凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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 凍傷が書いたor書いている未完作品。
 気が向いたら更新されるかも。


鬼滅の大神さん

■鬼滅の大神さん(原作:鬼滅の刃+サクラ大戦)

 大神一郎さん:1903年1月3日産まれ

 残酷(一話):1912年~最終選別終了:1915年

 残酷時9歳、隊士時12歳

 

 

 

 ───鬼が来たりて、人を喰らふ。

 人は叫びて、糧と成る。

 嗚呼、許すまじ許すまじ。

 刃を取れと、刀を振るへと心が熱く泣き叫ぶ。

 幼き身にして刃を御手に、いざいざ鬼の御首級取らん。

 

「もういいだろう、一郎よ。これ以上は負担になるだけだ、今日はもう休め」

「まだです先生……! 俺は、まだまだ動けます!」

「一郎……」

「体が成長する今この時に動かなければいけないのです。学べることを叩き込んで、成長した体でそれを昇華させてゆく。強くなれる要素があるのなら、遺しておきたくなどないのです!」

 

 ……小さい頃に、家族を失った。

 大切な家族だった。大事な家族だった。

 大きくなったら親の自営農家を手伝うか、将来海軍に、と望んでいた通りになっていたかもしれない。

 けれど今、俺はここに居る。

 雷の呼吸の育手、桑島慈悟郎先生のもとに。

 生き残ったのは俺だけだった。

 鬼が来て、家族を喰らった。

 ひどい惨状だったらしい。

 俺は家族の遺体を見ることも出来なかった。

 何故って、全て食われて残っていなかったから。

 家は血で汚れていた。

 でも、それだけ赤に染まっても、死臭がどれだけ漂っていても、遺体だけがどこにもなかった。

 代わりに、八つ裂きにされた衣服や、それぞれ家族がつけていた小物だけが、その末路を教えるかのようにひとつひとつ丁寧に壊され、目立つところに置かれていたそうだ。

 俺が居なかったのは本当にたまたまだった。

 気の強い姉に言われて、将来のために体を鍛えるんだ、なんて言われて走っていた。それだけだった。

 戻ってきたら、なにも残っていなかった。

 期待に応えたかっただけだったんだ。

 一郎なら強くなれると姉が言ってくれた、その期待に応えたかった。

 体力の続く限り走って、戻ってくる頃には真っ暗で。

 家の明かりは灯ってなくて、ただ……ただ、赤くて。

 ……俺は、家の前で座り込んで動かなくなっていたところを拾われたらしい。

 覚えていないんだ。暗がりなのにわかるほどの死臭と赤に、結論を求めることを精神が拒絶した。

 だから伝え聞いたことしか知らない。

 俺の家族は、その日を境に消えたのだと。

 

「……はぁ」

 

 拾ってくれた人は、鬼の仕業であると教えてくれた。

 憎いか、悔しいかと問う彼に、俺は素直に言葉を返した。悲しいと。

 憎しみ、悔しさはないのかと問う彼に、俺は悲しいと返した。

 ならばどうする、悲しさを胸に泣いているだけかと繰り返し問う彼に、俺は───

 

「……強くなると、誓いました。仇が討ちたいからとかそういう決意ではありません。俺は、家族との約束を果たしたいのです」

「強く、か。お前が最初に言った言葉だったなぁ……」

 

 俺は、強い男になると誓った。立派な、正義を貫ける己になると。

 だから、無理ではない程度の鍛錬でへこたれるわけにはいかない。

 もっと走り込め。呼吸を乱すな。集中するんだ。

 

「……行ってしまったか。やれやれ、まだあんなに小さいというのに、どんな家族と育てばあんなに真っ直ぐな男に育つのか」

 

 貫け、己の信念を。

 曲げるな、目指した道を、心に突き立てた己の芯を。

 人を殺め、喰らう存在が夜に生きるというのなら、それは人々の幸せを壊す悪である。

 ならば挫け。それを挫ける己に到れ。

 悪を蹴散らして、正義を示すのだ───!!

