凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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 寄り道北郷さん。
 今回はバキです。


シャーリーテンプル

「イヤ……ホント、なにが起こったのやらって感じでした」

 

「だってありゃ助からないでしょ、腹斬られて内臓が飛び出てなんて」

 

「初めてでしたもん、人の内臓見るなんて」

 

「長いコトあの闘技場で観戦してましたけど………………」

 

“アレは助からない”

 

「スグに理解しました。きっと俺以外だってそーですよ」

 

「だから何も発言(いえ)なかった」

 

「人が血ィ出して倒れてるんですよ? フツーは“医者だー”とか“救急車呼べよー”とか叫びもします。押し付けたりもします」

 

「てゆーか」

 

「なによりまず慌てるでしょ?」

 

「でもあの瞬間、俺達は無力だったんです。恥じていたんです」

 

「なにを……って。……殺し合いの場に居て、安全を確保していられる自分をですよ」

 

「音立てたら今度は自分が殺されるかも、なんて思ったんですよ」

 

「ええ、そうです。つまり、音さえ立てなければ殺されないに違いない、なんて妙な確信があったんです」

 

「思い返してみても最低ですよね」

 

「ハハ……」

 

「言い訳が許されるなら、あんな恐怖はその場に居た人じゃなきゃ理解(ワカ)りません」

 

「ええ。ハイ」

 

「で……です。そこに、降りていく人が居たんですよ」

 

「白い服着た……学生、ですかね。“何やってんだオマエッッ!”って誰もが思いました。や……憶測ですけど」

 

「そいつがなにをするのかと思ったら、倒れた烈さん仰向けにして、内臓を切り口から腹ン中にツッコムんですよ。もうめちゃくちゃですわ」

 

「あの支配人のー……おじいちゃん? トクガワさん……でしたっけ? も声にならない絶叫出しちゃって」

 

「で……こっからです。そいつが妙~なことするんです。切り口に手ェ当てて、手が真っ赤になるのも構わず、目を閉じて……」

 

「集中? でしょうか」

 

「ハハ」

 

「もうこっち混乱してて、なにすりゃいいのか、なに言やぁいいのかって時に、そいつは躊躇もなんもなしに行動してたんです」

 

「驚くのはここからです」

 

「流れた血はそりゃあ戻りません。そりゃそうです」

 

「けどね、手ェ当てるだけで“流れる血が止血(トマ)る”なんて聞いたことあります?」

 

「“手当て”なんて言葉がある通り、内側の痛みなんかにはその上から手を当てると紛れる、なんて“まじない”みたいなの、昔ありましたよね」

 

「でも違うんですよ。止まっちゃったんです、ホント」

 

「しばらくそうしてると、トクガワさん? も異常に気付いたのかなにも言わなくなって」

 

「武蔵ですか?」

 

「居ましたよ、ずうっと」

 

「一度出口に向かって歩いたンですけど、学生サンが降りると振り向くんです」

 

「で、学生のこと見て、驚いた(かお)してるんです」

 

「その視線がなんでかドンドン上に上がっていって、最後にこう言ったんです」

 

「人が斬られたんです。静かなモンでしたから……その声はヤケに耳に残響(のこ)りました」

 

「“(かばね)の山”……でしたかね。かばねってのがなんなのかその時は理解(ワカ)らなかったんですけど、家に帰ってから調べてみたらね」

 

「武蔵サンが彼になにを見たのかは知りません」

 

「ただ、視線を下ろした時にその……学生サン? と目が合った瞬間、なんだそりゃってくらいの速度で刀に手ェ添えたんです」

 

「あの烈海王相手にどっしり構えてた武蔵がですよ?」

 

「そのことを“かばね”のことを調べてる時にふと思い出しまして」

 

「なにが見えたんでしょうね」

 

「見えない刀で人を斬れる武蔵サンが、あの学生に」

 

「で、距離取ったまま固まってる……なんて呆然と思ってたら、学生さんがトンッ……て烈さんの胸を叩くんです」

 

「そしたら……血ィ吐いて目ェ開けて立ち上がるわけでしょ?」

 

「闘技場の下ンところで……チャンピオンと一緒に見守ってた、しわくちゃのサングラスおじいちゃんが“ワァアアッ!?”とか叫んでたのがスッゴく印象的でしたよ」

 

「ありゃあ烈サン自身もなにが起こったのかって感じだったんじゃないですかね」

 

「立ち上がったはいいけど義足が斬られてるわけじゃないですか」

 

「すぐ倒れちゃったんですけど、それを学生サンが支えまして」

 

「その時です」

 

「学生サンの体がびくんって上下し(ハネ)たんですよ」

 

「もうご存知ですよね」

 

「───見えはしなかった。でも“斬った”ってなんとなく理解(ワカ)りました」

 

「武蔵ですか?」

 

「緩む貌を抑えられないって感じで……微笑(わら)ってるんですよ」

 

「そしたら学生さん、クスって笑って烈さんを壁まで運んでトクガワさんに預けるわけじゃないですか」

 

「で……振り向いた瞬間です。いや、その前からだったのかもしれません」

 

「音……でしょうか。たぶん呼吸音」

 

「いくら静かだからって、人の呼吸音があんな聞こえるか? ってくらいの大きな」

 

「そしたら今度は武蔵です」

 

「急にびくんって体を上下(ハネ)らせて白目剥いて倒れちゃったんです」

 

「イヤ…………上下どころじゃなくて、まるで全身をこう……一斉に殴られたか斬られたかしたみたいな……」

 

「ハハ」

 

「ワケわかりませんよね。俺もです。きっとあそこに居た誰だって理解らなかった」

 

「でもたぶん、彼は斬られたかなんかしたんだと思います」

 

「一発どころじゃなく、きっと何発も」

 

「どんな行動だったんでしょうかね」

 

「……?」

 

「在り得ない……夢でも見たんだろう…………って?」

 

「………」

 

「今だから言えることですけど」

 

「あの場に居なかった人には、どれだけ説明したって、映像を見せたって納得なんて出来ません」

 

「あの瞬間、あの一瞬だけは」

 

「俺、武蔵より学生さんの方が畏怖(コワ)かったんです」

 

「なんていうんでしょうねぇ…………」

 

「そう、なんでか……“相手にしてきたモノが違う”…………って……言われたような気がしたんですわ」

 

「モノって、刀ァ手にして斬りかかる相手なんて人以外にそーそー居ないでしょうに」

 

「ええそうです、俺だってそう思います」

 

「ケド、ここで“そういうことか”って妙に納得出来たことがありました」

 

「さっきの“かばねの山”ですケド」

 

「“かばね”って…………人や動物などが死体になったもの、のことを言うらしいんです」

 

「よく聞く“しかばね”の場合は“死にかばね”。意味の違いまでは調べられませんでしたけど」

 

「“山”…………って。あんな少年の後ろになに見たんでしょうね」

 

「……? なにも見えるわけがない…………って」

 

「イヤイヤイヤ、相手はなにも無くても人斬れるバケモンですよ?」

 

「…………見えたんじゃないですかね。かばね……人はモチロン、動物の死体の山も」

 

「もちろんこっちはなんにも見えなかったわけですケド」

 

「でもね、あの場に居た全員がきっと()ってる」

 

理解(ワカ)らされた」

 

「“あの武蔵が、刃を抜く前に地に転倒(たお)された”」

 

「それも、俺の息子と同じくらいのガキにです」

 

「そりゃあチャンピオンだって似たような年齢でしょうけど」

 

「でも言える。絶対に。見えなくたって理解りました」

 

「“アレはもう、生命を斬った男の動きだ”」

 

「躊躇がなかったんです」

 

「倒れた武蔵相手にこう……───え?」

 

「───」

 

「…………刀を持っていたか、ですか?」

 

いやァ~~~…………

 

「俺も最初はアレッて思ったんですケドね」

 

「木刀でしたよ」

 

「ええ」

 

「黒い木刀の……ホラ、素振り用の重い木刀ってあるじゃないですか」

 

「あのー……鍔、でしたっけ? がついてる。ええ、はい、それですそれ」

 

「ホラ、その戦いのケッコーあとに…………なんです? ニュース特番で“武蔵にインタビュー”ってあれ、初めて見た時は急に相手が倒れたじゃないですか」

 

「思い返せば、それと同じみたく今度は武蔵が倒れて」

 

「もうなにがなにやら」

 

「はは」

 

 

 

 

 

───……。

 

……。

 

 …………。

 

「む…………ンッ!!」

「おぉ…………目が覚めたかぃ」

「ここは………………徳川の」

 

 ざ、と見渡せば、幾度か目にした屋敷。

 武蔵はふむと呟き、己が倒れる瞬間のことを思い返す。

 

「百度まで」

「うん?」

「百度までは数えられた。この身を刻む形無き刃」

「ひゃく………………は?」

「徳川の、あの少年(ボン)は何者だ? この武蔵に(かばね)の山をああも見せてくれる少年(ボン)は」

 

 財宝でもない、食い切れぬ食でもない、花畑でもない。

 ただひたすらなる屍の山。

 戦いを喜ぶどころではなく、踏み込めば己も山の一部にされるという、心に理解らせるほどの剣氣。

 だが武蔵は笑った。そも、戦とは、死地とはそういうもの。

 屍のひとつもなくして、なにが戦場か。

 だというのに己は本身(ほんみ)でもないものに斬られ、あろうことか倒れたのだ。

 戦場では幾度死んだだろう。

 思い返せば笑みが深まる。ギワりギワりと口角が持ち上がり、貌が歪んでゆく。

 

「ちょちょっ……チョ~~~ット待って……。百……って

 

 笑う武蔵を前に、徳川は困惑する。

 見えぬ刃で斬る。それは宮本武蔵をして体験済みだ。

 だがしかし、その宮本武蔵が逆に? 百って。そこまで数えられた? じゃあもっと上?

