凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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……お次は推しの子。13万7千文字だって。
……分けた方がいい? ああいやいや、オリ主の物語なんてそんな興味ないよね! ウヮッハッハッハッハ!!


推しの……ほんとに推してる? ともかく、推しの子。

 

 

 ───その日。星野アイの目の前で、母親は壁画と化した。

 

 

 

 ───……誰かを助けるのに必要なものってなんじゃろか。

 真面目に考えてみても、案外ピンとくるものってなかったりしない? 俺はそう。

 だってさ、状況によって必要なものって結構変わってくるじゃない?

 アレが必要これが必要、俺じゃあ無理だ、あいつの性格なら、あいつ頭いいし、ここは馬鹿な俺が、なんて、まあ、いろいろだと思う。

 そんな状況に立って、どんだけ頭が良くてもアホでも元気でも暗くても、じゃあ即座に動けるかっていったら、そん時になってみなけりゃ分からない。

 助けられなきゃそれまで、って状況なんて腐るほどあるし、頭がいいやつが考えすぎた所為で遅れた、馬鹿が突っ走った所為で台無し、まあいろいろありますよね。

 俺がそうしたはずなのに、誤解であいつが救ったことになった~とか、ほんといろいろあって心折れそうってこともある。そういう時の人間ってほんと話聞かなくて困るよね。周囲のやつも見てたくせに、ちょっとした悪戯の所為でそれが事実として広まっちゃって、助けたそいつが悪者になっちゃって~とか。ひっでぇ話だ。

 

  ───さて。

 

 そんな状況に立って、俺───中井出博光という馬鹿でアホでタコで間抜けで凡人で四天王になれたのが不思議なくらいの弱者を自称する男に、いったいがなにが出来たというのかというと。

 

勢い余ってドォーンッ!!

 

 ドゴォッシャアとお隣さんのお母さまにダンターグ流奥義ぶちかましをして壁画にするくらいであった。そう……なにが出来るか、なにをすればいいのかなんてその場その時その状況でコロコロ変わるもんだろうし、ましてや他人のお家の事情になんて、そうそう首を突っ込める状況は訪れるもんじゃあござんせん。

 しかしです。───こんな四天王になれたのが不思議なくらいの弱者にも……吐き気を催す邪悪なぞ、成敗したほうがいいことくらいは分かりまする!

 ……あ、関係ないけど“間抜け”を『マヌケ』って書くと、なんかディオっぽい感じがしてこない? 『フンッ、マヌケがァ……』って。……こない? そう……じゃあいいや。

 

「おい貴様……貴様貴様貴様! キッサマ今自分が何をしたか分かっとんのかウンダリャァアアッ!! 恐れ多くも頭が高くも! お百姓さんらがせっせせっせと育んだ白米にあろうことかグラス片なんぞ混入させるなぞォオオオッ!! 万死に値するゥ……万死に値するゥウッ!!」

「え……グラス片……? ───っ!?」

「見ろ! 怯えてしまった! 母親の努めも務めも果たせねーのにお子を産む外道めが! 許せぬ! ───よって成敗する!! せいば───ゲーーーッ!?

 

 これより成敗……と思ったら、相手が壁画になって気絶してしまっていた。ひ、ひどい……誰がこんなことをッツ!

 お隣さん……星野さんてゆゥんだけどね? なんかそこから罵声がよく聞こえるし、ガシャンパリーニョってなにかが割れる音カーニバルがよく開催されるから、きっと空腹で苛立ってるに違いねー、そうだそうゆーことにしとこーっておすそわけを持ってったわけですよ。

 したっけガッコで隣の席の星野アイさんのお宅で、そんな彼女がびくびく震えながら食べようとしている白米(のみ)にキラリと光るガラス片。なんかグラスの破片っぽかった。

 もう満面の笑みで勢い余ってドーンしましたね。母親? 壁画ですがなにか? 言っておくがこの博光にはこの博光にすら把握出来んほどのスキルがある。全部武具のお陰で、武具外れると激烈クソザコ博光ですが、あるんですはい。なんもないコゾーであるなら、一人の大人をタックル一つで壁画にするなんてとてもとても。

 そんなわけで、星野氏が壁画になって気絶してる内に児童相談所とかに連絡していろいろ凸ってもらいました。もちろん壁画状態からは剥がして、軽く回復させたのち。

 そしたらいろいろな人間がやってきて、星野嬢の状態からいろいろとお察し。彼女に目線を合わせて屈みつつ、少しずつ質問を開始。

 僕? 星野嬢が正直になれるようにいろいろサポートしつつ、状況を見守っていました。こういう時の虐待されていたお子って、なにも話せないのがセオリーっていうかよくあることだからね、自分の心に嘘をつけないよう励ましたり、今後のことなら任せておけと根拠のない言葉を届けつつ。や、救ったなら救い切る、裏切られるまで裏切らないが僕の心情ですけぇ、関わったなら係わり切りますけどね? それが“関係”ってもんだと僕ァ想ってます。

 そげなわけで───星野嬢の告発のもと、気絶しているママンをそのままに家探しが開始され、彼女の家からはタグが付きっぱなしの未会計の衣服(お店のハンガーそのまんま)や、会計時に剥がすであろうものが付きっぱなしのブツが出てくること出てくること。ええ、つまり瀬戸物もとい窃盗モノです。

 すぐにポリスに連絡がいって、お隣さんはお縄についた。

 そんな、ある穏やかな日常の一幕でござった。

 嗚呼、今日もライスが美味だ───……

 

 

 

 

 

                         - F i n -

 

 

 

───……

 

 と、それで終わる筈もなく。

 なんか俺が出しゃばった所為でママン捕まっちゃったから、お隣さんの娘の、ガッコの隣の席のアイちゃんは我が家で引き取ることとなった。

 あのままでは施設行きだ~っていうから是非にと。お隣なのもなにかの縁。口八丁に言いくるめて同意を得て、見事に引きずり込んでやったわゴハハハハ。まあ言った通り、関わったならば係わり切るまで、ってやつだ。相手が離れたいって思わん限りはこの博光、いつまでだって心からの“楽しい”を提供したいお年頃。

 

「ほい、ここが俺の家で、これからはうぬの家でもある中井出キングダムだ」

「………………なんで」

「それは俺が中井出で、ここが俺の根城だから」

「……そうじゃ、なくて……なんで、わたしを……?」

「なんで引き取ったのかーとかなら、縁があったからだとしか。あ、ここ俺しか住んでないからそんな気にしないでいいぞ?」

「……!? ど、どうし、て……?」

「ぬ? どうして、と言われてもなぁ。この世界で俺が持ってる権利、ここに居ていい権利と親が居なくてもまあいろいろ出来るしいろいろやれるってくらいだし」

「…………!」

 

 ……言ってみると、なんでかアイちゃんに悲しそうな目と、なにやら同族を見るような目を向けられたような……ハテ?

 

「まあまあ、今は、そしてこれからは、ただただのんびり平和に生きてくれたらいいから。あ、やってみたいこととか欲しいものとかある? 基本、自給自足が鉄則だから、そこまで贅沢はさせてやれないかもだけど」

「………」

 

 ふるふる、と首を横に振られた。OK、まずは慣れてもらうことだね。

 そんなわけでまずはガッコに電話。コレコレこういうことがあったからしばらく休ませてくりゃれとお願いをして、アイちゃんの心のケアに励んだ。

 おいしいおやつにほかほかご飯、衣服とかあんま持ってなかったら買いに出かけたり、どこから帰るにも家に入る時は先に入って、帰りを待っていましたよと言うかのように“おかえり”を届ける。大事なことです。家族ですもの。

 

「おかえり」

「ぁ………………た、だい、ま……」

「うんうん、よし、じゃあ早速買ってきた茶碗とか箸とかを洗って、服の収納場所とかも用意しようか」

「…………うん」

「ふむ」

 

 アイちゃん、自分が口にしたから母親が捕まった~って部分で罪悪感を覚えてるらしい。まあ、普通は子供……いや、大人になっても、ポリス沙汰なんてテレビの中の出来事だ。それが自分が口を開いたから家の玄関を叩いて、親を連行していったってんだから……心に引っかかるもの、そりゃああるよなぁ。

 

  まあ───いずれ心の底から楽しませることには変わらないんですけどね?

 

 そうしておかえりただいまを言い合って、ぽちゃぽちゃお風呂に入ってもらったあとにはあったかい布団で眠ってもらったり、家族ってもんを知ってもらったのデース。やすらぎフートンもタンスも衣類も食器も買った。バックパックという名の収納能力に収納して運び、彼女が目を離した隙にスチャッと用意。気づけば全て運びこまれていた購入商品の数々に驚いていた彼女だけど、口八丁で騙した。

 

「…………あの」

「ぬ? おお、どうかした?」

「ひろみねくんは、どうして一人なの……?」

「博光です。んー……どうして……どうしてかぁ。そういう世界に生まれたから、かなぁ」

「さみしく、ないの……?」

「あっはっは、慣れた慣れた。でも、一人より二人の方が楽しいことはいつまでだって覚えてる。だからね、今はちっとも寂しくない」

「……! ~……」

 

 言ってみればまだまだ戸惑いの方が強いんだろうね。元々のガッコでのアイちゃんの印象は、今みたいにビクビクオドオドな感じなぞはなかった。むしろいつもニコニコして、でも肝心な部分には触れさせない、スルースキルが上手いお子って印象だった。

 この歳で分厚い外面って仮面を作ることに長けてたんだろうね。でも、それも親をポリスに突き出すことで壊れた上に、どう取り繕っていたかも忘れてしまったっぽい。

 

「見たいテレビ、ある?」

「……、わからない」

「遊びたいゲームとか」

「……わからない」

「よっしゃあならば知るがよい! 埋められる未知などとっとと既知するのが吉! さあ少女アイよ! うぬに“楽しい”を届けましょう! 提供は中井出! 中井出博光の提供でお送りします! プレゼンテッドバーイ・博光ー!!」

「!?」

 

 ……改めて、家庭環境ってスゲーね。俺も家庭環境劣悪なる友人知人には事欠かん人生だけど、このお子も中々だ。祖母が孫を庇った所為で死んだとか、両親が近所のおっさんに金品目当てで殺されただとか、祖父が財産目当てで毒殺されたとかそんなことは無いにしても、虐待はなぁ……。

 こりゃあ張り切ってケアしていかんと。せめて休学扱いが終わるまでに。

 そしてこの博光にはそれを可能にする能力があり、人に楽しいを知ってもらうことにチューチョはない。

 まあ……ここがどんな世界か知らないけど、どれだけ真面目に生きようって思ってても、親が台無しにするケースなんてよくあるよくある。そういう家庭に限って、大体が子が真面目で親がクズってパターンが多いの、なんでなんだろ。

 

「………」

「ホイ?」

 

 そんなわけで今日も今日とて白米とおかずやらなにやら。

 これでもこの博光、料理には一家言ござんすえ。CHA-BU-DAIを挟んでトンカツを食う俺を見て、なにやらぽけーっとするアイさん。

 ちなみになんとなくで覚えてる人よ、一家言は『いっかげん』だから覚えておこう。ここ、たまにテストに出ます。

 

「どうかした?」

「あ……んと。もう、結構経っちゃってるけど……さ。なんで急に、お母さんに体当たりしたの?」

 

 当然の質問だった。そして確かに、もうあの悲しい事件から5日も経っていた。

 振り返るために心の整理をするのにも、時間ってのは必要なもんだからね、俺から突っ込むことはしなかった。

 そしてもちろん、その間にも相手を気に掛けることは忘れませぬ。相手がストレスを感じぬ程度の距離を保ち、しかし愛を注ぐことだけは絶対に忘れぬ。知りなさい人の子よ……この博光は友達で仲間で家族と認めた相手には、とことんまでに愛を忘れぬ四天王になれたのが不思議なくらいの弱者であることを……!

 そんなわけではい回答スタート。

 

「んー……ごはん、好き?」

「うん」

 

 即答だった。OK、キミの“好き”は守られた。

 そりゃね、ごはん嫌いな人なんてなかなか居ないよ。トラウマとか持ってなきゃね。きっと、あのグラス片入りの白米を食べてしまっていたら、そこにはトラウマが出来ていたかもしれないのだ。それはイクない。

 

「ようがす。で、体当たりの答えだけど……それはね? きみのお母さんが食べ物やらなにやら、誰かが作ったものを粗末にしたからだよ。グラスにしたってお米にしたって、衣類にしたって飲料にしたって。それまでに破壊したもの、盗んだもの、その全てに誰かの気持ちが関わっている。それを直す力もないのに、感情のままに破壊するなど外道も外道。外れ道っていうのはね、行き着く先には“憐れ”しかないのだよ。ブシドーブレードで言ってた」

「あわれ……」

「そう。哀しいって方のアワレでもいいし、憐憫(れんびん)……まあ普通に憐れだなあって思うのでもいい。可愛いって方向にはどうあっても向かないもんだね。俺もそうして地獄を見ましたさ。今は平和だけど。だからね? 人の想いを込めたもんを、対価も無しに手入れ、あまつさえ周囲の者を不幸にする奴なんぞに加減なぞ無用。それが、キミの親が壁画になった理由」

「……よく、わかんないや」

「それでよいよ。少しずつ学びなせぇ。誰もが裁かないなら誰かが裁かなきゃならんかった。それがたまたまこの博光だっただけの話だし、それを手伝ってくれたのがアイちゃんだったって、それだけ」

「ん……」

「……アイちゃん。キミが口を開いたから捕まったんじゃあないよ。時間の問題だったんだ。悪に手を染めた輩ってのはね、もうその時点でいろいろ手遅れなんだ。なにか一つの悪を成功させると、さらに、またさらにって味を占める。そのくせ、それから離れるために洗えばいいのを“足”だと考えてる時点でそもそも間違いだ。手を染めたなら手ェ洗え。どこぞの猫も言ってた」

「……? ……?」

「まあ、なにが言いたいかっていうとだ。……お前の所為じゃないよ、アイちゃん」

「───!!」

 

 ……いつかの何処か、自分の所為で祖母が死んだクソガキが居た。

 当時のそいつはクソガキで、祖母が死んだことを学校でからかわれて、ブチギレて暴力を振るった。

 そんなことが起これば殴られた側の親は黙ってなくて、殴られた連中は揃いも揃ってそのクソガキが悪い言って、まだ祖母の死の悲しみに暮れている祖父を呼び出し、祖父はクソガキが見ている前で頭を下げ、謝った。

 クソガキは泣きながら「なんでだよ!」と叫ぶことしか出来なかった。「悪いのは婆ちゃんが死んだことをバカにしたそいつらじゃないか!」とどれだけ叫んでも、悪いのはクソガキで。多数決なんてものの理不尽さを突き付けられながら、頭を下げる祖父の背中を見ることしか出来なかった。

 家に帰って、ヘソを曲げ、一人縁側で泣いているクソガキの隣に祖父は座り。

 言葉はなかった。べつに祖父が格好悪いとか、じいちゃんはバカだとか言うつもりもなければ、ただただ自分の所為で傷ついている筈のじいちゃんが、頭まで下げなければいけなかったことが悲しかった。

 それが悲しくて、情けなくて、泣いて、泣いて。

 そんな時、ふと……嗚咽で震える頭を、ポンと撫でられた。

 涙も鼻水も流しっぱなしのだっせぇガキは、そんな視界の先で……普段から笑いもしなければ怒りもしない、仏頂面しか印象になかった筈の祖父の笑顔を見た。

 ……その時に言われた言葉を、何年経った今でも忘れない。

 

  お前の所為じゃないよ、博光。

 

 祖母が死んだことも。

 自分が頭を下げたことも。

 なにが悪くてなにがいけなかったのかも、全部分かってるから。

 そう言われた気がして、でも、悔しさも情けなさも無くなってはくれなくて、そのガキはやっぱり泣くことしか出来なかった。

 ……俺が誰かに出来ること、なんてものは……やっぱり俺が経験してきたことの範疇でしか出来ないことばっかりだ。どれだけ生きたって、結局のところはそれは変わらない。

 いつか祖父が毒殺されて、ようやくなにかを返せるって年齢になった途端に絶望を味わっても。自分でも信じられないくらいに泣き叫んで、どれだけ涙をこぼし続けても。胸を貸してくれた妻が、世界の辻褄合わせの所為で別の誰かの妻になってしまい、絶望を味わっても。大切に育ててきた娘に最後に言われた言葉が、パパなんて死んじゃえばいいんだ、だったとしても。それからの自分に何が出来るか、なにをすればいいのかを見失ったとしても。

 でも……そうさ、どこぞの酋長(しゅうちょう)が言ってたじゃないか。

 

  “懸命な人の言葉くらい……私にも聞こえる”。

 

 変わりたくって、変えたくって、どうにかしたくて行動した結果が絶望にしか繋がらないなんて悲しいじゃないか。

 『ただ愛してほしかった』。『ただ受け止めてほしかった』。……目の前で怯えるお子からは、いつだってそんな気持ちが溢れていた。

 だったら、同じくそんな絶望を経験してきた俺が出来ることは、多くはないかもしれんけど……理解し、受け止め、広げていくことは出来るのじゃから。

 だったらまずは好意を示そう。愛していこう。

 俺に出来ることなんておめぇ……あれだァ、相手を楽しませることだけだからね?

 なのでニコリと微笑み、言ってやる。子供が子供を誘う言葉なんてあっそびーましょーで十分なのだ。が、虐待受けてたお子って結構精神的に成熟してる場合が多かったりしまする。もしくは極端に未成熟か。我慢、忍耐って意味では成人越えてる場合もあるから厄介なんだけどね。

 ……アイちゃんは俺のニコリ顔を……なんだか信じられんものを見たような、でもどこかに期待を込めたような、でも信じていいもんか迷ってるような……具体的なのかなんなのか、いまいち答えには辿り着けそうで辿り着けない、でもちょっぴり辿り着いてるみたいな表情をしていた。総評。どこかぽけーっとした顔。

 

「キミの母親が捕まったのは、あの人が盗みを、罪を犯したからだ。もっと言えば俺が児童相談所とポリスに連絡したから。お前はただ、起こったことを説明してくれただけだよ。悪くなんか、ない」

「…………でも」

「心苦しい? なら共犯ってことにする? 俺が連絡してキミが話したから母親は捕まったーって。ちなみに、どうあっても俺は自分の罪を認めるからキミだけの所為には絶対にならん。いいか、絶対にだ!」

「えぇえ……?」

「……だから。ずっとずっと傍に居る。……だから。飽きるくらいに寄り掛かってみればいい。これからあの母親の傍に居たんじゃあ知れなかっただろうことを、い~っぱい教えたるけん、頑張って……ともに、生きましょう(・・・・・・)……?」

「………」

 

 アイさんはやっぱりぽけーっと俺を見てたけど、やがてはこくりと頷いた。

 頷いて、なんだかちょっぴりそわそわしだした。それはほんのちょっぴりの変化だったけど、その様子には少しの喜びの感情も混ざってたっぽいから、特につつくことはせずに見守ることにした。

 

「あ……でも、お母さんが出て来たら? しゃくほう……だっけ? どれだけかかるのかはわからないけど」

「窃盗罪は10年以下の懲役、50万円以下の罰金っていうからね。誰かが釈放金でも払わない限り、向こうが定めたお勤め期間をお勤めしてくると思うけど……言っちゃなんだけど、キミを迎えにはこないと思うよ?」

「───……ぇ……」

 

 理解できない、といった掠れた声が聞こえた。

 取り調べて分かったことだけど、なんとあの母親、見えないように服で隠れるような場所に暴力を振るっていたらしいのだ。自分の娘に。だというのに、親なら、みたいな気持ちで……このお子はどこかでまだ母親ってものに希望を抱いているのだろう。

 でも、ノン。これは期待なんて持たせず、誰かが言ってやらなきゃならんことだ。気持ちの整理はそれはそれで別だ。自分から問題に向かってみたい、って思うまでは突っ込まなかったけど、これは時間になんぞ任せられるもんかい、それが生きる希望になるのなら、あたしゃたとえ人に嫌われようがそいつに明日を持たせる修羅ぞ? まあ持たせた上で楽しいも存分に知ってもらうんですがね?

 

「ポリスの突入でいろいろ分かったけど、よそに男作ってたみたいだし。キミのこと、邪魔だって思ってる日記まで出て来た。どこかに預けられてるなら、って……これ幸いともう二度と会うこともない、なんて場所を目指して逃げると思う」

「…………でも」

「何度でも言うよ。……きみの母親は、来ない。捕まって改心? するわけがない。それが出来るんだったら、きみに初めて暴力を振るう前に出来た筈だ。親ってんなら余計にね」

「───……」

 

 じわり、じわりと彼女の瞳が黒さを増していく。

 自分に暴力を振るう存在でも、親は親だ。それが普通で生きてくると、そんな親でも居てほしいって心はどうしても持ってしまうものなんだろう。

 

「ドス黒い目ぇしてるなぁ……ああうん、そういう目ぇしてる人、もう何人も見て来たよ。とびっきりの嘘つきの目だ。我慢とかそっちの方でね」

「───!」

 

 辛くて仕方ないのに、大丈夫って言って身を滅ぼしていく人なんてたくさん見て来た。そいつらと同じ目ぇしてる。ほっとけるわけねーでしょうが。

 

「そういう人ってね、いい方にも悪い方にも嘘つけちゃうから厄介なんだ。臨機応変超絶八方美人嘘つき野郎っつーのかな。で、大体は自分にばっかりダメージを負って、でもそのダメージにもいつかは慣れて、気づいた時には手遅れになってる」

「………」

 

 びくっと……肩を弾かせてから、アイさんは俯いて震え出す。

 よもや看破されたことがなかった? ……まあ、なかったんだろうなぁ、取り繕い方を忘れるまでは。今ではそんな隠し方も見る影もない。弱り切った少女の、そのままの姿しかそこにはなかった。

 んで……たぶん、こやつは嘘つきだからこそ自分を明かす……自分のことを話すのが苦手で、話したことで自分を知られて、いつか嘘に綻びが出て嫌われるのが怖かったんだと思う。

 暴力を振るわれながら育ったなら、学校ではそれを隠すように親から言われていただろうし、明るく振る舞っては家庭のことは知られないようにしていたんだろう。家に帰れば母親の機嫌を損ねないように辛くても笑顔で、苦しくても嘘で覆い隠して、さらにそれが嘘だとバレないようにしなければならなかったに違いない。

 この博光でさえ、おやァ? と軽く、小さな違和感を覚える程度だったんだから、このお子の嘘で固めた擬態能力は相当なもんだ。

 それを日常的に繰り返してたってんだから……嘘が上手くなるわけだ。そして、嘘が上手いってことは、嘘を見抜く力も磨かれてるってこと。え? 僕? 嘘なぞ平気で吐きますが? まあ大体は結果的には相手が笑顔になる方向を目指しちゃおりますが。

 こやつの嘘を見抜く目はそのままでも、嘘吐きの壁を取り繕えるようになるまでは結構かかるんだろうね。やっぱり心のケアは大事。

 あ、ちなみに嘘吐きであることを否定する気はこれっぽっちもないよ? だってそれを含めてのアイ嬢だろうし。

 

「ドス黒い目なんて言われるのは嫌だ~って、自分で思う? 普通に、ただ平凡に、誰かがそうするみたいに何かが好きだ~とか誰かを愛してる~とか、心から言ってみたいって思う?」

「………」

 

 目のことに関しては反応はなし。ただ、愛してるとかは言ってみたい……らしい。こくりと頷いた。

 

「そかそか。んーじゃあまずは食事からだな。うぬの感情、まずは味覚から“驚愕”を引き出してくれよう、ぞ」

「……?」

「ささ、お食べお食べ。きっと美味しいから」

「………」

 

 言ってみれば、首を傾げつつもご飯を食べるアイさん。

 すると、ぶわぁあっ……と、絵で表すなら超倍速カメラで花が開くのを見ているような、笑みが自然と花開く瞬間を見せてもらった。

 昨日までの料理はただの普通の料理である。心が落ち着く、激しく美味しくはないけど、心がちょっぴり落ち着くかも……みたいなおばあちゃんの味っていうのかな。

 だが今出しているこの料理は我が料理の腕を存分に振るったもの。おいっしーよっ!? と、この博光も胸を張れるってものでゲス。

 

「ムグフフフハハハハ……ンまいか? ンンマイだろぉおお? 他人の金で食うメシほどンマイものはないからなぁ」

「!?」

 

 そして、そんなせっかくの花開く笑顔を全力で茶化す外道、俺。

 ちなみにこのつつき方の元は、テイルズオブファンタジアドラマCDのレイオットさんより。あの喋り方、好きなんだよねー。いまいちピンとこない人は、さっきの言葉をミスターサタン風なボイスで思い返してみれば、あー、なんて感じになるかも。

 

「いろいろ分からんこともあるだろうし、不安なこともあると思う。でもね? 人間、美味いもん食べれば美味いって思えるし、心底楽しいことにぶつかりゃ笑えるもんだ。哀しけりゃ泣けるし、怒る時には怒りもする。……知りたいことを育みたいならのんびり育てていきゃあいいさ。そのための努力を、この博光は一切否定せぬ。実際、この5日間はただひたすらに平凡ムードで寄り添ったつもりだしね」

「………」

「あ、ところでさ。なにかこー……知りたい感情とかってある? それを育む第一歩を、この博光が手伝ってあげましょーぞ」

「知りたい感情……」

「押忍」

「………」

「………」

 

 アイさん……さん付けもなんか変な感じだな。もうアイ嬢でいい? それとも嬢?

 なんて思ってたら、先程まで目も合わせようとしなかった幼女は僕の目を見て言いましたとさ。まだ目ェ真っ黒だ。軽くホラー。

 

「……愛、って……どんな感じなの? 大好き、とか愛してる、とか。家族愛~とかあるけどさ、わたし……そういうのわからなくてさ」

「ほむ」

「みんな……家族はやさしいって言うよ……? 家族が笑顔だと、わたしも嬉しい、って……前にテレビのコマーシャルでやってた。……わたし、そんなのわからなくって」

「……ナルホロ」

 

 トンカツの横に沿えてあるキャベツを───程よい量を箸でつまみ、ザモ……と口に入れて、モゴ……メリ……と音を立てて咀嚼しつつ考える。ここで視線を右上に向けたり、首を傾げるように咀嚼したり、なんでか白目を剥いたりすると刃牙飯チックになります。白目は主に肉を食ってる時だね。なんて余計なことを考えつつ、思考を質問に向ける。

 

(愛……愛ねぇ)

 

 感情として教えるのは簡単だけど、納得できるのかどうかは謎だなぁ。

 あ、じゃあアレか。このお子自身がきちんと自覚出来るように備えをさせとけばいいのか。

 えーと…………よし。急でびっくりするだろうけど、これも必要なことなのだ、許しておくれ? 気が向いたら。向かんかったら別にいい。というわけで、精神の根っこのところをちょちょいと~……

 

「……? ……きみもわからないの? えっと、ひろみちくん」

「博光です。教えるくらいすぐに出来るし、体験させることだって出来るけど───」

「体験? それをすれば愛してるがわかるの?」

「や、この場合のそれはちょっと強硬手段っていうか、最終手段にしたほうが」

「教えて。それがわかるなら、私も……分からなかったなりに、自分がお母さんのことをどう思ってるのかくらい、分かれると思うから」

「………」

 

 ……やっぱり親からの愛情が無かったお子って、見てて辛いです。

 ならば笑わせなければ、“楽しい”の教導者(超自称)としての名が勝手に辱しめを受けるというもの。ではではと、嬢を「おいでおいでー」と手招きして、掻いた胡坐の上にぽすんと座らせる。……なんかそこまで羞恥心とか発達してないのか、嫌がりもせんよこのお子。こういうタイプを見るのは初めてじゃあないけど、しっかり受け止めてやらんと相当歪んで育つから……今の内に愛情ってのはインプットさせねば。

 

「それじゃあ」

 

 と、ステータス移動を開始。いくつかのステータスの内、CHR……魅力(カリスマ)を最大値に。そして心構えも“相手を愛す”という方向へ持っていき、“カリスママックスハート”状態で、愛を教えるならこれしかあるまいてという懐かしき秘奥義【愛……果てしなく】を解放。胡坐の上に座る嬢を後ろからきゅむと抱き締め、その耳に、心に届ける。試すように、でも届かせるように、学ばせるように。

 一言で言うなら───ハートに届け、プラクティス! 

 

「…………愛してる」

 

 気持ち、感情を届けるって能力を、育った環境の所為で砂漠化していた彼女の感情に、リヴァイアサンを召喚してタイダルウェイブを何度もぶちまけるが如く。

 するとどうでしょう、先程は食事にてふわりと花開いた美味しいの感情とは別に、今はグボンッ!! と音でも出そうなほどに瞬間沸騰した彼女が、盛大に壮絶に慌てながら逃げ出そうとして、しかし『もう二度とキミを離さないですー!』とばかりに抱き締めたこの博光が、感情が育ちきらぬうちから逃す筈もなく……ッッ!!

 や、ここで逃がしたらせっかくの“感情タイダルウェイブ(今命名)”が無駄になってしまいんす。砂漠に水分を与えて、今は種をばらまいているところだ。そこに栄養を落とせるようになるかはこのお子次第ってもんです。なので逃がさん!! 知りたいと言ったからには知れるまで逃げられると思わんことだなー!

 

「大丈夫……怖くないよ。それはお前の中に元からある、何かを好きになるための、愛するための感情なんだから」

「……、……!」

 

 そんなわけでいっそ涙さえ滲ませながら、真っ赤な顔でじたばたする嬢だったけど、力で強引に縛り付けることはせず、ただやさしく抱き締め、彼女の心に語り続けた。

 怖いのは当然だ。戸惑いも当然だ。でも、どうか信じてほしい。俺はきみの敵ではないし、きみを害さないし、なんなら同じ時を生き、同じ涙を流し、同じ命を生きていきたいファーストオブメイな気持ちなのだと。

 びっくりしてしまったでろう心をまずは落ち着かせるため、あたかもディオが花京院を口説きにかかっている時のように、ゲロ吐くほど緊張することはないんだよとばかりに語り掛け続けた。

 時にやさしく抱き締め、時に慈しむように髪を撫で頭を撫で、時に傷ついてしまった心にやさしくやさしく触れるように、時にアザが出来てしまった体をなんかフツーに癒して。癒すように、ではなく普通に癒しました。抱き締めた時に、驚くって感じではなく痛そうな感じてビクって跳ねたからね。そうして、手負いで怯える子犬へ、どこまでもどこまでも愛と好意と慈しみの海へとやさしくやさしく招くように、彼女をズブズブと幸福感情の底の底へと沈めていった。

 すると……

 

「~~…………」

 

 自分の肩越しに、口が波打つくらいにきゅうっと結び、涙の滲んだ潤んだ目で俺を見るその奥に、まだ弱々しいけど明るい星を見た。嘘つきの輝きを(たた)えた星じゃあなく、まだ不安に揺れる、でも本当は心から信じたい、どこかで弱音を吐きたかったけど勇気がなくて、誰かにそんな弱さを見つけて欲しいっていう……臆病者の光。

 そんな光を真っ直ぐに覗いてやって、大丈夫って意味を込めて引き寄せ、微笑む。『もっと寄り掛かってもそのー……ええのじゃぜ?』と言わんばかりに。

 お子を家に連れ込んで5日でなにやってんだこいつって話だけど、こういうのはこの場に慣れさせ過ぎてからやったんじゃあ遅すぎるのだ。まだこの博光という人物像を完全に把握していない今だからこそ、受け取って、噛み砕いて、自分の中で経験に出来ることもある。

 だってほらあれですよ? 僕のことをよく知ったらキミ、僕からの言葉なんてのらりくらいですよ? だってその在り方、精神性ともに外道を自称するクズですもの俺。

 嘘つき同士は引き合うもんです。それはスタンド使いが引き合うのとよく似ている。

 ただ、自分がクズだからを自覚出来ているからって、それを免罪符にするの、イッツアヨクナーイ。それを自覚した上で、でも相手に寄り添える俺らしさで俺を貫きたい……こんにちは、中井出博光です。

 

「安心して。もっと寄り掛かってくれていいから。全部受け止める。どんなお前も、どんな言葉も。だから、自分で決めて、自分でぶつかってごらんなさい。誰かに決められたから、じゃない。それはキミの心で、きみが育てたい感情なんだから。いろんな複雑なもん抱え込んでも、ぶつける相手がこの博光ならなんの問題もござらん。最初に言っておく……俺ァパ~フェクトだぜ?(たぶん)」

「で、でも……まだ会ってそんなに……経ってない……よ? 学校でだってあんまり話さないのに……」

「一目惚れって言葉があって、ちょっと見ただけで人に惹かれる『うっわ正気かこいつ……』みたいな輩が居るように、ちょっとばっかし接してみただけだろうと、見つけたところとか気になっちゃったこととか、めちゃめちゃ厳しい人たちが不意に見せたやさしさに心惹かれる時だってあるよ」

「じゃあ……いいの? わたし、間違ってない? これは持っちゃいけない気持ちじゃない……? 間違ったら……怒るんだよね……? 叩かない? 怒らない……?」

「分からん。なんせ僕はきみじゃないから。だが構わん! ぶつけられる感情が今こそ目覚めんとしているのなら、この博光に全てぶつけてみるがいい! うぬの感情のひとつくらい受け止められずして、なにが博光か!」

「~~……っ……!!」

 

 ……なお。この時の僕は、怯えるお子を想うあまりにその有り余るステイトを全てカリスマに振っていたことをスコーンと忘れていて、さらには彼女を胡坐の上に座らせる前に、ちょいと能力を解放して“好感度が、上がることはあっても下がることはない”という世にも恐ろしい能力を彼女に付与していたことさえ忘れておりました。

 だから、言った言葉も彼女の琴線に触れることがあれば心に響くし、言葉に魅力がべっとり纏わりついている所為で、その言葉自体を彼女が強く疑う、なんてことも起こらない。

 その結果───

 

「……っしょに……一緒に、居て欲しい……! こんなわたしでもいいって、抱き締めてほしい……! わたし、わたしっ……一人はヤだっ……! 痛いのは、もう嫌だよぅっ……!!」

 

 言ってくれた。涙をこぼしながら、偽らない、真っ直ぐな気持ちをぶつけてくれた。

 ならば……こちらも誠意を以って応えねばならんな!

 

「ああっ、ああっ……! なんて真っ直ぐで素晴らしい感情の解放なんだ! きみの成長を間近で見れて、こんなに嬉しいことはないよ! さあ! ンもっと! もっとだよ愛弟子! 感情のままに気持ちをぶつけるんだ! こんなもんじゃないだろう! 芽生えた感情を火にくべるように! 熱い想いを成長させるんだぁああああっ!!」

「もっと───……~……傍に……傍に、居たい……! もっと近くに……! 安心するの……胸がぽかぽかして、嬉しくて……! 無くしたくなくて、離れたくなくて……ぁ……そっか、これが……!」

「さあ! もっと!」

「───……す、き……好き……! 好き……! 大好きっ! 愛してる!!」

 

 ぇちょっと行き過ぎじゃないですか? あ、嘘です冗談です! OK僕も好き! 相思相愛だ!

 とまあ、誰かの感情の成長を目の当たりにしてしまい、その成長を褒めて、喜ばせ、もっともっとと激励した。

 初めての感情の爆発に、嬢もまだまだ戸惑いの方が強いのだろう。おそらく、強い感情を見せたために殴られた、なんて経験もあったんだと思う。

 だから彼女の感情の発露を妨げたりなどはしない。それは、この博光相手なら自由に解放してよいのだと、一番最初に知ってもらうために。

 そうして気づけば……肩越しに振り向いていたお子は横向きに座り、やがて正面を向いて座り、真っ黒な星を宿しているだけだった彼女の瞳の奥には、眩い純白の一番星が輝いて……おがったとしぇ(おりましたとさ)。なおこの場合のおりましたとさは、居ましたとさ、と同じなので、意味としては違う。

 

……。

 

 お子の……アイ(こう呼んでとせがまれた)の感情がフルバーストしたのち。なんか……近くね? お、おや? なんかヘンだぞ? あれ? ぁやっべぇーーーっ!! とコトの重大さに気づいた時にはもはや遅し。一日一日、時間刻みに、時に数十分刻みに、十数分刻みに、彼女の様子は変わっていった。

 信じよう、頑張ろう、自分から踏み出してみようと頑張っているのは分かるんだけど、なにせ相手が相手との距離感と踏み込み加減を知らんもんだから、やられてる方にしてみりゃ一歩一歩どころか全力幅跳びレベルで跳んでくるお子、な感じだった。

 えーと……分かる? 普通ならもじもじしながら一歩ずつ距離を詰める恋人たちが、なんか急にヒロアカのOP(ピースサイン)のオールマイトレベルで跳んで距離を詰めて来るの。そんな英雄になるための歌。

 

「ねぇ、えっと、ひろみち、くん?」

「博光です」

「ひろみつ、ひろみつ……うん、覚えた。えっと、ひろみつくん」

「押忍」

「……一緒に寝て……いい?」

「カムイン」

「!?」

 

 まず最初。感情を芽生えさせたその日、人の名前を覚えるのが苦手らしい少女は我が名をインプット。頑張って繰り返し呟いて、そののちに───彼女は突然の感情の強さに怯えてか、こんな大したことのない木っ端のような博光と一緒に眠りたいと申した。

 まあ、親の所為で無感情になりかけてたところに、感情タイダルウェイブはびっくりするよね、うんうん。しかし一緒に寝たい、という選択肢が出てくるとは……せっかく別々の部屋を用意していても、誰かが近くに居たほうが安心できるってやつかね?

 きっとあんな親でも、傍に居ることで多少の安心は得られていたに違いねー。

 ならばもっとNUKUMORIを与えてやらねば……! という結論に行き着いた俺は、やすらぎフートンをがばりと持ち上げ、彼女を招いた。

 なにやら少女は「みゅっ……!?」とか奇妙な声で鳴いたけど、顔を赤くしながらも、自分でもなんで顔が赤くなるのかを理解しないまま……戸惑いつつ、けれど確かに、我がやすらぎフートンの中に入ってきたのでした。

 え? 僕? そりゃもう抱き締めて頭撫でて、彼女の中の幸福物質をめっちゃ引き出させながら幸福の中で眠りにつかせましたさ。

 ……のちに聞かされましたが、ただ布団を隣までもってきて、すぐ近くで寝たかっただけっぽいです。まさか布団に招かれるとは思ってもいなかったって。うん、言いましょうね、そういうことは。

 

「オハイヨ」

「んむぁ……おぁ、おふぁよふぅうう……」

「おおお……ものすげー眠そうだね」

「ううん……ん、んん……! んぅう……うん……あのね……? すっごく、ぐっすり眠れたから……眠気~……とかはなくて。……こんなの、初めてで……」

「おうおう、ほうかほうか。それだけ安心して眠れたっていうなら、この博光もフートンに招いた甲斐があるというもの。んじゃ、まずはうがいと顔洗いをしませう。ほれほれ~、こっちこっち」

「わ、わ、うん……」

「よしSENMEN-JOに到着」

「うん……、わ、わー……髪の毛ぼさぼさ……」

「お任せあれ。良き栄養を摂れておらんかった所為で、いろいろと荒れてるけど……もうちょい待っといで、今に細胞もしゃらんと復活するから。それまではこうしてこうして……はい出来上がり」

「え……わっ、髪の毛が、さらさら……?」

「トニーだけの秘密の製法で作られた、マナを大量に含んだユグドラシルの櫛です。この博光にかかれば髪の毛なんて植物植物。そして植物であるからにはマナで育たぬわけなどなく……! よし、じゃあうがいをしたらメシだメシ。アイ、今朝はなにが食べたい? 大豆製品とかおすすめだよー?」

「え? えっと……じゃあ、おとーふ、とか」

「ようがす。納豆、冷奴、お味噌汁など、日本が誇る日本食でいこう。焼き魚? 知らない名前ですね」

「……ひろ、みつ……くん?」

「おう? どうかした?」

「ひろみつくん……博光、くん。うん、覚えてる。間違えてない」

「……んむ。ゆっくり気持ちの動くまま、感情を育んでいきなされ。及ばずながらこの博光、その全てを手助けいたそう」

「ぇ───…………傍に、居てくれるの?」

「もちろん」

「ずっと? 怒ったりしない?」

「間違ったことをするようなら注意もしましょう。でも、やっちまってもやり直せることなんて世界にゃごっちゃりございます。分からないことはこの博光に対してやってみたらいい。なにも知らなくて怖いことでも、俺はその全てを受け止めましゃう」

「……ほんと?」

「ほんと」

「ぜったい?」

「絶&対」

「……じゃ、じゃあ。ヒロくん、って……呼んで、いい?」

「ンもォちろんさァ☆」

「───!!」

 

 ドス黒かった瞳に、ちょっとずつ輝きが灯っていく過程が、なんだか愛しく嬉しかったのはまあ……覚えとります。

 そうして向こうから歩み寄ろう、と頑張り始めれば、見られてしまうなにかもあるわけで。

 

「……? なにやってるの……?」

『ピヨッ!? あ、ああアイか。や、お金に余裕はあるケド、やっといた方がいいかなーということと、あとは人のための知識をばらまいているところさ』

「……パンツだけで、頭に被り物して……?」

『違うヨ!? これはテニスでいうアンダーウェアっていうか、いや厳密には違うんだけどネ!? いわゆるレスリングでいうあのパンツだからネ!? ……知り合いっていうかファミリーっていうか、そんな人にこんな格好の男の話をされたことがあってね? まあどの世界線の話かは知らないんだケド……検索しても居なかったから、きっとこの世界線じゃないに違いないって行動を開始したんだヨ!』

「せかいせん……? ……よくわからないけど、えっと……動画? 撮ってるの?」

『うんうんそうだね。ぴえヨンチャンネルっていってネ? 若人からご老人まで、たくさんの人の役に立つ知識をほぼ毎日配信しているんだ。声にカリスマ込めてやってるからか、登録者数は順調に伸びてるネ。ゆくゆくは仕事をしなくても安定したお金が入るように……!』

「どんなこと、やってるの……?」

『あ、うん。名前はつぶらな瞳で有名な“ぴえん”とヒヨコの“ピヨ”を合わせた最高にイカスハイブリッドネームなんだけどネ? やってることは主に子供から学ぶ筋トレ動画、ダイエット動画、ストレッチ動画や、医療向きな動画、料理裁縫掃除のコツなどさ。つまりは“子供が教えるなんでもござれな動画配信”をやっているネ!』

「………」

『ピヨ?』

「それ……たのしい?」

『ピヨピヨピヨ! 趣味をお仕事に! みたいなノリで行けるのは正直最初だけで、鳴かず飛ばずで頭抱える日の方が多いのが現状だけどネ! ……じゃなきゃカリスマ上げてまで動画配信なんてする必要ないしネ……。でも! 手段を選ばず、選べる手段が多すぎるボクからすれば、上げようと思えばいくらでも上げられる状況! むしろどんと来いだネ!』

「…………むぅ~~っ……」

『ピ、ピヨ? どうしたの? なんかすっごい複雑そうな顔してるヨ?』

「……あ、の……あの、ねぇ、ヒロくん……わ、わがまま……言っても、いい? あの……今すぐ構ってって言ったら、ぇと……構って、くれる……?」

『ピヨ? ピヨピヨピヨ! 今日のアイは自分の気持ちに正直だネ! とってもいいことだヨ! あ、なんなら一緒にやってm』

やるっ!

『ピヨッ!?』

 

 ……なにやらこのお子。最近はとことん……なんでもかんでも一緒がいい、に目覚めてしまったらしく。まあ……元気なのはいいことだよネ! 何事も踏み出さなきゃ手も届かないしネ!

