凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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 個人的に気に入ってるオリジナル未完作。
 気が向いたらちくちく更新する……かも?


神は幻になった。そして御御御付が残った。

 世の中、仮想世界では難しい話は必要ないと思う。

 もちろん現実世界では必要で、それから離れるために簡単な世界へ埋没するのが俺達だと思うから。

 たとえば小説などを読んでいると、日常会話で高校生が小難しい話を並べ立てたりしているものだけど、“日常会話でそんな言葉実際に使わねぇよ。それただ筆者が難しい漢字使いたいか、語彙多いんですよアピールしてぇだけだろこの野郎”、とか思っちゃうわけでして。あーはいはい顕著顕著。リアル会話でなんて聞いたことねぇよそんなの。目立ってる~とか著しい~とかでいいじゃない。あと、普通に話してて『~だが』とか『~たが』とか使う奴見たことある? 俺はない。

 むしろラノベとかの清楚系キャラ視点とかが出る回とかがあると、清楚なのに“だが”とか言ってる……! とクスクス笑ってしまうタイプの俺でござんす。控え目に言って陰湿だなオイ。べつに俺が立派な頭持ってるわけでもないのにね、ああやだやだ、自分でもこういうところダメだなーって思ってるのに、なんか目に入ってしまう。

 でも清楚って設定されて、ちゃんと清楚な女の子なのに、脳内ではなんか雄々しく“だが”とか思ってるのを見ちゃうとさ……なんか余計に可愛く見えるんだよね! 個性だよもう個性! 無意識下のギャップって言うのかなぁ! たとえ作者のミスでそうなってるだけだ~なんて結果があったとしても、脳内ダガーリアンとか名付けてなんか愛でたくなるっていうか、そんなオメデタイ脳内してる俺も相当アホです本当にありがとうございました!

 

 ……というわけで、世の中は面倒だ。俺の脳内も大概面倒だが。あ、“だが”使っちゃった。まあいいやどうせ口に出してるわけでもないし。ともかく似通った言葉に、同じ文字で違う意味、同じ意味なのにわざわざ違う文字羅列。“ライト”ノベルなのにわざわざ難しい方を選んで並べられる文章文章文章。いやもううんざり!

 だから単純なのがよかった。ただそれだけ。

 話は変わるけど、知り合いに“面倒くさい”とか“かったるい”が口癖のヤツ居ると、うんざりしない? 俺はする。

 

「……ふぅっ」

 

 まあそうしていろいろ考えた俺だけど……現在、とあるゲームで畑を作っている。

 作るといってもゲームだ、クワを持って最初から耕したりするわけでもなければ、地道に肥料を撒いたり除草するわけでもない……けど、あまりにリアルすぎて、時々ゲームであることを忘れそうになる。土とかの感触も、肌を撫でる風も、鼻に届く大地の匂いも、その全てが仮想世界に作られたもの……なのに、まるで本物だ。VR、すげぇ。

 が、そんなリアルに近い世界でも、やっぱりゲームはゲームだ。農作っていったって、システムに補助された方法で手早く済ませられる。簡単ってのはいいことだ。

 実際俺は農業のことなんてからっきしだし、そもそもこのゲームにはただひたすらに平和な時間を求めてやってきただけなのだ。

 バトルジャンキーや物語の主人公のように、最前線で戦うつもりもなかったし、そこで出会った“おいおいこんな美女が都合よくVRゲームに積極的とかブッフォオ”なんてヒロインと恋に落ちるつもりもなかった。

 たださ、実際農業をやったことのない脳内の甘い野郎なんて、まず“農業やってほのぼの暮らしたい……!”とか思うもんだろ? 俺も例に漏れなかったよ。

 実際の農業なんて、言うほど平和じゃないし辛いしひどいし大変なのにね。

 自然の恵みを頂くのだから自然は仲間だとか思ってる? 冗談、天敵です。雨も風も日照りも嵐も友達なんかじゃないんだよ。マジに天敵だから。雨は降らなきゃ困るけど、豪雨は要らん。田圃(たんぼ)の水を撫でる風は欲しいけど、突風も嵐も要らんのよ。つまりそういうこと。自然は敵だ。

 まあそんなリアルの厳しさは横に置こう。なんなら捨てよう。

 ともかくだ。そんな田畑の事情なんざ知らん俺でも、ゲームの補助があれば畑は耕せるのだ。簡単単純ってスバラシイ。

 

「こっちにはもうちょい肥料を……こっちには水だな」

 

 もちろん全く細かくないかといったら、詳細設定タブを開けばそりゃあもうとんでもない極細設定を行なえるわけだけど、そういうのは相当にハマッた時でいい。

 ……そう思っていたのが一年前だったっけ。めっちゃハマってるけど単純設定のまま継続してます。難しいのとかどーでもいいし、平和が一番だ。

 今では私が田畑さん。土にあげるのはもちろんタハターズオリジナル。なぜなら? 彼もまた、特別な存在だからです。

 というのは真実だけどまあ冗談ってことで。え? うん、本名田畑耕助(たはたこうすけ)といいます。田畑を耕すのを助ける、と書きます。

 と、そんなことはさておいて、、いい加減この世界のことを語ろう。

 

  VRMMORPG神奏幻想紀(しんそうげんそうき)

 

 世に癒しの音を齎していた神が、音を失くした。

 その音を取り戻すための物語、だそうだ。

 もっといろいろ設定があった気がするが、癒しを求めた俺にとって、農業以外での戦いなんて正直どうでもいい。

 農業やってた筈なのにいつの間にか最強レベルの強さーだとか、最高レベルでしたー、とかもまあどうでもいいのだ。世の中には最強が多すぎる。どうするのそれ。日常生活万事無事に送れる? 耕そうとした田畑にクレーター作ったりしない? 最強ってそういうことよ? 調節出来てる?

 

 ともかく。俺は俺の手で最高の野菜と米などを作って、ただ平和に暮らしたい。

 それだけの農民……それでいい。

 取れるサブジョブ、サポートジョブだって農業の役に立つもの全てだし(なんとこのゲーム、サブ・サポジョブが……金で買える!)、なんならこのバトルばかりの世界において、農民なんて最初のジョブ、いっそ勇者になる前のただの村人な少年といっていいジョブを指すものだ。

 運営さんの話じゃ、このジョブのままのプレイヤーなんて俺だけだし、運営さんからも仕様変更で削除したいので、別のジョブにしていただけませんか? とか、このままでは仕様変更と同時にそのジョブで固定されてしまいますよ? とか言われている。

 土いじりしてるのもプレイヤーの中じゃ俺だけなんだって。すげぇ。

 もちろん戦うつもりなどなかったので、私は一向に構わんッッ!! とメールでお返事を送っておいた。サブ・サポートジョブは普通はそれなりのイベントをこなして手に入れる~とかだけど、言った通り金で買えるので買った。

 アップデート後、農民なのが正式に俺だけとなり、サブ・サポジョブ購入画面から農業系が無くなり、他のジョブはプレイヤーメイクの時点で決められる仕様となったのだけれども、まあそんなものは過去のことだ。

 神も音も知ったことじゃない。俺は平和に生きたいだけなんだ。

 

「ていうか……農民から音の勇者が発見されるーとか、どういう設定なんだろな」

 

 音の祭壇ってのに行って、そこでどういうバトルジョブを選ぶかを設定する。本当なら。

 しかしそのチュートリアルを無視することは出来て、祭壇に向かわず村に戻ると、実は農民のままのプレイが可能なのだ。

 もちろんその場合はまともなバトルスキルなんて貰えないので、そこは“あそび”好きの製作スタッフでもいたのだろう。

 村に戻った俺を待っていたのは、ステキな農民ライフ。

 よくスローライフ~なんてタイトルのラノベ等があるけど、ちっともスローじゃないことに首を傾げる俺です。

 だってスピーディーな生産ばっかで、よく見なくてもファストライフまっしぐらじゃないですか。

 なので俺はスローライフなどとは言いません。スローもファストもどうでもいい、ただ普通に農民ライフ……いや、平和な生活を送れればそれでいいのだ。

 素早い生産もしましょう。のんびりな生産もしましょう。

 それはつまり自分の平和のための作業であり、自己満足でしかない。

 

  ───でもさぁ、“それがどうした”って言葉しか出ないよね? それを求めたからこそのゲームだもの。

 

 自己満足最強。最初からスロ~ライフ~なんて言葉を掲げるから首を傾げられる。農民生活、って書いておきゃいいのに。……とか思ってる主人公に限って、なんか攻め入れられたりして強制的に戦うハメになるんよな。あれひでぇよほんと。

 だから俺も言っておこう。攻め入りなんてことがあれば抗うことはする。でも戦闘力のない農民になにが出来るのか。や、まあ面倒になったら辞めればいいだけなんだけどね、ゲームだし。愛着はそりゃああるけどさ、嫌な思いまでしてやるゲームに意味なんてねーでしょ。

 そう……俺は、穏やかなる農民生活、癒しや趣味の時間で幸福に私腹を満たす行動を……それをしたいから、これをやっているのだ。それを阻害されることを我慢する時間に意味なんてないでしょ。プレイするかどうかは自分で決められるし、ギルドに入っているわけでも即席チーム組んでるわけでも相棒が居るわけでもない。

 

「よしっ、玄米完成、と。あとは……ハトムギゲンマイツキミソウ~♪」

 

 採取した玄米を、既に用意してあった材料とともに“調合”をする。

 すると飲み物系アイテム“壮健美茶”が完成する。

 効力は……一時的に健康になれるらしい。

 一定時間バッドステータス無効だって! すげぇ! お茶すげぇ!