 

「ふむ」

 

 武蔵はそんな徳川の困惑をなんでもないように受け取ると、ズチャリと立ち上がり、拳をミキ……と握りしめた。

 

「惚れた」

「え? 惚れ…………って……」

「烈海王にも同様に惚れたが、奴はそれ以上だった。少年(ボン)相手に不覚を取るのは二度目か」

「………」

「相手にならんのだ」

「相手に……?」

「刀を取って戦場を駆ける。力自慢のため野生(けもの)を相手取る。どれも経験したことだが、奴が見ているモノは───そうさな、たとえば」

「たとえば……?」

「“鬼”」

「鬼……オーガ? 範馬勇次郎……?」

「息を吸う間も惜しむが如く斬り続けられ、反応しようとした時には気絶(たお)れていた。教えられたのだ、徳川」

「教えられたって………………なにを」

「人を斬り、(ほまれ)(たまわ)り、それを当然として微笑(わら)う。刀を握れば我こそが強者、握らずとも切れる我だからこそ。言葉ではどれほどでも語れよう」

 

 だが。と、彼は続けた。握り締めた拳がミキミキと音を鳴らし、タッ、タタッ……と畳の上を血で濡らす。

 

“人と戦うだけでいいなどと、温すぎるッッ!!”

「ッッ!?」

「そう云われた気分だ」

「………………、ヘ……ヘェ~~~……

「どれほどの死線に身を置こうとも。どれほどの弓矢、どれほどの火筒で狙われようとも。どれほどの数、強さ、罠、策で圧されようとも。相手にするのが“人”で幸福(ヨカ)ったなと云われた気分だ」

「ハ……はァ~~~………………しッ……しかしなッ! 人以外とどぉ~~~戦えっちゅ~んじゃ! 飢えたシベリアトラをまた用意するかッ!?」

「ふむ。謎めかんでも。敵なら既におるだろう。宮本武蔵に抜く間も無く気絶させた武士(もののふ)が」

「~~~……」

「故に徳川! あの少年(ぼん)のこと、もそっと話して聞かせいッッ!! 奴を斬るまで、他は斬らんッッ!!」

「~~~ッッ!? そッ…………」

 

 そこまで言わせるか~~~ッッ……!! 徳川は驚きと笑みを同時に浮かべた表情で、静かにそう思った。

 しかし溜め息で仕切り直す、目付きをギラギラにさせた武蔵に「座れィ」と言って、己も楽な姿勢を取る。

 

「最初はァ~……いつじゃったかのぉ。ガイア……? イヤ……夜叉猿ン時じゃったかの」

「ふむ?」

「ヤツはな、範馬……いや、朱沢刃牙の恩人なんじゃよ」

「ほお」

「儂も伝え聞いただけじゃから、ゼンブ知っとるわけじゃァないがな」

 

 その存在が広く知られるようになったのは、恐らく範馬刃牙と範馬勇次郎が初めて衝突(ブツ)かった時。

 刃牙の母親である朱沢江珠が範馬勇次郎に背骨を折られ、倒れていた刃牙の上に落ち───周囲に居た者たちが全員ブチノメされたあとのことになる。

 背骨を折られながらも刃牙を抱き、子守歌を歌っていた彼女の前に、彼は現れたという。

 そして、どんな手品? 魔法? 手術? で治したのか、朱沢江珠は死ぬこともなく、範馬勇次郎とは正式に離婚。

 刃牙は江珠預かりとなり、現在は朱沢刃牙として同じ家に住んでいるのだとか。

 

徳川ッッ!!

「段階ってモンを少しは踏ませんかいっ! 慌てんでもこれからじゃっ! ~……男に惚れた男っちゅうのはせっかちで困る……」

 

 “ま、儂も含めて、な”、などと言って笑い、彼は話を続けた。

 

「もちろんの、儂も最初見た時はこう……な、随分と頼りなさそうじゃのぉ~……なんて思ったもんじゃった。しかしどっから聞きつけたのか、ヤツが急にここにやってきてな」

「おお、此処にかッッ」

「仕事を紹介してほしいって話じゃったよ。聞けば戸籍も拠点もないとくる。それらを作って、働き分の給料をくれっつー話をしてきたんじゃ」

 

 徳川と彼───北郷一刀との出会いはそこからになる。

 聞けば範馬刃牙とは夜叉猿が居るの飛騨山で出会い、手を食い千切られる寸前の安藤何某を助けたあたりからの関係らしい。

 山でずうっと生活していたらしい彼は、野生との闘い方を親切にも教えてくれたらしい。……実戦で。

 というのも当時のガキであった範馬刃牙。同い年に教わることなんてねェよッとばかりに襲い掛かり、秒で敗北(まけ)たのだとか。

 渋々教えを乞う……? 盗む……? ことにしたものの、これが呆れるくらいに強者(ツヨ)い。

 範馬勇次郎とは別の強さに目を剥き、野生に挑むまでもねェと挑みまくっては、その全てを秒殺される。

 

「山籠もりか。それにしても猿狩りとはな」

「おう。おヌシより一回りは二回りは(デカ)くはあろう巨躯の猿。地下闘技場を知る者で、アレくらいは倒せねば強者は名乗れん」

「ふむ? 二回り……なるほど。飛騨の猿ならば俺も()ったが」

「話題に事欠かんのォ……」

 

 ま、愚地克己に敗けたjrの方は強かったのかと訊かれると疑問じゃが。くすりと笑い、徳川は話を続けた。

 最大トーナメントには出場(でな)かった。

 朱沢江珠を助けたあとは刃牙にも江珠にも感謝されたらしく、強引にお礼をされたとかで…………朱沢グループの店に招かれ、出された食事等を見てポカンとしながらも、なんと言ったか……「え……バキ……って。え? 朱沢……え? 安藤さんの時点でアレって思ってたけど……え?」などと酷く困惑していたそうで。

 しかしなにやら急に吹っ切れた顔になると、「じゃァ……バキ飯だなッッ!!」と言って食事を開始したのだとか。

 その時に仕事が無いかとか稼ぎになるものはないかと相談されたそうで、腕自慢ならと朱沢江珠から地下闘技場の話が持ち出されたらしい。

 話を聞きながら食事をする北郷は、肉を食べる時は何故か白目になりながらモニュ……モニュ……とゆっくり咀嚼していたそうな。

 

「食…………? 奴は戦よりも食に興味があると?」

「おォ。これがまた妙ォ~に美味そうに食いよる。特に肉類が“別次元”の美味さだ、とか言っておったな」

「………………ふむ」

 

 食も大事だったが肉ノ宮を斬り開くことに悦びを見出した武蔵にとって、強者の喜びがそれでいいものかと腕を組み首を傾げた。

 しかし人の嗜好などそれぞれ。ならばそれでよし、強いのならばそれで善しとし、子供のような純粋な瞳のまま、口角を横に広げるように笑んだ。

 

「儂も実際に戦ったところは数えられる程度にしか見ておらん。最大トーナメントには出ンかったし、死刑囚との闘いは儂が見とらんところでばかり決着がついた」

「なんと……つまらん」

「かっかっか、まあそう言うてくれるな。かといってなにも知らんわけでもないんじゃから」

「ふむ?」

「まずは柳龍光じゃった」

 

 ドームから出て、それぞれが散る中。そう……独歩とドリアンが愉しそうに歩いていくのを眺め、その傍らで静かに姿を消そうとしていた柳が、右手を落とされた。

 右手が地面を叩く音を聞いて、初めて気づいたという。痛みなどまるで無かったと。

 柳が聞いたのは“干天の慈雨”という言葉のみ。それを最後に、彼は圧倒的な敗北を知り、捕まったのだ。

 

