さて、今回は憑依オリ主です。
みなさま、キャンバスという作品をご存知?
ご存知ない? ……そう。
絵が好きだ。
描いている時、楽しくて楽しくて、とても幸せな気分になる。
昔、誰かが教えてくれたことがある。絵は上手く描こうだなんて思っちゃだめだ、自分の中に湧き出した“描きたい”と“楽しい”を精一杯真心込めて映し出すものなんだ、って。
まあ……俺、ただの数合わせ部員だったけど。
そんな俺も、絵ぇ描くのが好きだった親友が階段踏み外した時、咄嗟に庇ったせいで……死んだみたいだが。
だって仕方ないじゃん? あいつが落ちそうになった時、咄嗟に手ぇ伸ばしやがるんだもん。お前大事な手ぇ下に突き出して、折れたりしたらどーすんだ。
だから咄嗟に庇って、俺が下敷きになって、打ちどころが悪かったようで……チーン、と。
「………」
そんな俺が転生したのだ、あろうことか……
「ちょっと浩樹、人がせっかくモデルになってやってんのになにその溜め息!」
「あ、すまん。ちょっと昔の嫌なこと思い出してた。モデルの件に関してはほんとサンキュ、助かってる」
「んぅ……そ、そう? 感謝してんのならいいんだけど……」
(ははん? ツンデレ? ……違うな)
過去、一番の親友に自分の作品を盗まれ、それが桜花展という絵を描く者にとってとても名誉なものの中で、プロを押し退け……まあ大賞であったかは知らんけど選ばれ、親友はプロの画家に。
浩樹は裏切った親友と、“画家ってのはそうまでしてなるべきものなのか”という失望感から、絵から遠ざかろうとした。
しかし結局は“絵に対して心から離れること”が出来なかったため、画家ではないにしろ学校の美術教師になる、という立場に納まった……とあるエロゲの主人公である。
さて、こんな名前の俺だが、そんな俺の幼馴染二人が今目の前に居るわけで。
一人は
あと服の名前とかな! 俺これでも親友の絵のために多少勉強しようとしたんだよ!? でもわっかんねーよアレ! なんだよあれ! そんな前世だった。そして今世もわかんねぇ。
というわけで……ゴグレ! ゴォグレ先生で“桔梗霧”で検索、画像タブを押せばなんかわかると思う!
まあ……この時代のゴォグレさんがそこまで発達してるかは知らんけど。
俺が生きていた時代が2020年。で、現在は2000年になっていなかったりする。まだまだスマホ等が人々の手に行き渡っていない時代であり、暇つぶしといえば……まだまだ友人間で集まってぎゃいぎゃい騒ぐくらいの頃。
俺の場合はもっぱら絵を描いたり霧を愛でたりなわけだが。
で。
「ははは、浩樹は絵に関することではほんと素直だよね」
……こいつである。
しかも盗作した理由が上倉浩樹と対等でありたかった~とか人に罪を擦り付けていかにも僕は悪くないとか言いたげな理由でほんとな、死ねクズが。
眼鏡でちょっぴりおかっぱ気味の髪型で大人し目。絵が好きで、浩樹と霧の幼馴染。霧のことが好きであり、しかし霧は浩樹のことが好きで、浩樹はこのクズ、柳の気持ちを知っていたから霧の告白を断った、なんてことがあったが、柳はそれを同情と受け取って盗作に踏み込んだ。…………アホだろ。
対等でいたいと思っていたのにキミは僕に同情して霧ちゃんをフったんだ! とかふざけんなこのタコ!! だったらお前、お前の気持ち知ってて罪悪感抱いたまま親友の傍でイチャイチャ出来んのかこのタコ! いやお前ならやりそうだけど! いやほんっとやりそうだけどね!?
親友とか幼馴染って関係を壊したくなくて、せめて学生で居る内はそんな関係を続けていたかったって浩樹の想い、なんでわかんないかなぁ!! 誰がどれほど、誰より対等でいたかったと思ってんだ少し考えりゃあわかんだろうがこのタコ!! この猛毒柳が! お前なんて公園最強本部さんに手首斬られてればいいんだ!
と、何度も思いはしたものの、原作浩樹も相当馬鹿である。お前なにやってんのってくらいに馬鹿。
結局さ、恋愛ってのは男と女で、誰が誰を好きかで決まるもんだ。
当時、桔梗霧は上倉浩樹が好きで、柳慎一郎は桔梗霧が好きで、上倉浩樹は桔梗霧が好きだった。ほら、おかしいだろ。“相思相愛”が既に存在するくせに、友人のためにそれを拒否した。
恋愛もの、現実での恋愛において、“根っこからの相思相愛”で結ばれるカップルがどれほど居るかを、それぞれはこれっぽっちも理解してねーんだ。それがどれだけ幸せであるか。それを遠慮して手放すことが、どれほど阿呆でもったいない、人が願ってやまない奇跡ってもんを手放す行為なのかを。
えー、はい。なので。
霧とは小学校高学年の頃から恋人やってます。
俺から告白しました。柳が霧に恋心を抱く前に射止めました。これで文句ねぇだろコラ。
もう恥とかなんとかなんて全部無視した。霧をオトすために大変努力をいたしました。言っとくけど柳を困らせたかったからとかそんなクソみたいな理由じゃない。幼心に普通に惚れたんだ。こいつを誰のものにもしたくない、俺の傍で、言動で、行動で、俺の、絵で……笑わせたいって、幸せにしたいって……いろんな感情を動かしてやりたいって、感動させたいって思ったのだ。
だから遠慮はしなかった。いつだって素直に気持ちをぶつけた。好きだって何回でも伝えた。そのたびに真っ赤になる霧はそれはもうめちゃんこ可愛かった。
周囲との人間関係には気ィ使ったし、なによりエリスにトラウマ持たせないために車の事故は意地でも防いだ。いつ起こるかわからんかったから、エリスが子供の頃はとにかく神経すり減らす思いだった。
厳密に言うと鳳仙家が車で出かけるって時はアルティメット駄々っ子になろうが呆れられようがわがまま言って引き留めて、出発を後らせた。
結果、前の車が大事故に巻き込まれることになって、ドチャクソ感謝されるようになったわけだが。何故って事故が起こってからアルティメット駄々っ子しなくなった所為で、それを指摘されて、ギクリとなった時にはもう遅い。
バレるわけにもいかないので、夢で二人(夫婦)が車で事故に巻き込まれて、エリスを残して死んでしまう夢を何度も見たと伝えると、なんか泣きながら抱き締められた。そして俺の奇行の理由がわかったと妙に理解されて、エリスにもなんだかんだと感謝されて……あ、いえ、おっきくなったらお嫁さんになるとか結構ですんで。俺もうほらアレ恋人とか居るし……。いや娘じゃ不満かねじゃなくてですね!? エリス!? ちょ離して!? 叔父さんたすけっ……叔母さん!? 何故後ろから抱き着いてくるんで!?
「───」
と、いうわけで。
現在俺は北海道はとある高校の美術部にて、幼馴染の女の子こと恋人の桔梗霧をモデルに、柳とともに腕を振るっているわけで。……うん、胸、おっきくなったな。原作の桔梗霧はそこまでではなかった……気がしたが、この世界の霧の胸は───ワシが育てた。いや落ち着こう。ほら、別のことでも考えて。
……中学の頃は叔父さん叔母さんがエリス連れてドライブに出かける、って言う度に「イヤァアアア!! 行っちゃいぃやぁあああっ!!」って、どこぞの雷の呼吸の金髪睡眠闘人のように、音の外れた高音で駄々こねたもんだ。
記憶が確かなら、そう。エリスが叔母さんに手を引かれ、「じゃあねーおにーちゃん、おみやげかってくるからね!」と笑顔で言う日のドライブこそが危険。だったと思っ……たんだが。いやほら……中身が俺じゃん? その所為で細かな歴史が変わってるんじゃないかな、とか思い始めたらキリがなくて。言葉が変わるかもしれない、とか考えだしてもキリがない。中学時代はほんと、生きた心地がしなかった。
それでもなんとか叔父叔母夫婦は無事で、エリスも赤色にトラウマを持っていない。
原作上倉浩樹は煙草を嗜むが、俺には煙を吸う趣味はない。高校三年で吸うつもりもなければ、大人になったって吸うもんかい。
俺は飯を食うのが好きだ。味覚に多少でも鈍さを齎すものを好むことなど断じてない。
まあ、それよりも絵ぇ描くのが好きなわけだが。
や、上倉浩樹として世に生を受けたわけだが……この体すごい。絵が好きで好きでたまらない。
身体に引っ張られるっていうのかね。憑依とは違うと思うから、そういうのは無いと思ってたんだけど。
でも、絵が好きだ。これだけ好きなのに、親友に裏切られた。……そりゃ、諦めたくなる気持ちもわからんでもないけどね。
まあ。諦めんけど。一応対策も考えてあるし、小学からの想いはいまでもまだまだ続いている。恋心は4年程度しか保たない、なんて聞いたことがあるけど、ゲーム補正なのかどうなのか、俺は霧が好きで大好きで愛してる。むしろ前よりもっと好きだ。
「なぁ霧ー」
「んー? なによ」
「卒業したら遠距離になっちまうな」
「っぐ……! 考えないようにしてたのに、ほんとアンタって……!」
「なぁ。これからアホなこと言うな? ……一緒の大学、来ないか?」
「!! ───…………、っとにアホね。出来るわけないでしょ、こっちだってバスケ続けるためにそういう体育大学行くんだから」
「……だよなぁ。悪い、遠距離恋愛とか想像できなかった。頼むから浮気とか勘弁してくれな。好きな奴が出来たら、まずは連絡入れて俺を無様に振ってからにしてくれ」
「それ言うのこっちでしょ!? アンタ案外ちゃらんぽらんなとこあるんだから、ちょ~っとやさしくされたらコロリって……! そ、それになんだかんだやさしいところもあるし、妙なところで気づいてほしいところに気づいてくれて、言ってほしい言葉とか今見たいにサラっと言ってくれちゃったり……! だから、べつの誰かに言い寄られたりとか……だから、だから……」
「ふふっ、くふふふふ……っ! き、霧ちゃんはほんと、浩樹のことが好きなんだね……!」
「好きよ悪い!? 他の誰かに取られるかもって考えただけで胸が張り裂けそうなくらい好きよ! 悪い!?」
「わっ!? い、いや、悪くはないけど……」
「そうだぞ柳。ていうか俺の方が好きだ。男子どもが霧の噂とかしてるとこう、殺意が湧いてくるくらいだ。何度後ろからイーゼルでブン殴ってくれようかと……!」
「やめなさいよ嬉しいけど! あと私の方が好きだから!」
「霧ちゃん、怒るのか喜ぶのかどっちかにしないと表情筋もたないよ。でも……そっか。遠距離恋愛か。いっつも二人は一緒に居た記憶しかないから、浩樹が一人で居るとか、霧ちゃんが一人でとか、想像つかないや」
柳はちょっと困ったような顔でそう言った。
まあ……そうだよな。俺ももう、あの“撫子学園で美術教師をする上倉浩樹”までのイメージばかりが働いていて、そこまでずうっとこいつと一緒に居る、みたいに思っていた。
けど、現実はそーじゃない。仕方ないこと、どうしようもないことはやっぱりあるもんだ。
……あ、ちなみにキスは小学の頃に済ませました。まだおませさんだった頃に、それはもうただくっつけるだけの幼いキスからフルルルェエエンツィなものまで。ああいうのは抵抗が薄い内に踏み込んで、恥らいが出てきても踏み込んで“当然レベル”にするものだとどっかで見た気がしたので。あ、もちろん前世のなにかで。
「ま、なんにせよだ。好きって気持ちを絵に表し、現す。表現ってのはそーゆーもんだって教えられたし、実際そういうもんだって思ってる。だからー───ほれ、霧。これが俺の気持ちだ」
「あ、出来た? どれどれ見せて見せっ───!?」
「あ。固まった。霧ちゃん? 霧ちゃーん? ……浩樹、きみどんな絵を描いて───!?」
好きを、大好きを、愛してるを込めて表現した。
俺の中の霧ラブを、今の自分が持つ技術の全てを以て、お前に贈ろう。
───とか思ってたら唐突に霧に抱き締められた。
危うく座っていた椅子ごとひっくり返るところだった。
「お、おいっ!? 危ないだろ俺と絵がっ!」
「浩樹、そこは霧ちゃんを心配してあげようよ」
「アホかお前霧は俺が意地でも守るからいいんだよっ!」
「そこまで清々しいと気持ちがいいね、もう!」
「ったく……おい、霧? 霧ー?」
抱き着いてきた霧の背を、よしよし~と撫でる。……と、ぐすぐすと泣いていることに気づいた。
「え、なっ、泣いてる!? ななななんで!? 霧!? あの、霧!? ごごごごめんなっ、俺泣かせるつもりなんかっ……! あぁああごめんな、ごめんなっ……! 言い方とか他にあったかもだよな、言わなきゃちゃんと伝わらないこともあるよなっ……! 泣きっ……泣き止んでくれっ……俺、お前に泣かれると、弱くて……!」
「~……ばかっ、ばかぁっ……! 好き、好き……好きぃい……! やだ、離れたくない……! ほんとは一緒にいたいのに……! こんなの見せられたら辛くなるじゃない……! ばかっ……ばかひろきぃい……!!」
「ぁ、ぅ……………~」
「泣かせちゃったね。ほらほら浩樹? 責任取らないと」
「うるっさいよお前は……!」
泣かせたら、抱き締めて頭を撫でて、背中を撫でて……とにかく甘やかすこと。
義務としてじゃなく、俺がしたいだけだけど。
あーもう可愛い。俺の恋人が可愛い。
なので落ち着かせるのと甘やかすのと、俺の欲望3の3の4で霧を抱き締めた。
こいつは普段は強がりで男勝りなところがあるくせに、二人きりの時や心が弱った時は、ドチャクソ甘えてくるのだ。可愛い。
もうほんと、抱き締めて俺に体重預けさせるように体を斜にして、さらに抱き締めるのがいつからか俺も大好きになっていた。
……恋人の重さって、なんか嬉しいよね。
「お前……その、可愛いからさ。たぶん、卒業して成長したらもっともっと綺麗になるんだろうな。俺はお前のこと好きだけど、俺よりお前のこと幸せに出来るやつなら、って……いや当然俺の方がとは思うけど。むしろ嫉妬しそうだ。ていうか嫉妬するし、俺が幸せにするけど」
「なに言いたのよぉ……ばかぁ……」
「霧、耳まで真っ赤」
「あんたの所為でしょ!? もう! も……ぅ……ぅうう……~~……ぁあああああ……!! やだぁああ~……!! ひろきとずっといっしょにいたいぃいい~~っ!!」
「……~……」
はい可愛い。
心が満たされる中、体全体で霧を抱き締めるようにして、感触も堪能する。
変態ではない、愛する者を前にして、当然のことでありましゃう。
ハッキリ言うと、俺は前世ではこれっぽっちもモテなかった。
そんな男って、往々にして“初めて好きになった相手に自分の全部を”って思うもんだろ?