 

「~♪」

 

 世の中、楽な方がいい。

 やろうと思えば細かく出来ることでも、のめりこむ前ならば簡単に、知識をつけてからなら細かくチャレンジ。それでいいだろう。

 知識もない内から細かく農作業をしろ、なんて言われたってやる気なんて起きない。面倒以前の問題だ。

 範囲を指定して土を掘り、大まかな量の肥料を撒いて、土によく混ぜて、慣らしたら種を撒いて……と、この土に対してこの肥料は○○~とかそこまでのこだわりは必要ない。

 だって俺農作業なんてやったことなかったし、それほどまでのものなんてゲームに求めてなかったもの。

 単純かつ楽しめるからいいってのと、現実のように楽しめるからいいってのとに分かれる意見も、正直どうだっていい。

 ええやん、自分の知識でも楽しめるあたりで楽しんどけば。じつはこれをすると最強へのフラグが……とかどうでもいいのだ。

 

  そんなわけで、俺は農民を愛した。

 

 たった一人で耕し、たった一人で管理し、たった一人で豊作に恵まれ、その糧が勇者たちに能力向上を齎した。

 もはや生産出来るのが俺しか居ない“ライス系食材”は大変貴重で、ただひたすらに農業を続ける俺は、様々な人から農村NPCとして受け入れられている。

 そりゃね、喋りもしないしモンスターとも戦わない、ほっときゃ一日中を土と水をいじってるヤツを、誰がプレイヤーだと思うというのか。

 農民システムという“あそび”を用意した製作スタッフから、こんなに田畑を愛してくれてありがとうと、NPC誤認シールっていうエフェクト装備をもらったのも手伝って、プレイヤーからもNPCとしてしか映っていない。

 コミュニケーションツールで出てくるパネルも、プレイヤーに合わせた時のものではなく、NPC用のパネルが出る仕様になっている。

 

  なので、話しかけても用意された言葉を返すだけ。

 

 ちなみにこれがいじれるのが、結構楽しかったりする。

 人の近くで農業を馬鹿にしたヤツがコミュニケーションパネル……ようするに会話を引き出すアクションをすれば、“その汚い口を閉じてください!”とか“あなたに売る商品などありません。帰ってください”と返したりだとか、いろいろできた。

 なお、他のヤツが来ても機嫌が悪くなったという設定で一日中無視してた。

 

  そんな俺の容姿でござーますが───

 

 綺麗な長い金髪に眩い白銀色の装飾ドレス、背から生えるは綺麗な八翼、頭の上にはなんかカッコよくも美しくも見える、天使の円環。ただの輪っかじゃなくて、ところどころトゲみたいに飛び出てるタイプのアレなカタチの輪っか。

 ランダム容姿決定で呆れる程の低確率で獲得出来るとされる、唯一無二の天使アバターだったりした。

 しかも明らかに女性。俺男なのに。初期設定でもちゃんと男を選んだのに。

 あ、そこんところは農業大好き運営が教えてくれた。

 なんでも名前までランダムにしてとことんゲームに任せると、男でもこのアバターを取れるらしい。

 ネカマ、ネナベ防止機能があるんだよ、このゲーム。

 なのでなにより最初に機械自体の初期設定で性別をスキャンする。

 つまりは男として生まれたからには、このゲームでは性別を偽れない。

 だってのに俺はこんな、金髪でちょっと目はキリッとしてるけど綺麗な顔立ちの、おっぱい大きいおなごアバターで頑張っておるわけで。

 いや、おっぱい大きいのはいいと思うよ? むしろ俺の好みドストライクな容姿です。言ってしまうなら、自分の頭の中の理想を覗かれたような気分で、最初は悶絶したもんだ。

 しかし少しすれば課金してガチャ回したりアバター装飾装備を買ったりだとか、アバターをついつい着飾っちゃったわけで。

 

  眩い白銀のドレスを身に付け、この娘にはこんな装飾が似合うと直感を得た俺が選んだものを盛り込み。

  あとで知ったんだけどもこの“キャラアバター”……運営の男女があーでもないこーでもないと協力して作ったものらしく、ヘタに凝ったプレイヤーのアバターよりも凄まじい出来で。

  つーか運営が「いいやそのアバターにはこれが似合う!」とか言って自ら金出してアバターガチャ回してプレゼントしてきたりだとか(マジで似合ってた)。

  とにかく日に日に豪華に、綺麗に、時に凛々しく、優雅に、力強く変わっていく農民天使に、プレイヤー達は殺到した。

  ちなみに運営のお気に入りNPCとして羞恥もとい周知されているらしく、新しいアバターガチャ装備を見たいならアトリシアを見に行け、というのがプレイヤーへの理解になってるっぽい。

  まあ、おどろおどろしいアバターはつけない方向、というのも羞恥されているらしいが。あ、周知ね、周知。

 

 いやね、マジでね、綺麗で可愛いのよ。

 開発スタッフから『俺が当てる筈だったのに……!!』と、呪いのメールが何通かは違う名前で届くくらいに。

 ヘタすると気合入れて作ったであろうラスボスより精巧。

 運営である男女の、性別からくる方向性を一身に受け止めたこのアバターは、実は初期ステからしてちとチート。

 引き当てたならば確実に勇者とか英雄になるであろう、と……確率めっちゃ下げてランダムのみで出現するように作り、誰も引き当てなかったら運営の中の人がGMテストプレイヤーとして受け取るはずだったんだとか。

 なのに英雄でも勇者でもGMでもなく農民です。本当にありがとうございました。そして初期ステがどれだけ高かろうが俺は戦う気はないので持ち腐れである。お疲れさまでした。

 

「ふう」

 

 汗を拭い、ひと息。

 拭った汗が装備に弾かれて勝手に地面に落ちると、それがスキル“熾天使の雫”となって大地の栄養となる。

 アホみたいだけどほんとの話。最初は偶然だったんだけどね、これだけで大地の栄養バランスが整えられるんだよ。

 楽なのはいいことだ。最初は戸惑ったけど、別に問題はない。

 

「んー……」

 

 何気なくステータスをオープンする。

 もちろん、周囲にPCであることがバレないよう、プライバシーモードでの展開。

 すると、まーた運営によって要らんスキルが付け加えられたようで、時間経過とともに経験値が手に入る、ってものと、ライス製品を使用したPCが獲得した経験値を半分獲得出来る、なんてバフがついていた。

 言った通り俺はべつに俺TUEEEEとかには興味がない。これっぽっちも。楽して最強でした系とか、お前死ぬ気で頑張って努力して強くなってる奴ナメとんのかって思う。転生して特典もらって魔王倒す系のアレとかも、高校生とかおっさん攫ってる暇あったら、魔王の脅威をよっぽど知ってる現地人にスキル渡して戦わせろって、神だの女神だのを無能呼ばわりしたいほどに興味がない。

 だっておかしいじゃん? 世界だの国だのを魔王から守るために頑張って強くなった兵だの戦士だのを完全無視で、ゲーム感覚でぽんぽん飛ばされる平和なアタマした人に特典渡して魔王を倒せって。国を守ってくれって。手違いで人を殺す神を“神だ”って受け入れられる転生者もそもそもスゲーけどさ。

 ともかく興味も無いし要らんのだ。

 必要なら戦うだろうけど、そもそもそんな強さも要らんかった。

 俺がこの世界に求めているのは癒しと農業だ。

 なのに運営は、どうあっても運営の愛の結晶たるこのアバターを最強にしたいらしい。

 まあ、わかる。

 ほらあれだろ? 俺はこのキャラが好きなのに、どうあっても最強キャラは決まってる。だから出来る限り、そう、まさに限界まで強くしたい、という心。

 普通だったらある程度強ければそれで満足できたのかもしれない。

 けど、ほら。この娘、っつーか俺、限定要素がいくつかあるのよ。

 限定要素ってほら、人間にとってそそるというか……ねぇ?