「ほお、斬ったか」

「持っていたものは木刀じゃったらしい。儂も奴が持つ得物は木刀以外は知らん。じゃが───」

 

 “奴の木刀は巨岩を容易く斬るッッ!!”……砕くのではなく……斬るンじゃ。

 徳川はそう言うと立ち上がり、戸を開き庭にある巨岩をホレ……と指差す。

 そこには、まるで豆腐をそうしたかのような綺麗な断面図を見せる巨岩が存在していた。

 振るうだけで破竹を実行できる腕力はある。

 硬い硬いと上が騒ぐ兜を破壊することも出来よう。

 だが、巨岩を綺麗に真っ二つ………………ふむ。

 武蔵はやはり笑うと、話の続きを促す。

 

「あとで知ったんじゃが、柳の右手には毒が仕込んであっての。……毒手。迂闊に触れれば猛毒に侵され、最悪命を落とすことになる。北郷がどのようにしてそれを知ったのかは知らんが……負けることはないにせよ、命を落とす者がおらんで安心はした」

「命のやり取りの場を用意しておいて、安心とは。随分とまあ温いことだな徳川」

「言うてくれるな、爺にとってはこんな楽しみ方しか無い。安心も然りじゃ」

「ふむ」

 

 どいつもこいつも、上に胡坐を掻いて座る者なぞ似たような嗜好を持つものなのか。

 ようするに駒と娯楽。それが揃えばそれでいいのだ。

 そして、己は強敵さえあり、強固なる肉ノ宮があればそれでいい。

 場も敵も好きなだけ用意するといい。毎日でも構わんッッ!!

 武蔵は笑った。嬉しそうに、ただただ笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 その声が聞こえたのは、友人の刃牙が連れて行かれた先だった。

 

「へぇ~、いい顔してんじゃん。ガタイはチャチぃケド」

「うん、強いわ」

「対イチの素手ならね」

 

 不良が居た。どっかで見た光景だった。いやうん、もう誤魔化す必要もないんだけどね?

 ……理解(ワカ)ってる、北郷理解ってるよ……。

 ここ、バキの世界だわ……。

 なんで?

 え……えー…………?

 外史連鎖の影響?

 まさか漫画の世界に迷い込むとか……えー……?

 あ、でもまあとりあえずは今は目の前の状況に対応しよう。

 なんかみんな武器持ってるし、こっちも気を引き締め───

 

刃牙ィイイッ!! まずは土下ぎゃぼう!?

 

 ───デブの不良が掌底で吹き飛んで木に激突、動かなくなった。

 

「え?」

「あ……え?」

「今───ンあっちに…………え?」

 

 武器構えたんだからヨーイドン、でしょう。

 しかも拳銃だよ……どっから持ってきたんだこんなもん。

 刃牙なんて「疾走(はっえ)ェエ~~……」なんて苦笑いみたいな顔でこっち見てるし。

 

「先輩方。一応忠告しとくけど。そいつの前で武器構えンなら、今みたいなの覚悟したほうがいいっすよ」

「……ッチィ、油断してッからだ馬鹿が。結局どいつもこいつも覚悟が足りねぇ……」

 

 刃牙が忠告する中、坊主の人がズボンからズラ……とデカい刃物を取り出す。

 そして、殺気を隠そうともしないままこちらへ歩いてきて───雷速移動とともに放たれた蹴りで顔面を蹴られて大回転。その勢いのまま地面に激突、動かなくなった。

 

「オッ、オワッッ!?」

 

 次は鎖分銅先輩。

 振り回し始めた分銅の勢いが増すのを待って、一歩踏み込むと、

 

「オッ!? バッッッ……!!」

 

 ビビらせるつもりで、頭部などにぶつけるつもりはなかったのだろう。

 男は相当驚いたようだった。分銅のコントロールを忘れるくらいには。

 それを軽くいじってやると、後ろから来ていたナイフ芸先輩の脇腹に分銅がドモッと鈍い音を立てて埋まった。

 

「アガッ───ガァアアアアアアッ!!」

「アーこれだ。不用意に入って来るから」

「~~~~~ッ!!」

 

 だがナイフ芸先輩は痛みに汗を流しながらも、チャキッとナイフを取り出すと、両手間でナイフを投げ渡す芸を披露してくれた。

 なのでそのナイフに追加して“うまい棒”を割り込ませたら「エッ……」サクッ、という音とともに、ナイフが彼の掌に突き刺さった。刺さった! 刺さったァア! ヒデさん! ヒデさーん! ……とはさすがに叫んでくれなかったけど、言葉にならない悲鳴を上げて蹲ってしまった。

 

「……刃牙ー、なんかこいつらほぼ自滅しちゃったんだケド」

「自滅っつーか……お前なンで最大トーナメント出場(でな)かったの?」

「じっちゃんに別に出ンでよろしいって言われたし、バイト代出ないっていうし。最強には興味ないからなぁ……」

「ア~……お前って守る方に興味あるンだっけか」

「憧れの人は本部以蔵センセーかな。最強って言葉が宮本武蔵をして生まれたンなら、守護(しゅご)るって言葉はあの人から生まれた」

「……なに? シュゴル……って」

 

 談笑しながら歩いていく……と、目の前に黒い巨体。

 見上げてみれば、目を細めて「ニ~~~ン……!」と笑む……スペック先生。

 ちらりと隣を見れば、ソワ……と髪を少しだけ逆立たせる刃牙。

 

「……。東京へ向かった死刑囚5名……第一号は貴方ということか」

「東京に。最強の男が居ると聞いた。なんとそれが17歳の少年だというじゃないか」

「あ、いえ、最強なのはこいつの父親ですよ、スペックさん」

「うん?」

「地上最強の生物。強者を自負してるなら、聞いたことくらいはあるでしょ」

「……はっはっはっは! オーガ! ユージロー・ハンマッッ!! なるほど! ボウヤの父はあのオーガだったか! ハハハハハ!!」

「………」

「ところでボーヤ」

 

 散々と笑ったスペックが、ニコリと笑みながら俺を見る。

 途端、振り動作も無しの前蹴りが俺目掛けて放たれた。それを左手で受けて、氣を通して衝撃を右手に装填。

 

「!」

「はじまりの呼吸、鬼滅の型」

 

 敗北を知りたいなら、たぶんこれが最強です。

 

「───千五百連斬(ちごものつらね)

 

 縁壱の氣、身体能力、呼吸、ブレードスナップ、経験した様々を氣とともに手刀に収束させて、それを放つ。

 かつて、千八百に爆散して逃げた鬼舞辻無惨を一瞬のうちに千五百と少し破壊したとされる縁壱の型。

 もちろん本当に斬るわけじゃない。氣と意識とで研ぎ澄ませた“見えない太刀”で切り刻むわけだけど。

 

「───」

 

 彼は百を耐える前に意識を絶ち、その場に倒れた。

 

「……オマエのそれ、どーなってんの?」

「鍛錬の賜物ってことで」

 

 何度か呼吸法を使う俺を見ている刃牙は、珍しくも間の抜けた顔で「ほェ~……」なんて言ってる。

 とりあえず……このまま放置してると関係ない警察官いっぱい死ぬし、内部ズタズタにしておこうか。

 やり方は簡単です。まず彼の氣に接触します。増幅させます。氣脈を破壊します。はいOK。

 

「メシ行こォ刃牙。久しぶりに牛丼な気分」

「凶野家? やき屋? てかおふくろメシ作って待っててくれてると思うから俺無理」

「ええいすっかり家族団欒しやがって」

「るせェーっての。いーだろ、俺にとっちゃようやくなんだから」

「そういやあれから花山さんとは?」

「花山さん? んー……、あ。ア~~~ッ……お袋さんが握り飯作ってくれた……とか言ってたっけか」

「お前それ……恥ずかしがりながら自分もママンに頼んだクチだろ」

「だッッ……るせェーってのッッ!!」

 

 かァ……ッ! と顔を赤らめた刃牙が叫ぶ。

 ケド、その顔はどうしようもなくむずむずと緩んでいた。

 

「~……ていうか、どーすんの、アイツ」

「ああ、もう動けないようにしたからその内捕まるだろ」

「動けないようにって」

「内側ズタズタにした。たぶんもう立てもしないと思うぞ」

「……怖ェェェよ」

 

 いいのです。刃牙世界はモブにやさしくない。

 ならばどうするか? ……知っている俺が、可能な限り……守護らねば。

 

(これでスペックはとりあえず。あと危険なのは猛毒柳と……)

 

 全員が全員、拳一つで人を殺せるってなんだよもう。

 ドリアンなんて水面蹴りで数人の足破壊しちゃってるしさぁ。

 えーと、一般人を殺しちゃってる死刑囚って……誰居たっけ。この場面から、殺しちゃってる死刑囚……は、主にスペックだったか。

 とりあえずコンビニの店員ニーサンを助けられてよかった。肉まんのために四肢ズタズタの刑とか可哀想すぎる。

 

(次……神心會の克己サンとドリアンだったっけ)

 

 死者は居なかった筈だし……身体測定あるし、まァ……。

 むしろあそこ行くとドッポ・オロチ氏がニチャア……って戦いたそうな目で見てくるから行きづらい。なんか苦手意識出ちゃって。

 や、まあ今は山籠もりしてた筈だから、遭遇はしないんだろうけど。

 問題点そこだけじゃあ……ないんだよなぁ……。

 

「よし、今日はやき屋だな。サラダ山盛り頼んで、その後牛丼食おう」

「一刀さァ……自炊とかしねーの?」

「してるよ? これでも料理は得意な方だ」

「へェ……なんか外食ばっかしてるイメージ」

「しゃァ~ないだろ、肉美味いんだもん、この世界(こっち)

「肉かァ~…………今日晩メシなんだろ」

「意表をついてオムライス❤ とか?」

「…………………」

「あ。ちょっとばかし期待してる?」

「~~~~ッッ……!! るせェーッてのッ!!