 え? 依存? それがなにか? いいじゃん依存。むしろなんで心配されるのかが分からん。

 俺ねー、依存がどーたらで人の関係否定する奴大嫌いなのよね。

 依存でいーじゃん。むしろなんでその依存から生まれる信頼関係一切信じないのキミら。依存から成長する人も居れば、育まれていく心もござーましょう。それ全部を否定して、アータらのは信頼関係とかじゃなくて依存ざます! 今のうちに離れた方がお互いのためなんじゃねーのー!? とか言われてもさ、『いや、それキミに関係なくない?』で終わらせられる状況だと思うの。

 親友だった? 大事なキョーダイ? おおそりゃケッコー。つまり親友や大事なキョーダイの心をこれっぽっちも信じとらんわけだな貴様は。……そういう結論に至る博光です。依存でいーのよ、どっぷり浸かってお互いのことをよーく知って、得られるもんしっかり得ていきゃいーの。最初っから全否定して学ぶことも許さないとかさぁ……ねぇ?

 というわけで。アイには“ひよこ……?”の着ぐるみ(頭だけだけど)を身に着けてもらい、動画撮影を開始した。なんかアイはオゴ~ン……って感じの雰囲気を纏ってるけど……ハテ? お揃いがいいのになんでこんな陰が差した状態に?

 

ピヨピヨピヨ~~! ぴえヨンチャンネルぅうぅ!!

『…………』

『ハイ今回はネ! 挑戦案件デス! 一緒にこのチャンネルを盛り上げたいって娘が現れたからネ! 今回はそんな娘を歓迎しつつ、ただしただでは迎えないのがこのチャンネルだからネ!』

『…………』

『ピヨォッ!? だだだダメダヨ!? 許可なく被りもの取ったらダメなの! ネ!? ……ハイ! というわけで! ぴえヨンブートダンス! 1時間ついてこれたら素顔出して───ヨシ!!』

『………』

『ピヨーーーッ!? だからダメだって! ネ!? あとで好きなだけ我儘言っていいから! ネ!?』

 

 熱弁している最中に隙あらば“ヒヨコ……?”の被り物を取ろうとするアイをなだめて、ぴえヨンブートダンスを開始。

 ぴえヨンブートダンスには主に4種類ほどのコースがあり、筋トレ3種類(1種類毎に鍛える筋肉が違う)、ストレッチ&マッサージ1種類。

 それを4日毎にすることで、他の筋肉を休めている内にべつの筋肉を鍛える、といったローテが出来る。

 

『飛べない鳥のポーズ!!』

『……! ……!!』

『孵化のポーズ! 孵化のポーズ!』

『……! ……!!』

『眠れない熊のポーズ!』

『……、……っ!』

『荒ぶる鷹のポーズ!』

『!?』

 

 翌日には別の筋肉。その次はズボラ筋と云われる場所をゆったりと刺激し、次の日にはストレッチ&マッサージ。リンパとかちゃんと流さないと身体が重たいからね。

 リンパマッサージは特にこのチャンネルでは人気が高い。小皺やほうれい線を消すマッサージとかも主婦の皆様には大変喜ばれている。……え? 被り物してるのに、どうやって小皺のマッサージをって? ……図で示して説明してるヨ……。

 なお、ぴえヨンブートダンス1時間耐久コースはこの四種のメニューを全部やるから、初心者には……控えめに言って地獄だネ!

 あ、ちなみにね、アイが被り物を嫌がった理由は顔が全く似てなかったかららしい。ああうんまあ、つぶらな瞳がチャームポイントなぴえヨンに比べて、目ぇ死んでるもんなぁそれ……。

 

「あっ、あっ、あぅっ……あ……! うぁあああ~……!! ヒロくんヒロくん、ヒロくぅうん……!」

「おうおう痛いね、苦しいねぇ……それが筋肉痛というものだよ、アイや。ええよええよ、どんと甘えなさい」

「あうぅう~……寄りかかりたい……」

「どんとこい」

「後ろから、ぎゅーってして……」

「痛くならん程度にはい、ぎゅー」

「なでなで……」

「ほいほい、弱ったアイは可愛くて正直だねぇ」

「~……」

「コココ、赤くなりおったわこやつめ」

 

 なお、アイは筋肉痛のたびに僕に甘えてきたので、足の間に座らせては寄り掛からせ、頭を撫でたりお腹を撫でたり、手や指先からなるツボマッサージ等をしてリラックスさせた。ブートダンスにはリズム運動も30分間織り込んであるため、この甘えマッサージタイムと相まって、彼女の中の幸福物質の上昇値は毎日ハンパじゃないものになっていると推測される。

 もちろんお食事にも彼女が幸せになれるようにとたんぱく質が豊富なものや、食べれば普通に幸せ感じられるほど美味なるものを用意している。幸せにする~とか言葉だけ言うのは簡単だけどね、日々の積み重ねってやっぱり大事ヨ。こういう小さなことからコツコツやっていくのがとてもいい。

 足の間で手の平をコリコリくにくにマッサージされているアイは、ものすごーくとろーんとした、けれど頬を染めてとろけるような表情をしているので決して悪いことにはなっておらんはず。

 筋肉痛だって動かなければさほどは痛くないだろうし、そんなことを続けていれば彼女は安らぎを抱いたままに眠りにつくこともしょっちゅう。

 そんな隙を見計らって、見えなくしている霊章を解放。俺とアイを猫の里はガノトトス湖の前に転移させて、そこで深く濃い癒しのマナに包まれながら過ごす。

 当然癒しのお陰で筋疲労の回復も爆速で、現実世界にはない深く濃い自然の香りが彼女を心底リラックス空間へと誘い、目覚めた時にはすかさず自分の部屋へと世界を移すと、彼女は既に完全回復。それを何度か続けたら……彼女にとって僕は、触れ合うだけで痛みさえ消せてしまう大切な存在、みたいにインプットされたっぽい。なんかすっごいキラキラした目で見上げられた。

 ちゃうねん。ちゃうねんで、アイや。

 まあそんなこんなで、そんなことを続けていれば虐待放置みたいな生活を続けられていた体は健康といえるところまで戻り、痛めつけられていた体は、新鮮で濃い癒しとマナによって育まれ、毒を克服したバキの身体が次なる困難に直面したなら独力で打ち勝ってみせると決意を見せたアレのように、アイの体は強く、綺麗に回復していった。

 当然、ブートダンスで負荷をかけていた筋肉も、逞しく、けれど目立たずに回復していくわけで。……今思ったんだけど、この方法としっかりした食事療法を続ければ、女性にして300キロを持ち上げたとされる女丁持ちを現代に復活させることが出来るのでは……?

 あ、大丈夫、昔の限界が実は180キロだったってのは知ってるよ? でもね、それは当時の食事事情や筋量の問題もあったからだと俺は思う。

 もしそれを補えるような食事と、十分なたんぱく質が取れていたなら? とか考えれば……あながち無理でもなさそうなんだよね、300キロ。やらせるつもりはないけど。

 

『ピヨピヨピヨーッ!! ついにやり遂げたネ! まさかこんな短期間で1時間ついてこれるようになるなんて思わなかったヨ! ここまでをやり遂げたキミには、素顔を見せることと一緒に動画を盛り上げることをお願いしたいんだけど……素顔を出すのが嫌なら別の被りもので、っていうのもありだヨ!?』

「っ……はぁっ、はぁっ……ほ、し……~っ……ううんっ、アイ(・・)……ですっ……! ひろっ……ぁ……、……これか、らっ……はぁっ……! ぴえヨン、の……お手伝い、やって……いき、ますっ……!」

『……! やりきったネ! とってもとっても歓迎するヨ!』

「うん……っ……がんばるっ……!」

『それじゃあこれからは、ボクが素顔を出せなかったために出来なかったお顔のマッサージ動画とか料理動画のお手伝いをしてもらおうカナ! う~ん、嬉しいなァ! これからよろしくネ!』

「……~……!!」

 

 疲れからかへたり込んでしまったアイを前に、褒めながらも感謝を、そして支えてくれると嬉しいデスとばかりに言葉を贈る。

 アイは俺と一緒になにかが出来ることや、なにより俺を支えることを他ならぬ俺が頼んでくれたのが嬉しかったらしく、今まで見たこともないようなぶわぁああって喜びが花開いたような笑顔を見せて、うんっ、うんっ、と何度も頷いてくれた可愛いなおい。

 ……───そして、なんかその笑顔の切り抜き動画や画像がバズった。

 

「わ、わ、わ、ヒロくんヒロくんっ、すっごいコメント来てるよ! えーと、アイちゃん可愛い、この娘すっごい笑顔が綺麗、だって……えへへ、なんか照れちゃうなぁ」

「うむうむ、アイは可愛いからきちんと評価されてて僕嬉しい」

「で、ヒロくんは……こいついっつもどっから声出してんだ、うるさい筋肉ボーイ、黙れ筋肉鳥類、子供なのにこの筋量はキモい、どれだけ孵化のポーズをしても孵化出来ない筋肉、いつになったらチキンになるんだこのヒヨコ(筋肉)」

上等だよ人類この野郎ォオォッ!! ボクが蔑称で言うようなチキンかどうか、今すぐ思い知らせてやるヨォオオ!!

「ヒロくん、被りモノしてないのに声がぴえヨンになってるよー」

「ピヨッ!?」

 

 再生回数は一気に増えて、アイが初めて被りモノをして耐久ダンスを開始した動画から、ともかく“アイが参加した動画”の再生回数は軒並み増えた。そして俺だけ出ている動画も再生回数は多少は増えるも、『なんだ、鳥だけか……』とか『ここに俺らの天使は居ない。ヒヨコが筋肉するだけの動画だ』とか『うーん、とってもためになるんだけどねぇ……。息子もアイちゃんがいないよー? って言ってきて……』とかそういうコメントを残されるばかりでおのれ人類……!

 はい、というわけでアイ~? いいかな~? はい、せ~のっ♪

 

『「ピヨピヨピヨ~~! ぴえヨンチャンネルぅうぅ!!」』

『ハイ! 今回はネ! 初めての顔出しアイちゃんとの動画になるヨ! 改めて自己紹介してもらってイイカナ!』

「はーい! どーもー、今回から正式にぴえヨンチャンネルにお邪魔する、アイですっ!」

『うんっ、元気があってとってもいいネ! さて今回は予告でも言った通り、ボクの素顔の問題で今まで出来なかった、お顔のマッサージの説明をしていくヨ!』

「うん、わたしも動画見たけど、他の詳しいマッサージ動画に比べて、すっごく分かりづらかった」

『……あれでもボク頑張ったんだヨ……。ハイ! というわけで落ち込んでる時間があったら始めよう! それじゃあアイちゃん、こっちに座ってもらえるカナ!』

「はいっ!」

『それじゃあ始めていくヨ? 画面の前のみんなも同じ動きで同じ個所をマッサージしてネ! あ、前に説明した通り、基本的に顔のマッサージはとてもやさしくやるんダヨ!? 間違っても強い力でグッグッてやっちゃあダメだからネ!?』

「えーと、ぴえヨン? 目が疲れた人がたま~にやってる、目と目の間をぎゅっぎゅってやるのは?」

『NGダネ! ホント、強い力で顔のマッサージはダメ! 人の顔はとっても繊細だから、やさしくやさしくやろうネ! 確かに多少強めにやっていい部分もあるケド、やるにしてもやり方をちゃ~んと学んでからやることをオススメするヨ! ハイ、というわけで……まず最初ノアドバイス! 前の動画でも言ったケド、やる前には手を洗ったり顔を洗ったりしておくと、黴菌が入っちゃう、なんてこともないから安心ダヨ! 汚れに気づかずマッサージして、誤って目の近くを傷つけて、モノモライが~、なんて危険もあるかもだから気をつけて! 指の滑りを良くするためにも、マッサージローションとかあるといいかもネ!』

「へー……そうなんだね」

『うん! では始めるヨー!?』

 

 アイの顔を、説明をしながらやさしーくクニクニ。

 二本揃えた指の腹でやさしーくやさしーくくにくに。

 アイはそれがくすぐったいのかところどころ笑ってたけど、気にせず解説とケアを続けた。

 ちなみにその動画の再生数は結構なものになり、『図の解説よりめっちゃ分かりやすかったw』とか『この鳥、ほんと教えてくれることはすっごい助かることばっかなのに、図解だけは所詮ド畜生』とか『最初からモデル頼んで説明しとけばよかったのにこの鳥めが……』とかっ……ピッ……ピヨォオーーーッ!?

 でもアイへの評価はとても良いので気にしないことにした。うんうんそうだろそうだろ、宅のアイは可愛いだろう。

 でもあんまり俺のこと言うと、アイが頬膨らませて怒るからやめてね?

 

「………すみすみすみすみすみ……」

「……ヒロくん……? 寝てるー……? ……眠ってるね、ヨシ。んん……ぎゅーっ……♪」

「んむゅ……んん……すー、すふー……」

「あったかいなぁ……えへへ……近くても怒らないし、我儘言っても怒らない……わたしの悪いところもいいところも全部受け止めてくれて、なのに甘やかしてくれて……えへへ……えへ、えへー……♪」

「んご……お……ぉああ……! 紋白嬢がなにやら進化して……モンさんに……! 逃げろ純……その娘はもはや紋白嬢では……!」

「もんさん? ……んん、まあいいや。…………んー……もっとぎゅーってしたいのに、これ以上くっつけない……。もっとくっつけたらいいのに。心って不思議……前まではちっとも思わなかったのに、今は心でだってくっつきたいって思ってる」

「王子……王子がハバナイスデーって……元気玉……綺麗ですね……」

「? ……まあ、ヒロくんが不思議なのはいつものことか。えっとー……あ、そーだっ☆ ヒロくんのパジャマをこうしてこうして~♪ ……んっ、んしょっ……んん~……ぷあっ! ……へへ~♪ ヒロくんのパジャマの中、入っちゃった……!」

「んぐ……んんん……すみすみすみ……」

「んん……これ……いいかも……さっきより全然近いや……あ、でも……これでわたしもパジャマ脱いだら……ん、んしょっ……、───!!」

「……すー……すー……」

「あ───…………ぁゎ、わ、は……!? ぅゎっ……肌、肌の感触が……さらさらして、いい匂いして……!? すごく、すごくすっごくくっつてるって感じがする……! ヒロくんを全身で感じられるみたいな……」

「……ぉお、ぉぉ……我が懐に入ってくるとは、剛毅なるにゃんこよ……んむむ……ほれ~、いいこいいこ~……」

「!?」

 

 ……ある日、朝、目覚めたら、顔を真っ赤にして目ぇ回したアイが、なんでか上半身裸で俺のパジャマに潜り込んでおりました。何事?

 しかもどうやら懐に潜り込んでいた猫だと思って撫でていた相手もアイだったようで、背中やら頭やらを撫でていたようで、ええまあその。撫でるとさ、圧ってどうしても加わるわけじゃん? 夢の中で猫がびっくりして逃げようとするのを抑えた記憶がございまして。で、ぎゅーって抱き締めた記憶もございまして。

 ……裸の少女をパジャマ抱擁した俺、爆誕。実年齢だったらポリス案件でしたね。

 でもどうやら彼女的には大変お気に召したようで、隙あらば潜り込んで来ようとするので───べつに参りませんがなにか? というわけでウェルカムした。気づけばアイの部屋はあるものの、夜にその部屋のフートンが使用されることはまず無くなった。

 だが……もはや気にすまい。───言った筈だ! 俺は彼女を甘やかすと! 幸せにするのだと!

 まあいずれ時が経てば、恥ずかしくなってこんなこともしなくなるだろうからへーきへーき。人の成長ってのはいつだってそんなものぞ。そうしていつの世も、娘の成長といふものに、父親といふものは悲しむのでせう。

 ……え? アイを娘として見てるのかって? いえ全然。

 

『「ピヨピヨピヨ~~! ぴえヨンチャンネルぅうぅ!!」』【チャンネル登録よろしくね!】

『ハイ! 今回はネ! ……総集編・改、みたいなものダヨ……。ボクが頑張って伝えて来たこと、みんな“鳥類だけじゃ嫌だ”って言うから……! だからネ! 今回は今まで教えた筋トレを、アイちゃんと一緒にもう一度学んでいってもらうヨ!』【削除はしないので、鳥類だけでもいい人はそっちもたまには見てあげてね!】

「みんなー、よろしくねー!」

『ではまず準備運動から! なにをするにもまず、体に準備をさせなきゃ体がびっくりしちゃうのは毎回口酸っぱく言ってることだからネ! 鳥類は罵っても、教えたことは忘れないでネ!? ぴえヨンからのお願いダヨー!』【基本は大事! 疎かにすると体を痛めるぞ!】

「んー……みんな? あんまりぴえヨンのこといじめると、わたしも怒るからねー?」

『ピヨ……』【新人に庇われる筋肉鳥類】

「じゃあぴえヨンっ、基本からお願いしますっ」

『そうだネ! それじゃあぴえヨン式健康筋トレ総集編! 始めるよ~!』

「おー!」

 

 そしていつかはやるつもりだった、アイを混ぜての様々なトレーニングの撮り直し。

 簡単なものは一纏めにして総集編のようにして、じっくりやった方がいいものも大体同じくらいの時間になるように纏めて。

 一緒にトレーニングをするのがムキムキ鳥ボーイだけじゃなく、女の子ってだけで心強いって視聴者が大勢居て、ぴえヨンチャンネルは更なる登録者を得た。

 

「……ふくー……すー……」

「おうおう、よー寝てらっしゃる……今日もお疲れ様、アイ」

「んーふ……んぅう~……えへへ~……」

「寝てても頭撫でると、もっともっとって頭押し付けてくるンよなぁ……。猫してる。このお子ったらスゲー猫してる」

 

 思えばイビルジョーの血よりもドス黒かった瞳が今では爛々と眩さを(たた)え、俺を見る目はいつでも笑顔。緩んで紅潮した頬は自分の“好き”って感情をたいへん歓迎しているらしく、隠すことさえ許さない。そして彼女自身はなんかゆらりゆらりとリズムを取るみたいな感じで、たとえば俺が床に座ってなんかいると、すぐにぴうと駆けてきて、俺の横に女の子座りしながら上半身だけゆらりゆらりさせてた。アルティメットアイで彼女の内部を“調べる”してみたけど、なにやら傍に居るだけで結構な量のセロトニンとかオキシトシンとか分泌されてるっぽい。その際に起こる心のむずがゆさとくすぐったさが、自然、彼女をゆらりゆらり状態にするっぽい。

 それを見てたら、なんか前にモロが見てたあのー……なんだっけ? なんかしらのMVを思い出した。なんてタイトルだったっけ。あ、あー……アイドル?

 それのMVでね? なんかキャワユイおなごが“のらりくらり”って歌とともにゆらりゆらり身体ゆすってんの。可愛かったなぁ……とか思ってたら、トム、と肩に重み。夜に幸福感情を沸かさせながら眠らせている所為か、幸福になると眠くなってしまうらしく、アイは俺の肩に頭を凭れかけ、眠そうにしていた。

 

「ええよええよ、今はおやすみ」

「うん…………ヒロくん」

「おう? どうした?」

「…………傍に居てくれて、ありがと……」

「…………うむ」

 

 やさしく抱き締めながら、姿勢を変えて足の間に彼女をすっぽり。

 さらなる幸福感情を彼女に齎しながら、このお子はこんなことさえ親に許されなかったんだよなぁ……と思いつつ、彼女の過去を想っていたら───なんか記憶がつながった。

 たしか───

 

『ねぇねぇヒロ! これ! 見てよこのMV! “推しの子”ってアニメの歌のMVなんだけどさ! 今このアニメが───』

 

 おしのこ? おし、押し? ……推しのあぁぁあああああああああっ!! 推しの子ォオオオオオッ!?

 おぉおおおおおも思い出した推しの子! モロが言ってたアニメだか漫画だか!

 今度漫画出てる分だけ貸すから見てよって言われてて、それを待つつもりで寝てたら───あぁああああああっ!! 

 だ、誰!? 誰がこんなイタズラめいたことを!? モロが星野アイがどうとか言ってたから間違いないよね!? 推しの子の世界だよねここ! ぁやっべぇえーーーっ! 借りる前に来ちゃったから誰にどんな危険があるのかとか全然知らねぇよやっべぇえーーーっ!

 あわわわわどうしよう……! “様々なお方に楽しいを”がなんとなくの心の指標になってる僕なのに、僕この世界の誰がどういう時のどんなひどい目に遭って誰がいつ死んじゃうかもとか、ほんとまったく知らない……! そういうのって漫画の世界だとあるあるだからおっかないよね! ほんと平気で不幸になったり死んじゃったりするから、そういう人にこそ楽しいとかしゃーわせとか教えたい博光なのに! そういう人ほど手を掴んでレッツハバナーウ! って一緒に遊んで楽しいを知ってもらいたい博光なのに!

 だが僕は負けませんよ?

 たとえ分からずとも、目の前で不幸になるお子が居るのなら癒しましょう。不幸になったお子が居るのなら癒しましょう。この博光をどこの博光とお思いか? ……博光ぞ? 中井出さん家の博光ぞ?

 

「………」

 

 あー……でもそっか。なんかちょっと分かったかも。

 たしか、原作者だかが書いた小説みたいなのがあって、モロはそれのことについても言っていた。『45510』……だっけ? 『あれがあるから一層に深みが出るって分かるけど、完璧を求めるからって人のSOSを無視して消すのって、人として歪んでるよね』、って。モロにしては珍しく、かなり怒っていたから覚えてる。

 アニメ? 漫画? の内容も知らんのに見せられた小説の内容を思い出すと、なんだか悔しい気持ちになったのを覚えてる。モロの言う通りだった。

 だから…………ああなるほど。星野アイ……そうか。この、まだちっこいのに母親に虐待をされ、嘘を平気で吐けるようになっていたお子が…………そうか。

 見つけた母親がたまたま外道で、たまたまたダンターグ流奥義ぶちかましで壁画にし、たまたま引き取ったお子が…………そうか。

 

「アイ……アイや、アイ」

「ん……んぅう……ん……? なにー……?」

 

 声をかけただけで、眠たげでも開かれた目が純白の星の輝きを増した気がした。

 自然に漏れ出る笑顔も、人を惹き付けてやまなすぎるタイプの……ステータスとかのカリスマなんぞなくても人を惹き付けるタイプの笑顔だ。うーんマブスィー。

 

「これから我ら、一緒に過ごす中で笑いもすれば喧嘩もするでしょう。その時はいっそ思いっきり喧嘩して、思いっきり笑い合って、最後は笑いながら“バカヤロコノヤロー”とか言って……“ごめんねバカで”って笑って許せるような仲になりましょう」

「ぁ…………うんっ! うんっ! そうしたいっ!」

「ぅぉまぶしっ……!」

 

 またもや眩しかった。あの……ちゃんと考えて喋ってる? 俺の言葉だから~とかそんな理由で頷いてないよね?

 ……きっと“このアイ”には、あんな……『45510』で見たような未来は来ない。

 誰からも隠れるように、メンバーくらいしか覚えていないであろう場所に自分の心の弱さを吐き出すような、結局誰にも気づかれないまま完璧を、究極を演じきったであろう彼女に寄り添うような人も居ないまま───見つけてくれたのにメンバーにブログごと消されるような未来は……俺は知らなくてもモロが悲しがり悔しがるような結末は……んむ……そりゃ、確実に来ないとは断言はできないかもしれんけど。

 しかし今、ここにはこの博光がおる。今既に、なるべくしてなる筈だった世界線とは外れているだろうから、ここからは絶対にこの博光が……幸せにせねばならぬ! 義務としてでなく、ただそうしたいからするのだッツ!

 などと決意を固めている俺の足の間で、頬がゆるゆるのアイは俺の手を取ると自分のお腹の前にすちゃりと回し、はふー……と背を俺に(もた)れかけ、力を抜いた。

 

「……ずっとずっと、傍に居ていい?」

「良いともさ」

「…………えへー♪」

「アイこそいい?」

「いいともー♪」

「ほうかほうか」

「~……♪ 大好き……愛してる…………~……っ……~~……うわーうわーうわー……! どんどん気持ちがおっきくなってく……! ちゃんと、これが“そう”なんだって自分で分かる……! すごい、すごいすごいすごい……! えへへ、んふふ、ふふふへへ~……♪」

 

 そしてまたゆらりゆらり。なんかあのー……ムーミンで出てくるあの妙なウネウネしてるやつ思い出すからやめなさい? ニョロニョロだっけ? や、キミがやるとめっちゃ可愛いのはモロにMV見せてもらってから知ってるけど。……今まで忘れてたけどね。

 ところであのー……もう感情は教えたんだし、胡坐から下りてもそのー……べつにいいのじゃよ? 「ヤ」…………即答であった。

 

「お、おう……まあ、甘えたいなら甘えさせるのが一番か。べつにいいべつにいい」

「うんうん、いいのいいの」

 

 語尾に星が舞ってそうなルンルン気分で言う彼女の表情は、この家に来た時とはまるでどころか確実に別人で通せるレベルで、満面の笑みで彩られていた。

 

 

───……。

 

……。

 

 さて。

 ここにひとりのおなごがおる。

 名を星野アイ。

 彼女は卑劣にも感情操作をされて、好感度が上がることはあっても下がることはない、という恐ろしい能力をつけられたのち、言葉が心にきちんと届くようにとCHRマックス状態という卑劣なステイトを以ってして、暴力的と言っていい力によって“好き”と“愛してる”を教え込まれた。

 ステータスでいうカリスマなんかで? と思う人もいるかもだが、この博光のレベルは11922960と異常も異常であり、魔王を倒した勇者どころではないのである。その有り余るステータスを全てカリスマに回せば、“ディオが悪の救世主を求める部下にやさしく声をかける”どころの騒ぎではないわけで。

 そんな存在に『愛してる。お前は今、愛を知ったのだ』と心の奥底を揺さぶり、支配するような声で言われたら、自覚もしましゃうって話。いや“しゃう”じゃないが。

 普通であったなら愛されたことも、愛したこともない、なんていう道を歩むことになる筈だった彼女は、今ここに、感情というものを得て……かつてないほどルンルン気分で、自分の家となったよそさまの家に居るのだが。

 

「───さて問題です」

「ん、聞きましょう」

「何日も前に家に招かれ家族となったお子が、家主のお風呂に突入しようとしています。この時の突入者の心境を唱えよ」

「愛してる!!」

「ギャアアちょっとは遠慮なさってぇえええええっ!!」

 

 何日も前からアルェー? とは思ってたよ!? なんか……近くね? とかさぁ! けれどもきっと急な環境の変化の所為で寂しいに違いねー……とか思うじゃん!? だから放置したり甘やかしたり、飛びついて来れば受け止めるように抱き締めてみたりもそりゃあしましたさ! でもこうまでなるとは思わないじゃん! 好きって気持ちや愛って気持ちを教えただけなのに、なんでこんなことに!? 感情を教えただけでこんなことになるなんて、オウマイガァ!(訳:おかしすぎるわよ!)

 なにか原因がある筈だ! いくら愛を知らずに生きたお子とはいえ、家庭内暴力が起こるような日常を歩んだ所為で、他のお子より一般教養が足りなかったりするとはいえ、これはいくらなんでも……オウマイガァ!(訳:おかしすぎるわよ!)

 ええい許さぬ! 許さぬぞ鬼畜の所業!

 きっと僕なんかじゃあ及びもつかない考えや苦悩の先に、こんなことになってしまった原因があるに違いない……!(CHRマックスの【愛……果てしなく】と、上がることしか知らない好感度の所為)

 アータ最近体が急成長してきたんだから、もっとおなごとしての恥じらいとかをですね!? や、毎日毎夜幸福にさせまくったり、毎日毎食豊富なるたんぱく質(動物性、植物性ともに)や大豆イソフラボンを摂らせまくったり、毎日毎日快眠を約束させつつ成長ホルモンの促進を促す生活を続けさせてきたけど! ───あ、普通に成長の原因それか!

 今さらおなごの裸にギャーピー言うほどの年齢を生きてるわけではござんせん。ござんせんが、だからといってYO-KOSO-! は博光違うと思うの。……ち、違うよね? でもここで拒絶しすぎて、せっかく手に入れた感情をまたドス黒くしてしまっては、このお子の感情が可哀想といふものでして。

 毎夜の裸パジャマ抱擁の所為で、俺に裸を見せることや、裸で抱き着くことにチューチョが無くなってきてるんだよねこの娘ったら! 夜以外じゃとっても恥ずかしいっぽいのに、夜になると体が幸福になる準備を始めちゃってるみたいで、結構な確率で突撃してきてます! 分かりやすいですか!?

 というわけで。

 

 ───次なる博光の行動を思考しなさい。なるったけ早く。

 

 Q:楽しいを伝えたいお子に対してあなたはどうしたいですか?

 A:僕のあーだこーだより、手を取り合って笑い合いたいお年頃……博光です

 

「───ええいウェルカム!!」

「!?」

 

 あらためて、ぼくは、かのじょのかんじょうを、ゆうせんしました。

 “たのしい”にみずをさすの、イクナイ。

 なので、しっぽり、もとい、やさしくやさしーく、体を洗ったり髪を洗ったりしましたし、されもしました。滅菌風呂場マットを用意し、いつものように足の間にアイを招いて、泡をアワアワさせながらのマッサージもプラスして、洗いっこマッサージ。たいへんうれしそうでなによりです。

 え? 僕に邪念? ンなもんネーズラ。むしろアイ自身、“家族”にこんなことされたこともしたこともなかったらしく、ものすごーく嬉しそうだった。笑顔が増えるよ! ……増えたよ!

 そして……そうだ。モロが幸せになってほしかったな(・・・・・・)……って悲しんでいたのだ! 過去形だぞ過去形! つまり原作のいつ頃かは知らんけど、この子ってば死ぬ流れだったに違いないのだ! おおなんたること!

 このお子の未来に不幸が降りかかっていたのは確実! 毒親から救ったとはいえ、これからどんな艱難辛苦が降りかかるかなぞ分からない!

 ならばどうするか!? ───幸せにするしかあるまいて!

 Aaaaaalalalalalalaie!! ……あ、なんかこの世界、ララライって劇団があるらしいです。

 

……。

 

 そんな騒がしい日々……まあ、しばしの休学ののち、学校に復帰。

 親がポリスに捕まる、なんていう事件だったから休むことが許され、僕も現場に居て直接関わったということでまあいろいろと許された。

 そんなわけで久しぶりに学校に行くと、ま~あああ茶化したり煽ってくるお子の多いこと多いこと。

 

「おい星野~、お前のかあちゃん捕まったんだってなぁ~?」

シーハー!

ギャーイ!?

 

 そんなお子には腕をぎゅうっと掴んで、まるで握撃をするかのように雑巾しぼりの刑に処す。捩じり込むようにして……捩じり込む! 頭の中にコードネームシードラゴンとか浮かんできたけど知らん。

 

「なにすんだよ中井出!」

「バカヤロー! 親が犯罪犯そうが子供がやったわけじゃねー! だというのに親が捕まって傷ついているお子に向かってなんたる……! 恥を知れ!!

「う、うるせーなー! 俺はっ───」

「うるせー! 言い訳をはぁはぁ~~~ン? さてはてめー、アイのこと好きなのかぁ~~~っ? そ~~~なんだろ~~~っ! え~~~っ?」

「なバッ!? バッばばばばっかじゃねーの!? べっべべべつにこんなヤツ好きじゃねぇし!?」

「ほうそうか。俺は大好きだが。ではアイ、なにか言っておやりなさい」

「えへへへへ、わたしもヒロくんのこと大好き~♪」

「や、俺にじゃなくてこやつに」

「───大嫌い」

「ぐっはぁっ!?」

 

 俺を見る目はシャイニングなのに、砂田くんを見る目は暗黒を煮詰めたような黒だった。すっげぇ変化である。

 はい、というわけでウザいやつにはウザさで返す。お前あいつが好きなんだろ系クラスメイツのうざったらしさは中々類を見ないからな。

 なお、席替えがあったけど例外としてアイは俺の隣で続投中。なにやら教師に家庭のことでまだ不安があるから中井出氏の隣がいいでござる的なことをごっさりと“嘘つき”を纏わせて言い負かしたっぽい。

 担任サマ、「辛かったね……!」と鼻をすすりながら一発了承だったとか。言い負かしたどころか一発なんじゃねーか。

 てへっ、と舌をチロリと覗かせながらウィンクを飛ばしてくるこやつは本当にこう……そのー……ねぇ? ぉヤヴァい覚醒をなされた気がしてならない。まったく誰かねこのお子をこんなにまでしおったのは……!!

 

「んー……ねぇヒロくん?」

「お? どした?」

「あのね? べつに悪いことしてるわけじゃないよ? 言い負かしたっていっても嘘はないし、事実を言っただけだし。こういうのってだめ? 嫌かなぁ。まずいところがあったら言ってね? 精度上げてみせるから」

「そっちじゃねーざます」

 

 精度云々じゃないんだよなぁ……。

 

  そんなこんなで───

 

 授業:算数。

 

「ヒロくん、これ教えて」

「ほいほい」

「えっとね、1+1」

「41」

「おー正解」

「ちゃんと算数やりなさい。てか懐かしいなおい」

 

 授業:国語。

 

「おがったとしぇってどういう意味?」

「おりましたとさ、って意味らしい」

「ねめまわし、は?」

「睨みつける~とかそういう意味だった気がする」

「昔の言葉って不思議。あ、じゃあ大好きと愛してるはどう言えばいいの?」

「そのまんまでいいと思うけど」

「大好き。……愛してる」

「俺に言ってどーすんの!?」

「返してほしいかな」

ダイス(サイコロ)キー()! アイシーテイル!!」

「そうじゃなくてー!! もー!!」

「んんっ!! ……星野さん、中井出くん、授業に集中するように」

「「はーい」」

「……みろ! 怒られてしまった!(小声)」

「おそろいだねぇ(小声)」

「おのれ……! ならば本日の給食の際、貴様の白米に持参したふりかけをかけておそろいじゃなくしてやる……!(小声)」

「じゃあ奪い取ってヒロくんのにもかければ、わたしとヒロくんだけおそろいだね(小声)」

「……他者より逸脱せんとするその精神……ご立派。よろしいその案で行こう(小声)」

「……ところでふりかけ、なに味? のり玉がいいなぁ(小声)」

「緑黄色野菜。大自然と契約を交わしたこの博光が、のり玉を持ってきてるわけがねーでしょう(小声)」

「~~……星野さん! 中井出くん! 前に出て立ってなさい!」

「見ろ! 怒られてしまった!」

「あははははっ、おそろいだー!」

 

 授業:家庭科。

 

「冴えない顔はァーおっよっしっよっアァーンタァーーーッ!!」

「地球はでっかいフーラーイーパーンーンン~ンン~♪」

「弾けてドンヒャラうっかっれってっおーどりゃーーーっ!!」

「たーのーしーいーじーだーいー♪ がぁ待ぁ~ぁ~って~るぅぜ~っ♪」

「「あぁダァーンスダァーンス・ハァッピィーダァーーーンス!!」」

「星野さん! 中井出くん! 閃光のリズムでクッキングパパのOPを歌うのはやめなさい!」

「みろ! 怒られてしまった!」

「歌い出したのヒロくんだけどねっ!」

「せんせー! 美味いもん作るから見逃してつかぁさい!」

「せんせー! ヒロくんの料理、とぉ~ってもおいしーから許してー!」

「…………はぁ。ああもう、あんなことがあったから騒がしさで悲しさを誤魔化してるのかも、なんて教頭先生に言われた時はいろいろ考えたけど……」

「料理はファイヤー!!」

「りょーりはふぁいやー!」

「先生! 中井出くんのところのコンロからなんか炎の鳥が!」

「バカヤロー! 調理中のフライパンから鳳凰が出ることくらいOHMYコンブの世界じゃ常識だぞコノヤロー!!」

「常識なわけがないでしょう!?」

「えー? でもヒロくん、火力料理を作る時、いっつも出してるよー? ねーヒロくん?」

「ねー?」

「一見平和な会話しながらすごい手さばきでチャーハン作るのやめなさい!? ていうか今日の家庭科はクッキーを作る筈だったのに、どうしてチャーハン作ってるの!」

「大好きだったチャーハンのお店が、店主が変わってから冷凍ピラフみたいな味に変わっちゃったんだって……(実話)」

「だからそれをここで調理する理由!! 理由になってそうでちっともなってないんだけど!?」

「はい! 博光特製究極チャーハン完成! おいっしーよっ!?」

「い、いやっ……だからクッキー……」

「せんせー食べないならわたし貰うね? ……あむっ、……おいしー!」

「おうおう、アイもたっぷり食いなせぇ。アイはほんと美味しそうに食ってくれるから作り甲斐があるなぁ。……だというのに、まったくこの教師は」

「なんで先生が悪いみたいな流れになってるの!? わ、わかったわよ食べるわよっ! ……はぁあ……生徒に振り回されて舐められっぱなしで……。私、教師向いてないのかn美味しいぃいいいいいいっ!?

「いえーい」

「いえーい♪」

 

 授業:体育。

 

「体が育まれている……今、俺、誰よりも体育してるよ……! はいっ! 飛べない鳥のポーズ!!」

「ぽーず!」

「ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ! 孵化のポーズ! 孵化のポーズ!」

「あははははっ、孵化のポーズ! 孵化のポーズ!」

「せんせー、星野さんと中井出くんが奇妙な動きをしまくってますー」

「なにやってるのあなたたちー!」

「やべぇバレた! いや違うんですよ先生! これは動的ストレッチってやつでして!」

「? ヒロくん、どーてきすとれっちってなに?」

「ム! よく訊いてくれたね愛弟子! いいかい? 動的ストレッチというのはだね!」

「中井出くん! 星野さん! グラウンド3周走ってきなさい!」

「簡単すぎてヘドが出ますぜー! さあ行こうアイ! 俺達の凄さをやつらに見せつけてやるんだ!」

「よしきた頑張るふぁいおー!」

「うむうむよっしゃあふぁいおー!」

「ところでどーてきすとれっちって?」

「……長くなる。走りながら話そう」

「わぁ、なんかシリアスな感じ?」

「いや全然。よーするに準備運動」

「ぴえヨンの時のみたいな?」

「そそ」

 

 給食。

 

「ティロリィン♪ うーちーぱー♪」

「ま~が~る二~枚~刃・G~ギ~ガト~ン♪」

「ア~イゼ~ンク~ロイ~ツ・ニ~ベレ~スタァ~ァ~ァイ♪」

「オ~ルレ~ツヘ~タイ~ト・ニ~ィウ~レタァ~~ン♪ ……はいっ♪」

「「し~かご~ぉだぁ~あっ・て~てお~い~しっ♪」」

「…………ねぇヒロくん? これってなんの歌なの?」

「美味いが咲く団子、と書いて“うさ団子”の歌。そのうろ覚えバージョン」

「うさだんご……美味しいの?」

「美味しいぞ~? ま、今はそれより給食給食。三角パックの牛乳ももはや懐かしいなぁ……」

「………」

「ホ? アイ? なんかソワソワしてるけど、どした?」

「うんっ、ヒロくんヒロくん、ふりかけまだかなっ」

「ふりかけ? …………ホホ、アイや」

「うんっ」

「ふりかけはな」

「うんっ」

うそじゃ

「!?」

 

 昼休み。

 

「んもー、いい加減機嫌直しなさいよアイさんや~?」

「………」

「ふりかけはなかったけど、“ライスですが?”は持ってきてたじゃない……ね?」

「ヒロくんが嘘ついた……わたしに嘘ついた……」

「え……いや割とお互いに結構嘘ついてる気がするけど」

「ぶー……楽しみだったことで嘘つかれたのがヤなの」

「のりをかけた者同士でお揃いなのに?」

「それは……よかったけど」

「ほらほら、アイ? ぎゅーってするから。機嫌直して?」

「~……なんか、それさえすれば機嫌が直るって思われてるみたいで、むぎゅっ」

「やかましいぎゅーさせろこの野郎」

「~……」

「そして直る機嫌なのでした。……ったたたた! これ! リバーブローはおよし!」

 

 授業:音楽。

 

「つまりね? インワードリップベースが出来るようになった人は絶対に、ダブルインワードリップベースを試したと思うの」

「だぶる?」

「そう。口の真ん中を閉じて、両方の口の端でボーするの。インワードリップベースが出来ない人は、まず舌でサポートしてやるとなんちゃってインワードリップベースが出来るようになるよ! はい、ボー!」

「ボー!」

「そうそう、まず口を開けます。顎を右か左にずらします。鼻の下を伸ばすイメージを保ったまま、上唇と舌唇がくっつく程度に顎を閉じます。もちろん顎は右か左かにずれたまま。で……ああまあ今僕左が下になってるから、口角が下がってる方で音を鳴らすって覚えておいて。失敗者に多いのは、ずらすことに意識を取られすぎて、下がってる方の唇と唇同士がくっついてないってとこ。リップロールを思い出してみればわかると思うけど、あれって唇のやわらかいところ同士がぶるぶる鳴ってるのよね。つまり?」

「吸う時も、柔らかいところ同士でってこと?」

「よくできましたー♪」

「できましたー♪」

「そういった理由で、リキんで唇を内側に巻き込んじゃってると柔らかいところ同士がくっつかないんだよね。さらには顎をずらして唇を交差させる、って意識しすぎて唇がちゃんとくっついてないとか。なので、舌で補助っていうのはそういうところ」

「どういうところ?」

「唇の柔らかいところを使う、って意識できたら、唇を舌で舐めて湿らせて、とりあえずボーのイメージで吸ってみる。吸う力は、んー……口を軽くイーってやって、そこから息を吸うとして、シーって軽い音がなる程度。そこにヘンな音が混ざるくらいの吸引力は要りません」

「ピィー……!?」

「吸い過ぎです」

「あはは、ヘンな音鳴った」

「はい、じゃあ吸ってみてー……ボーが上手くいかないようなら、吸うために少し開いた唇の……あ、くっついている柔らかい部分って意味でね? こう、くっついてる部分を左右で意識した上での先端。右口角から左口角って意味で、鳴らそうとして下げてる口角が右なら、この場合は左が先端ってことになるね」

「ほっひ?」

「そうそう。で、右で鳴らそうとすれば右が下がってるでしょ? その場合、右の口角を少し開けて、そこから息を吸うことで唇をぶるぶるさせてボーが完成する」

「ボー!」

「うんうん。その際、舌で軽く開いてる部分を狭めてやると、なんかちょっぴりぶるぶるがさせやすかったりする」

「ボボボボー……あ、ほんとだ。でもぶるぶるは出来るけど、ボーって強い音が鳴らなくなっちゃった」

「だからなんちゃってボーなの。下げた口角と上げた口角で言うと、上げた口角から少しずつ開いてる部分を狭めるようにして舌で補助してみよう。舌全体でもっちゃり……って塞ぐんじゃなくて、舌の先で少しずーつ狭めるように。吸いながらぶるぶる出来たら、それをコツとして補助無しでインワード出来るよう目指してみよう! さあアイ! キミはなにをやってみたい!?」

「ヒロくん、わたしシンセサイザーやってみたい」

「よろしおす!」

「せんせー、中井出くんと星野さんがヒューマンビートボックス講座始めてますー」

「あなたたちはもぉおおおーーーっ!」

「やべぇバレた!」

「あはははは!」

「お、音楽! 音楽ね! ちゃんと歌うから! ね!?」

「ヒロくんヒロくん、どんな歌?」

「ポピーザぱフォーマーのOP」

「ぽぴー……!」

「授業と関係のない歌を歌うのはやめなさい!」

「いや絶対優勝できますって! 校内合唱バトルでてっぺん取れますって!」

「歌は歌の教科書に載っている歌以外は認められてません!」

「ぬ、ぬう……“歌おう強敵(とも)よ”か……。これに載ってるのってどうにも……あっ! ニャホニャホタマクローの歌の元になった例の歌がある! これにしましょう先生!」

「やめなさい!!」

 

 授業:理科。

 

「ラスト授業で理科って珍しい気がするなぁ」

「理科は普通にするの?」

「危ないしね。フラスコとかビーカーとか、なんか特別な感じがするよね。他の授業じゃお目にかかれない特別感がこう……分かる? アイ」

「うん、なんか分かる、そういうの」

「…………ほっ、理科だと大人しいのね、あの二人……。はい、じゃあ今日の理科の授業は───」

「というわけでここに取り出だしましたるは丸底フラスコとその他実験素材」

「うんうん」

「ここにトニーだけの秘密の製法で抽出されし謎の液体を混ぜると───ハイ!」

「わー! なんか煙出たー!」

「やっぱり試験管とかの実験って言ったら一度は見てみたいよネ! このフラスコとかから煙がボフンッて出る実験!」

「すごいすごい! 初めて見た!」

「せやろせやろー!? すごかろー!? ちなみに一回出たらなんか勝手に消えるし害もない、トニーだけの秘密の製法で作られた安心安全博光汁です」

「トニーさんすごい……!」

「~……あああもう! 中井出くん! 星野さん!」

「やべぇバレた! か、堪忍やー! 仕方なかったんやー! だって一度はやってみたいじゃんこういうの!」

「ヒロくんヒロくん、やり方教えて!」

「よっしゃ任しとき! えっとね? ここに用意しましたる博光汁をこうやって……」

「ふんふん……」

「こぉおらぁあああああっ!!」

「やっべ怒られてる途中だった!」

「あははははは!」

 

 ……大体毎回毎回の授業を似たような感じで過ごし、やがてガッコは終わり、家に戻れば動画を撮影したり、まったりしたり、フツーに手元だけを見せる感じで料理を作る動画を撮ってみたり、甘えられたり甘やかしたり。

 モノから反射して顔バレしないように~とか覆面系は気をつけねばいけないことがたっぷりさ。

 まあ反射しても結局は着ぐるみ(顔だけ)着てるから問題なんてないんだけどね。

 

『ハイ! 今回は素人でも出来るお料理講座の時間ダヨ!』

「む~……そうきっぱり素人って言われるの、なんかヤダ」

『…………タマゴを電子レンジで爆発させる小学生を、料理経験者とは言わないんダヨ……』

「電子レンジ壊してごめんなさいでした……!!」【注:マジで壊れました】

『ウン、ボクもね、まさかパックで丸ごといくとは思わなかったからネ。ゴバババボォンッ! ってすっごい音鳴ったからネ。マジでビックリしたからネ』

「ゆ、ゆでたまごいっぱい使うっていうから、えっとー……てへっ☆」

『……今衝動的に“はいカワイイ”とかコメントしたくなったキミたちには、なんか腸腰筋だけゴリモリマッチョになる呪いをかけとくヨ……』

「ちょーよーきん? ってどこのこと?」

『うんうんいい質問だネ! ちょっと難しい感じで書くんだケドネ? 分かりやすく書くなら、こう……腰の───』

「あっ、わかった! ものす~っごい腰の筋肉だ! 腰って痛いと腰痛~とかいうから、それのすっごい筋肉! ちょーよーきん!」

『超・腰筋って意味じゃないヨ……』

 

 料理動画もアイと撮り直し、チャンネルは随分とまあ賑やかになった。

 すっごいためになるのは分かるんだけど、ずっと孤独なヒヨコ筋肉少年の動画を見ているのはなんだか胸にくるものがあったから……とかやいのやいの言われ、不覚にも『あ……そうかも……』とか納得してしまったからには、積極的にアイと一緒に動画を撮っては更新、というのを繰り返した。

 もちろん登録者数が増えて、人気になってくれば、学校でだって知ってる人が現れるってもんで。ぴえヨンはともかく、アイが噂され始めるのに時間は───

 

「要るに決まってんだろ人類この野郎……!」

「? ヒロくん?」

「んにゃ、なんでもないよー。さ、アイや? 帰ろうか」

「うんうん帰ろー♪」

 

 アイや俺の周囲には常に標的固定の聖域を展開している。

 動画に出たい~だの私も俺も~だの、私利私欲で僕らの日常を乱そうとするやつらはなんか近づけんように。

 なので僕らの生活はフツーに穏やかに過ぎ───なかった。

 12歳になり、幾日・幾月か過ぎた頃、アイがなんか……勧誘された。

 案内された喫茶店の奥まった席で、綺麗なソファ型の座席に俺とアイ、対面してスカウトメン。迂闊であった……! よもや学校外で我らに接近する者どもが居ようとは……! のびのび自然に遊びたかったから、聖域解除しておったわ……!