 

 

 

 11になる頃、善逸という気弱な人が修行に加わった。

 いつもいつも泣きわめいている。

 臆病な人だけど、弱音を吐く人だけど、頑張れる人だった。

 年上なのに弟弟子って意味では、獪岳と同じだろう。

 彼はいつも苛立ちに包まれていて、なにかに当たらなければ気が済まないような存在だけど。

 

「うう……なんで俺が修行なんか……。そりゃさ? 親居ないよ? 引き取ってくれた爺ちゃんには感謝してるさ。でも修行ってなに? 働いて稼ぐだけじゃだめなの?」

「駄目だろう。善逸は少し女性に対してだらしなさすぎる」

「年下にだらしない言われた! ……一郎は真面目だよな。なんでそんな真面目でいられるんだ? めんどいじゃん、辛いじゃん、修行」

「強くなるって誓ったから」

「誓った? 誰に」

「姉さん。もう、会えない」

「……………………ごめん」

「いいよ。誓いがあるから一人でだって独りじゃない。俺は、偶然と……いろんな人の思いのお陰で生きてるんだ。それによって育まれた芯が折れない限り、俺は真っ直ぐ生きていたいって思う」

「……なんだよ……なんなんだよ。なんでこんな、俺より4つも下の子供がさぁ……。こんな、こんな…………ちくしょう……なんでこんな残酷なんだよ……」

 

 走り出すと、ぐしゅっ……って音と一緒に善逸も走りだした。

 今日も強くなるために走る。型は身に付けた。呼吸も安定した。

 けれど、なにかが少しズレている気がして、それを修正しながらの呼吸を続ける日々が続いた。

 そんな日々の中で分かったことは、獪岳と善逸の仲が相当によろしくないことだった。

 最初、俺を後継にしようとしていた爺ちゃんだったが、俺の呼吸が雷の呼吸から少しズレたものだと知ると、俺より適正のある獪岳と善逸を、二人でひとつの後継として育て始めた。

 獪岳にはそれが気に入らなかったらしくて、「てめぇと一緒に継ぐくらいなら、大神のガキの方がまだマシだったぜ!」と怒鳴って、かじっていた桃を投げる始末で───

 

「獪岳! 食べ物を粗末にするな!」

「うるっせぇな! ガキが俺に指図するんじゃ───あ」

「───修正!!」

「い、いやっ! 今のはつい勢いでギャアアア!!」

 

 構えた拳にボウ、と青白い静かな炎のようなものが灯る。

 それに包まれた拳で殴ると、通常のゲンコツよりも数倍痛かった。霊気って、俺は呼んでいる。

 

「壱ノ型が使えない獪岳! 壱ノ型しか使えない善逸! お互いを補い合って育てばいいじゃないか! どうしてお前らはそうすぐに喧嘩をするんだ!」

「~……っつぅうう……! どうして、って……! こいつがびくびくぴいぴい朝から晩まで喚いているからだろうが! 鬼殺隊の隊士を目指してる野郎がなっさけねぇったらねぇ!!」

「なにかを恐れる気持ちは大事なものだろう。無理に強気になったところで、驕った身を刻まれて終わるだけだ。善逸、お前は?」

「俺はべつに喧嘩するつもりなんてっ……! でも、あの……」

「~……だからっ! その態度がむかつくって言ってるんだろうが! はきはき喋りやがれよ! なにを前にてめぇは自信がねぇんだ! なにに怯えて喚いてやがる! 俺達は元柱だった人に教わってるんだぞ!? だってのに泣いて喚いて終いにゃ逃げ出す! なんでてめぇはここに居る!? なんでてめぇはここにしがみついてやがる! 家が無いからか!? 親が居ないからか!? だったらなんで必死にならねぇ! 喚く暇が、泣く暇があるなら強くなりやがれよ! それしかねぇだろうが! それしか出来ねぇだろうが家のねぇ俺らには! あぁ!?」

「………………兄貴……」

「笑っちまうくらいの楽な修行で強くなれるなら、誰も鬼を前に怯える必要もねぇ! 頭下げて、情けなくも命乞いだってする理由もねぇ! 命を天秤にかけて、大事なモン捨てる必要だってねぇ! “あの時強けりゃ”を無くすためにここに居るんだ! 自分の居場所を守るためだ! 分かるか!? 解るよな!? 判らねぇのか!? それさえわからず泣き喚くだけなら、てめぇにゃ先生がくれたこの場所にさえ居る資格がねぇんだよ!」