 

 期待しているそうです。

 まァ~……刃牙の今まで食ってきた飯なんて、血や肉になるものばっかだったしなぁ。

 母の手料理とか、そんな響きがよく似合うメシなんて、それこそ刃牙にとっちゃァ憧れみたいなもんだ。

 

「じゃ、俺やき屋寄ってくから」

「おー」

 

 軽く手を挙げ合って、トコトコと歩いていく。

 さて……目覚めろ、食事の時間だ。と、胃袋にモノ申してみれば、グゥ……と鳴りだす胃袋さん。

 さてさて、金はある。自由もある。仕事は今日は無かった。さァ食おう……❤ ……カンケーないケド、刃牙世界に来たらとりあえず語尾に“❤”つけたくなりません? Tレックス肉で有名なアレン君❤ とか絶対ハートつけたくなるって。

 

「らっしゃァせェー!!」

 

 と、牛丼チェーン店に寄った時のことだった。

 今にして思います。何故……あそこへ入ってしまったのかと。

 

「ン───」

「え……オワッッ!?」

 

 そこに居た。小さな……否ッッ! その巨体の所為で小さく見えてしまう椅子に座り、高カロリー商品を喰らう巨漢ッッ……!!

 そういえばこいつの金回りってどォーなってんの!? 最大トーナメント準優勝者! ジャック・ハンマーだァーーーッ!!

 そいつはニィイイイと歯を剥き出しにして笑むと、「待ってな……」と呟いて……目の前に置かれた幾つものキング牛丼のうちの一つを手に取り、箸でゾリ……と底から掬うと、逆さにして飲み込むようにガモ……と口に突っ込んだ。

 