 

「ポーゥ……つまりお前は中学生モレルをヒョーテキにしたアイロルルルーフを作るのが目的とユーコトラナ?」

「あ、ああ、そうなんだが……(ルルーフ? ……グループか)。あー、キミは? っと、俺はこういう者で、斉───」

クゥロサキイィチグォ……!

「違うが!? 斉藤だ斉藤! 斉藤壱護! お前は何処のグランドフィッシャーだ!?」

「あっはっはっはっは、さすが、芸能系の社長ともなるとユーモアがおありなさる。で? 宅のアイをどうしたいと?」

「んんっ! あぁその……その前に、親御さんとかは───」

「俺とアイは二人暮らしだ。親は居ない」

「───マジでか。え……暮らしていけてんのか、それで。てか兄弟かなんかか?」

「質問に答えてもらっていいかな? 宅のアイを、どうしたいと?」

「~……そうだな、まずはそっちか。どうしたいって言うなら……アイドルに……アイドルにスカウトしたい! 言った通り、俺は中学生モデルのアイドルグループ結成のために、こいつならって娘を集めてるんだ! そして……そっちの彼女なら、絶対に輝けるって思ったんだ!」

「アイドル……ねぇ。それをしたとして、アイが幸せになれる可能性は?」

「俺の人生を懸けて約束する! こいつなら絶対にドームへ行ける! それ以上だって夢じゃねぇ! だから……この通りだ! 俺に、この娘を預けちゃくれないか!」

ダメじゃ

即答!?

 

 マッハで断った。僕知ってるよ? 推しの子って、アイがアイドルやってた所為で他のメンバーに妬み嫉みからのハブを味わわされて、そのくせ完璧を求められて、求められすぎて、密かに発することしか出来なかったSOSを同じメンバーにブログごと消去される、とんでもねぇお話のことだよね?

 しかもモロのあの様子からすると、アイドルで居た所為でアイは将来的には幸せにはなれなかったっぽいのだ。

 あのね、俺、原作軸のその後の話なんて知ったこっちゃねーのよ。今の、これからのアイを幸せにするっつーとんのじゃこっちは。

 アイに目をつけたのはいいコトだ。スカウトする気持ちもわかる。スゲーよく分かる。原作のほうでどうスカウトしてるかは知らんけど、今のアイは全身から幸福感情溢れ出させて、見てる人を惹き付けてやまない表情とかしてるからね。毎日健康と幸福に気を使い、筋トレもリズム運動も様々なケアマッサージも欠かさぬお陰で美貌も身体の成長も大変よろしく、『おまっ……これで12とかウソだろ……!?』レベルのスタイルをしてらっしゃる。ほんとね、スカウトに熱が入るのも分かる。スゲーよく分かる。スカウトメンとしてこれほどの逸材なんてそうそう会えないだろーからな。

 

「ちなみにアイドルグループって儲けても全員で分けるから大して稼げないんでしょ?」

「ぐっ……そりゃそーだが」

「アイドル“グループ”なんて名前ばっかで、気づけばみんなソロで活動してて、グループ活動なんてほんとのたまぁに。一番人気のある娘ばっかに仕事の依頼が来るようになって、気づかない内に解散とか。リスクが大きすぎる」

「心配なのは分かる! だが多少のリスクに怯えてたら、大きな夢なんて───」

「まあまあまあまあえーと。黒崎さん?」

「斉藤だ!」

「あなた、youtubeとか見る?」

「? いや、まあ見る時もある、程度だが……」

───ボク年収1億ダヨ

「は!? い、いやいやいや! いくらなんでもそんな───」

「アイー、見せておやり」

「うん。えーっとスマホスマホマホス~♪ ……はいっ、ぴえヨンチャンネル~♪」

「ははは、いやいや、こんなチャンネル見せられたって…………ほれここに収益が舐めたクチ利いてスンマセンでした……!!

「えっと、つまりね? わざわざ無茶しなくても、アイはお金に困ったりもしてないんだ。そりゃ、叶えたい夢とかはあるかもだよ? でもそれがアイドルだ~なんてどうして思えましょう」

「…………漠然としすぎてて、なんだそりゃ、って……思われるかもしれねぇ。だが、こいつなら金に溺れるよりも怠惰に沈むよりも、もっともっと……たくさんのやつらを幸せに出来るって思っちまったんだよ! 腐らせておくのはもったいねぇ! けどアイドルなら! その輝きをいろんな人に見てもらうことが出来るんだ! 太陽が眩しいことなんて誰だって知ってる! だがな! 画面ってもんで遮ったまま、誰も直接見なけりゃ、その眩しさで自分が照らされて、輝けることさえ知らねぇまま燻るやつらが世の中にゃあごまんと居るんだ! 俺は、その娘の輝きをそのまま埋もれさせていくのが我慢ならねぇ! 年収1億……すげぇことだよ。俺じゃあ何年かかるか分からねぇ金だ。けどな、その画面越しの世界に直接輝きに触れる機会があるか!? 画面越しにしか見れない輝きに、代わり映えのしない輝きに、いつまでそいつらは手を伸ばしてくれるんだ!?」

知らん

せめてちょっとは考えてから話さねぇか!?

「考えてもみんさい。画面越しがダメなら、じゃあ実際会ったらストーカーとか出て付き纏われて、最悪殺されるかもだが。責任取れんのかチョビヒゲこの野郎

「いっちいち激痛走るようなところつついてくるなぁこのおガキ様ァァァ……!!」

 

 苺プロダクションのスカウトメンは、なんだか涙を滲ませながらも引き下がらない。

 どうしたものかなーと考えつつ、ちらりと隣のソファに座るアイを見ると、うーん、と顎に人差し指を当てつつ、天井を仰いで考えているようだった。

 ……おや? 考える余地があると……? もしや、やりたいの? アイドル。

 

「じゃあもうあれだ。アイ、お前アイドルとかやりたい? 人気出るまではものすごーく地道な行動で人気を集めて……ああまあここらは俺達経験済みだから……いや、それをまた1から、今度は一人でって話になるか。グループ集まるか知らんし、集まっても仲良くなれるかも分からんし」

「んー……」

「俺は、アイがそうしたいっていうなら応援するよ。何事もね。まあその場合はいろいろとやることやるけど」

「……ヒロくんの本心は? あ、嘘はだめだよ? 私、嘘は分かるからね?」

「俺の本心? アイを幸せにしたい、それだけだけど?」

「───…………」

「アイ?」

「……へ、へわっ!?」

 

 ポム、と顔を紅潮させて、なにやら頬が緩むのを我慢するような、けれど眉は八の字で困ったような、とても不思議な顔をするアイだけど、ハッとすると立ち上がり、てととっ……とえーとサイトードーサンだっけ? の座るソファの後ろに回り込むと、コッソォ……となにやら小声で話し始めようとしていた。

 ……ホッ! アイが僕に隠し事とは! なんか嬉しいなぁ! これも成長ってやつか……! いいよ、アイ。そうして人は成長していくんだ……! いつか堂々と話せるようになったら話してくれればいい。それでいいんだ……ええぞ! ええぞ! あ、でもやばいことしそうだったら全力で止めるか、それが絶対に成功するようサポートするからね? そうなったら、言わなかったのが悪い、ってことになるから。

 あ、どうぞどうぞ俺のことは気にせず話して?

 

「えっと…………えへへへへへ……♪」

「内緒話に来たと思ったのに表情ゆるゆるで照れまくらないでほしいんだが……」

「だってだって幸せにするのが本心だって……えへへへへ……えへー……♪」

「(くっそ笑顔見てるだけで、やけに目ぇ惹かれる……! 出来れば逃したくねぇが……)……はぁ、で。なんだ? わざわざこっち側まで来たってことは、内緒で話したいことがあるんだろ?」

「あ、うん。アイドルってさ、その……愛してる~とか、大好き~とか、ファンの人たちに言うんだよね? この際だから言っちゃうけど、私、そういうのきっと、本心では言えないよ?」

「…………そりゃあ、あれか? そっちのガキと、いい感じ……ってことか?」

「同じ想いかは分からないんだけどね」

「幸せにするのが本心って言われててもか?」

「……やっぱりそうかなっ、そうかなぁ。えへへへへ……あ、べつにキョーダイってわけじゃないよ? 友達で仲間で家族~っていう、不思議な絆の私達です。まあ、ヒロくんはいっつも私に幸せをくれるし、私も全力でアプローチしてるんだけどね」

「……それ俺に言う必要あるのか……?」

「あるある。……えっとね、もしアイドルっていうのが“その他大勢を本当に愛さなきゃいけないお仕事”なら、私は絶対に嫌。大好きも愛してるも、その他のやさしい感情も全部、ヒロくんが教えてくれたものだから。嘘も混ぜずに本気で愛せなんて、そんなことは絶対に出来ないから。やれるやらないの話じゃなくて、無理だから。アイドルは恋人なんて作らないものだ、っていうならそれもヤダ」

「おいおい……あれもこれもヤダヤダダメダメで通るほど、世の中甘くねぇぞ?」

「へー? ふーん? じゃあ、他人に夢を見て罷り通るほどには、世の中って甘いものなの?」

「なっ…………こんにゃろ」

「私ね、欲張りなんだよ。そのくせ臆病者でさぁ。欲しいなぁって思ったものは絶対に欲しいって思う。諦めたくなんかない。でも、踏み出せば壊れちゃうんじゃないかってビクビクしてる。あ、同情してほしい~とかそういうの狙って話してるんじゃないよ? むしろ逆かな。“私”はこーゆーめんどいのだから、諦めてくれないかなって」

「そりゃ無理だな。なにがなんでもスカウトしてぇ」

「えー……? 面倒だなぁ。んん……自分のこと話すのって難しいね、やっぱりあんまり好きじゃないけど……きっとあのままじゃ壊れていくだけだった私を、ヒロくんだけが見つけて、分かってくれて、受け止めてくれた。それを否定する全ては、私にとっては“気になるなぁ”って気持ちも向けられないものでしかないから。全部を手に入れたいって思いはあるけど、それをした所為でヒロくんに関するなにかをとりこぼしちゃうくらいなら、って思いもある。人間って面倒だよねー」

「まあ、面倒って部分に関しちゃ激しく同意だな……」

「うん。だからね、つまりえっとー……うん。手が届くものは、幸せを邪魔しないものほど欲しいなーって思っちゃうんだ、私。わかるよね? ヤダヤダダメダメを否定され続けるなら、そうまでしてアイドルやる理由なんてないんだよ。だってそんなのやらずにこれまで通りで居られるなら、幸せなんだもん私。つまりヒロくんが肯定してくれるなら、なんかもういろいろいいかなーとか」

「ベタ惚れじゃねぇかお前……。もしかしてお前ら、行くところまで行ってる仲……か?」

「んー? えっと、そうだなぁ……私が甘えてー、ヒロくんが甘やかしてくれてー、熟睡してるヒロくんに私が飽きるまで抱き着いたり頬ずりしたりする……仲?」

「いやに中途半端だなおい! そんなん指折り教えられてもだな……! ぁあいやいや、12なんだもんな、そんなもんだよな、ああ、うん……」

 

 アイとイチゴ=サンは、なにやらヒッソォと話し続けている。

 が、ここで邪魔をするほどおヤヴォではござんせん。全てはアイが考えて決めること。それがどんな結論であれ、彼女が幸せだと思える道に繋がるのであればこの博光、なにも迷うことはございません。グループに入ったことで嫉妬されたりするようなら、そのグループの根性を叩き直す所存ではござんすが。

 ……ところで僕、キン肉マンの世界の数ある技の中で、メイプルリーフクラッチがとても好きなんだ。……関係ないけどね?

 

「それで、だ。お前さんは……スカウトを受け入れる気は、あるか?」

「んー……恋人OKのアイドルならやってみたいかも。あっ、あとグループじゃなくて、私だけでなら」

「なっ……ソロでやるってか!? いきなりそれは荷が強かねぇか……? グループの強みってのは、まずどっかの誰かが、グループの中の誰かを気になって、メンバーのことを調べていく内に……ってのが大体だと思う。逆を言ったら、誰の目にも留まらなかったら……」

「え? 私、べつにヒロくんが見てくれればそれでいいよ? なんなら私を見てくれる人全員をヒロくんだーって思えば、どれだけでも嘘はつけると思う」

「───…………お前大丈夫か? メンヘラ……いや、ヤンデレ……いやいや……結構ヤバイレベルであいつのこと好きなんじゃ……」

「あ、私、そういうのとは違うらしいから大丈夫だよ? それってあれだよね? たしかえ~っと……“束縛監禁飽きたら殺す(壊す)”が詰まった、どこにデレがあるのか分からない、デレを侮辱している名前のあのー……ね?」

「いや“ね?”じゃないが」

 

 ややっ? サイトーさんがなんかげんなりした顔で俺を見てくる。え? なに?

 俺なんにもしてないよ? ここでこうして待ってるだけだよ? な、なに?

 

「ヒロくんから聞いたんだ。あれらはただの所有欲と独占欲と承認欲求だけが先走った、()求める(・・・)ことだけしかない、“与え、尽くし、広げていく情”って呼ばれる“愛情”とは程遠い感情だって。欲してばっかりで与えることを蔑ろにしたものをデレと呼ぶなんて、デレへの冒涜だ~って」

「ほーう……? じゃあお前は独占したいとは思わないのか?」

「思うよ? そりゃね。でもそうやって束縛して動けなくしたのなんてさ、私が欲しいヒロくんじゃないんだ。ただのヒロくんって存在が傍に居てくれればいいなんて考えは、これっぽっちも私にはないから。だから私もね? そんなものを“好き”だなんて、“愛”だなんて認めない。好きってね? 愛ってね? ……とっても暖かいんだ。私は、私のそれを穢す人を、誰であろうと許せない。それをしていいのは、それを私に教えてくれたヒロくんだけって思ってる」

「………………」

「斉藤さん?」

「っとと、ああ、いやその……なんだお前、ポヤポヤしてるって思ったけど……案外しっかりした“自分”、持ってるんだな」

「うん。ヒロくんが言うには、ほんとは結構危なかったんだって。お母さんに殴られて生きて、ご飯に割れたグラスとか混入してて、そんな現実をヒロくんが壊して、なにもなかった“わたし”を受け止めて、良いも悪いも、全部全部受け止めて、甘やかして、教えて、学ばせて、笑わせてくれなかったら、えっとー……なんていったっけ。発達しょーがい? っていうのになってたんだって。まあ実際にはちょっぴりなってたらしいんだけど。人の名前とか覚えるの苦手でさぁ、一期一会~とか言ったって、ちょっぴり話すだけの相手のことなんてどうせすぐ忘れるんだから~って、記憶に留めておこうって気がそもそもなくて。ほら、関心がなければ相手だって関わってこないでしょ? 関わらなければわたしも平和。そんな風にどんどん腐っていくだけだったわたしを、それも含めて全部ヒロくんが受け止めてくれたから、斉藤さんにスカウトされるような“私”がここに居るの」

「…………なかなかスゲェ人生歩んで来てんのな」

「うん。でもね? 歪んでた私の人生はね、お母さんが壁にめり込んだ時から、きっと始まったんだって思えたから」

「……へっ、12のガキがいっちょ前に綺麗な顔で笑いやが今なんて?

 

 サイトーさんがなんかめっちゃ動揺してる。い、いったいどんな会話バトルが繰り広げられているんだ……!?

 き、きっと僕には考えもつかないような心理戦を繰り広げ、アイにとっての好条件を引き出しているに違いねぇ~~~っ!

 

「だから、うん。アイドル、やってみたい。条件についてはヒロくんがいろいろ言うと思うけど、それを飲んでくれるなら~ってことで」

「マジかっ!? そ、そっかそっか! 任せてくれ、絶対に悪いようには───つか、いやおいマジでなんて?

「ヒロくーん、お話終わったよー。条件付きでいいなら、アイドルやる~って」

「なんと!? フッフフ、宅の可愛いアイを見事勧誘してみせるとは……! この博光、どうやら貴様を侮っていたようだ……!」

「いやちょっと待って!? なぁ待って!? 今ものすげぇ捨て置けないこと言われたんだが!?」

じゃあまずは資金面とか護衛(アイのみ)で全力でサポートするね? とりあえず軍資金として2億出すから好きに使っていいよ

お前こいつに対して激甘すぎやしねぇか!?

「幸せなんて人それぞれだもの、フツーフツー。あ、事務所だのトレーニング施設~だのが近いところに拠点作るから、そういうのも一度話し合おう。あ、食事の管理とかは任せておきたまへ。高級お食事店よりもよっぽど安価で健康によくて美味しい料理なぞ、こっちで全然用意出来るから」

「い、いや、忙しい時には手作り~とかも言ってられないだろ」

「お黙り。作ります。余裕で間に合わせます。まあま、サイトーさんが“俺を信じてアイを預けてくれ~”とか言うなら、そっちだってこっちを信じなさい。それが出来ないならこの話は無しです」

「うお……身内が厄介なタイプって、やっぱ何処にでもいるよなぁ……」

「サイトーさん? ヒロくんなら絶対に悪い方向には向かわないから大丈夫だよ?」

「……こっち側を知らないヤツに胸張られたって、俺には不安しかねぇわけだが───はぁあ……!」

 

 不安を隠しきれないサイトーさんをまあまあまあまあと説得して、いざ、まだ見ぬアイドルの世界へ───!

 あ、ちなみに『アイ、アイドル始めます!』的な告知はフツーにぴえヨンチャンネルから発信した。で、早速固定ファンを手に入れてた。

 ……こちとら既に数百万の登録者数を誇るぴえヨンチャンネルぞ? しかもそのほぼがアイ目当ての人ばかり。目ぇ惹くもんなぁ、アイったら。特に俺に向ける笑顔がキラキラカワイイってんで、めっちゃくちゃ人気がある。むしろトレーニング動画撮ってるのに、『いいからヒヨコ、カメラ持て』『おい鳥類、お前がカメラ持たなきゃアイちゃんが笑顔向けてくれないだろ』『いつもためになる動画をありがとう。とりあえずカメラ持ってください』とか……ピッ……ピヨォオオオオッ!?

 まあ……そんなわけで、アイがソロで始めたソロユニットは新しく増設したアイのアイドルチャンネルを早速盛り上げたわけで。

 まず、サイトーさんにアイドルとは、のハウトゥーを教わり、それについて猫の里で練習した。めっちゃ練習した。現実世界より時間の流れがめっちゃゆっくりなあそこで、とりあえず他人にパーフェクトスマイルを見せられるように、って練習した。

 アイは、起きた状態では初めて来訪する猫の里には大変戸惑っていたものの───

 

「!? !?」

「ささ、アイや、こっちこっち」

「ひ、ヒロくん? ……ヒロくん!? ここ何処……!? 怖───」

「博光の世界です」

「じゃあ安心だ!」

 

 ───秒で慣れた。

 おまけに観客として猫をたくさん用意して歌わせたり躍らせたりした結果、少しずつアイドルというものを知れていっているようだった。なによりなにより。

 そんな場所で撮影した努力動画もチャンネル登録者限定で公開して、結構な人気を呼んでる。アイが、ぴえヨンチャンネルに参戦した頃からずっと努力を続けていることを知っている登録者達なんかは、

 

[努力動画たすかる]

[なんかこの猫二足で立ってね?]

[や、CGか合成かなんかだろ流石に]

[07:27 はー! アイのこの時の笑顔、尊ー! スタイルもいいしなによりオーラが違う! これで同い年とか嘘でしょ反則すぎ! あー、生まれ変わったらこの顔がいいなぁ]

[分かり味が強い]

[なんっつーか……今まで推しとか分からんかったけど、今なら理解できる気がする]

[ようこそ]

[ようこそ]

[ようこそ]

[この悪夢(脳死)へ、ようこそ]

[ようこそ]

 

 とか語ってらっしゃって、まあ大体は肯定的なコメントが多くつけられた。

 しかし一方で、

 

[あれ? でもこれぴえヨンチャンネルだよな?]

[あれ? 鳥類が居ないぞ?]

[バッカよく見ろ、アイちゃんがこっちに向けて真っ直ぐ笑顔くれてんだぞ? 察しろ]

[最初からカメラマンモードとかたまにはやるな鳥類]

[そうそう、それでいいんだよそれで]

[ぴえヨンさん、今日もカメラマンありがとうございます。努力をする人を真剣に見守る姿に、いっつも安心感もらってます]

[おっ、いつもの]

[鳥類保護団体(個人)さんオッスオッス]

[まあゆーてぴえヨンすごいのは事実だしな]

[困った人を助けたyoutuberランキングがあるとしたら、何年連続No.1だよ]

[まあ、確かに。俺ぴえヨンのお陰で整体師に一生付き合っていかなければいけない腰痛かも……とか言われてた腰、マジで治ったぞ]

[俺は夏場になると身体から疲れが抜けなくなる謎の状態が治った]

[あ、それ俺も]

[ワイも]

[シンママでずっと苦労してた母が坐骨神経痛で苦しんでたんだけど、動画教えて一緒に続けてたらマジで治った。母さん泣いてたよ。恥ずかしくて素直に言えなかったけど、この流れなら言える。ありがとう、ぴえヨン]

[俺も。ありがとう]

[わたしも。ありがとう]

[それはそれとしてアイちゃん可愛い]

[wwwコwwwラwww]

[流れぶった切るなww]

 

 と、ボクにも一定数のキッチリしたファンが居てくれてるとちょっと前に知った。

 が、しかし、今はとにかくアイのアイドルとしての能力向上に努めねばと、努力動画はぴえヨンチャンネル、ライブっぽい映像はアイチャンネルでの投稿となった。といっても、まだろくにそれ関連の投稿は出来てないわけだけど。

 

『ほらほらー、アイちゃんー? まだ表情が硬いぞー?』

「うーん、もっと簡単にいくと思ったんだけどなー。やっぱりヒロくん(特別)への想いはなかなか越えられないってことだねっ、笑顔にもこんなに差が出るなんて思わなかったよ」

『ピヨピヨピヨ! いずれ慣れるヨ! どうせなるなら究極の嘘吐き(アイドル)だヨ。魅せる相手には究極も完璧も、至高も完全も見せつけたらいいさ。ボクには弱音でも愚痴でも、甘えでもなんでもかんでもぶつけて来なさい。むしろそれを隠したら、ぴえヨン大変怒ります』

「わー……わわわ、私、限界とか知らないのかなぁ。でも、これは自信持っていいことだよね? ……好きとか愛の上限があるかなんて知らないけど、まだまだもっと、好きになってる……」

『? アイちゃんー?』

「ヨシッ、見ててねぴえヨン! もうね、すンごいアイドルになって、ぴえヨンの目も釘付けにしてあげるから!」

『なに!? そんなことは神が許さんぞ!』

「だったら神様だって幸せに騙してみせるからね!」

『退けぬか!』

「退けぬー!」

 

 こんな感じで、俺達の日常はまああんまり変わらずに過ぎていった。

 一応ガッコもあるから勉強もしてレッスンもして~、なんて普通に無理だから、こうしてネコット農場に来ては時間を調節、現実の一時間がこっちじゃ一ヶ月、なんて幅でズレ、そのくせ歳を取ることはないんだから便利な世界ですって感じで日々を過ごした。

 お陰でアイは文武両道な上にアイドルまでやってるってんで、そりゃあもうガッコでは注目の的ですよ。……え? 俺? 俺の話なんかしてないでしょ! なにを言っておるのかねまったく!

 そんなわけで中学のいつ頃だったかに引っ越し。全ての好条件が詰まった物件を土地ごと買って、そこに合ったガッコへ通うことに。

 そっちでも当然アイのことを知る人は居たけど、まあ私利私欲の承認欲求モンスターは近寄れないからね、俺達はモノスゲー平和な学園生活を送れましたさ。

 

「シャチョー、アイドルってこんなに暇なもんなの?」

「シャチョー、仕事ないなら帰っていいー?」

「社長だ社長! なんか妙な伸ばし方の言い方やめろ! 衣装も詩もダンスも振り付けも、なにもかもが揃ってないんだ、しゃーないだろ」

「でも別のグループのえーと……B小町? はもう活動開始してるよね?」

「だから言ったろうが。まずは人数を武器に知ってもらうことから始めたほうがいいって。お前らは確かにネットじゃ有名かもしれないけどな、好き勝手に場所を選んで歌選んで~とか出来るほど知名度が───」

「よし、じゃあアイチャンネルでアイドルしてみました動画、もっと投稿するか。現実の準備はまだまだみたいだし」

「歌って踊って?」

「そうそう、弾ける笑顔でみんなを笑顔にするのさ」

「いや、お前らなぁ…………まあ、確かになんにもやらないよりは……なぁ」

 

 そんなわけで早速……曲を用意して、振り付けだのなんだの、ボイスレッスンだのなんだの、これまで出会ってきた僕の皆様の意志の中から選りすぐりを召喚して、一本の動画のために、懸命を示した。

 そう……いきなりマッソウなひよこのチャンネルのサブチャンネルから、アイドル歌って踊ってみた動画が突拍子もなく出ようとも……懸命な人の言葉くらい、私にも聞こえる……って人はいっぱい居る筈さ。

 

「───っ♪」

(いいぞ……アイ……! そうだ……お前はエースなんだ……! ゴーゴーフトシ! ファイトファイトフトシ! フト……フトシ関係ねぇよ!)

 

 そんなわけで、歌って踊ってみた、いわゆるアイドルしてみた、を僕が用意した場所で披露、動画にして、世に配信した。

 場所自体はね、いくらでも創造したり、なんなら霊章世界にたっぷりあるから、存分に飾ったり魔法を使ったりでエフェクトレベルマックスで彩った。

 さらにはモロにもろもろのことを聞いてきたので、ちょっと次元をいじくって、殺され、星に帰ってバラバラにされるだけだった魂を招いて……アイに重ねた。

 すると最後の部分で感極まって泣いてしまったアイは、それでも心から『愛してる』を口にして、歌を終わらせた。

 

「…………───……」

「アイ、どうだった?」

「……、ぁ……あ、うん。すごかった。いろんな景色が見えて、最後に子供を抱いてる私が見えた。そしたらね? 自然に“愛してる”って……信じられないくらい、心を込めて口に出来てた。……あ、信じられないくらい、っていうのは、ヒロくん以外に向けてって意味でね? ヒロくんに対してなら、もっとも~っと気持ちを込めて言えるよ? 溢れ出てしょーがないくらいだもん」

「そかそか」

「それで……さっきの、なに? 成長した私がお腹刺されてて、たぶん……自分の子供に愛してるって言って、死んじゃう……なんて光景を見た……と、思う……」

「んむ。それはアイが俺と関わることもなく、母親が勝手に窃盗で捕まったあとの世界線だと思う」

「……? 私、ここに居るのに?」

「そういう世界もあるって話だよ。で、そこではアイは何者かと子供を作ってた、というわけで。ほれ、ちょっと一部を覗き見~♪」

 

 言いつつ、アイの額に触れて、一部を流してみる。……おお、不思議。

 

「え……わー、なんかやだ。……しかも相手が思い出せるのが余計にやだ。子作り、のことはよく分からないしそれは思い出せないのはよかったけど。あっちの私はこの人のなにがよかったんだろうなー……」

「………」

『………』

「? ヒロくん?」

「そっちのアイが、興味深そうにキミの傍に浮いてるけど。どうする? 魂に溶け込ませて一体化するとか出来るけど。そうすれば、いろんな経験を受け取れるよ? 一応相手、アイドルのプロヘッソナル? らしいから」

「え、そんなこと出来るの? んー……余計なものはいらないから、技術とか……これがあればヒロくんに面倒かけないかもなーっていうのがあれば、じゃあ」

「そかそか。そちらもそれで良い?」

『………』

「アイ」

「なに?」

「そっちのアイね、もっと大好きも愛してるも、伝えたかったって。たった一言しか本心から口に出来なかったからって」

「………」

「だからね? もし一緒に居ていいなら、なんかそのー……お手伝い? もするから、一緒に頑張って落としちゃおう? とか言っとるけど……落とすってなんだか分かる?」

「───……余計なことをー……なんて思ってちゃ、ヒロくん……分かってくれないよねぇきっと。ん、わかった。なんかとんでもないこと続きだけど、もう慣れちゃったよ。やっちゃって、ヒロくん」

「ようがす」

 

 ───ある日、どこかの未来にてモロが知る先へと到達し、本来なら星に召し上げられて魂をバラバラにされていたであろう、星野アイの魂を転移させた。

 その上でこちらのアイの魂と融合させると、彼女らの魂は様々を共有。

 知りたいもの、知りたくないものいろいろと混ざって、知りたくないものは除外される筈だったのに───

 

「待って」

『……?』

「除外しちゃ、だめ。ヒロくんは、どんな私でも受け止めてくれるから。……捨てちゃったら、もう私じゃない」

『………』

「大丈夫大丈夫。あ、でもヒロくん以外と子供を作った記憶は……うーん。あー……うーん……」

『………』

「そうして笑ってられるのも今の内だから。ヒロくんからもらったもの、全部知ればね、そんな愛も知らないまま子供作ったこと、ぜぇ~ったい後悔するから」

『………』

 

 なにやら話し合っていたようだけれど、やがては混ざる。

 閉じていた目をすう……と開くと、その瞳の輝きは更に増していて……そして。

 

ウヴォロシャアアアーーーッ!!

えぇええーーーっ!?

 

 アイは、盛大に吐いた。

 わたしはたいへんおどろきました。

 

 

 

-_-/星野アイ(幽霊)

 

 涙目でがくがく震えながら、何度かえずいて少しずつ気持ち悪さを逃がしていく。こんなに吐いたのは、妊娠が分かった時以来かなぁ……まさか昔に体験したことが、こんなにも気持ち悪いことだとは思わなかった。認識の違いって凄いね。

 えーっとたしか、ひろみちくん……ううん、ひろみつくん、が用意してくれたお水でうがいをしたあと、梨ジュースを喉に通した。わ、これおいし。

 

「で、どしたの急に。刺された記憶とかが刺激的すぎたとか?」

「……ヒロくん以外に抱かれた記憶が心底気持ち悪くて。抱かれた方の私も、ヒロくんからの大好きと愛してるを受け取った所為で、愛のない行為が気持ち悪かったみたいで」

「OH……」

 

 その通りだ。私は愛を知ってしまった。そして、カミキくんには愛が無かった。

 知れた今だから思うけど、あれは愛を与えられる存在じゃない。愛情を欲して欲して勘違いして、渇いて行く方だ。そしてたぶん……満たされることなんか、ない。

 

「うぇえ……んん、……迫ってきた光景までは見たけど、そこは抱かれた方の私が遮ってくれたから、“経験”はしないで済んだよ……うん。でもヒロくん以外の男の裸とか……うええええ……! あっちの私はばかじゃないかな、ばかじゃないかなぁ。愛もないのにちょっぴりしか関係のなかった男に抱かれて、子供が出来れば愛せるかも~とか。……あぁあああ……すっごい後悔が滲み出てくるよぅ。ヒロくんヒロくん、甘やかしてよぅ」

 

 素直にいいなぁって思う。こっちの私は本当に大切にされてる。

 思い出そうとすればいろんなことが簡単に思い返せるし、名前を間違える~なんてこともなさそうだ。……ほんと、いいなぁ。

 

「おうおうこっちゃこいこっちゃこい。都合の悪い記憶なんざ消しちまやぁいいのよさ。確かに向こうのアイはお子を育んだけどね、最終的には愛せたんだから、そんな愛だけ覚えとりゃあいい。ていうかあのー……そこまで盛大に吐くとなると、もう同じ男と子供を作る、はしないと思うけど───その場合、産まれてくる子は違うお子になるやもだけど、覚悟は出来てる?」

「うん余裕で。大丈夫、そもそも私、あいつに遭う(・・)気、これっぽっちもないしね。ていうかヒロくん? 分かってて言ってるよね? 20まで生きた“私”の経験から、発達障害にもならなかった“わたし”の経験を重ねた上で言うけど、嘘も誤魔化しも、もー効かないからね?」

「嘘? 誤魔化し? ホホ……アイや? この博光、アイに対してはいつだって誠実ぞ? 幸せにするって言って、いつだって幸せにしようと努力をしてきんした」

「むうっ……そうだけどさ。じゃあヒロくん? わたしが16になったら結婚してーって言ったら?」

「え? いいよ? 4年後でもまだ法律的に16で結婚出来るし。あ、でも俺も同い年だしそこは……」

「ぇ……ふえっ!? ぇ、ぇあ、いいの!? じゃ、じゃあ、その、初夜。とかは……」

「もちろん。望むなら子作りだって応じましょう。ただ、それが子供を作れば愛せるかも~なんて考えだったらノン。ちゃんとこの博光を愛し、愛し返されまくり、愛でられまくり、好かれまくり尽くして、その上で家族といふものになり、家族でい続ける努力を出来るのなら、だけど」

「う、うんっ! いいっ、それでいい! それがいい! ていうか私も愛し返すから! ヒロくんばっかり私のこと好きで愛してるわけじゃないからね!?」

 

 こっちの私は、涙を散らしながらもそう大きな声で返した。

 まだまだ子供なんだなーなんて思いながら、私もちゃーんと親代わりが居て幸せだったら、違ったのかなと……どうしても思ってしまった。

 

 

 

-_-/中井出博光

 

 アイの元気な声を耳にしつつ、ちと悩んだ。あ、もちろん行動は開始するよ? たださ? アイからちょっとブレて重なってる向こうのアイからね、後悔とかめっちゃ滲み出てんの。なんとかしてやらんと、こっちのアイにまで結構影響しかねねーんじゃあ……と不安になったわけです。

 が、ええよろしおす、意識を切り替えていこう。

 そう、結婚だのなんだの。女性の幸せの全てが結婚にあるだなんて思っちゃいないし、結婚した所為で不幸になるお子もたくさん居る。だが、最初から努力をしないでなるようになる、なんて考えでいくのならそもそも結婚なんぞせぬ。

 前までは頑なで一途村のイチズさんだった俺だけど、世界が、状況が変わればこの博光の歩く道も変えるべきだ。そして、能力があって、それを使えば幸せになれるのならば使うべきだとも吹っ切れた。

 よくね、ほれ、転生特典~なんてものを得て、それを使うことを躊躇するお方とか居るけどね、転生とくれば特典~なんて思ってる人がなにを今さら、とか思ってしまいませぬ? 相手の意思を完全無視してエロスに走れる能力を手に入れた~とかいうゴミカスは別として。

 何年も生きてりゃあ考え方も変わるってもんでしょう。で、俺はもうそういうそのー……俺がなにかを頑張れば誰かが幸せになれる~って場面でチューチョはない。

 一途村のイチズさんを気取って、どんな状況だろうと一途に一人を想う……とてもステキ。俺もそうだった。何年も何年も何年も何年も。でもね、や~っといろんなしがらみから解放されて、家族(ファミリー)のもとに戻ってからね、思ったんだ。

 

  ……俺が出会ってきた人たちの中には、俺が寄り掛かるだけでいったい何人幸せになれる人が居たんだろうって。

 

 ある日家族に訊いてみたら笑われましたさ。“数えきれない”って。

 世界が違えば人も違う。人生も違う。だから、ひとつひとつの世界でいちいち考えるな、幸せに出来るなら幸せにしちまえって。

 ある世界で孤独な少女を助けた時、ひどく真っ直ぐに“あなたしか居ない”と言われた。でも俺はイチズさんを貫いていて、でもその子もイチズで、助けてくれたお礼だ~とかじゃなく、依存だ~とかでもなく、ただただひたすらに愛を訴えかけて来た。それこそ生涯をかけて。結局臨終の時まで一心に俺を想ってくれた。思えばその時から、それは引っかかっていた。俺が傾くだけで、この子はいったいどれだけ笑ってくれたのだろうって。どれだけの“楽しい”を人生に飾ることが出来たんだろうって。

 思い出したらもうダメじゃったよ。だからもはやチューチョは無い。

 だがシャチョーがどう撃って出るのか……コレガワカラナイ。

 

「というわけで。アイや」

「うんっ、なにっ? ヒロくんっ」

「あちらのアイ側に、ちょっと意識を傾けといてみて」

「? ……うん……?」

 

 アイにお願いして、そうしてみてもらった。

 20歳になるまで愛を知らず、刺され、死ぬ間際にようやく愛するってことを知ったお子。

 ……でもね? 考えてもみてほしい。愛してるは知れたのに、彼女は……愛されることを知らないのだ。そんなのってあんまりだと思う。

 だから俺は、さっきまでの喜びを全面に出したアイではなく、今現在戸惑いばかりを滲ませているこのお子を、やさしくそっと抱き締めた。

 

「え、ちょ……」

「アイや。今から貴様に……愛してるは知ってるのに、愛されてるは知らない貴様に、それを届けようと思う」

「ぇ…………は?」

 

 わけがわからない。それを声に乗せたからこそ出たような、声が聞こえた。

 出来るわけがないと。そんな簡単に知られるんだったら、歪な“好きだ”にお腹を刺されることなんてなかった筈だと。

 

 

 

 

-_-/星野アイ(幽霊)

 

 そうだ、そんな簡単に知ることが出来るものだったら、もっと自分の周囲の愛してる人達のために警戒だって出来た。警戒できてたら、もっともっとアクアとルビーの先も見られた筈だ。そして、もっともっと愛してるを言えて、言った先でいつか、アクアとルビーにも愛してるを言われて、それで私も、いつか───って。

 だから、声に出た言葉なんて、期待をこれっぽっちも持たないものでしかなかった。

 

「うーん……意味ないと思うけどなぁ」

 

 その声色はきっと、佐藤社長が私を勧誘してきた時に似ていた。 

 アイドルなんて向いてるわけないじゃんって、自分だけで完結していた意見と未来。

 それでもあの時言われた言葉を信じて、自分でも期待して、ずっとずっと嘘を吐いてきた。

 いつかそれが本当になる日を願って。

 でも……嘘は私の未来を殺した。

 アクアやルビーは今どうしてるんだろう。

 幽霊になってでも二人の先を見たかったけど……でも、私は知っている。

 私は幽霊にはなれなかった。どころかお星さまに召し上げられて、バラバラになる未来しかなかった。なのに、私をこうして抱き締めるこの人に呼ばれて───と、ここまで考えた時だった。

 すっかりと前の自分の意識に傾き過ぎていた私の鼓動が、感じたことのない跳ね方をした。

 なに───と疑問を抱いた時には、もう私の中にあった渇いた感情の砂漠に呆れるくらいの津波めいた……ほんとに感情の津波とか滝とか渦とかがだっぱーんって雪崩れ込んで、私から考える余裕ってものを奪っていった。

 前の身体よりも、なんだかすっごい考えられることが増えた気がするけど。佐藤社長のことだって、ほんとは斉藤社長だって言い直せるくらいだけど。

 そんな考えにちょっぴり考えを傾けた瞬間には───

 

「───アイや。キミが好きだ。愛してる」

 

 ───……やさしい言葉が耳に届いて、耳から心に届いたら、もうまともに考えられない。

 渇いた心の砂漠を水没させた滝と津波と渦が、一瞬で幸福って感情に書き換えられて、好きの意味も愛してるの意味も、それを言われてとても嬉しいと感じることの意味も、全部全部、理解させられた。

 そうなったら、もうほんとだめだった。

 

  信じられない……なんで私、あんなのに───!

 

 ちょっと同族っぽくて惹かれた? 愛に飢えていたからいいかなぁって?

 私自身がそーゆーものに憧れてたから? なんだっていいから子供が欲しかった?

 なんにせよどちらにせよどんな理由があるにせよ、私はその記憶の抹消に全面的に賛成した。混ざることが固定される前ならまだ許される。ので、私は───カミキくんに抱かれた事実を頭の中から完全に抹消した。

 アクア? ルビー? 処女受胎ですがなにか?