「…………っ……」

 

 善逸が俯き、肩を震わせる。

 年下の俺なんかにどう励まされたって逆効果だろう……そう思った途端に言葉が出なくなる。

 

「……きゃ……んだろ……」

「あぁ!?」

「おっ……怯えなきゃいいんだろ!? やってやるさ! じいちゃんはっ……じいちゃんは俺に居場所をくれた……でも! でもそれは、偉大な元柱だったからじゃない! やさしかったからさ! 無駄なんかじゃない! じいちゃんが俺にかけてくれる時間も思いも、無駄になんかするもんか!」

「……ほぉ~……? んで? てめぇになにが出来るよ。怯えない? っは、それで? 怯えなきゃ泣いていいってか。喚いていいってか」

「泣きもするさ! 逃げもするさ! でも絶対に諦めたりなんかしない! おっ……俺より年下のヤツが頑張ってるのに、いつまでもびくびくなんかしてられるか!」

「…………ふん。んじゃあ、せいぜい三日坊主にならねぇように気張ってみろや」

「ややややってやるさ! 今に見てろ!?」

「じゃ、獪岳も頑張ろうな」

「……あ? なにをだよ」

「壱ノ型。人に何が出来るよとか言うなら、自分も出来ないことを克服しなきゃだめだ。もしくは出来ることを極限まで極めてから人を怒るべきだ」

「……………………ぃゃ、俺は、その」

「俺は獪岳なら絶対に出来るって思ってる。獪岳はすごい奴だから。人に語れるほどの後悔を抱けてるなら、それを忘れてしまわない内に力に変えるべきだ。じゃなきゃ、力を振るう理由さえ忘れてしまう」

「………………ちっくしょぉおおおおおっ!!」

 

 獪岳が立ち上がった。立ち上がり、桑島先生のところへと走っていく。

 それについていく善逸は、どこか怯えた顔をしながらも、やってやるという気迫も見てとれた。

 

……。

 

 最終選別を前に、俺の呼吸が変わった。

 埋めるべきところ、変えるべきところを変えると呼吸の質が変わり、疲れない呼吸が俺の身に備わった。

 

「狼虎の呼吸、拾壱ノ型───! 紫電ッ……一閃!!」

 

 雷の呼吸から派生したそれは、俺に様々な戦い方を教えてくれた。

 悪に立ち向かわんとすれば、呼吸が、意識が、自然と力の振るい方を教えてくれた。

 中でも紫電一閃は霹靂一閃のような突進型の技で、狼虎の呼吸で使う刀は二刀流。

 突進とともに霊気を込めた二振りの刀で斬り抜けるのが、この型の本領だ。

 斬り抜けた軌跡には紫電が弾け飛び、斬った藁束は霊気の雷で焦げていた。

 

「……俺、まだまだ修行不足だったわ……。努力が足りてねぇ……なんだよあの修行量。善逸にどうのこうの言ってる場合じゃねぇ……」

「いや……いや、兄貴? あれまだやさしい方だから。昨日使ってた拾肆ノ型とかヤバすぎだから。なにあの震天動地とかいうの。周りにあった藁の束、全部斬り滅ぼされたんだけど……!?」

「型何個まであるんだよ……」

「俺が盗み聞いた中じゃあ、拾伍だとか……」

「………」

「………」

 

 なんだか、狼虎の呼吸を覚えてからというもの、獪岳と善逸の修行に磨きがかかった。

 俺を褒めろ、俺を認めろと承認欲求が高かった獪岳が、俺には無理だ、ダメなんだが口癖だった善逸が、がむしゃらに修行をしている。

 これには桑島先生も、驚きつつも喜んで……二人を導いていった。

 その傍ら、俺は二刀流にも慣れたこともあって、一層の修行を。

 そうした日々の先、桑島先生から許可が出た獪岳が最終選別へ。見事合格して、隊服と刀を手に、家を出て行った。

 