  チュグッ……モグ…………モニュ…………

 

 ~~~~ッ! あの量、あの熱さを一口ッッ……!

 

「あ、持ち帰りでチーズ牛丼メガつゆだくで」

「はい」

 

 そんな中で俺は静かに牛丼弁当を頼み、支払いし、さっさと帰った。

 さっすが牛丼チェーン店! 出来上がりが速ァアアアい!

 なんか後ろから聞こえたけど無視する。急ぐのだからこそ(はし)るッッ!!

 ていうかジャックって牛丼もイケるんだ! ステーキしか食わないのかと思った! もももしかして今月厳しかったのかな!? や、わかるよ!? ステーキばっか食ってりゃそうなるよ!

 なので帰路へと全速力で走った。

 さあ……明日は何を食おう。

 この世界、中華とステーキ肉がやたらとウマイんだ。

 いつか、アレン君❤ と相談して、Tレックスの肉も食ってみたいもんです。

 

 

───……。

 

……。

 

 で……翌日。

 身体測定ではなく体力測定が開始った。

 

「刃牙、測定とかしたことある?」

「ない」

「俺もズイブン久しぶり」

 

 最後に測定したのっていつだったっけかなァ……。

 まあ、やってみればいいか。刃牙が隣にいるんだし、手ェ抜くのも……。

 というわけでまず100m走。

 

「先生ェ~、100mの世界記録っていくつでしたっけ」

「オッ! 北郷挑戦してみるかー!?」

「あっ、先生俺も俺も!」

「どォ~せやるなら目標ねぇとなァ~~~ッ!!」

「……9秒58だ、北郷。なんだ? 挑戦してみるか?」

「刃牙………………」

「エ? ……俺?」

「やってやろうぜッ☆」

「お前そんなキャラだっけ!?」

 

 どうせあとで挑戦することになるんだから、と準備運動&本気フォームをさせる。

 ミッチリとした筋肉を惜しげもなく披露すれば、周囲からは「ほォ~~~……」と溜め息が。

 俺も脱ぐものの、刃牙ほどじゃあない。

 

「走り方とか解る? クラウヂングスタートは? 合図は?」

「イヤ……サッパリ……」

「よし、ンじゃあ……」

 

 きっちり教えたのちに、センセの合図で……

 

「シィイイイイイイイ……!!」

「オッ……」

「すげぇ音」

「なんの音?」

「圧力釜?」

 

 ピッと笛が鳴って、それは開始(はじま)った。

 走るというよりは“跳ぶッッ!!”

 地を蹴り弾丸の如く、超低空で前へと跳んだ俺は、続いて二歩三歩と地を蹴r

 

「…………」

「………」

「あの、センセ?」

「ハッ!? えおっ……おン前……今……あっちに…………え?」

「お前速すぎだろ……」

「おお、バキ二位。で、センセ、記録は?」

「───」

 

 ……。

 俺と刃牙は肩をすくめて、「「スッッッッゲエエエ~~~ッ!!」」と叫ぶクラスメイトに燥がれに行った。

 

  次。ソフトボール投げ。

 

「更に向こうへ! プルスウルトラァアアアアアッ!!」

 

 軽く刃牙とキャッチソフトボールをして、投げるタイミングを教えてからの本番。

 氣を込めて角度調整をして、ン遠投(なげ)るッッ!!

 やがて投げたソレが雲に消えていくのを…………俺達はただ、見送っていた。

 風が吹いていた。蝉が鳴いていた。草が揺れていた。

 マグナスは吹き飛ばされそうになる大きな帽子を手で押さえ、その傍らではミラルドが小さく笑っていた。

 ……じゃなくて。

 

「オイオイオイオイなぁ~~~にをやっとるんだ北郷ォ~~~ッ!! 地面に落下(オチ)なきゃ測定出来んだろォがァッッ!!」

「イヤ………………てゆゥか……あれフツーにスゲくね?」

「やれっつっても無理だろ………………」

 

 測定は∞となった。プルスウルトラ。

 

  次。走り幅跳び。

 

「雷の呼吸───壱の型」

 

 ゾォオオオ……と地面を抉るようにして爪先を埋めて、地盤を作る。

 それから弾かれるように疾駆し、砂場前の板までを走ると、ソレを蹴って空へと跳んだ。

 

「…………空………………飛んでるよ」

「アレ、測定出来ンの?」

「ていうか………………普通に世界記録じゃね?」

 

 測定不能扱いされた。

 

  次。懸垂15回。

 

「センセー、よーく見ててくださいねー」

「いーからさっさとやれッッ! ったく、お前も刃牙も、なんでこう素直に測らせないんだ、ッたく……!」

「センセー、終わりましたー」

「ンなわけあるかぁッッ!! さっさとやれッッ!!」

「じゃあゆっくり……焚ッッ……!!」

 

 ビュバババババババババッッ!!

 

「終わりました」

「~~~~~~~~ッ!?」

「……見た? 今の」

「すンげェ速さで上下に、こ~…………なぁ?」

「滅茶苦茶に体ァ揺すって誤魔化すんじゃないッッ!! ちゃんと上まで持ち上げて、下に下がってで数えんかぁっ!!」

「じゃあもっとゆっくり」

 

 ミシ……ッッ……ギリッ…………! ミシッ……!!

 

「オッ…………ェ…………え……エ~~~~ッ……?」

「なぁ…………一番下まで体下ろして……よぉ」

「上まで腕の筋肉だけ………………って。お前……出来る?」

「……? イヤイヤイヤイヤイヤイヤ……!!」

「終わりました」

「~……合格! さっさと降りて別の奴と代われッッ!!」

「よっしゃ刃牙、いってやれ! あ、ゆっくりね」

「……お前みたいなのでいいんだな……ヨシ」

 

 懸垂、しっかり合格。あと刃牙がなんか鉄棒持ちながら空飛んだ。なにあれどうやるの?

 

  次。1500メートル走。

 

「センセー」

「なんだ。まァた世界記録でも狙ってみるか? 1500の世界記録は3分26秒だ」

「いけ北郷! キミならやれるっ!」

「ていうか……うん」

「フツーに? やれそう? っつーか……」

「3分26秒………………それでいいんですか。バキ、お前はどうする?」

「このままじゃ進級危険(ヤバ)そうだし……いいよ、乗っかる」

「じゃあセンセ、その記録を抜くことで全種目合格ってことで」

「全種目どころか全教科満点にしてやるよ。出来たらな」

 

 ……許可は得た。大丈夫だよ刃牙、俺もこれから頑張っていくから───

 

「用意───」

 

 ピッッ!!

 ホイッスルが鳴った瞬間、俺は雷になった。

 

……。

 

 結論。

 1分かからなかった。

 一周する毎に先生の足元に一本線を引かせてもらって、毎度声をかけて確認してもらった。

 にも関わらず、1分以内。

 ……スゴいね、人体。ていうか縁壱の呼吸。

 

「……なんていうかさ、一刀さ」

「え? なに?」

「…………一度戦ってみたいって言ったら…………どうする?」

「…………………………いいよ、…………って言ったら、拳が飛んで来そうだ」

「……踏ん張らなきゃ殴るトコだった」

「やめて?」

 

 冷や汗垂らして苦笑気味に言われた。ああアレ刃牙のマジな時な顔だ。

 というわけで下校時にそんなことを言われた。

 俺と刃牙はめでたく全教科満点扱い。俺は人間性を疑われたケド、まあ今さらということで。

 だって刃牙ワールドだもの、強ェェェ存在がたまたま全員死刑囚でした❤ なんてことが起きるくらいの世界で、外見年齢十代の若造が世界記録とかフツーフツー。

 

(出過ぎておる、自重せよ!)

(も、孟徳さん!!)

 

 あ、でも確かに出過ぎはいけない。だってそんなことしたら地上最強の生物に目をつけられるだろうし、強敵大好きの人々に喧嘩を売られる可能性が高い。

 ジャック範馬に目をつけられた時点でそれくらい想定しておかないと、この世界じゃとてもとても…………とてもとてもとてもとても…………。

 

「刃牙ってさ、父親よりほんのちょっぴり自分が強けりゃイイって考えでしょ? 俺に勝ったってなんにもなりゃしないって」

「経験にはなる」

「俺との経験が対範馬勇次郎に役立つって? ないないない、そもそも次元が違うでしょ、あれ」

「…………怖気づいてるってのかよ……ッ」

「強さの次元とかじゃなくて。戦闘スタイルの話」

「へ?」

「あいつと戦うなら俺なんかじゃなくて、野生動物と戦ってた方がまだ経験になる。そう思わない?」

「ィャ…………そりゃ、そうかもだけど」

「それにこれから家ぇ帰るんでしょ? 喧嘩なんかしたら母親悲しむんじゃないか?」

「まさか。むしろ男はドシドシ喧嘩しなって人だよ、かーさんは」

「…………パワフルですね」

「だろ?」

 

 いや“だろ?”じゃないが。

 

「ってわけで」

「刃牙」

「ん? なに───」

「男が喧嘩(ゴンタ)ァ口にして並んでんだぜ? ……もう、開始(はじま)ってる」

「───!!」

 

 

 

-_-/刃牙

 

 ───開始ってる。

 そう言われた途端、一気に寒気が走った。

 肌を刺し、切り刻むみてェな殺気……濃密な威嚇ってのはこういうこと言うのかね…………。

 飛騨山で初めて会った時は、ただの迷子……なんて思ったもんだけど、とんでもない。

 予感じゃない。これは確信だ。

 あの頃ヤったら瞬殺されてた(・・・・・・・・・・・・・)

 訓練と称した飛騨山の比較じゃねェ……真剣に、瞬殺だった。ハネっかえりだった自分じゃ気づけなかった実力の差。

 

「~~……!」

 

 ケド、それがなんだ?

 身体が痺れるみたいに震える。本能が刺激される。

 ああ、コイツと死闘(ヤリ)てェ!!

 いつ()るか? いつ()るかっ? いつ()るかッッ!?

 

(今───!!)

 

 地を蹴り、最速最短───!!

 

 

 

-_-/Nさん

 

 瞬間、刃牙の体を襲ったのは、紛れもない斬撃の感覚だった。

 

「!?」

 

 ドンッ、という確かな衝撃。忘れもしない、かつて居合の達人に放たれた殺気の如く、体が勝手に動いた。