例に漏れず俺もそうで、そして自分がこれほどまでに人を好きになるなんて、夢中になるなんて思わなかった。
「夢、叶えるんだろ? 俺も辛い……ていうか辛くなきゃアホなこと言い出さないっての。それわかってほしかったのに出来るわけないでしょ、なんてキッパリスッパリってうわっひょ!? ちょ、霧!?」
突如、霧が首辺りに顔を埋めてきた。埋めてきて……なんかキスされてる!? しかもうぢゅ~~って強く強く吸いつかれて……ってやめれ!? ひょっとしてキスマークつけてないか!?
「浮気したら怒るから……! 怒った上で、奪い返すから絶対……!」
「……はは、そりゃ安心だ。でも浮気は絶対ないから安心しろ。薬でも盛られて既成事実作られなきゃ大丈夫だ」
「…………………………」
「……あの。霧さん?」
「既成事実…………眠らせて………………」
……おい。
「ね、ねぇ浩樹? 卒業前にさ、えとー……ふっ、ふたっ、二人きりで、わわ私のー、部屋にー───……そのぅ」
「望むところだ」
むしろバッチコイ。
一線は超えるつもりはないけど、それ以外のことだったらほぼやっている僕らです。
お互いに恥ずかしがりながらも、幸せになろうとすることを諦めなかった結果、お互いの気持ちいいところは把握した。
小学の時に告白して相思相愛に。手を繋ぐところから始めて、腕組、ハグ、キス、ディープ先生に到り、好奇心をつつき続けて霧から触れられる範囲を広げながら、続けてきた行為はやがて彼女に性的快感を齎し、さらに好奇心をつついて……互いの裸を知り、互いの隠していた部分を知り、気持ちいい部分を知り、痛い部分を知り……それらを知ろうと努力し続けることで、やがてそれは彼女の奥深くに幸福をもたらした。
や、指の届く範囲だから、ポルさんはまだ無理で、Gなところでの絶頂しか経験させられてないけど……中〇キ、成功しました。
初めて出来た時は感動ものだった……もう、くたりと脱力した霧にめっちゃキスしまくりました。荒い息を吐きながらぽーっとした顔をする霧が愛しくてたまらんかった。あとめっちゃ胸揉みました。“幸福ホルモンが出てる時に胸を揉むとおっきくなる”って、前世で学んだ気がしたので。なのでそのー……はい。彼女の胸はワシが育てました。
そんな関係な俺達なので、今さら躊躇など……と思っていたら、柳が裏返った素っ頓狂な声でツッコんできた。
「ちょほっ、浩樹ぃっ!? 今の話の流れで許可するってどうなの!? 望むところだじゃないでしょ!」
「一人の女性を愛し続けるって心に決めてるのに、既成事実の何が怖いってんだ」
「……はぁ。なんで浩樹は妙なところでしか男らしくないかなぁ……。じゃあ一つ。霧ちゃんの親が怖いでしょ」
「13の頃から子供見せろって言われてるぞ? 双方の両親の許可があれば、日本じゃ13から子作りが可能らしい」
「幼馴染の口からそんな生々しい言葉聞きたくなかった!!」
「…………………」
「霧ちゃんも真っ赤なのにまんざらでもなさそうな顔やめて!?」
「霧、既成事実は別に構わないけど、寝込みを襲うのは無しな。そういうのは二人ともが同意の上で、幸せにならなきゃ意味がない」
「あ…………う、うん。うん、そうだね……えへへ、え……えへー……♪」
「…………幼馴染の女の子が、子作りの話題で幸せそうな顔をする、って……幼馴染の友人としては物凄く複雑な気持ちになるんだね……。こんな気持ちは初めて知ったよ浩樹……」
「気持ちなんてはっきりしてた方がいいだろ。言わなきゃ伝わらないしな」
「浩樹…………うん、そうだね」
柳は少し寂しそうに笑うと、頷いた。
元々こいつは霧に絵が上手だと言われて絵を描き始めたんだったか。
きっかけはそれで、だが気づく前に俺が告白した。柳には友情がわからぬ。対等の意味が届かぬ。なので常識勝負なんざするだけ無駄なのだ。
……高校もそろそろ終了。
卒業する前にデカいことをしよう、ってんで柳と一緒に作っている特大パネルももう完成する頃だ。
『未来への翼』と名付けたその絵は俺達の友情の証だ。
……なぁ、柳。
俺はさ、本物の上倉浩樹じゃないかもしれない。
それでもさ、ここまで一緒の時間を生きてきて、本当にお前を親友だって思ってる。こんなイイ奴他に居ない、こいつと一緒ならどこまでもって……本気で思えた。
だから……もし、こんな現在の未来でもお前が裏切ってしまうのなら、俺は───
……。
高校の少年ってのは案外やりたいことに溢れているもんだ。
いっつも時間がない時間がないってぼやいては、やらなきゃいけないことを優先させなきゃいけない。
が、やりたいこととやらなきゃいけないことが一致している場合、それはなんともありがたいことなわけで。
「俺です」
「あっ……おにいちゃんっ」
とある病院のとある病室にスケッチブック等の画材を手に参上する俺。
本来ならばここは、鳳仙エリスが車の事故で両親を亡くし、自らも事故の影響で入院していた病院になる。
ただしこの世界では断固として阻止したので、本来ならこの病院に俺が訪れることはないわけだが……私が来た!
訪れた病室にはひとりの少女が居る。
藤浪朋子。
原作ではエリスの見舞いに来た浩樹が、病室を間違えた先で出会う少女だ。
んもう浩樹くんたらせっかちさんっ❤ 入る前にネームプレートくらい見ろよもうっ❤
だが許す。あなたの罪を許しませう。なにせ俺もその方法でこのめんこい少女と出会い、絵を描いて見せては喜ばせているのだから。
でも興奮しすぎると心臓によろしくないらしいので、静かに学ぶべき。やさしく……やさしくね?
「すわってっ、すわってっ」
「おう。元気に安静に平静にしてたかー?」
「?」
首を傾げられた。可愛い。
将来これがあの毒舌姫になるんだぜ……? 信じらんねぇよな……!
やー、しっかし“心臓に負担かける、イクナイ”な状況なのに、俺が来た瞬間が一番興奮してるんじゃなかろうか。
「今日はなにを描こうか、ともちー」
「ねこ!」
「了解!」
藤浪朋子さんは猫が好きだ。
猫も知らなかった彼女に、猫の絵を描いてあげたらとても好きになって、それからもリクエストが絶えない。
原作では動物園に想いを馳せたりするんだっけか、猫カフェくらいにしときなさいと押しとどめなければ。
知識として、発作は起こっても死ぬほどでない、という程度のことはわかっているものの、苦しむことは確かなのだから無理はさせられない。
興奮しすぎない程度の刺激を与えて、彼女を笑顔いっぱいの娘っこに成長させてあげたい。
間違っても原作のような毒舌さんには……!
いやね、会ってみりゃわかるけど、ピュアなのこの子。
これからどんな苦難を目の当たりにすればああなるのってくらい、ピュアなの。
出会っちまったんならよォ……見捨ててなどおけねぇだろ。
「ひろちー」
「ともちー」
ちなみに最初は多少の警戒をしていた彼女も、今ではひろちーともちーと呼び合う仲だ。最初はおにいちゃんだったけど、いつの間にか。
病気の所為で友達らしい友達も居なかった彼女は、あだ名呼びに憧れていたらしく、俺をそう呼ぶだけで、俺にそう呼ばれるだけで、頬が緩んでテレテレする子だ。ちくしょう可愛い。
そんな彼女に、今日はロシア猫(ロシアンブルー)を描いてみせた。さすがに犬に向かって棘が飛び出すビックリおもちゃを、“くらえぇっ! ヘアァッ!”とか言って投げたりはしない。CATS&DOGSは実に面白い映画だった。
「わあ……! まえとちがうねこさんだー……!」
「ロシアンブルーっていってな、外国の猫さんなんだぞ」
「がいこく……ねぇひろちー、ねこさんもがいこくごしゃべるの?」
「!? ……それはっ……考えたこともなかったなぁああ……!!」
そういえば、猫語ってものが本当にあるとして、ロシアの猫と日本の猫は会話が出来るのだろうか。
考えてみれば外国の猫の声って聞いたことないよ俺。
描いているところが見たいから、とベッドの傍に座ってと言ったともちーは、ベッドに座る俺の足にくてー、と体を預けてきて、俺を見上げてはにこーと笑っている。純粋な笑顔でなんつー質問を……! この子、天才や……!
そんなともちーの頭をわしゃーとやさしく撫で回すと、「きゃー♪」とくすぐったそうに笑って、ぱたぱたと軽く暴れる。
この歳で、もうどれだけ暴れれば自分の心臓に負担がかかるのかをわかっている彼女は、限界に到らない程度に燥ぐのが既に癖になっている。
俺がここに来るようになってからは、俺に迷惑をかけないようにってその“ライン”を必死で覚えたようだった。
だから、少しでも調子が上がりすぎると、
「!」
「!」
ともちーは口の前に人指し指を持って行って、“しー”のポーズを取る。
そして、ゆ~っくりと深呼吸を始める。この時、迂闊に他人が触れてはダメだ。ただ静かに待って、乗り切るのを見ていること。
それが出来たら褒めて、ドヤ顔する彼女を見届ける。
「………………はぁ。ん、きょうものりきった。ともちー、つよいこ」
「おう、ともちー最強な」
「ねこさんよりさいきょー」
にー、っと歯を見せて笑い合う。途端にまた“しー”をするともちーに苦笑いをこぼしつつ、それらが治まるまで、俺は絵を描きながらずうっと傍にいた。
そんな時間が、北海道に居る間は結構な時間続いた。
……。
……数年が経った。
北海道を出て───「やだやだやだお兄ちゃん! 遠くの大学になんて行っちゃやぁだぁあっ!」……で、出て……「やぁああっ! 浩樹、浩樹ぃいっ! あんたがこっちの大学来てよ! 画家ならこっちでも目指せるでしょ!? うわぁあああんっ!!」……出て……で……「え…………ひろちー、うそだよね? うそ……と、ともちーのこときらいになっちゃったの……?」「嫌わないから! 絵の勉強するために、ちょっと遠く行くだけなの! ね!?」出…………「それで浩樹。結局規制事実は───」「してねぇよ! あいつの夢壊せるかばかっ!!」「夢って、インターハイでしょ? 出場したし、なんなら霧ちゃんの活躍で優勝したじゃない」「直後に異性交遊がどーたらとかシャレにならんだろうが! あいつ、これからの先で体育教師になるっつってたんだから!」「あ、なるほど」……出たんだよ! 出て、今桜花展に向けて頑張ってんだよ!!
「はぁ、また二人そろって選外通知。わかってはいたけど、難しいし辛いものだね」
「そうか? むしろあの程度で通過出来たら呆気ないだろ」
「あの程度って。描けた時は会心の出来だーとか言ってたくせに」
「今描いてる方がよっぽど会心だし楽しめてるからな。柳も笑え笑え、難しい顔して、“絵が好きだっ! 描くのが楽しい!”なんてものを表現できるわけないだろ? 上手く描こう、格好つけようなんて思わなくていいんだって。褒められて一番嬉しかった瞬間を思い出して描いてみりゃいいんだ」
「褒められて…………一番、嬉しかった……?」
「そうそう。もっともっとガキの頃のことでもいいんだ。受け売りだけど、俺の師匠の言葉だ間違いねぇ」
「僕は………………ああ、ふふっ」
「お? なんだ、思い出せる範疇であるんだったら、もう最強じゃねぇか」
「そうだね、最強だ」
そう言って、柳は本当に可笑しそうに、幸せそうに笑った。
……嬉しかった瞬間って、やっぱ霧に褒められた時……なんだよな?
