オリジナルです。
何事にも手遅れなことや、間に合わなかったこと、少し躊躇をしてしまっただけで届かなかったもの、などがある。
俺は昔っからそんな場面を見続けてきて、せめて自分だけは間に合わなかった、なんて事態にはならないようにって頑張ってきた。……つもりだった。
それでも出来ることなら時間を巻き戻したいって思うことなんて腐るほどあったし、後悔して泣いたことだってあったりした。まさか泣くほど悔しい思いをするとは思わなかったことだって、思い返してみればとっても大事なことだったから。無意識に心がそれをとても大事なものだって理解していてくれたことが、悔しくてたまらないこともあったのだ。
なんで届かなくなってから悲しい思いをしなくちゃならないのか。
どうして、届かなくなる前にそれが大事なものだと自覚させてくれないのか。
人間の感情っていうのは本当に、その本人にこそやさしくないのだと理解させられることばっかりだった。
だから───
「え…………今、なんて」
「だから。俺、美香と付き合うことになったから」
だから。今回のこれも、間に合わなかった俺が悪い。
準備をするあまりに届かなくなることなんて沢山あるのに、その一歩にこそ届かなかった。
「俺、前から美香のこと好きでさ。てっきり美香はお前のこと好きなんだろーなって思ってたから躊躇してたけど……告白してみたらOKくれて。だから……すまん義雄、これからは幼馴染三人って関係だといろいろモヤモヤするからさ。その……」
「…………恋人二人きりにしてくれ、って……?」
「…………すまん」
目の前ですまなそうに俯く幼馴染の男、黒沢雄二と、ここには居ないもう一人の幼馴染、白崎美香。そして俺、赤川義雄。黒、白、赤……なんて苗字だから、白黒とか赤白とか紅白饅頭とかからかわれたもんだ。ほら、紅白饅頭の場合、赤と白と、餡子が黒だから。
けど……そっか。美香は雄二を選んだか。
義雄、雄二でギュージとか呼ばれてた俺達コンビだけど、まさか同じ人を好きになって、先に…………いや、先にとかじゃないよな。こういう時───同じ人を好きになった場合は、相手が誰を好きかで決まるんだ。それが俺じゃなくて雄二だった。それだけのこと。
結局俺は、雄二にまともな返事も出来ないままに……鳴るチャイムに救われるかたちで、昼休みを終えた。
……。
時間が過ぎていく。
当然、授業に集中できるはずもなく、幼馴染って関係と好きな人を一緒に失くしたような喪失感を抱きながら、ぼーっと流れる時間を過ごした。
思えば……そうだよなぁ、美香と雄二は同じクラスで、俺だけ別クラス。
子供の頃は休み時間になる度に集まって馬鹿やってたけど、高校二年にもなればそれぞれのグループが出来るし……俺にだってそういう集まりはあった。
でも……帰りはいっつも三人一緒の帰宅部だったし、そんな集まりで馬鹿話して笑うのも日課みたいなもんだった。
それが……今日から無くなる。朝一緒に登校した時は、あんなにも三人で笑い合っていたのに。……いや、ちょっとだけ、二人に違和感はあった気がしたけど。雄二は美香にばかり話しかけて、美香は俺を気にするようにソワソワ。……ようするに、そういう関係になって、俺にいつ話すかを……ああ、そっか。これは、気づかなった方がよかったかもなぁ。べつに幼馴染なんだから隠し事は~とか言うつもりはないけど……はぁ……。
「ヨッスィー? おーい、ヨッスィー?」
「人を崖を飛び越えるためのナマモノみたいに呼ぶのはやめろ……」
「お前のその認識の仕方のほうがひでーよ」
後ろの席の野庭智之くんが、俺の背中をシャーペンの頭の部分でつつきつつ声をかけてくれる。……シャーペンだよな? なんか押されるたびにカチカチ鳴ってるし。
義雄、だからヨッスィー。ちなみに野庭くんは髪の毛がボサボサな所為でボサノバで知られている。不潔なわけではなく、ファッションボサボサヘアーだと言って譲らない元気男子だ。キメゼリフは“シリアスプロブレム! アイアム野庭!”である。いろいろと
「どした? 元気ないじゃん。さっきからドゥァ~……って溜め息ばっか吐いてるし。仕事に行きたくない兄貴みたいだ」
「いやー……まーた嫌なことが起きちゃってなー……?」
「なんだ、また間に合わなかった……的なヤツ?」
「そー……一生に関わりそうなくらいの大後悔時代到来……」
「そりゃまたなんとも……あれか、やっぱ人間関係? ヨッスィーがそこまで落ち込むってことは……あっ、もしかして幼馴染関連? もしかして大喧嘩して仲違いしたとか」
「仲違いかぁ……」
その方がよかったのかもしれない。いっそ嫌いになれれば、どれだけ───
「あ、あー……もしかして、アレ? 間に合わなかったシリーズで男2人で女1人といえば、相手の男が先に女に告白して、間に合わなかったシリーズ……ヨッスィイイイイイーッ!?」
言葉として改めて認識させられた途端、俺の体から力は失われ、ドゴーンと机に倒れ込んだ。
「うわぁマジか!? マジなのかー! うわー! すまんヨッスィー! すまーん! 傷口えぐるつもりなんてなかったんだ! 起きてくれヨッスィー! ヨッスィイイイーッ!!」
そう……間に合わなかったんだ。こんなに好きなのに。今なら思っていた以上に好きだったって自覚出来るのに。
なんで人間ってのは届かなくなってから気づくんだ。どうしてきっかけが無ければ気づけないんだ。本当に……本当に本当に、人間ってやつは情けない。