 その斬撃に対して逆方向に身を逃がし、身を回転(マワ)し、踵落とし。

 幼年期のバキが黒川の居合に対してそうしたように、本能が体をそうして逃がしたッッ!!

 

「……どしたい刃牙」

「ッ」

「なんにもねェところで急に回転なんざして。狐にでも化かされたかい」

「………………斬ったね、今」

「あ、理解る?」

「たぶん、あの死刑囚がやられたものと同じ……いや、それ以下の見えない斬撃。……殺気? 幻覚? どれも違う。言うなれば───そう、闘氣ッ───!!」

「………」

「ハハ……なにが別次元───! 十分だぜ、一刀───!! 見えないものに勝てないようじゃ、実物には勝てやしないんだから───!!」

 

 地を蹴る! 近づかなければ殴れないッ!

 己の距離にて臆せず存分にッッ!!

 意識を研ぎ澄ませ、攻撃に意識を向けながらも、肌に触れたものすべてに対してカウンターを決めるつもりでッ!!

 

「───」

 

 右中段突き! 左ハイキック! 前方跳躍と同時の戻しの踵落とし!

 右フック! 右裏拳! 左直拳! 右前蹴り───!!

 

「~~~ッッ!?」

 

 その全てが、紙一重で躱され、トンと人差し指で胸を突かれる……!!

 理解が追い付くだろうか。歳の変わらぬ存在に、あの地下闘技場でチャンプとなった自分が、こうも遊ばれているという事実……!!

 

「透き通る世界…………って言ってね。相手の皮膚どころか、筋繊維の動きまでもが透けて見える。どこに力が入って、どう向かってくるのか。弛緩の云々で当然、それが偽物か本物かも分かる。フェイントは通用しないよ刃牙。来るなら全力だ。範馬勇次郎を想定するなら───知れッ!! ───思い出せッッ!! 暴力以外の戦闘方法なんて選ぶだけ無駄だッッ!!」

「!! ッ───キャオラァアアアアッ!!」

 

 再び地を蹴る。その在り方はグラップラーではない、一匹の獣。

 生存競争以外で競う意味などまるでない、ただの獣として。

 そして───暴力が一人の少年を襲い。

 暴力は───…………理に、敗れた。

 

「ごぼぉっはぁあっ!! えァがっ、あ、ッッ~~~……はぁっ……!! な、ん……!!」

 

 喰らったのはやさしそうな攻撃。

 避けるまでもないと、受けてしまった一撃。

 それが剛撃に化け、トンと小突かれただけの胸には爆発したような衝撃が走り、転がり滑り、体勢を立て直して少年を見た瞬間には、炸雷の音とともにすれ違った彼が、腹に拳を埋めていた。

 腹が爆発したみてェだった。……彼は、その時の衝撃をそう語った。

 それだけだ。やられたのはそれだけ。拳自体は大したものではなかったハズなのにッッ!!

 

「中国武術における氣、漫画などにおける氣。氣にはいろいろあるけど、ホンモノは実在する。衝撃だけを徹すだとか……拳に氣を宿して云々すれば瓶が割れる~……だとか。そんな手品紛いの遊びじゃない」

「~…………!?」

「百も、千も、長い時を、明日のため、生き残るため、鬼を狩るために磨いた人々の理をお見せしよう。モノに出来れば……勝てぬまでも、血反吐(ちへど)ォ吐かせるくらいは出来るかもね」

「……ブッ! ……上等っ!」

 

 口に広がる血を吐き捨て、彼はもう一度構える。

 そして、一歩を踏み出した時。

 バッシャアァアッッ!! という炸裂音とともに、彼の体はくの字に曲がり、たまらず苦悶の表情を作ると、その場に転げ回った。

 

(~~~~~~~~ッッ!! 痛い……痛い、痛い痛い痛い痛いッッ……!!)

 

 腹に刺さったのはなんだ!? 爆発したのは!? 腹が抉られたかと思ったッ! いや、大砲でも撃ち込まれた!?

 脂汗を流しながら見下ろしても、腹は変わらずそこにあった。けれども青々と変色していた。

 

「う、お……がっ……! な、にを……!」

「音速拳。愚地克己さんの技の、昇華だ。人の手で本当に音速なんて越えたらズタズタになる。それを氣の壁で完全に守護(まも)ったのがこれだ。守りの氣ごと殴るから、それこそ剛速で鉛玉ブチ込まれたような痛みだろうけど」

「~……それが、ホンモノ、って言いてェのかよッ……!」

「おいおい仮にも“音速”拳だぜェ……? 音くらい超えられなきゃ烏滸がましくて名乗れやしねェ。そして、その一撃はTレックスの尾撃に匹敵する。覚えておけ刃牙。世の中にゃあそんな“まさか”を強引に叶えちまう技術がある。氣で水の入った瓶を割る、なんて番組が過去にあった。けどな」

 

 言って、そこらで買っておいたペットボトルの水をゴヴォ……ガプ……と飲み干して、空になったそれに氣を一気に送り、破裂させた。

 

「…………スゲ……」

「氣ってのは存在するのさ。そんなまさかは存在する。そして───」

「!!」

 

 ゴォ、と。彼の頬を、光る何かが掠めていった。

 北郷一刀は天地上下の構えのような恰好で手を突き出していて、そこからは煙が出ている。

 

「氣の塊ってなァ放つことも出来るのさ。……さて刃牙よ」

「…………あァ」

「遊んでくかい❤」

「勝って笑ってやるよッ───!!」

 

 踏み込み、ハイキック───!!

 カンペキ! 最高の速度での胴へのフェイントからのハイ!!

 が。それはバオッッと風を切るだけで終わる。

 

(!? カンペキに捉えたのに───!)

「愛は育まれてる。間違いなく。一皮剥けるための“愛”を、通常なら有り得なかった“家庭”から受け取った証拠だ。それらを守るための強さ……強さにも適用されてるんだケド……危機感がまだ足りねェ」

「なァにぶつくさ───言ってやがる!」

「いや、ちょっ……ちょっと、ね!? 状況に合った口調とか考えながら喋ってるつもりなんだけど、結構これ喋りづらくない!?」

「だからなにがだよ!」

 

 彼的に結構頑張ってバキっぽさを出しつつ喋っている。主に独歩調で。

 もちろん刃牙に伝わる筈もなく、彼は体が温まってきたかのように攻撃速度を増していく。

 

(そういえば刃牙って、頭が戦闘モードに切り替わるまでは大体負けるんだっけ)

 

 スロースターター。通常の格闘センスの持ち主相手には抜群の能力。

 相手の実力をしっかり学んだ上で返せるっていう、場を盛り上げる闘技場の選手ならば最高の存在。

 が、超実戦流こそが優先されていくこれからの世界に、それは弱点にしかならない。

 

「これは喧嘩だから、立っていられてる」

「……?」

「実戦だったらオマエ……とっくにお陀仏だ」

「じゃァ……やってみろッッ!!」

 

 言葉と同時に大地を蹴り、振り上げられた刃牙の右背足による廻し蹴り。

 それをバックステップでするりと躱すと、刃牙はそれを待っていたかのように距離を詰め───ようとして、眼前に一刀が居ることに身を硬直させた。

 

(は!? 今───後ろ、下がって───なんで!? 目前───拳!? 近ッ───)

 

 歯を食いしばり、常に心掛けている構えをそのままに、左肩に顎を押し付け歯を食い縛り、衝撃に備えた。

 意識してのことではない。今まで少年が培ってきた闘争本能がそうさせたのだ。

 だがその拳が左肩に接着すると───肩は、顎は爆ぜた。

 

「~~~ッッ!! ガッ───」

 

 馬鹿げた衝撃に体は吹き飛び、地に衝突(ブツ)かり、転がり、頭と首筋を使用(つか)って強引に起き上がるも、視点は定まらず。

 

「インパクトまでの脱力と、瞬間的な力み。弛緩と緊張の振り幅が打力の要。……力むまでもない。氣で体を動かしてるならさ、必要無いんだよ。頑張って弛緩する意味なんて」

「……ッ……十分バケモンじゃねぇかっ……!」

消力(シャオリー)っていうそうだ。入口になら入ったよな、刃牙」

「~……親父には通用しねぇどころか、返されたけどな……ッッ!!」

「野生相手にカウンター待って目なんて瞑ってるからさ。それじゃあ通用しない」

「じゃあやってみるかい……反撃潰し(カウンターキラー)

 

 言って、ニヤリと笑うと……刃牙は目を閉じた。

 閉じて、意識を集中させる。

 己に触れるもの全てに反撃出来るよう、かつてのように研ぎ澄ませていく。

 より(はや)く、より強靭(つよ)く、より鋭敏(するど)く、より明確(たしか)に、相手の殺気も気配も、何処を打とうとしているかさえ、想定、近づくもの全てに警戒を以って。

 

(───()ってるよ、一刀。やるって言ったらお前はやる。最速だ。豪速だ。今までのお前の動き、体力測定でのバカげた疾風(ハヤ)さ。襲撃(きた)る殺気もその速度も、ゼンブ───)

 

 来た。今。胸───ここッ!!

 

しゃらァアアアッッッ!!

 

 胸を軸に身を回し、跳び、胴廻し回転蹴りで反撃。

 これ以上ないほどの速度、制度でそれは完成し───空を、切った。

 

「───、~……!? エッ……」

「殺気の籠った高速の石は堪能出来たかい?」

「!? ッッらぁッ!!」

 

 着地───と同時に状況を確認。蹴りの傍で立ち、笑っていた少年へと立ち上がりと同時の直突き。

 それを左手でパンッと受け止められると、直後にデコピンを喰らい、『馬鹿にしてんのかッッ!!』と叫ぶ筈だった彼は、全力の拳をくらったかのように仰け反り、ぺたりと尻餅をついた。

 

「~~~~……、ぁ…………な、ン……?」

「術式展開。まあほら、氣で受け止めた衝撃を、デコピンで返した、って……手品みたいなもんだよ」

「そッ……そんなことまで出来ンのかよッ………………!」

「似たようなの、見たことあるだろ? 渋川さんと愚地さんの試合だ」

「…………あ」

「それはそれとして。……まだやるかい?」

「…………………………」

 

 言われ、刃牙は両手で地を押すと、トンと軽く立ち上がってみせる。