フラグ立てないように出来るだけそういうところは邪魔したんだが。俺が知らないところで褒められてたら、もう……っつーか柳が絵ぇ描いてる時点でアウトか。迂闊。
……その日、柳が描き上げた絵は、そりゃあもう綺麗なもんだった。
柳自身も自分で信じられないくらいに、久しぶりに“楽しい”を表現出来た、なんて震えた笑い声でこぼしていたほど。
もちろん俺も負けてられんとばかりに絵に楽しいをぶつけて、ぶつけることを目的としていた筈が、楽しむことばっかりに夢中になって、二人して笑い合いながら描いて描いて、描きまくって。
やがて───
とある、徹夜を続けたとある日のことだった。
風呂も入らずヒゲも伸びっぱなしの状態で、全てを描き終えた瞬間柳に報告しに行き。
柳は眩しそうにその絵を眺め、俺は眠気に敗けて眠ることにして。
そして───……柳は、俺の代わりに絵を出してくれるとだけ言って、部屋を出て行った。
俺は結局、それを止めることはしなかった。
柳……お前は結局その道を選ぶんだな。
やっぱり……俺達を裏切るんだな?
だったらそれでいい。お前はその道を往け。ただ……楽じゃないぞ、その道は。
───……。
……。
桜花展。
プロも参加する画家と画家を目指す者が己の絵を懸けて競い合う場所。
誰と待ち合わせをするでもなく訪れたその先に、それはあった。
入選、『春夏秋冬』───一般 柳慎一郎。
金賞、『いつかの春に』───一般 上倉浩樹
「……はっ」
笑ってやった。
誰が作品をひとつしか描いていないと言った。
柳が出てってからゆ~っくりと俺も出展手続きしに行ったわ。
「……これから大変だぞ、柳。お前は俺の絵を必死で真似て、時間をかけてゆ~っくりと自分の絵にアレンジしていかなきゃいけないんだ。急にお前の絵で描けば一発でバレる。後悔と罪悪感と戦いながら、足掻いて足掻いて………………」
……ふと、視界が滲んだ。
悪態をつけるだけついてやろうとしていたのに、無理矢理作った歪んだ笑顔が震えていく。
耐えきれず俯いてしまえば、ポタタッ……と涙がこぼれた。
「~……でだよ……なんで……! なんで裏切った……!! 対等だったじゃねぇか……! 俺はお前を…………~……っ……くそっ……!」
泣きながら立ち尽くしても、その場に柳が来ることはなかった。
それでも結果はあいつの下に届くのだろう。
そして、言った通り苦労していくのだろう。
この世界での霧は、きっと気づく。原作よりも俺に近しいあいつは、きっと真っ先に気づくだろう。
なんで、どうしてと訊くかもしれない。訊かず、なにか事情があったのかもしれないと納得はしないまでも飲み込むかもしれない。
どちらにせよ…………きっともう、元の関係には…………戻れない。
「原作の上倉浩樹はスゲーな……こんな気持ちを酒と一緒に飲み込んで、和解出来るんだぜ……」
俺は……心の中にぽっかり空いた穴の所為で、好きだった絵のことまでもが空虚になっちまいそうだよ……。
なぁ……柳。絵ってのはさ、他人の絵で認められてまで、先に立ちたいものなのか……?
───……。
……。
などとしんみりとした心をどうにかしたいと思っていた俺だったのだが。
「こぉの馬鹿ぁああああっ!!」
「はぶぼっ!?」
柳は空を飛んだ。女性の拳で。
桜花展の結果を知った霧が、連休を使ってこちらに来てから顔を合わせて一分以内の出来事である。
あ、なお屋外ではマズいので、一応俺が借りてるアパート内での出来事である。柳の裏切りが発覚してから早々に借りた場所だ。そこに、霧の到着に合わせて柳を呼んだ……結果がこれである。
それにしても……うむ。久しぶりに会ったけど、変わったなー霧。一見清楚なお嬢様かと思えたほど。
インターハイが終わった直後に「私、これから髪伸ばすから。あんたに対して後ろめたいことが出来たらばっさり切るから、その時は本気で怒って。いい? 絶対よ?」と言ってから髪を伸ばしている霧は、それはもう随分と印象が変わっていた。まあ中身はやっぱり霧だけど。
で、でもなんか切られずに伸びてると、愛を証明されてるみたいでむずがゆい。今すぐ抱き締めて甘やかしたい。ほら、小動物を見て、爆発的にめちゃくちゃにするみたく可愛がりたいって思う瞬間、あるだろ? あれみたいな。
なんですが、可愛がりたい彼女は手をぷらぷらさせるとにっこり笑顔で俺に言うのです。
「あー、すっきりした。浩樹はどうする? 殴る? 叱る? 罵る?」
かつての幼馴染で親友な男を殴った直後です。俺の恋人すげぇ。
「いーよ、俺は。……柳、こっから大変だぞ。俺はお前が俺の絵を勝手に使ったのもなにも言ってくれなかったのも、正直これっぽっちも怒っちゃいない」
「う、ぐぅっ……~……ぇ、ひ、ひろ……き?」
柳は痛そうにしながらもその痛みを受け入れ、けれど俺の言葉が信じられないようで驚きの様相で俺を見つめた。
「ただ、お前はこれから……楽しんで絵を描けるのか? 喜んでもらいたかった誰かのために、胸張って絵ぇ描けるか? それくらいしか言葉が浮かばないんだ。だから……」
「浩樹……ぼ、僕は、ぼくはっ───」
「……じゃーな、柳画伯。バレないように俺の絵なぞって、長い時間かけて自分の絵に辿り着いてくれ。正直、俺にはそれのなにが楽しいのかもわからない」
「───! …………そう、だね。僕はきっと、しばらく自分の絵なんて……描けやしない。散々なぞって、自分の絵が残ってるかもわからない……いや、きっと無くなるんだろうね」
「楽しめない絵を描き続けるのは苦痛だぞ。お前は……そこまでして画家になりたかったのか? 俺達が目指したものっていうのは、人の作品で認められてまで目指すものだったのか? ……教えてくれ、柳。俺は……大好きだった絵が、嫌いになっちまいそうだ」
「嫌うのは僕だけでいいよ、浩樹。それに……目指した形とは違っていても、綺麗じゃなかったとしても、約束は果たせた。だから……思う存分いちゃついて、幸せになってほしい。僕が近くに居るせいで、君たちが遠慮するのは嫌だから」
「……。お前、まさかそのために、なんて言い出す気じゃないだろうな」
「まさか。結果論だよ。……浩樹はもう、僕の気持ちには気づいていたんだろう?」
「……ああ。けど、幼馴染としての距離で居ることも嫌なほどだったのか? お前はそれほどまで───」
「うん。浩樹が好きだった」
「………」
「………」
……………………。
……うん。
「……ワッツ?」
「えと、慎……ちゃん」
俺と霧、笑顔で停止。
声をかけてみると、柳は儚げに笑った。
「思えば絵の道を夢見たのも、キミが僕の絵をあんなに真剣に、でも嬉しそうに楽しそうに褒めてくれたからだった。なにをやっても鈍臭くて、なにをやらせても上手くいかない僕に、キミが初めて褒められる喜びを、“お前はこれが出来るんだ”を、“楽しい”を教えてくれた。だから対等で居たかったんだ」
「お…………あ、お、おう、あ、み、みりん?」
「え、あ、ぁぅ、ぅん……? ていうかみりんってなによ」
「すまん混乱してる!」
「……僕はいっつも浩樹を追っていた。でも、追うだけじゃだめだって思った。隣に立って、競い合うみたいに出来るようじゃなきゃ、負けるもんかって互いに高め合える関係じゃなきゃ、ずっと傍になんかいられないと思った。だから───」
「ちょぉおおちょちょちょちょっと待て! じゃあお前、まさか……」
「方法なんてどうでもよかった。一歩でも先に画家になって、キミが“なにくそ”って上を目指して、僕なんかあっという間に追い抜いてくれれば、それでよかったんだ。そしたら僕はそれを追える。追って、改めて自分の絵でキミに追い付いて、それで」
俺の知ってる“対等”の意味に、俺の頭が追い付かない!
え!? それってどういう対等!? どんな対等!? ゲーム会社と間違ってない!? タァ~イトッ❤ って違うわボケ!
「それから霧ちゃん、僕は確かに浩樹のことが好きだけど、きちんと女性と結ばれるべきだと思ってるから、そこは安心してほしいな」
「慎ちゃん!? 心配の方向性の問題をまず直視すべきじゃない!?」
「問題はないよ。僕はこれから大好きな浩樹の絵を心ゆくまでなぞって、自分のオリジナルに近づけていくんだ。僕と浩樹の絵が融合して完成する絵……素晴らしいと思わない?」
「高三の特大パネルの思い出が腐れ落ちるからやめて!?」
やべぇ。予想以上にぶっとんだ存在になってた。え? これ俺が、こいつが霧に惚れないようにって徹底的にフラグ管理した結果? 霧が柳にやりそうなトキメケポイントを全部俺が踏襲しちゃったから?
……あ。これ誰も悪くないや、俺が悪い。俺が……俺が幼馴染で親友な彼を変えてしまった───! ギャアアアア罪悪感が! 罪悪感が津波のように押し寄せてくるぅううっ!!