こんなことの所為でいったい何度、何人、後悔を抱けば済むのだろう。
でも───
そう……そう、だな。
どうせ……幼馴染って関係も疎遠になっていくんだ。なら───
「………」
「ヨ、ヨッスィー?」
痛む頭をのそりと起こして、きちんと自覚させてくれた野庭くんに感謝を。
そして───
(けじめを……つけにいこう)
これは、俺の最後のわがままだ。
そして、あいつらを祝福するための、未練潰し。
……。
恋人宣言を雄二にされたその日のHRまでの短い時間。放課後にはあいつらは二人で帰るんだろうなと思いつつ、じゃあその時はどうするか……なんて思いながら、ヴェンジョに向かう途中……他の生徒もまばらな中、美香を発見。
俺を見つけるなりぱあっと笑顔になって、てこてこと寄ってくるその姿に心がメキョキョメッシャアと握り潰され締め付けられる。やめれ、マジで死ぬる。音がやばい。どんだけ好きだったんだよ俺。どっちにしても遅れたんだぞ俺。ちくしょう。
なんなんだこの笑顔。もしかしてこれから俺に、にっこり笑顔のまま報告するのか? だろうなぁ、こいつなにかっつーと嬉しいことがあると俺に報告してきたしちくせう。
(───)
もういいかなぁ。放課後にちょっと時間をもらって言うつもりだったけど、どうせここには邪魔するやつも居ないし。これはけじめだ。俺が幼馴染って関係から一歩離れるための。だから……どうか恨まず、許してほしい。……いや、いっそ嫌う方向でだろうと距離を取ってくれれば、それで───
「美香」
「え? うん、なになにヨシくん」
「俺、お前が好きだ。一人の女の子としての、白崎美香に惚れてる」
「───…………ほぇ?」
小柄な彼女が、俺を見上げてぴしりと停止。
そして顔をちりちりと段々と顔を赤くしながら、目を見開いて震えていく。
「ぬなっななななにっ……!? なななに言ってるの……!? ヨシくん今なにを言ってるか理解してるのっ……!?」
小声で、けれど慌てた様子でわたわたと言ってくる美香。そりゃそうだ、既に成立している幼馴染同士の恋人に、幼馴染が告白してるんだから。その言葉ももっともだ。
「非常識なのはわかってるよ。けど俺は───」
「だだっだだだだったら! なんで!? なんでこんな時に言うのっ……!? トイッ……おは、お花摘みに行く途中で告白とか、よよよよよヨシくんにはデリカシーとかムードってものの知識がないのかなっ……!?」
「いや、でもな、今じゃなきゃ言えないと思って───」
「言えるよぅ! HR終わったあとでも家に帰ったあとでも、いつだって言えるでしょー!?」
「………………いや。それだと雄二に悪いだろ?」
「なんで!?」
「や、なんでって」
「………」
「………」
「?」
「?」
真っ赤な顔、涙が滲んだ羞恥顔で、美香が俺を見上げてくる。
そこには結構な困惑も混ざっているようで───……あー、マジかー。
こいつ、もしかして雄二と付き合いながらも俺と幼馴染やっていけるって……あー。いや、まあ、そりゃそうかもだよ? 俺がお前のこと好きじゃなけりゃ、そのまま幼馴染続けていけたかもだよ? でもさ、これってそういう話じゃねーだろ。俺、お前のこと好きすぎるし、なんなら今この見上げて頬を膨らませてる天然さんを、腕の中に納めたいくらいだ。
「あの……あのな? 俺、お前のこと好きなの。今すぐ抱き締めたいくらい、好きなの。わかる?」
「ぴゆっ!? ……あ、あの、ぁのぁのぁのの……しょ、しょほっ……しょれは、しょの……お花摘みに行って、四葉のクローバー見つけて、お手々洗って、おトイレの独特の香りが私から消えてくれるまで待ってほしいといいマスカ……」
「いや、そーじゃなくて。幼馴染としてのじゃれつきで抱き締めるーとかじゃなくてだな? あの……わかってるか? 俺、お前のこと、嫁に欲しいくらい好きなの。わかる?」
「わ、わかってるよぅ! 子供の頃にした約束、ちゃんと覚えてるもん!」
「………」
「………」
覚えてて、雄二を選らんだんどすな? ええよろしおす。そこまでの覚悟があって、わちきに抱き締めてほしいとおっしゃるんどすな?
というか……もしかしてわかってないのか? はたまた二股でもしたいと申すか。
「……あのな。俺はお前とキスだってしたい。幼馴染じゃ出来ないこと、恋人同士ですること、妻にすること、全部だ」
「ふぴゅぅいゆ!? ヨッ……ヨヨヨヨシくん!? さすがにおトイレ行こうとしてる女の子捕まえて、告白してハグしてキスしてベイビークリエイションとかぶっとびすぎじゃないかな!?」
いやお前の頭の方がぶっとびすぎだと思うんだが。
「そ、そりゃね? 私だっていろいろ準備はしてたよ……? ヨシくんはいつプロポーズしてくれるのかなーとか、しょしょっしょしょしょ初夜的な日はいつになるのかなーとか……きっと忘れられない日になるんだろうなーとか……! ヨシくんから来てくれたらうれしーなって思いつつ、こっちから行く覚悟だっていつだって温めてた美香さんだよ……!? 好きなくせに、相手にばっかり“告白してほしい”、“行動に出てほしい”って求めるボーィゼンガァルはバカの極みで破滅の極みだって美香さんよーく知ってるからね……! ででででもさすがにおトイレ女子を捕まえたその瞬間にその当日が初夜とか、忘れられなさ過ぎてさすがの美香さんもびっくりさんなんだけど……!」
「………」
「………? ……?」
「………?」
「……?」
んん?