 唯一運営が全員で意見を出し合って作ったアバターに、唯一職の農民、唯一NPCと間違われているPCであり、唯一GMとも普通にやりとりをしているキャラ。

 細かいところを挙げていけばキリがないが、つまり特別なのだ、この娘は。

 

《アトリシアさん》

《? あ、ユージさんですか?》

 

 なのでこのように、GMコールが向こうから勝手に飛んでくることも結構ある。最初の頃は“ヒィ運営!? 俺なにか禁止行為したっけ!?”とか怯えたもんだ。

 だから言わせてほしい。あの……GMコールの使い方、おかしくね? これ普通のメッセ機能でいいよね? そりゃこれ、完全プライベートメッセージで、他の運営にも見られない仕様、らしいけど。

 

《はい。ちょっと“歯車の天使翼”っていうアバターを当てたので、つけてもらっていいですか?》

《はい!? またですか!? てか今回のガチャの目玉商品じゃないですか!》

《3万飛びました! 運営クソですね!》

《おぃいいいいい!? 激しくブーメラァアアン!!》

 

 それでもこの娘、“アトリシア・ティリィ・トリエル・オーミオットゥッケーィ”に着せたかったらしい。……すげぇ名前だ。ランダム決定したの俺だから文句ないし仕方ないけど。こんなんだから熾天使オミソシエルとか呼ばれてるんだよ……。……ああ、うん。今の若者って御御御付って知ってる? おみおつけ、ね? 味噌汁のことをそう呼ぶのよ。“おみ”は味噌のことで、“おつけ”は膳ものでご飯等と一緒に出てくる汁もののこと。豚汁でも一応味噌は入ってるから御御御付になると思う。

 ……ほら、名前、オーミオットゥッケーィでしょ? おみおつけって聞いて取れるのよ。で、天使だからオミソシエル。ちなみに“エル”は神のことで、神の使いをしている天使に、なんたらエルってつけられるらしい。じゃあ俺お味噌の神の使いかよ。

 

(……はぁ)

 

 溜め息ひとつ、受け取った歯車の天使翼をアクセサリ欄に…………つけないとだめかなぁ。既にある八翼にさらに翼を足すとか……いや、いろいろ世話になってるからつけるけどさ。俺も見たいし。

 なので受け取ったそれをつけてみれば、広がる八翼の間を縫うように、背から伸びる金色の機械の装飾から、まるで夜明け前の深い青色のようなグラデーションがかかった翼が六つ伸び、その羽から綺麗な白い炎が勢いよく噴き出す。バーナーとかターボライターのような勢いで、その噴射される光がまるで翼のようで───

 

《かわいいいいいいっ!! ぎゃああああお美しいぃいいいっ!!》

《あの……これどんなぶっ壊れ性能で───》

《おっと。なにせ今回の目玉商品ですから、アバター装備……つまり普段なら飾りものの装備のくせに、なんとステータスが上昇するんです!》

《あんたら俺に何をさせたいんだぁあああああっ!!》

《戦ってみてほしいんですよ! なんでよりにもよって農民なんですか! 俺達の夢の結晶が農民って! しかもNPCに間違われるほど農村暮らしが充実してるって! ……あ、今の通行人スクショ撮ってった。ウフフそうだろうそうだろう、俺達の浪漫の結晶、アトリは可愛いだろう! フハハ見ろぉ! 日々もっと美しく変わっていくアトリを見ろぉ! そしてその美しさをうらやむがいいぃいっ! ちくしょう羨ましいぃいいいっ!! 俺がもらう筈だったのにぃいいっ!!》

《………》

 

 運営って、もっと丁寧で立派な人だってイメージを勝手に持ってた。

 でもさ、そうだよな、だって人間だもの。ゲームとか漫画とかアニメとか絵とか、好きなものがあるからそれやってんだもんな、そりゃいろいろあるよ。

 しかし残念だったな運営。この田畑溢るる農村型聖地、ルララルーラルはモンスターなぞ入ってこれぬ! そう設定したのはうぬらであり、猪さえもが侵入不可能よ!

 何故って、唯一のライス生産NPCを守ろうってんで、様々なプレイヤーが対モンスター用罠とかを設置しまくったからだ。

 あの……それ有料設置アイテムでしたよね? ライスのためにそこまでしますか? や、俺だってご飯食べられなくなるとか聞いたら発狂しそうだけど。

 

  ……そんなわけで。

 

 今日も今日とて、『ストーリーに出てくる世界で最も美しいという設定の天使族の長よりよっぽど美しくね……?』 とか言われているアトリシアさんは、農業に勤しむのです。

 最近では細かな田畑の設定にも手を出し始めたので、ライスの美味しさにも磨きがかかっております。

 そして名前に負けんようにと幾度も試行錯誤して完成させた、【お味噌汁:製作者アトリシア】の味といったらもう! いやね! これがね! マッジでご飯に合うのよッッッ!! 美味いンだコレがッッッ!!

 正直この味噌汁があれば、ご飯何杯でもいけるってくらい美味い。

 なので今は漬物を極めんとしている。

 そんなわけで、今日も今日とて戦いもせず争いもせず競いもせず、ひたすらに田畑を育み食物を作り、ゲームの中で最高の味を求めているアトリシアさんなのでした。

 

 

───……。

 

……。

 

 ……そして12年が経った。

 様々なVRMMOが出る中、神幻はこれ一本で幾度も無料大型タイトルアップデートをし、人を呼び話題を呼び、新たなる刺激さえ呼びこんだ。

 そのどれもが熾天使オミソシエルに繋がるストーリー展開になるってんだから何考えてんだ運営、なんて思ったもんだけど、運営全員(たぶん)に『それだけ魂込めて作ったキャラなんですよ!!』とお言葉を頂戴したので、返す言葉もなかった。むしろ反論してたら面倒なことにしかならない予感しかしなかった。

 ともあれ。アトリとなったあの日から12年。様々な田舎料理を極め、現実じゃあまず味わえない至高にして究極の味、なんていう謳い文句で人を呼び話題を呼び、それだけでも相当に貢献したといえる。だってグルメ雑誌に載るくらいなんだもの。知らん内に美食家が新規アカウント作成してまで食べに来てたらしくて、『大金はたいてゲーム機一式を揃えてでも食べる価値あり!!』なんて紹介されてからは、神幻のアトリシアの田舎料理は現実をも超える! なんて言われるようになって、いつしか外国人ユーザーなんかも混ざるようになった。【I Love INAKA!!】とかそういう感じのメールが運営に届きまくってたらしい。やめれ。転送すんな。

 

  そんな風に賑わっていた神幻だけど、ついに終わりを迎えることになってしまった。

 

 人気の低迷? 会社の倒産? いえいえまさかまさか。むしろまだまだユーザー増えてましたよ。他のゲームに移る人がどれだけ居ようと、あの味は神幻じゃなきゃ……! って人は居たし、なにより普通に面白かったんだ、ゲーム自体が。運営がほんとユーザーのために全力で、ってゲームだったしね、『ユーザーの不満とかを実際にアップデートで更新したらこうなるよ!』イベントはすっげぇ面白かった。

 ユーザーアンケートを取って、イベントとしてアップデートの後の世界を展開。そのイベントを開始しなければ普通通りの神幻が楽しめるって空間を作って、それがもうかなり人気だった。で、楽しむ方ではベテランのユーザーのみんなは、自分が思い描いた『こうすれば面白くなる!』の先を体験してみて、『あ、これつまんねーわ』と妙に納得しながらも、その提案イベントに人気投票形式で票を入れ笑い合い、運営とユーザーが二人三脚で盛り上げていった。ほんと、いい関係が築けてたと思うんだ。

 

 でもね、ユーザーの一人のとあるニートさんが、とうとう生きていくだけの生活力も尽きたっぽく、「僕はアトリと死ぬんだー!」って会社で爆破テロしやがりまして。

 会社は崩壊。

 どうやって爆破したのかも、そんな金あるなら生活費に回せだのいろいろ思うところはあったんだけど、とにかく……神幻の大元のデータが吹き飛んでしまったのだ。

 当然、アトリのデータも……とはならなかった。何故なら神幻は、ユーザーのPC等にキャラデータが残るタイプのゲームだったからだ。

 なんならオフラインでも、場所を選ぶもののゲームは出来た。が、大元が吹き飛んだからには広大なるオンラインデータが無いと来る。

 全てを繋げるためのゴッツイ器材も全部吹き飛んだからには、もはやオンラインは叶わなかった。そして、オフラインにはアトリが居ない。当然だ、俺が常時繋げてたから居たわけだし。

 

 というのも神幻の会社から『アトリごとうちで働きませんか?』とお願いされ、それを受け取った形で俺は会社で働いていたのだ。やることは変わらず、アトリの操作だったわけだけど。だからリモートで十分だったし、自宅でのんびり出来る仕事だったのに。