「僕はね、浩樹、霧ちゃん。二人には幸せになってもらいたいんだ。こんな形で夢を叶えちゃって本当にごめん。でも、僕らは距離を置くべきだよ。浩樹の作品を勝手に使った理由は、君が僕を男の子に惚れさせた責任ってことで、流してくれるとありがたいかな」
「ぉ、ぉぅ……それでいい……なんかすまん……」
「僕は浩樹みたいに描けないから、これくらい自分を追い込まなきゃだめなんだよ。だから……今度会う時は、結婚式か子供が出来た時だと嬉しいかな」
「「話飛びすぎだから!!」」
「結婚しないの? 子供、作らないの?」
「ままっまままだしないわよ! 浩樹のことしばらくは独り占めするって決めてるんだから! 子供出来たら絶対こいつ子供にデレッデレになるでしょ!?」
「あー……エリスちゃんのこと考えると、確かに」
「お前らな……」
ばっかお前俺はただ原作キャラに弱いだけだって。
霧があんなに好き好きオーラ出してなけりゃ俺、推しキャラだった鷺ノ宮理事長代理を狙ってただろうし。高嶺の花過ぎて無理だろうけど。
いやまあそもそも“誰かを一番最初に好きになった人”には報われてほしい俺だから、どの道上倉浩樹と桔梗霧には幸せになってほしかったんだけどさ。
「はぁ。まぁ、なにはともあれか。……霧、とりあえず画家にはなれそうだ。夢は叶えられたな。いろいろ想定外なこともあったけど」
「……はぁ。ねぇ、あんたも慎ちゃんも、ほんとに納得してるの? こんな形ででも」
「もちろん。柳がこれから、“散々と苦労するってわかってても、画家への足がかりが欲しかった”って覚悟の上でやったんなら、俺が気にすることはこれっぽっちもないよ」
「想像しているよりも険しい道になるんだろうね。それでも……僕はこの道を行くことに後悔はないよ。……浩樹、霧ちゃん。僕は必ず、自分の納得いく絵を世界に認めさせてみせるよ。“画家の絵だからこれはいいものだ”じゃなくて、ちゃんと僕が描きたい“楽しい”が形に出来るように」
「その条件で認めさせたいなら、時間をかけてでも自分の絵で入選を目指すべきだったろ」
「あはは、無理だね。だって僕、浩樹や霧ちゃんの傍じゃあ思い切り自分の絵っていうものを表現できそうになかった。だから一度離れたかったんだよ。……本当に、こんな形になってごめん。でも、モヤモヤしながら絵を描く日々じゃあ、どうしても“楽しい”なんて表現できなかったんだ」
「柳……」
「慎ちゃん……」
「認められるような絵が出来たら、自然と話題になるだろうから。だからそれまで、さようなら、二人とも。……そして浩樹。僕はこの道の先で、今度こそ自分の“楽しい”でキミの対等の位置に立つよ。だから、その時まで───」
「───!」
ああ、そっか。
こいつの……いや。ゲームや漫画のこいつが言っていた対等と、こいつの中の対等が違う理由がわかった。
目指していた場所が違ったんだ。辿り着きたい場所が違ったんだ。
ちぐはぐになる筈だ。こいつは最初から、どんな形であれ俺達とは離れた自分で、俺と一緒に画家の世界で対等になりたかったんだ。
「“さよなら”も“二度と会わない”も違うよな。今度会った時は、笑いながら酒でも飲もう。その時まで───またな」
「……! うんっ! またね、浩樹、霧ちゃんっ!」
「もっと他にやり方なんて有ったかもなのに。へんなところで不器用だよね、慎ちゃんって」
「目の前で四六時中いちゃつかれる幼馴染の気持ちも考えてよ」
「素直にごめんなさい」
霧は顔を真っ赤にして謝った。とても綺麗なお辞儀だった。
「裏切りってカタチになっちゃったのは、ちょっとした恨みもあった所為なんだろうけどさ。嫌ってくれればいっそ、罪悪感なんて無しに二人が遠慮なく付き合ってくれると思った、っていうのもあったんだ。あ、もちろん僕が居なくなってからってことで。そしたら霧ちゃん飛んでくるし、殴ってくるしで」
「怒ったことも殴ったことも後悔してないからね、言っとくけど」
「うん、それでいい。ありがとう。だから……お幸せにね、霧ちゃん。浩樹のことももちろん好きだけど、霧ちゃんのことも僕は好きだから」
「ごめんなさい私は浩樹のものだからその想いには応えられません」
「真顔で返さないで!? そういう意味じゃないから!!」
「すまん……俺もお前は親友とは思えても、恋人とかは……!」
「浩樹も! 僕の話聞いてた!? 幸せになってほしいんだってば!」
「と、ところでそのー……慎ちゃん? あの、さ。わわ私が傍に居なくなってからの浩樹とか、どんな感じだったかとか……。さ、寂しそうだった、とか……ふいに私の名前を呼んで、ぽかーんとしてたりとか……」
「幼馴染の変態疑惑より優先させる話!?」
そうやって……三人で馬鹿やって笑い合って、裏切りの文字も絵具で塗りつぶせるくらいの気安さで、俺達は別れた。
裏切りから始まった関係にしては、信じられないくらいの笑顔で、手を振って。
やがて……玄関の扉が閉ざされ、柳が見えなくなり足音が遠ざかってから……霧が「ばか……ほんと、馬鹿なんだから」と呟いてから、幼馴染の話は終わって、離れていた恋人の話がまあ……始まったんだと思う。具体的には、隣に居たこいつがこてんと俺の肩に頭を預けてきたあたりから。
「浩樹」
「おう」
「存分にいちゃついて、って言われたからするんじゃないって、先に言っとくわ」
「おう」
「えっと……ね? その……こっ、……~……恋人さんが、寂しがってます。どうにかしなさいよ……」
「ばかぬかせ、俺の方が寂しかった。その想いが筆に乗らないようにどれだけ苦労したと思ってんだ。部屋ん中見てみるか? 俺の絵が主に“感情”を題材にしてるのは分かり切ってると思うけど、寂しさで溢れかえってるぞ」
「……どっちがとか、そういうの言いたいんじゃないの。わかってんでしょ、もう」
「甘えたいなら甘えなきゃ甘えじゃないだろ」
「むー……」
「……ほら、霧」
「うー……うん。あの……浩樹? その……抱き締めて?」
「おう」
「んぷっ……んー……♪ 頭、撫でて」
「ほいほい」
「ぅゅー……背中も」
「はいよ」
「ゅー……」
ゅーってなんだ。可愛いなおい。
ともあれ、撫でて撫でて、胸に抱いていた顔がもぞもぞ動いて、「ぷあっ……」と肩に顎を乗っける形になると、霧はとってもご機嫌な調子で、猫ならばごろごろ喉を鳴らせてそうな感じですりすりしてきた。可愛い。
そんな霧を、玄関前から寝室のベッドの上まで誘導し……その間も腕にぎうーと抱き着いたまま離れない。
「……♪ ……ね、ね……浩樹。私が居ない間、寂しかった?」
さて、声がとろんとしてきました。こうなると宅の霧さんは甘えんぼさんモードです。
こんな時にこそ、元の───原作の、キリッとした霧さんとか、上倉浩樹に対してお小言をお唱えあそばれる彼女を思い出すのです。
……ギャップかわええ……!
「んぅ……ぇ、ちょ、浩樹? 質問んぷっ!? ん、んゅっ……ぷあっ! ちょ、いきなりは反則っ……ぇ、え? もしかしてそれだけ寂しかったの? いきなりキスするくらい───んぷっ!? ん、んんっ……んー……ん、ちゅ……」
いや別に好きじゃないよ!? 嘘です大好きです。
寂しかったです。でもそれを絵に出してしまうようでは下の下といふもの。……うそです、散々出しては失敗作の山作りました。
“上倉浩樹”の絵の本質は、“見た人を笑顔にしたい、幸せにしたい”って感情にひどく左右される。
俺はそれを絵に乗せるのが大の得意で、上倉浩樹は一度絵をやめてからそれが苦手になってしまった。
まあ俺には関係ございませんでしたが。なので思う存分感情を載せてみれば、絵の上達は叔母さん……エリスの母親が驚くほどだった。
「とりあえず画家になる夢は叶えた……な。問題はこれから売れるかどうかか」
「…………」
「霧? …………しまった、甘やかしすぎた」
霧は幸せメーターのブレーカーが落ちてしまって、顔が真っ赤なとろーん状態になって停止している。
こんな時に言うのもアレですが、こんな時にだからこそ言いましょう。この時に胸を揉むと大きくなると云われているそうです。少なくとも霧は育った。そしてもうちょい欲しいので揉みます。
「……んぅっ!? う、うー……~……!」
「………」
ううむ、この服の上からでもわかるどっしりとした手応え。
スポーツをしているからこそ土台がしっかりしているため、だらしなく垂れてしまうこともない、けれど少々の緩みも持ち合わせた……大きいのに美乳、まさに理想の……!
……おお、見よ。いや見せないが、この服に潜り込ませた手で堪能する極上の感触。手が、手の触覚が大変に幸せである。
ブラをずらして、直接触れるともう……………………、…………うむ。
いやうむじゃないが。
(とりあえす……原作みたいに、撫子学園で美術教師募集してたら申し込んでみるか)
描いた絵がそうそう売れるとも限らんし。
霧との本番は、収入が安定してから……かな。
ちなみに、売れる前の画家が副業するなんて、画家あるあるである。
画家なんて絵が売れなきゃ収入ゼロだ。どれだけ有名になっても、“いや、買うほどでは……”とか言われれば収入はゼロ。
なるのは難しいくせに、かなり厳しい世界なのだ。
入った大学は美術教員免許は取れる大学だから問題はないとして……こいつも体育大学卒業したらいよいよか。
撫子学園に就任する日は、そう遠くないのかもしれない。
ともあれ久しぶりだったこともあり、その日はずぅっと互いを高め合っていた。
もちろん本番は無し。にしたって大変乱れてくれた彼女は……なんかさらに敏感になってない? が、我慢させすぎたね? 今日まで耐えて偉いね? え? 俺が言った、自分で慰めるのも俺以外にされるのもダメって、守ってくれてたの? いや後半は当然だけど。
……なんかもう嬉しすぎて押し倒した。あ、本番は無しです。ふわぁあっ……って目がすごく輝いてうるんだけど、ごめん、押し倒したくせに、本番は無しなんだ。あ、唇尖らせた顔もかわいい。
なのでキスしまくった。それはもう夢中で。連休中はこっちに居られるらしいので、思う存分いちゃこらしつつ開発……こほん。互いを堪能しませう。
翌日も食事とトイレと風呂以外は溶け合うように傍に居て、でも本番は無し。
じらしが効いたのかどうなのか、その日の夜、大切な彼女がキスだけで絶頂しました。なんか……感動した。え? 絵はどうしたか? 霧ニウム補充中です。しばらくお待ちください。
……霧ニウム補充後に描いた絵は、かなりの出来だったものの……売りには出せなかった。や、だって霧への愛をぶつけた所為で、霧が絵を離してくれなくなったので。
───……。
……。
……そして。
体大卒業した霧が俺の部屋に押しかけてきて、「一緒に住むからっ!」と笑顔で言ってのけて、新しい生活が始まった。
両親同士には既に許可をもらったとかで、証拠としてそれっぽい書類に署名&判が押されたブツをどうだーとばかりに見せつけてきた。……や、一発目でそれを見せてくれりゃあよかったんだが、一発目に突き出してきたのはピンク色の書類だった。
「……お前、これ北海道で貰ってそのまま持ってきたのか?」
「え? そりゃそうでしょ、お父さんもお母さんも、おじ様もおば様もみんな北海道で───へ?」
ピンクの用紙には婚姻届と書いてあった。霧の名前もあったし、なんなら後見人の欄に俺と霧の母親の名前が。
ふむ。
霧がきょとんとしているうちに、それを受け取ってさらさら~と残りの項目を書き連ねる。
そして霧の手を取って、にっこり笑って「行こうか」と告げた。
「え、え? 行くって? あ、もしかして家具とか買いに? ……い、いいの? 急に押しかけた私が言うのもあれだけど……ほんとに、いいの?」
「ん、いいぞ。一緒に住もう(夫婦として)」
「浩樹……う、うんっ、私料理とか頑張るからっ! もっともっと、頑張るからっ!(恋人として)」
そして俺達は市役所へ行った。
途中から首を傾げて疑問符を飛ばしまくってる霧は、もう大分伸びた髪をさらりと揺らし、今日も綺麗で可愛かった。
そして、彼女が居る前で提出と受理はなされ、おめでとうございますを告げられ、帰り道まで首を傾げていた彼女がようやく「えぇええええええええっ!?」と叫ぶ頃には、俺は買った指輪を彼女の薬指に嵌めていた。
あ、桜花展で金賞取ったお陰で結構金が入りました。金の使い道がそもそも食材と画材以外にないから、結構溜まります。まあ無駄遣いの趣味も無いし。
「ひ、浩樹っ……ぐしゅっ……ぁゎ、わたしぃいっ……こんなっ……らって、わたひ、同棲らとおもっへたのに……! いいの……? わたし、いいの……?」
「ここで断られたら、超高速で離婚話に発展することになるんだが」
「違うぅうっ! そういうこと言ってるんじゃなくてえっ!!」
「……ん。霧、お前が好きだ。お前の全部が欲しい。俺と一緒に苦労してくれ。いつか絶対、俺が引っ張り込んだ幸せで、お前を笑わせるから」
「~……ひ、ろっ…………う、うぁあああああ……!!」
「!?」
な、泣いっ……泣いたァーーーッ!!
えバァアババババどどどどうする!? どうなるどうすればァアアバババ!?
誰かっ! 誰か教えてくれ! 女性が泣いた時はどうすればよかとですか!? 頭を撫でるのは違う! 冗談を言って和ませる……はやったらヤバい気がする! こんなの俺でも分かる! じゃあ!?
(ダレカ・ドッカーノ氏が言ったかどうかはどうでもいい。誰かが言った。困った時はとりあえず二枚目半なキリッとフェイスで抱き締めておけと)
というわけで、きゅむと抱き締めた。
すると、俺の胸に顔をうずめてわんわん泣く霧さん。
いつかしたように、頭と背中を撫でてやると、余計にぎうーと抱き締めてくるやだ可愛い。僕ンですこの人、僕の大事な人です。
「たくさん苦労かけます。画家が夫なんて、現実見てる奥さんにとっちゃ賭け事してるみたいな夫だと思う。売れなきゃ無収入だし、絵を描かなきゃいけないからろくに相手も出来ないかもしれない。それでも───」
「ぐすっ……ふふっ、な~に言ってんの。あんたがいくら絵好き馬鹿でも、絵だけ描いて笑ってられるほどの絵馬鹿じゃないでしょ? 私と言い合って、慎ちゃんと笑い合って、くだらないことを話し合って。そうしてまた絵に向き合うから、あんたはいろんな絵を描けるんだから。だから言ってあげる。私が、あんたに」
「霧……?」
「“あんたは絵だけじゃ食ってけない”。絵と、あんた自身が笑顔になる時間が無きゃ、あんたは人を笑顔にする絵なんて描けないんだから」
「霧……」
「私の理想の夫婦像っていうのはね、苦労も苦悩も葛藤も、ぜんぶぜ~んぶ分け合って、最初は眉間に皺寄せてたって、最後は一緒に笑い合えるような、そんな夫婦なんだから。……苦労、してあげるわよ。その代わり、ちゃあんと幸せにしなきゃ、あんたが悔しがるくらい、私の幸せであんたを笑顔にしたげるんだから」
「………」
言葉と一緒に、綺麗なウィンクをもらった。
その時、心が勝手に、だけど自然と思った。
───この人を抱きたい。
人と深く深く繋がりたいって本気で思う瞬間が来るのなんて、フィクションの仲だけだと思ってた。
けど……俺は。
「……霧」
「んー? ふふ、なぁ~にぃ~? 新婚良妻の霧さんに、なにかお礼でも、っふふーん、くれるのかしらぁ~?」
「お前を抱きたい」
「ぴゃぁう!?」
笑顔がぼっっっっふぅうううん!! と灼熱沸騰した。
そして、たっぷり間を空けたあと、涙目の震え声で「ふえっ……ふぇえええっ……!?」と仰った。
「そ、そへっ……それ、っふぇ……」
「……霧。もう、陽が沈むんだ。夫婦になって初めての夜が来る。それはつまり───」
「ぇでっでででででもっ! 浩樹とかほらっ、子供が出来ても養えるくらいの、責任が取れる自分になるまではって言ってたし……!! ……ひっ!? ま、まさか浩樹……! あぁああああんた、私があんたのために守ってきた大切なしょっ……しょしょしょっ……~……を! ゴム製品なんかに捧げさせる気なんじゃっ……!!」
「天下の往来でそういうこと言うなっつーの!! むしろ誰がつけるか! 男の初めて! 男たる者のHAJIMETE!! つけたがるなんて男じゃねぇ!! それでも必死に我慢して好きな女の要望に応えるんだよ! 嫌われたくないもの! よっぽどのクソカス自己中クズ野郎でもなければ、男は男の願望よりも恋人や妻との仲を優先させるんじゃい!!」
「……………」
「───あ。…………OH」
そして、そういう願望は語ってしまえばまず嫌われる。むしろドン引きされる。
ド畜生、だから男の正直者なんてもんは損をする生き物なんだ。
ハハッ、ごらんよ皆の衆、さっきまでとろぉりとろけるラヴの視線を送ってくれていた霧が、今はこんなにも……あれ? 目ぇ潤ませてる。
「……そ、そっ……か。浩樹は、つけたくない派なんだ。うん、そっか、うん…………えへへ」
「?」
おい待てなんか喜んでるぞおい。え? もしかして霧さん? つけるの嫌い派……ですか?