 いつかこの人と作る子供こそ、この世界でのアクアとルビーだ。双子じゃないかもしれない? 知らない、絶対に双子だ。そして絶対にあいつよりもかっこよく美人に産んでやるんだ。

 そりゃ、向こうのアクアとルビーがどうでもよくなった、なんてことはない。今だって全然愛してる。これは本当に嘘じゃない。

 でも、この世界での本体は私じゃなくわたしだ。それでいいと思うし、それがいい。

 私はそれでいいんだ。愛してるも知れた。愛されてるも知れた。

 だったら───私はもう……

 

「いつかその時が来たら、深く深く愛し合いましょう。その時こそ、家族を作り、愛し愛され、幸せ家族を堪能しながら……ともに、生きましょう?」

「───……」

 

 ……消えても、よかったのに。

 好きって気持ちを、愛してるって気持ちを届けてくれて、それを自覚出来るほど胸に刻み込める相手と出会ってもまだ、満足しただけじゃ消えることも許してくれないんだって。

 ……そうだ、話したいこと、聞きたいこと、やってみたいことしてもらたいことが、びしょぬれになった砂漠から、どんどん生えてくる。前の私じゃ考えつかなかったことがたくさん、たくさん。

 そうなったら言い訳を必死に考えてしまう。

 “しょうがないなぁ”、なんて言い訳に縋って、もっともっとって願ってしまう。

 ……いいの? 願っても、いいの?

 もう、嘘には出来ないのに。大好きも愛してるも、大好きだよも愛してるよも知っちゃったのに。

 

  ………………ねぇ斉藤(・・)社長、私……嘘、ほんとに出来そうなんだ。

 

 いいのかな。

 …………いいのかなぁ。

 ごめんなさい、きっとびっくりしたよね。せっかくの夢のドームだったのに、一緒に達成できなくてごめんなさい。

 なのに、私だけこっちで幸せになっていいのかなって。

 欲張りでも、願っちゃいけないことくらい知ってるつもりだ。願ったらずるいって思えるものがあることくらい、知ってるんだから。

 そうじゃなきゃB小町のメンバーとあんなにこじれることなんてなかった筈だ。

 欲張りだったから、分からなきゃいけないことも分かってあげられなかったから、私がバカだったから捻じ曲がったことがたくさんあったんだよ……?

 

  願っちゃだめじゃん、そんなの……!! 

 

 子供のためにお金をって頑張れた。

 でも、その頃にはもう余裕なんてなかった。

 ドームに行けてたら、最後はB小町のみんなで笑顔で終われた? きっとそんなことはない。

 欲張ったって自信があったって、出来ないことも向いてないことも呆れるくらいにたくさんあって、欲張ったから自信があったから取りこぼしちゃったものばっかり。

 全部を手に入れるなんて無理で、無理すぎて。

 …………どうすればよかったのかなぁ。

 嘘はどびっきりの愛。でも、そんな愛が原因で死んじゃった。

 アクアも、ルビーも……きっと苦労するんだろうなぁ。

 斉藤社長とミヤコさんが養ってくれる……? もう、そこで稼いでた親が居ないのに? 面倒を見てくれる理由なんて、きっと責任感とか罪悪感とか、そんなものしかないかもしれない。

 じゃあ、施設送り? 私みたいに?

 私は───

 

「あーもううるさい! 星になって消えるだけだったくせに、死んだあとのことなんか考えないの!」

『!?』

 

 悩んで悩んで悩み続けてたら、身体の方のわたしが叫んだ。

 

「死んだのはあなたが悪い! 迂闊にドアを開けて刺されたりして! 子供にも害が及ぶとかちょっとは考えてよ!」

『……!』

 

 ……! 考えた。考えた考えたよ! 考えないわけないじゃん! ちょっと遅くなっちゃったけど! 開けたあとだったけど! しょうがないじゃん! そういうの、いっつも考えるの遅れちゃうんだから!

 私だって好きで間違えてるんじゃない! 好きで覚えられないんじゃない!

 

「だったら今からでもしたいようにすればいいんだよ! あなたはもう私なんだから! 全部受け止めるから、今は黙って幸せになればいいの!」

『……、~……!!』

 

 どうやったってどうしたって、置き去りにしてしまった子供たちのことは忘れられない! 私がもっと気を付けてたらって、行動し終わった後に後悔しちゃう私じゃあどうしようも出来なかった! それが、今はこんなに簡単に思うことも気を付けることも出来て……~っ……悔しくないわけないじゃないか!!

 

「……!」

 

 あの時にこんな自分であれたなら、二人を残して死ぬなんてことなかった!

 ドームだって成功させて、斉藤社長は上機嫌でお酒とか飲んで酔っ払っちゃってさぁ! 泣きながらっ……自慢の義娘だ、とか言っちゃってさぁ! もしかしたらそこで、親に愛されるって感情もちょっとは分かったかもしれないのに、ってどうしても考えちゃうじゃん!

 欲張りで! 自信があって! ……それしかなかった私じゃっ……ちょっと気を付けただけでそれが出来たんじゃないかって思っちゃうじゃん!

 っ……私っ……私はっ───

 

「【愛……果てしなく】」

「『ほにゃぁあああーーーっ!?』」

 

 ───……悲しみで埋め尽くされて、せっかく芽生えた砂漠の心が萎れそうになった時、私の体から心の奥までを愛情が襲った。

 

 

 

-_-/中井出博光

 

 …………なんか急にアイが叫び出したり、涙をこぼしたり苦しそうにしたりの葛藤を始めたので、能力解放限界突破で愛を届けた。

 するとぐぼんっ! と真っ赤になって、黙ってこの博光にきゅむ、と抱かれるアイ。

 

「なんかいろいろ葛藤があったかもだけどもね、アイや。向こうで出来なかったことは、こっちでやったらええ。夢を叶える条件は、向こうよりも遥かに簡単ぞ? なにせきみはもう感情を知っている。もはや嘘をほんとにする必要もない。存分に愛され、存分に愛しなさい。お前は今……ここで生きてるんだから」

『………』

 

 さらり、なでり、と頭を撫でる。

 そして……どこか戸惑いを宿した顔で、でも期待を込めたような瞳で、彼女は呟く。

 

「『……いいのかな』」

「ええよ」

「『……でも。私もう、20も生きたんだよ? こっちの私とじゃ8つも違う。みんな急に性格とか変わったーとか言うんじゃ』」

「愛も知らんかったガキがそんなん心配するな。えーよ。戸惑っちまったら俺に寄り掛かってくりゃええ。そのための博光だ」

「『頑張って生きても……さぁ。嘘ばっかり上手くなって……さぁ。そんな私が───』」

「受け止めちゃる。嘘でも本当でも、好きでも愛してるでも。嘘が上手くなった? そりゃ結構。嘘を吐けるのも才能なんだよ。その嘘で幸せになれる奴が居て、その嘘で生きる希望を抱ける奴だってきっと居る。お前は悪意で嘘を吐くのか? それとも、笑顔にしたいから嘘を吐くのか? 認識の違いなんてそれっぽっちでいいんだ。やさしい嘘を信じて笑顔のまま死んじまったバカが居たとして、俺はそいつが不幸であったなんて絶対に認めない。だから……お前の嘘はきっと、何処までもやさしい」

「『───~~っ……』」

「お前はもう誰かを愛せる。お前はもう、嘘を吐かなくてもいい。嘘が本当になる日はもうお前の中にある。あとは引き金引くだけで、お前の本当は誰かに届く。じゃあ、もう嘘は吐かない? ……違うよな。全部ひっくるめてお前だ。それはずっと、昔っから変わらない。……いいじゃん、上手な嘘。今度どびっきりの嘘で、俺を笑わせてくれ。驚かせてくれるのでもいい。……そんなんでじゅーぶんなんだよ、俺の中の、嘘吐きが傍に居てほしい理由や条件なんて」

「『……っ……ヒロくっ……』」

 

 少しだけブレていた姿が、完全にくっついた気がした。

 途端、アイの存在感が一気に増して、泣き声と一緒に抱き着かれ───いやちょ、今俺抱き締めてたんですけど!? この僅かな距離で抱き着きを実行するなんて───と考えながら、俺とアイは俺の背後にあったガノトトス湖へ、ドッパーンと沈んだ。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 アイは愛を知り、わたしは私を、わたしは私を知った。

 そしてこの博光は己を知ってます。

 その先での僕らの生活は───

 

「───♪」

 

 ───案外順調に進んでいた。

 テレビから聞こえるアイの歌声にきゃいきゃい燥ぐお子を前に、それを確信する。

 名前は……天童寺さりなちゃん。重病を患って以降、この病院で生活をしている……アイと同い年の子供だ。

 今年で12歳。アイがぴえヨンチャンネルに登場した時から応援しているらしく、古参も古参。そしてぴえヨンチャンネルも好きと言ってくれるお方で、鳥類保護団体(個人)さんはどうにもこの子っぽい。

 

「でもまさかほんとに来てくれるとは思わなかったな」

『ピヨピヨピヨ! そりゃあネ、ファンからの要望には出来るだけ応えたいからネ!』

「それでも最初はびっくりしたよ。せんせが慌てながら駆け込んできたときは、ほんと何が起こったのかーって感じだったんだもん」

『教えてるストレッチで上手く調子が戻らない人のもとには、出来るだけ向かうようにしているんダヨ。そして原因を突き止めることで、一層に次のマッサージやストレッチの説明に活かすことが出来るんだ。それでそのー……さりなちゃんの場合だけどネ』

「………………病気の所為、だよね?」

ううん違うヨ?

違うのーーーっ!?

 

 どこか諦めを孕んだ表情で俯く少女に、真顔(着ぐるみ)で告げたらモノスゲー驚愕フェイスで返された。

 まあ病気の所為と一言で済ませちゃ、明日への希望が随分とちっこいものになりそうだし。嘘はとびっきりの愛。いいと思うよ?

 

『まずは、アイを応援し続けてくれてありがとうネ。あとこんな筋肉鳥類のことをいつも庇ってくれてありがとう』

「え……ぁ、ううん、せんせにお願いしたらたまたまタブレット貸してくれただけだから。毎日見れたわけじゃないけど、ちゃんと追って、寝っ転がりながらでも出来る運動に励まされたのもほんと」

『ウン。それで……どんな運動結果に悩まされて、ボクを呼んだのかな?』

「…………あの、ね? 死んじゃうっていうのは、もう分かってる。苦しいし寂しいけど、覚悟だって出来てるんだ。でも……約束を見届けられないのが辛い。せんせと……私は」

『なるほどネ。つまりさりなちゃんは、元気になって雨宮せんせと結婚したいと』

「私が16になったら考えるーなんて言ってるんだけどね。でも……生きてたとしても、その時にはもう私、ミイラみたいになってると思う。約束どころじゃないよね、きっと。……それでも、気になっちゃうんだ。せんせ、その時……泣いてないかなぁ。約束したこと、後悔してないかなぁって」

『…………フム』

 

 ちらりと病室を見渡す。

 見舞いの品とか全然ない、テレビがあるくらいの……小さな病室、だと思う。

 この部屋の過去を覗いてみても、親は……てんで来ていない。最初に来たっきり、顔も見せなくなったようだ。親の感情は……不安と恐怖ばかりで埋め尽くされている。

 ……これはこれは。

 ますますこのお子に愛を教えてやらねばならんようだ。

 

『じゃあまず身体の調子を見るから、ここに座ってもらっていいカナ?』

「うん」

 

 さりなちゃんが腰かけていたベッドから下りる。歩くのも辛そうだから、サムズアップしてからひょいと抱き上げ、とすんと下ろした。この間僅か2秒ッッ!!

 

「え、わっ」

『ごめんネ、フィアンセが居る女性に男子が触るのはルール違反だネ』

「……ううん、正直歩くのも辛かったから。やっぱりぴえヨンはやさしいね」

『ピヨピヨピヨ! 褒められると照れちゃうネ! というわけで、少し体の様子を見るヨ? あ、べつに聴診器当てるとかじゃないから、服を持ち上げたりはしなくていいからネ!?』

「うん」

 

 ウム、と頷いて、さりなちゃんの身体の内部を点検。

 うおおドッス黒い……! 特に頭の中……!

 ゴローせんせは退形成星細胞腫って言ってたっけ……? いわゆる頭の中の癌だよね。……イヤ、ウン、マア……治せるんだケドネ?

 

『ちょっと血行をよくするネ。まずはこのぴえヨン汁を飲んでもらっていいかな』

「? ……お水? ……梨の香り……」

『悪いものじゃないヨ。悪いものだったらぴえヨン、生涯を賭してでもキミを回復させると誓うヨ』

「あはは、夢があるね、それ。じゃあ……いただきます」

 

 一気飲みは出来ないのか、くぴ、くぴぴ、と飲み始める。

 その間に俺は彼女の血管やらの掃除、ドス黒い部分へ“時間蝕”を使用、悪いブツになる前まで戻して、その上で成長過程を運命破壊で正常に変換、今日までの成長過程をなぞらせ……ハイ、ドス黒い部分、完治。

 と言ったところで信じないだろうし、ナマってしまっている体に十分なストレッチをさせるのと同時に、眠っていた筋肉やらも覚醒させてあげる。

 

『うんうんいいネ! 眠っていた体が目覚め始めてきてるヨ!』

「え……え?」

『ダイジョーブ! キミは絶対に健康になる! ボクが約束するヨ! ただ───』

「……? ただ?」

 

 月影力でドッペルさんを作り出し、ちょっと出てもらった。

 行先は天童寺家。

 そこの現状と、その過去と未来を視てもらったら……とんでもねぇ。

 最初こそ悲しんでたけど、結局は一度以降見舞いにはこないし、死に際にも会いにこなかった。吾郎せんせは必死に呼びかけたのに。

 さらにさりなちゃんが亡くなってすぐに子供を作り、産まれた子供が健康だと知るや笑顔で愛情を注ぎ始めた。

 …………それらの瞬間の声を、録音してきてもらった。

 

『ひどいことをしてるって自覚、あるヨ。でも、頑張るキミが報われないのはとても辛い。だから……これを聞くのはキミに任せる』

「……なんの、機械……?」

『キミの親の声が入ってる。ただ、ボクは聞いた時には殴ってやりたいって思った』

「………」

 

 親が、と聞いた瞬間、笑顔になった。でも、次には戸惑い。そりゃそうだ。

 愛してるって自分に言ってくれた相手が、なんで殴られなきゃって……普通はそう思う。……思ってしまったからこそ、彼女は再生ボタンを押したんだろう。

 

「………」

 

 そして……彼女は知った。

 愛してるって言葉は、きっと本心だった。不安に彩られてはいたけど。怖かったけど。

 でも……娘が大変な時には行きたくもないと言い、仕事を優先して、仕事って言い訳があれば忙しいで済ませられるからって。いろんな場面を録音した声が、確かに聞こえて。

 そして最後に。

 

『子供なんてね、健康でいてくれればなんでも良いのよ』

「っ───」

 

 それは、未来の言葉だけど。声も、今に比べて歳くったものだろうけど。娘が間違えるはずもない。そして、母親が会いにこなければこなかった事実の分だけ、さりなちゃんはこの声が自分の母親だと疑いを持たなかった。

 

「なに、それ……。なに……なんで……! 愛してるって……! 愛してるって言ってくれたのに……!」

『……ごめんネ。でも、体が良くなったとして、言っちゃ悪いけどこんな親の元に戻るのは……なんて思っちゃってネ』

「…………」

『探偵を雇ったんだヨ。吾郎先生の話を聞くに、忙しいだけでそんなにも会いにこないものかなぁって。そしたら……ネ』

 

 健康でいてくれればなんでもいい。確かにそうだろう。本当に体調を心配したものだったら俺だってこんな気分を味わうことはなかった。

 でも、どう聞いても……病気である人を下に見て、嗤い、見下すような声だった。

 そんな場所に戻せる? 無理でしょ。

 

『さりなちゃん。キミさえよければだけど。ボクの家族にならないかい?』

「ぇ……」

『今のキミに言うのは酷だろうケド、あんな親に任せてはおけない。なら、ボクの家族になって、16になったら吾郎せんせにプロポーズしたらいい。それともその親がいい? キミに会いにもこないで、健康な家族を作って、挙句、きみが望んでも吾郎せんせとの結婚を許さないかもしれない』

「………」

『あ、ボクは愛情というものを心から信じてるから、キミが望むなら歳の差結婚なんて全然アリで、むしろ応援するヨ!』

行くっ!

 

 こうして、天童寺さりなは、中井出さりなになりました。

 え? 相手の両親のこと? なんかいきなり訪問してきたナイスガイにぶちかましされて壁画にされたあと、無理矢理いろいろ書かされたらしいよ?

 その際にもはやカス程度しかなかった罪悪感を激増させられて、ゲロぶちまけてごめんなさいごめんなさい言ってたらしいけど、もう知らんね。

 

……。

 

 その後、飲ませた博光汁の効能により、さりなちゃんの調子は順調に回復。

 歩くだけでぜえぜえな身体とはオサラバし、今では元気にアイと同じ踊りをテレビ越しに踊っては、推し活をしている。

 

「「ハイ! ハイハイハイハイハイハイ! フー!!」」

 

 サイリウムを振るう姿に迷い無し。

 そこに、いつの間にやら雨宮センセが混ざってるあたり、この二人ってほんと息ぴったりっていうか、根っこの部分で近しいなにかがあるのかもしれない。

 時は経った。

 モロの話じゃ12歳で死ぬと言われていたさりなちゃんは誕生日を迎え、近い内に退院予定だ。

 将来的にはアイドルになって、せんせの視線を独占したいと言っているものの───

 

「知らなければよかった……! 推し活……こんなにも心震えるものだったなんて……! あ~、アイ可愛いなぁ、さりなちゃんが勧めまくってた理由も今ならわかるよ……!」

「もー、せんせってば目覚めるの遅すぎ! もうちょっとで私退院しちゃうのに!」

「ごめんごめん。でも……本当に、よかった。まさかこうまで一気に健康になるだなんて」

「えー? アイドルになったら推してくれるーとか、16になったら結婚してあげる~とか言ってたくせに、元気になるって信じてくれてなかったの?」

「もちろん信じてたけどっ! ていうか16になったら考えるんであって、結婚するって断言したわけじゃっ……!」

『ハイハイゴローさん? もういい加減覚悟決めちゃいなヨ。キミ、これから結婚出来る相手とかいるの? したい相手は? そんな居るかも分からない子より、宅のかわいいさりなちゃんダヨ! もう髪の毛も伸びたし全力でそうなるようにサポートしたからめっちゃ美人さん! アイにだってそうそう引けを取らないって断言するネ! ……本人の前で言ったら嫉妬の炎で焼かれちゃいそうだけどネ』

「そーだよせんせ。いいじゃん、私がいいって言ってるんだから。法律的にもなんの問題もないし、ちょ~っとせんせがロリコンとか言わちゃうだけかもだし」

「それが辛いんですがッ!?」

『デ・モ?』

「それさえ乗り越えられるなら、ぴっちぴちの16歳美少女と結婚出来るよー? ほらほら、せんせー? こー見えても私、一途だよー? ずっとずーっとせんせのことしか見てなかったもん。あ、もちろん男の人はって意味で。女の子はアイ一筋だけどね?」

「……後悔しない?」

「後悔っていうなら、後で悔やむよ。今のところ、そんな予定はないけどね」

「……ああ、もう」

 

 そんな短いやり取りで、さりなちゃんは初恋を叶えた。

 もちろん、全ては16歳になってから、だから、それまでに夢中になれるくらいの美少女になって驚かせてあげる、というのがさりなちゃんの決意だった。

 そうしてさりなちゃん、退院。

 外の世界へと、自分の足でしっかりと立ち、歩き出した。

 見送る吾郎せんせはなんかもう見てられないくらいに号泣。さりなちゃんも泣かないようにしてたのに泣いちゃって……それによって、さりなちゃんは更に……親なんかよりも、吾郎せんせに深く深く、感謝と好意を抱くようになった。

 さて、これにて不幸になるであろうお子の救済が完了……で終わるわけはなく。

 

『それじゃあこれから弱った体をどんどん強く美しくしていくために! ぴえヨンブートダンス! 始めるヨォオーーーッ!!』

「ハァッ!(気合い)」

 

 苺プロダクション(俺購入のビッグお家)の拠点に連れ帰ったさりなちゃんへ、早速───ピヨピヨ! Just Do It!

 

『最初は誰でもヒヨッコマッソウ! 最初から完璧に出来る子なんて居ないんダヨ! 継続は力なりって言葉は本当によく的を射てるネ! だからいつだってチャレンジし続けることが大切なんだ!』

「はいっ!」

『ピーチクパーチク言うよりもDo It! よく運動は30分継続しなくちゃ脂肪が燃えない! なんて言うけどね! つべこべ言い訳立てるより、Do It(やれ) 行動するんだ! いいかい? 人が動くにはエネルギーが必要なんだ。確かに30分継続しなくちゃ脂肪燃焼は始まらないかもしれない。けれど将来的に体に蓄積されるであろう脂肪は、エネルギーである内に燃焼されるんダヨ。だから、脂肪は燃焼されなくても将来的には脂肪になるであろうエネルギーはしっかり消費されている!』

「つまり……?」

『今日は時間が30分取れないから運動は無しとか甘えたこと言ってないで動きなさい!! そのための短時間筋トレは散々紹介してきたからやりなさい!! 30秒から1分で出来るものばっかりだから、ピーチクパーチク言うよりもDo It!!

「は、はい!」

 

 と言いつつ、最初は軽い行動から基礎の筋肉の発達へ。

 僕の部屋の地下のリラクゼーション施設~なんて嘘をついて、連れ込んだ猫の里の恩恵をた~っぷり吸収しながらDo It!!

 

『明日を目指す者には休憩も大事! さあ、今日のぴえヨンドリンクダヨ!』

「わあ……! これ美味しいから好き!」

 

 身体はもう回復してるけど、飲み方はやっぱりくぴりくぴり。

 体質の所為で咳き込んだりした回数が多いと、軽いイップス的なものが抜けないお子も居るらしいから、こればっかりは気長にだ。

 

「あー……おいしー……! 信じられないなぁ。まさか、こんな風に元気に運動できるようになるなんて」

 

 さりなちゃんは自然の大地にぺたりと腰を下ろしながら、汗だっくだくの笑顔で言う。ぴえヨンドリンクがまだ残ってる所為で寝転がりは出来ないけれど、その草花の感触にも結構驚いているっぽい。なにせ初めての体験ばかりだから。

 発病する前は出来ていた様々も、今は全てが懐かしいのだろう。さりなちゃんはくぴりくぴりとドリンクを飲み終えると、傍らに容器を置いて、勢いよく後ろに倒れた。反動で足が持ち上がるくらいには勢いよく。でも、咳き込んだりはしない。

 

「はー……風がきもちー……リラクゼーションルームって凄いんだね、ほんとに体の疲れとか嫌な気分とか、全部流れていくみたい……」

 

 そういう効力がありますからね、ハイ。

 

『この部屋は人間のリラックス出来る神経を刺激する作用があるから、外に出た時びっくりすると思うヨ。人間の脳の処理速度を存分に利用したものだからネ、きっと“え? まだこれっぽっちしか時間経ってないの?”とか思う筈ダヨ』

「そーなんだー…………わかるかもー…………あー…………落ち着くー…………」

『眠くなってしまったら眠ってしまってもイイヨ』

「あー……ゆーわくにかてそーもない………………すー……」

 

 …………少しして、ガチ寝息が聞こえてきた。

 その刹那、この博光はシュババと動き、さりなちゃんの内部を確認。

 転移は……見つからない。他に育つような悪性的な害なるモノも存在しない、と。

 代わりに結構な勢いで成長ホルモンが分泌しており、その隙にと弱い部分の筋肉を刺激。彼女のマッスルを健康なままに育てていった。

 髪の毛だってずーっと無かった彼女だ。その手入れだってしっかりやって、ファッサリと美しい仕上がりを以て完成に到る。……え? シャンプー? もちろんハーバルエッセンスです。イエ~ス……イエ~ス……イエェエエーーース!!

 

……。

 

 で………………

 

「………」

「イヤ…………」

 

 ようやく回転し始めたアイドル活動をしていたアイが帰ってきました。ら、頬を膨らませられ、嫉妬された。現在猫の里のガノトトス湖前の切株テーブルにて、甘やかし中である。

 

「ずるい。ずるいずるい。私より先に苗字が中井出になった女の子とか」

「妹って形だけどね。結婚できなくなるけど……アイもなる?」

「ヤ」

 

 即答だった。

 アイもまた、様々な感情がいろいろと入り乱れていて、心の安定は中々に難しいっぽい。ただ、アイドル活動は大変順調らしく、霊アイが積み重ねて来た技術を最初っからフルで発動、そこにアイが育んできた感情を乗っけることで、今回行なわれた地下ライブの観客全員を魅了してきたらしい。

 

「ヒロくんに見てもらいたくて頑張ったのに……」

「今さら取り繕ってもどーしょーもないから言うけど、俺ならいつでも見れるよ?」

「私が実際に頑張ってるところ、見ててほしかったのー! もー!」

 

 言いつつ、ごりごりぐりぐりと横から抱き着いては頭を胸に押し付けてくる。

 それをおうおうかわゆいのうとナデナデすると、ぷしゅーと抜けていく怒り。

 しかし、納得は出来ていないようで、まだまだちょっぴり拗ねているっぽい。

 やっぱり20まで生きたお子の魂が混ざっても、その20の精神年齢が実年齢に追い付いてないと、案外バランスとか取れてるのかもしれん。

 アイドル業では天才だったかもだけど、子供っぽさが抜けておらんもんね、あの子ったら。

 なので、虚空にライヴ映像を創造しながら、アイをドチャクソ甘やかしまくった。

 その上で、ライヴのいいところとか格好いいところとかカワイイところとか綺麗なところとか上手いと思ったところとか……良きところを口にして褒めまくったら、もはや不機嫌なんて吹き飛んで、俺の腕に抱き着きながらのライヴ鑑賞が続くこととなり申した。

 

「ねぇヒロくん」

「オウ? なに?」

「霊だった私ね、16歳の時に子供産んだんだって」

「マジでか」

「私もその年齢で欲しい」

「ぬう。その希望願望を否定したりはしないけど、母体がしっかり成長してないと、産まれる子供も未熟かもだよ?」

「それは大丈夫。元気な赤ちゃん産んだそうだから」

「……この場合、男親って僕になるんですか?」

「愛を知ってみれば吐くほど後悔したのに、今さらそれ訊いちゃう? 私、結婚したいって本気で思えるほど、ヒロくんのこと好きだよ?」

「OK、言い訳男は嫌いどすえ。でもちゃんと確認。これは大事だから。あ、俺でいいの? とかじゃないから安心してね? えっとね、16で産むことをなぞるんだったら、これは確認しなくちゃだめだから言うね? 前も言ったけど、産まれてくる子は前の子とは違うと思う。それでも、産みたい?」

「うん。双子じゃなくても、金髪じゃなくても、性格が違ってもそれでいい。ヒロくんとちゃんと愛し合った証が欲しい。そして、ちゃんと愛せる、愛を知ってる私で、愛してあげたい」

「……そか。でもアイドル業はどうするん? やっぱり休業?」

「ねぇヒロくん。こっちの世界ってさ、現実世界と時間の流れが違うんだよね?」

「ホ? うん、そうだけど? 実際には一時間が一ヶ月になる」

「……全部こっちでやっちゃわない? 恋人生活も、結婚式も、新婚生活も子作りも。こっちって15歳から結婚出来るんだよね?」

「………………………………OH」

 

 とある昔好きなモミアゲが、江戸時代では15で結婚した例を挙げ、この世界での結婚可能年齢を決定した事実がある。

 もちろん“ホホ、そげな物好きが居るなら、ええぞ! ええぞ! と僕も了承はした。したものの、まさかそれが自分に降りかかるとは思ってもみなかった。

 しかしここで“アイはそれで良いの?”と訊くのは男子にアラズ。男なら……男子ならば! 己の道を魁よ!

 

望むところだ。絶対に幸せにする。15になったら結婚しよう、アイ

「───………………ぁ……」

 

 真っ直ぐな言葉にはソウルが宿ります。

 これまでのスタンスは『アイの願いを叶える』、『アイを幸せにする』といった、あくまでオヘンジばかりだった俺。

 こう言われたからこう言っただけ、なんて不安がアイにはあったんだろう。

 ここで真っ直ぐ、俺から自主的に言ったことで、アイは……ぽろぽろと涙をこぼし、泣き始めた。

 

「おうおう……僕は別にキミに言われたから幸せにする~とか結婚する~とか言ってたわけじゃないからね? ちゃあんと大事にしたい、幸せにしたいって自分で思ったからそうしてきたんだから」

「でも……ひぐっ……別の子、ひっく……連れてきてた、から……っ……私、その子と……同じだったのかなって……ひっく……」

「おわっちゃあああ……! 不安になってしまったってわけか……! じゃーじょーぶだから。あの子ちゃんと好きな子おるし、結婚の約束もしてる。俺があのお子を好きになる理由はないし、ただひたすらに健康に美しくさせて、相手を驚かそうってだけなんだよ」

「うぅうううぅぅぅ……!」

 

 どれほど不安だったのか、なんか俺に抱き着いてきて、かつてないほどぎゅーっとしてくるアイ。……アッ、これ不安だけじゃないや、嬉しさもかなり混ざってる。

 えぇええ……俺そんなに不安にさせた? 好きも愛してるも俺から言いまくったり送りまくったりしてた筈なんだけど……?

 毎日ケアマッサージしたり、毎夜お風呂で洗いっこしたりパジャマ抱擁して愛を届けたりしてたよね? ……まあ、それでも不安になる人は不安になるよね。だっていきなり知らない女の子連れてきて、名前が中井出さりなならびっくりする。

 どれほど愛されてても、不安になるのは一瞬。まあ、分かります。

 なのでここは───嫌って言うほど甘やかさねばならんな!

 なので初手。

 まずはアイの悲しみや不安を完全に吹き飛ばすために、カリスママックスハートでその額にキザったらしく……ちむ、とキッスをどかーん!

 

「キャーッ!?」

 

 額にキッスしたらいきなり押し倒された。

 

「……ヒロくん……ヒロくん、ヒロくん……!!」

「おわぁああばばばどどどどした!? どしたのアイ!? アイや!?」

「好き……好き! 言葉じゃ足りないくらい、大好き……!」

「いやちょオワーーーッ!?

 

 もちろんカリスママックスハートであった俺にSTRもVITもある筈もなく、反射的な抵抗さえ無駄に終わり、情けなくもあっさり押し倒され、焦ってる内に唇を奪われた。そして背中が弱点な俺、大激痛。

 その激痛の過程、顎が持ち上がり、キッスを迎えてこちらからも~みたいなカタチになってしまった途端、燦々と輝きを増し、眩いくらいに光り輝くアイの瞳のお星さま。

 ち、違うの! 誤解なの! 痛みで顎が持ち上がっちゃっただけなの! となんか浮気現場を目撃された奥さんチックな脳内劇場が繰り広げられている中、アイの表情はとろんととろけ、頬は綺麗な桜色に上気し、口はうわごとのようにヒロくん……ヒロくん……と呟き続け……ぁなんかやっべ! これやっべぇーーーっ!! 未熟な心に真っ赤な羞恥心、とかじゃないよこの赤さ! めっちゃくちゃピュアなくせに完璧に愛を知ってるアダルティブな赤さだこれーーーっ!!

 いったいなにが───と思ったところへ、久しぶりに《ピピンッ♪》とこの世界での通知音。

 

  ───《上がることしか知らない好感度が限界を迎えました》

  ───《感情のタガが外れるどころか壊れたので》

  ───《───カクゴシテクダサイ》

 

 …………。……うん。

 ……うん? ん、んんぅ? んー……ああっ、うん!

 ───タガ滅んだやっべぇーーーっ! 滅んじゃったよ! やっべぇーーーっ!!

 

「ヒロくん……ヒロくぅん……」

「アイー!? アイや!? 気をしっかり持つのです! アイアイヤーーーッ!? いきなり首を舐めるとかやめなさい! やみゃぁあああばばばヮナバばばバババずババばばバババ!?」

 

 アイは、思いつく限りの愛情表現を以て、それを俺に行使してきました。

 もちろん性行為っぽい感じはどこにもござんせん。まあ、そういったものに触れられないようにしてきましたからね。

 でも彼女には20歳のアイの経験があるので油断は出来ません。いやむしろ逆なのでは!? そ、そうっ、きっと今に20歳のアイがストッパーになって……ぁダメだわ、なってたらこんなに瞳の星輝いてねーわ。ちょっと前まで愛を知らなかった魂で取り戻せるもんじゃねーわ。……むしろ加速装置になってるわ! 愛を知った矢先に限界値を越えた所為で、20歳さんの感情のタガも外れまくってるわ! っべー!

 

「知らなかった……知らなかったの、“私”……! 好きって……愛ってこんなに……! もっと教えて……? 愛されるってこと……もっと……! 愛させて……もっと……! 今分かった……心の底から……! 全然足りなかった……さっきまでのじゃ全然……! もっと、もっと愛したかった……! もっと、愛を伝えたかったんだ、“私”……! あれからもっと(・・・・・・・)、強く強く愛せる筈だったのに……!」

「キャーッ!? しっかりして20歳ぃいいっ! キミもうちょっと成人の大人っぽさとかんむぅーーぶぶぶっ!?」

 

 そしてまたキスされた。今度はむちゅりと深く、舌を入れるほどにディープでフレンチ。そして俺、キャーキャー言いまくりである。

 なのでこれは意識を変えてやらねばなりませぬ。……え? あ、アイのじゃなくて僕のね? だって、僕が原因でこんなに好きが溢れてるのに、それを“それはやりすぎです”とか言って消すのってやっぱり勝手なので。

 ではどうするか? ……飛び込んでこーいって両腕広げるだけでいーと思うの。

 だってね、どんなアイでも受け止めるって決めてたし、彼女にもそう言ったんだから。

 なので、にっこり微笑んで両腕を広げて、「アイ、おいで」と言ったら…………アイの瞳の輝きは、それでも我慢してたのかさらに輝きを増し、もうほぼ距離なんてないようなものなのに、アイは勢いよく飛び込んできた。

 なおこの際、きちんと受け止めるよう軽く背を浮かせていた俺氏、掻き抱くように首に抱き着かれ、同時に地面に倒れ、背のダメージで再び悶絶。

 そうしている内に散々と口内を舌で蹂躙された。

 しかし僕は負けませんよ?

 アイがキッスに夢中になっている内に、アイの幸福感情を増幅。そうしながらもこちらからもやさしく抱き締め、背を撫で頭を撫で、キッスの後には頬を撫で微笑みを返すのを忘れない。勝手にキスをしまくって大丈夫だろうか、なんて小さな不安を消すためだ。

 それが嬉しかったのか、再びキスをしようとしてくるアイに、今度はこちらから。

 そして増幅、蓄積させていた幸福感情をここで一気に解放。

 

「んんんぅうううううーーーっ!? んんっぐ!? んうぅううーーーっ!!」

 

 ……アイは、幸福の絶頂へと到達し、体を震わせ、ぽてり、と気絶した。

 まあね、普通に生きてたんじゃあ幸福の絶頂になんぞ到達できる人はまず居ない。そこに、様々な幸福を増幅させた状態で到達させたのです。身体も、脳も、しゃーわせ状態でキャパオーバーになったのでしょう。

 見れば、アイは幸せそうな顔……というよりは、邪気なんぞひとっつもない穏やかな顔でくーすーと眠っている。

 

「…………俺からのキスは、気絶するほど幸せの味~とか思い込んでないといいけど」

 

 ちょっぴり不安な博光です。

 でもその不安にかまけて幸せにする方向を投げ出すなんてことはござんせん。

 さ、地下ライヴでアイに夢中になった者たちの熱狂で、仕事とか舞い込んでくるかもだし……アイの調子も絶好調状態を維持し続けなきゃね。

 まあ時間はここに来ればいくらでも作れるんだし、疲れてもここに来て休めばOK。

 いずれ妊娠したとして、その気になれば十時間と十分で産める産める。や、十月十日ってそんな単純計算じゃないとは思うけど。

 でもまさか一日で妊娠して一日で産むだなんて思う人、おらんでしょ?

 産まれたら親戚の子~ってことにすればフツーに動画にも出せるし。出生記録? ゴハハハハなんとか出来ぬとでも?

 というわけでさあ! 未来へ向けて、レッツビギンだぁ~~~っ!!

 

 

───……。

 

 

……。

 

 地下ライヴを見に来ていた、新人発掘と言えば聞こえはいいけど、まあようするに冷やかし半分でやってきていたお偉いさんの目に留まり、アイはいきなりまあまあの舞台へ駆り出された。相手もそう上手く行くだなんて思っちゃいないだろう。

 やれるもんならやってみれ、出来なきゃ笑いのタネにするだけだ、みたいなスタンス。もちろんそんなチャンスを棒に振るアイではない。オオトリに有名なお方をお招きしていたそこで、それら全てを食ってしまうほどの輝きを見事見せたアイは、そりゃあもう引っ張りだこ。もちろん未だに大体の人が半信半疑なものの、そんな疑いも一発で分からせ、場を、機会を、どんどん変えては名を広げていった。

 

「んんんんんんーーーーっ!!」

「アーーーッ!! 猫吸いされてる猫の気分ーーーっ!!」

「~~~……ぷはっ! ……えへへへへ、ヒロく~ん……♪」

「……まったく、とろけたお顔しおってからに。そんなに人の香り吸い込んで、ヘンな匂いとかしない?」

「え? んー……すっごく綺麗な森があったとして、その森の奥地にとっても綺麗な湖があって、そこに綺麗な陽の光が差した時に感じる清らかな香り…………分かる? なんかそんな感じなんだと思う。森のひなたの香り~とかだと身近かもしれないけど、たぶんそれだけだと“本当に綺麗な森のひなた”を知らない人には通じないと思う」

「分かるような分からんような」

「じゃああれ。ここの───えっと“猫の里”だっけ? の、穏やかさがぎっしり詰まったみたいな香り」

「なんか分かった気がする」

 

 で、アイは休憩時間の度に猫の里へと来ては、俺に抱き着き甘え倒した。

 忙しさで言えばヘルモード。ルナティックとか一部でしか通用せんレベルとかではなく、分かりやすく地獄レベルで仕事続きだ。なにせスケジュールの全てが仕事で埋まってるくらい。

 シャチョーも「調節するか!? 大丈夫か!? いやむしろするぞ!? いいよな!? ダメ!? マジでか!?」と言ってる。けど、休憩一分もあれば十分じゃい。猫の里で休憩と称した時間を十分に休んでから外に出ても、正直十分も経ってない。

 猫の里に来るや否や、俺に抱き着いて俺の胸板にぐりぐりーって頭を擦り付けたかと思えば、シュゴォオオと深呼吸をする。いわゆる猫吸いに似た行為をし始め、それにより……ひ、ヒロくん成分? とやらが肺を満たすらしいです、ハイ。な、なんだろヒロくん成分って。僕も初めて聞く成分なんだけど。でもなんか元気になってるしなぁ。あるのかなぁほんと。

 まあ、そんなわけなので気力充実でツヤッツヤの肌、そして燦々と輝く瞳で、今日もアイは仕事に駆ける。むしろそれに付き合うシャチョーの方が死にそうであるけど……そこは上手くミヤコさんと交代しながら仮眠を取ったりで頑張ってるようだ。

 時折疲労回復&短時間快眠ウォーターとか飲ませてるから、疲労で倒れることはないだろうけどね。心労で倒れやしないか心配だ。

 

ピヨピヨピヨ~~! ぴえヨンチャンネルぅうぅ!! ハイ! 今日はネ! ……アイちゃん大丈夫かな案件ダヨ』

 

 まあ僕も心配するような言葉を動画に挟みつつ、しっかりと動画投稿は続けとりますが。

 

[やべぇよな、ここ最近のアイちゃん]

[ほぼ毎日毎時間刻みで、様々な媒体で見るようになった]

[なにが原因?]

[可愛さだろ]

[問答無用の答えwww]

[でもや~っぱ笑顔が物足りないんだよなー]

[わかるw あんなに輝いてて目ェ惹かれるのに、あの笑顔知ってるとなww]

[ところでおまいら知ってる? アイちゃんのスマイル動画とか努力動画、メンバー限定になったの]

[まあ現役有名アイドルの過去動画だもんな、こりゃしゃーなし]

[そしてそんな動画の中身を知らなきゃ、本当の笑顔の価値も知れないという恐怖]

[有名になる前から推しといてよかったわ]

[もはや我ら、古参と称しても良い筈]

[地上波とライヴだけを追って、ぴえヨンチャンネルを知らないでファンを名乗ったら、ほんとの笑顔さえ知らないにわかが誕生した、なんてことになりそう]

[なんだろう……これもう俺ら勝ちでいいよな? なんか知らんけど、勝ちでいいよな?]

[あ、なんか分かる。今俺、なんか知らんけどひじょーに“勝った”って気分]

[というわけで鳥類、カメラ持ってライブに突撃してくれ]

[バッカお前そうしたら会場のやつらにアイちゃんの本当の笑顔とか見られちゃうだろうが!]

[優越感はそりゃああるけど、みんなに知ってもらいたい気持ちも正直ある!]

[くっそわかるww]

 

 B小町の方も順調で、それぞれの個性を生かした活動は出来てはいるらしい。

 人気でいえばどうしてもアイには負けているけれど、そこで嫉妬しかしないで努力をやめるならそれまでだ。

 結成当時は間違い無く美少女、成長するに従って“普通……?”になっていく個性に不安を抱くお子も少なくない。その点、アイは……うん、普通じゃない栄養とか、現代に生きるお子としては有り得ないレベルでの幸福感情を得ながら、けれどしっかり健康運動、筋トレをしているため、やべぇレベルで綺麗カワイイ美しいが磨かれてるから、成長するたびに歳を取るっていうか進化してるとか、ファンのみんなには言われてる。

 贔屓? そりゃあるよ。正直B小町よりソロのアイのが目ぇ惹かれる、なんてコメントを見ないわけじゃない。俺にしてみりゃ比べる必要ある? って感じだけどね。

 だって同じものじゃないのに比べる必要ある? 俺それが分からんのよね。アイドルって意味では同じにしても、人の“好き”なんて人それぞれでしょーに。

 現にB小町の方が好きって人とかケッコー居るよ?