「そういえば……なんで一郎は最終選別出ないの? 明らかに兄貴より強いでしょ」

「歳とか背の問題だよ。若すぎると、それだけで筋力が足りない。刀を振るえても、首を斬れる確証がないんだ」

「あ、なるほど。……ていうかさ、ねぇ? 一郎なら雷で焼き斬れたりしない?」

「それは刀で斬ってるとは言えないよ。鬼は日輪刀で斬らなきゃ斃せない。不確定の疑問を抱いたまま最終選別に出て、死んでしまっては正義を貫けない」

「確かにそうだけど……一郎なら余裕で合格できると思うのになぁ」

「俺は善逸と一緒の時期に最終選別に出るつもりだ。桑島先生からの許可も得ている」

「えっ? 一郎と一緒なの? うっわ心強さ最強なんだけど! これ俺逃げ回ってても合格できるよね!? 生き延びることが合格条件だってじいちゃん言ってたし」

「それもひとつの手だろうな。でも、最終選別の場である藤襲山には、人を二・三人食らった鬼が居るっていう。……俺はきっと、その場で鬼と出会えば許すことは出来ない」

「……え? まさか全員倒す気? ややややめようよ一郎! 一郎が強いのは知ってるけど、じいちゃんも言ってたじゃん! 一郎は正義を目指すあまり、無茶をしすぎるところがあるって! 俺が臆病だから言うことじゃなくて、純粋に言うよ!? もう会えない姉ちゃんが居るとして、一郎がそんな、死に急ぐみたいな正義を貫こうとして、心配しないと思う!?」

「───! …………」

 

 言われて、姉さんの姿が脳裏に浮かんだ。

 強気な女性で、実際強くて、俺を見るたび頭をぽんぽん叩いて笑っていた、姉さん。

 強くなりな、と言ってくれた姉に誓い、俺は確かに強さを磨いた。

 けれど、がむしゃらに信じたものを貫き続けることが本当に正義として正しいことなのか、時々わからなくなる時がある。

 貫こうとする意志に、待ったをかける人が増えた。

 自分は辛いと思っていないのに、それは辛いことだと止めようとする人が。

 心配してくれているのはわかる。しかしそこで止まってしまっては、動けなくなってしまいそうなんだ。

 ……俺にはもう、俺にももう、帰る場所はここしか無いのだから。

 この場に甘え、刀を握れなくなってしまっては、もう強くなれないから。

 

「わかった、無茶はしない」

「…………ほっ、よかった、嘘はついてない……」

「でも、助けを求める人が居たら、きっと俺は見捨てられない」

「ああもうこれも嘘じゃないよちくしょう! よよよよし、じゃあその時は俺も手伝うから! 年下の一郎が頑張ってるのに、4つ年上の俺が弱音ばっか吐けるもんか!」

「善逸…………ありがとう」

「お礼言うくらいなら無茶しないでね!? ほんと頼むよ!? お願いだよ!? ね!?」

「うん、無茶はしない」

「……ここまで無茶の幅が気になる“無茶はしない”って初めて聞いたよ俺……」

 

 さあ、そうと決まれば鍛錬だ。

 出来ることを増やして、救える人を増やそう。

 なりたくてなった鬼ばかりじゃないのは知ってる。

 けれど人を食ったのなら、命を奪ってしまったのなら、それはもう悪だ。

 どんな事情があろうと、飢餓状態を抑えられずに食べてしまったとしても、他者の未来を奪ってしまったのなら……もう、手遅れなのだろうから。

 

……。

 

 藤襲山は、伝え聞いた通り藤まみれの山だった。

 こんな場所で最終選別が行なわれるとは……。

 

「うう、じいちゃんの乱暴者……なにも殴ることないじゃんか」

「善逸が土壇場になって逃げようとするからだろう」

「そんなこと言ったって。俺“心の準備するだけだから”って言ったよ?」

「心の準備に、荷物を纏めた風呂敷を抱えて逆方向に走る必要があるなんて、初めて聞いたな」

「ごごごごごごめんよ! でも俺怖かったんだ!」

「善逸、こうしてここまで来たなら、教えられたことを出し切るだけだよ。呼吸を整えて、呼吸を乱さず、悪に立ち向かうんだ。桑島先生はちゃあんと善逸を送り出してくれたじゃないか。それはもう、善逸なら出来るってそう思ったからだよ」