 ともあれ会社はぶっ壊れた。金はあっても、再構築までどれほどの時間がかかることやら。そして、再構築出来たとして、どれほどのユーザーがまた遊んでくれるのか。

 そう考えてしまえば、もう一度……なんて考えられるわけもない。

 そうして神幻は皆さまの中に…………って感じで、静かに幕を下ろしたのだった。

 しばらくはネットでアトリ欠乏症候群、なんて云われる病気が流行ったものの、それもしばらく経てば話題にも上がらなくなった。

 俺は再び適当な会社に再就職ってカタチになり───家に帰ればアトリをいじくり、狭いオフライン世界での畑仕事に精を出した。

 もう他人に振る舞うこともない狭い世界で、ただただ自分のために作物と料理を作り、味わった。

 

「……うん、今日も美味しいや」

 

 もはや二度と戻ることのない広い世界を想いながら、今日ものんびりとした時間を過ごした。

 ……まあ、俺やアトリにとってみれば、この田畑が溢るる最初の村から見えるものが世界の全てだったと言っても過言じゃないけどね。何度目かのアップデートの際の“攫われたアトリシア”で無理矢理移動させられたあの頃や、大型バトルイベントでVSアトリシアが決定された時以外じゃ特に。神々に洗脳されたアトリシア、の時は本当に大変だった。田畑の世話も出来ないし、戦わなきゃいけないしで、あの時ばっかりは運営にドーナッテンノコノヤローって文句を飛ばしたわい。……まあ? 結局? バトルセンスに関しては『必死に洗脳に抵抗している所為で動きがぎこちない』っていうケッナーゲ&パワフォウな裏設定が開示されて、ユーザーの皆様からのアトリへの友好度が爆上がりしたわけですが。悪かったな、戦闘センスなくて。俺ゃ癒しを求めて神幻やってんだよ、いーじゃないのそれで。

 でもさ、普通ランダムで選ばれた名前をサブタイトルにつける? そりゃあアトリはアトリだから、それ以外の名前つけられても困るんだけどさ。

 

「…………」

 

 ちらりと、物置……通称“宝物殿”を見る。この村自体は俺のPCにワールドが存在していて、オンラインで来る人々が散々来た証があの物置にごっちゃりある。

 まあその、いわゆる美味しいご飯と目の保養の対価として、不必要になった武具やアイテムを置いていく人が結構居たのだ。俺にプレゼントってかたちになってるから、他者がそれを持っていくなんてことは出来なかったため、ある意味超上級者向けのアイテム倉庫モドキになってたってのもある。

 でも冒険はもういいやって人が武具を手放す時にも使われたため、最レアの星10装備とか普通に入ってたりする。……え? そいつは冒険をやめてどうするのかって? 癒されるためだけに行動するんだよ。なにも戦うことだけが楽しみじゃないからね、この世界。

 ただライスとか味噌はこの最初の村でしか作れないから、それを味わいに来て温泉に浸かって~なんて人も結構、いや大分居た。だって金使ってツアー組まんでも、ゲームにダイブしてここに来ればゲーム通貨で温泉と食事があるんだもの、そりゃ来るでしょ。

 現実世界で質素な食生活してても、ここに来れば究極で至高な料理に温泉に浸かってゆったりたっぷりの~んびり。最高じゃないですか。そんな日々がメンテ日以外はほぼ毎日続いてたのに。

 

「…………静かになったもんだ」

 

 あれだけ騒がしかった人だらけの光景も、今じゃ村人が居るだけ。

 発展する気もない、現状維持をシステムに約束させられた人々が居るだけ。

 そんな光景に、こういう静けさを望んでいた筈なのに、ちょっぴりだけ寂しさを覚えてしまったことに、溜め息を吐いた。

 明日は早出……ってわけでもないけど、仕事はあるからそろそろ落ちるか。てかこのままこの世界で寝て起きるのもいいかも。アラームセットして……よし、もう誰かがやってくることもないんだし、のんびり寝ようか。

 ……おやすみ、アトリ。

 

 

 

 

 

 

-_-/???

 

 …………キキ、ジー……ガガゴッ……

 

  ディギー……ガガガガ……

 

 ◆名前:アトリシア・ティリィ・トリエル・オーミオットゥッケーィ

 二つ名:熾天使オミソシエル/農耕天使アトリさん/味噌汁さん/御御御付(おみおつけ)様/サウザンドアバター/運営のお気に入り/運営に一番振り回された天使/天使長より知られてる天使/宝物殿の長/どのプレイヤーよりレアアイテムを持つ者/運営の犠牲者

 

 職業 :農民/熾天使

 

 ◆装備/アバター

 頭:破邪の宝冠/至高なる天使の円輪

 首:破魔の宝球/歯車の機械翼Ⅳ

 体:破聖の宝衣/八翼のエネルギーウィング

 腕:破精の宝輪/裂天のブレードウィング

 腰:破理の宝布/聖天のウィングスカート

 脚:破戒の宝靴/サークルオブライフ

 

 ◆武器/アバター

 右手:草刈り鎌(植物に特攻)/軍手(農作業効率上昇修正)

 左手:なし/軍手(農作業効率上昇修正)

 手首:蟲除けリング(虫系モンスター弱体化)、リングシールド(腕を構えると半透明の盾が出る)

 

 ◆アイテムストレージ:50000/50000(課金増大済&アイテム使用済)

 

 ◆宝物殿-モノオキ-(収納無限の供物殿)

 

 ▼武具/イベント時に神々に洗脳された際に扱った武具等

 熾氣神之剣(シキガミノツルギ)裂卦盧焦雲(サケノコグモ)』:長剣

 祀導祭剣(シドウサイケン)骸写我滅(ムクシャガホロ)』:両手剣

 魔導封抗杖(マドウホウコウジョウ)蠢刃射眩(ウゴバシャグラ)』:魔法杖

 

 ▼武具/コラボイベント時に装備していたオモシロ武具

 振流威(ふるい)の剛槍『業豪訃屠死(ゴーゴーフトシ)』:槍/孤独でグルメコラボ

 メリケンサック:拳/ときめけプレミアムコラボ(棍棒、特攻服、メリケンサック)

 剛拳『フルボコルボバルボ』:拳/マイルドアームズ2ndイグニシオコラボ

 震棘総壊(しんきょくそうかい)暴琉火煮禍(ボルカニカ)』:ハンマー/漂白葬界ゾンヴィパウダーコラボ

 夫婦剣『覇除貴(ハジキ)連貫姫(ツラヌキ)』:双剣/双子の極道コラボ

 

 ◆総アイテム

 マザーポケット(所持、物置の武具・アイテム全てを取り出せる)

 

 ◆スキル

 ノゥミングウィーラー(農民の意志に目覚めた証。農耕スキルの限界突破)

 ムラビティアソウル(村人としての矜持。地道だろうと1から10を育む根性を得る)

 金色の歯車翼(全歯車翼を収集した証。羽械神の加護を得る)

 神聖(かむじり)の破壊光(ホーリーレイ。羽械神スキル。物理防御無視の光線)

 悪邪(あかしま)の破壊光(イービルレイ。羽械神スキル。魔法防御無視の光線)

 羽械(はかい)の崩光(羽械神スキル。広げ切った機械翼からバカデカい光線を放つ)

 連なる円環(“ギャア天使殿”コラボ装備。天使の輪装備を重ねることが出来る)

 熾天使の剛重輪(重ねすぎ円環案件。“優美なる運営の天使様”イベントスキル)

 ほらほら食べんね?(田舎農民スキル。己が作った食事をとったプレイヤーが得た経験値を得る)

 機神黒掌(“見知らぬ装備品(ゼノ・ギア)”コラボスキル。羽械翼や剛重輪からなる様々なスキルを強制最大解放ののち、両掌に纏わせて攻撃。殴りまくったあとに踵落とし? しませんよそんなこと)

 etc.......

 

 ───ジジッ……ディギー……

 

 

───……。

 

 

……。

 

 

-_-/…………

 

 自分の世界が楽しいってもんに溢れてた頃がいきなり終わって、どんだけ経ったかね。

 今日も今日とて灰色の人生を足で踏み締めて、もそりと起きては仕事をする。

 机に置きっぱのスマホの画面をトトンッと突けばホーム画面が映し出され、今日の注目ニュースだのを見せてくれる。

 興味のあるものを最初に設定したもんだから、画面にはダンジョン配信、なんてものの文字列が現れるけど……はぁ、と溜め息がこぼれた。

 

「VRが現実になったら~なんて思ってたけど、実際になってみりゃあ地獄だよな」

 

 ゲームじゃ死んでも死なない。当たり前だ。

 でも、現実にダンジョンが現れてからというもの、死者は間違い無く増えた。

 最初は俺らVRゲーム勢も、現実でゲームみたいなことが、なんて喜び勇んで駆け出したもんだ。結果はひでぇもんだった。最初は怪我人が出た程度で死者こそ出なかったけど、その怪我だって歩くことすら困難になるレベルのものから、立つことも出来なくなる、なんてものばかりだった。

 現実はゲームじゃない。駆け出した、少年の心を持っていた俺達は、そんな理由で冷めきった大人になっていった。

 