 それでも嫉妬に駆られて、相手に嫌がらせをする~とかそんな行動に出始めたらどうしてくれよう……! とか、45510を知る身としてはいろいろな葛藤が僕にもあったんだけどね。

 

「やー、無理。アイはね、そもそも次元が違う」

「ていうかまあぴえヨンチャンネルで頑張ってた頃から知ってるしね、尊敬してるよ、これほんと」

「ぴぴぴぴえヨンさん! ファンです! サインください!」

「むしろこのままアイドルって世界で、年齢とか時代とか問わずにてっぺん取ってほしいまである」

「わかる」

「ここまで来たらねー」

「や、むしろ小学生の頃からほぼ毎日をブートダンスとかマッサージ動画に捧げて来た人に対して、嫉妬なんて出来ませんって。綺麗で当然、強くて当然です」

「私の親も毎日やって、前はでっぷりしてたのに今はすんごい綺麗になってさー」

「あ、それうちもー! お父さんとかムキムキマッソウ目指して、前はやさしいだけが取り柄~って感じだったのに、自信とかすっごいついてきたみたいでー!」

「ほわー! ぴえヨンさんの直筆サインー! ほわー!」

「あ、ちょ、ずっこ! ぴえヨンさんよかったらわたしにも!」

「つつつ次私で! あっ……家族全員分とかアリですか!? 家族全員ファンです!」

「丸顔をウリでいってたけど、シュッとしてからの方が人気出て……ぴえヨンさん信じてずっと続けてきてよかったです! ていうかはい、最初はアイの綺麗さに惹かれて真似してただけだったんですけど」

『………』

「あ、あの? なんでそんな、誰かの成長を見届けた~みたいに肩をぽんぽんって……え? 私なにかやらかしました!? だだだ大丈夫ですよ!? 嫉妬とかほんとないですから! むしろ私アイ信者ですから!」

 

 B小町はいつの間にやらアイを純粋に応援し、けれど負けるもんかと頑張る集団になっておりました。

 妬み嫉みよりも、あんな子が居るんだ、って憧れるような存在。

 こうなってくると、ぴえヨンチャンネルってものをやってきた甲斐もあったってもんで……うーん、感慨深い。

 ……え? どんな機会があってB小町とこうして会話してるのかって? まあ、この会話自体、挑戦案件のあとに息が整ってからのものだからね、疑問なのも仕方ない。というわけで、時は遡って───

 

ピヨピヨピヨ~~! ぴえヨンチャンネルぅうぅ!! ハイ今回はネ! 久しぶりの挑戦案件ダヨ! 結構前から依頼自体はあったんだけど、どれも“とりあえず出しておけば”みたいな雰囲気がぬぐえなかったからサ……断ってたんだよネ』

 

 ……しがらみ案件? や、普通に応援案件かな。

 苺シャチョーにお願いされちゃったからね……まあ相手が誰なのかはこの時点では分からんかったんだけど。

 

『まああんまりべらべら話すのもあれだし、早速行ってみようか! 久しぶりの~……!? ピヨピヨ! 目指せムキムキマッソウ! ピヨピヨ! してもめげずにファイットォウ! ピヨピヨ! 今だ羽撃けマッソォウ! ピヨピヨ! 殻を破れよマッソォウ! ピヨピヨピヨピヨピヨ! ───ぴぃえヨンブートダンスゥ! 一時間ついてこれたらっ! 素顔出して───ヨシ!!』

 

 そして始まる一時間ブートダンス地獄。

 で、思い返してる俺からしたらもう知ってるから言うけど、挑戦するのはB小町のメンバー7人。

 既にアイドルとして活動しているし、体も鍛えてるだろうなんて油断してる人から疲れて脱落するのがこのぴえヨンブートダンス。なにせ普段は使わないズボラ筋までしっかり鍛えにかかるから、よゆーよゆーとか油断してるといきなりカクーンと崩れる人が多い。

 まずは動的ストレッチから! 身体をほぐしてからやらないと筋を痛めるかもだからネ!

 

『ピ~ヨピヨピヨピヨ! さあ! 身体が温まってきたところで、早速始めていこう! 目の前の敵を討ち倒すように───上半身と腰を使ったストレート! ピヨピヨ! Just Do It!!』

『……!!』

『……っ!!』

『最初は誰でもヒヨッコマッソウ! 思うように筋肉がつかなくても挫けちゃダメだ! その挫ける心こそがキミの最大の敵なんダヨ! そんな情けない自分の心こそを殴り倒した先にこそ、キミだけのマッソウがあるんだ! 歯ァ食い縛っていこう! 歯が無い人は心に刻もう! ピーチクパーチク言うよりもDo It!! どれほどの自分を甘やかす言葉を用意しようと、言葉にするよりもDo It!! はい! ここでリズム運動開始!』

『っ、っ、っ……!』

『たまぁに混ざるワンツーのポーズ! リズムよく行くヨー!? はいっはいっ! はいっはいっ!』

『っ、っ、っ……!』

『片手をつま先に、片手は空へ! イッチニッ、イッチニィ!』

『~っ、~っ……!』

『前傾で手を振るいながら上半身をリズムよく回転させるポーズ!』

『~~~っ……!!』

『はい、拳を作って腕をピンと伸ばしてー? そのまま右拳は右に、左拳は左に、拳だけを動かしてストレッチを感じてー!? ……感じたそのまま腕を後ろにギューっと絞る! 左右3秒ずつ~!? ン~……ハイッ! ン~……ハイッ!』

(~~くっはぁああキッツ! キツッ! キッツゥウウウッ!!)

(喋っていいんだっけ!? ぴえヨンブートダンス中って喋っていいんだっけ!?)

(腕ツるぅううううっ!! 死むっ! 死ぬるぅうううっ!!)

『リズム運動は30分継続するからまだまだ続くヨー!?』

(あぁああああああああっ!!)

 

 ……ウン。

 別に誰かにくれぐれも~って頼まれてるわけじゃないけど、キミたちの姿勢……とても気に入ったヨ! 嫉妬に駆られて努力を怠るような存在だったら、いくらシャチョーからのお願いだったって無視するつもりだったんだけどネ……。

 

『さあ、リズムを取りながらの腕と足の地獄絞りが終わって、足と腕がめっちゃダルくてもう持ち上がらないってところまで来たところで───孵化のポーズ! 孵化のポーズ!!』

『あぁあああああああああっ!! やだぁああーーーっ!!』

『だめだめもう無理腕あがらなっ……上げる! 上げるぅうううっ!!』

『負けるぅうっ……もんかぁああああああっ!!』

『ハイハイ感情に任せて雑な動きになってはいけないヨー!? 孵化のポーズ! 孵化のポーズ!!』

『ひっ、ひぃっ、ひぃいいっ……!!』

『家ではっ……家では一時間出来てたのにっ……なんでっ……!! ふっ、孵化っ、孵化っていうか、負荷ぁあ……!!』

 

 ウフフそれはね? 自宅じゃどうしても自分に甘い行動を取ってしまうからダヨ! 自分でも気づかない内に腕が上がり切ってないだとか力が入っていなかったりとかネ!

 でもまあ、いいと思います。

 原作世界での本心はどうあれ、こっちのこのお子めらは純粋にアイドル好きで頑張ってる。将来的にどうなるかーなんて問題じゃあない。今を生きるお子を応援する。これ、人間の知恵。

 

『───ハイッ! 一時間耐久ブートダンス! 完了~~~っ!! 不正がないように一時間マジぶっ続けで録画するのがこの動画の妥協と怠惰を許さぬ姿勢! おめでとうみんな! さ、着ぐるみを脱いで自己紹介をドーゾ!!』

『───ぷっはぁあっ!! ~……だっはッ……あっ……はぁっ……!! ぃ……苺プロ、所属……、B小町の、めいめい……! アイドル、やってます……!」

『B小町! アイドルさんだったんだネ! いや~、ぴえヨン、挑戦する人たちの会社から連絡は貰っても、誰が挑戦するか~とか相手がどんな人か~とか訊かないし聞かないし、基本着ぐるみ着てから会うようにしてるから、中が誰かとか……知らないんダヨネ。あ、自己紹介の腰折っちゃってゴメンネ! さ、そっちの子も!』

「いいいい苺プロ所属のB小町のきゅんぱんです! 家族ぐるみでぴえヨンさんのファンやってます! ……んふぅー!」

『あれ!? ちょっ……せっかく一時間やり切ったんだからもっとアイドルのこととかアピールしていいんダヨ!? なんでそんな、言いたいことは言い切ったーみたいな顔してるの!?』

 

 アイドルっていうのは一癖二癖あるもんだってよーく分かった。アイも結構特殊だけど、そういうもんなんだろうねって。

 そうして今やお茶の間でも人気のぴえヨンチャンネルで取り上げられて、さらに彼女たちの個性や純粋な言葉を知った人たちからファンは急増。

 アイに理不尽な嫉妬とかしてるわけじゃないならあなた方は友だとばかりに、ボクもそれぞれの個性を伸ばす手伝いをした。一言で言うなら、B小町とコラボを正式にして、それぞれの個性を引き延ばした動画を一つ一つ作品にしたのだ。

 それが見事にバズり、最終的にそれぞれを合わせた一本の動画を完成させると、それがバズりにバズり、更なるファンを呼んだ。

 苺プロは破竹の勢いで仕事を依頼されるようになり───シャチョーとミヤコさんは結構やべーレベルでてんやわんやだった。定期的に気絶させて、猫の里で睡眠、体内毒素とか浄化しまくって回復させてから出発させたり~、とかをやらなきゃならんレベルまでの忙しさとなっていた。

 そうなればもちろんB小町も~ってんで、まあ……関係持ったなら最後まで、だよねぇ? それが関係でゴンス。

 

 

───……。

 

……。

 

 それから数年が経って、僕らも15になり───

 

「新郎、中井出博光。貴方はここに居る星野アイを……病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓います。ただし病んでる時は助けてほしいです」

「よろしい。新婦、星野アイ。貴女はここに居る中井出博光を……病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓います。でも辛い時はちゃーんと話してくれなきゃ後で拗ねます」

「大変よろしい。では指輪の交換と、誓いのキスを」

 

 俺とアイは、異世界婚をした。

 異世界ウェディングドレスの綺麗さに目を輝かせるアイと、異世界ウェディングスーツを着た俺の図といったら……まあそのー、良いんじゃないでしょうか。

 見ろ、地獄に行っても天国に行ってもこんな面白い格好はなかなか見れんぞ。

 

「…………ありゃ、最近よく泣くなぁアイは」

「嬉し涙はね、何度流したっていいんだよ? 短いながらも、私が経験して得た、大事な教訓です」

「そだな。……アイ。幸せ以外の生き方が迫ったら、下手に立ち向かわずにとっとと逃げてでも幸せになろう」

「うん。あ、下手に立ち向かうとダメなら、余裕で立ち向かえる場合は実力行使で幸せになる方向でいい?」

「ホホ、愚問でおじゃ」

「だよねぇ」

 

 笑いながら目を閉じ、キスをした。少しして離れ、改めて顔を見ると……つぅ、とこぼれる涙。嬉し涙は幸せの象徴。よいことです。

 

「よろしい。これにて誓いの言葉はお二人の中へと閉じ込められました。お二人とも、誓いに能わぬ行動は慎み、互いを支える夫婦であることを願います」

 

 客席から拍手が鳴り響く。まあ、居るの、アイルーばっかりだけど。

 

「二本足で立ってるの見た時は驚いたけどさ。まさか喋ったりお辞儀したり拍手したり、人みたいに動けるって知った時はもっとびっくりしたなぁ」

「この世界は人々のこうだったらいいなが詰まってるからね。一度は無くしたものを、その意志こそが届けてくれた」

 

 こんなに嬉しいことがございますか?

 ……まあ、絆をさらに繋ぐために~とか言って、心を繋いだお子とは積極的に関係を結びなさいって涙目で拗ねた顔しながら言ってきた彼女らには、大変驚きましたが。

 浮気はだめ。真剣に全力で本気で敬い、尽くして、愛しなさいって。もちろんこの博光、全力で抵抗したけどね。俺の心も弱ってたんだろうねぇ……最後はこの分からず屋めがって抵抗ごとブチノメされまして、あんまりお願い聞いてくれないようなら運命破壊しますって言われちゃあ……そこは自分の意思で相手の気持ちを受け止めなけりゃあ不義理ってェもんでしょう?

 俺は人との関係を大事にします。でも、そこで得た様々が、もし自分の中の意思を運命を破壊された所為で“大事にしようと思ってるだけ”なんてことになったら、僕ァもう自分の道を信じられませぬ。

 なので頷いた。頷いたら……それだけですっごい心が楽になった。

 イチズさんを貫いてきた僕だけど、罪悪感はそりゃああったのだ。

 楽になったらまあ……意志としてついてきた様々な皆様に詰め寄られるわけで。

 そんな皆様とともに歩む世界を恋愛感情のリセット毎に行なって、全てが終わったあとにこの世界に戻ってきて、リセットされた恋愛感情が全部復活するわけですよ。モノスゲーことになりましたよ? ええ。

 急にいろんな人への好感度がマックスになるような気分……えーと、分かる? まあでも、好感度が上がることはあっても下がることはない、なんて手段を選んだのはアイにしかやってないっぽいです。お陰でアイへの愛がとにかくヤバい。

 記憶はそりゃああるんだけど、今それは必要ないって時は思い出せなくなるんだよね。そういう能力制限が、皆さまの意志によって働いてるらしいです。

 でもふとした時に思い出したら、やっぱりイチズさんを貫いてきた心にダメージは入る。

 そんな時、10点の丸札を軽く持ち上げて、にこりと笑ってくれた誰かさんを思い出すのだ。

 

「どのような結果があろうと一人一人と真剣(マジ)に向き合う姿勢、10点」

「ヒロくん?」

「人を愛せるって、すごいなーって話」

「そっか」

 

 にこーと笑顔をくれる相手に感謝を。

 そうしてにこやかに話し合っている内に式は進み、ブーケトスが終わると、アイは俺の腕に抱き着きながら、俺を見上げてくる。なんとも幸せそうな笑顔で。かわいいなオイ。頭撫でちゃる。

 

「ね、ね、ヒロくん。私、きっとね? アイドルやらずにただのんびり生きてたんじゃ、15で結婚~なんて考えられなかったと思うんだ」

「ふむ? その心は?」

「いろんなことやって、いろんな人に出会って、その上で、いろんなことをしたいなって思った。誰かの影響を受けたーとかじゃなくてさ、これがしたい、これこそが欲しいってちゃんと考えて、漠然としたこうすればいいんだって思いじゃなくて……んー……言葉にするの難しいね。自分語りって“私”もちょっぴり苦手」

「……アイや。俺はね、お前が幸せならなんでもいいなんて言うつもりはねーからね? 結婚したのなら、幸せにするのは俺がいい。NTRとか大嫌いなんだよね、俺」

「うん。私も、幸せにしてくれるならヒロくんがいい。それで、何気なく生きて、一緒に生活してさ? なんでもない時間に幸せ感じて、思わずにへーって笑えるくらいで全然いいって思う」

「まあ人間、それが中々難しかったりするんだけどね」

「だいじょぶでしょ。だって私、もう何年も同じことでにへーってしてるし。そこに家族が加わることに、不安なんて感じてないよ?」

「OH……」

「あ、他人が加わるのは怖いからね、言っとくけど。ヒロくんはねー、捨て猫感覚で人を助けるから、私はそれが心配です」

「……キミさ、産まれた子供を俺が溺愛したとして、嫉妬しない自信とか、ある?」

「ないかも」

「即答なのね……」

「なってみなきゃ分かんないよ、そんなの。だって初めてなんだもん」

「………………そか」

 

 夫と一緒に子供を育てる。

 普通である筈のそれを出来ず、アイドルって仕事をしながら子と成長した存在。

 普通に考えて異常だ。

 でもそれをやり遂げ、その先でファンに刺され、死亡したってのが20歳・アイの最後だったそうだ。

 だから今はとにかく、この幸せを抱いたまま、今まで歩んできた20歳までの道を、大好きで愛してる旦那様と一緒に歩みたい。目の前の彼女はそう言って、瞳の奥の星を輝かせた。

 で、途端。俺の腕をパッと離して、俺の目を真っ直ぐに見た……ら、かああ……っと顔を赤くして、あっち見たりこっち見たりしたあとに俯いて……

 

「で、で…………さ? その、初夜だけど…………その、する? まだ16じゃないし、その……しちゃうと出来ちゃうかもだケド……」

「───」

 

 そげなことを仰ってまいりました。───デデンッ! 問題!

 ウェーディンドゥェース(ウェディングドレス)を着たまま、ポポポ……と頬を桜色に染め、つんつんと人差し指同士を胸の前でつつき合わせ……上目遣いで訊ねてくる嫁がおるとします。

 どうしますか───などと問題が頭に浮かんだ瞬間! この博光の中に駆け巡ったものは期待でも恐怖でもなく、選択肢だったッッ!!

 

 コマンドどうする!?

 

1:なぁ・・・スケベしようや・・・・

 

2:致しましょう。大丈夫、天井のシミ(略)

 

3:大丈夫。こと、人体のコントロールにおいてはこの博光、全世界最強です。汁のコントロールももちろん出来るので、望まない限りお子が出来たりすることはありませぬ。

 

4:だだだっだだダメだよなに言ってるの!? 僕らまだ15なんだよッ!? それをそんなっ……破廉恥だよ!

 

5:Hを学ぶべき……!

 

 結論:3

 

 OKラノベや漫画主人公じゃああるまいし、ここで日和ってゴニョゴニョするのは夫にあらず。むしろ四十八手の裏表を知らしめる勢いで、果てしない愛を知ってもらおうじゃないの。

 でもわざわざお汁コントロールで子供が云々言う必要はないね。お子は授かりもの。いつか欲しいと願った時に授かるのが吉というものでしょう。

 

うん。しようか。……今晩、部屋の鍵……開けておいて……!

「? 一緒の部屋だよ?」

「あ、はい、言ってみたかっただけです」

 

 そこらへんが所詮博光だった。

 ていうかせっかく家買っても自分の部屋用意しても物置程度の認識しかなくて、ほぼ俺の部屋に居るんだものこの娘ったら。しかもまーだ人のパジャマに潜り込んでくるからして。

 一人エロスに走ってないだけまだピュアなのかどうなのか。

 ……将来的に、パジャマに潜り込んだ上でソロプレイをされるとか……ないよね?

 ピュアすぎるあまりにそれがなにかも知らずにとか、ヒヤヒヤモノです。

 なので…………ちゃんと発散させてやらねばならんなッッッ!!

 ……や、ま、初夜っていうか、そういう恋人同士や夫婦関係ですること全部は、こっちの世界に作った部屋でするつもりですがね? 誰も来ないし邪魔もしない、音も漏れないとても静かでいいところです。

 そんな場所へ彼女を誘い、まずはハチャメチャに過ぎていった所為でのんびり出来なかったイチャイチャから始まり、正しく性行為を進めるがごとく、数十分かけてハグを続けるように、じっくりまったりと一緒の時間を過ごした。

 今時の若人のようにエロスだーって脱いで触ってすぐ合体、って実はいろいろ違うらしい。ので、俺とアイは学ぶように確かめるように、時間をかけてお互いを知るように学ぶように、確かめ合っていった。

 大丈夫、なんの心配もありませんよ。もはや“人”においては右に出るもの無し。人器を100%扱える博光に、怖いものなどあるわけがないじゃないですか。

 

 

───……。

 

……。

 

 ……結果?

 えー……初夜を越え、アイが幸福と性的の絶頂を何回迎えたかは忘れたけれど、ともかく彼女が満たされるまで、回復と行為を続けた。

 知りなさい。性行為とは、己が気持ちよくなるためでなく、相手を気持ちよくするための、愛を確かめ合う行為なのだと。

 人によって認識の違いはあれど、俺とアイのはまさにそれだった。

 あと、ちゃんと───よろし? ちゃあんと準備したエロスは、大変気持ちも良ければ心地も良いし、なにより幸福感とかスゲーです。ハグと撫で合い絡み合いの時間をた~っぷり取ることで、オキシトシン等の幸福物質の分泌がしっかり促されてるかららしい。

 まあそのー……僕は自分がどーとか完全に後回しで、ひたすらにアイを幸福に空腹を満たすかのように、彼女を気持ちよくすることだけに集中した。結果、そりゃあもうとんでもないことになったわけですが。

 泣かれたし(幸せすぎて)、頸動脈付近をかぷかぷ噛まれたし(絶頂したあと無意識だったらしい)、泣かれたし(気持ち良すぎて)、痙攣して虚ろな目のまま気を失ってたし、泣かれたし(僕のこと気持ちよくさせてくれないから)、外と中と奥と幸福の4点絶頂を迎えて気絶したりしたし、鳴かれたし(頭がどうにかなりそうで)、泣かれたし(訳が分からなくなって)、まあとにかくいろいろあったのです。

 そんな初夜を越えたのち───

 

「…………」

「アイー?」

「!?」

 

 アイの表情筋が、別の意味で死んだ。

 なにを思い出してるのか、気づけば目がとろーんとなって、口角は持ち上がって、ホニャーリ笑顔になっている。

 声をかければハッとして元に戻るんだけど、また少しするとホニャーリ。

 

「アイー?」

「みゅっ……」

 

 さすがに心配なので、ぽすんと抱き締めてみると、こしこし……と胸に顔を擦り付けてきて、はふー……と深呼吸。ぷはっと顔を持ち上げると、なんともすげぇ幼く見える無邪気な笑顔を向けてくれる。可愛いなちくしょう。警戒のけの字もないってまさにこのことってくらい安心しきった顔向けてくるんだもの。

 え? 分かりやすい喩え? んー……瞳の星とか無ければ“川柳少女”を思い出す方向の可愛さがありまする。

 結婚した。初夜を越えた。大人の階段も昇ったし、さらには20歳の経験まであるとくる。それらが良い具合に混ざり混ざって身体と意識と魂がアレコレソレドレアーコリャコリャして……うん、まあ、マリアージュすごいですね。(それほどでもない)

 そこに来て将来の不安とかきっと、ちっとも抱いてないんだろーなーって純粋さを見せてくれるのは……男冥利に尽きるんじゃろか。

 まあ俺は変わらず……尽くすのみですがね!

 

  この博光の精神骨子は基本ッ! “裏切られるまで裏切らない”ッ!!

 

 それまではどれほどだって尽くすし楽しいをお届けする唯一つの博光です。

 裏切られたら? 知らん。裏切り者に容赦はしないよ? 尽くす人って相手が好きだから尽くすんであって、裏切り者を好く人なんて居る? 他人の趣向に口出しするつもりはないけど、俺は嫌い。それだけだ。嫌いな奴に尽くす理由も意味もない。

 あるとするならそのー……将来的にぶち殺すために相手を油断させるためとか? 暗殺者の計画~とかでありそうだよね。この博光にそれはない。あるとするなら油断させておいて背後からカーフブランディングとか正々堂々メイプルリーフクラッチとか精々その程度だと思う。 

 なのでね、はい。

 甘えてくるお子とかもうめっちゃ大歓迎ですよ? お~キャワユイキャワユイ。

 

「ヒロくんヒロくん」

「おうおうなんだいアイや」

「えへへ~、ヒロく~ん……♪」

「おっほっほっほ~」

 

 もうなに喋ってるのか分からん。分からんのに頬が緩む。こういう時ってなんか……なんかこう……なんか……ねぇ? たぶん今めっちゃだらしない顔してるよ僕。間違いない。

 アイも変わらず表情がゆるゆるしてるし、でもいざ仕事ってなるとキリッと切り替えるからすごいのだ。

 時間の流れが違うとはいえ、時間が来れば仕事がある。

 扉を開ければ、結婚式前にはコンサートだけど誕生日だったあの日の控室。

 アイは「時間の感覚とか感情とか狂っちゃう時あるけど、あれだけ休めるならじゅーぶんだよねー」なんてにっこり笑いながらさらに意識を切り替える。

 そしてアイを呼ぶ声が聞こえると、ハート型だった瞳の奥が星型の輝きを宿し、目は完全にアイドルのそれへと変わった。

 

「ヒロくんっ!」

「おうっ!」

「行ってきますっ!」

「行ってこい! ───……たいした野郎だぜ」

 

 などと染師範(ターちゃん)したくなるくらいには切り替えが凄い。

 そして、客席の方で応援してるから~とか言うと、もう瞳の星とかビッグバンでも起こしたんですかってくらい輝きを増す。

 お互いがお互いに尽くしたいって思えて、好感度が下がることもない。最高の関係だって思えます。

 …………コンサート? やべぇくらいの輝きとパフォーマンスと、その眩しさに当てられまくったファンの、大鐘音のエールもかくやってくらいの声援を以て大成功を治めましたが?

 オタ芸といふものを学び(さりなちゃん経由)、サイリウムの振り方を学び、それを人体の成長の極致と精霊の王を以てして云われたこの体で全身全霊を込めて行使。

 凄まじいキレと緩急を以て完成したソレを見て、アイは負けじと最高のパフォーマンスを……とお互いがお互いをミックスアップで成長させるが如く、競い合い、認め合い、笑い合い、楽しんでいる内にコンサートは終わった。

 ……まあアイったらこのあとすぐに、番組のゲストに呼ばれてるんですけどネッ!!

 よーし猫の里だ! 休憩の時間だオルラ!!

 

「ヒロくんヒロくん!」

「アイ! おおアイー!」

 

 控室へ辿り着くや扉に細工。開いたそこが入り口になると、すぐさま入って閉めれば猫の里。そこでドッカァと演劇っぽい出会いから始まり、ドッカァと抱き合っては笑い合う。

 

「コンサート楽しかったー! ヒロくんのオタ芸初めて見た! 他の誰より動きが綺麗だったー!」

「聞いてはいたし見たこともあったけど、やってみると結構全身使うねアレ! アイのダンスも歌も凄かったぞー!? なんかもう輝きが違うね!」

「そりゃそーだよ、だって歌もダンスもヒロくんに見てもらいたくて頑張ったもん。ヒロくんが客席で見てくれてるって思ったら、じっとなんかしてられなくてさ。思うまま動けるまま動いたり歌ったらあんな感じになったーって感じ」

「自然体すごいですね」

「それほどでもない。……てへへっ、顔、緩むな~。これはもうヒロくんにはずっとず~っと、私を幸せにした責任、取ってもらわなくちゃ。私知らなかったんだよ? 自分がこんなに幸せになれるだなんてさぁ。幸せ~って選ばれた人しかなれないものだって思ってたんだ。で、私はそんなものには選ばれなかったんだって、小さい頃から思ってた」

「今は?」

「えー? それヒロくんが訊いちゃう? 訊いちゃうんだぁ」

「ンー……」

「きゅっ……」

 

 歯を見せながら、いたずらっぽくにししーと笑むアイを、ぽすむ、と腕と胸の中に迎えて、頭をなでなで。するとアイは自分からもぎゅーっと抱き着いてきて、すぅうううう……と息を吸って、「はわふぅ~」……と熱く長い息を吐き、ぷはっと顔を持ち上げ俺を見ると、えーっと……これなんて喩えればいいんだ? ゆるキャラ……とは違う。えーとのそのー……黒髪でー、長髪でー、ふんわりぽやっとした感じのー……あっ、川柳少女だ! 川柳少女の雪代七々子(なな~こ)だ! 例え上げるなら間違い無くそえ! いやそえじゃねーズラ落ち着け。……に、変貌していた。ゆるゆるである。

 力が抜けるとこんな感じになるのかなぁ。瞳の星も見えなくなるし、ただ純粋な輝く瞳がそこにあるだけだ。

 ……たぶん、嘘を吐く必要も疑う必要もないほど安心しきってるからなれる、究極のリラックス状態、って言えるんだと思う。だからこんなに無邪気で無垢なのだろう。

 雪代七々子って呼んだら返事くれるかしら。無理だな。うん。むしろ誰? って無垢な瞳で首傾げられそう。

 え? 病む? っははー、ないない。俺もアイも“束縛監禁飽きたら殺す(壊す)”とか大嫌いだから。愛情もないのに愛を語るなバッキャロウ。

 愛に溺れてズブズブに沼に嵌まるの大いに結構。でもそれを相手に『なんで分かってくれないのォォォォ!?』とか言ってキレるのは違うのよ……それお前の願望であって、愛じゃない。あんたただ自分を認めてもらいたいだけやん……。

 依存から様々を学べとは言いましたがね、学ぶ前に殺すとか壊すとか頭おかしいでしょ? だって自分のことしか考えてないもん。我を通すことしか考えてないもん。そんなもんの何処にデレがあるのさ。あれにデレを付けやがった最初の存在って誰なのかしら。アロガントスパークでブチノメしてやるから前に出てきなさい。

 あ、これ相手のことめっちゃ愛してる、って思ってたのに、なんかやたら攻撃的になって破壊的になって、最後は束縛監禁飽きたら殺す(壊す)。ヤンデレの最後ってなんか大体想像できるのが嫌なんだよ……。

 調教する? ダルマにする? それとも……し・さ・つ(刺殺)

 で、デレとかついてる割に割り切るのも速いのね。次のターゲット狙うの早すぎでしょ。

 ───モノにもよるかもしれません。ですが……私はアレを、デレだなどとは呼びたくありません。

 

 

……。

 

 それからもアイドル活動は続いた。

 初夜後のコンサートがヤバイくらいにヤバくてヤバかったと噂を呼び、一部では『あれ絶対、会場にぴえヨン来てただろ』とか『絶対居たな、間違い無く』とか『まあ馬鹿正直にぴえヨンマスク付けたままじゃないだろうけど』とか『そういやすげぇオタ芸披露してたヤツ居たけど』とか『は? あれくらい小生にも出来るが?』とか『まあ……アイと小学同じヤツだったら、あいつがあんだけ懐いてる相手って言えばあいつくらいだよなぁ』とか『は? お前アイと同小なん?』とかまあいろいろあったけど。

 

[ヤッヴァ脳溶ける……! コンサート最&高だった……!]

[あぁあああ……脳が震える……! 素晴らしいのデス! なんという愛……! あんなに愛に溢れたアイは初めてだったのでは……!?]

[おいペテ公混ざってるぞ]

[毎日ダルそーに仕事してるダチが居るんだけどさ、そいつ連れてったら漆黒に死んでた目がめっちゃ蘇ったわ。アイには蘇生魔法の加護がある。間違い無いね]

[あー、俺の知り合いも休みの日にンな場所連れ出してブツブツ……とか言ってたのに、帰る頃になったらワイに感謝してた]

[布教活動大事]

[誰かアイと同じガッコだった奴とか居ない? 小学でも中学でも]

[写真あるなら見てみたいわー]

[あるけどほぼ同じ男と一緒に居るぞ]

[!?]

[居た!? 貴様見ているな!?]

[いや見てるから書いたんだろがい]

[嘘だ……アイに男の影……?]

[や、男の影っつーか、アイが“ゲロ懐き”しまくってた男子が居たんだよ]

[ゲロ懐き? いきなりゲロとか……]

[ゲロ甘⇒とても甘いの懐きバージョンな。とても懐いてるってそういう意味だろそれくらい知っとけ]

[あー続き言うぞ? アイの親が窃盗で捕まったーってのはアイ自身が言ってたから知ってるな?]

[基本情報だな]

[続けなさい]

[なんでそんな対面でゲンドウポーズしてそうな返ししてくんの? あー、で、なんだったっけ。あぁそうそう。H.Nって男なんだけど]

[ホームネーム?]

[wwwwwちwwwwがwwwwうwwww]

[とにかくそいつがアイを引き取って、一緒に暮らしてたって話。普通施設預かりになるだろうに、そいつがアイの親と話をつけてさ]

[は? 子供が? HNって↑で“ほぼ同じ男と居る”って言ってた、その男のことだよな? 小中と同じって意味? それとも知らんおっさん? が、引き取ったのか?]

[ばっか引き取ったのは普通にそいつの親がとかだろ]

[あー……つーことは、HNは義兄的な……?]

[救ってくれた家の義理の兄……なるほど。で? お義兄さまのスペックは?]

[おい誰がお前のお義兄さんだ]

[とりあえず……普通? でもアイを引き取ってからは完璧超人。勉強運動なんでもござれなヤベー奴]

[なるほど……全力でお義兄ちゃんを遂行したわけだな?]

[てかね、アイがあれほど懐いてる相手なんてあいつ以外居ない。たぶんてゆーか絶対、他の同窓の奴に訊いても頷く。で、体育の時にそいつとアイが、ぴえヨンお得意の孵化のポーズやってたのを覚えてる。ぴえヨンチャンネルとかまだまだ広まる前の話な?]

[え? マジ?]

[めっちゃ全力でお義兄ちゃんしよるじゃん]

[過去から現在にかけてめっちゃ支えまくりじゃん。そら懐くわ。眩しい笑顔向けるわ]

[そういやアイってまだガッコ来てる? えーと、おまいはそのまま同中だったりする?]

[いや、なんか中学の途中で引っ越しちゃったからその先は知らん]

[使えんやつめ……]

[所詮四天王の陰すら踏めんかった一般人か……]

[ひどくね?]

[フッ……ならばここからは俺が語る必要がありそうだな]

[アイならこの忙しさの所為で最近は休学届け出してるっぽい。ちなみに常に一緒に居る男子も]

[アッ……]

[あ、すまん]

[悪い……お前が語る必要、なくなったんだ……]

[余計なこと言う前にとっとと語ってればこんなことには……]

[あーで、そいつとアイってやっぱ同じ苗字なん?]

[いや、違うぞ? 確かにそいつ、H.Nだけど、アイは違う苗字だ]

[……ちなみにHNはムキムキマッソウ目指してそう?]

[それがさ、いつでもどこでもダボついた長そで系しか着てないから分からんのだわ。傍にはいっつもアイが居るし、なんか……いやさ、変なこと言うかもだけど、マジでなんか近づけんのだわ]

[?]

[オーラ的ななにかが出てるとか?]

[いや純粋に謎なんだけどな? 男子の方に声かけて、あわよくばアイに~とか考えるヤツ、いっぱい居るわけじゃん?]

[まあ、そだな]

[それがな、何故か誰も成功しない。近づけないんだ、マジで]

[陰キャ特有のヘタレオーラか]

[いやいやいや待て待て! マジなんだって! あと俺は陰キャじゃねぇ! めっちゃ明るいし出会って話して即友達! で作った友達たくさん居るっての!]

[失せろ陽キャが……! ここは貴様が来ていいような場所ではない……!]

[おのれこのクソ陽キャが……!]

[お前ら俺にどうしてほしいの!?]

 

 まあいろいろありますよね。

 どこぞで俺やアイのことをコッソォォォォ……と調べておる輩が居るようですが、辿り着くのは無理ってもんだ。うぬらが私欲を失わん限り、我らに辿り着くことなど到底叶わんよ。

 

……。

 

 あるー日♪

 

「デートがしたいです」

「なんと!?」

 

 森の中でデートに誘われた。

 腕を組んで、澄んだ綺麗な森の空気を吸いながらの散歩の途中であった。

 あ、アイ? そこ石あるからこっちゃ寄って寄って。

 ……ハテ? こういうのもデートになるのでは……? や、まあ、散歩とデートはそれはそれで別だよね。博光納得。

 

「よろしおす。では何処に行きたい? 現実世界なら定番の映画館とか動物園遊園地、この世界なら天国から地獄まで、一通り揃ってるゼッ☆」

「現実世界は無理だね、お仕事ぎゅーぎゅー詰めだし」

「まあ名前を売れる機会を逃す手はないからなぁ。休憩時間が車での移動を含めた一時間もないとしても、こっちじゃ何日でも休めるレベルだし」

「うん。お陰でヘンな緊張もしないし、ヒロくん成分たっぷり吸収できるから、いつでも最高のパフォーマンスでライブとか出来てるよ」

 

 笑顔で、ぶいっ、とVサインをしながら言う。おうおう、こげにお強きお子に育っちゃって……!

 うん、ていうかね、アイがね? 初夜を越えてからというもの、色を知る歳かッッ! ってくらいにお強くなられた。

 最愛を手に入れた彼女の中で、不思議なパゥワーが精製されているのかもしれない。

 愛を知ったバキくん並に謎のパワーアップ……まあ幸福が力になるのはよーく知ってるから疑問はないけどね? 病める時も悩める時も、これに寄り添い尽くし尽くすと誓い申した。ならばちまちました考えは必要もなし。

 『パワーアップ? 望むところじゃい』でいいのよ? 強くなることのなにがいかんとです? むしろ喜ぶべきでござんす。

 

「俺もアイが元気だと嬉しいから素敵な関係でございます。───よし切り替えた! じゃあまずは準備からだな! ご飯とかどうする!? おべんと作ろっか!? 飲み物はどうしようか! 僕たち飲むならティキミック!? もといピクニック!?」

「ピクニック! 山とか昇って綺麗な景色の場所でおべんと食べてみたい!」

「よっしゃあ任された! 最強のピクニックにしてやるぜぇええ……!!」

「あ、料理一緒に作りたい。新婚さんあるあるないろんなことしたいっ」

「よっしゃよっしゃ、片っ端からやってこーなー?」

「……ごくり。ていうことは、料理中に指を切っちゃって、それを舐めてもらうところまでやってもらわないと……?」

「自傷は博光許しません。逆に俺がアイに心配してほしいからーって頸動脈切ったら許せる?」

「普通にヤだよ?」

「だよねぇ」

 

 苦笑気味に笑って、腕を組み直すみたいにして歩く。「あとそこは指を軽く切っちゃう~とかにしようよ。なに? 頸動脈って。心配どころじゃないと思う」と怒られてしまった。そりゃそーだ。

 というわけで───本日のおデート。ピクニックに決定。

 というわけでまずはこの世界の街に買い物に出る。

 もちろんこちらの世界じゃ我らの正体が~とかアイドルが~とか気にする必要もないので、堂々と腕を組んで歩いて、こちらの世界の食材などに興味津々のアイとともに市場を冷やかし、せっかくだからとこの世界の衣服も見て回ったりして、それだけでもデート気分を満喫する。

 

「ヒロくんヒロくん、こういうの、私にも似合うかな」

「FUUUM……アイだったらこっちだな。紫色を宿した黒髪によ~く似合っておる。アイの魅力を引き出しつつ、それでいて服自体は大胆すぎず目立ちすぎず……」

「…………どっ……どきどきとか、する?」

「いや全然」

「~……むーーーっ!!」

 

 似合うか否かで言えばとっても似合い、どきどきするかと問われれば否である。

 “嘘”の瞳の輝きもない、七々子(ななーこ)モードなままのアイは、即答で否定されたことに頬は膨らませど、すぐににっこにこ笑顔で「じゃあこれは?」なんて上機嫌だ。

 

「アイ? アイや?」

「んー? うん、なに?」

「もしやこの博光にドキドキしてほしいの?」

「………………」

 

 アイ、俺の目を見たまま停止。

 その後、…………たっぷり時間をかけて顔を桜色に染めると、こくり、と頷いた。

 

「べ、べつにね? その、夜のアレをまたしたいなーとかじゃなくてね? えと、その。……ひ、ヒロくんから求めてくれたら、私どれくらい嬉しくなるんだろー……って」

「………」

 

 嘘で飾らない嫁が馬鹿正直で可愛い。ので、なんかもう抱き締めた。抱き締めて、頭なでなでして、己の中に湧き出ている感情を言葉にして、その耳にヴォソォリ……と熱い吐息とともに届けた。

 したっけまあやべぇほど真っ赤になるでよ、こりゃあ今ぞとばかりにイチャつくしかあんめぇべや。

 

「アイ。そんな心配せんでもこの博光、とっくにキミにディヴォーテッド博光だよ?」

「うぅう……分かってるんだけど、理解と納得は別っていうのかなぁ。ヒロくん、あのね? 私、ヒロくんに求められたら、とてもとても嬉しいです。だって私、もらってばっかりだもん。ヒロくんがさ、欲しいなって思ったものがさ? 私が“はい”ってあげられるものだったらなーって、ちょっと、けっこー、だいぶ、考えちゃってたりします」

「………」

 

 話を聞きながらもナデリナーデリ。

 ん~~~……やっぱりアイさんたらワカってない。俺がどれだけキミの距離感に助けられてるかを。

 欲しがりさんで、自信家なのに、近しい人に嫌われることにはいつだって臆病で。そんなお子相手に尽くしてきた博光ぞ? 踏み込みすぎたら~って躊躇があろうと……言った筈ですぞ? アイ一人の全部を受け止められずして、なにが博光か。 

 

「ア~イ」

「うん……」

「全部受け止める。だから、遠慮せずどーんとぶつかって来りゃあいい。求められたいなら全力で求めるけどー……俺結構重いと思うのよ? 普段は平凡で無害な博光さんとしてご近所でも有名だけど、一途ってのはそれだけ真っ直ぐってことだから」

「……欲張りさんは、その一途の全部が欲しいの。ヒロくんの言葉じゃないけど、全部、受け止めるよ? それが出来ないで、なにが“星野アイ”か~って。……今、この世界では、中井出アイだけど。……にへへ」

 

 ハグサイクロンしていいですか? (抱き締めてぐるぐる回るやつ。相手は浮く)

 むしろした。俺から自発的に、俺からの接触があると嬉しいらしいので。

 その上でゴリゴリスリスリマッチュモッチュと無遠慮に、頭に頬ずりしたり頬を撫でたり額や頬にキッスしたり。驚いている内に脇の下に両手を忍び込ませ、たかいたかーいとばかりに持ち上げて、言ってやる。

 

「アイ! 覚悟おし! 俺はケッコー人間関係では我儘だし強欲だぞ! それを受け止めるって結構大変なんだからなー!?」

「ゎ……~~っ……望むところだよーだ! 受け止めみせるからどーんと来なさいっ! 伊達に8歳年上の経験者じゃないんだからねー!」

 

 なにをこの。俺なんて57億歳じゃい。

 などとは言いませんはい。もはや全てが我が裡に戻ったのち、感情も意志もなにもかも、おれはしょうきにもどった! ってくらいスッキリな僕。

 時折こうしてどこぞの世界に飛んだり飛ばされたりするけど、その度に記憶は別として、恋愛感情云々はリセットされる。ので、ハッキリ言いますよ?

 俺、ちゃんとアイのことめちゃんこ好きだし、愛してるし、尽くし尽くすって決めてるのってこれっぽっちも嘘じゃないからね?

 求められると嬉しい? よろしい。今までセーブしてきた分、骨の髄まで求め続けてくれるわー! あ、もちろん夜の方もね? 大人っぽい対応してきたけどね、こっちの僕ってケンゼンな16歳男子です。あ、はい。つい先日16になりました。

 たぶん、アイの“求めてほしい”ってのはそういうことなんだと思います。

 自分ばっかりがかつての子供を求めてるみたいで、僕の意志なんか無視してるんじゃないかって不安になっているのでしょう。

 そんなことないのにねぇ。でも正直16でお子は早いと思うよ? そりゃ早いよ。確かあのー……若い時分に性交渉があると、ちょっと体幹に歪みとか出来るって話があるんだよね?

 いやまあ人体に詳しい博光ですもの、そこんところは不備なく調整しましたがね?

 

「……じゃ、その大人なアイも、全部丸ごと欲しい。隠したら怒るぞ?」

「ぇゎ…………ぁぅ」

 

 自信たっぷりな悪戯っぽい顔が、一発で照れと羞恥と喜びと……まあとにかくヤヴァい感情に飲まれたっぽい。へにょへにょなななーこフェイスになったアイを、高い高い状態から降ろす過程でぽすんと抱き締め、さらにぎゅーっとする。

 なお。

 

「ブラボ~~~……」

「ブラボ~~~……」

 

 ここ、異世界の衣服屋さんなわけでして。

 こんな愛情劇場を見た人々が、生暖かい目を向けながら、拍手で祝福してくだすった。

 即座にシャキーンと瞳の星が輝き、全方位完全自動虚言カウンターモードを発動するアイだけど、その間隙を縫うように、ちむ、とキスをすると、ぼしゅー! と溜まった蒸気が一気に抜け出るみたいに星の輝きが消えて、力が抜けたみたいにへにょへにょなって……なのに俺には根性なのかなんなのか、きゅーっと抱き着いてくる。

 その上で、震える声で「ふいうちだめ……だめぇえ……ばかぁ……」と言いいつつ、ぽすぽすと弱々しく胸に頭突きをかましてきた。

 そんな可愛さの塊みたいな“かわゆき”を抱き締めたまま、すんませーんと軽く会釈をしつつ、その場を離れる。もちろん、アイに似合いそうな服もちゃーんと手に取りつつ。

 清算を済ませて外に出る頃にはアイも真っ赤な顔をしながらも俺の胸からの脱出に成功していて、少し悔しいのか、それでも嬉しいのか、手でぱたぱたと顔を扇ぎながらも隣を歩いている。

 

「なんか新鮮。アイってああいうの、余裕綽々~みたいに赤かろうが抱き着いたままかと思った」

「……不意打ちで求められて、私自身もたいへん戸惑ってます、はい……。あの、あのね? うれっ……嬉しすぎて、顔がにやけて、それでもいつも通り~ってしようとするんだけどね? …………私が考えてたより、嬉しかったみたいです、はい……」

 

 言いつつ、ちょっぴり悔しそうに、でも顔を扇ぐのを止めた手はちょっぴり宙を彷徨って───

 

「アイー? おいでおいでー」

「!」

 

 来い来い、と招いてみると、大変嬉しそうに右腕に抱き着いてくる。

 そんなアイの左手をほれほれーと誘導してやると、意図を察したのか腕を組んだ状態で手を恋人繋ぎにして、嬉しそうな……ほんと~に嬉しそうな顔で俺を見上げてきて、柔らかな雪代七々子(ななーこ)フェイスでにへーと笑うのでした。

 

「えへへへへへへ……あ」

「ホイ?」

「ヒロくんの服も見ればよかった……! ヒロくん、気づけば見たことない服着てるし……!」

「………」

 

 いやまあ創造出来るし。でもお金は使わなきゃだから、俺は適当にヘンテコ過ぎなければいいかなぁ的なものを買ってきてるのですよ?