「で、でもね、うん、こほん。言ったでしょ、恋人だろうと夫婦だろうと、まだまだ私は浩樹のこと独り占めにしたいの。やりたいことたっくさんあるの。な、なのに、まだ貯蓄とか余裕があるわけでもないのに子供を作っちゃうなんて、だめでしょ、だめだめ。人を笑顔にする絵を描く浩樹が、幸せになれるかわからない環境に子供を授かるなんて、私はそんなこと許せない、許さない。だから……」
「じゃ、やめよう」
「もっと食いつきなさいよ!! じゃ、って! じゃ、やめようって!!」
「同意無しの愛の行為になんの意味があるんだよ。初夜ならなおさらだろ。というわけで、またしばらくお預けってことで」
「ふぇっ…………ぁ、の……浩樹? あの。嫌なっ……嫌なわけじゃないの。でもその、」
「子供を授かるにはまだまだガキすぎるよ、俺達。まあでも、三十路前には必ず。……で、いいか?」
「……ん。ごめん。いっぱいいっぱいいちゃついて、覚悟決まったら……その時は私から行くから。それはもうぐいぐい行くから」
「睡眠薬とか酔わせて前後不覚状態の時に、とかは勘弁な?」
「しないわよ馬鹿ッッ!!」
「おう」
笑って、とりあえず移動を再開する。
周囲は微笑ましいものを見る目で俺達を見ていた。見知った顔もあって、とりあえず死にたくもなったが……まあ。
それは帰宅してからじっくりと発散するとしよう。
「ところで霧?」
「ぇ……な、なに? あの……もしかして怒ってる? ごめん、ほんと、嫌なわけじゃ───」
「いや。それは納得したし怒ってないからいいんだ。でも、変わらず本番はしないだけであって、発散はするから」
「え? ………………………………エ?」
「気絶するまで、いやむしろ気絶してもやめたくない気分だから、頑張ろうな、霧」
「アッ……ワワワタシ急ニオ母サンノ声聞キタクナッチャッタッ! ホテルニ泊マルカラココデ」
「“今日抱きたい”。心の底から、初めて渇望した分だけ、本番無しをぶつけるからな。覚悟しろ、本気で惚れてる相手に、人がどれだけ愛をぶつけられるか思い知らせてやる」
「心の底からって……! そ、そんな風に思ってくれたの? あの浩樹が……、~…………ごめん、我慢させちゃって。う、うん。いいわよ、付き合う。どこまでだって、応えてやるんだからっ! なによ気絶くらいっ、そう簡単に思い通りになるなんて思わないでっての! 逆に……そ、そうっ、私があんたをひぃひぃ言わせてやるんだから!」
「じゃ、精と体力の付く食材、買って帰るか」
心が猛っております。本番に踏み込まないよう鋼の精神を抱かなくては。
そんな俺の心境を知らず、霧はぽしょぽしょと「え……や、あの、なにもそんな、張り切らなくても」とモニョモニョ呟いている。顔真っ赤。かわいい。
「霧……頼みがある」
「んぅ…………なに? その、我慢させるんだから、多少の無茶くらい聞いてもいいわよ。その、多少えっちなことでも」
「まじか。じゃあ裸エプロン頼む」
「しないわよ!!」
だめらしい。
「じゃあヌードデッサン」
「なんで他の誰かの目に留まる結果が残るものを、あんた以外に見せるかたちで作るのを手伝わなきゃいけないのよ!!」
だめらしい。いやまあ確かに、今の俺ならば超リアル霧さん(ヌード)を描ける自信があるけど。
確かにそれを誰かに見られるのは……嫌だな。殺したいくらい嫌だ。
すげぇ、俺こんなに独占欲強かったか。……強かったな。じゃなきゃ小学の頃に告白して、豪速球レベルでステップ踏んで行かねぇよ。ディープなキッスまで早かったもんなぁ。
や、それにしてもだ。
「……お前俺のこと好きすぎだろ」
「なによ悪い!? 好きよ大好きよ! じゃなきゃ同棲のために北海道からこっちまで飛んでくるわけないじゃない!」
あ。だめ。可愛い。きゅんきゅんきた。
「……ごめん、やっぱ抱いていい?」
「にゅうっ!? ~~~……だっ……だだ抱き締めるだけなら……ぃぃ、ケド……」
「だめ。キスする。背中も頭も撫でる」
「う、うぅ、ぁうう…………へ、部屋っ! 部屋戻ってからよ!? ここでしたら殴るから! ななな殴るから!」
「夕暮れ時に外で奥さん襲う趣味はさすがにねぇよ!?」
でも部屋に戻ったらしますが。なんなら尻にも手が伸びます。
「うぅ……」
「…………~」
「……あの、浩樹」
「お、おぉお、おう……」
「……手、繋ご」
「───」
嫁が可愛い。もうめっちゃ繋いだ。恋人繋ぎ。腕を絡めたその上での恋人繋ぎは、密着性もあってとても幸せだ。
自分の努力と彼女との愛と幸福が育てたお胸様が、服越しにもわかる弾力を以って押し付けられる。幸せだ。その先に、気を許し切ったほにゃりとしたとろけるような幸福スマイルがあるんだぜ? ……ああもう感覚の様々が幸せ。視覚が幸せ。触覚が幸せ。嗅覚も幸せ。痛覚的には胸が痛い。キュンキュンしまくってる所為で。聴覚? 言うまでもなく幸せです。
上倉浩樹先生。あなた、柳慎一郎に遠慮して手を出さないの、ほんと馬鹿な行為です。親友が居ようが、親友が同じ人を好きだろうが、“勝たなきゃいけない”のは“互いが好きな者同士”だ。
いくらあんたが気持ちを押し込めて告白を受けなかったとしても、柳に頑張れって言ったとしても。霧が柳を好きなわけじゃない。それは残酷にしか繋がらねぇんだよ、阿呆。
まあ、だからって盗作に走るのはより一層阿呆ですが。
だから、自分の恋心を確信したら、遠慮なんかせずゴーフォーブローク。砕けた先で親友の方にこそ相手に気持ちが向いてたら、泣きながらでも祝福してやるのさ。
で、親友が実はドゲス野郎だったら……まあそれが証明される頃には好きなヤツは泥沼どっぷり状態だろうけど。
人生ままならん。
あ、ちゃんと両親の同棲許可署名は見せられた。顔真っ赤にしながら「これだからっ! あのえっと……まままさか同棲のために来たら当日に結婚するとは思わなかったけど、これだから!」って言われつつ。
愛しかったので抱き締めた。めっちゃキスした。
行動のたびに真っ赤になる嫁が可愛すぎるので遠慮はしなかった。慣れて“はいはい、私も好きよ”なんて状態に至る前に、存分に堪能しようと思っている。
……。
さて。そっから先はとにかく描き続けた。
いちゃつく時間は当然取ったし、体育教師を始めた霧の休みの日は俺も完全に休み、前日の夜からいろいろ仕込んで本番無しの愛にどっぷり浸かったり。
もちろんデートもした。とろけるくらいにいちゃついた。ていうかほんととろけた。可愛い。
いやー……やばい、ほんとやばい。人って他人のことこんなに好きになれるんだな。前世がちっとも女縁も女運も無かったから、“誰かを好きになったら自分の全部をそこに”っていう自分の願いも今こそ叶ってるって感じ。
「浩樹、どう?」
「愛してる」
「そっ……そうじゃなくて!! ゃっ……そりゃ、私も好きだけど……! じゃなくて! あ、あい、愛してる、けど……!」
や、そうじゃなくてってそっちかよ。嬉しいけど。
絵の進捗は順調。ていうかアホほど描いてる。手が止まらない。
笑顔にしたい人がいつでも傍に居るって、幸せなことだ。
あー……! 好きだ―……! …………好きだけどさ。節操なくそそり勃つの、なんとかなりませんかジュニアよ。
「えー……と。霧」
「え……ぁ、う、うん…………ぁ、の。あんた……私のこと好きすぎでしょ……」
「当たり前だ」
「ちょっとは照れなさいよ! って、わっ……! ちょ、浩樹───んぷっ……!」
「霧。……霧ー……あー……! あ~~~……!! 好きだー、霧ー……霧ぃい~……!」
「…………ぁぅ……」
その後、愛が溢れすぎたので押し倒した。もちろん本番は無しで。
本番以外の様々でようやく落ち着きを見せたご立派様は、幼い頃からのティントレ効果もあって……その、エグい。ご起立なさらなくても、相当。初めて互いに裸になった時は、霧が停止したくらいだ。
たまに「……ほっ……ほんとに……だいじょうぶ、かな……」とご立派様を見る霧は、緊張の色が濃かったこともあったが……今となってはなるようになれ、みたいな感じで受け入れてる……と思う。
ところで今日初めて、この時代では広まってない(たぶん)授乳〇キをお願いしてみたんだが……最初は呆れつつも恥じらっていた霧が、次第にとろけるような、母性に満ちた笑みで俺を見つめ始めた時は、なんていうかその……うん。母乳出るようになったら改めて頼もうかと思いました。胸だけで頂にお昇りあそばれた霧さんから母性が霧散して、胸に掻き抱かれた時は理性がぶっとぶかと思ったが。
さて。
そうしたのちの、賢者タイム中にのみ描くつもりで始めたこの絵は、透き通るような気持ちになれる絵だと霧に好評だ。
一番最初に売れた絵がこの、邪念一切無しの賢者の絵っていうのは相当複雑な話だけれども。
つまりはじわりじわりとだけど、有名にはなっていた。
個展を開けるほど余裕があるわけでもないけれど、誰だか知らんけど積極的に買ってくれる人が居るらしく。
そしてまた、描いた先から購入された。
叔父さん叔母さんや、その知り合いの個展に協力してもらって出展してる俺の作品は、感受性豊かな人には結構人気なんだそうだ。
や、美術専攻してるような人はまずみんな感受性強そうだけどさ。
「………」
固定客が出来るのは嬉しいことだ。が、大抵の人はその喜びに自分の絵の本質を忘れ、固定客に離れられてしまい、落ち込む。
俺の場合は根本が違うからなぁ。まず客じゃなくて霧を喜ばせたい、笑顔にしたいから描くんであって、誰が買うかとか正直どうでもいいのだ。なのでいつだって自分のフルパワーが出せる。同棲してからは余計にだ。
そして肌を重ね、愛しさが増すほど絵に向ける感情は高まっている。
描くのが楽しいのだ。それ以上に霧を頂きに到らせるのがなんというかこう……か、可愛いんだっ! わかる!? なんかもう……可愛いんだよ霧さん!