「ていうか………………いいのか?」
「ばばばっばばばばかにしないでよねヨシくん!? いっつもドジとか天然さんとか言われてる美香さんでも、準備におこたりはないんだよ!? そのっ……のにょにょのにょ……! しょっ……初潮、がきてからは……! いつ襲われてもいいように、いつだって全力勝負の下着さんだったし……!? ヨシくんにヘンに思われないように、カホリにだって気をつけてましたし!? ななななんなら14歳まで初潮が来なくて美香さんおかしいのかなぁってオロオロしてましたし!? お母さんにそれ相談したら、あぁ……そんなだから下のアレも生えてないのねぇとか溜め息吐かれたしうわぁあああん!!」
「………」
ちょっと待て。なんか変だ。いや、こいつに下段ヘアーが生えてないのはまあ印象通りだからべつにいいのだが。14の誕生日になんかやたらと俺のこと真っ赤になりながら見てたのもまあ、今の聞いて納得したっていうか、うむ。いやうむじゃないが。
あのー……お前、雄二に告白……されたんだよな? 受け入れたんだよな?
…………いや。いやー……いや。なにせこいつだもんなぁ。もしかしたら告白されたことにも気づいてないで、“お味噌汁毎日飲みたいの? それくらいおやすいごよーだよぉ”とかにこやかに言ってそう。
「……美香」
「な、なにっ? あのっ……そろそろ美香さん、お花さんにお水をあげないとやばいっていうか……!」
「俺のために毎日味噌汁を作ってくれ」
「だからなんでこんな時に言うのぉおおおっ!? 嬉しいのに恥ずかしいよぅ! あにょっ……あのあのヨシくん!? それぷろぽぉずだよね!? あのっ……美香さんと結婚してくれるってことだよね!?」
「や……ていうかお前はいいのか?」
「伊達に何年も毎日毎日しょーぶ下着装着してませんが!?」
「ていうか初夜って普通、結婚式のあとじゃないか?」
「うら若いボーィゼンガァ~ルズが結婚式の夜まで待てるだなんて美香さんは思いません! ていうか襲ってくれないなら私が襲います! 相手にばっかり行動を求めて、行動してくれないから~とか言って他の相手に身や心を差し出すなんて、恋する人間として恥を知れって話だよね!? そしてもう行っていいですか!?」
なんで敬語? あとすごい涙目でもぞもぞしてる。
「いや、行ってもいいけど……話が終わるまで待っててくれるとか、ほんと美香は律儀だなぁ」
「曲解とかされてせっかくのぷろぽぉずを無かったことにされたくないもん! だ、だめだからね!? 浮気とかしちゃ嫌だからね!?」
「……というかだな。お前、雄二に告白とか、された? で、受け入れて恋人になった、って聞いたんだが」
「え? ユウくん? なんか最近ヨシくんのダメなところばっかり口にするから話してないよ?」
「───」
朝、三人登校。雄二が美香に一方的に声をかける。美香は俺を見てソワソワ。………………あー! そっちの方だったかー!
告白して成功したー、って予め俺に言っておいて、俺が距離を取ることで美香が傷ついているところにニチャアって笑みを浮かべながら距離を詰める……あー!
いやまあ……あいつ昔っから妙に計算高いところあったもんなぁ……。
けど、まあ。計算高いからこそ。
「…………あー、ホレみろ、来たわ」
スマホが鳴った。見てみりゃ幼馴染グループの
さらにポン、と飛ばされた言葉は、【美香、ちと今日大事な用事があるから義雄抜きで頼む】だった。
……あいつが美香のこと好きだった、ってのは本当ってことで……いいんだろうか。
あー……実は俺を焚きつけるための演技だったーとかそういう方向を期待してたのに。マジかー……お前、そうまでして美香が……や、まあ現状こんな風に告白した俺が言えたぎりじゃないけどさぁ。
そうは考えつつも、俺はきゅむと美香を抱き締めた。
「みゅうっ!?」
美香は真っ赤になってコチーンと固まる。その上で、さらに「好きだ」と、「愛してる」と何度も届ける。
「ひっ、ひやっ……あにょっ……うれっ、うれしいん、だけど……ねっ!? あ、あの、ヨシくん? ……ヨシくん!? 美香さん、そろそろジョーロくんがあの……!」
準備がどうとか、それ以前の問題だ。突っ走れるなら突っ走るべきで、離れてしまっても届かせることが出来るなら、届くまで足掻くべきで───
「ヨヨヨヨヨシくん!? ヨシくーん!? んひゅっ……ひぅう……! あぁああああもう一歩も動けないところまで……あー!!」
おっといかん。
さすがに未来の嫁を地獄に叩き落すわけにはいかない。
ので、
「美香。お姫様抱っこと肩担ぎ、どっちがいい?」
「おっ……お姫様、抱っこで……!」
「御意」
ほいさ、と声……は出さず、美香を抱き上げる。これでも日々鍛えてます、このくらいは平気ですとも。もうまばらだった生徒も教室に戻ったようだし、恥ずかしさもない。
……雄二が俺の悪いところを口にしたのは、まあ……若干の恨み的なものや嫉妬もあったのかも。なんにせよ、もうちょい俺も自分の届かないものや準備ばっかり考えてないで、周りのことも考えて───
「ひうぅっ……! よ、ヨシくん……ちょっと……ぎゅーって……おもいっきりぎゅーって抱き締めて……!」
「ん、よし、わかった」
ぎゅう。
お姫様だっこのまま抱き締めると、当然ヘンな体勢になる。
美香は俺の頭を掻き抱くように、渾身の力を込めてぎゅぎゅーと抱き着いてきた。
ああうん、ジョーロくんがアレな時、なにかしら渾身込められた方が落ち着けるよね。でもね、美香。キミ、俺の顔にそんなに胸を押し付けてどうする気ありがとうございます!!