「あぁ……神幻、やりてぇなぁ……。またアトリちゃんの味噌汁が飲みてぇ……」

 

 食の楽しみが人生を彩っているだとか、食事することが生き甲斐だとか、まだまだガキだった頃の俺には想像も出来なかった。また美味いもん探せばいーじゃん、なんて軽く思ってた。でも……

 

「どんだけ探しても、どんだけ作ってみても……あんなに幸せになれる食いモンなんて、出会えた試しがねぇ……」

 

 あんな事件が起こらなければ、きっとまだ飲めていたであろう至高にして究極の田舎料理たち。責めたくてももう責める相手は死んでいて、どれだけでも待つからというユーザーの声は運営には届かず、結局時間の流れに埋もれていった。

 神幻のデータを未練たらしく残している俺も俺だけど、当時のユーザーは事故で失わない限り、絶対に残していると確信できる。当時、それほど神幻は世界に浸透していた。

 懐古がだせぇと言うなら言え、俺達にとっちゃ、あの時代は間違い無く幸せで溢れた日々だった。

 

「………」

 

 会社に行く準備を、死んだ目をしながら続ける。

 全てが終わって家を出る玄関前。壁につけられた大きな鏡に映った自分が……情けない顔で俺を見つめていた。

 

「すっげぇ顔……」

 

 ───最後に笑ったの……いつだったっけな……。

 

……。

 

 左手小指の無い生活が始まって、もう何年になるだろう。

 ダンジョンに走って、魔物の怖さを小指を代償に知って、今じゃ魔物ってものに怯え、VRの中での魔物にもトラウマを引き出され、ゲームもろくに出来なくなった。

 恋愛ゲームをやってみたって心は満たされない。

 格闘ゲームをやってみて、飛び散る血に体が跳ねた時、これも長くは続けられないな、なんて分かってしまった。

 気づけばただ生きるために生きる、つまらねぇ大人の出来上がり。

 ゲーム仲間も気づけばゲームから退いて、今日もどこぞで紙っぺらをいじくりながらお客相手にへらへらしてる。

 

「ン───」

 

 休憩中、ビルの窓際から下を覗けば、コスプレにしちゃあ精工すぎるブツを着込んで歩く数人の男女。ダンジョン冒険者だろう。傍にはドローン型のカメラも浮いている。

 

「………」

 

 俺達が怪我をして得た情報を基に、世界は少しずつダンジョンについてを調べた。

 ダンジョン登場とともに人々にはレベルやステイト、なんてものが用意され、ゲーム好きの馬鹿どもは喜び燥いだもんだ。結果は大半が俺達のように怪我をして終わり。

 慎重派のやつらがより多くの情報を持ち帰り、そうして少しずつ世界は適応した。

 今じゃダンジョン攻略をwetubeで配信、収入を得る輩で世界はいっぱいだ。

 まあ、そんなもんがある所為で、より目立つために、なんて無茶をして死ぬ奴らが増えたんだけどさ。ほんと、馬鹿だよな───ンッ?

 

「んお……テツか。あー……ぁああ……」

 

 メッセージアプリENILで届いた友人のそれは、また空間の歪みが発生した、ということ。その歪みが観測された場所には、高い確率でダンジョンが出現する。

 ダンジョンが発生する場所は地上の何処かで、かなりランダム性が高い。条件なんざ知らないけれど、自分の土地にダンジョンが出来た奴は喜ぶか絶望するかだ。

 喜ぶ奴はそこを名所に出来ると言うようなやつや、ダンジョンを利用する際に金を取ろうとする奴。

 絶望するやつは……お察しだ。自分の土地でさ? 知らんやつがなんか入ってきて、そんで勝手に怪我したり死んだりして、嬉しい? 俺は無理だ。

 つまりはそんなところだ。

 

「んで……? ひずみ、って、どこに……っと。……お? …………エ?」

 

 俺が送ろうとする直前、再びメッセ。

 で、内容は───

 

「元・殊戸瀬カンパニーゲーム開発部跡地、現・殊戸瀬カンパニーダンジョン攻略ギルド……ってここじゃねぇかぁああああっ!!」

 

 言って、見上げた途端、なんか天井がグニィ、と歪んだ気がした。

 アッ……これやばいやつや……!! なんて思った次の瞬間、社内放送で『次元湾曲警報』が発令された。

 

「総員退避ィイイッ!!」

「おわぁあああああっ!!」

 

 同じく休憩してた課長が言った途端、全員が駆け出した。

 

「っ……待っ───」

 

 俺も慌てて後を追う……ことをしたかったのに、この足は思うように動いてくれない。

 左手の小指は無い。足は、部分的に食いちぎられて以降、走ることは出来なくなった。

 そんな俺に出来ることは、ダンジョンに挑む若い衆に魔物の怖さを教えることだった。でも今の若い奴らは魔物なんて余裕なんだ。俺達とはもう“時代”が違う。

 冒険者になろうとする者の多くは初心者研修を経て、レベルアップをしてから挑む。最初からダンジョンに入るなんて無茶をしなくても、強い状態で挑めるんだ。

 俺だって、そんなことが出来ていたなら最初からそうしていた。あんなザコに足を食い千切られるとか、なんて陰口を叩かれることもなかったさ。

 ほら、今だって俺のことを下に見てる後輩が、走れない俺を鼻で笑って行きやがった。

 

「………」

 

 惨めだよなぁ……なんでこんなにつまらなくなっちまったんだよ、世界……。

 俺はたださ、“楽しい”を“楽しい”って言って、ちゃんと笑って居たかっただけなのに。

 

「…………なぁ、アトリぃ……。俺も……ここで死んで、いいかなぁ……」

 

 爆破テロで、神幻は、アトリは死んだ。

 同時に、俺の楽しいも、味覚も、あの時に死んだんだと思う。

 ただ生きるために生きる人生を振り返ってみても、未来に抱ける希望なんざない。

 だったら今さ……ここでこうして、ダンジョンに潰されて終わる人生があっても……いいんじゃないか……?

 これ以上この世界に絶望しないまま、まだ楽しいを思い出せる俺のままで。

 

「あぁ……でも……」

 

 天井が歪んでいく。

 一部どころじゃない、天井全体……いや、ビルのここから上の全てがってレベルで。

 こんなところでダンジョンが発生したら、間違い無くこのビルは潰れる。周囲だってただじゃ済まない。でも……でも。それで、いいのかもしれない。

 でも……あぁ、でも、やっぱり……

 

「アトリの味噌汁が、また飲みたい───」

 

 まだ覚えている味がある。

 飲んだ途端に幸せになって、一緒に食べるご飯がたまらなく美味しくて。

 そこでは国境なんて関係なく、いろんな国のユーザーが笑顔で食を囲んでいた。

 あの頃に戻りたい……こんな、互いの足を引っ張り合って地獄に突き落とそうとするような、配信地獄の世界じゃなくて……もっと笑い合えた、あの頃に……

 ……目を閉じ、涙した。

 なんでこんな世界になっちまったんだって、悲しみは尽きない。

 それでも俺を苦しまずに潰してくれるであろうダンジョンの出現を、せめて今は祝福しよう。そうして手を、腕を広げてみれば、不思議と心が軽くなった。

 

  ───ああ、やっと……

 

 知らず、笑顔になっていた。

 俺はこんなにもこの世界が嫌いだったんだなって、そう思ったら余計に笑えた。

 そうして目を閉じていた俺が、なにやら左手に丸いもの、右手に細長いなにかの感触を感じた瞬間───

 

「へっ!?」

 

 …………目を開けた先の景色が、完全に変わっていた。

 

「え……え? えっ!? こっ、ここっ……ここはっ……ここっ……えっ……!?」

 

 懐かしい場所に居た。忘れもしない、アトリが居た“最初の村ルラルラールル”だ。

 そして……俺の手にはお椀に入ったあつあつの味噌汁と、木を削って出来た箸が。目の前には首を傾げている……アトリが。

 

「っ……ぅ、あっ……」

 

 分からない。どうして? 戸惑いばかりが走るのに、何故か俺は泣いていた。

 もしかしたら俺はもう死んでいて、ここは俺が望んだ死後の世界なのかもしれない。

 あの世界に未練なんてない。でも、出来ることなら神幻をしたかった。狭い世界のオフラインじゃない、オンラインの、いろんなやつと繋がっていられたあの世界を、生きていたかった。

 だから食べた。箸で具を摘まみ、口に運んで咀嚼して、汁を啜って……熱くて、熱くて……涙が止まらなくて、美味しくて、懐かしくて。

 

「無くなってほしくなかったんだ……! まだまだ続けたかった……! そのためなら仕事だって頑張れたし、くだらないことでだってまだまだ笑えたんだ……! なのにっ……なのに……! っ……なんで終わっちまったんだよぉおっ!!」

 