「……俺だって、自信持って歩きたいよ。じいちゃんが教えてくれたんだ、心配なんてない音のまま、期待を込めて送り出してくれたのだってわかってるよ。俺だって期待に応えたいんだ」

「うん」

「でも、踏み出せば体は震えるし、怖ければ口が勝手に叫ぶ。怯える。……こんな自分に嫌になってるのは俺だって同じなんだよ」

「じゃあ、まずは自分がどれほど強くなっているのか、見極めるべきだ。桑島先生の教えで自分がどう成長したのか。どう戦えるのか」

「で、でもさ、一郎」

「善逸は残れたじゃないか。獪岳になにを言われようが、ちゃんとあの場に残れた。……お前が逃げるのは、いつだって桑島先生が居る時だ。本気で逃げる気なら、桑島先生が出かけている時にいつだってそう出来たのに」

「………」

「大丈夫。自分が信じられないなら、桑島先生を信じよう。あの人が教えてくれたひとつひとつを、馬鹿丁寧になぞっていけばいい」

「じいちゃんの……」

 

 善逸は、桑島先生がくれた刀を手に、何度か頷いた。それは俺の言葉に頷いたとかじゃなくて、記憶の中の桑島先生の言葉を思い出しての行動だろう。

 俺も二刀を腰に、人形のような子らが話してくれる最終選別の合格条件を聞いていた。

 やがて説明が終われば、もう、すぐに。

 

「よし、行こうか、善逸」

「し……死ぬわ……俺きっと死ぬ……死ぬわ……」

「……はぁ。善逸?」

「死ぬ……けど、ただじゃ死なない。死ぬもんか。俺が簡単に殺されるってことは……そうだ、じいちゃんの教えが馬鹿にされるってことだ。じいちゃんはいつだって嫌な顔ひとつせず、泣きわめくばかりだった俺を育ててくれた……! そうだ、弱い俺なんかじゃない、じいちゃんを……じいちゃんが教え導いてくれた、お前なら大丈夫だって言ってくれたじいちゃんを信じるんだ───!!」

「………」

 

 安堵の息を吐いた。きっともう大丈夫。目に決意が宿った。

 身体は震えているし、呼吸も乱れているけれど、それを慌てて直してからは、強い緊張も消えたようだった。

 

……。

 

 藤の先へと歩いていくと、じめりとした纏わりつくような嫌な気配を感じた。

 見られているわけでもないけれど、空気自体が外とは違う。

 

「………」

 

 善逸は喉を鳴らしながらも音に集中しながら歩いている。

 俺も気配に注意しながら、薄暗い山の中を歩いた。

 

「───一郎、来る。二人だ。……右奥側から。地面を走ってくるのと、木の枝から枝に飛び移りながら来てるのが」

「相変わらずすごいな善逸の耳は……俺はなにも聞こえな───ああいや、来たな」

 

 音が聞こえるより先に、下卑た笑い声が耳に届いた。次いで、姿も見えてくると───その二人は明らかに人間じゃないとわかるくらい顔つきと目で俺達二人を睨み、「久しぶりの人間だぁあ! げひゃひゃひゃひゃ!」と笑った。

 

「ひぃい!? ほんとに来ちゃったよぉおお! やぁだぁああっ!! もぅやぁだぁあああっ!」

「善逸! 気持ちを切り替えるんだ!」

「やったよぉ! やったんだけど怖いのが勝っちゃうんだものしょうがないじゃないのぉおおっ!」

「っ……」

「じゃあそのまま殺られて食われろぉ!」

「てめぇ! その弱虫野郎は俺が狙ってたんだ! てめぇはそっちの身の少ねぇガキでも食ってやがれ!」

「んだとぉ!?」

 

 鬼が善逸に群がろうとする───のを、すかさず二刀を抜いて疾駆。呼吸を整えると、遠慮も無しに振るった。

 

「狼虎の呼吸……壱ノ型! 快刀ォオオ乱麻ァァアアッ!!」

「ヒッ!? な、なんだこいつ! 刀に雷───ギャアアアアアア!!」

 

 走り、肉薄するのと同時に二刀を以って悪を一体切り刻む。

 雷を帯びた刀が鬼を斬り裂くと、鬼は燃え、やがて消えた。

 