「うぅうう……ヨ、ヨシくん……そっと……そっとね……? そっと歩いて……」
「……あのー、美香さん? 俺、さすがに女子トイレの中までは───」
「誰の所為で動けなくなってると思ってるのー! もー! もーぉおおお!! うぅう……こ、この際、男子トイレの個室でもいいからぁぁ……!!」
「───御意」
そういう話ならばチューチョはない。
俺は堂々たる態度で男子トイレの中を調べ、誰も居ないことを確認するや───女子を男子トイレの個室まで引きずり込むかのように動き、パタンと扉を閉ざして───…………
「………」
「………」
「出てってばかー!!」
「アイムソーリー!!」
一緒に入ってしまい、ビシャーンと叩かれ追い出された。
途端に一秒も我慢できないといった感じにゴソゴソ音とともにコチャンと鍵が閉められ、やがて───
「あ、あれ? あれっ!? 音が鳴るあれがないよ!? ヨシくん!? ヨシく───あ。あー! あー!!」
……やがて。美香さんの悲鳴とともに、ジョーロくんからお花へと、水が撒かれたのでした。咄嗟に思い立って水をジョヴァーナァーと流したけれど、その音がいつまでも続く筈もなく。俺の耳には解き放たれる水の音が、いつまでもいつまでも───
「息を殺して必死になって聞いてないでよー! ヨシくんのばか! ばかー!!」
バレた。
……。
さて。もはや恥も知らんと涙のあとを隠しもしない美香は、ゴシャーアーと手を洗うとハンケチーフで手を拭いて、俺の腕にがばしーと抱き着いてきた。
「お、おお……あの、美香?」
そしてスモール便器の前までズッタカズッタカと歩かされ、彼女は俺の背に回ると自分の背を預け、言ったのだ。
「ヨシくん。美香さんは怒ってます」
「お……おう」
「なので、見はしないから、この状態でその……おしっこ、してください」
「俺とお前今日だけでどんだけレベル上げる気!?」
「みみみみみ美香さんの音だけ聞くとかズルいもん! 美香さんだってそれなり以上にヨシくんの生態に大変興味がおありなんですのよ!?」
「そうなんですの!?」
「そうなんですの!」
既に俺達は相当暴走していた。しかし、まあ、その……あの。
羞恥に濡れた美香の顔とか、音とか、この扉の先では……とか考えていた所為で、うら若き
俺、中学の時の修学旅行で風呂に入った時、メイツにMr.ビッグって言われるくらいにはデカいらしいのだが、それから高校生となった俺、さらに凶悪になったわけだが……それが存分にメキメキとご立派様しておられる。
この状態だとオショースイってとっても出し辛くありませんか? や、出はするけどさ、寝起きに家でする時って距離を選ぶのが難しくて、俺大体座ってするんだよな……跳ねるのも嫌だし。いやなんで俺自分のスモール事情をこんな時に長々と……。
しかしこんなことで嫌われるのも嫌なので、窮屈で仕方ないそこからチャックを開け、マイサンを解放した。
……おおう、凶悪なくらいにそそり勃っておられる。
ごらん、後ろの美香も「ほやぅわぁああああっ!?」とか叫んで……クォラ。
「美香さん? なにを見ておいでで?」
「どどどっどどどどどー!? や、はわっ……だだだって子供の頃は、ぞーさんみたいに……! な、なのにっ……ガ、ガラパゴッッ……どどどどっかのゾウガメさんみたいに……ハワワ……!!」
「いーから後ろ向いててくれ……はぁ」
「……………」
「………」
「……っ」
「喉鳴らして覗かないのっ!」
「だだだだっていつかは見るものだし……ていうか最速で本日ですか!? さっきのヨシくんの言葉だと、今日早速ベイビークリエイションに……! ふっ……ふつつかものですがー!!」
「………」
うん、なんかもう……いいや。今日襲うこいつ。
わざわざ丁寧に説明して、男子高校生の欲情を無にする必要がありましゃうか。いやない。反語。
そんなわけで……解き放ったそれをまじまじと見られつつ、めっちゃ恥ずかしい思いをしながら……俺たちの恋人生活は、始まった。
天然幼馴染って……なぁ。珍しいよなぁほんと……なぁ……。
……。
……さて。
「ところで美香」
「なにかねヨシくん」
「なして、コンドーさんのご購入を止めっとや?」
「フッ……知れたことだよヨシくん。……幼き頃より準備をしてきた美香さんに、安全日計算のぬかりはないんだよ!」
いざヘヴン&アイズホールディングスが経営なされるコンビニエンスストア、ヘヴントゥエルブに入らんとしたところで、美香さんに止められた。どーん、とばかりに豊かな胸を張って、ふんぞり返りながらの宣言によって止められた。
最近はコンヴィニにも極うすさんが売られてるから怖いわー……。
「へ? じゃあエロゲの如く、今日が偶然安全日とか───」
「んーん、今日違う。もうちょっと先」
「………」
「………」
ザムシャア……と一歩を踏み締めた。……止められた。
「───……、ってだから! なんで邪魔をする!」
「ヨシくん貴様! この長き恋とともに守ってきた美香さんの初めてを、ゴム製品なんぞに与える気ですか! 許しません! そんなの美香さん許しません!」
「普通そういうのって男の方が強引に迫るんじゃないかなぁ!?」
「襲ってくれなきゃ襲う宣言した美香さんに怖いものなんてないんだよ!? でもゴムなんて許しません!」
「お前うら若き
「ベイビークリエイション!」
「サムズアップやめい!」
「ちなみに美香さん、初めては最後まで抜かずにじゃないと許しません」
「やめいっつーの! どう考えても養えんわ! バイトの給金考えてから言え!」
「じゃっ……じゃあそのっ……えと。……お互いで、お互いのお大事様とご立派様を慰め合いつつ、安全日を目指しませぬーか?」
何語だセヌーカ。
ボシュウウウと湯気が出んばかりに顔を真っ赤に、もじもじさん状態での告白に、一瞬意識が遠退き始めた。そのくせ俺の俺がご立派様になりたがり始める。おやめ! パパはご起立を許しませんことよ!?