 そして、スリ……と額を撫で擦ると笑い、地を蹴った。

 

……。

 

 どちゃっ……

 

「はっ……ハっ……はァッ……ハァッッ……!!」

 

 結果として、刃牙は地面に沈み、一刀は学校鞄を拾い上げると「じゃ、どっか飯行くかっ!」と笑った。

 

「はぁ……はぁ……! こンだけ動いて……突いて、蹴って……いなして。息のひとつも上げてねぇ………………って」

「しょうがないだろ、呼吸からして違うんだし」

「疲れない、当たっても威力は殺されて、そのくせそっちの攻撃は防御が通用しない。よくもまあこんなバカげた術をッ……!」

「苦労したもん。守護(まも)るために身に着けたものだから、攻撃に殺気も乗っからない。殺気を感じて攻撃を予測することも出来ないそうだ。攻撃する側としては、ちょっと曖昧すぎるんだけどね」

「………」

「で、どうする? まだやる?」

「ツブれるまで付き合ってもらうぜ───! 俺が、その次元に到達するために───!!」

「え? 到達したいの? じゃあ───鍛錬だなっ!」

 

 ……のちに、範馬刃牙。地上最強のガキと称される彼は、この日の言葉をケッコー後悔することになる。

 ちなみに、鍛錬だな、なんて笑顔で放たれたその言葉に「へ?」と返した途端、彼は炸雷の音とともに地面に殴り倒されていた。

 

 

 

-_-/刃牙

 

 人って───空浮いたままで居られるんだな───

 そんなことを、どこかボーっとしながら考えた。

 

  ───まず最初に手ほどきされたのは氣。

 

 俺の中の……んん、なんつったか、氣脈? かなんかを広げて、まずは氣を認識するところから…………トカ。

 やってみるとナルホド~って感じで、実感してみりゃ「スゲ……」なんて言葉が自然に漏れた。

 なんせ氣ィ込めて殴るのと、フツー? に殴るのとじゃあ、威力のケタが違う。

 燥いでみりゃあ一刀に「それでようやく5%くらいね」と言われて驚愕した。

 100%操るにはまだまだ道は険しいとかなんとか。

 じゃあ100%見せてくれよって言ってみたら、じっちゃん家にあったデケェ岩が拳で塵にしてみせたり、木刀でキレェ~に割ってみせたり。木刀って。イヤイヤイヤイヤイヤ…………ッ!

 開いた口が塞がらない俺に笑みを見せて、一刀は言う。「なんなら自分の肌で試してみるか? あ、ホラ、あの胴廻し回転蹴りで躱すみたいに」イヤ死ぬからッッ!!「え……そ、そう?」

 

  氣を教えてもらって、早速次……呼吸法? を、教わる。

 

 呼吸っつったって。なんだよ、深呼吸でもしながら健康的に戦え…………って?

 エ? 違う? じゃあ……?

 

「俺がやってるアホみたいな移動歩法あるだろ? あれ、呼吸のお陰なんだ」

「へェ~…………イヤイヤイヤイヤ!! 呼吸のお陰…………って」

「全集中の呼吸って云う。古くは鬼退治のために編み出された呼吸法で、自身の身体能力を爆発的に高めるものだ」

「鬼退治…………」

「透き通る世界もその派生だって考えてくれ。……覚えたいなら教える。ただし、鍛錬は地獄だって思ってくれ」

「お前が地獄って。……え? お前が地獄なんて言うってソートーじゃね…………?」

「通常、習得には2年くらいはかかるけど、まあ普段から鍛えてあるから頑張ればもっと短縮できると思う。うん、刃牙ならイケるイケるっ!」

「………………」

「で、どうする?」

「…………氣ィィだけでもこんなに強くなれる。呼吸法っての覚えれば、お前も超えちまうんじゃないか?」

「あっはっはっはっは、全部を完璧にモノにしたいなら千年は要るって、ムリムリ」

 

 ……………………へぇ。

 今のはちょっとカチンと来た。別に自分の頭がイイとかそういう認識はねェつもりだけど、真正面から言われていい気分なわけもない。

 

「……上等だぜ一刀ッ……!!」

「……あれ? もしかして頭の出来がどうとかで認識された? いやいやいやお前の頭が足りないとかじゃなくて、フツーに誰がやってもそれだけ時間がかかるって意味で!」

「キャオラァアッ!!」

「言葉って難しいなぁもう!!」

 

 直後、干天の慈雨、なんて言葉とともに、俺はやさしく大地に沈んだ。

 

  次。呼吸法を馴染ませる修行。

 

 全集中? の呼吸をやってみる。

 ……肺が破裂するかと思った。

 

「一刀、これ───」

「やれ」

「イヤ……これ」

「やれ」

「アノ……」

「や・れ❤」

「………」

 

 ハッキリ言える。

 この鍛錬開発した人アホだわ。

 けど不思議なモンで……人間ってのはホント、順応ってものに恵まれているらしい。

 一刀にそのー……氣? っつーので癒されながら呼吸法を続けていたら、それは体に影響を与えた。

 とにかく疲れにくくなったし、呼吸が荒れない。自分の中の様々に耳を傾けられるようになったし、どう動かせばどう筋肉が反応するのか、その応用がやりやすくなった。

 ナルホド…………って思ったね。これを他人に向けられれば、相手の動きも読めるようになるわけだ。

 

  次。消力の応用。

 

 突発的に攻撃を加えられた瞬間、脱力出来るように、の鍛錬。

 そして冒頭に戻る。

 脱力したまま殴られたり蹴られたりしているわけだ。

 一刀は痛くならないように回復の氣を手足に込めて俺を殴るわけだけど、俺が体を緊張させればそれは痛みとして俺を襲う、という恐ろしい鍛錬だ。

 

「ていうか、チョッ……今思い切り殴らなかったか!?」

「ホンモノの攻撃じゃなくちゃ、慣れちゃうだろ。どうせホンモノは来ない、って」

「……頬にぶつかって、痛くなけりゃあ一緒なんじゃねぇの?」

「じゃあ本気で殴る? 巨岩も粉砕出来る拳で」

「カンベンしてくださいッッ!!」

「お、おう」

 

 一緒に鍛錬してりゃあ嫌でも理解る。

 こいつの“やってみるか?”は本気で危険(ヤバ)い。

 

「ていうか刃牙さぁ」

「ん……? なに」

「別にかーちゃん殺されたわけでもないんだから、親父さんに執着する理由、なくない?」

「あァ…………あるんだよ。あいつは実際、母さんを殺した。一刀が居なけりゃ本当に死んでたんだ。結果として生きてるってだけで、あいつは殺したんだ。んで、俺はそれについて、謝りやがれッッて言ったことがある」

「勇気あるなぁ」

「そん時言われたンだよ。“謝らせてみせな。範馬勇次郎をボッコボコにして、力づくで頭ァ掴んで地面に叩きつけて、僕チンが悪ぅございました、許してくだちゃい❤とな”って」

「アー……」

 

 呆れ顔でそんな返事がきた。

 まあ………………そうなるよなぁ…………。

 

「だから、俺は強くなるんだ。なりたいじゃねぇ、なるンだッ! …………そんで謝らせて、許すかバーカって笑ってやる」

「そっかそっか。じゃあ、頑張らないとな」

「ていうかさ」

「うん」

「人ォ殴りながら話す内容じゃ……ねぇよな」

「いやいや、これくらい出来ないと」

「……………………お前と居ると、俺ン中の常識とかゼンブ消えそうで怖いよ」

「その先に親父さんは居ると思うけど……っと、よし、3分脱力鍛錬終了、っと」

 

 終了を告げると同時に、体に力を込めて向きを変えて着地した。

 これにて本日の鍛錬は終了、と一刀が言う。明日もガッコあるし、これにて解散ってことになった。

 ……なったけど。

 

「おっと、ご老公から連絡だ。なんだろ」

「? 呼ばれる心当たりとかは?」

「それがさっぱり。ま、いいや。刃牙はこっからの距離帰るんだし、用事も俺だけにだろ。帰っていーぞ」

「ああ。そんじゃ、その用事が俺達の呼び出し、とかじゃなけりゃ、また明日」

「なんだか嫌な予感がするのう」

「それ言うなよ……俺もう眠いからさっさと寝たいんだよ」

「ハハ、まあもし体ァ動かす系の厄介ゴトだったら、さっさと終わらせて寝よう」

「そん時ゃ頼むわ」

「……氣と呼吸と消力の応用。タダで教えてもらってそれ言う?」

「………………わぁったよッッ!! まあ、その、ジッサイ、感謝してるよ…………オマエには、ホント」

「ああ。んじゃ、また明日」

「また今夜~とかにならないことを祈ってるよ」

 

 ケド、こ~~~いう時の嫌な予感って…………大体当たンだよなぁ…………。

 

 

 

-_-/かずピー

 

 徳川のご老公から連絡があって、闘技場にやってきた。

 遅い時間だ~~~っていうのに急に呼び出すなんて何事か……と思って来てみれば、そこに集いし死刑囚の皆様……-1。スペック氏が居ないから一人足りない。

 ご老公のボデーガードとして呼ばれた身としては、逃げるわけにもいかないのでこの四人の前に立っているわけですが……威圧感すごいなぁ。

 

「ボディーガード、というからには……多少の心得はあるのだろうね?」

「ハハ……まあ、それなりには」

 

 怒李庵海王が声をかけてきた。うわぁい胡散臭い声。

 この“多少”にどれほどの意味が込められているのやら。

 下手な応答をすれば、“ところで……”とか言って蹴りが飛びそ「ところで」オワッッ!?

 

「ほお……ハハハハハ!! 随分綺麗に避けるものだっ!!」

 

 遠慮も無しに前蹴りだよ! もう油断も隙もあったもんじゃないよこの人! もうやだ北郷帰る!!

 

「お戯れを…………怒李庵海王殿」

「───」

 

 笑っていた怒李庵氏が、ピタリと笑みを止めた。

 そして、じいっ…………とこちらを見つめてくる。

 

「……何処で、その情報を?」

「守護とは、事前に備えてこそ故。死刑囚が日本にやってくる。集めない理由がありません」

「では私が生半可な存在ではないことも理解っていると。逆にキミはどうかな? ミスター徳川の護衛として、果たして…………」

「あなたの目的は俺ではないと……そう思いますが?」