 ゲームにこれだけ感情的になるなんておかしいって、いろんなヤツが言うんだろう。

 俺だって、これに出会えてなけりゃあ……あんなにハマってなけりゃあ、どっかでなんか爆発した、くらいでくだらねぇって笑ってたんだと思う。

 でも……楽しかったんだよ。本当に、本当に本当に楽しかったんだ。

 そのゲームの象徴が目の前に居て、いつかのように味噌汁を用意してくれた。

 涙と嗚咽で崩れ落ちるように足を崩せば、そこには座布団。その前にはお膳が用意されていて、いつかの田舎御膳そのままのものが湯気を出してそこにあった。

 

「~~~っ……」

 

 唇を内に巻き込むようにして歯を食い縛り、涙をぼろぼろとこぼして、それらを堪能した。お新香も、ご飯も、焼き魚も……御御御付も、その全てが懐かしい。

 無心で食べて、食べ終えて、顔面の汚い汁も処理したあたりで、アトリがお茶を出してくれた。

 

「…………すまない、取り乱した」

「………」

 

 アトリは変わらない。薄く笑い、こてりと首を傾げるようにするだけだ。

 でも、それでいいんだ。あの頃となんにも変わっちゃいない。

 黄泉戸喫(よもつへぐい)っていったっけ。最後に食べるものがこれでよかった。

 もう……本当に未練もない。

 

「なぁ、アト───リ?」

 

 心から満たされた気分になっていると、なにやら左手に違和感と、足にもなにやら違和感。そして一番の謎は……目の前に浮かんでいる謎のウィンドウと、【条件が満たされました。コンバートしますか?】の文字。

 

「………」

 

 コンバートて。

 あれか? 死後の世界でまた神幻やらせてやるから、ダイブマシンに入ってるデータコンバートしますか~ってか?

 ……上等!! またあのデータで世界を遊べるなら死出の旅でもどんとこいだっ!!

 YES/NOの、YESの部分に挑戦的な笑みを浮かべたままに頭突きをかました。

 すると、ビコーン♪ という音とともに……右手と足が光り輝き、俺の体にも謎の変化が……お、おぉっ!? おぉおおっ!?

 小指が生えた!? 脚が……うぉあ好き勝手動かせる!? ってか前以上にすっげぇ軽い!? まるで神幻の世界の俺みたいに……えっ!? もうコンバート終わったとか!? ここもう死後の世界!?

 ぱあっ、と心が喜びに跳ねて、備え付けてあった姿見を見てみた。……俺が居た。神幻の俺じゃなく、リアル俺な俺。ア、アルェー!? 俺のプレイヤーアバターは!? ……っと、なんか好きに変えられるっぽい。これはこれで怖いような……ってそうだ!

 

「んっ………………んんっ! ごちそうさまでした!」

 

 お茶をグイッと飲み干し、食事を終えたのならアイサツは大事。

 手を合わせ、作ってくれた人と食材に感謝だ。

 そうしてみれば、

 

「はい、お粗末さまでした」

「───」

 

 なんかアトリが喋った。

 あの、運営の犠牲者イベントじゃなきゃまず喋らなかった、熾天使オミソシエル様が。

 

「………」

 

 なんか。キェェェァァァアシャベッタァァァとか言うよりも、綺麗な声だな、なんて感想。やっぱアトリはいい。この娘だけで運営が頑張れたって理由もよく分かる。

 

「あの」

「え、あ、はいっ!? 自分でありますかっ!?」

 

 で、いきなり訊ねるような雰囲気で声をかけられたもんだから、声が上ずってしまった。うわぁい、死後の世界でまでなにやってんだ俺。

 

「ここへはどのように……? ゲームマスター様からは、ゲームが復旧した、復活させた、などといった話は聞いた覚えがないのですが……」

「え…………え? あの…………アトリ?」

「? はい、アトリシア・ティリィ・トリエル・オーミオットゥッケーィです」

「……会社が爆破されたのは、知ってるのか?」

「はい」

「結局復旧されず、サービス終了したことも?」

「はい」

「…………じゃあ」

 

 じゃあ。アトリはずっと、こんな死の間のちっぽけな世界で、ずっとずうっと何年も……そう思ったら、涙がまた溢れて止まらなくなった。

 ……ありがとう。迎えてくれたのがキミで、俺は本当に……!!

 

「ぐしゅっ……うぇっぐ……!! ふぅうぐっぐ……!! っ……ご、ごめん、アトリ……俺、もう行かなきゃ……。ずっとここに居たいけど、この世界を楽しみたいから……!」

「出発ですか? ではお見送りさせていただきますね。ここしばらく、あなた以外のお客様を見ていないので」

「………………うぉおおおおおんっ!!」

 

 そんなっ……そんなこと言うなよぅ! 出発しづらくなるじゃねぇかよぉう!! もー!

 でも、行かなきゃ……! この村から出て、かつて遊びきれなかった神幻の世界を、もう一度───!!

 涙を拭いつつ、村の外へ……柵で囲まれた部分の、空いているそこから外へと出れば、そこは輝かしい───…………

 

「………」

 

 …………会社の休憩所だった。

 

「………」

 

 振り向いてみる。

 …………ルラルラールルがあった。

 

「……………………うん」

 

 ………………歪みのダンジョンって! アトリの村のことかよぉおおおおおっ!?

 

 

 

 

-_-/アトリシア・ティリィ・トリエル・オーミオットゥッケーィ

 

 目が覚めたらアトリだった。そりゃそうだ、アトリのまま寝たんだし。

 で、問題なのは…………

 

「ログアウトが出来ません……」

 

 ……そこに、絶望があった。

 えっ、え? えぇええっ!? 何故ー!? なしてー!? と散々狼狽した挙句、頭を抱えて会社どうしよ……とか途方に暮れた。

 でもまぁ緊急事態ってことで、許してくれるだろう。ハチャメチャホワイト企業だったし。

 というわけで、ログアウト出来るようになるまではアトリとして遊ぼう。

 どーせもうお客も来ないんだし、自由に声を出しても問題ない問題ない。

 

「ラ~ラララルラァ~ッ♪ ……やっぱ声もとんでもなくいいですねぇ。あとなんか言葉が自動で丁寧っぽい言葉になるの、どうしてでしょうね。アトリの呪い?」

 

 ちょっとバグったのかすぃら。まあ頭ン中でいつでも丁寧に喋れるように~とか意識してたし、いいんだけどね。イベントの時は結構ハチャメチャさせてもらいましたけど。

 

「おっとと、ゲームでもお腹が空くのは仕方ないですね。でもご飯が美味しいのはいいことです。うんうん」

 

 目を閉じドヤ顔で、立てた人差し指をくるくる回す。

 そんなわけで調理スタートだ。用意するのはもちろん田舎御膳。アトリとして生きて、これほど精度を上げて作った料理などないと言える御膳だ。

 調理スキルもマックスで、和食、お持て成し料理といったサブスキルもカンスト。

 さらに炊事洗濯掃除と様々な能力を向上するアイテムも装備してますので、向かうところ敵無しですウフフ。

 と、朝食の大切さを胸に、渾身とも言えるレベルで料理を完了。

 目の前には美味しそうな田舎御膳。最近の一人での楽しみは、超リアル作成モードで、じっくりと1から料理を作ることだ。これが現実にも役立つから結構いいんだよね。お陰で現実での調理スキルもハチャメチャに上がったし。

 ……でも、ハテ。今回はいやに現実的すぎた気が……? もしや運営が、アトリが居るから、ってだけの理由で、俺のデータだけアップデートを……!? いやいやまさか…………あぁでもあの運営だもんなぁ、やりかねない。

 

「? ……ややっ!?」

 

 と、思考していたら、なにやら立ちながら両腕を広げ、涙をこぼして目を瞑る謎のリーマンさんが囲炉裏を挟んだ向こう側に、いつの間にか立っていた!

 だっ……誰!? もしや運営の回し者!?

 

「アトリの味噌汁が、また飲みたい───」

 

 あ、これ確定っすわ。運営だわぜってー。です。

 なんで泣きながら眼ぇ閉じて両腕広げてんのか知りませんけど、飲みたいってんならあげましょう。はいどうぞ。………………いや受け取ってくださいよ! なに両腕広げたまま待ってんですか! 持たせろってんですか!? お子様ですかもー!

 ……と思いつつ持たせるんですけどね。はいはいちゃっちゃと食べて、今日もガンバですよ?