「いや……お前なぁぁぁぁ……」
「お、女の子がエロスに興味津々でなにが悪いのかな!? この美香さんとて若き修羅ぞ! そ、そういう行為にはとても興味がございますのですよ!?」
「……ようするにそのー……避妊はさすがにしたいけど、初めては抜かずに最後までくっついていたく、さらにはゴム製品に貫かれるのは嫌。でも今日関係を深くしたいし、むしろ我慢出来ないのでまぐわおう友よみたいなノリか」
「友じゃないでしょ!」
「はい恋人ね」
「婚・約・者!!」
「ぉぅ……」
流れ的に、こういう場面での男は“はいはい恋人ねー”的なことを返して、“はいは一回”とか返されるんだろうなー……なんて思ったので、はい恋人と返してみれば、まったく違う方向で返された。
「じゃあそのー……だはぁ……! なんで俺らこんなことコンビニ前で言い合ってんだ……? ごほん。あの、あれだ。一度その……な? 俺ので貫いてから抜いて、それからゴムを……だな」
「ヨシくん」
「お、おう? どした?」
「ゴム使ったらヨシくん殺して私も死ぬから」
「重いんだが!?」
「聞きなさい恋人さん。いやさ婚約者さん。今からとっても大事なお話をします」
「………」
なんかスゲーどーでもいいこと言いそうだーと思いつつ、どうぞと先を促してみると、美香は右手を開いて胸の中心に置き、左手をバッと左斜め下へと軽く開き、なんか人を説得するポーズチックな格好をして、静かに語りだした。
「この白崎美香さんは幼き頃からヨシくんのために成長してまいりました。母に支えられ、父に支えられ、時にヨシくんを支え、頻繁にヨシくんに支えられまくり、成長してきた美香さんです」
「あ、そこは正直に頻繁にって言うのな……」
「なればこそ! ……ヨシくん以外に侵入されるとか絶! 対! 嫌!! ゴム使うならエッチしません。嫌! 絶対嫌!! どうしてもと言うなら美香さんの屍とすればいいさ!」
「………」
一途って嬉しいけど、程度にも寄るよなぁぁぁぁ……。
「ていうかヨシくん」
「お、おう?」
「初めてっていうのは貫いてから抜くまでが大事だと思うのです。抜いてゴム装着とかおなごの初めてナメとるんですか? 少なくとも美香さんはそう断言する派閥に所属しております。許しません。そんな初めて許しません」
「………」
こいつのエロ知識ってどっから来てるんだろうな……。いやまあ絶対こいつの姉なんだろうけど。エロ好きだもんなぁあの人。
白崎ななかはエロである。ていうかスケヴェである。
ちなみにスケベという言葉の語源は“好き”を人の名に擬したものであり、好きから
つまり“好き”が多いものを助平と呼び、色を好みすぎるだらしのない者をスケベとも言ったわけで。英雄色を好む、という言葉があるけど、あれの略称って“スケベ”でいいんだって。素敵。
まあつまりは平が付くからって男のみをスケベというわけでなく、色を好みすぎれば女だって助平なのだといふ。
というわけで白崎ななかはスケベなのだがえらい美人さん。しかしスケベ。
そういうことに興味津々だが、将来をともにする者以外とそげなことはしないと誓いを立てているらしい。己に。
“美香とダメになったらおねーさんと未来を歩こう!”とか言われてました。理由? 理由は……こんな事情を知っても引きもせず受け入れてくれた俺だから、らしい。
“二十歳までにおねーさんに恋人の一人も出来なかったら、おねーさんの初めて、ヨシにあげるね?”なんてにっこり笑顔で言われた。……あの。ななかさん? アータの二十歳って今年じゃねっすか。あれ? あの人の誕生日いつだったっけ。あれ?