 ところでユニクロのユニって、ユニセックスとかそういう方向でのユニなんだろうか。それともユニコーンとかバイコーンとかアリコーンとか最強♂とんがりコーンとかとなにか関係が……!?

 あ、アリコーン(エイコーン?)はアセクシャル(エイセクシャル)から来てると思うの。アセクシャルは相手に対して性的欲求を抱かない存在らしい。ユニコーンは純潔マニアでバイコーンは純潔嫌い。最強♂とんがりコーンは……お察し。

 『ユニセックス、バイセクシャル、アセクシャルなどにコーンを付けただけで、何故幻獣とか聖獣扱いされてる筈のユニコーンが変態扱いされているのか……』とか僕の知人が仰ってたことがあるけど、モミアゲが美麗な友人に殴られた上で訂正されてたよ。

 ユニコーンのユニはラテン語とかそっち方面でのUNI、1を表していて、コーンは角って意味らしい。バイは2を意味していて、そこにコーンを足した名でバイコーン。つまり一角獣と二角獣ってこと。姿は白馬だったりロバだったりしたらしい。

 じゃあアリコーンは? ……モハメド? 言ったら殴られた記憶がございます。

 ユニコーンは一途や清純の象徴、バイコーンは二股やら不純の象徴などで知られているそうな。

 アリコーン? とりあえず自分を好いてくれるなら、純潔だろうとそうじゃなかろうと良いとかじゃない? 最強♂とんがりコーンは……なんか男性のパンツを剥ぎにくるらしい。歪みねぇな。

 ……ハテ? なんでユニコーンとかの話になったんだっけ? ………………あっ、服の話でユニクロを思い出したからか。

 

「アイは俺の服にも興味津々なんだねぇ」

「うん。そりゃあねーって言いたいくらいには興味津々。逆にヒロくんは?」

「…………なるほど、そりゃあねー、だな」

「だよねー」

「だなー」

 

 笑い合いながら、めっちゃイチャイチャした。

 友人知人が見たら『誰アイツ!?』って驚くレベルでイチャコライフ。

 でも良いのです。バカップルって傍から見るとめっちゃヤベェけど、本人たちはもうほんと幸せで、幸せを味わいすぎるが故に飽きが速い~なんて言われてるけどね? 僕たちの好感度は上がることはあっても下がることがないのです。

 これ……ほんと幸せなことです。まあ、溢れて暴走した時はさすがに全力解放しないと、感情爆発して大変なことになるのですが。押し倒されたり押し倒されたり。

 けれどもアイには素敵な発散場所があって、それがライブだったりコンサートだったりするのだ。

 アイもそろそろ16になる。16になるということは子作りの日も近いといふこと。

 断る理由は多々あれど、極力アイのお願いは断らないのがこの博光の信条。

 何故って、幸せにするって言ったからだ。全てを肯定することが幸せに繋がるだなんて思っちゃいないけどね、不幸を味わったお子には幸福の海を堪能してほしいの。

 ……あと純粋に博光的に愛の結晶が欲しいです。

 きっと苦労するんだろうなぁ……なにせ……ああいや、言うまい。

 

  そんなわけでピクニック。

 

 結局は動きやすい服、運動に適した靴を用意して、おべんと作って高いところへGO。長き道を歩き、時に森へ侵入し、森を抜け、山頂とはいかないまでも、見晴らしの良い場所へと辿り着く。

 

「うわぁー……!! 見晴らしすごいねー……!」

「なかなかの景色だろう。研究に行き詰まるとよくこの丘に来るんだ。ここから町を見下ろしていると頭の中が透き通っていくような気がしてな。思考の回転が早まる」

「?」

「言ってみたかっただけです」

 

 いいよね、マグナス・ブラッドリー。知ってる人しか知らないけど。文句を言ってくる院長やら他の教授やらの方にこそ、眼医者と精神安定剤を提供したかったわ。

 さて、と早速荷解きをするが如く、リュックからレジャーシート等を取り出してピクニックでの拠点作りを開始する。キャンプみたいにそういった道具を持ってきているわけじゃあないので、案外簡単なものだ。

 

「現実世界じゃ中々こうはゆっくり出来ないもんね。ヒロくんとこの世界がなかったら、私もう潰れてたと思う」

「いくらなんでも仕事取り過ぎたよなぁ。シャチョーとミヤコさんも、クオリティーナッシャーが無ければ潰れてたよ絶対」

「あ。あの梨の香りの飲み物、そういう名前なんだ」

「まあ。というわけでせっかく高いところに来たので───」

「来たので?」

「すぅっ───フーアームアーーーイィイイイッ!!

 

 両手を上げて、見晴らしの良い景色に向かい、ヤッホーと言うかの如く。

 フーアムアイ……我是誰、と書くのだが……え? やる意味? ヤッホー叫ぶよりなんかスッキリするよ? 自分のことが分からなくなりそうな時はどうぞ。

 分かっててもやると、なんかストレス発散になるかも……?

 

「……!! ふーあーむあーーーいっ!!」

 

 そして爛々と目を輝かせたアイも、負けじと思い切り叫ぶ。

 お揃いが嬉しいのは今も変わらないのだ。

 

「そうだよ愛弟子! 遠いあの人(誰?)にまで声を届かせるように! そして持ち上げた両手を腕ごと前後に振るって叫ぶんだ!」

「っ……ふー! あーむ! あぁああああーーーいぃいっ!!」

「素晴らしい……! ああっ……素晴らしいよ愛弟子! 見事な発声だ! 僕もうかうかしていられないね!」

 

 それからはまあ……何があったということもなくピクニック。

 この世界のことを知らないアイに、なんでもないことを説明してみせたり、やってるアイドル活動に対する愚痴なんかを聞いたり。

 アイドルやることに不満はないけれど、人間関係はやっぱりめんどいとのこと。

 こんだけ可愛いと、やっぱり権力を武器ににじり寄って来るオッスィーバ(汚らしいおっさん)が居るのだ。

 問答は大体こんなもん。

 

「ああ、断ってくれてもいいんだよぉ? でもその場合……キミのこれからにも影響が出てくるかもねぇ……?」

「? 別に今すぐアイドルやめてもいいですよ? やめた理由があなたになるだけですし。その際はとびきりの真実(うそ)を用意しますね? あなたが翌日にでも知らないところで粘着ファンに刺されてもいいように」

「………」

「人の未来を潰そうって人が、自分の未来は満足で居られるだなんて思わないでくださいね?」

「ア、ィヤ……ソノ……」

 

 大体これで終わる。

 権力を使う? 結構。それが通じる相手ならね。

 うぬらがどれほどそういう世界に影響力を持とうが、別にこっちはアイドルやめても一向に構わんのだ。じゃあさ、その場合、貴様らの影響力って……なんの力になるの? そんな話。それよりもそんな状況を過去視で録画して映像化して、証拠として世に配信するだけで、貴様の持つ影響力(笑)が牙となって貴様を襲うだけだ。

 その場に居なくてもその場の現在過去未来を覗いて、録画も録音も出来んのよこっちは。子供だからって激甘見物してたら痛い目見ますよ? 物理的に。

 はい、というわけで話をフーアムアイに戻そうか。

 

「なんかヤッホーより元気出たー!」

「せやろせやろー!? よっしゃあじゃあなんか山菜採ったり川魚見たりとか、山ならではを堪能するか!」

「行き当たりばったりふぁいおー!」

「おうともさファイオー!」

 

 そして僕らは楽しんだ。

 高いところに源泉がある山の川に居る魚を見たり、その冷たさにキャッキャウフフしたり、水の掛け合いっこしてイチャコラしたり、綺麗な湧き水のある場所にしか居ない珍しい生き物などを見たりして、現実世界ではほんの僅かでしかない休憩時間を存分に堪能した。

 

……。

 

 

 堪能したらば現実のお時間です。

 スケジュールはいつでもぎっしりみっしり。

 それでも意地でも一週間に一回はぴえヨンチャンネルに登場。

 そこで、すこー……と眠りこけてしまうこと毎回。

 まあ、俺が寝かせとるんですが。

 そんな、いつでも完璧で究極のアイドルの無防備な姿に、[お疲れ様]とか[“完璧で究極のアイドル”が羽を休められる場所]とか[そしてそんなアイドルにマッサージを施術する鳥類]とか、生配信へのコメントが飛ばされてくる。

 そう、時間を縫ってアイが来る時は、生放送枠を取って撮影してる。

 何故かというと、俺がアイになにかしてるんじゃあないかと勘繰る人が居るだろうからだ。なので来てから出ていくまでをしっかりと生放送でお届けし、チャンネルを出て次の仕事が始まるまでは俺だけでアーコリャコリャ。そして生放送終了。

 そんな生放送ライフ。

 

[こんな短時間の休憩で大丈夫なん?]

[下手しなくてももうこれ、24時間戦ってますが? アイちゃんにRe:ゲイン飲ませなきゃ。そして落ちるどころか3mもゲインしてほしい]

[でもぴえヨンチャンネルに来た時のアイの無防備な笑顔といったらもう……!]

[無防備(・・・)……フフ、この程度で無防備とは……ww]

[なんだァ? てめェ……]

[たぶんチャンネル越しじゃァ無理だと思うぞ、無防備笑顔]

[お前は……同中ニキ!?]

[いやもう“いざさらば”したから]

[卒業をそう例える奴初めて見たわ]

[てか最近ぴえヨンもすげェよな、チャリティー? ボランティア?]

[あ、バカ! アイちゃん居る時その話題禁止だって……!]

[オワやべっ……あ、セーフ! 寝てるからセーフ!]

[気ぃつけろって……てかぴえヨン、マジで大丈夫?]

[うちのおじいちゃん、治してくれてありがとう!]

[チャリティーってかボランティア立派だけど、身体壊さんようになー?]

[ぴえヨンが路上で健康ライヴし始めた時は何事かと思ったわw]

[新薬作ってるからその告知みたいなもんだっけ?]

[あ、それおばあちゃんが言ってた。今すごい薬作ってるから、認められてちゃんと薬になったら試してみて~って]

[どんな薬? 名前は?]

[言ってたのは聞いたんだけど、なにせあの甲高い声での告知だから路上だと聞き取りづらくてな]

[わかるwww]

[あ、俺もじーちゃん治してくれてあんがとなぴえヨン! で、薬の名前だけどだしか]

 

 生放送終了ぎりぎりあたりでそんなチャットが流れるものの、それも枠が終われば終了。

 それでも書く人は居るものの、気にしてる時間もないのでGO。そげなことをしている暇があるならアイだ。

 なにせスケジュールはマジで地獄級。お前ら15歳女子を殺す気ですか? ってくらいみっちり状態だ。……まあ、いっそどこまで出来るのか、どこで潰れるのかが見たくて依頼をしている輩も居る。

 そんなやつらは決まって、アイを下卑た目で見ていて、倒れればアイの所為、アイの所為で番組が台無し、責任を取れ~とか言い出したいお年頃なんだろう。

 馬鹿め、と言って差し上げます馬鹿め。

 むしろこっちはそんな嫌がらせを利用してでも知名度を上げファンを獲得し、なんかもう……ほんとヤバイくらいにファンが増えた。

 やがてはアイの失敗を狙っていたお偉いさん方までもがアイの奴隷(ファン)になっていて、純粋な応援という意味での依頼も増え、後押しも、別の誰かへのコネや紹介も増え───

 

「───♪」

 

 知られれば知られるほど場所もコネも大きく、幅広く。

 

「~……っ♪」

 

 呼ばれる場所もあまり視聴率もない場所から、人気のある場所に。

 

「っ……はぁっ……───!!」

 

 やがてアイは、16歳の誕生日を迎える前に様々な人を魅了し、味方に付け───

 

「───っ!!」

 

 ……ソロで、ドームを満員にしてみせた。

 それは、僕がアイに、とあるお願いされてから、僅か1年後のことじゃった。

 

 

───……。

 

……。

 

 ───で。

 

「ぁあああああヒロくんもうやだぁあああっ!!」

 

 ……そのソロ覇者の裏側がこれである。

 劇団アァーララララララララァアアアイ!! ……じゃなくて、ララライ周辺のお話を通して知り合った鏑木さんらのコネ周りの依頼の最中、アイは涙を撒き散らしながら俺の胸に飛び込んできた。

 ちみにララライの依頼関連はとことんまでに拒否し、向こうから依頼があっても拒否。その方が大きなコネ作れるよ? と誰がどう言ったところで「ヤだ。絶対にヤだ。そこだけは嫌。アイドル人生を賭してでも断る。ヤだ断固ヤだ」と全力で突っぱねた。

 仕方ないので鏑木氏だけが来訪、別方向の依頼を~……って感じのをいろいろ話し合ったその帰り。

 

「休憩が無い! 休憩が無いのやだー! トイレ行くからって言ってもそっちはトイレじゃないーとか言い出してさぁ! ちょっと一人にしてって言っても今のあなたはアイドル界の至宝なんですよーとか! そんなの知らないってばー! もーぉおおお!!」

 

 現在、ギッチリミッチリスケジュールの中、シャチョーが新たに雇ったらしい付きっ切り女性マネージャーにマジでねっちょり付き纏われて、大変苦労しているらしい。

 そんなマネージャーを無視して逃走、猫の里に逃げて来たアイは、今ようやく久しぶりに俺に抱き着いてきては、早速猫吸いもとい博光吸いを始め、始め……始め…………ぷはっと息を吐いた。でもまだまだ足りないのか、嘘吐き(アイドル)の瞳の輝きは消えない。

 瞳の奥の星は輝いてるのに、その輝きが弱々しいし、なにより涙目だ。

 こりゃそーとーストレス溜めてるなぁ……とすぐに理解出来たので、いつものように草花の上で胡坐を掻き、アイを招き、後ろから抱きしめて……じっくりと癒しにかかった。

 

「そりゃさ? シャチョーが夢にまで見たドームは叶えたよ? シャチョー、すっごく喜んでたし、ミヤコさんも泣いて喜んでた。なんかシャチョーとの約束がどーとか言ってたけど、喜んでくれてるならいいかなって。でもあのマネージャー付けるのほんとやめてほしかった! 護衛とかはヒロくんが居るって言ったのに! 言ったのにー!!」

「アー……アイドル界の超新星になっちゃったから、だなぁ。そんな存在に男の影とか、世界的にもヤヴァい状況になったってことだろ」

「…………アイドルやめていい?」

「なんかシャチョー、次は海外だーとか言ってなかった?」

「それはシャチョーの夢であって私の夢じゃないもん」

「ごもっとも。ん~、良い子良い子~♪ ちゃんとアイが自分の意志を大切に思ってくれて、博光とっても嬉しいよ~♪」

 

 言って、胡坐に横抱きのようにして座らせながら頭を撫でたら、なにやらムフーンって誇らしげな鼻息が頬を襲った気がした。

 

「でも産まれてくる子供には、ママは立派なアイドルやってたんだーって思われたい。ていうか産まれてない内から無職なママとかなんか格好悪くてヤダ」

「うーむむ、そこはヘタに20歳の記憶がある所為で、譲れない感情になっちゃってるっぽいなぁ」

「だって……うぅう……だってー……」

「ヨロシ。今回、シャチョーの夢ェ叶えたんだから、今度はこっちの我儘聞いてもらおう。ダメって言ったらメイプルリーフクラッチだな。事前に告知無しで問答無用でやる」

「わあ、ヒロくん本気の目だ……」

「あのね、アイ。俺はいつだってキミに尽くし尽くすって決めてます。愛する相手が夢を叶え、それで一旦満足してめっちゃ長い休暇を取ってくれるなら良かった。だがどーだい、ドームの夢が叶っても仕事びっしりー。こりゃあケーヤク違反だ。俺はアイの幸せを願ってるんであって、シャチョーの幸せ願ってるわけじゃないのよ?」

 

 なので単刀直入。まずアイには俺と密着して休むと得られるらしいヒロミニウムとやらを大量に摂取してもらって、ようやく雪代七々子(ななーこ)モードになったところでさらにどっぷり休ませた。

 その上で現実への扉を開けて控室に戻ると、少ししてスケジュールがーとか言ってやってきたマネージャーさんを背後から襲い───

 

「ふん」

「うきっ!?」

 

 ゴキャアと首を捻り、気絶させた。

 そうしてから事務所まで転移をして移動。シャチョー室のドアをドゴゴゴゴゴとノックンロールして「ななななんだなにがあったぁ!?」と慌てて出て来たシャチョーにダンターグ流奥義ぶちかまし。

 ドゴッシャドゴォンッ!! と激しい音とともに、彼は壁画と化した。

 

……。

 

 で。

 現在、僕らが稼いだ金で買った良い感じのカーペットの上に正座をしているのは、イチゴ・サイトー。ぶちかましは一応“慈しみの調べ”も混ぜてぶちかましたので、ダメージは大したことない。壁には盛大にめり込んだけどね。

 けど恐怖は植え付けられる。そう……その気になれば、“わかってるな? わしならできるんだぜ?”と、これ以上の惨劇を提供出来るのだと思い込ませたのだ。

 

「ミスター・イチゴに質問……。今、アイは仕事から束の間の解放をされ、長い長い息を吐いてここに居る……。果たして……生きていると呼べるのだろうか呼べないのだろうか…………?」

「い、いや、それはその……だな。お、俺、ちゃんと何度も確認したぞ? 休み挟まなくて大丈夫か? とか、スケジュールもっと間開けよう? って……なぁ? アイ……」

「うん、ドームまではそれでいいって思ってたよ? それが夢なら~って、罪悪感とかもあったから、それだけは絶対叶えなきゃって思ってたし。でもじゃあ、次は海外だ~ってなに? その前に休みくらいくれてもよくない?」

「ちょっと待て! こっちは入れるつもり満々だっての! 当たり前だろが! 周りがほっといちゃくれねぇ状況だろうと休みは必要だ! こっちだって何度断ったか分からんくらいだぞ!? なのに勝手に宣伝して、出なけりゃ番組が潰れるだけ~だの! ドームでの熱さが残っている内に広めたほうがーだの! 誰もが誰も勝手なこと言いやがって! 誰が好き好んで、自分の夢叶えてくれたアイドルを潰すかってんだ!」

「……でも、実際仕事がぎゅうぎゅうになってるよ?」

「…………は? マジか? 俺はほぼ断ったぞ? マネージャーにもくれぐれも無茶は、って頼んでだな……」

「……ヌ? お待ちなさいミスタ・イチゴ。アンタまさかァ~~~……アイの体力的な事実、あのマネに話していないんじゃあねぇだろうなァ~~~ッ? あやつ、今までのあれがアイのデフォルトだ、なんて勘違いしてないか? アイならこれくらいのスケジュールは余裕だ、なんて、基準自体間違えてないか? この博光との接触は必要不可欠であることを、よもや話していないとは言わねぇよなァ~~~ッ?」

「……………………………………ぁ」

 

 ……ふ~~~~~ぅうう……。

 

「いいギャグ持っとるのォ茶坊主ゥウウ……!! くれぐれも? くれぐれも、なんだってェェェェ……? 具体的なことを言わない上司のくれぐれもほど部下に伝わらないことなんてないって、理解が足りないのと違うのォォォォ~~~……?」

「マッ、……ままま待てっまっ……待って待ってくれ待ヒィイイッ!? はな話せば分か話し離せ離してくれ嫌だあぁああああっ!!」

メェエエエィプルリィイイフッ! クラァーーーッチッ!!

ギョアァアアーーーッ!!

 

 その日、シャチョー室に真っ赤な薔薇が咲いた。

 

……。

 

 マネージャーお姉さんは、アイの狂信者だった。

 完璧で究極のアイドルというものを本気で信じており、彼女は眠らなくても戦える神が如き存在、と……まあそんなふうに思っていたらしい。

 その上で男の影にはやたら敏感で、ぴえヨンに近づくこと自体も本当はしてほしくないときっぱり言ったので、それは貴様には関係ございませんと、依存云々問答の時に思ったことをそのまま伝えたんだけど……それでもギャースカ言いおるので、

 

トルネードフィッシャーマンズスープレェエックスゥッ!!

ひぎゃあああぁぁぁーーーっ!?

 

 応接室に真っ赤な薔薇を咲かせたのち、脱穀スープレックスで完全に黙らせました。

 いやァ……いやァ……ね……? キミらの意見って貴様らの理想と夢を押し付けるばっかりで、アイ自身のことこれっぽっちも考えてないの、分かります?

 シャチョーはまだいい。スパイダーマッでも「許せるッ!」って叫んでくれるよきっと。 だってそれはアイ自身(20歳)が、ドーム関連で罪悪感を抱いてたから。

 「絶対に、絶っっっ対にドームだけは叶えたいから、成功させたいからっ……お願いヒロくんっ……! 力、貸してっ……!?」って、こんな大したこともない木っ端のようで、四天王になれたのが不思議なくらいの小者の博光に必死に頼んできたのだ。それがほんの一年前。それからはアイにナビネックレスを装着させ、これまでの人生経験にて得ていた経験値にてレベルアップを実行。そのまま上がったステータスポイント全てをカリスマに分けたお陰で、たった一年でドームまでいけた。

 卑怯卑劣? どうとでもお言いなさい。そう……あんなに必死に願われたのなら、その手伝いのために尽くし尽くすのは博光の、幸せにすると言った男としての矜持ってもんですよ?

 でも狂信マネ、貴様はだめだ。

 だって考え方が45510のアレとほぼ同じなんだもの、そりゃダメだよ。完璧じゃないアイじゃなきゃ許せないとか貴様何様のつもりじゃい。なんで貴様の許しが必要なんじゃい。

 この世界での“丸顔の君”は全然良い奴であったよ。努力を認められるナイスガールさ。でもキミ、努力動画なんて碌に見ないで、綺麗なところばっか見て、“これがアイだ、これこそがアイだ、(アイ)こそ本物のアイだ”って暴走した結果そのものでしょ。

 というわけで、“マネージャーしてたのは夢だった”って意識をズキュウウウウンと植え付けて、自宅に帰ってもらいました。契約書? 破棄だばかもん。

 あとは今来てる出演依頼を全てこなして片付けて───!

 

「よっしゃあ出演依頼全部終了&三日間完全休暇確保ォォォォ!! そしてぇえ~っ!? ……アイ! 誕生日おめでおわぁーーーーっ!?

 

 押し倒された。

 休みが取れたらもうとことんまでに休ませて甘やかしちゃる、と様々な準備を進めていたら、丁度休暇が取れた一日目がアイの誕生日となった。……途端に押し倒された。

 猫の里の、さらに秘奥、妖精の里でのプライヴェ~トヴァースデイぱーちーをしようとしたら、なんか口上の途中でこう……押し倒された。

 

「ヒロくん……私やっぱり、ヒロくんだけがいい……! マネージャーなんて要らない……! 押し付けてこないで、怒らないでいてくれて、受け止めてくれて、甘やかしてくれて……! 私さ、そりゃ我儘だっただろうしさ、ヒロくん以外には平気で嘘ついちゃったりしたかもだけどさ……理不尽なこと、言った覚えなんてなかったよ……? 怒られるようなことだってした覚えもない。言った嘘だって全力で“本当”にしたし、頑張ったんだから、その代わりにちょっとだけ休ませてって言っただけなのに……。私ならこれくらい余裕ですよねとか、あなたなら出来ますとか、何処に行くんですかとかそっちじゃないでしょうとか……!」

「おお、おお……随分と窮屈な想いをしてきたんだなぁアイ……。ええよ、全部全部受け止めちゃる。だから今は思いっきり甘えなさい。我儘言いなさい。だって、今日の主役はお前なんだから。博光に出来ること全部で、きみをたっぷり甘やかしちゃる」

「…………………………ぅん」

 

 まるでごめんなさいって言うかのように、アイは涙目でこくんと頷いた。

 なんということでしょう……こうならないように、金銭面と護衛を担当しようと名乗りを上げた筈なのに、よもやマネージャーが厄介信者だっただなんて……!

 いやさぁ……信者名乗るなら良いところも悪いところもちゃんと見ようよ……キミら相手の何を見て、どこまで人を誤解すれば気が済むの……?

 そんなことを思っているとなんだか押し倒した俺を見下ろすアイの表情が、迷子の子供のように見えてしまい、たまらなくなって引き寄せるように下から抱き締めた。身体全体で迎えてやって、心のケアを───するかのようにではなく、するために。

 

「ヒロくん……」

「おうさ」

「……ドーム公演……終わっちゃった」

「む? ……うむ」

「私、刺されなかったし……斉藤社長(・・・・)もさ、嬉しそうだった」

「…まあ、お前の、シャチョーに対する罪悪感っていったらそういうのになるのか」

「うん……」

 

 “この世界では起きもしなかったことで、自分は死んでしまったのか”って思いもあったんだと思う。アイは本当に寂しそうに心細そうに、俺との距離を精一杯埋めるように、必死に抱き着いてきている。

 

「思い出しちゃったんだ……あのマネージャーさんの接し方から。自分の“こうであってくれ”をたくさんたくさん押し付けてくる人とか、リョースケくんのこと。それでも“私なり”に愛そうとして……結果、死んじゃって。……私が嘘を本当に出来なかったから悪いんだって、最初は思ってた。でも……この世界に来て、あの世界とは違うことを経験して、こっちの私のことを知れば知るほど……それは違うんだって分かって」

「……うん」

「病むほど、人を殺しちゃえるほど愛してるって、なんなんだろうね……。壊しちゃったらなんにも残らないのに。やっぱり私、それが愛だなんて認められない。知らない私を知ってるつもりで押し付けて、“私への理想像”を自分の中に束縛監禁して、そうじゃないって知ったら殺す(壊す)って……なんなんだろうね。勝手だよねー……あの頃の私だって、そんなの“じゃあ変わってって言ってよ”って返すと思うよ……? 分からないなりに努力してさ……みんなが喜んでくれるようにって頑張って……その結果が、“自分の方が痛かった”って言われても……さぁ」

「………」

「痛くて苦しくて、その上それからの未来も、子供に愛してるを言い続ける機会さえも奪われて、私より痛かったって言ってた相手は普通に生きてられる……そんな痛みってなんなんだろうね。その痛みは、分からないなりに頑張った人の“これから”を奪っていいほどのものだったのかなぁ……って」

「……アイや」

「私……わたしっ……」

「………」

 

 静かに泣くアイを、ぎゅうって抱き締めた。

 この場に、他の誰かは居ない。

 ただただ綺麗な草原と木々。大きなテーブルに置かれた、博光が作ったアイの好物の数々が置かれ、アイが座る筈だった椅子のある前には、豪華なケーキが置かれていた。

 なんにもなけりゃあ幸せな誕生日が待っていた筈だったのに。ほんと、こういうのってままならない。

 悔しい思いを抱きながら、ならばせめて求めよう、届けようと思い───

 

 コマンドどうする?

 

1:なあ・・・スケベしようや・・・・

 

2:たぁんとお甘えなさい……いつも通り全部受け止め甘やかしちゃる

 

3:おっほっほ……料理が冷めてしまうよアイや。

 

4:知らないや(鼻ほじりながら)

 

5:アイ……お前が欲しい

 

 結論:…………5だな

 

 すぅ……はぁ、と深呼吸をして、アイを抱き締める腕に力を込めた。

 アイはちょっとびっくりしたようだけど、その耳に想いを込めて、言葉を届ける。

 

「ね、アイ。…………子作り、しよっか」

「───…………え? ……えっ!?」

 

 よっぽどびっくりしたのか俺に抱き締められながらも俺の肩に納まっていた顔を持ち上げて俺を見ると、その瞳には……眩いばかりの期待と喜びと……なんかもうとにかく嬉しい感情ばかりが渦巻きまくっていた。

 

「辛いこと、嫌なこと、そりゃいっぱいあるよな。でもね、アイ。そんなもんもはやどーでも良しだ。だってさ、今のアイは、幸せになろうって思えばどれだけだって幸せになれるんだ。過去の痛さはさ、そりゃあ……忘れられないよな。でもね、アイや」

「うん……」

「そこにある悔しさも寂しさも、全部俺にぶつけりゃいいよ。理不尽も不理解も、他人にどんだけ説明しても“そんなことない”って思われちゃうようなことでもさ。世の中ってのは面倒で残酷で、なんだそりゃってことばっかりの連続だけどさ。お前に幸せになってほしい馬鹿者が一人、絶対にここに居る。……それでいいのじゃよ。幸せになれる場所では幸せになりんさい。いずれ愚痴さえ出す暇もないほど、俺の傍は幸せだって思わせるから」

「……~……ヒロくん……っ」

「誕生日を迎えた。16になった。休暇も取れました。向こうでの三日分、24ヶ月×3はのんびり出来ます。……さ、アイ? この博光の全てで以ってキミを幸せにしとうございます。キミは幸せになりたい? それt」

なるっ!

「も……、───はは、おう、よろしおす」

 

 ならばよし。

 料理に時間停止をかけて、草原にベッドとやすらぎフートンを召喚。キングサイズのそれへとアイをこう……お姫様抱っこで抱き上げ、雄々しくも頼もしく、優しく丁寧に、それでいて優雅に、そして力強く……運んだ。

 やさしく下ろしたアイをそのまま抱き締めて、靴を脱がせ、自分も靴を脱いで。

 やがて……がっつくのではなくゆっくりと備えるように、俺達は密着からの時間を静かに、けれど楽しむように、じわじわと行為を始めた。

 こういった行為は、体にさせる準備こそが大事。

 若人なんかは合体を急ぐが、ノン。前も言ったけど、性行為は互いが互いを慈しみ、己のことよりも相手を愛することこそを目的としたもの。

 なのでがっつくことはしない。どこまでもどこまでもアイの身体の中で、これから始めることの準備が整うまで、ゆっくりと、けれど確実に、意識と行動を開始した。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 結果として……一日目は、向こうでは一時間も経ってないとはいえ、なんかもやもやするからお誕生日セットの料理をきっちり飲食した。

 行為はしたので、身体を清らかにしたあとに綺麗なお誕生日衣装も着て、二人だけの誕生日。……や、ほら、現実では一時間も経ってなくても、こっちでは一日以上は経つわけじゃない? 向こうではまだ誕生日中でも、こっちじゃ一日は過ぎるわけで。……な、なんかもやもやするじゃない? だから、今日という日が終わる前に、しっかりと誕生会。

 やがて幸福に空腹を満たしたあとに、少しの休憩を取ってから再び行為。

 “そういう効果もある料理”に舌鼓を打った俺達は、より一層に燃え上がり───疲れること、痛みなどの苦痛物質は感じないようにしていたのと、体力も性欲も愛情も減ることがないようにしていたこともあり、それはもうやばいくらいに行為をした。

 やがて一日目を終えても、二日を越えても。

 食事はするし飲み物も飲む。でも摂取したものすべてがそのため(・・・・)に吸収され、排泄されることもなく全て栄養に変わると、俺達はそれはもう愛ってものに溺れるように行為を続けた。

 四十八手の裏表を互いに味わってもまだ、互いに対する愛情は湧き出ることしか知らずに溢れてこぼれ、こぼれた分は相手を幸福にする物質として蓄積、互いをさらなる幸福へと導いた。

 一度の行為が終わる度に互いに浄化が為されるため、体は行為の度に清潔に。汗だくだった体はさらさらになって、乱れた髪の毛もさらさらに。フートンも交換(浄化)されるから、汚すことも躊躇わずに交わり合った。

 

 子供を作る、という本気の行為に、アイはお腹のところがすごくきゅんきゅんしてると言って、そんな言葉であっさりとトゥンクしちゃった博光も、馬鹿みたいに愛情の海に溺れ、時間を忘れて愛を育み続けた。浄化されるものに性欲や愛情は左右されないので、浄化が行われても燃え上がった気持ちや、下がることのない好感度も……絶頂の度に更新されるかのように、燃え上がり続けた。

 行為の最中、瞬間的に上がる好感度なんて考慮しなかったため、頭がどうにかなってしまうくらいに互いに夢中になった。

 夢中になっても、上がった好感度が相手を乱暴に扱うことを決して許さない。

 丁寧に、深く、優しく。それでも互いへの強い強い想いこそが互いを高め、燃え上がらせた。

 

 息は荒れる。でも疲れは無い。あってもすぐに癒える。

 好きもある。愛もある。湧き出て溢れてたまらないくらい、相手がいとおしい。

 ぶつけても受け止められて、ぶつけられても嬉しくて、受け止められると嬉しくて、相手が嬉しいとこちらも嬉しくて。

 何度幸福と性的の絶頂を迎えたかも分からないまま、尽きない精力と、出しても出ても尽きない愛とで、互いを求め続け、求められれば愛を以て尽くし尽くす。

 絶頂に震えて口を開けてしまう相手にキスをして、とろけるように混ざり合う。

 それだけで幸福で、そんな幸福が限界値を迎えれば絶頂に到ってしまい、本当に、わけの分からない段階で急に絶頂するもんだから、合わせるのも大変で、でもそれも面白くて。

 汗と汁とで汚れたフートンが何回浄化されたのかも覚えていられないくらい、ただただ互いに欲して求めて、与えて広げを繰り返した。

 欲求だけじゃなく、尽くして満たす想いもともに。

 やがてなんとなく、予感があった瞬間が来て───性的にも幸福的にも、興奮だろうと状況にだろうと様々なものが高まり合い、同時に弾けた時。

 俺達は悲鳴のような声をあげながら、様々なものを弾かせながら震え、やがて……重なり合って、気絶した。

 

……。

 

 ───…………どれほど寝ていたのか。

 目を開けると……疲れもとっくに癒されていたようで、呆れる程に運動したあとに体を完全に癒されたようなスカッとしたスガスガシイ気分で起きることが出来た。

 

「んゅっ……!」

 

 ……問題点として、結合したまま気絶したもんで、しかもお互いがお互いを決して離しもしなかったようで、いろいろとアレだったわけですが。

 寝返りを打とうとすると気持ちよく、心地良く。既に浄化されていた体が、さら……と擦れ合うだけでも気持ちいい。

 

「…………ヒロくん」

「……アイ」

 

 お互いに呼び合って、そのくせ今さらくすぐったいような、気恥ずかしいような気持ちになって、照れながら笑い合う。

 でも朝のお目覚めの若人がそうなるように、当然俺のアレも猛々しい状態になっていたわけで。入りっぱなしだったアレは、アイの中でずっと優しく刺激され続けていたっぽくて。

 えーと……思えばさ? すぐに回復する体力だの精力だのがさ? たとえ本人が気持ち良すぎて果てつつ気絶しようが、消えるわけじゃないのよね。

 だからそのー……繋がりっぱなしのそれは、当然ギンギンであり続けたわけで……?

 

「あ、の……あのね? ~……」

「お、おう? どしたのアイ。なんかめっちゃ嬉しそうだけど」

「えへへ……あのね、ヒロくんねぇ……」

「う、うむ……?」

「眠ってても、私の中に……その、出してたよ?」

「───」

 

 嬉しそうに言うアイと、みしり、と固まるこの博光。

 ……エ? 常に癒されてる空間だからって、寝ながら? え? 夢精なさったの俺。藤巻十三?

 

「なんかすごく硬くなってくから、眠ってても求められてるのかなーって、なんか嬉しくてね? それでもちょっと苦しそうだったから、なにか出来ないかなって……きゅんきゅんするお腹の奥が動くまま、その……ゆっくり身体動かしてたら……」

「う、うぬむむむ……!」

「ヒロく~ん? 顔、赤いよー?」

「グ、グウム~~~ッ……!」

 

 赤くもなりましゃう。ていうか気持ち良すぎるのが悪い。俺は悪くねぇとか言うつもりはないけど、こりゃあ恥ずかしい。

 そして、そうしてしまった事実を語られてもまだ、メキメキと力強さを発揮するジュニアさん。

 アイは「わっ……」と自分の下腹部を見るように俯いてから、頬をぽぽぽと桜色に染めて……えと、と前置きをしたあと、言った。

 

「……お腹の中、もうたぷんたぷんだけど……その、する?」

「……求めていい?」

「えへへー、嬉しい」

 

 アイはへにゃりと無警戒に微笑みながら、バッと抱き着くでもなく、自然な動きでやさしくゆっくり、俺を抱き締めてきた。俺もそうしてアイを抱き締め、ゆっくりとキスをする。

 疲れはない。代わりに運動した分が癒された分だけとても健康的で、健康的な16歳男子ならそりゃあ……ねぇ?

 というわけで、俺達は再び交わった。一回だけにするつもりが、幸せからは逃れられなかったわけで。痛みのない気持ち良さってやばいですね。しかも妖精の里のマナのお陰で癒され続けるから、そりゃあもう……ねぇ?

 なのでそのまま何日か、俺とアイは飽きることもせずに交わり続けた。

 一応、休暇の計算も頭に入れたまま。時折忘れることもあるけど、それは上がりすぎても下がることを知らない好感度ってやつが悪いんだと思います。

 え? 膣痙攣の心配? あ、ああうん、そういうのもあるらしいけど、アイったら僕に抱かれることになんの不安も恐怖も抱いてないようで、そういった負の感情が引き起こすなにかしらも、突発的に起こってしまうような痙攣も一切ないみたい。

 むしろ幸福でありながらリラックスを続け、絶頂やその前くらいにしか体がぎゅうっと緊張することもなく、急ぐでもなく、スローペースでねっとりたっぷりと愛し合った。好感度がMAXな僕らは、そんなねっとりスローが心に響きます。獣のように~とかをお願いされることはなく、ええはい、むしろ早くなんて終わらせてほしくない、というのがアイのお願いでした。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 幸福の沼にどっぷり浸かった性活からなんとか抜け出し、妖精の里から出てこれた頃には、こっちの世界でも一ヶ月は軽く過ぎていた。すごいネ、人体。

 いや……むしろ一ヶ月で止められてスゴイぞ俺、って気分です。

 だってさ、天井知らずで上がることしか知らない好感度があってさ、好きで大事で愛してる相手が自分を求めてくれてるんですよ? ……体力も精力も回復し続けます。目の前には愛している人のあられもない姿。耐えられるわけもなく……ッッ!!

 いやうん……よく一ヶ月で終わった……俺!