「なっ……こんなガキの日輪刀にやられるなんて、同じ鬼とはいえ馬鹿な奴だぜ……! だがお陰で分け前が増えた! てめぇはここで死ねぇええっ!!」

「ひっ……い、一郎! 避け───」

 

 瞬時に爪を伸ばし、斬り裂かんと振るってくる鬼を前に、避けることをせず二刀を構えて受け止めた。

 

「っ……さすがに、力じゃ圧し敗ける……!」

「ななななにやってんだよ一郎! それ普通に避けられただろ!? なんで───」

「善逸っ!」

「ひゃいっ!?」

「…………助けてくれ」

「───!」

 

 鬼は両手の爪で俺を圧してくる。

 こちらも押し返して、相手が体勢を整えるのを封じてはいるけど、いつまで付き合ってくれるやら。

 

「……そ、そうだよ……なに俺ぼーっと傍観してるんだ……!? 年下だけど兄弟子……年下の子供が、鬼に襲われてるのに……俺、なにやって……! えっ!? でも、なにをすれば……あ、そ、そうだ、呼吸を……っ……くそ、震えるなよ……! 一郎が、一郎が俺に助けてくれって言ったんだ……! 俺が、俺がしっかりしなきゃ……いけないんだよ!! なのに……なのになんで……!」

「っ……く、ぅ……! 善逸、……!」

「ヒハハハハ! なんだやっぱり大したことねぇ! とんだ非力だこのガキ! このままじわじわ圧し潰して、その肉喰らってやるよぉ……! 稀血だったらいいんだが……まあそんな都合のいい話はねぇよなぁ……!」

「……、善逸……!」

「ぁ……ち、ちがう、違うんだ、一郎……! 俺、ちゃんとやろうと……やりたいのに! 落ち着けよ……落ち着いてくれ……! 呼吸が……は、はぁっ……ちくしょう、呼吸が……!」

 

 鬼が強引に圧し潰さんと力を籠める。

 力比べとなるとさすがに分が悪い。

 支える足に痛みが走ってくるが、相手はこちらのことなど考えてはくれない。

 

「やめろ……やめろよ! 一郎はまだ子供なんだ! 子供で……子供なのに! くそ……じいちゃん、俺やっぱり自分が嫌いだよ……! こんな時にまで自分を信じられない……!」

 

 善逸が前傾の姿勢で構える。けど、呼吸は乱れたままだ。歯がゆさに息を荒げ、でも姿勢は完璧に、パチンと鯉口を切った。

 

「かっ……雷の、呼吸、壱ノ、型───」

「あぁんっ!?」

「ひっ!? ~……へ、霹靂っ……」

「善逸! 集中!!」

「うひぃっ!? ……ぁ───」

「姿勢! 呼吸! 練り直せ! 出来ねば修正をする!!」

「───」

 

 片膝をついたところで、善逸に激を投げる。

 鍛錬中に、獪岳とともに叩き込んできた習慣的行動の中のひとつだ。

 喝を入れることで、体調が不安定でも喝を入れることが出来るようにと。

 そしてそれは───

 

「シィイイイイイイ……!! ───雷の呼吸、壱ノ型。霹靂一閃」

「はぁん!? 大声ひとつで縮こまる雑魚が、なにをぶつくさ───あぇお?」

 

 ザキュィンッ、と朔雷が弾ける音と、首と首の骨を切断する音が混ざったものが響くことで、完了した。

 

「…………ひぎぃいやあああっ!? 手に、手に斬った感触がぁあっ! やぁだぁあああああっ!! もうやぁだぁあああっ!!」

「……はぁっ……ありがとう、善逸。お陰で命拾いした……っ」

「あっ……~……馬鹿っ! この馬鹿っ! いちっ……一郎は馬鹿だ! なにやってんだよ! 避けられたのに! 受ける必要なんてなかったのにさぁ! 力比べみたいなことをしてさ!? 死んだらどーすんだよ! 死ななくても、大怪我負ったらどうするつもりだったんだよ!!」

「大丈夫」

「なにがっ!!」

「善逸のこと、信じてたから」

「……、………………」

 