「……あーその。美香? 安全日って大体いつ頃になりそげ?」
「え? んー……お姉ちゃんの誕生日くらいかなぁ」
「いやな予感しかしない!! 美香!? あの美香さん!? ななかさんってもう恋人とか出来───」
「え? お姉ちゃん? ……えっとね、“大学ってね、外見と体目当てのクズどもしか居ないから無理”、とか言ってたよ? あとなんかね? 二十歳になったら素敵な彼氏が出来る予定なんだって。どんな人だろうね? きっと美香も気に入るからってすっごい嬉しそうな顔で、幸せそうに言うの」
「キャーッ!?」
しっかり覚えてらっしゃった! ああもうこれすっげぇ美香の家とか行きづらい! ていうか入ったら食べられちゃうんじゃなかろうか!?
「ああもう…………あ。そういや雄二どうした?」
「え? 知らない。なんかヨシくんの悪口ばっか言って、ヨシくん
「もしかしてお前が好きだーとか言うつもりだったとか」
「えー? やだなぁヨシくん。私、人が居ないところで人の悪口ばっかり言う人なんて好きになれないよ?」
「………」
まあ、そらそーだ。俺だってそーだ。誰だってそーだろ?
「しかしまあ、もしそうだとしたら……あ。あいつまでお前のことが好きだったら、なんつーか、ギャルゲーとか漫画の幼馴染ものみたいだよな」
「あー、お姉ちゃんがよく言ってたなぁ。“いつか美香がヨシと付き合うようになったら、誰かに寝取られるかもしれないから気をつけてねー”って。それがユウくんだったら……やだなぁ」
「───」
いや。この場合、俺がななかさんにNTRれそうで怖いんですが? 俺ホモじゃないよ? むしろななかさんのその言葉が、美香にこそ大事になさいよって言ってるようで怖いんだが。
「それって、雄二に呼び出された場所に行ったら強引に襲われてーとかか?」
「想像なんかしたくもないけどね。気心知れた幼馴染だって、男の子と女の子なんだから、いつだって気をつけなさいってお姉ちゃんが言ってくれたんだ。どんな理由があっても、ほんとに大事な人が居るなら他の男の子と迂闊に二人きりになんかなるな~って」
「───」
はい。迂闊に二人きりになってしまった所為で、二十歳になったらあげちゃう宣言されたお馬鹿は誰でしょう。そう、俺です。本当にありがとうございました。
「ゴム買おう」
「ならぬ」
護身完了は遠かった。あとこの天然さん、返事がいちいち男らしい。
……。
で。
「あの……美香さん?」
「ん? なにかな、ヨシくん」
「勉強するなら対面で十分な気がするんだが、なんで俺の隣に座るかな?」
「恋人さんだからだよ?」
「お前距離感間違ってない!?」
現在、俺の家。
仕事が途中で終わったらしい母が既に居て、そんな母に恋人になりました報告をしたのがついさっきで───
「義雄ー? 美香ちゃーん? お菓子持ってきたから開けてもらえるー?」
……母は、めっちゃ突っ込んでくるようになった。
早朝までは“あんたの人生なんだから好きに生きなさい”な雄々しい母だったのに、今では息子の恋人関係に興味津々の構わせてちゃん母である。なんだい構わせてちゃんって。構ってちゃんの亜種?
「あ、はーいおばさーんっ」
「ふほほほほほ、おばさんだなんて美香ちゃん、お義母さんでいいのよ?」
「ふひゃっ……!? ぇと、おか、っ……お義母、さん……?」
「んん~……♪ いい響きッ……! いやー、いつかはくっつくかと思ったら、それが今日なんてっ! さっさと終わった仕事に感謝しなきゃねー? てか義雄ー? アンタもやるねぇ。今朝なんてぬぼ~っとした顔で出てったのに、まさか彼女作るなんて。しかも美香ちゃんなんて」
「いや……うん」
「ま、アンタのことだしどーせ告白も美香ちゃんからだったんだろーけど」
「え? いえ、違いますよ? ヨシくんから熱烈に告白されました」
「───OH。Oh My Son……貴様にいったいどげな進化状況が起きればそげなことに……!?」
そげなこと言うな。あとモノスゲー綺麗な喋り方でオウマイサンとか言うな。
「みっ……美香ちゃん? 宅の息子はどげな感じの告白を……!? アタシ、自分がガサツな自覚があるから、息子がちゃんとした告白とか出来たかすっごい気になって……!」
「しょほっ?! しょっ……そ、それは、ですね……!? えと……急にわたしを呼び止めて、お前が好きだ。一人の女の子としての、白崎美香に惚れてる……って」
「ワーオ!! それからそれから!?」
「わわわわたしがびっくりしてもじもじしてる間にも、誤魔化されないためにだったのかな……続けて何度も何度も熱いくらいの告白を……! 抱き締めたいほど好きだとか、じゃれつきで抱き着くんじゃなく、お嫁さんにしたいくらいに好き、の方向の抱き締めたいだとか……! あのあのお義母さんっ……!? これってそういうことですよねっ!? お嫁さんにしたいほど抱き締めたいって、そういうことですよねっ!?」
「Son……」
「だからなんでいちいち英語っぽく言うんだ!?」
「うるせーなぁ、ガサツに生きるとなんか英語とかに妙な憧れ抱くもんなんだよ悪ぃかコンニャロォ。てかアタシがガサツだったから旦那射止められたんだから、その後に産まれたあんたにどーのこーの言われる筋合いなんざねーわよこの馬鹿」