 

「あれだけシたのに、体が疲れないっていうのもまずかったよねー……。求めても求めても足りない足りないって、与えても与えても尽くし足りなくて……」

「お互いがお互いを想いすぎるとああなるっていういい例だと思う……」

「……もう、デきてるって思っていいよね?」

「基本、この世界じゃ老いたりはしないけど、そこんところの成長はいじってあるから。アイの言う通り、全部こっちでやるつもりで」

「うん。頑張って元気な赤ちゃん産むねっ! ……あ、でも」

「ホイ?」

「……ヒロくん、だいじょぶ? 人畜無害そうな顔してるのに性欲とか凄かったから……私が産活してる間に誰かと……はたっ! はたたたっ! いたっ! いたいいたいってばあははは!」

「ええい失礼なことをぬかす無礼者めが! 額をお出し! 隠すでない! ぺしぺししてくれる! ……そのような浮気な行動なぞするわけがないでしょうに! 大体、性欲が強かったのだって相手がアイだからでしょうが!」

「みゅっ……!? ………………」

「顔押さえても、ニヤケまくってるの丸分かりだぞー」

「うひゅっ、むー! うみゅっ! あははっ、やっ、やめてやめてー! 顔つつかないでー! あははははは!」

 

 行為の前は、あんなにもどんよりさんだったアイも、まあ流石に一ヶ月も行為を続けて、厚意と好意と愛情をぶつけられまくれば気にもしなくなるってもので。

 すっかり緊張なんてものを忘れたとろけ顔で、頬をつんつんされては楽しそうに幸せそうに笑っていた。

 そういうじゃれつきが終わると、アイはぎゅうっと俺の腕に抱き着いてきて、ほんにゃりとろけた顔で俺を促すと、切株テーブルの椅子へと座らせた。

 隣にちょこんと腰を下ろすアイは、なにをするでもなく俺の腕を抱いたまま、にまにまにこにこ……ああうん、どうやら幸せを噛み締めているらしい。

 ならば“どうした?”なんて訊くのはおヤボってもんで。俺もまた、幸せを噛み締めるようにして、アイに包まれた腕の温かさを感じながら、ニマニマするのでした。

 まあそうして一頻り二人して幸せを堪能したのち、身体が全身全霊を以ってして“お腹が空きました……!”と物凄い音を出し、二人して顔を見合わせたのち、笑ったのですが……それもまた、幸せでした。

 ほんとねー、純白で綺麗な輝きを瞳に宿したアイもそりゃあ可愛いけどね、こうしてゆるダルのんびりリラックス状態の、フツーのアイもそりゃあめんこいってもんですよ? 人を魅了して止まない嘘吐き(アイドル)モードのアイもやっぱり可愛い。どれもアイで、どれも可愛いのだけれどね。自分の傍でこうも無防備に力を抜いてくれて、そんな時にだけ見せてくれる笑顔を一番じゃないなどと何故言えましょう。

 全部を受け入れる、受け止めるって決めてて、それでもアイにどんな私が好き? なんて言われたら、無遠慮にもそう答えましょう。

 

 

───……。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。もちろん、こちら側の世界で。

 猫の里にアイと二人、ともに住んで、朝起きればおはようのキッスをして。

 常に浄化はされていようとうがいはして、顔を洗って、外に出ては太陽光(実際は違う)を身に浴びてながらラジオ体操。

 それが終われば一緒に朝食を作って、切株テーブルに並べては向き合って食べたり横に並んで食べたり。

 少しまったりタイムを挟んでから動的ストレッチから筋トレに移行。リズム運動を混ぜて、だらしねぇ肉体にならないための努力を続ける。

 まあアイが18になったら、3年に1度しか歳を取らない呪いをかけるつもりですが。

 

「はふっ……うーんっ……! ぴえヨンブートダンスも、もう全然楽になったなー! 子供の頃は大変だったんだよー? なのにいきなり一時間とかさぁ」

「未だ最年少達成記録は破られてないんだから、口尖らせないの」

「てへへっ☆ ちょっと困らせたくなっちゃった」

 

 舌をちろりと見せて笑うアイは、運動後のクオリティーナッシャーをくぴくぴと飲んでは、美味しそうに頬を緩ませた。いいよね、クソ暑い上に疲れたあとの冷たい飲み物。

 案外めっちゃくちゃ冷えたお茶とかもやたら美味しく感じる時もございます。お茶、苦手でなかったら試してみてください。知り合いのモミアゲとかめっちゃ好きですから。

 

「ねぇねぇヒロくん。運動したばっかだけど、汗も匂いも浄化されて、疲れも癒されたし……次どうする?」

「既に人の足の間に納まって、背凭れしたまま訊いてくる言葉ですかい」

「えへへー、甘えたいお年頃です」

 

 思いっきり脱力して、俺の胸に後頭部を預けるアイは、俺を見上げるようにして訊ねてくる。待ってましたとその安心にっこり笑顔の唇にキスを落とすと、ぼふんと真っ赤になって固まるアイさん。潤んだ目を見開いて、口は猫口で、顔は真っ赤で、ぷるぷる震えてらっしゃる。あら可愛い。

 

「イチャコラしようか」

「~……不意打ちだめだってばぁ……! もう……!」

 

 ちょっと嘘吐き(アイドル)モードで遊んでみたかったらしいアイ、あっさり撃沈。舌出してウィンクしていた時点でなんか怪しいなーとは思ってたもの。

 なので甘やかす。なでなでする。髪を撫でたり頭にキスを落としたり。

 そうして脱力が極まると、完全リラックスモードに移行したアイがゆっくりと起き上がり、正面から俺を見て、とろんとした表情のままに俺にちむ、とキスをしてくる。

 舌を入れるようなディープではなく、まだ目も上手く見えない子猫が、鼻先で何かを探るかのような、一見つたないキス。

 そのまま俺の首にもたれかかるように腕を回し、俺もそれを受け止めて寝転がり、自分の前半身にアイを寝転がらせ、好きにさせた。

 アイはちゅ、ちゅ、とキスを何度も落としてきて、時に猫のようにペロリと唇を舐めてくる。鼻同士をくっつけてきてはくすくすと笑って、頬ずりをしてきたり……まるで自分が出せなかった“子供っぽさ”ってものを出すみたいに、甘えているようだった。

 ええはい、もちろん拒む理由もなかったから、自分も子供に戻ったイメージで、それに応えていった。……ら、そう返してくれたことが嬉しかったのか、なにやら感極まったような「~~~~っ……!!」と声にならない声を出して……押し倒された。いや、エッチな意味ではなく。

 どうやら吐き出し切れないほどに愛が溢れたようです。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 外では完全オフ日状態が三日も続いているアイを不思議がることもなく、というかまだ6時間すらもが経っていないだろう。

 こちらはどんどん月日は流れ、その中でも営みは続き、愛を育み日々は続いていた。

 深い愛情は豊かさを育みますとはどこかで聞いた言葉だったけど、アイさん……胸、おっきくなったよねー、なんて言ってみると、

 

「前より母性が強いからかなぁ。愛を知ればこそだねっ」

 

 と、弾ける笑顔で返された。

 俺がアイに言う言葉なんて、アイにとってはセクハラにもなりゃしないっぽい。

 

「“前”の頃はもうちょっとおっきくなりたいかなーとは思ってたしね。おっきければおっきいだけ邪魔にもなるし重い~とかは聞いたことあったけど、ヒロくんと運動とかしてるからかあんまりそういうのは感じないんだよね。むしろ土台がしっかり作られてるお陰で、形もいい感じで……えへへ、ヒロくんと一緒に育てた~って感じがして嬉しい」

「………」

「ヒロくん照れてる~♪」

「グ、グウウ~~~ッ!!」

 

 しかし、なんというかこう、アイって学習能力高いよね、絶対。

 人のことをよく見ているって言えばそれまでの話なんだけど、“そうしよう”って思ったことへの尽力加減がすンごいの。で、気づけば僕も結構からかわれるようになってる。それも、相手にとって(僕ですが)嫌な感じにならない加減を熟知してる感じ。  

 というか……むしろ適度につついて、俺からかまってほしい、みたいな加減を今でも研究中な感じ。おでこぺしぺしとかほっぺつんつんとかが地味に気に入ったっぽい。

 なんにせよ“俺から触れられる”、“俺の方から構いに行く”みたいな状況が好きなようです。……俺結構構いに行ってると思うんだけどなぁ。足りないのかなぁ。

 や、まあ、限界ブッチギリ好感度を考えれば、むしろ常に構ってもらいたいのかもしれんけど。俺? 俺だってそうですよ? むしろアイから向かってきてくれるのと、57億もの人生経験、そして人器が人の感情の爆発を宥めてくれてる感じです。

 そのー……エロォスな行為の時は、そのタガ外れて暴走することもしばしばなんですが。アイはそれが嬉しいらしくて、これがまだ嬉しそ~~~に両腕広げて迎えようとしてくるわけですよ。瞳に優しい輝きを宿して。リラックスの時とも、嘘吐きの時とも幸福の時とも違う、相手に尽くしたいっていう想いが輝きになったみたいな瞳の光。

 アイが言うには、俺がアイを見る目はいっつもそんな感じで、同じになれたなら嬉しいとか言うんだけど……おっほっほ、そんなまさかまさか、僕の瞳が輝くなんて、“俺、今とっても輝いてる!”とか言って故意に輝かせん限り無理では? と言ってみても、アイは「無意識なんだぁ……わー……わー……!」なんて言って、桜色に染まっていく頬に手を当てて、俯いていた。

 よく分からんかったけど、ともかく学習能力が高いって話。

 なのでこの博光自ら、アイに構いまくった。

 アイは驚きつつも意図を汲んでくれたのが嬉しかったらしく、どんとこーい! なんて言って俺に構われまくってきゃーきゃー言ってた。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 どれだけ遊びほうけても夜の営みはしっかりしつつ、うっかりまた一ヶ月ぶっ通しにならぬように調整しつつ、愛を育む。

 アイは時折20歳アイと意識交換みたいなのをしているっぽく、その度に反応が違ったりするので訊いてみると……

 

「~……き、気持ちよくなりすぎて、さ? 気絶しそうになるとね? ……その」

 

 気絶する前にタッチ交代するらしい。でもどの道交代した先で気絶してしまうこともしばしばらしく、そういう時はむしろ甘んじて幸福を受け入れてトんでいるらしい。

 意識自体はもう完全にくっついてるんだけど、やろうと思えば偏らせることが出来るから、とのこと。

 

「むぅっ……ヒロくんだって気絶すると中々起きないし、相手が起きてるのに自分だけ意識がないのって、なんか寂しいって思うでしょ? 眠ってる時なら全然いいけど、そういうのとは違うかなって。……そりゃ、私で気持ちよくなってくれた結果だーっていうのは嬉しいけどさー……」

「……カラオケにでも行きますか」

「あー! ヒロくん誤魔化したー!」

「こっ、これっ! おやめなさい! 引っ張るでない! 揺さぶるでない! おやめなさい!」

 

 でも本質が甘えん坊なところはやっぱり変わってないんだと思う。

 それを言うと、20歳アイが「そうしたのはヒロくんだよ」とくすくす笑いながら言った。

 曰く、いくらいろいろ願望欲望があろうと、ここまでじゃなかった、とのこと。あと俺限定だから、他の人に弱みなんて見せたくもない、とのこと。

 ……とどめに、愛されてるね~♪ とのこと。「まぁ、私もすっかり好きだけど、さ。にへへ」え? なに?

 

「大好きだよって言ったのっ」

「なにぃ、俺なんか愛してる」

「えー? じゃあ私は愛してる上に大好きだよ?」

「なに!? ならば俺は愛してる上に大好きでしかも大切な人だぞこの野郎!」

「むー! じゃあ私は愛してる上に大好きで大切で大事で───!」

「なにをこの! 俺なんて愛していて大好きで大切で大事でまさに人生のパートナーでだなー!」

「~……!」

「ヌーフハハハハハ! 頬が緩んで言葉が紡げないアイの負けじゃー! どーだ見たかわりゃわりゃー! ほーれ俺はお前を愛してるぞアイ! アイー! やーい俺ってばアイのこと愛してるー!」

「すごいとんでもない煽り方されてるよ私!」

「幸せならOK!」

「あぅうう……! なにか言い返したいのに、ヒロくん相手だと勝てる気とかしないぃ……!」

「恋愛は惚れた方が負け、惚れた弱みってのがあります。そういう意味でなら、もうどっちも惚れてるし負けてるし弱点になってるだろ」

「……ヒロくんは、私のこと……好き?」

「よーし良い度胸と質問だ。嘘を見抜く目でよーく俺の目を見ときんしゃい。いくぞー? …………アイ、お前のことが大好きだ。愛してる」

「………………、…………!」

「これ! なんで目を逸らすのです!」

「むむむ無理ー! 恥ずかしくて顔見られないー!」

「なにを言い出すのかね! 今まで散々っぱら人に抱き着いてきておきながら、今さら顔を見る程度で! 見なさい! 見ないと耳たぶカプカプしますことよ!?」

「で、でもね? だけどねぴぃいやぁあああーーーっ!?

 

 耳たぶをレロロカミカミマッチュモッチュと舐めたり噛んだりキスして吸ったりなんだり。アイの悲鳴が猫の里に響き渡りました。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 たまにはカラオケをーってことで、せっかく俺が珍しくもカラオケ行こうかーなんて言ったから、やってェんきましたカラオケの里! ……カラオケの里ってどこだよ。

 

「わァお……この世界には僕の知ってる歌とか存在しないのが結構あるなぁ……」

「これって元の世界の歌とか登録されてる感じ?」

「基本。まあ登録されてなくても音楽流して無理矢理歌えばそれが勝利だご飯が美味い」

「あ、じゃあヒロくんの歌から聞かせてよ。そういえば私、ヒロくんの歌とかあんまり聞いたことなかった」

「ぴえヨンブートダンスの歌は?」

「……やってる時以外は聞きたくないかも。なんか体が勝手に動きそうだし」

 

 ……あるかも。

 

「じゃあ閃光のクッキングパパは?」

「子供の頃一緒に歌ったっきりだよね。あの時は先生に怒られたなぁ」

「思えばアイとの付き合いも長いものなぁ」

「……これからず~っと一緒だからね? 居なくなっちゃ、ヤだよ?」

「むしろアイの方が有名になりすぎて、ワテクシもう被りモノキャラとは付き合ってられないアマス! とか言って僕のもとを去るとか───」

「!?」

 

 がぶりんちょ。

 

「ほうわあぁあああーーーっ!?」

 

 肩を噛まれました。いや、喉? マッチョアネーム的には僧帽筋あたり?

 そういえばいまさらだけどさぁ! “吸血鬼がよく血を吸う箇所”って人間的部位で例えるなら、名前なんて言うんだろーね!?

 

「そんなこと絶ッッッ対にしないから! 周りに強制されるくらいならそんな仕事辞めてだってヒロくん選ぶもん! いくらヒロくんでも怒るよ!?」

「なに!? そんなことは神が許さんぞ!」

「だったらヒロくんが許して!」

「退けぬか!」

「これだけは絶対に退けない!」

「……ネタに走ることなくガチ拒絶。うぬの覚悟、しっかり見せてもらいました。こっちもとっくに覚悟は決めてるんだけどね。アイのこれからだってちっとも心配してない。なにせこの博光が尽くし尽くすと決めております。心配なのは人間関係だけって思ってたけど、それも杞憂っぽいし」

「………」

「アイや」

「……うん」

「思えば喧嘩らしい喧嘩もしてこなかった僕らです。でも、子供が産まれたらもっともっと衝突があるやもしれませぬ。それでも、変わらぬ“アイ”を誓えますか?」

「変わらないのは無理」

 

 即答であった。でも、僕はそれが嬉しかった。ので、たまらず抱き締めた。

 

「OK! 人を好きでいる以上、変わらないのは無理である! なのであなたの即答と断言にとびっきりの愛を!」

「だ、だって、今だってどんどん好きになってる……変わらないなんて無理だよ……! 嫌いになんてなれないし、なりたくもない……!」

「そういう気持ちが大事なのです。完璧で究極~とか言われててもね、人間味を無くしちゃあおしまいよ。だから俺も、そんな愛に報いたいって思えるのさ。つまりは二人とも、とっくに恋愛馬鹿なの。さ、こんな僕らが互いに言う言葉は?」

「……あはっ、あははっ……! ~……ヒロくんの、ば~かっ」

「おう。ごめんな、馬鹿で。そんでもって……“おい、アイのバカ野郎”」

「……っ……ぁ……ぅ……~……ぅんっ……! ごめっ……ごめんね、バカでっ……!」

 

 言ってみれば、アイはぽろぽろ涙をこぼして、俺のことを強く強く抱き締めてきた。

 そんなアイを、果てしない愛で包み込み、そこにマイナスイオンも混ぜてみる。や、混ぜる意味はないけど。

 そうしてたっぷり涙したあとは、アイにちむ、とキスをして、促す。

 カラオケヴォックスに来てまで、喧嘩して仲直りして、愛を語らうことしかしてねー僕らなので、いい加減歌って差し上げましょうと。

 

「さ、というわけで歌うぞぅ! まずはトップバッター博光! アンインストール!!」

「……!」

 

 というわけで歌った。

 この歌を愛したのも……もう何年前になるのか。ある部分を歌う頃になると、なんかスクワットしたくなる気持ちになるのは何故?

 身体の何処に力を入れてラジオ体操式スクワットをすればいいのでしょう? もはやそんなことすら遠い過去です。

 だが、それがなんだというのでしょう。もう既に残されたものの中にこそ、幼き日の想い出の中にこそ力を見い出した博光です。

 過去を振り返ることはあれど、それに溺れて今を忘れることなどありません。

 

「……! すごいすごい! ヒロくんの歌、すごく……その、すごいっ!」

 

 ナリタがトップロードしちゃいそうな感想だった。

 

「“普通に歌ったの”初めて聞いた! そうだよ私初めてだ! いっつもへんてこりんな歌なら聞いてたけど、どうしてそんなに上手いのに歌ってくれなかったの!?」

「……得意ナノガ少ナイカラデェス……」

「あー……」

 

 そりゃね? 今でこそ人器100%で歌えば全てがお上手な博光ですよ?

 でも歌ってさ、なんかさぁ……当時だけでも努力で上手かった歌とかってさ、誇りたいじゃない?

 

「さ、次はアイだよアイ! 一発この博光のためだけに歌ってみておくれでないかい!」

「あ……そっか、今日はもう、知らない誰かのためとかファンのためじゃない……ヒロくんのために歌っていいんだ……。…………~……───!! うんっ! 全ッ力で歌うねっ!!」

「おうさ! 期待してるぜェエエ!!」

「───うんっ!!」

 

 ……勢いっていうのもあったんだと思います。

 最近じゃあ珍しくもアイがめちゃんこやる気になってたからね? こう……葉っぱ……もとい発破をかけるつもりでさ……その……。

 そしたらね……? なんか……ね?

 

「───!!」

 

 幸せと愛情の全てを歌に込めて、超・熱唱された。

 アイドルなら不特定多数の皆様にハートに届けとプラクティスするものが、今日はこの場のこの博光のみにだけぶつけられるわけで。

 そしたらその想いが熱量となって、たった一人の観客(博光)に対してぶつけられて。恋人であり嫁でありファンであるこの博光が、そんな真っ直ぐな愛に耐えられる筈もなく。

 

ギャアーーーッッ! !《サラサラ……♪》」

「ヒロくーーーん!?」

 

 その溢れ出る幸福と愛の波動の見えない圧に押されるように体を斜にし、俺は、塵になって消えた。あたかも吸血鬼が太陽を浴びて、なんかさらさら崩れ去るように。

 いやまあギャグ表現として、自分の心境を体を張ってアイに届けただけなんだけどね。つまりは心体ともに浄化されるくらい素晴らしかった。

 

「素晴らしい……素晴らしいよ愛弟子! なんて熱く、心にズシンと響き、なのに余韻がスッキリとした歌なんだ!」

「え、えぅ、ぅんっ……!? ひろっ……ヒロくん? さっき……えっ? 身体が……えっ?」

「特撮じゃよー!」

「特撮かー!」

 

 そしてアイは気にしないことにしたっぽい。

 なんかもう心のどっかで相手がこの博光ならって不思議な定義が出来てるっぽい。まあ物心つく前から不思議で摩訶不思議でルゥワァ~なことばっかりしてきたからなぁ僕。

 ちなみに特撮じゃよーとはアニメの名探偵コナンで阿笠博士が言っていた言葉であり、べつになんのトリックもない。不思議なことが起こりました。でもそれは特撮です。特殊効果なので現実的に考える必要はございませんよということで。

 

「でもそれはそれとして愛弟子禁止! ちゃんと私として褒めて!」

「お~うおうおう、よっしゃよっしゃ! 綺麗で美麗で芯がしっかりした、ものすンごい歌だったぞアイ~っ!! お前の想いも情熱も、しっかりと胸に届くくらいだ!」

「───!」

 

 素直に褒めれば満面の笑みのアイさん。そーでしょすごいでしょー! とか言い出しそうな自信に溢れてそうなムフーン笑顔なのに、それをしないのは僕が“慢心禁止”を言い聞かせたからでせう。

 それとは別に、どうもアイは自分がここまで来れたのは、なによりもヒロくんのお陰、みたいな気持ちを抱いているようだ。そう思えている内は慢心なんて無いだろうし、と見守ってるんですけどね。

 むしろその方が真っ直ぐに褒めてもらえるって確信を得ているようで、歌も演技も全力。うん、僕もそれだからこそ褒めてるってところ、ございます。

 だからこそ頑張った時はしっかりと褒める。心から褒める。努力って楽じゃないものね。なにより自分自身が、アイの歌に感動したから。心から。

 結果? 結果はほら、目の前で“慢心はしないけどそれはそれとして褒めて褒めて褒めて!”と尻尾をぶんぶか振りまくってるお犬様のような勢いでぐいぐい迫る、完璧で究極のアイドル様です。

 なので褒めた。めっちゃ褒めた。……とろけた。めっちゃとろけて幸せそうな顔を隠そうともしない。他に人なんて居ないしね、盗み見られる心配もないなら、存分にとろけもしませう。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 カラオケで歌ったことをきっかけに、猫の里側の歌に興味を持ったアイは、とりあえずいろんな歌を聞いてった。いちゃこらしながら垂れ流しに聞くこともあれば、普通に音楽を楽しむだけってのもまあ。

 大体は知っているものや、時には知らないもの。

 まあ、アニソンは大体知らなかった。

 そんな中、しばらく聞いていたアイが何度も繰り返して聞いて、覚えたのが───

 

「───……~♪」

 

 『素直でいたい』、というアニソンだった。

 蒼き伝説シュートっていうサッカーアニメのエンディングテーマだね。

 なんか特に一番目のサビが気に入ったよう。

 あー、俺も好きだったなー。シルエットが連続リフティングしてるリズムとかね……え? 違う? 歌詞が好き? ……あー、ナルホドー!

 そんなアイが、真心込めて歌ってくだすった。当然、俺はギャアーと悲鳴を上げて塵と化した。

 

「……私、ヒロくんに出会えなかったらどうなってたんだろ。嘘じゃない微笑み、なんて誰かから貰えてたのかなぁ」

「そればっかりはどうにもねぇ。20歳アイのことを考えるに、熱狂的な応援は貰えても、傍に居てくれるやさしい微笑み、なんて無かったかも……かねぇ」

「だよね? じゃあ、今の私はとってもラッキーだね」

「おうともさ。じゃあこの博光もなにか歌ってみませう」

「ほんとっ? じゃあじゃあっ───」

 

 その後しばらく、アイのリクエストに応えて歌いもうした。

 現実の最新の歌から、この世界の懐メロまで。この世界で特になにもせず、イチャコラだけしてる時は歌とか流したりしてたからね。その時に知った歌や気に入った曲なんかは、アイが歌ったり鼻ずさんだりがあったりする。

 思えばほんと、俺が歌う~ってことはなかったから……デイドリームジェネレーションとか歌わされた時は、うーわーなっつかすぃー! と本気で思ったものです。

 アイがリクエストする曲の歌詞には大体“嘘”って文字があったのは気にしちゃいけない。歌えば嬉しそうなアイを見ているだけで、十分だったしね。

 なお、じゃあそろそろお開きに~って時に最後に歌ったポピーザクラウンを聞いてる最中は、もうめっちゃ笑ってた。

 雪代七々子がケラケラ笑うレベルでめっちゃ笑ってた。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 深い幸福の中、ストレスもなく元気に笑い、燥ぎ、美味なるものに音を立てる日々を過ごすアイは、どんどんどんどん美しくなっていく。

 この世界じゃその年齢に応じて、“到れる理想形”ってものがある。

 それは本人が願い、努力すれば到れる場所でもあり、アイの美しさはゆっくりとじっくりと磨かれていくようだった。

 

「……え? 私の自分の理想像? んー……ヒロくんがず~っと好きでいてくれるような私? よくわかんないけど。だってほら、私がどれだけ考えても、ヒロくんが好きになってくれなきゃ意味ないしさ」

 

 訊いてみたら答えはこう。

 あらやだ、僕の理想像とかもアイの容姿に組み込まれてるのかしら。だってこんなに大好きだし。

 え? 僕の現在? やだなぁ、僕は僕だから博光なので、これ以上とか特にないですよ? 強いて言うなら、俺もアイがもっと好きで居てくれる自分かね。

 そんなことを言ってみれば、アイはそりゃあもう上機嫌に俺の腕に抱き着いてきた。

 

「……今日、ず~っと抱き着いて、もぞもぞしてていい?」

「いいともさ」

 

 好感度がMAXだとね、抱き着いて一日過ぎるだけでもね、マジで幸せです。なにもしてなくても幸せです。人間ってすげぇ。

 ……まあ結局は夜になると、どちらからともなくキスしたりして、交わっていくわけですが。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 

「あ」

「お?」

 

 ある日、アイがぽつりと言った。

 そして違和感と既視感を覚えたとかで───ちょおっとだけ具合悪そうだけど嬉しそうな笑みを浮かべて、

 

「ヒロくん。星野アイ……でかしましたっ♪」

「!? でかっ……え? でかし……アッ! ───でかしたぁああああっ!!」

 

 言われた意味が最初分からず、けれどちろりと出した舌を見て首を傾げた途端に言っている意味を理解。

 がばしーと抱き締めて持ち上げ、その場でハグサイクロン。

 そのままエアプレーンスピンに移行し、やがてはロビン流アイスロックジャイロに───とはならない。

 軽くハグサイクロンをすると、すとんとアイを下ろして、けれど抱擁は外さずに背や頭を撫でて、感謝を届けまくった。

 

「───……ぁ」

 

 なんだかんだでどこか飄々な自分を持っているアイ。

 たぶんそれは20歳のアイを受け入れた時に生まれたものなんだろうけど、そんな経験から生まれたものでも……この時ばっかりは耐えられなかったんだろう。

 アイは急に涙をぽろりとこぼすと、俺に抱き着いてわんわんと泣き始めた。

 

「おうおう……たーんとお泣き。寂しかったよなぁ、不安だったよなぁ」

 

 20歳のアイの事情は、モロからもアイ自身からも聞いている。

 なんとなく惹かれた? 同族に惹かれた? そんな気持ちになったアイが、カミキヒカルとやらと関係を持ち、子を孕み、“誰に祝福されることもなく”産むことを決めて。自分の子供なら愛せるのかと、愛せなかったらどうしようかと不安を抱きながら日々を過ごして。

 ミスタ・サイトーや、その他周辺からも祝福されず、ただただ本気なのかとか、まさか産む気なのかとか言われるばかり。男親のカミキとやらも反応は淡々としたもので、どこを見てもどこに耳を傾けても、聞こえてくるのは低い声ばかり。

 

  だから。

 

 心のどこかで、この博光ももしかしたら、なんて思いが、不安が、あったのかもしれない。だから“でかしました”なんて、どこか不安をおちゃらけで誤魔化すみたいな言い方をして、俺の反応が低かった場合の保険を作ったのだろう。

 いえまあそげな保険なんぞに僕は負けませんよ?

 不安? この博光が、もしや? そんなものは吹き飛ばしてくれましょう。

 そうしようと決め、愛を育み、そうして宿った命をどうして憎めましょう。

 責任だなんて言葉で愛を背負うつもりなぞこの博光には一片たりともありはせぬ! 

 責任だとか使命だとかで背負うんじゃあない。愛とは抱くものですよ?

 愛していきましょうとも。この博光が、この博光として。

 欲しくもないのにとりあえずヤりたいからシたら宿っちゃって、責任取るから~なんて気持ちで挑むんじゃあない。

 きちんと愛を愛として認識し、好きだから共に歩き、愛しているから交わった。

 その先に宿った命に対し、この博光は責任ではなくひたすらなる好意と愛とで共に居よう。

 

  そんな言葉を届けてみれば、アイは余計に泣いた。

 

 泣いて泣いて、感情が抑えられないくらいに好きも愛も溢れ出したのか、遠慮もなしに俺を押し倒して、背中の衝撃に俺が「ギャアー!」と叫んでも愛を押さえられず、いえまあめっちゃ痛いけど大丈夫だーとは言ってあるからいいんだけどね? なんか俺、キミの感情が高ぶるたびに背中強打してない? いやほんといいんだけど。

 なんにせよお腹の命は現在とってもか弱いものなので、それを軽く注意するとともに、慈しみを以って彼女を抱き締め迎え入れるのを忘れない。や、急に営みを始めるわけじゃないですよ?

 多少の衝撃でも流産してしまう可能性のあるものを身に宿すという不安。それは男にゃあ想像出来んほどに心細いものだと聞いたことがござんす。

 ならばそれを支えるのが益良雄としての愛。

 ……や、まあ基本、猫の里に居る限りはつわりとか感染症なんてものに癒しや浄化が負けることなんざないんですけどね?

 妊娠時の違和感、前にそうだった記憶がある場合に感じたもの、はまあ感じ取られたとしてもだ。なので猫の里に居る限り、アイが流産することはまず無い。

 そのことをきちんと伝えると、間を置かずにズキュゥウウウンとキッスをされた。

 それが営みに発展することはもちろんなかったけれど、やっぱり愛は行動でも伝えたいものです。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 つわり、なんてものがない、菌などの恐怖もないこの猫の里の自然の中にて、アイは好きと愛とをたっぷり感じながら過ごしていた。

 下がる心配のない好感度と、枯渇しようもない、むしろ溢れ出てやまない愛とで満たされながら、そんな愛情をお腹の子を想い、分け与えるかのように。

 

「エイサエイサエイサオリャサー! ほりゃー! ……はいっ! 東京タワー!」

「あははははは!」

 

 で、現在はそんな愛情のお裾分け。

 毛糸を操り、前は出来なかったらしい子供のオヨーフク作りに励んでいる。オヨーフクっていうか……帽子とかそっち系? や、まあ当然いきなり上手く出来るはずもなく、謎の物体ばかりが出来上がるわけだけど。

 

「むー。ヒロくんはこういうの、上手いよね」

「鍛えてますからぁ? っへへぇ」

 

 主に人器と、あとは努力の賜物です。

 僕の血の滲むような努力なんて、人器の恩恵に比べればカスみたいなもんです。才能が無いってね、ほんと苦労するんです。才能、大事。

 そんなわけで、上手くいかずに頬を膨らます妻の前で、あやとり流東京タワーを見せたわけで。愛する妻に、要らんストレスを与えるのはいけません。

 なので向かい合って座る状態から立ち上がり、アイのもとまでを歩き、軽く持ち上げ、胡坐を掻いて座った足に乗せる。わ、なんて言うアイは、けれどもう慣れたもので、嬉しそうに頬を緩ます顔を自分の肩越しに見せると、力を抜いて凭れかかってきた。

 

「ではお手を拝借」

「うん、拝借」

 

 出来ないことは一緒に乗り越えていきまっしょい。僕らのスタンスはいつだってそんなもんだ。気持ちの問題も、食事の問題も、ブートダンスも、全部そうして一緒にやってきた。

 だから今回も、俺がアイの手を取ってえんやこらや。その感触がくすぐったいのか、アイはくすくす笑っている。

 

「んー? どしたー?」

「うん。嬉しいなって。それだけ」

「そか」

「ん、そうそう」

 

 ほんとの夫婦って、こんな感じなんだろね。

 そんな気持ちが、なんなく伝わった気がしたので、僕もにっこりと微笑んでじっくりゆっくり、手を動かした。

 二人でひとつのものを作る。

 俺達の場合はたぶん、一緒になった日からの“空気”から始まって、料理に繋がって、空気に戻って、動画になって……やがて好きや愛に変わった。

 愛情があれば頑張れる。料理は愛情。あれは実にほんとだと思います。

 料理は愛情を掲げてるくせに味見をしないヤツはクズだ。より美味しきを相手に、と思うなら、まずは己の手で作られるものの味を知れ、ばかもの。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 なお僕、中井出博光はアイには内緒でコッソォオオ……と実行していることがござんす。

 それはアイには会わせていない吾郎センセやさりなちゃんのことにも多少関係していることで、まあ……相手が完璧で究極のアイドルなんて存在なら、昔から一緒に動画配信してきた相棒がただのピヨピヨマッソウ仮面なのはマズいでしょってことで……医療関係やら学者関係やらのお勉強をして、別名義でいろいろやらせていただいてます。

 学力や発想力にモノを言わせて飛び級出来るだけ飛び級して、様々な分野に手を出して、相談出来ることは吾郎センセに相談して。あ、今ね、吾郎センセってば森の中の自分の家でさりなちゃんと二人で暮らしてはります。この前結婚しました。招待されなかったからグムムギギ~~~ッて唸ってたら、住所も連絡先も知らなかったからと言われた。そりゃそうだった。

 むしろ招待出来る人も居ないから二人だけの結婚式だったとかで、それでもさりなちゃんは幸せそうだから……まあOK!

 そんなこんなあって、僕……ドッペル博光は現実世界の裏で着々と暗躍し、オリジナル博光がアイとイチャア……とねっとりイチャイチャしたり、アイがめっちゃハードスケジュール目に張り切ってる間や、なんかマネージャーが急に消えたりしている間に準備を進めてきたのだ……!

 

「ついに完成した……! 万能霊薬PA4型ワクチン……!!」

 

 とにかく様々な資格を取得、出来ることやれることに首を突っ込み、あーでもないこーでもないと行動し行動し行動し、他者が現状維持をうんたらかんたら言ってる間に様々を実行。

 パーフェクト・アシスト・ワクチンと言っていいものを開発、一つで四種のサポートを完璧にしてくれる、ある種の万能薬的なものに到り、そう命名。PA4型ワクチン……略してぴえヨン特攻薬。

 病魔、感染症、栄養、体力、様々な面をサポートしてくれるステキなお薬ですよ? なお、どこにでもあるような材料から作られているので大量生産も難しくない。

 飲んで一瞬で完治! とまではいかないものの、病の進行を完璧に抑え、免疫力低下からなる細菌などによる感染症も抑え、栄養の豊富さにも優れ、体力低下も完全にサポート。虚弱体質の方にも効き目抜群です。……ワクチン?

 そんなわけで……これが世界に認められる日が来たらば、もはや有名さ加減では相当な差がついてしまっているであろうアイの隣でも、余裕綽々でぴえヨンチャンネルぅうぅ出来るってもんですよ!(自分の健康動画が世界的に有名になっているのを知らない)

 新薬の承認には1~2年かかるとか言ったっけ?

 ウゥ~ム、その間に病に苦しむ人が救えないのは悲しい。

 ……ハッ、そうだ! ならばいっそこのドッペル博光が有名になって、新薬の承認を目的としてるんじゃよー! って広めていくのはどうだろうかッツ!

 チャリティー的な腰痛だのなんだのの改善講演的ななにかをバンドメンが路上ライヴをするかの如く始めて、苦しむ人々を救っていくのよステキじゃない!

 ……あ、ちゃんと路上の使用許可は取りましょうね? ピヨピヨピヨピヨピヨ!

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 ……とある老人ホームにて、ある日、超絶イケメンムキムキピヨピヨマッソウが現れ、全てのご老人を診てはその身体や骨の矯正を無料で施術。

 身体が完全に丸まってしまっていたおばあちゃんは、手押し車(シルバーカー)を用いなくてもピッシィイイァと真っ直ぐに立ち、スムーズに歩けるようになり……腰が痛くて立つことも困難だったおじいちゃんは、かつての日課だった太極拳がまた出来ると喜んでいた。

 車椅子生活を余儀なくされていた老人も少しずつ歩けるようになり、骨盤のゆがみの所為で足を大きく開くことさえ困難だった老人が、キム・カッファンの半月斬ばりの開脚が可能となった。

 そうして許可を得られた老人ホームや介護施設、病院などに足しげく通っては老人と仲良くなり、頑固でひねくれ者で知られていた老人さえふにゃっふにゃに笑い合うダチ同士にまで到り、部活の練習中に骨折やら怪我やらで“現在”を台無しにしてしまった未来ある若人なんかもリハビリを全面的に手伝ってソッコーで治して、今ならギリ大会に間に合うヨ! と送り出しては優勝を叶えてみせたり。(これは泣いて感謝された)

 そんな行動がアイが忙しくアイドル活動をしている間にも続けられていて、ぴえヨンチャンネルに意地でも登場するアイを寝かせる傍ら……いやチャンネル側のことはオリジナルがやってることだからボクは知らないケドネ!?

 たまにリスナーのみんながボクのチャリティーのことを漏らしちゃってる時は、思わずピヨォーッ!? と悲鳴を上げそうになるケド……アイは眠っちゃってるっぽいから安心だネ!

 あ、もちろんオリジナルのスケジュールに合わせて、チャリティー路上医療のタイミングはズラしてあるヨ?

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 ヌフフハハハハハ……PA4型ワクチン……販売開始!

 あ、もちろん知名度がどーとかブランド的なパゥワーなんて無いから、あくまでポッと出の製薬会社が作った新薬、ってことになってるけどね。むしろその一つしか売ってないという怪しさ満点の製薬会社。

 しかし特許のお陰で特許が切れるまでは製造法は独占出来るわけで。

 金になんぞ今さらそこまで興味のない博光ですが、アイとの未来を考えれば結局金は必要にはなりましょう。まあ最悪猫の里で暮らせばいいわけですが、いつまでもってわけにもいきますまい。子供のこともあるしね。

 というわけでこのドッペル博光は暗躍し、ドームライヴの夢? を叶えたアイを想いつつも、新薬の販売を順調に続けております。

 結果は上々。

 そんな高いもんじゃないし、じゃあお試しでと買っていく人がぼちぼち居て、そんな人たちの口コミから一気に広がった。SNSの力ってスゲーよね。

 しかも試しで買っていく人の大半が、ご老人に頼まれて買いにきたっていうお孫さんやお子さんらだってんだから、チャリティー……無駄じゃなかった! って思えるのです。

 あ、俺の場合のチャリティーはほんと金は取らなかったから、完全ボランティアだったよ? ほんとに楽しんでもらうための娯楽イベントのようなものだったし、金銭目当てじゃあ一切なかった。

 それがこうして身を結ぶって……なんだか気恥ずかしいデスネ。

 こうしてPA4型ワクチンはパッケージのぴえヨンがお医者様の格好をした、中身ムキムキマッソウ加減が妙な人気を呼び、さらにはきっちり効果もあるってんでもっと人気を呼び、まっさか嘘でしょう! なんて思われていた“病の進行を抑える”って部分がまさかまさかの事実であり、病気の進行も感染症リスクも見事に抑えて見せたから話題を呼び、切除系の手術前に飲むことを推奨するのはもちろん、なにかしらの原因で弱ってしまった人の緊急救護薬としても有名になっていき、ぴえヨンは一躍有名人となった。

 お陰で人類の死亡率はグンと減ったは減ったのだけれど。……飲めなきゃ意味がない、という点に関してはどうしようもなかった。

 なのでバイオの“救急スプレー”みたいなの、作れん? とかチャットコメントで流れてきたけど、真心込めて返しましょう。無茶言うな。

 や、そりゃ能力的な意味で言えば出来るよ? でもそれあんまりにも現実的じゃないでしょ。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 なんかね、ドッペル博光からも『現実的な救急スプレーとか作れん?』とか通信が届いた。ヌムー。傷にプシューっとすると、傷の出血や化膿を防いで治りを速くする~とかなら、まあ。PA4型を液状に変えれば出来るんじゃない? ……と返信したら、なんか完成したらしい。マジか。

 治療に必要な常在菌以外の余計な菌の殺菌にもなるし、栄養も体力的な補助もしてくれるのだから、喉がひどい状態で飲めなくても効きます。とのこと。さらに喉スプレー的な感じで喉に噴射しても、喉に潤いと癒しと殺菌と栄養を齎すので、すぐに治るとかで。……やだ、ほんと万能薬じゃないぴえヨンドラッグ……!

 そんな情報を不可視端末から得ていた僕は、猫の里の中井出ハウスにて、対面に座るアイにきょとんフェイスを送られていた。

 

「? ヒロくん? どうしたの?」

「いや……うん。ねぇアイ?」

「なに?」

 

 名前を呼んでみれば、嬉しそうににこーと笑う。ほんと、笑顔増えたよなぁ。

 

「アイはさ、いつかは現実世界でも結婚したいと思う?」

「え? うん。あ、もちろんヒロくんとだよ? カムフラージュで別の男ととか絶対イヤだから」

「おっほっほっほ~っ、分かってる分かってる。キャムフラァ~ジュじゃなくて、きちんと僕との結婚とかしたいかなーって」

「したい! ……でもなんで今カムフラージュだけすっごいヘンな言い方だったの?」

「横文字にロマンを求めたかったんです。で、結婚だけどね?」

「……ファンが認めないからだめ~って話?」

「うんにゃ、僕もなんかいろいろ認められるっぽいから、そろそろ大丈夫かな~って」

「───………………………………えっ!? ど、どういうことっ!?」

 

 アイ、しばし停止。本部以蔵に守ってやる宣言をされた範馬勇次郎のように停止して、そのあとに少し身を乗り出すみたいに言ってきた。

 なのでアイにも分かるように、「ハッピー……セェッ♪」と、一つのまぁるいMの文字を両手人差し指で描いたあとに、“お前ら表へ出ろ”のポーズを取って半透明のウィンドウを空中に生成。そこに映像を映し出すと、「……ヒロくんってほんとなんでもありだよねー……」と感心と驚きと好奇心と、あとなによりも“私の夫くん、すごいです”感を隠しもせず、目を閉じ胸を張ってムフーン! 状態のアイさん。

 や、ふんぞりかえってないで映像見て? ほれほれー? 隣来なさい隣。……弾むような勢いで嬉しそうに隣に来ました。可愛いなぁもう。

 

「えーとね? 今日までアイには内緒でね? ぴえヨンの知名度を爆上げするためにいろいろやってたのね?」

「爆上げ……」

「そうだね? そのためにはね? いろいろと頑張らなくっちゃあいけなくてね? 学校をぴえヨンとして飛び級したりいろんな資格を取ったりしてね? そうして少しずつ準備を続けてきてね?」

「……なんで“ね?”で締めるの?」

「医者とかって方向で考えると不思議と真似したくなったもんで。じゃ、普通に普通に。ってわけで、分身した上でいろんな資格取って、いろんな研究して、薬を開発したわけですよ」

「薬……」

「そう、薬だ。まあその前にご老人への奉仕や怪我した若人への奉仕もして、社会貢献もしてきたわけですが」

 

 それが実を結んで、“完璧で究極のアイドル”の隣に立っても全く問題のない、“完全で至高のマッソウ”になれたってことサ! そう言ってみせるとアイは、ぱああっ……と表情を輝かせた。

 匿名掲示板などの話題を見せれば、今や時の鳥類だの人類の数%を間違い無く救ったピヨピヨマッソウだのいろいろと書かれている。

 人類を救った、なんて言葉を掲げるなら、製薬会社なんていったいどれほど救ったか。医者などどれほど救ってきたかって話だ。

 でもPA4型は間違い無く今の医学を支えるものだと言ってくれる人たちも居て、ぴえヨンとっても報われました。

 

「え、っと……それってさ、ヒロくん」

「うむんす」

「私……現実世界でも、ヒロくんと結婚出来るってこと?」

「うむんす。まあ誰からのやっかみもない、ってのは無理かもだけど」

「それでもいい! それでもいいよ! 私、ちゃんと堂々と、ヒロくんの隣に居たい! 隣に居るのは幼馴染だからーとか、噂で言われてるみたいな義理の兄妹だからーとか、そんなのじゃないちゃんとした理由で傍に居たい!」

「おうおう、ほんに堂々と自分を前に出すようになって……博光は嬉しい限りです。───ヨロシ。それじゃあいろいろ根回しした先で、アイがアイドルを引退するのと一緒くらいに熱愛発覚でも発表しようか」

今すぐじゃないの!?

違いますよ!?

 

 かぐや様世界の漫画チックな驚き表現が目の前で展開された気分だった。こう、風紀的に。もとい、絵的に。

 

「う、うー、う~ぅ~……ヒロくん、ヒロくぅん……!!」

「こ、これっ! おやめなさい! 切ない顔でくいくい引っ張るんじゃあありんせん! 気持ちは分かるけどね!? アイが世界的アイドルになれたのはファンの応援あってなの! そげな皆様の気持ちを、アイドルで居る内に真っ向から裏切って熱愛発覚、はね!? いくら僕でも心苦しいから! ね!?」

「……いらない期待を持たされた途端に裏切られた気分」

「ぬ、ぬう」

 

 そうかも。逆にさっさと引退したい~みたいなことになりそうだし。

 

「あ、でもそうしたいからってすぐに引退とかはしないからね? いくらヒロくん……あ、この場合はぴえヨンか。ぴえヨンが有名になるっていってもさ? そんな急に全世界で有名になる、とかじゃないと思うし。もうちょっと広まってからのほうがいいっていうのもなんとなく分かるから。あと4年……うん、頑張ってみる」

「ア、アイ……! き、貴様というお、女は……!」

「無理にどもらなくていーから」

「そだね」

 

 そんなわけで、今は我慢の時……いや、“今”はお子の誕生を待ちわびる時か。

 

「じゃあ、今は今出来ることで英気を養おうか」

「私は、ヒロくんと居るだけでもじゅーぶんに養えるけどね」

「なにをこの。この博光とて一緒よ。なのでそこにプラスしていけるような日々を過ごしましょう」

「うん。だからヒロくんヒロくん、私、もっと理想作りとかしてみたい。この世界ならこの歳での理想の究極~とか、目指せるんだよね?」

「ホ? 無理せんでもアイ、とっても綺麗だし可愛いよ? 総合して言うならきっと“美しい”が似合うくらいに」

「みゅっ……!? ~……で、でも。したいのっ! 現状に甘んじて努力を忘れるのはさ、ほら、怖いっていうか……」

「アー……」

 

 元が、暴力親からの圧力に諦めを宿していたアイだ。そんな自分には戻りたくないのかもしれない。今が幸せだからこそ、幸せを求めることを忘れると、いつか全部を無くすかもしれない、と。

 おっほほ、そげなことないのにねぇ。

 あ、ちなみにね? 好感度が上がることしか知らないとはいえ、人っていうのは現状に慣れるものです。環境にも慣れるものです。それが苛酷だろうと、いつしか苛酷であったことなんて忘れてしまうくらいに。

 ……でもね? 僕は、アイの幸福の最大値なんぞいじくっていないのです。

 なので、下がることはなかろうが、最大値だって上がるわけじゃあござんせん。許容出来得る好意や愛情には限りがありますし、いつだって限界突破サヴァイヴァー。

 でも? だからといって? 人の努力を“お待ちなさい!”と止めるつもりもござんせん。努力すること、いいこと。

 まあよくある話だと、努力のためにジムとかに通い始めた妻が、トレーナーに惚れて浮気~とか? お料理教室で別の男性と~ってのもあるか。……アホだよねぇ。そんなんでよくGODの前で誓えたもんだよ……アッ、アー! なんか刺さる! いろいろと刺さる! なにがとは言わないけど胸に刺さる! 苦しい……アレーーーッ!! ウーーーン!

 

「ヒロくん?」

「博光です」

 

 胸を押さえた姿から一変、キリッとしたダンディー博光で迎えまして候。

 まあいろいろありますよねうん。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 

「ブンツクパカポカブンツクパパポパブンツクパパポパブパンプパンッ!」

「………」

「………」

「………」

 

 胎教、といふ言葉があります。

 子を抱えるおなごには、リラァ~ックス出来る音楽を聴かせるのがいいとかなんとか。そこで………………特に思いつかなかったので、ヒューマンビートボックスを聴かせてみました。

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 無駄に張り切った分…………時が………………止まりました。アッ……ア~ッ……!(JR東海)

 OKよく分かった、好感度がどれほど高かろうが、悲しいことは悲しい。OK博光理解した。

 なので次は木琴を取り出して、それで京都、行こう。の音楽を鳴らし始めた。

 ……アイくらいの年齢だと、もう知らないっぽい。哀しいね。

 でもいい音楽だねと言ってくれたので、僕はたいへん嬉しくて、彼女をがばしーと抱き締めました。

 みゅっ、という小さな声を出したのち……彼女は炬燵で丸くなりそげなゴロニャーゴなぬくぬくキャットのように幸せフェイスになりました。

 京都は、1200年目の冬です。(嘘)

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 段々とアイのお腹も大きくなり、それに合わせるように胎教と、軽い運動も続けていく。

 軽い運動っていっても散歩くらいだけどね。この世界だったら走っても問題ないだろうけど、普通に考えてあまりよろしくなさそうだから却下で。

 

「世界には見事な腹筋の所為で、自分が妊娠してたことにも気づかなかった女性が居るらしい」

「わー……それすごいね。私も腹筋鍛えてたら堂々とアイドルやりながら妊娠~とか出来たのかな」

「生半可な腹筋じゃないと思うからやめときなさい。ていうかたぶん内臓の位置とかもヤバイ感じになるだろうから。こう……普通は前に膨れる筈のものが、腹筋っていう厚い壁に阻まれて背中側に追い遣られる~……とか考えてみなさい」

「………………背中が膨れる妊娠?」

「ぼっほ!」

 

 想像してなかったからなんか笑えた。けど、のちに怖くなりました。奇形です。

 はいそこ! 早速腹筋しようとしない!