 

……。

 

 ゲーム会社がどーのこーの言ってた目の前のおっさんが、泣いたり意気込んだり忙しい奴だった。まあ元気なのはいいことだ。てか運営なんだから知ってんでしょーに、私が…………おや? 私……おや? お、おr……私。…………やべぇです、言葉がアトリに侵食されてませんかこれ……! まあいいや。

 

「あのー……アトリ?」

「はい? アトリです」

「あのー……これって現実?」

「現実だと思われますが。○○年の5月3日ですよね?」

「───……いやあの。今年、××年の5月なんだけど」

「………」

「……あのさ。もしかして、神幻が爆破されたあたりからの記憶、ない……? い、いや、そりゃそうだよな、無くて当然だ。爆破されたんだもんな」

「………」

「研究者によれば、ダンジョンに現れる魔物……モンステウは人間が想像するようなものばかりだって話で……それはたぶん、人間のこうだったらいいなって気持ちと、なんらかの奇跡が混ざって出来たんじゃないか、って言われてる。たぶん、アトリは……俺だけじゃなく、いろんな奴らの“また神幻をやりたい”って気持ちに引っ張られて、村ごとダンジョン化したんだと思う」

 

 …………まじすか。

 なんとまあ…………マジすか。

 予想でしかないけど、とは言われたけど、言われたほうがまだスッキリする内容だった。え? あれ? じゃあ、お……私の肉体は? 数十年放置状態? あ、これもう腐乱死体だわ、ていうかもう処理されてる可能性しかないわ。

 お……私、ぉr……私、………………ぉわたしの最後、VRごとダンジョン召喚されましたエンドかよ。

 んん……まあでもいっかぁ! 童貞だったこと以外に別に悔いとかないし、逆に今世じゃ男と関係を持つとか自殺モンだし!

 よぅしそうと決まれば───おrわたし、うん! わたし! よし! わたしはわたし! アトリシアとして心ゆくまで生きていこう!

 ……あ、ところでわたしって寿命あるんでしょうか。元がゲームキャラクターなもんだから、歳を取るとか老いるとかこれっぽっちも想像できないんですが。

 まさか映画タイムマシンのホログラムAI黒人のように、永遠に生き続けるので!? ……や、べつになんの問題もありませんね。存分に楽しんでくれよう、ぞ?

 などというわたしの思考をよそに、目の前のおっさんもハッとしながら虚空に指を這わせて……半透明のウィンドウをいじくり始めた。

 

「ってことは……うおっ!? ステイトがゲームの頃のままだ! レベルも上げられなかったクソザコな俺が霞むレベル!」

「? あの、ステイトを見て笑みを浮かべる、ということは……そのー……現実のダンジョン? に、挑まれるんですか?」

 

 ゲームをやってた頃なんて、人が嬉しそうな笑みを浮かべるのもわくわくした顔になるのも、大体が試したいスキルがあったり、挑戦してみたいダンジョンやクエストがあったりした時だ。彼も例には漏れないのだろう。訊ねてみれば頷いて答えてくれた。

 

「ああっ! こんな仕事、もうやめだ! 俺はこれから、冒険者ユージーソとして生きる!」

「ユージーソ……あっ! ほぼ毎日、お味噌汁とおにぎり、沢庵を食べていたお客様ですよね!?」

「……! お、俺のこと……覚えっ……ふっぐっ!!」

「ひゃあっ!?」

 

 なんか目の前のおっさんが、ぶわわって涙を撒き散らして泣いた。おお、そんな漫画チックに泣ける人初めて見た。

 ちなみにこの方、運営のユージさんとはまったくの無関係である。

 

「ぐすっ……あ、そうだ! な、なぁアトリ! もしかしてだけど、お前の味噌汁を飲めば、コンバート条件……? ってのを満たしたことになるのか!?」

「……………………?」

「………………?」

 

 コンバート? なにか? それ。

 

「あ、いやっ……NPCのAIにどこまで、どう説明すれば納得してもらえるんだ……!? あーその……実はさっきな? お前の味噌汁を……いや、田舎御膳じゃなきゃだめな可能性も……?」

「……? よく分かりませんが、なにかしらの行動をしたのならログを見てみてはいかがでしょうか」

「……いや、すまん。ログ機能まではないみたいんなんだ。だから───」

「わたしはありますけど」

「なんで!?」

 

 なんでって言われても……───あ。

 

「【ユージーソにこのダンジョンでしか作れないものを与えました。コンバート可能状態になりました】……とのログが」

「……! あ、そうか! ダンジョン経験値!」

「?」

「くっそ首傾げるだけでも可愛いなぁもう……! え、えっとな、その……この世界にダンジョンが現れてから、ステイトなんてものが見れるようになったんだけど、経験値~なんてものが得られるのはダンジョン内だけで、レベル上げたきゃダンジョンに入るしかなかったんだ。“この地の先に往く者よ、経験せよ。ここで得たものが、その者の糧となる”。東京のダンジョンの……一番最初のダンジョンの一階にあった石碑に書かれてたものなんだ。読んでる途中でモンステウに襲われて、ひっでぇ怪我を負って以降はお察しだけど」

 

 現実にダンジョンとかクソゲーだよなぁ、なんて続ける彼は、一気に目を曇らせてみせた。けれども改めて半透明のウィンドウの自分のステイトを見ると、みるみる瞳を輝かせていく。

 

「っ……そうだ! こうしちゃいられねぇ! えっと神幻のメッセ機能は……よしある! ……っだー! 誰もログイン状態じゃないからメッセも送れん! 送れるけどコンバートしなきゃ見られないやつだろこれ! じゃあスマホで……! ~……あああもう! はよ出ろー! なんだって大事な時にばっか出るの遅いんだよお前はー!」

『……あー、どしたー? お前仕事じゃねーの?』

「出たっ! カガリ! お前今から俺の会社来れるか!?」

『いやいきなりどえれぇ無茶言ってくんのなお前。や、今仕事無理だから行こうと思えば行けるけど……なにお前、っておい、今コトゲー(殊戸瀬カンパニーゲーム開発部の略)にダンジョンの歪みが出たってニュースやってっけど』

「それについてだ! ……ダンジョンやモンステウが、人間達の思考の結晶なんじゃないかってどこぞの研究者が言ってたの、覚えてるか?」

『あーあったなぁそんなの。いろんなやつにンな馬鹿なって笑われてたのに、研究が進んでいくにつれておかしいなって思い始めてきてたあれだろ? 実際おかしーもんなぁ、異常な事態だってのに、“未知のモンステウが居ない”って。誰もが知ってる魔物像の異形しか居ないって。んで、結局は研究者の言ったことが真実かもしれないって後になって発表されたっつー。……それがどした?』

「……今俺、新しく出現したダンジョンの中なんだけどさ」

『なにやってんのお前!?』

「や、まあ落ち着け。絶対に死にようがないから。で、ダンジョンは人の思考の塊かもしれないって話なんだけどな? …………今、目の前にアトリが居る」

『───……マテ。アトリってあれか。神幻のアトリか。我らが熾天使オミソシエル様か』

 

 声がワントーン下がり、ドスが利いた、とまではいかないものの、嘘偽りなぞ許さないぞと言わんばかりの声が、わたしの耳にも届いた。

 てか人の目の前で堂々とスマホって。あのー……わたし、自分の行動に戻っていいですか? いや戻ろう。スマホ中は邪魔しちゃなんだし。

 

「そうそのアトリ! あ、ちょっと待て? えーっと……っ! あっ……アトリ? そのー……スクショ、じゃなかった、写真、撮っていいか……?」

「………」

 

 おのれこの野郎様。人との会話中にいきなりスマホをいじくりだしたと思ったら、次は写真撮らせろと言いますか。……いやまあ、我らが運営チームの愛の結晶アトリシアは、いつでもどこでも撮られて恥ずかしくない娘、を目指した愛の結晶。スクショや撮影くらい今さら、って思いはそりゃああるけど。

 ……では着飾るくらいはしなけりゃ運営チーム(俺除く)に失礼か。

 ショートカット機能で重ね着アバターを即座に変更、かつて、なんでか存在したアトリシア重ね着アバターランキング堂々の一位を不動のものとしていたものに着替えると、カーテシーでキメてみせる。さ、どうぞ。とばかりに。

 ………………。

 

「…………? あの?」

「ハッ!? あ、いやっ……ごめん見惚れてた! ええっと……この角度、いやこの角度で……! あぁあああ可愛いぃいいっ! 美しいぃいいっ!!」

『おいコラ、もうお前の態度で真実だって分かりそうなもんだから、とりあえずビデオ通話で繋げろ。それで見せた方が早いだろうが』

「ハッ!? あ、えと、アトリ? ビデオ通話、OK?」

「……あなたへの好感度が10下がりました。人様の前で急に通話したり写真撮らせろと言ったり、かと思えば準備をした相手にビデオ通話を、など」

「てめぇこの野郎お前の所為でアトリに嫌われたじゃねぇか毎日通って地道にコツコツ好感度上げてた俺の時間返せよてめぇええええええっ!!」

『あ、うん、お前の反応でもう十分頷けたわ。ていうかもうビデオ通話になってんのな。……ぉおおおおおおおっ! アトリ! アトリだうおおおおおおおっ!! あっ! お、俺っ、ギャラルド! ギャラルドってキャラ使ってた中島って言います!』