「言い方ひっでぇ!」
「てかね、あんた美香ちゃん逃したらその後に女に惚れられる自信あんの? アタシがアンタなら絶対無理」
「ち、ちくしょう言い返せねぇ!」
むしろ美香が俺を好きとか幼馴染補正があって初めて叶うことなのでは? とか普通に思ってしまう。幼馴染補正って怖いよね、家族にしか思えないとか言われることや、近すぎて気持ちが分からない、むしろ大好き愛してるのに相手が家族としてしか思ってくれないとかいろいろあるし。
それを考えれば、確かに俺にこの先の望みなんて───
「……えっと、母さん?」
「お、なに? あんたがそう改まるってことは、アタシになんかしらの頼みがある時だ。ほれほれ遠慮せずかーさんに言ってみ?」
「美香にゴム無しおセッセを迫られておるのですが、俺はどうするべきですか?」
「高卒で働くならダチん仕事場紹介してやるよ? 仕事はちとキツいけど給料はいい方だ。下手にブラック会社に就職するよりゃ安定して稼げるし、まあガキが出来てもアタシが面倒見てやらぁ。だから若い内の冒険したいなら好きなだけしとけ。ただし浮気は殺す。社会的に殺す。物理的にも半殺す」
「怖い!?」
「……いいか義雄、覚えとけ。信頼を裏切るってのはグループにとって死罪だ。勝手に期待押し付けて出来ませんでしたで怒るクズどもとは違う。家族っていう枠を互いに納得して、信頼して作っておいて、それをブチ壊す輩にゃ老若男女の区別なく制裁を加えるべきだ」
話だけ聞いてるとヤクゥザ的なものに聞こえるから怖い。
「あの、お義母さん」
「ムヒョッ? ……こほん、なに? 美香ちゃん」
(ムヒョって言った……)
(ムヒョって言った……)
「あの……今日、ユウくんに───」
美香が、今日感じた雄二に対する物事を告白する。俺もそれに合わせて、疑惑やらなにやらをぶつけてみるのだが───
「んー……義雄に発破かけたかったのか、それとも呼び出しておいて美香ちゃんと義雄をくっつける相談役に出たかったのか。はたまた義雄を騙してまで美香ちゃんが欲しかったか」
「美香、雄二から連絡は?」
「あ、電源切ってたから分からないや」
「電源って」
「だってヨシくんのことヘンに言うメールばっかり来たら嫌だもん」
「………」
言いつつ電源を入れると、テルーン♪ と通知が届く。
しかも全部雄二から。
「ウワー……」
「あーこりゃ黒かね。まぁ昔っからちょろっと小賢しいところとかあったから、怪しいといえば怪しかったけど。なにかっていうと義雄に張り合おうとしてたところ、あったし」
「……ってことは?」
「義雄が心から欲しかったものを、自分が先に~とかそんなことを思っちゃったんじゃないの? 美香ちゃん、気持ちがしっかりハッキリしてるなら、今ここでメールで返事、しちゃいなさい」
「返事、ですか?」
「義雄が好きならそれが理由でもいいから。あー……義雄が好きだから男の子と二人きりは怖いです、でも全然OK。むしろ今日、なんか落ち込んでた義雄が見ていられなかったから猛アタックしてオトしましたでもOK」
やめて! ユウくん泣いちゃう! いやまあ雄二自体が相当ひでぇことしてるのは確かだけど。もし誤解だったら雄二泣いちゃう!
「み、美香? さすがに煽りになるようなことはやめとけよ? あいつにだって思うところはあったんだろうし、ヘンに逆上したりしたら───…………アノ、ミカ=サン? スマホいじってなにしとっとや?」
「え? お義母さんに言われた通り、ユウくんにエニルを」
「アイヤー!?」
この時のことを、俺は正直に語ろうと思う。なんか知らんけど本気で自然にアイヤー言いました。口から出た悲鳴がフツーにアイヤーだった。なんで? いやそーじゃなくて。俺の悲鳴事情なんてどうでもいいわ。
何故ならその後すぐに雄二からエニルが届いたからだ。
「対応早ぇーなおい。美香ちゃん? なんて?」
「えーと……『おいおいおい嘘つくなって、別に俺が距離置かれるのはいいけど、嘘だけはいただけない。ほんとに付き合ってるならキス写真のひとつでも添付してくれ』……って」
「……ラブコメの娘と彼氏の偽装カップル関係を疑ってる父親かよ」
「へー、おもろいこと考えるじゃない、ユージのやつ。んじゃアタシもちょほいと心配だから、美香ちゃん、義雄、ほんとにお互い好きならここでぶちゅっとキメちゃいなさい」
「「えぇっ!?」」
「いや、えぇじゃねーわよ。アータらさっきまでゴム無~しおセッセィの話題で相談しておいて、よくもまあチッスくらいで驚けるわね」
「あの。わりとシリアスプロブレムな相談なんで、アルバートオデッセイ風におセッセ語るとかやめてくださいね、おかーさま」
「よっしゃやめる。んじゃ写真はアタシが撮ったるからとっととぶっちゅをおし。ほ~れぶ~っちゅ、ぶ~っちゅ♪」
「いつの時代の悪ガキだよ!」
遥か昔のガキャアの時代。お子めらの間で“キス”は“ぶっちゅ”であった。(実話)
しかしやる。こういったものは雰囲気やシチュが~とか言いたいこともありましょうが、なんか俺がどうこうよりも美香がモノスンゲェ俺の唇ガン見してきてる。むしろ断ったら押し倒されそうです。誰だよこのおなごを天然入ったおっとり美女とか言ったの。ああいや天然入ってるからこそのこのぐいぐい押しなのかもしれんけど。