あの男勝りだった霧さんが、今ではもうすっかり……。
インターハイ後に髪の毛も伸ばすようになってからはポニーテールが映えたし、でも俺がストレートが好きって聞けばすぐにほどいて、ソワソワしながら俺の感想を待ったり……可愛いなちくしょう。
(………)
貯金額が一定以上になったら、と約束している俺達ですが、エリスがそろそろ撫子に入れるってくらいの年齢だって頃に子作りとか……大丈夫なんだろうか。
俺も霧も撫子で非常勤的な存在になるかもだし、妊娠は……ううむ。
なんてことを考えている俺達を他所に、実家からは催促がすごかったりする。
そりゃ、しばらく二人でいちゃいちゃするって宣言してたくせに、あっさり結婚報告されたら次は孫かって思いたくもなるのかもしれないが。
「霧はさ、高校の時に初体験終わらせておきたかった、なんて考えたことはあるか?」
「殴るわよ」
「いやいや待て待てっ、真面目な話だよっ! ……その、初体験は高校で済ませた、なんて話はよく聞いたもんだっただろ? ただでさえその、俺達は手ぇ繋ぐのも腕組むのも、キスもディープまであっという間だったし」
「んぐっ……! ま、まあ、そうだったけど…………子供の頃の好奇心って怖いわよねー……。なんだかんだ、その、本番以外は13の時に済ませたって感じだったし」
「俺は単純に霧が好きだから求めてただけなんだが」
「わっ……私だって、そうよ。好きじゃなきゃ、浩樹じゃなくちゃ、あんなこと……」
当時、既に凶悪だったジュニアに真っ青になった霧ですが、何度か後ろで受け入れてくれたことがある。好奇心怖い。でも最終的には気持ちよくなってくれて、昇りつめてくれたりもしたんだが、後ろで頂に昇り詰めたのが相当恥ずかしかったのか、以降は絶対しなくなった。というか、気持ちよさというか恥ずかしさ方面で昇りつめたみたいで、満たされた幸福感で昇りつめる今までのものとはあまりにも違って、怖かったんだと最近教えてくれた。可愛い。
……好きな人と一緒に住んで、本番以外を体験しまくってると、そっち方面ばっかりに思考が飛んで困る。
いっそ済ませてしまえば落ち着くんだろうか、なんて考えたものの、霧はむしろ「落ち着いちゃったら興味が逸れちゃうかもだから、それもなんか怖いかも」と言った。俺の服を摘まんで、くいくい引っ張りながら。可愛い。
「浩樹ー、同窓会のお知らせ届いたけど、どーする? 会場北海道だって」
「マジか? 同窓会のために海渡るのかよ俺達」
「みみっちいこと言わないの。いいんじゃない? 結婚しました報告と、慎ちゃんの状況確認とかも気になるし」
「お前が酒飲まされてお持ち帰りされたら、俺はそいつを殺してしまいそうだ」
「私だって、元クラスメイト女子とかがあんたにくっついたりしたら我慢できないわよ」
「………」
「………」
「ずっと一緒に居てくれ、霧」
「しょ、しょーがないわね、うん。心配だし、心配されて嬉しいし、合理的だし、そのー……」
「きーり。そこは嬉しい、だけでいーんだっつの」
「~……! すっ……素直に言えてれば、照れ隠しで失敗ばっかしてないわよ、ばか……」
あ、自覚あったのね。そりゃあるか。
「あーその。うん。……あ、さ、酒? どうする? 勧めてくるだろ、絶対」
「全部断るのってさすがに難しいでしょ」
「車の運転があるって言えば乗り切れるだろ」
「その場合、どっちか一方は飲めるだろってことにならない?」
「……面倒臭いな」
「ほんとにね。ていうかどのみちホテル取ることになるだろうし、飲まされはするわよきっと」
「だよなー……じゃあ下戸だって言うか」
「面白がって飲ませてくるわよどうせ」
「………」
「………」
「実は画家は飲むと腕が鈍るからとか」
「ふふっ、画家ならではの言い訳じゃない。案外通じるかもしれないわよ」
「で、霧は───その。に、妊娠してるから、とか」
「!!」
霧、瞬間沸騰。
ぼっふんっ! と赤くなった彼女はぱくぱくと口を動かして、何か言おうとして、わたわたおろおろし始めて、やがて俯き、しゅうう……と煙を出した。可愛い。
俺に言葉と一緒にずびしーと突きつける気だったであろう持ち上げられた指が、へにょへにょと力なく落ちていく様が面白い。
とりあえず……まあ、参加決定。あと抱き締めたあとめっちゃキスした。
同窓会ってのはあれだったよな。原作では柳に裏切られたあとの上倉浩樹が、参加したはいいけど霧と柳が仲良くしているのを目の当たりにして、絵への情熱を燻らせてしまったっていうあの。
裏切って不正した上、柳が霧に認められて談笑していて、自分にはなにもなかった。その時の上倉浩樹の心境っていったらどんなもんだったんだろうな。
原作の柳はほんとクズだと思う。けど、親友を思って、両想いだったのに霧を振った上倉浩樹も相当馬鹿だ。
相思相愛なのに“俺なんかより他の男の方が……”とか思う“物語の男”ってほんと見てて腹立つよな。だから、俺は後悔はしない。私欲ばかりで本当にすまない。だけど俺の私欲は霧の幸せに極振りなんだよ。あとはなんというかなるようになれだ。
……。
で……同窓会。
飛行機ではなく車でフェリー経由でやってきた。
懐かしき故郷、我が学び舎。
せっかくの里帰りなので互いの両親のところにはもちろん、学校にも挨拶しに行った。
当時の美術部顧問がまだ教師をしていて、俺と柳のことを誇らしげに褒めてくれた。まあ柳は居なかったが。
「しっかし高校卒業したらすぐくっつくと思ってたのに、お前も随分と待ったもんだなぁ上倉」
「うっせーっすよ先生。……画家っすよ? 自分がしっかり成功するまで、不安要素ばっかの自分を待たせられねーっしょが」
「はは。ま、言っちゃなんだが正直なところ、上倉については心配はしてなかったんだ。お前の描く絵は人を笑顔にさせる。桔梗限定でいえば幸せにもする絵だ。しかも呆れたことに俺がどんだけすげぇって思ってもまーだ成長しやがる。だから、お前の心配なんざしてなかったんだよ、俺ぁ……ぷふぅ」
「禁煙にご協力ください」
「職員室は喫煙OKだ」
「いえ妊婦が隣に居るので」
「マジか!? っととそりゃ悪かった! っと、ふぅ……よし」
「ちなみに嘘です」
「てめぇ! 給料日前の貴重な一本を!」
「みみっちいですよ先生。つか、そうでなくても他人の前で吸わんでください」
「~……ったく……」
潰れたタバコを見て寂しそうに溜め息を吐いて、美術顧問は頭を掻いた。
「あー、で、どこまで話したか。……ああそうそう、上倉の心配はしてなかったって話だな。難しいなって思ってたのは柳のやつだった」
「慎ちゃん?」
「成長は遅かったがじっくりと魅せてくれるようなヤツだった。時間はかかるがこいつは地道にこつこつ積み重ねて成功するだろう、とは思ってたが……まさか同時に入選するとはなぁ」
「………」
「………」
俺と霧は顔を見合わせて、ちょっと驚いていた。
見てるもんだ。きちんと生徒の成長ってものを感じ取ってくれていたのか。
「けどな、ありゃ難しい。あれは柳の絵っていうよりは上倉の絵だ。柳のやつが上倉の絵に憧れを抱いていたのはなんとなくわかっちゃいたが、柳は苦労するだろうな。自分の絵ってのが描き切れちゃあいなかった」
「………」
「………」
これまたびっくり。
わかる人にはわかるもんなのか、やっぱり。
原作でなんとなく、霧が上倉浩樹の絵だったんじゃ、なんて勘付いていたように。
「ま、今じゃいい絵を描いてるようだし、あいつ自身の味もじわじわとだが出てきてる。お前らの絵の話が出るたびに、鼻が高いってんで校長が切り抜きとかしてなぁ」
「そんなことしてんですか!?」
「お前らのお陰で入部する新入生も増えたし、戸の立て付けも直せたよ。俺は俺の指導がよかったんだー、なんて笑って過ごしてるよ、だっはっは」
「あんた生徒の目あるのにベランダでタバコふかすような顧問だったでしょーが。なに教えてくれたっつーんすか」
「あー……反面教師?」
「美術これっぽっちも関係ねーでしょーが!」
「だははははは! まあいつかお前も美術教師になる、なんて時になったら役立てやがれってやつだ! ま、今のお前なら食うのにも困らないくらいには稼げるだろうがな!」
「……まあ、その。固定で買ってくれる客、出来ましたけど」
「うっそだろおい! 本当か! っははははは! やったじゃねぇか上倉! すげぇなぁそうかそうかぁ!!」
「───」
軽口を言いながらも、報告をしたら……かつての先生は、まるで自分のことのように喜んでくれた。
この人が、たばこを吸う人で結構いい加減ながらも、生徒のことはきちんと見守っていたのは知っている。
たぶん、スれてしまった上倉浩樹は、無意識にこの人をなぞるみたいになってしまったんだと思う。
でも、それでもこの人の方がまだ前向きだ。だから、その“やったな”が、“すげぇなぁ”がとても嬉しい。心に響く。
「お前ら二人とも同窓会だったか? もみくちゃにされるんじゃないか? 俺も行きたいところだが、担任だったわけじゃねぇからなぁ」
「あ結構っす。会場でタバコ吸われても困るんで」
「時と場所くらいは弁えるわ! お前はほんっとに変わんねぇなぁ上倉ぁ!」
けど、まあ。来てくれるのがこの人だったら、俺も柳もきっと、クラスメイトよりは話しやすかったんだろうなぁとは思った。
霧はどうか知らんけど。
……。
さて。その後は美術室に寄ったり、予約しておいたホテルに行ったり、いちゃいちゃしたりして一日は終わり、翌日に同窓会。
会場であるホテルの一室に行くと、見知った顔の居ること居ること。
「あっ! 霧ー! ひっさしぶりー!」
「えっ、カナ!? 眼鏡どうしたの!? うわー見違えたー!」
「おっ! 上倉来たぞ上倉!」
「おおー! 今話題の画家様だー! 今の内にサインくれサイン!」
「俺にはなにか絵ぇくれ絵!」
「画家にタダで絵をくれとかやべぇべお前!」
「けど残念だったなー、もう一人の柳の方、どうしても時間作れなくて今回お休みだってよー」
「え、それ本当か?」
「おー。お前に会えるの楽しみにしてるって言ってたのになー」
「───」
なんかケツがキュッてなった。霧がそっと俺の後ろに立ってくれた。愛してる。
「てーかよぉ。一緒に来たっつーことは……うひひひひ、やっぱあれか? 桔梗と上倉、いくとこまで行ったのか?」
「ばっか当たりめぇだろ。ガキん頃から隙ありゃちゅっちゅしてた二人だぞ? 行くところまでなんて、中学辺りで済ませたべ」
「───」
本番以外ではイクところまでイっちゃってます。
とはまあ、さすがにお下品なので言えない。ので、まあ適当に濁す。
「あーでも上倉くーん。驚いたエピソードがあってさー。うちの会社の上司が絵が好きでねー? なんか一目で絵に惚れた画家が居るとかで、買った絵を写真に撮ってみせてくれたんだけどー。なんとそれが上倉くんの絵だったんだよねー」
え、マジ?