 

「は~……それにしても、ここでの暮らしにも慣れたねー。でも不思議と飽きた~とか新しい刺激が欲しい~とかはないんだよね。これにもなにか原因っていうか、そうなるなにかがあるの?」

「うむす。人間の欲求って怖いからね。余計な欲求や慣れたことへの飽きは出ないようになっとるの。もちろん適度な欲や飽きは必要だから、そこらへんの制御も出来てるけどね」

「……その。私がヒロくんが大好きすぎるのも、この世界の所為……とか?」

いやそれは普通に素です

「!」

 

 僕の言葉にボボッと顔を真っ赤にしてあわあわするアイさん可愛い。

 まあ、確かに好感度が下がらんようにはなってるけどね、好きになったのはお互いだしそれが下がらないだけで、飽きだとかが来ないようにはしてないのです。

 それでも満たされてると思えるのは兄さんが満たされてるからだよ。……あれ? それ普通だ。だって満たされてるもの。

 

「ところでアイや?」

「うん」

 

 名前を呼んだだけで、声をかけただけで嬉しそうなんだもの。そんな心をわざわざ荒らす必要もないでしょーよ。というわけで、僕はアイを幸せにすることくらいしか考えずに真っ直ぐGOでいいのです。

 

「お子のことだけど……名前とかどーする?」

「んー……20歳の私は、アクアマリンとルビーにしたいけど、あの子たちはあの子たちだけって気持ちも捨てられないって言ってるよ?」

「アクアマリン? ルビー? ……あの、外国人と再婚でもするんですか?」

「しないしないしない! しないよ!? 絶対しない! 違う違うからね!? えっと、漢字でね? こう……愛って書いて、久しぶりって書いて、また愛って……」

「………」

 

 アイが、烈海王が“擂台(らいたい)”の文字を宙に描くように文字を書いてくれたところによると───

 

  愛久愛海と書いてアクアマリン

 

  瑠美衣と書いてルビー

 

 ───と読む漢字を揃えたものだとか……!

 やべぇシャイニングギャランギャランネーム……いわゆるキラキラネームだ……!

 いぃいいいや落ち着け、落ち着くんだぜ博光よ。僕はアイの幸せを願う一人の修羅。ここでいきなり否定で入るのは……し、しかし……! よし、まずは冷静に言葉を返すんだ。名前のことには触れないように、まずはこう……ねぇ?

 

「あ、お、おう、あ、み、みりん?」

「ヒロくん? みりんって? アクアマリンだよ? マリン」

「う、うん。あのー……アイはどう? 名前───」

「いい名前だよねっ!」

 

 ぁだめみたいっすこれダメっすわこれダメだわー。

 すまない未来の我が子……うぬの名前はもうキラキラネームに……い、いや、まだぞ!

 

「そっかー。で、でもさ? ほら、20歳アイもそのー……名前? は、その時間軸の我が子のものだーって思ってるみたいだし、いっそ別の名前とか考えてみたらどうかな? 双子かどうかも分からんし」

 

 名前は聞いてなかった。ただモロからは双子だ、とは聞いていた。ナルホロ、モロのあのいたづらっぽい笑顔はこの時のために……!

 

「あ……そっか、うーん……。確かに、なんかあの時代の父親? のこと考えると物凄く腹が立ってくるし、顔すら思い出せないのに吐き気もしてくるし。ていうか名前なんだっけ……あれ? 思い出せない」

 

 アイの成長不全発達障害(局地的)が発動! 彼女はカミキの名を忘れてしまった!

 

「うん、なら名前も別がいいよね。そうだ、悩む必要ないよ。だってヒロくんと私の子供なんだもん、同じじゃなくていいんだっ! ……いいよねっ? ……いいよねっ!? ……いいのっ! いいんだったらっ! もうっ!」

 

 アイが自分の中のもう一人のアイと戦ってる。

 

「じゃあそっちは前の愛してもいない、どーせ愛してもくれてなかった相手との子供と同じ名前、ヒロくんとの子供につけちゃっていーの!? 絶対金髪じゃないのに!? 絶対に私とヒロくんの色だもん! 顔だって絶対違うよ!? いーの!? それでも同じ名前でいーの!? …………あぁあああもう大人気ないぃいいっ! ねーヒロくん! ヒロくん!? 20歳の私、私より子供っぽいよー!」

「しょーがなかろーもん……そっちのアイには感情が成長し切る経験がなかったんよ……。いろいろ修羅場や面倒ごとは乗り越えてきても、一番大切なものが足りてなかったのよ……」

「うー……それって?」

「愛することと愛されること。どこぞのビスケットさんも言ってたけどね、愛以上に人を強くするものなんてないのよ。それは幸せ方向の愛だって、悲しみ方向の愛だって同じ。でもね、そっちのアイは、どっちの愛にも触れることなく施設で育ってもーた。場所にも寄るけど、一番中途半端な場所だと思う」

「うー……」

「のう、アイや?」

「ん……なに?」

 

 少しいじけたような声。たぶん、20歳側に意識が傾いてるっぽい。

 

「キミは子供を呼ぶ時、アクアマリンアクアマリンってきちんと呼ぶ? それともアクア~とか略して呼ぶ?」

「……アクア」

「じゃあアクアでいいんじゃない? あ、ちなみにね、アイや」

「うん……?」

日本人って、べつにカタカナの名前、使ってもいいのよ?

そうなの!?

 

 これほんと。

 ひらがな、カタカナOKです。だからアクアマリンでもルビーでも、星野セルゲイアンドレアノフでも星野アレクサンダーガーレンでもOK。

 なんなら星野ミラアルデンスクェル星乃飾あおいとかでもOK。ほしのとほしのでほしのが被ってしまった……。

 

「じゃ、じゃあこっちでは……カタカナでアクア、とか、ルビー、とかでも……?」

「全然おっけー☆」

「……!!」

 

 その時のアイの嬉しそうな顔を……僕は忘れません。

 決まっちゃったみたいっす、アクアか、ルビーか。はたまた両方か。

 こっちでも双子かどうかなんて知らんけどね、まあ……様子を、見守りませう。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 ……やべーことが分かりました。

 ぶつくさ独り言をこぼし、アイに聞かれるとやべーからと、アイがすいよすいよと眠る部屋からは出ていたお外でのこと。

 アイのお腹もおっきくなり……いやデケェ!? この月日でこの大きさ、成長速度速くない!? とか思ってたんだけど……これ、やっぱ双子じゃない? と思ったら、この大きさも納得できた。

 ……? ああいやチガウチガウ、トマト一緒に、チーズを食べるのデス。じゃなくてさ。

 分かったやべぇこと、ってのはそれじゃない。

 ……中身が、ねーのです。お腹のお子の中に、人を人たらしめる、というか……生き物を生き物として動かすためのタマスィーが、双子のお子から感じない。

 子供の生命の鼓動って強いもんだ。簡単に死んじゃう命だからこそ、必死になって生きようとする。でも、その鼓動がこれっぽっちも感じられない。“イレモノ”はある。魂はなくとも、体はアイと繋がっているから作られていってる。

 でもきっと、ソレが彼女のお腹を蹴ることは決してない。

 確かめるために時間能力的なアレコレを使って、グムーこれはいったいどうしたら~~~っ! ……と考えていたら、バサバサと奇妙な音。

 何事!? と視線を向けてみれば、なんと! この世界では身に覚えのないカラスが、ヴァサヴァサと一点に集中して集まり、なんとそこから一人の少女が現れるではないか!!

 

「ア、アアーーーッ!!」

「わーすごーい、こんな場所があるんだー。時間の流れとかが向こうとは違───」

死ねオラァッ!!

 

 俺はそんな少女にダンターグ流奥義ぶちかましをぶちかました。

 するとどうでしょう。少女は「ふぎゅうっ!?」という可愛らしい声ととともに、大きく広がる草原をバキベキゴロゴロズシャーアーッ! と転がり滑り、だっぽーん! とガノトトス湖に落ちるではありませんか!

 

「やべぇ……なんで……! どうしてこんな……!」

 

 そして僕は僕で恐ろしい事実に恐ろしさを感じて恐れ慄いていた……!

 だって、なんか黒いカラスみたいなの……ニクイドリだっけ? が集まって、気づいたらそこに居た、って……あれ絶対レーシェンだろ……!!

 僕、モンハンアイスボーンのウィッチャーコラボとかやってたから知ってるんだ……! きっとあいつの強化個体でエンシェントレーシェンとか居るに違いねー……!

 い、今だってきっと、僕が先制攻撃を繰り出さなければやられていたのは僕の方だったッツ……!!

 ごくりと喉を鳴らしつつ、頬から顎へと伝う汗をグイと拭い、波紋が広がる湖をねめつけた。

 

「………」

 

 ………………。

 

「…………………」

 

 ………………。

 

「くくく来るなら来い! 出来れば来ないで!!」

 

 きっと水中でどうしてくれようか考えてるんだ!

 なんか沈んだ場所で広がる波紋の上で、カラスたちが慌てたようにカーカー泣きながらぐるぐる旋回飛行してるけど、きっとそうだ!

 たぶん水中で両手から玉のかめはめ波とか出して、先に飛び出させてからなんかいつの間にか後ろに回ってだっはーとか言って僕を蹴るんだ! そそそそうはさせないぞ!

 

「……………」

 

 ………………。

 

「……………」

 

 ………………。

 

「そそそそうやって僕を油断を油断させといて、なんかその……なんか、なんかするつもりなんだろ! こう……なんか! なんかそういう……なんかー! えーーーっ! あたしにゃちゃーーーんと分かってんだよ!」

 

 レーシェンがする悪さってなんだろ。ニクイドリとかいう黒い鳥操って、炎で燃やされたりしてワチャワチャするようなええっと……?

 

「………」

 

 …………。

 少ししたら、なんかガノトトスがレーシェンを銜えて、ぼちゃりと陸に吐き出しました。

 その上でその横たわったお腹に顎スタンプをぶちかますと、漫画表現みたいにピューと水を吐くレーシェン。慌てたように集まってくるカラスが印象的です。

 

「けほっ! こほっ! ごほっ!」

 

 どうやらマジで溺れてたっぽい。馬鹿な……レーシェンが水属性に弱いだなんて初めて聞いたぞ……ハッ!? もしや亜種!?

 

(やべぇ……すべてが繋がった……! おなごっぽい姿も、おそらく突然変異からくるもの……! 世の中ってなんでも擬人化しようとするから、きっと僕がやらなくなってからイベントっぽいヤツで追加されたレーシェン(亜種)に違いない……!)

 

 ライズからサンブレイクになって、それが終わった後にはいろんなユーザーがアイスボーンに戻ったとかモロが言ってたし、その時にサンブレイクお疲れ記念イベント的なお楽しみ会かなんかで追加されたイベントモンスターなのよきっと……!

 

「いきなり……けほっ、なんてことしてくれるのよ……いたいけな少女に、普通体当たりなんかする……!?」

「え? するけど?」

「え?」

「え?」

 

 え……するよね? どんだけいたいけだろうと幼女だろうと、怪しければしない? するよね? 言っておくがこの博光、子供だろうが老人だろうが武器を持ったり敵対したりすればその全てが敵となる修羅ぞ。

 そして許可もなく我が霊章世界に入門してきたレーシェンを敵認定しないなんて、あるわけがない。

 ……だのになんでこのレーシェンは“わたしはたいへんおどろきました!”みたいな顔をしとんのやら。

 

「で? レーシェンてめぇ。いったい誰の許しを得てこの世界に入ってきとんのだコラ」

「それはこっちの台詞。誰の許しを得て、この物語に入り込んできてるのよ」

「知らん。誰も許してくれなかったし、誰かに止められたわけでもない。で、そっちは? 僕が許さん限りはこっちには入ってこれない筈だけど?」

「……………」

「レーシェン?」

「……ていうかそれ。なにそのレーシェンって」

「え? キミの個体名だろレーシェン、しっかりしろよレーシェン。なに言ってんだよレーシェン」

「ここぞとばかりにレーシェン言わないでよ! ていうか知らんってなに!?」

「いやほんと知らんし、気づけばこの物語の世界に居たし。僕ね、そういう体質なのよ。ちなみに一度や二度じゃないから。で、貴様は?」

「……たまに。世界のどこかに歪みみたいなのを感じたの。だから確かめに来たのよ。“形”として自分を確立させるのに随分時間がかかっちゃったけど。入ってきたのはあなたたちと一緒の瞬間」

「なにぃ、じゃあお前、塵みたいな姿をちゃんとした姿に確立させるまで、俺とアイのズッコンバッコンとか近くで見てたのかこの変態レーシェン」

「あなたたちが勝手に盛ったんでしょう!? ~……はぁ。そうね、そうよ。あなたたちはふつーに愛し合ってただけ。勝手に入ってきたのはこっちよね、でもそっちだって物語の中に勝手に入ってきた異分子でしょう?」

「訳知り顔でいろいろ知ってる貴様も異分子じゃないの? レーシェン」

「レーシェン言わないで。……こっちはちょっとだけ訳知りなだけ。元から物語の一部よ」

「あー……じゃああれか。世界の理とか流れとか実は全部知ってます。って感じで訳知り顔でミステリアスな雰囲気を出しては、なんか都合のいいタイミングでひょっこり現れて普通じゃ説明しきれない謎をちょっぴりずつ教えては消え教えては消えを繰り返す、ミステリアスとは名ばかりの世界の秘密暴露系幼女」

身も蓋もないこと言わないでくれる!?

 

 なんかガーっと怒られた。

 

「でもさ……そのー……あれだよ? なんか強者感出して訳知り顔で薄~く笑ってさ? 迷いある原作キャラの“それから”を引っ掻き回す、“これから先のことなんて私の匙加減ひとつでどうとでもなります”みたいなムーブとか、やめといた方がいいよ……? いや、キミがそれやってたとか言うわけじゃないんだけどさ……キミみたいなタイプのヤツって大抵そういうことやってるから……」

「なっ! そっ! そんなことっ! 誰がっ! だだだ誰がーっ!!」

「え? してない? してないの? ん……そうかい、よかったねぇ……!」

「ギィイイイイーーーッ!! そっちこそ訳知り顔で薄く笑うのやめなさいよ!!」

 

 随分と感情表現豊かなレーシェンである。きっと亜種だからだな、うん。

 なにかのイベントクエストで出現して、意思疎通出来るレーシェンとしてプレイヤーから愛されてたに違いねー。

 あれ? でもそうなるとこの世界はモンハンかウィッチャーと関係があることに……? ……いや、このレーシェンがたまたま別世界から流れて来ただけか。そして未来視の能力とかがあるのよきっと。

 

「で? 結局なにしに来たのレーシェン」

「レーシェン言わない。……言ったでしょ、歪みを感じたから調べに来たの。……はぁ、なのにやっとかたちを作れて、声も出せるようになったと思ったらいきなり体当たりなんて」

「人の家の敷地内に急に現れて、“私、居て当然です”みたいな薄ら笑み浮かべて挨拶もしない不法侵入者がなに偉そうに愚痴ってんだ」

いきなり真顔でド正論言うのやめなさいよ!!

 

 でも挨拶無しには多少引っかかるところがあったらしく、改めて挨拶された。

 名前? なんか偶然聞こえなかった。レーシェンでいいのよきっと。

 

「はぁっ……あのねぇ。これでも一応この物語のことはあなたより詳しいの。あの子……お腹に子供居るけど、中身空っぽよ?」

「え? うん知ってる」

なんで知ってるのよ!!

「落ち着けレーシェン」

ならまずレーシェン呼びやめてくれない!?

「でもなぁ、さっき挨拶と一緒に名乗ってもらったじゃん? なんかさ、名前の部分になると、ノイズ走るみたいに聞こえないんだよね。たぶん世界の理的に、まだ知ることを許されてないとか名乗ることを許されてないんだよ。だからもう名乗ることを許されてない修羅ってことで、アブテトラでいいだろ」

誰よアブテトラって!

「修羅忍道破魔砂蜘蛛を使う名も無き修羅が言ってた謎の言葉の一部。こう……凡羅破魅陀亜仏弟斗羅って書いて、はんらはみだあぶてとらって読む」

「………」

「わあ」

 

 なんかすっげぇ嫌そうな顔で見られた。かなり感情表現豊かだなこのレーシェン。薄ら笑いがデフォルトっぽい雰囲気が嘘のようだ。

 

「じゃあ可愛くテトラとかどうだ?」

「今まさにアブテトラとか書いてみせてよくもそんなこと言えたものね……!!」

「そらみろやっぱりレーシェンがいいんじゃないか」

そういう意味じゃないわよ!!

 

 ぜえぜえと肩を震わせて怒るレーシェン。そんな彼女を心配してか、カラスが肩に乗ったり周囲を飛んだりと忙しない。

 

「……はぁ。それで? 中身が空っぽって知ってて、産ませる気なの?」

「あの……溜め息を吐くと、幸せが逃げますよ?」

誰の所為だと思ってるの!?

「おいおい溜め息なんて本人じゃなきゃ吐けねーんだから人の所為にすんなよお前それ最低な行為だぞ」

「ギィイイイイイイイッ!!」

 

 レーシェンへの精神揺さぶり攻撃! 効果は抜群だ!

 でも争う気はないみたいで、話を進めようとしてくれる。案外いいやつだぞこのレーシェン。

 

「んー……実はね、空っぽって分かった時に、どうするかは決めてあるんじゃよ。何故って、こっちで空っぽってことは、20歳アイが居た時間軸でも空っぽだった可能性が高い。そィで時間触(じかんしょく)使って向こうのそのー……流れ? ってのを感じ取ってみればどーだい、向こうでも空っぽ。そこに神様だか疫病神だかが魂を入れて、双子が誕生したーってことだとか。で、どうするべきかを決めあぐねていたところにレーシェン。貴様が現れたわけだ」

「最初に決めてあるって言っておいて、決めあぐねているで締めないでほしいんだけど」

「邪魔された感出てていいじゃん。ってわけでね、魂コピーして持ってきたのがこちらになります」

しれっとなにやってんのちょっと!!

「おいおい話聞いてたのかレーシェンこの野郎。俺ちゃんと魂コピーして持ってきたって言っただろうが話聞いてたのかレーシェンこの野郎」

「そのレーシェンこの野郎っていうのやめてくれない!? レーシェンでもないし野郎でもないわよ!」

 

 ってわけではい、別の時間軸の双子ちゃんに入る予定だった魂をコピーして引きずり出したのがこちら。どんな魂なのかは知らんけど、ゴッドに選別された魂だ、きっと14キロの砂糖水を飲むバキに対しての説明の通り、神が選別したもうた魂に間違いなどないのよきっと。間違いあったらGODの所為だ。

 それを、今も眠りしアイのもとへと……気配を消して、音も消して、扉を開けては近づき……

 

「マサランガ・スクリット・ブラック・ウィドーズ……!」

 

 魂をそっと、彼女のお腹の中に眠る双子へとインストール。

 ピヨピヨピヨ~~~ッ!! これできっと友情をインプットしたウォーズマンのように強く逞しく生きていくに違いねぇ~~~っ!!

 ……ちなみにピヨピヨという笑いは普通にキン肉マンの敵キャラの笑い声でもあり、ぴえヨンの声でもあるという優れものさ。

 ……え? 敵超人がピヨピヨ言うなんて信じられないって? では38巻の44ページ右下をどうぞ。笑い声といえば、サイコマンの笑い声も最初はニャガニャガじゃなくニュガニュガだったね。ライトニングもジョワジョワじゃなくてジョアジョアだったし。……今は関係ないか。

 

「神の助けもなく魂を入れたの……? 何者なのよあなた……」

「博光です」

「服、はだけなくていいから」

 

 挨拶は大事。誰にでも言えることです。

 でも何者かと言われれば博光です。

 

「まあなんでもは出来ないけど大体は出来る人間ですとも。それよりレーシェン、キミこれからどーするの? 歪みを確認しにきたのは分かったけど、分かったところでなんにも出来んでしょ、キミ」

「……そうだね。正直関わり合いたくもない相手っていうのが現れるだなんて、思ってもみなかったよ」

「あの……今さら薄ら笑いで落ち着いた雰囲気と怪しげな雰囲気出して話されても、全然雰囲気出てませんよ……?」

だから誰の所為よ!! ああもういい分かってるわよどうせ私が悪いとか言うんでしょもういいわよ!」

「ワカッテルじゃないかソノダ~~~ッ!!」

「誰よ!!」

 

 この短い時間で僕という人間を分かってくれるなんて……! さすがイベクエ用に作られたレーシェン! 一味違うぜェェェェ……!

 

「はぁああ……あなたの所為で物語の流れも完全に変わっちゃったし……迷えるお馬鹿さんとかに助言……とかそんな機会も大して無さそうだし。いいよもう、適当に傍観させてもらうから。…………あ。あとあなた」

「え? なに?」

「神様みたいなことが平気で出来るなら、ちょっとお願いがあるんだけど」

「ホ?」

 

 幼女がなにやらお願いをしてきた。

 それは、とある地方のとある場所に、出来る限りでいいから───

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 ……まあそれはそれとして、やあ僕博光。今日はそう……時間蝕(触る、ではなく蝕む方)をして時間の流れを捻じ曲げながら、僕は宮崎に来ています。

 どんな用事があるのかといえば、まずはゴローせんせやさりなちゃんにアイサツをしつつ、結婚祝い(何度目かは忘れた)を持っていき、おめでたうを届けた。さりなちゃんめっちゃ笑顔。「なに? おめでたうって」って笑いまくりです。せんせの関係を祝われることにめっちゃ幸せ感じてる。

 せんせはといえば……照れてはいるものの、やっぱり嬉しいらしく。や、まあそげな幸せな二人はさておいて。

 

「え……森? あ、僕が住んでるあたりのところのか。うん、管理者は一応僕ってことになってるよ。森っていうか土地っていうか。……祖父母のものだって言ったらそこまでだけど、もう居ないしね」

「ぬう、そうかそうか。で、そこでやりたいことがあるんだけど、いい?」

「そりゃ、妙なことをするわけじゃないんなら。なんだかんだきみには世話になったしね」

「謝謝!」

 

 レーシェンの願い通り、地主(?)の許可は得た! 地主というか、管理? 手入れ? してる人の! 他の土地にもそれっぽい人は居たけど、せんせで最後だ! 重要なのはともかく祠がある土地を持つせんせの場所だったから、これでOKね!?

 

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 

 ならばと早速行動に移る。なにをするのかといえば……

 

「おおおおおおおおおおっ!!」

 

 まず、森の中……ではなく、この宮崎の地(局地)を走ります。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 そして大きな五芒星を地面に書くと、

 

「聖なる光よ……! その御力において邪悪なる魔力を退けさせたまえぇえっ! ミ・ナ・カ・トォオオーーールッ!!

 

 標的固定モードでまず聖域を作り、そこに僕の中にある皆からの意思を57億年分微量に掻き集め……るともう半端じゃない量になったけどまあべつにいいや! というわけで掻き集め、その意志の力を持ってゴローせんせの家周りの森の信仰を一気に強化! 聖域の力も確かなものにした。そう……僕一人の力じゃあない……! みんなの意志と力があってこそ完成するミナカトールによって、ここら一帯は聖域っていうかもう神域レベルで神聖な場所に───!!

 

「ちょまぁあっ!? やりすぎ! やりすぎだから! ていうかなんでこんなこと出来るの!? 頼んでおいてなんだけど!」

「博光ですもの! これくらい朝飯前……! あれ? そういえば朝飯の前ってなにになるんだろ。食前酒? ───食前酒前さ!」

 

 サムズアップの親指を自分に向けて笑顔を向ける。向けた先にはいつの間にやら居たレーシェン。時間蝕に耐性でも持ったのか、止まった時の中に入門してきている。耐性……というよりは……ああ、この森とか祠とかに存在する神? 宿りブツ? 的な存在にでもなってたのかな? 相当なパゥワーを持って、このレーシェンはここに居た。

 まあここに関連する存在なら、今こそまさに神域パゥワーを受け取ってることになるわけだから、そりゃあ干渉もできましゃう。いやしゃうじゃないが。……あれ? じゃあマジでこいつなんなん? レーシェンじゃないの? ……ああ! 別の世界からコラボしてきたレーシェンなんだきっと! そして実は土地神的な存在に祭り上げられて、信仰が少なくなって消えそうだったから僕に、土地の強化とか信仰強化とかをお願いしてきたんだ! ハハハハァ~~ン? 分かりましたよこの21世紀ミートの頭脳を持ってして~~~っ!!

 ていうかまあ、やりすぎとか言われたけど知らん。お陰でその地方では悪さとか出来なくなったし、なんならそこに存在する神に対し、そこに住まう人々がほんのちょっぴりずつではあるけど、毎日感謝と祈りを捧げるように常識破壊をしておいた。

 これで意志の力が減ろうが、力が保たれ続けることは約束された。まあ意志の力もこれから100年以上は続くでしょーけど。

 シャババババ~~~ッ! きっとそこにお住まいの神々も喜んでいるに違いねぇ~~~~っ!!

 

「~……一応、お礼は言っておく……。……ありがと」

 

 結局なんかレーシェンも喜んでたみたいだし、よかったよかった。

 わしわし頭撫でたら怒られたけど。

 

「ふふっ……のんびり見守らせてもらうとするよ。これからの物語がどうなっていくかなんて、もう私にはわからないけどね」

「あの……もう子供っぽい口調とかやめたんですか?」

「あなた相手じゃ取り繕ったって無駄だって分かったもーん。好き勝手に喋らせてもらうから、気にしたって無~駄」

「ほほう。それはつまり僕にも好き勝手に接しろという貴様からのお願いで……!?」

「絶対に違うから!!」

「おぉう……」

 

 どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて、けれどそのどこかにも純粋な子供っぽい表情も混ざった表情を見せていたレーシェンはしかし、僕の好き勝手宣言を前に焦った様子で怒鳴ってきた。

 ほほ、なにを焦っておるのやら、ほっほっほ。

 

……。

 

 日々は過ぎていく。

 あれから既にどれほど経ったのか。

 日々を面白おかしく、けれどゆったりとリラックスしながら、無駄なストレスのない時間を過ごす僕とアイは、毎日をそれなりに楽しく彩ることに成功していた。

 

「……! わっ、わっ……ヒロくんヒロくん! お腹! お腹蹴った!」

「なんですって!? ここここの博光の目を盗んでよもや我が愛しのアイの腹を蹴る愚か者がおろうとは!! 誰!? 誰に蹴られたのアイ! ハッキリお言い!!」

「えぇえっ!? ぇぁっ、そ、そうじゃなくて、ね? えと、赤ちゃん。赤ちゃんがね? お腹、蹴ったの」

「……なんと!?」

「なんていうか、ヒロくんってほんと、私に対して過保護すぎだよね。たまにふと思うんだけどね。愛されてるなー、私」

「そりゃそーだよ、愛してるもの」

「…………~」

 

 何処か飄々とした表情で、呆れを混ぜながら言ってきたアイに、愛を以って返した。……ら、猫口っぽく口を緩ませ、目を閉じ、なにやらテレテレしているアイさん。

 可愛かったので、こちらも猫口になりながら「おっほっほっほ~」と笑いながら、そんなアイをつんつんして楽しんだ。

 そんな日常。

 軽い刺激を得たり受け取ったりしながら、ふと気づけばいちゃついて、くっついて、ハグしたり抱き着かれたり、撫でたりぎゅう~ってしたり、すりすりしたりキスしたり愛でまくったり───

 

「ひひひヒロくん!」

「ぬう!?」

 

 ───していたさなか、突如としてアイから待ったをかけるような言葉!

 ぬうう何事かァァァァ!?

 

「あ、あのねっ!? 私、このままじゃだめだと思うの!」

「そうか」

 

 一言返して愛で直し始め「だだだだからー!!」……怒られてしまった。

 

「……ヒロくん。私、もらいっぱなしはだめだっていい加減気づきました。立派なお母さんになるには、可愛がられるだけの大人になんてなりたくないのです」

「そうか」

 

 一言返して愛で直し始め「ヒロくん!!」……怒られてしまった。

 

「そ、それにね? そのー……子供の前でさ? 私ばっかり好き好きされてたら、ほら、えと……ね? 母親としてのー……威厳? っていうの、これ~っぽっちもないと思うの」

「なにぃ、じゃあアイのことは完全放置で子供ばかりを愛でまくれと」

「……………………むうっ……! それもやだ……」

「………」

 

 ハグの刑に処した。

 なんならじゃあ今の内にとゲロ甘えするようになった。

 

……。

 

 日々が───

 

「んっ……!? うっ、あっ、あぁあっ……!!」

『ピヨッ!? ど、どうしたんだいアイくん!?』

「破水っ……! ひ、ひろ、く……産まれ……」

『ピヨピヨピーーーッ!? ななななんでよりにもよってぴえヨン状態の時に!? けどよし来た異翔転移(いしょうてんい)

 

 ……過ぎた結果、産まれる予兆が来た───途端、能力を行使して赤子を手元へ転移させた。

 

「………」

『………』

 

 そして、僕とアイ、ぽかんと見つめ合うの巻。

 

「ぷふっ……あははははははっ! なにそれヒロくっ……あははははは!!」

『ピヨピヨピヨ! 言ったでしょう、アイくん! このひろっ……ぴえヨンは、アイくんに苦しい思いをしてほしいのではなく、幸せにしたいのだヨ! なのでお子だろうとアイくんを苦しませることは許しません!』

 

 ならばいざいざ産湯を用意。月然力・水と火とで程好い温度の産湯を用意して、僕がお湯につけて、アイがやさしくふわふわな布で拭いてゆく。

 

「産むのに体力使う筈だったおかーさんが、子供を産湯で洗う~とか、私以外ぜったい経験してないと思うなー」

 

 ごろーせんせの母親は一人で産もうとして、産んだはいいけど出血しすぎて亡くなったらしいけどね、と言いそうになってやめた。

 そんなん今この場には関係のないことだしね、なごめる言葉で返しましょうぞ。

 でも……失血死なんてしなかったら、そのお母さまがせんせを綺麗に洗ってあげたんだろうなって思うと切なくなる。

 

『うんうんそうだネ! これもきっといい経験になるヨ!』

「そうだね。あ、そういえばさ、へその緒、とかはどうなったの?」

『ちゃあんと切って保管してあるから安心してくれていいヨ! それより───』

 

 ちらり、とお子を見下ろす。

 全然ちっこい、もぎゃああああおおぉおおと泣いている赤子二人。

 確か出産直後の赤子って、目はほぼ見えないんだったよね? 0.02くらいしか見えないとか、モザイクよりもよっぽどひどく、明るいか否か程度しか認識出来ないとか聞いた覚えがある。

 だから転生者が周囲を見てやさしそうな夫婦だ~とか言うのは、実はマジでおかしいらしいから気を付けよう。

 ……それともそれも転生特典とかで強化されてるのかナ? だろうね、きっと言語とかと一緒にいじくられているのよ。と、そんなことは置いといてと。

 

『双子、だったネ』

「えへへー……双子だったねー♪ じゃあ男の子はアクアで、」

『女の子はルビーだネ』

 

 向き合い、にへへーと笑いながら、お子達の体をやさしくやさし~く洗っていく。

 いやあ、それにしても良い温度です。お湯を用意する、ってイメージした瞬間、三匹の子豚が脳内で上映されたけど、すぐに振り払って温度調整をしっかりとした甲斐があったってもんです。

 思考に取り込まれて、ネタに走っていたら、お子が『イッツァ・ホット・ウォータァア……! アッ!? アァーーーッ!!』とか言ってお湯に落下するという光景が上映されるところであった。

 なんだったっけあれ。ファミリー劇場の三匹の子豚のCMだったっけ? ポピーザぱフォーマーを見てた時に見たような記憶があるようなないような。

 

『ところでアイくん? ボク、父親だ~ってちゃんと認識させた方がいいかナ? それとも元の世界に戻ってもボクをお父さんとか呼ばないように、ぴえヨンモードのままの方がいいかナ?』

「ダメ。ちゃんとお父さんして。お父さんなのにお父さんしないなんて、子供にとっても奥さんにとっても、とってもとってもよろしくないんだからね?」

『まあ元々、ぴえヨンモードの時の感覚を忘れないための姿だったから、別にいいんだけどネ!』

 

 そう。ここで何ヶ月も過ごしていると、動画投稿者としての自分を忘れてしまう。ので、たまにこうしてピヨピヨピーしているのだ。そしてそんな時に限って産まれるときたもんです。俺ってこういう時の運って基本、漫画とかだとギャグとして分類されるような方向に振り切ってる気がするのよね……。

 そんなわけでスボリとぴえヨンをぴえヨンたらしめる着ぐるみ(頭だけ)を脱ぎ去り、レスラーパンツ一丁の人間の理想の果てのマッソウをしている博光の完成。アイはそんな博光の素晴らしい肉体(外井的)を見て、なんだかポーっとしている。

 

「アイ?」

「あ、うん。そういえば私、ヒロくんの身体とか、改めてじっくり見たことなかったかなぁって。ああいう行為の時はさ、ほら、相手の顔ばっかり見てたし、恥ずかしくなれば目線逸らしてたし……」

「まあ、そんなまじまじ見る機会なんてないよね」

 

 ───男は女性の裸とか、めっちゃまじまじ見ますけどネ! かつてエロマニアと呼ばれた博光です、もちろん愛する相手のことをまじまじと見ぬことなど有り得る筈もなく……ッ!

 ……今はエロというよりは、愛しくて見るわけですけどね。やあ、若かったなぁ僕。

 というわけでせっかくならばと、赤子を浅く生温い産湯にゆったりと寝かせ(大人が湯舟で「どぅぁああ~~~……♪」とか言って軽く背凭れしてくつろぐみたいな体勢)、僕は僕でアイに肉体を見せつけるべく、山本元柳斎重國(アニメ版)よろしく、謎のムキムキマッソウっぷりを見せつけてユクノデス。

 指もこう、コ・キ・キ……とゆっくりと握って、軽くポージングなんぞをしつつ、軽く掲げた右手をギウウと握り締め……!

 

(ああ……善き……! この一連の行動をなんと名付けま炎の元柳斎ダンスでいいか。ダンスって言えるほど動いちゃいないけど)

 

 それにしても……子供、子供かぁ! こっちの年齢ではまだ20にもなっておらぬといふのに子供! 20どころか16ですがね! 子供かぁ!

 ニャガニャガいいでしょうーーーっ! 存分に可愛がってあげますよーーーっ!

 

「というわけで。まずはベビー服を用意します」

「前に頑張って作ったやつだね」

「そうそう。えーと……ほい。で、丁寧に水ッけを拭って……爽やかな温風を月然力・風で送って乾かして、はい装着」

「ん、ルビーの方も着せたよ。ぴったりだ、すごいねー♪」

「サイズ気にして何着も作った甲斐があったのう……」

「あはは……ほんと頑張ったもんね……」

 

 失敗作から成功作まで、様々なサイズのベビー服を編んだもんだ。けれどその甲斐あって、見事なジャストサイズを着せることが出来た。まあなんならしばらくは成長に合わせてのサイズが用意出来てるって言ってもOKなくらいにブツはある。

 

(んー……アルティメット・アイ! …………OK,魂の定着を確認。しっかりと双子に魂があることは確認出来た。まあもぎゃああぉおおおとか泣いてる時点で魂が無いとか怖すぎるけどね)

 

 元気に泣くお子を胸に抱き、ほらほら泣きやんでー、なんて苦笑するアイは楽しそうでもあり幸せそうだ。そしてこの博光も、胸に沸き上がる喜びを隠しきれずに頬が緩みっぱなしである。

 この子ら自身の魂ではなく、謎の魂を入れたって自覚はあるけど……べつにね、それで産まれたお子を嫌うなんてことはしねーのよさ。

 嫌う理由があるとしたら、成長した先でド外道に堕ちるかなにかした時だけだ。

 輪廻転生なんてものが実際にあるんだとすればね、どんなお子にだって親が知り得ない魂が入っとんのだ、今さら魂がどーだこーだでモノを言うのはお門が違う。

 問題があるとするなら、その魂がきちんと洗浄・浄化されてるかどうかだぁね。PCに新しい外付けHDD付ける時も、マウントってするでしょ? そういうことヨ。

 楽を覚えた奴は楽に浸かりすぎてしまう。ワルイコトするやつもそれは同様。楽って、文字通り楽だからね。でもワルイコトはワルイコトだ。クリスタル・オブ・ワルイコト。いやそれは関係ないけど。

 きちんと浄土で洗浄されてるなら真心込めて迎えましょうぞ。逆にドグサレ根性染みついたままの魂だったら徹底的に鍛え直してヤルノデス。詳しく言うなら……お月様で魂のままバラバラになってた方が幸せだったと思えるような、第二の人生をプレゼントしてくれるわグオッフォフォ……!!

 

(相手が異世界転生してきたどこぞのおっさんの魂だろうが、前世でブラック企業で働き抜いて死した若人の魂だろうが、その全てを迎えましょう。でも、チート能力授けてもらったーとかで、ちーとも努力もせん野郎だったら……このヒロレイツォ、容赦せん!)

 

 基本、前世の記憶を持って赤子からやり直せる時点で、僕ァそれが“チート”、ずるいスタートだと思っております。魔法世界だとまさにまさに。だって産まれた時から魔力強化とかの鍛錬とか出来るんですよ? 他の子と比べて最強最大にズルいじゃあないですか。なのにチート能力があーだこーだは言うだけズルだと思うのですヨ。

 

  ていうかチートが当たり前みたいになってるけど、チートって不正って意味だからね?

 

 だから踏み台さんとかが将来現れたとして、能力バトルして勝って、不正したんだろう! とか言われたらしてるって言わなきゃおめぇ……嘘だぞ?

 そりゃさ? それが、努力の果てに前世で手に入れた能力~とかだったらな~んも文句はありません。それはあなたが努力した結果だ、胸を張ってイイッッ!! でも女神やら神やらにペタ付けされたなんのペナルティもない能力者、テメーはダメだ。

 チートも無しに異世界転移させられて、少ない金で王様に魔王倒して、とか言われて向かわされて、苦難の果てに魔王を打倒して本当の意味で勇者になった転移・転生者を心の底から尊敬する……なんの能力もないのに。ただ利用されて死ぬだけだったかもしれないのに……。

 だから魔王が死んだから次はお前な、って感じで勇者を殺す人間、超嫌い。

 別に歓迎されなくてもこっちはこっちで好きに生きるから、わざわざ殺しに来るんじゃねぇよって言ってやりたい。

 

(はてさてどうなることやら。全てはたぶん、きちんと死力、もとい視力がついてからだろうね)

 

 でも、だからってそれまで愛さないのかといえば全然まったくそうでもない。

 心には愛がくすぶっておりまする……なのでそれを、なによりアイに、そしてお子めらにぶつけてゆくのだ───!!

 

……。

 

 ……で。

 

「………」

「オウ……」

 

 そんな愛を以って、双子のお子めらを愛でまくっていたら、アイが頬を膨らませながらそっぽを向きつつ、僕の服を引っ張って離さなくなりまして。

 ならばとお子めらをベビーベッド(いろんなところにある)に寝かせまして、アイを抱き締め、なんなら高いたかーいと抱き上げ、下ろすのと同時にぎゅうっと抱き締め、それはもう密着し、マッチュモッチュとキスをしまくった。

 

「ア~イ。寂しかったらお言い。構って欲しかったらお言い。一緒に居たいって思ったなら、子供にだって遠慮するでないよ。いいかい? 俺は、キミと、愛を誓い合って、誓いの言葉を互いに口に秘めたんだ。誓いの口づけは、誓いを、お互いが、お互いの口の中に封じ込めるためのものだ。だから神前と、立ち合い人の前で口づけるをする」

「……ん」

「義務だとか儀式だからだとか、責任だとか使命だとか夢だとか、荷物を背負うために誓ったんじゃないさ。好きだから、愛してるから誓ったんだ。そんな相手が寂しい想いをしているのに、どうして寂しいって言われて断れましょう。むしろドンと来いだよ」

「……うん」

「アイ」

「うん」

「愛してる」

「うん……私も、愛してる」

 

 喧嘩したわけでもないのに、まるで喧嘩をしてから仲直りしたような気分。

 それでもきゅむと抱き合えば、そんな気持ちはあっさりと砕けた。

 砕けてしまえばこちらのものぞ。俺はアイを、アイは俺を全力で愛するかのように、言葉だけじゃなく身体でも、なんというかそのー……実力行使? で愛を表現するように動いた。いやえっちな感じじゃなく、こう、それ以外で愛という行動を模索するように。抱き締めたり振り回したり、手を繋いでダンスを踊ってみたり、足を踏まれたり踏んでしまってみたり。

 そんなこんなをしていればいつの間にか互いに笑い、燻っていたらしい気持ちも霧散していた。驚いたことに、俺の中にもなにやらモヤモヤがあったようで……やっぱり子育てって自分が思うよりも大変ですじゃ。

 

……。 

 

 さて。

 お子の目もぱちくりと開き、その視覚でもって僕やアイをきちんと認識出来たと感じたあたりで、我らは元の世界へ戻る計画を立てていた。

 というのも“双子はなんか実は居たらしい遠い親戚の子で、その親戚が急遽死んだために、身寄りのないお子を受け入れることになった伝説”を実行すべく、僕がデスティニーブレイカーを翳すための、そのー……構想? 間違ってヘンテコな運命破壊をしないように、きちんとしたイメージを立てる時間をいただいていたのです。

 

「ん、イメージ完了と。創造とかを得意にしてる奴ってスゲーよなー。よく雑念混ざらないもんだよ」

 

 言いつつほんのちょっぴり元の世界とここを繋げて運命破壊。これで、居る筈のないアイの親戚がなんかいきなり死んで子供だけ残った記録が作られた。

 両親の名前は、父が星野黒鬼接吻(ブラックオニキス)と、母が星野緑翠(エメラルド)ということで固定。ちなみに祖父は星野守護光(アレキサンドライト)、祖母は星野祖希望光(パライバトルマリン)にしといた。

 息子よ、娘よ。……強く生きなさい。全部アイのネーミングセンスが悪いんだ……。

 

「さて。あんまり無茶なことばっかしてるとま~たレーシェンが凸ってくる(物理)かもだし、ここでの暮らしもそろそろ終了っと。お子めらは親戚の子として紹介するとして……」

 

 俺やアイ両方に仕事がある時はどうしよう……と考えたけど、ドッペル博光にやってもらえば問題なかった。だってボク仕事ではぴえヨンだし。

 

「………」

 

 ……うむす。そろそろアイのほうもいいかな?

 こちらも適当に考えてみたけど、やっぱ20歳アイとしては複雑なんだろうねぇ。一応は自分から産まれた筈のお子が、経験したものとは違うっていうのは。髪はやっぱり黒(紫がかった)だったし、金髪要素なんてどこにもなかった。

 そして二人は俺には似ず、アイによく似ておられる。

 そんな二人の成長を見て20歳アイの心境は結構複雑らしく……今はちょっと向き合わさせてと言って、一人で双子と向き合っておるところです。

 




……すまぬ。
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