「ギャラルド様……ユージーソ様とコンビを組んで、チーム:ユージーソ・ギャラルドを名乗っていた方ですね」

『っ……覚えててっ……! き、聞いたかおい! アトリが俺のキャラのこと覚えててくれたぞ!』

「知ってるよ俺も覚えててもらえてたし! って、今はそれよりも! カガリ! 頼むこっち来てくれ! すげぇことが起きた! ほらっ、そのっ……俺、指と足、ダメになってただろ!? でもここでアトリの田舎御膳食ったら、コンバートしますかってウィンドウが出てきてさ! YES押したらゲームキャラのステイト全部引き継げたんだ! 足も指も治った!」

『…………マジか!? お、おし! コトゲーだな!? すぐ行く! てか入れるのか!? 今ニュースで出てるけど、すげぇ数の警備員とか来てるっぽいぞ!?』

「マジか!? って、そりゃそうか……~っ……どうしたら……!」

 

 ……うーん、ほんと二人の世界に入るの好きだなぁこの人。

 しかし神幻を愛した人らに俺が威圧的になるの、イクナイ。

 

「行きたい場所があるのなら連れていけますよ? 空、飛べるので」

「エッ……あ、いや、でもヘンに目立つのは……」

「外に警備員? が来ているのですよね? 既に目立っていると思われますが」

「OH……」

「それに……このルルラルーラルはわたしの所有物として出し入れできるようなので、外がやかましいここよりも別に移動したくはあります」

「ダンジョンが所有物!? ……す、すげぇ……さすがアトリ……! あの運営の犠牲者なだけはある……!」

「無理も無茶も難題も慣れたものですよ。それで、どうしますか? 案内をしてくださるのなら、すぐにでも」

「よ、よし。カガリ、今何処に居る?」

『千葉の君津。あー……素々堂(もともとどう)って病院知ってるか? 俺、今そこに入院中』

「えっ……なにやらかした?」

『貰い事故だよばかたれ、俺完璧被害者。つっても腕ぽっきりってだけで、動けはするし今日もう退院だから行こうと思えば行けるって言ったんだよ』

「いやさすがに骨折者に東京来いとか言わねぇよ!? た、頼むアトリ! 千葉県君津市素々堂!」

「…………?」

「アーッ! そもそもこの世界の地理とか知らんよなぁ!! よ、よし! 俺が指差して案内するから飛行よろしく!」

「任されました。───ウィングパーツフルオープン」

 

 バッサジャガキキキキィンッ!!

 声とともに、純白の八翼と歯車の機械翼とエネルギーウィングの全てが広がる。

 どう聞いても翼が広がった、なんて音には聞こえないのはゲームの頃のままだ。

 

「というわけで……カガリ」

『お、おう……おう? ちょっと待て? 確かイベントバトル時のアトリって、やべぇくらいの速度で……っつかさっきの音って神幻のエネルギーウィング展開の音……エネルギーウィングぅ!? お、おいまさか突っ込んで来る気じゃないよな!? あれ飛行からの着地襲撃だけで重戦士のメテオインパクトを軽く超える威力があっただろ!? 病院消し飛ぶぞ!?』

「え? あ───」

「イグニッション」

「あ、アトリちょ待パッキャォオオオッ!?

 

 そうして。二人の世界に入ると長いので、さっさとルラルラールルを回収、ユージーソさんを抱えると、窓をブチ破って飛んでいきました。

 その速度たるや、まるでモンステルフンテルの彗星龍バルクファルクのようです。ちなみにバルクファルクはムキムキマッスルドラゴンとして有名で、その素材から作れるバルクシリーズは筋肉モリモリのマッチョマンになれるステキ装備だ。

 

「それで? どちらへ向かいましょうか」

「ミギャアアアアアア!! ミギャアアアアアアアアア!!」

「右ですね?」

「ちっがっ……ちがっ……げっほおっほごほ! ぐあああああ! 風防にしたいのに全力で構える腕が後ろに持ってかれるぅううっ!! いでぇええっててててて速い速い!! アトリ死ぬ! 俺死ぬマジで死ぬぅううううっ!!」

「むうっ……ウィングシールド」

「ぶっはっ! はぁっ! はぁあっ……!!」

「それで、どちらへ向かいましょう」

「………」

「?」

「ここ何処!?」

「空ですが」

「ですよね!? っとそうだスマホのゴォグレマップで……だああああ早すぎてマップ機能が追い付けてねぇえええええっ!! アトリ一旦止まって! アトリ!? アトリー!!」

 

 注文が多いですねこのヒューマン。

 ですが大丈夫、何の問題もありませんよ。

 神幻で様々な運営のわがままに振り回された、公式二つ名【運営の犠牲者】を持つアトリさんが、この程度で心を腐らせるわけがないじゃないですか。

 それに、あの運営は無茶や無理難題を提案しては、自分らごとそれらに飛び込む阿呆どもでしたが、絶対に出来ない、はしなかった阿呆どもです。だって、ゲームを愛してましたから。

 そしておそらくですが、神幻内で出来たマップ機能も、現実世界で使えば───

 

「マップオープン───……展開出来ました。目的地、千葉県君津市・素々堂」

「エッ!? うおあすっげぇ!? 目の前に半透明のでっけぇ地図……え? これ神幻のマップ機能!? あ、そっか、もし使えるんなら俺にもこの世界の地図g」

「イグニッション」

パッキャォオオオオオオッ!?

 

 そしてまた飛びました。

 さあ待っていてくださいギャラルド氏。このアトリ、我がお味噌汁を飲みたいと願う者を無碍になどしません。

 必ずやその舌、その心を満たして差し上げましょう───!!

 

「っでゃぎゃあああああああっ!? はっや速ぇええええええええっ!? 風の抵抗これっぽっちも感じねぇのがかえって怖ぇえええええっ!!」

 

 ……注文多いなユージーソさん。けどいいでしょう、ルラルラールルでもお客さんのめんどくさい注文にも応えたことのあるこのアトリ。再びこうしてアトリとして誰かと接することが出来たのなら、それを突き放すようなことなど!

 ───あ、もう着くから注文とか聞けないか。

 キュバァンッ!! とエネルギーウィングの数本を前に突き出して、ブレーキをかける。と、眼下にございますのは素々堂という病院。

 

「……うそだろ。東京からここまで5分もかからねぇとか……」

「到着です。嘘だと思うなら彗星しましょうか?」

「やめてください!?」

 

 彗星。オールウィングフルオープンで飛んだアトリが、光となって空から超高速で落ちてぶちかましをする極悪奥義。

 イベントバトルにて使用することが可能になった技で、初見殺しももちろん、熟練の冒険者も数多というほど屠ってきた。

 ええはい、もちろん病院をぶっ潰す威力くらい軽くあります。

 

「っ……おおおおおおおっ! アトリだ! アトリッ、アトリィイイイイッ!!」

 

 と、病院の入り口側の道路へと着地すると、入り口から一人の男性がよたよたと小走りに近づいてくる。たぶん、彼がギャラルドさんで───

 

「アトリ!? うっわマジだ! え!? コスプレ……じゃねぇ!? 明らかに現実離れっつーかゲームグラフィックっつーか……えぇっ!? どーなってんだアレ!」

「おおおおアトリだぁあああっ!!」

 

 ───……待ってくださいどんどん増えてくるんですが!?

 

「ワオATORI! オーウATORIィイイッ!! オーマイグッネスサンキュープリーゼンス!!」

「うそでしょう!? アトリをまた見られるなんて……! わ、わたし頭がおかしくなっちゃったのかな……!? でもいい……! おかしくなったくらいでまた見られるなら……! ア、アトリ! わたしだよ! ロノウェイだよ! あ、あの……また、お味噌汁食べさせてくれるかなぁ!」

 

 ややっ!? ロノウェイさん!? お味噌汁大好きロノウェイさん!? ご飯よりもお味噌汁ばっか飲みまくってたロノウェイさん!?

 ていうかその横で騒いでる外国人さん、もしかしてボッサノーヴァさん!?

 

「……カガリ。これどーなってんの」

「神幻の絆は強いからな。入院してる間も個室ってわけじゃなかったし、退院処理してる時にも周りに人が居たんだよ。で、俺がアトリアトリ騒げば……な?」

「アー……」

 

 横から、よぅ、と声をかけてきた男性、カガリさんらしい人の話では、そういうことらしい。なるほど、そしてマンマメッサーノを知る者のごとく、ぞろぞろと人が集まったと。

 

  よろしい。ならばお味噌汁です。

 

 伊達に熾天使オミソシエルとか呼ばれてませんよ。入院しているorたまたまor付き添いでやって来ただけの神幻ユーザー全員、コンバートさせてくれましょう!!

 




 アトリの後ろの名前。
 アニメ艦これのOP、“海色”のフルの真ん中のあの部分、聞き流してたらなんかたまたまそれっぽく聞こえて、妙に印象に残った……のを空耳のままぺたっと。
 ちなみに今聴くと別にそうは聞こえない。
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