「写真で見ただけでもこう、心にドンッてくる絵でさー! もう上司なんか“こんなに心に響く絵は初めてだ!”なんて自慢しててねー? ……ってことで、サインちょーだい?」
あ、そういう流れですか。
まあそんな予感はしてたけどさ。
「……はいはい」
ちなみに固定客の人は……まあ、その。実は知っていた人だったりした。古くからの友人とかではなく、俺が一方的に知っているだけだけど。
「え? いいのかっ!? 品田ばっかずっりぃぞ! 上倉上倉! 俺も俺も!」
「てかサイン手慣れてんなぁ……え? やっぱ美術関連の人ってそーゆーの、練習するもんなのか?」
「っ……」
「ぷふっ……! あはははっ、違う違う、浩樹の場合は、子供の頃に“俺はいつかプロの画家になるんだから、サインくらい書けてとーぜんっ!”とか言って練習してたのよ」
「だっ! ばっ! 霧っ! それ内緒って!」
「…………上倉くん……」
「上倉…………ぶふっ! ……か、くふっ……!!」
「こらえられないくらいならいっそ笑えよちくしょう!!」
……言った直後、全員に笑われた。
ちくせう、いいじゃねーか、あの頃は俺もいろいろ心が幼かったんだよ。
「でも実際どーなの霧。上倉くんとはもういくとこまでいった?」
「いくとこまで、って……その。結婚したけど」
「「「「「「報告しろよそういうことはぁあああああっ!!」」」」」」
そして全員に怒られた。
や、だって僕たち結婚しますとか全員にハガキ出すなんてめんどっちくてやってられるかよ。級友何人居ると思ってんだ。
「マジで!? マジなの!? うーあーショックだー! もし腐れ縁が本当に腐っちゃってたらって、俺桔梗のこと狙ってたのにー!」
「おい田所ちょっと表出ろてめぇ」
「怖ぇえよ! 例えばの話だろ!?」
「あーあー、そっかー。あたしも、上倉くんのこといいなーって思ってたのに」
「亜紀、ちょっと顔貸しなさい」
「霧も! 怖いから!!」
「……ちなみにお二方? そーゆー感じってことは、さっきから酒飲まないのは下戸だからとかじゃなく……」
「お前らがどーとかじゃなく、お互い綺麗で居たいんだよ。酒は二人きりの時じゃなきゃ飲みたくない。悪い」
「いやいやそーゆーことならむしろ応援するわ! やっぱ夫婦はお互いを好きであればこそだよなー!」
「男ってそーゆーとこあるよねー。夫婦なら絶対にー、とか」
「な、なんだよ悪いかよ! 俺ガキん頃に両親が離婚したから、好き合う夫婦ってのに憧れてんだよ!」
「え……ふ、ふーん? そうなんだ? じゃっ……じゃあその、……まずは浮気しない恋人とか……ど、どう?」
「えっ……松本……!?」
なんかラブコメの波動を感じた。
苦笑しつつ霧を連れて離れると、茶化され始める二人。
やがて大声で松本が告白すると、真っ赤になった田所が「エッ……ワッ……ウゥヒャー!」と謎の声を上げるとともに、拳を天に突き上げ感動を露わにした。
「な、なんだよ~、俺のことが好きだったんなら学生の頃に言えよ~……♪」
「……ばか。そん時の田所、ちゆりんにデレデレだったじゃない」
「エッ!? あ、あー……あの頃かぁ~……!」
まあ、田所と松本の恋の行方はさておき。
そっか、柳は来なかったか。
次に会う時は、って話をいつかしたけど、その所為でってわけでもなさそうだ。
……そっか、忙しいのか。
「ていうかさぁ上倉? 柳は忙しいのにお前大丈夫なの?」
「仕事はきっちりしてるよ。終わらせたから来れたんだ。ちなみに手抜きもしてないし、納品も済ませた。相手も大絶賛だ」
「お前って昔っから絵と桔梗のことだけは妥協しなかったもんなぁ」
なんの問題ですか? なんの問題もないね? -ラミレスビーチの誓い-
「あ、そういえばさー上倉くん! 桜花展……だっけ? の賞金とかってどうだったの!? プロの画家まで出すくらいだから、ケッコー行くんじゃない!?」
「それで稼いでる俺が言うのもなんだけど、賞金目当てで応募してるとか描いてる~とか、画家の前で言わないほうがいいからな? 実際のところ、自分の“楽しい”とか“よくできました”を腐らせたくないから出すのと、自分の実力を知りたいからってのが大半だから」
「あちゃ、こりゃ失礼。で、どうなの?」
「お前…………はぁ。賞金300万。あとは───」
「300万!!」
「~……言っとくけど、賞金の大半は親に渡したからな? 美術系の学校って学費が馬鹿にならないんだよ。高いところだと初年度で150万あたりだ。他の専門とかだともっと高いところもあるだろうけど、それ比較したってなんの意味もないだろ。美術じゃなけりゃ意味ないし」
「そーだけど……うわー……150……!?」
「親の負担考えれば、バイトで稼ごうがどうしようが世話になる部分はどうしても出てくるだろ。絵も描かなきゃだし、バイトばっかしてるわけにもいかない」
「あ、あー……なるほど、それで返したと。でもでも絵も売れてるんでしょ? 固定客が出来たとか」
「叔父さん叔母さん経由で売り始めたものだから、まあいろいろ事情も変わってくるんだけどな。……妙な知識とか持ってるかもだから言っとくが、ドラマみたいにン百万で売れる~とかそんなことはないからな? 二桁万円行くことだってまず無いって考えてくれ」
「そうなの!?」
「画家って副業無しだと本気で辛い職なんだよ……。たとえば……そだな、自分がつまらないって感じた漫画が単行本で出たとして、お前、金出してまで手元に置きたいか?」
「あー! すっごいわかりやすい!」
「……そこで大いに納得されると、モノ書きとしては結構痛いんだけどな」
「あ、ごめん」
けど、実際そうなのだ。
散々苦労してやっとこさ個展を出せたとしても、どれほどの人が見に来てくれるというのか。
それ以前に、自分が思うよりも大して知られていなかったら? 客がチケット買ってくれなかったら? とまあ、画家はいつだって金とともに生活ってものと戦っているわけで。
……ちなみに俺は、固定客様のお陰でまあまあな収入は得られている。
暇さえあればいちゃつくか描くか運動してる俺だ、ひと月に仕上げる絵の数は、まあ……他に比べれば多い方だと思う。
むしろ俺の場合、霧への愛が溢れれば溢れるほど描く意欲が湧くから、やばい時はほら……ねぇ?
で、精も根も尽き果てるまで描き続けて、完成すると潰れるわけだ。
そういう時は霧を抱き締めつつ霧ニウムを摂取しながら眠りたいものの、臭いからまずは風呂に入らないとです。画材の香りってクセが強いからね、仕方ないね。
そこんところは俺もわかってるから、風呂に入ってさっぱりしてから霧を押し倒すわけです。もとい抱き枕にするわけです。
原作じゃあ画家になってハイハッピーエンドゥ♪で大体終わっているものの、実際は相当ヤヴァイです、画家。
大成功を収められるのは超人気画家だけだ。そこのところはまあ、漫画家に似ているのかもしれない。
……などと考えていたら、いつの間にか傍に霧が居ない。
きょろりと辺りを見渡してみれば、女性陣に引っ張られてコッソォオとなにやら話し合っている様子。
「それでそれで……!? 実際どーなの上倉くんは……!」
「男子の話だと、当時からアソコが凶悪だったーとか聞いたケド……!」
「ぇ……あ、うん。その。普通で、このくらい。おっきくなって、このくらい……」
「デッカ!!」
「でっ……え!? 盛ってない!? デッカ!? え!? 姉の息子の……あ、歳離れてる長女の子なんだけど、高校でこんくらいだったよ!? いやお風呂上りをたまたまってだけだけど!」
「今じゃ……その。このくらい」
「さっきの高校の時のおっきさ!? えっ……デッカ!!」
「今じゃもっとなんて……あの、霧? あんた大丈夫? 裂けてない……? 夫婦の営みは気持ちよくなくちゃだめだよ……?」
「へっ? あ、うん、気持ちいいのは全然大丈夫。その、体が動かせなくなるくらい気持ちよくしてもらってるし……」
「エッ……なにそれ、普通そんなんならなくない?」
「浩樹は、ええっと、ナ〇イキ? とか言ってたけど、私そういうのよく分からなくて。本番できるようになったら、奥イキも、とか……」
「「「本番まだだったの!?」」」
「え? え、うん……」
「え……本番まだなのに膣イキって。え? 出来るの? もしかしてその道のプロ?」
「ばかっ、きっと相手が霧だから出来たのよ。上倉くんの霧の可愛がり方尋常じゃなかったもの」
「あーなるほどー」
「リラックスが重要、とか聞いたことあったもんねー。霧も相手が上倉くんだから出来たのか」
「でも正直体験してみたい……気、しない?」
「ちょ、相手既婚者でしょ!?」
「その返事が来るってことは、期待してんじゃん」
「ぐっ………………ね、ねぇ霧? 上倉くん、ちょっと貸し───」
「刺し違えてでもコ■スわよ」
「怖い怖い怖い! あとなんか隠れてない気がする!!」
……丸聞こえなんですが。なんて会話してんでしょうね、ほら、男性諸君がソワソワし始めちゃったじゃないですか。
「てーか上倉、本番まだなん?」
「初夜への冒涜じゃないかそれって」
「うーるせ。こっちのペースってもんがあるだろ」
「けど正直、桔梗相手で手ぇ出さないって。相当我慢必要だべ。お前もしかして、男として不能───」
「代わりに本番以外はほぼ全て済ませてる」
「男だなオイ! え、じゃあむしろなんで? スるだろ普通!」
「そりゃお前、子供養えるほど蓄えもないのに出来ないだろ」
「お、おお……ちゃんと現実見てんだな……! 俺だったら間違いなく押し倒してるわ……!」
「つーかさ、上倉。ちょっと相談乗ってくれ。マジな話の方で。……膣イキってどうすりゃいいんだ? なんか相手がセッ……に不満持ってるみたいでさ。イカせてから始めてんだけど、めっちゃ不満そうなんだよ」
「お前さ、前戯とイかせるの、ごっちゃにしてるだろ」
「え? 違うの?」
「男の場合でも乱暴にしごいてさっさとイくのと、じっくり時間をかけてやるのとじゃあ違うだろ? やりすぎってくらい時間かけて、ちゃんと互いに好きってことを伝えて混ざり合うくらいの気持ちでだな───」
「「「「ふんふん……!!」」」」
「……ていうか、せっかくの同窓会でなんでこんな話してるんだよ」
「ばっか上倉お前! 学生ン頃思い返して話すんだったら、俺達男子高校生の話なんてこんなもんだっつーの!」
「で、で? 一箇所を気持ちよくするつもりでやるんじゃなく、相手の全身に広げる感じで……なんだっけ!?」
「───」
馬鹿者が大声で言うもんだから、こちらの会話に気づいた霧が顔を真っ赤にしてギャーギャー言い始めた。
や、言い始めたのそっちなんですがね? 人の営みを他人にべらべら話してんじゃござーませんよ。
帰ったらおしおきしますからね? ……ゼスチャーで顔真っ赤にされても困るんだが!? そこでしおらしくこくりって頷かないで!?
……。
またいつの日か会いましょう、を合図にするように、同窓会は終わった。
俺はといえば霧といちゃいちゃしつつ、せっかくだからと北海道から出る前に、とある病院へと行ってみる。
しかし既にそこには藤浪朋子の名前はなく。受付にお久しぶりですと嬉しそうな声で驚かれる中、ともちーが既に北海道に居ないことを教えてもらった。
いよいよもって原作時期がジワジワ近づいているということだろうか。……にしては、まだ撫子学園で美術教師の募集をかけていないんだが。
うーむ、困った。
まあいいや、待つよりいっそ、こっちから希望を出してみれば───……
……なんか普通に許可を貰えた。やべぇ。
すぐにでも教壇に立ってほしい、と言われ、むしろこれから募集をするつもりだったんだとか。
「というわけで、撫子学園で働くことになった」
「いきなりね!? あ、や、前から副業で教師がどうとか言ってたっけ。撫子学園だっけ? へえええ………………ねぇ、浩樹?」
「ん?」
「あの……私を追って来てくれるとか……そんなのだったりする? あ、わ、私も言ってなかったけど、撫子学園で体育の教師することになって」
「───」
不意打ちである。
や、そりゃ知ってたよ? 霧がいつかはあそこで働くことになるって。
でもまさか今だとか思わないじゃない? 話が飛びすぎてません? とかツッコみたい気持ちが全面に出すぎて、言葉を返すのが遅くなった。
それで俺が照れて黙ったと解釈したららしい霧が、ほにゃりと頬を緩ませて……俺の後ろに回って首にきゅう~っと抱き着いてきた。
「えへへへぇ~……♪ 素直じゃないんだからぁ、浩樹かわいー、かわいー♪」
「だっ、や、やめろっての! 相談しなかったのは、その、悪かった。けどお前ばっかに負担かけるわけにはいかないだろ。確かに他の画家に比べりゃ早いペースで絵も描けて、順調に売れてはいるけど、画家ってのはどうしても安定性がないだろ? だから、って言ったらあれだけど、……ほら」
「? これって……撫子の理事長の名前?」
「ああ。で、こっちが俺の絵を買ってくれてるお得意さんの名前」
「……鷺ノ宮……って、え? …………えぇえええええっ!?」
そうなのである。購入者が、まさかの鷺ノ宮藍。原作の前作、キャンバスのヒロインの一人の親友である。
今作では撫子学園の理事長を務め、彼女が居ない間を、姉の紗綾が理事長代理として務める。前世の俺の推しヒロインである。
「ちょっと卑怯かもだけど、お得意さんのよしみでイチかバチかで希望出したら一発だった」
「……でも、ただし、が付きそうね」
「付いたよ。生徒のみんなに、絵は楽しむものだっていうことを教えてほしい、だそうだ」
「それだけ? ……浩樹ならではじゃない、得意分野でしょ?」
「いや、これが結構難しそうだ。人によって、楽しい楽しくないの幅やカタチは違うもんだろ?」
「杞憂よ。だって浩樹だもの、どーせ他人の“楽しい”の形も寄り添って見つけて、あっさり解決するわよ」
「……そうかぁ? それ絶対恋人嫁さんフィルターついてるぞ?」
「なによその恋人嫁さんフィルターって」
「恋人で嫁さんな霧の総称。愛って文字も入れたかったけど、愛人って違うもんなぁ」
「殴るわよ」
「すぐ殴ろうとしない」
「元々絵に興味もなかったかもな慎ちゃんにだって自分から突っ込んでいって、絵の世界に引きずり込んだくせに。もし浩樹が引っ張ってこなければ、慎ちゃんがどんな夢持ってたかーとか考えたことないの?」
「柳か。俺が声かけなかったらお前が褒めてただろ?」
「なんかむかつくわね、その“俺はそうなるって知ってます”、みたいな顔。言うわけないじゃない、言っとくけど私、結構贔屓とかする方よ? 慎ちゃん褒めれば浩樹がふてくされるかもって思うし、誰かを褒めたいって気持ちをそんなに安売りしたりしないわよ。恋人が居るなら猶更でしょ?」
「───」
わあ。つまり俺、子供ん頃から盛大にやらかしていたと。
恋人になった俺が霧を独占欲で縛ったままにしておけば、柳になにかを言うこともなく……柳は絵以外の興味をなにかしらに向けていたかもしれないと。
……すまない柳……すまない。いや……なんかほんとごめん。
もしやすれば霧じゃなくて、俺でもなくて、もっと別の誰かと恋に落ちていたかもしれないのにっ……!
