の視線が、イツキに向けられる。

 

 イツキは、反射的に視線を逸らした。

 

「いや……てか俺の介入する余地は――」

 

「──さて、童よ」

 

 恐らく故意に言葉を遮ると、神子が告げる。

 

「これで大豆も、汝も、鳴神大社のモノとなったな」

 

(あ、これもう決定事項なんですね)

 

 弥里が手を挙げる。

 

「あの〜宮司様? 本殿の倉庫には、これだけの大豆をしまっておく余裕がないみたいなんですけど……どうします?」

 

「ふむ」

 

 神子は即答した。

 

「倉庫にある箱は全て取り出し、別の場所へ運び直すとするか」

 

「ええっ!?」

 

 弥里の顔が引き攣る。

 

「もう無理ですよぉ! 腰が……腰が持たないんです!」

 

「……分かっておる」

 

 神子は落ち着いて言う。

 

「弥里には、別の仕事を頼むつもりじゃ」

 

「それは……どういう?」

 

 ゆっくりとイツキを見る神子。

 

「じゃから、運ぶのは──汝じゃ、童よ」

 

「……ワッツ!?」

 

「汝には今から、大豆を全て」

 

 淡々と告げる。

 

「影向山の麓に在する、廃神社まで運んで貰う」

 

 弥里が思い出したように付け足す。

 

「三分の一ほどの箱は、私が本殿の倉庫へ運んでしまいましたけど……」

 

「汝には、些細な問題じゃろう?」

 

(いくら疲れないと言っても、これは流石に酷くないか!?)

 

『貴方の体質が、通常の人間では考えられない性質を持っていると察しがついているみたいね』

 

 元草神の声が、イツキの脳内に響く。

 

(……くそったれッ!)

 

「弥里」

 

 神子が続ける。

 

「此奴を神社へ迎え入れる為の、手続きを進めてくれ」

 

「え? ああ、この子を巫女見習いにするってことですね?」

 

 弥里はイツキをまじまじと見る。

 

「こんなに可愛いのに『俺』って言ってるから、てっきり実は男の子かと!」

 

「いや、仰る通り──実は男の子なんですけど」

 

 即座に訂正された弥里は神子を見つめる。

 

「……って言ってますけど、宮司様?」

 

「恐らく此奴は」

 

 神子は即断する。

 

「そのような概念が存在しない類じゃ。無視して手続きを進めよ、弥里」

 

「……? は、はい」

 

(ここに来て容姿が悪い方向に話を進めやがった! やっぱり俺にはキグルミを着て風船を配る仕事が合ってたんだ……)

 

『ふふ、宮司に"かわゆい"という印象を持たれているのは良い事だと思うわ』

 

(……鳴神さん的には女の子じゃなくても良いんですか!? いや、アウトだろ! アウトだと言ってくれッ!)

 

 イツキの呼び掛けに対して反応がない様子の眞。神子と一緒に参道を登るよりも前、鎮守の森を通る時からずっと言葉を発することがなかった彼女は──

 

『大地から、空気から、木々から……この島の至る所から』

 

(ん、眞?)

 

 おもむろに言葉を紡ぎ始める彼女に違和感を覚えるイツキ。

 

 そして───、

 

『彼女の──狐斎宮の気配を感じる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大将が下山するのを見送った神子。

 

「童よ、そこは参道じゃ。巫女見習いとなった汝には祝詞の暗唱以外にも終えねばならぬ修行が山ほどある。呆けておる暇などないぞ」

 

 聞こえていないのか、無言のまま硬直しているイツキ。

 

「聞いておるのかッ……童?」

 

 無論、声は彼に聞こえていた。

 

「ああ」

 

『彼女はもう──死んでいるのね』

 

 ──そうだよ。

 

 "雷電 眞"のその声が。

 

 

 

 

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