「…………フフ。そんなことまで知っているとは。…………名前を訊いても?」

「北郷、と。そうお呼びください」

「ハハハ、ではミスター北郷! ……死刑囚は五人だった筈なんだが。おかしいね、一人足りない。遅刻? 退場? 原因はキミかね?」

(バレてるーーーーっ!!)

 

 漫画的表現なら、顔に縦線いっぱい引いて冷や汗だらだら状態。しかしこの北郷はうろたえません。極めて素晴らしい笑みを浮かべ、「シッ……シラナイヨ?」と自然に返した。もちろんバレバレである。

 

「一刀、お主……」

「い、いやいやご老公!? 別に誰よりも早く始末したかったとかじゃなくてですよ!? あいつガッコ近くに来るなり、警察襲って人の手首とか簡単に切断したりしたんです! 目的が敗北なのに、目当ての人以外を襲うのはオカシイッッ!!」

「…………やれやれ。聞いた通り、とさせていただきたい。無関係の一般市民や、絡んできたわけでもない警察機関などの不要な殺害は避けてもらえんか」

「それに我々が頷く理由は?」

「そやつらがキミたちに敗北をもたらす者ではないからじゃ。キミたちが願う敗北が、逮捕や捕縛によるものならばそれで構わん。だが純粋な暴力、格闘の末の敗北をお望みならば、それらを襲うのは違うじゃろう。……間違っておるかな、ワシは」

「……なるほど。目的のために、平和な国に闖入してきたのは我々だ。前提としてのルールには従うべきか」

「ただし、相手から絡んできたのならその限りではないとさせてもらう。非道とは言うまいね?」

 

 ドイル氏が、柳龍光氏がフ……と笑いつつ言うと、ご老公は頷いてみせる。

 シコルくんはさっきから半眼めいたニヤケ顔で俺のことを見てて……うわあ嫌な予感。

 

「ところで───……もしそこの少年が我々に敗北をプレゼント出来るほどの実力があるのなら。今、ここで始めても……いいのかな?」

 

 予感的中! 半眼白目になりながらなんてこと言い出すのこの人!

 

「シコルくん」

「うん?」

「強いぞ? ウチの護衛は❤」

「───」

 

 ニチャァ……って笑まれました。

 ご老公も……さぁ……! こういう場面でさぁああ……!!

 

「じっちゃん」

「んおっ? オッ……刃牙ぃっ!」

 

 とかソワソワしていたら、ようやっと刃牙が到着。

 俺と目が合うと、半眼白目で肩をすくめて溜め息を吐いていた。ちなみに俺もである。こんなもんだよね、嫌な予感って。

 

「用事ぃ……早めに済ませてくんないかな。明日ガッコーなんだわ」

「いや俺もだけどね?」

 

 俺も平和に暮らしたかった。

 飛騨山で暮らしていた時は、夜叉猿にさえ気をつけていれば割かし平和だったんだけどなぁ……。その夜叉猿だって、なんでか俺にものすんごい懐いてたし。や、理由は分かる。たぶん美以と同じ感じで、動物に好かれやすい香りだかなんだかの影響だ。でも……好かれたいですか? 爪に猛毒仕込んでいるみたいな野生にべったべた友好的にもてなされたいですか? ……俺には無理だったんだ。

 そんなわけで山から下りたわけだけど……お金や身分証がなかったとはいえ、ご老公に頼ったのは……早まったかもなぁああ……。どうせなら朱沢グループを頼ってみればよかった。

 さて、そんなわけでドッポ・オロチ氏や他の皆様も到着すると、ご老公が「先だって……」から始まる最大トーナメントの説明をしてくださった。

 その優勝者が刃牙ってことも、準優勝者の牛丼さん、もといジャックさんがここに居ないことも。ていうかこの時点でもう自由に動けるって、骨延長手術ってケッコー早めに終わってたんだね。

 ともあれ、戦闘方式が説明されるとそれぞれはそれぞれの視線に夢中になり、俺はといえば───客席側の柵の裏に隠しておいたブツを手に、柳龍光殿にソッと近寄ると、それに気づいた渋川センセにパチリとウィンクをして───

 

「柳殿」

「うん?」

「お湯───」

「なにオワァッッ!?

 

 中身入りのヤカンをパスした。ひょいと。

 もちろん既に渋川センセに自分が同じことをした後なので、彼は慌てるわけだけど。

 バシャバシャとこぼれる液体は、麦茶である。

 

「………」

「おぉっほっほっほっほ!! ちべたいちべたい♪」

 

 皆様がポカンとする中、渋川センセ、ゴキゲンである。

 

「………………なんの、真似かな?」

「いえいえ、開始しているのならどれだけ油断ならぬ意識で居るのかと、その確認ですよ。いけませんよ? 誰も彼もが相手に夢中で、こんな近くに来るまで気づきもしないなんて」

「……………」

「…………」

「…………ッチィ」

「………」

 

 四人が四人、全員が俺を見て表情を歪めた。

 ドイルさんに到っては、ウマくはない烈先生料理を前にした時みたいに“ッチィ”しちゃった。

 

「というわけで、油断してたらすぐ退場ですよ。ここにはそれらの頂点、チャンピオンが居るのですから」

「「「「───!」」」」

 

 言ってみると、全員の視線が一気に刃牙に向かう。

 俺はそれを好機と見てもう一度柵まで戻ってソレを取ると、

 

「柳殿」

「───フン、わかっている。もはや油断は───」

「お湯───」

「だからォワァッッチャアッ!?

 

 今度はお湯をパスした。

 目を閉じ、ヤレヤレ……って感じで振り向いた彼は、その胸にドヴァッシャアアとお湯入りヤカンを直撃することとなった。

 

「おぉっほっほっほっほ!! おぼぉっほほほほはははは!!」

 

 そして渋川老が爆笑である。

 

「~~~ッ……!! 貴様……!!」

「言ったばかりで油断とは……授業料とでも考え、どうかここを出てからも油断なさらぬよう」

「…………」

 

 そう言い放つと、なんかぷるぷるしながら帰って行った。

 今ここでって雰囲気じゃないもんなぁ……。

 というわけで、残っていた人もその場で解散。

 俺達はドームからのんびりと出ていくことになり───

 

「お湯───」

おあじゃああっ!?

 

 ───ドームを出た刹那にお湯をプレゼントした。もちろん柳さんのみに。

 

「仕合いたいというのなら仕掛ければいい……良い言葉ですな。お言葉に甘えさせていただきました」

「~~~~~ッ……!!」

「しかしもう陽も落ちた。学生は帰らなくては。では、また何処かで」

「なっ……お、おいこら……! 待───」

 

 言葉が耳に届く前に、全速力で走った。

 氣と呼吸からなる速度は途轍もなく、柳殿が止めようとした頃には既に豆粒程度の距離に。

 

「───な……んだ、あのバカげた速さは……! 我々は、いったいなにと戦っているのだ───」

「お湯───」

ォワァッヅアァアッ!?

 

 そして一周してきて後ろからお湯を投げた。

 バッシアアアアと弾け、バチャチャチャチャと音を立て湯気を上げるお湯の先に、鬼の形相で振り向く柳さん。

 その目が語っている。“ただではおかんッッ!!”と。───その時には、もう既に行動は完了(オワ)っていた。

 

「水の呼吸───伍ノ型。干天の慈雨」

 

 ───スフィンッ、と。なんの抵抗もなく、柳の手が地面に落ちた。

 ドチャッ、という聞き慣れない音に柳が反応し、地面を見つめた頃には、俺の拳が柳の顔面を捉え、顔面を軸に回転させる。

 その半回転。頭が足元へ来るのに合わせ、振るった足が顔面を捉え、柳は蹴られたサッカーボールのように飛び、地面に落ち、跳ね、転がり、倒れた。

 

「……これから殺すだろう数は、たぶんスペックに次いでアンタが一番多い。誰がどれだけ注意したところで、守る理由も頷く理由もないもんな」

「……、……~~ッ…………ゲハッ……! ……フ、フ……強いな、……北郷さん、だったかな……」

「敗北。認めるかい?」

「まさか……。何故、そのような……もったいのないことをしなければいけない…………。ようやく敵に会えたと、こんなにも喜んでいるのに……!」

「その敵が、あんたの望むような戦いをしてくれるなんて保証もないのに?」

「ハハ…………そう言いながら、すぐにトドメを刺さない甘っちょろさ……実に甘い、とろけてしまいそうなほどに…………。その油断が、甘さが、私を敗北から遠ざけると知りながらッッ!!」

「………」

「…………ォッ……、……え? 身体……起こして、暗器を………………ッ……」

「自由なんてとっくに斬ってあるよ。おたくはもう四肢を動かせない。負けていることにも気づかず、甘い甘いって言ってからようやく気付く」

「~~~~~~~ッ!?」

「認めなくていいよ。でも、とっくに敗北(マケ)てる」

「なっ……お、おいこら……何処にっ……!!」

「呼吸器官もいじくっておいたから、もう息で人の脳みそをどうこう、なんてことも出来ないよ。あんたはもう誰にも勝てない。そして、誰からも挑まれない」

「ふ、ふざけるなっ! こんなっ……戦いもせず、傷めつけもせずっ……! こんな敗北などっ……おいっ! 待てとっ…………オォオオオオオッ!!

 

 その悔しさこそが敗北ってもんだと思うんだが。

 涙を流して叫ぶ、一見斬られた手以外は満足に見える彼は、四肢を動かせない状態のままそこに放置された。

 

  あとになって聞くことになるけど、聞いた話じゃ通行人が救急車を呼んだらしいけど……運ばれた男性の髪は真っ白になっていたそうな。

 

 目は虚ろで、ぼーっとしていて。

 ……敗北、知れたんだろうか。

 知れてたらいいね。精神崩壊したフリで、近寄れば殺す、なんてことも出来ないから、じっくり知れたらいいね。

 

「っと、次は独歩さんか」

 

 手、斬られちゃうんだもんな、早く行かないと。

 




 干天の慈雨って、言っちゃなんだけど暗殺向きだと思うの。
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