「……その。じゃあ浩樹は言うの? 私がふてくされるかもって想像がついていながらさ? 他の誰かにバスケ上手いね、とか。可愛いね、とか」
「言うわけないだろなに言ってんだ。俺は何よりも誰よりもお前を幸せにしたいって思ったから小学の頃に告白して、自分の全部をお前に置こうって思ったんだ。触れ合うのだって腕組むのだって手ぇ繋ぐのだって、男の欲望がどれだけ刺激されようが営みだってお前以外とするもんか。ていうかカチンときた、ちょっとこっち来なさい」
「え、えっ? こっち、って、え? あの、そっちベッドしか」
「罰を与える」
「え───ま、待って! クラスのみんなに喋っちゃったのは謝るから! ひ、浩樹と幸せそうで羨ましいなぁとかいろいろ言われたら口から緩んじゃって! だ、だから───」
「───……愛も恋も好きも与えます」
「そそそそういう意味じゃなくてぇええええええっ!! ───きゃんっ!!」
抱きかかえてベッドに投げた。むしろ押し倒した。あとは───まあ。
お黙りなさい、お前が可愛いのが悪いのです。そしてそんなお前が大好きな俺も悪いのです。
「~……ねぇ、あのさ」
「ん?」
「……いくらくらい溜まったら、本番……するの?」
「子供一人を育てるのに一千万くらいっていったっけ。で、俺達が生活するのにもかかるから───とりあえず安定収入と定職が取れればいい気もするにはする」
「え? そんなもの? もっととんでもないお金言い出すかと思ってた。一千万って、稼ぎながら育てながらって意味でしょ?」
「ああ。ていうかうちの両親暇らしいから、言ってくれればいつでも預かるって言ってる。なんならすぐ近くに引っ越しを考えられるくらいだって」
「うわ……そっちでもそうなんだ」
「へ? そっちでもって?」
「……その。うちの両親もなの。急かす限りはこっちだっていくらでも協力する、っていって。ほら、エリスちゃん居るでしょ? エリスちゃんが撫子に進学するってんで、叔父様叔母様もこっちに越すっていうから、それに乗っかるつもりで~なんて言ってるの」
「うわ……それこっちも同じ文句言ってたわ。じゃあなにか、親とか知り合いとか、一気にこっちに来るってことか?」
「だと思う。あ、家にお邪魔したりはしないから、存分にいちゃつけ、とかも……一緒に、その、言われてるっていうか。と、とにかく来訪する時は一報くれる、とか……うん」
「それは言われるまでもない」
「~……!! も、もう!」
照れまくる霧をキスで黙らせた。一発です。
……。
はい、というわけで。
「今日から美術の教師を担当することになった、上倉浩樹です。よろしくお願いします」
「サインください!」
「早いなおい!!」
担当:美術。
了承を得て撫子学園へ来て、あらあらまあまあ系理事長に受け入れられて、こうして美術を担当することになり───
「さすが撫子……! まさか今話題の若手画家を雇っちゃうなんて……!」
「ねぇねぇ知ってる……!? 上倉先生の絵、すっごく胸にどかんと来るんだよ……!? こう、心がすっごく籠ってるっていうか、見てるといつの間にか笑顔になってるっていうか……!」
「知ってる知ってる! うちのパパとママが大ファンでさー!」
「………」
むず痒い。JKにきゃいきゃい言われる男の気持ちってこれなのね。
でもさ? なにより嬉しいのが絵のことを褒められることでして。
大人になるって、褒められなくなることなのさ、って言葉、妙に意識してたから結構嬉しい。
「……そんなにすごいの?」
「すごいなんてもんじゃないよ! 物凄い速度で絵を描いて、しかもそれに手抜きがこれっぽっちも感じられないの!」
むず痒い。が、我慢我慢。
よし、それじゃあ……今日から教師やっていきますか! もちろんまだまだ幼い才能を引き延ばしていくために!
……ていうか竹内、早く入学してこないかな。俺結構、竹内部長好きなのよね。
……。
美術教師としての日々は続いた。
一人一人に寄り添うかたちで、この子にはこれが合ってると思えばそれを引き延ばしてやるように。
自分はこれが描きたいのに、と渋る子にはお試しで描いてもらい、その才能で本人にこそ驚いてもらったり。
根の詰めすぎはよくないぞーとばかりに途中で休憩入れて、どうでもいい馬鹿話から始まり美術経験に関する話も混ぜて。
「せんせー! ここ、どうしてもうまく表現できなくて……」
「お、そこか。そうだな、俺の中の藤邑らしさで言うなら───色はこう。表現はこう。お前の場合はたぶん……目立たせたいのはここだな? じゃあこっちの色を薄くして、けどきっちりと忘れ去られないアクセントを残して………………こう、かな。どうだ?」
「ふわぁああ……!! す、すごいです! 一気に目の前が開けたみたいな……!」
「せーんーせーえー! 次! 次あたしー!」
「よっしどんと来い! いいかお前ら、絵は楽しんだ者勝ちだ! 楽しみながら、頬を緩ませながら、その上で自分が表現したいものを描いていくんだ! というわけで、笹中の場合はここを……んん、違うな。お前が表現したいの、こっちだな?」
「そ、そうっ! そうそう、そうですそうなんです! 描いてる途中でそっちに目が行くようになっちゃって……たはは」
「いや、いい。見せたいものはきっちり表現していけ。描いた人がなにを見せたかったのかがわからん絵なんて、見た人も首傾げるばっかだろ。でも、だ。これだとどういう場所で、どういう場面だからこれを目立たせたいのかが分かりづらいから、ここを……」
「……………………わ、わ、わ……わぁああ……!! すごいすごい! どうすればいいか分からなかった部分が、すっごく明るく照らされるみたいに……」
「笹中」
「へわっ!? は、はいっ?」
「絵。たぁ~のしぃーだろー?」
「あ…………はいっ!」
描けば描くほど、表現すればするほど、笑顔が増える。
“誰々が自分より評価されたから”なんて拗ねる奴はやっぱりいるけど、じゃあ評価されなかった分を表現できるようになればいいと聞かせると、きょとんとしたあと笑った。
歯を見せてニッと笑う笹中は、最初こそ伸び悩んでいたものの、楽しんで描くことを覚えてからはまあ筆の走ること走ること。
「いいかー? 人の楽しみ方、表現力にはどうしても個人差がある。当然、審査する人、評価する人の好みもだ。たまたま好みが被って、たまたまこの表現が自分は好きだー、なんて人が居れば、そりゃあそっちが評価されるもんだ。けど、それで腐るな。むしろ比べちゃだめだ。いいかー? お前らの中の“楽しい”はお前らのものだ。確かに平均的な評価、審美眼ってのはどうあっても存在して、たとえば人に毒物を見せたって“それは汚いものって第一印象を持たれるみたいに”存在する。でもまあ、そういう時は意識して息を吸って、吐いてみろ。“だからなに? 自分の楽しいはここにあるんだから”なんて言って、笑ってみりゃあいい。腐るな。笑え。楽しんで描けなかったら、どんなに周囲が評価しようがお前らの中じゃあなんの価値もない」
「あ、の……先生。でも、画家としてはそれじゃあ食べていけないんじゃ……」
「まあ、好き勝手描いて、笑いながら生活出来る奴は本当に稀だ。先生だって食ってけないから教師の副業を得たわけだし、っていうか給料考えれば教師が本業レベルだ」
「「うわー……」」
「あんなに憧れて、散々選外通知くらって、やっとやっとでなれた画家。でも絵が売れなければ一円にもならないし、売れたと思って調子に乗ればそれが絵に浮かんで売れなくなる。なんでだと思う?」
「……お金に、目がくらんじゃってるから、ですか?」
「そう。あとは認められて調子に乗る、褒められてもっともっとって自分のペースを忘れる。原因はそんなところだ。そういう時は自分を制御できるようにならないといけない。腹はいっぱいなのに、美味しいからって限界以上にものを食べるのを我慢するのと一緒だな」
「「うぐっ……」」
一部の女子が、自分のスタイルを見下ろして、ソッと視線を逸らした。
ダイエット戦士の戦いは終わらない。
「まあ、ようするに、だ。だからこそ、絵は楽しんで、完成を惜しむくらいの速度でじっくり描け。楽しんで描く絵はな、たった一日で笑えるくらいに成長するんだ。昨日描いて、気に入った曲線や色があったとして、翌日全体像を見てみりゃ狂ってる部分があったりとか、見る目もきっと変わってくる。そんな時は、どんなにキャンバスを汚すことになろうがどんどん楽しいを上書きしていけ。誰かの“楽しい”を見て、正直うらやむことは絶対にある。俺だって何度もだった。でも、逆にそんな楽しみ方もあるんだなって覚えておいてみろ。気になるならその楽しいをなぞってみるといい。お前らの世界は、その楽しいを吸収してもっともっと広がるぞ。……あ、でも盗作はNGな」
そこはちゃんとツッコみます。
ウチの親友はそんな楽しいを激烈吸収しまくって、今存分に楽しんでいる最中っぽいが。
あ、やめよ、尻がキュッてなった。
……。
……教師生活を進めてみて、数ヶ月。
生徒からの人気が地味にあることを知る。
なんでも俺の授業は面白くて楽しいのだとか。
絵にそこまで興味がなかったやつでも、授業が終わるころには目を輝かせていたりとか。
廊下を歩いていると、教室から絵のことで楽しく会話する女子の声が聞こえてきたりだとか。
(フッ……)
布教、完了───!! などとアホなことしてないで。
さてさて、今日もまた絵の楽しさを皆様に伝えつつ、自分の絵も描いて……いやぁ、好きなことが仕事になるって、嬉しいですね!
まあ生徒間のトラブルもなんとかしなきゃいけない世界だけれども。
……。
教師生活一年。
題材:“楽しいを描く生徒”を仕上げた途端、うしろから「まあああ!」と嬉し気で楽し気な声。
振り向けばそこに理事長が居た。
目がハートしていた。そして買われた。待って、それ売るなんて言ってな───え? 画家なら自分の絵を安売りしてはいけませんよ? いやいやだから売るわけじゃ───いや違……え? 美術室に飾る? や、そりゃ俺もそうするつもりで……いやだから買わせていただきますじゃなくて!
……。
教師生活二年。卒業していく生徒がめっちゃ涙しながら俺に感謝の言葉を告げてくれた。
その数は去年の比ではなく……え? 俺そんな感謝されるほどイイことした?
困惑している最中も感謝は続き、なんだか画家を……いや、美術系を目指す生徒が増えたそうな。元々撫子ってそういう子が集まる学園じゃなかったっけ?
……や、それならそれで、間違っちゃいないんだろうけど。
あ、ちなみになんか世界的に有名な画家として取り上げられるようになった。
原作で柳がそうであったように、インタビューとかもされた。けどまあ……うん。
教師、辞められないのよなぁ……。
……。
世界的に有名な画家が美術教師をやっている、なんて話もあって、撫子に入学しようとする人は結構増えたらしい。
理事長はニコニコ笑顔であるが、美術部ばっか入部希望が増えて、どーしろってんですか状態だ。
日々の悩みをだはーと溜め息を吐くとともに、霧を誘ってとある喫茶店へ。
そこにはまあ……まだ部長じゃない部長が居るわけで。
「いらっしゃいませー……って、先生っ!」
ちなみに彼女、もう入学は済ませている。
まだ部長ではないものの、早くに水彩の才能を見出してからはもう徹底的に指導。
彼女の描きたい、楽しい、もっと彩りたいを盛り上げて、一緒に笑いながら色を重ねていくと、まあ上達すること上達すること。
原作では水彩の悪魔の異名を持っていた彼女だけど、悪魔ってよりは……なぁ?
「よぅ、竹内。あ、俺ダッチ。ホットで」
「私はカフェオレで。……ていうか浩樹、ダッチなんて飲めたの?」
「俺も飲めるか試しでやってみたんだけど、思ってたよりやさしい味わいだった。ブラック自体はほれ、大学時代に柳と一緒になって、徹夜で描いてた時とかに慣れた」
「生徒には体調管理が~とか言っておいて、あんたも十分不摂生じゃない」
「一度はやって経験してるから語れるんだよ。たまたま見つけたここで、初めて飲んだホットダッチ……癒されたなぁ」
「……なに? うちじゃあ癒されないってこと?」
「家に居たら愛しくて襲っちゃうだろ。ある意味癒しだけど体力が続かん」
「そういうこと外で言わないの!!」
絵を描いて、霧に抱き着いて霧ニウムを補給。また絵を描いて、描いて、疲れて霧に抱き着いて、疲れてるからご立派様がご起立なされてて、我慢出来ずに押し倒して愛して愛してめっちゃ愛して、賢者様になって、また描いて。
まあほら、食事とトイレと風呂以外は大体そんな感じなわけでして。
世界的に有名になったのは理事長の、お知り合いへのご紹介とかがあってこそだったんだろうけど……理事長が某親友に話題を振って、その旦那さんに話がいって、そこから話題がさらに広がって、って……まあそんな感じ。
気づけば絵は売れて、個展も出せて、絵もチケットも存分に売れて、正直副業もう要りませんよ状態にはなったんだけど。
……やっぱ、辞められないよなぁ。
一応理事長からは画家としての仕事を優先してほしいとは言われているものの、一応余裕で続けていられてるし。
もしかしなくても画家方面にチート能力とかあったんじゃなかろうか、みたいに今は思うこの転生人生。
漫画版から部長が大好きになりました。
それ以上に浩樹が気に入りました。
でも正直PC版……というかゲーム内の浩樹の性格は結構……その……クソです。