 きちんと自分の中の真実を伝える。善逸に嘘は通用しないから。

 すると善逸は、勢い任せに叫び飛ばしていた言葉達を飲み込んで、ぴたりと止まると……震えて、拳をギウウと握り締め……自分の頬を、殴った。

 

「うわっ……ぜ、善逸?」

「……ばかやろう。ばかやろう、馬鹿野郎、馬鹿野郎っ……馬鹿野郎っ……! 馬鹿野郎!! なにが、なにがっ……誰に向かって馬鹿とか言ってんだよ! 動けなかったくせに! 反応できなかったくせにさぁ!! 4つも下の子供が鬼二人に襲われそうになってるのに、叫ぶばっかりで! 怯えるばっかりで! 馬鹿野郎っ! 馬鹿野郎!!」

「善逸……」

「……一郎。俺、もう逃げないから。もう、こ、怖がらないっていうのは無理かもしれない。でも立ち向かうから! 自分の弱さに勝ってみせるから!」

「うん。善逸が居てくれるなら、心強い」

「っ……こっちの台詞だよ……───すぅ……はぁ……よよよよしっ! 行こう、一郎!」

「ああっ!」

 

 霊気を漲らせ、呼吸を整える。

 痛んでいた足はすぐに癒され、走ることに不都合はなくなった。

 

……。

 

 善逸とともに、森を駆ける。

 じめっとした空気もそうだが、漂ってくる藤の香りに混ざり、死臭のようなものも届く。

 恐らく、ここで志半ばで倒れた人の血の匂いも混ざっているのだろう。

 そして、ここから出られずに体を綺麗に出来ぬままでいる鬼の匂いも。

 

「……、あれ? 一郎、なんかこっち来る。鬼……じゃない。けど、なんか獣みたいな動きっていうか」

「獣? ───あ」

「ワハハハハハ! アハハハハハ! 猪突猛進! 猪突猛進んんっ!!」

 

 森の奥から、猪の頭を人にくっつけたような存在が駆けてきた。

 両手に刀を持ち、姿勢を低く、まるで獣のように。

 そんな猪が、同じく両手に刀を持つ俺に気づくと、ズザァザザと急停止して……なんでかじーーーーっとこちらを見てくる。

 

「俺以外にも牙二つ持ったガキ……てめぇ! 刀二本持つのは俺が最初にやったんだぞ!」

「えっ……いや、俺は修行を始めてから……桑島先生に拾われ、育てられ始めてからわりと早めに二刀流を始めたんだけど……」

「修行!? ワハハハハ! 俺なんか誰からも教わらず強くなったぜ! 獣の呼吸ってんだすげぇだろ!」

「エッ……いやいや、育ての親くらいいるだろう! 呼吸が使えるなら育手も! 君はなにを───」

「育て? ……俺様は猪に育てられた嘴平伊之助様だ! 獣が獣の呼吸して何が悪いってんだァ!」

「えぇえええっ!?」

「えぇええええっ!?」

 

 善逸と二人、猪の被り物? をしている男の言葉に驚愕。

 ちらりと善逸を見れば……うわぁ首横に振ってる! 嘘の音とかしてないみたいだ!

 

「こんなことも出来るぜぇ……! 獣の呼吸、漆ノ型……空間識覚!」

 

 ハシビライノ・スケサマは、跪くような格好で両手を肩と水平に伸ばして、深く深く呼吸をした。

 すると彼の体から何かが放たれたような気がして───それが、すぐに戻ってくる。

 

「ワハハハハ! 相手からこっちに来てくれるとは好都合ってやつだぜぇ! おいてめぇら! これから鬼が4体こっちに来るが、全部俺の獲物だからな! 邪魔するんじゃねぇぞ!」

「四体!? ……うわ本当だ! どどどどうしよう一郎! 鬼が四体も……ん、ぐっ! ……いいいいやいやいややるんだ! 俺は、やるんだよ! もう逃げるなよぉ俺ぇええっ!! あれだけ嫌だったじゃないか! あんなに、吐きそうになるくらい後悔したじゃないか! 俺はもう……馬鹿野郎から卒業するんだ!!」

 

 ざ、りぃいい……! と、善逸が前傾になって左足を後方へと下げる。

 口から溢れる吐息は雷の呼吸。その音に、スケサマが「あっ、こらてめぇ!」と叫ぶけど、

 

「雷の呼吸、壱ノ型……霹靂一閃・四連」

「ゲヒャヒャヒャヒャ三人も固まってるぜぇ!」

「どうせ臆病風に吹かれて動けねぇ馬鹿どもに違いねぇ!」

「食ってやる! 久しぶりの肉だぁ!」

「うるせぇ俺が先だ! あの筋肉質の獣みてぇな───」

 

 ドドドドォンッ!! 地面と木が弾ける音と、朔雷の音が響いた。

 スケサマが「オッ……!?」と驚いている間に、音は残響を響かせて……鬼の首を、斬り落とした。

 

「なっ…………なんっじゃそりゃぁああああああっ!!」

「~……っはぁっ……! ど、どうだ! 俺だって怯えてばっかりじゃギャアアアアアアアアア!! 首ぃ! 首がごろんって足に当たってギョェエアアアアアアア!! イィイイヤァアアアアアッ!!」

「うるせぇてめぇさっきのなんだ! 俺の獲物を横取りしやがって!」

「もうやぁあだぁああっ!! いいい一郎! もう行こう!? これだけ倒せばもう居ないでしょねぇ居ないでしょ!? 居ないって言ってくれよぉおおおっ!!」

「“いない”よし行こう」

「ひどくない!? ねぇひどくない!? 一郎の俺への態度がここに来てからどんどんひどくなってない!?」

「……善逸。俺達は一人前として認められるためにここに来たんだ。叫んでもいい。泣いてもいい。でも、そうである自覚は、元は人だったものを斬るたび、胸に刻んでほしい」

「うぅぐっ……! …………俺が、斬った中にも……なりたくてなったわけじゃないやつ、居た……んだよな。きっと」

「うん」

「…………ちくしょう」

 

 ぐしゅりと鼻をすすって、善逸は歩き出した。

 その横で、ぽかーんとしているスケサマを放って。

 

「……なかなかやるってことだな、たんぽぽ頭! なら次はこの伊之助様が、この山で一番強い鬼を倒す! それで俺がこの山の主だ!」

「こんな山でヌシになってどうするんだ、スケサマ」

「スケサマ? …………俺様は伊之助様だ!」

「イノ・スケサマ? イノスケサマか!」

「そうだ伊之助様だ! アハハハハハ! ワハハハハハ!」

「すごそうな名前だな……字はどう書くんだ?」

「字!? …………俺様は字は書けねぇ」

「そうか……なら学ぼう。俺で良ければ教えられる」

「めんどっちぃのは嫌いだ! 鬼斃したらさっさと山に返らせてもらうぜ!」

 

 イノスケサマは常に自信満々な態度で、刀をぶんぶん振るっている。とても元気だった。

 善逸が怯えと罵倒を混ぜたような声で俺を呼ぶので、返事をして急ぐ……と、何故かついてくるイノスケサマ。

 

「次こそ俺様が倒す……んでお前らはそれを見てろ! 俺の方が強え!」

「わかった。でも危ないと感じたらすぐ動くから」

「いらねーっつーの!」

「一郎、もういいって……相手してても疲れるだけだって。もう藤とか纏ってちぢこまってよ? それか服の下いっぱい藤突っ込んで、防御を固めるとか……!」

「善逸。そんなことをして藤の一部が枯れて、鬼が逃げたらどうするんだ」

「俺様がブッ殺す!!」

「………」

 

 頼もしい限りだった。間に合えばの話になるのだろうけど。

 





 ……はい。というわけで、年号がー! とかそういうのが丁度近い時期のお話同士なので、サクラ大戦より大神一郎少尉……こっちでは海軍ですらありませんが、ともかく大神さんを鬼滅の刃に登場させたお話です。
 こんな感じでぼちぼちUPしていきます。
 作品ごとに書きたいことは思い浮かぶものの、大体途中で「んあー! 時間がねェズラー!」ってなって一日二日と書けない日が続いて、ふと気づけばモチベが死んでます。
 なもんだから、読者さんが奇跡的に続きが読みてぇー! とか思ってくれても、トニオさんのように「そんなもの……ウチにはないよ……」としか返せません。
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