けどまあその。ほら。する、って決めたらなにがなんでもみたいな、こう……ラヴい空気がモシャアアアと発生してきまして、さすがに緊張してきた。
「じゃ、じゃあその……美香?」
「ぶ、ぶっちゅ……しちゃうの?」
「ぶっちゅ言わない」
振り絞られた雰囲気さんが裸足で逃げ出した。
しかもモノスゲー速さだった。雰囲気さん、あなたもしやウマー
だが、初キッスにかける男の欲求は、そげな程度では滅びません。ラピュウタのように何度でも蘇るのだ。……思ったんだけど、どうしてラピュウタが何度でも蘇ると信じてるからって、何度目かの滅びの中で自分が滅びる可能性とか考慮しなかったんだろうね。フカスカ大佐は。
「美香……」
「ヨシくん……」
「アタシ……」
「かーさん。恋人同士の名前呼びにわざわざ参加せんでいいから」
「や。一度やってみたくない? 雰囲気出してお互いを呼び合う連中の中で、自分を呼んで自分の肩を抱く~とか」
「微塵も思いませんが」
しかし、茶化されたお陰で少し冷静になれた。ラピュウタのことをわざわざ考えるくらいには。
なのでまずは手を繋いで、深呼吸して、きゅむと抱き締めて───おほう!? いやちょ、きゅむでいいんだって! なんでムギュウと抱き締めてきてはりますか美香さん!? しかも存分に全力で抱き締め終えたら、その姿勢のままに胸にすりすり顔を擦り付けてくるし……! ……よ、よかと? こういう時、頭とか撫でて……よかと? よかちゃいね? ……撫でた。あら髪さらっさら。うほぉあ、どうなってんでしょーね女の子の髪の毛とかって。え? 俺も快感シャンプー体験とかすれば、イエ~スとか言いつつ髪がこんなにさらっさら~になったりするの? ……よし、余計なことを考えたお陰で少し冷静になれた。胸はドキドキのままだが。そんな鼓動が嬉しいのか、俺の胸に耳を当てていた美香が俺を見上げ、にこーと微笑みかけてくる。かわいいなチクショイ。
「……美香」
「ん。ヨシくん……」
やがて、ひときわ大きな鼓動が自分の鼓膜にまで届くと、それに促されるように顔を近づけていき、目を閉じて───やがて、キスをした。
こう、唇がチョンッ……と触れ合う程度のキス───かと思いきや、それが傾げられ、背に回されていた腕が首に回され、引き寄せられ、チョンだった筈のそれがムチュウッになり、驚いて密着したままに開いた口からぬるりとしたものが侵入してきてキャー!?
フッ……フレンチ! フレンチですわ! じゃなくてハレンチですわ!? 不潔でハレンチで合わせたらフレンチですわ!? ってそーじゃなくてですね!?
あっ、関係ないけどフレンチキスって言うよりディープキスって言った方がより深い感じがしますよね!? 俺だけかもだけど!
などと混乱しつつ、人としての本能か、口内に侵入してきたものを舌で追い出そうとしてしまった時、当然舌と舌はくっつくわけで。追い出そうと圧をかけた舌が、美香の舌によってヌルルヴェローチェと蹂躙されるまで、時間はそうかかりませんでした。……べつに、
そんなこんなでしばらく呆然自失。その間にも口内は美香に蹂躙され、しかしそんな舌が好きな子のものだと強く強く認識し、それが追い付いてくると、そんな感触が幸福へと反転。やがては俺も美香の舌をむさぼるように舐め、息も荒くしながら互いにきつくきつく抱き締め合い、これから本番入るンスよね? と誤解されてもおかしくないほどの、外国映画であるような超密着型がっつりキッスを終えた。
…………で、はぁはぁと呼吸を乱しながら、それが落ち着いてくると……顔を両手で覆って、俯いた。
「うう……! 初めては触れ合う程度のチッスで、お互いに恥じらい俯くとかしてみたかったのに……!」
「乙女か」
そして母にツッコまれた。
初チッスもまだだった童貞男なんてこんなもんですが!? ヘンに理想高いと失敗するって分かってるんだから、ささやかな願い程度でいいんですってばさ!
「~……それで? 写真はちゃんと撮ってくれたんだよな?」
「ん? ああ、他人のキッスを生で見るのなんてそうそう無いから見入ってた。写真撮ってないからもっかいぶっちゅ」
「母上様!?」
「いやぁまさか結婚式以外で他人のチッスを見ることになるたぁねぇ。てーわけだからほれほれはよぅ、ぶっちゅぶっちゅ」
「いやほんと……あんた実の息子にどれだけ恥ずかしい思いさせれば……」
などと言ってみても、上目遣いで見上げられ、くいくいと服を引っ張られてしまえば男などその気になってしまうのだから、ほんと男ってやつぁ……。
そんなわけでキス。一度してしまえばもはやちょっとした触れるだけのキスなど出来るはずもなく。というかさせてくれるはずもなく。二度目も互いに顔を斜に傾げ、より深く密着するように唇を合わせ……やっぱり互いの口内を味わうこととなった。
「よっしゃいい写真撮れた。てか美香ちゃんほんと幸せそうにキスするねぇ。見てるこっちが微笑ましくなるよ」
「え、えへへ……好きな人とのキス、ですから……」
「はい、ここで相手をユージに変えてみると?」
「軽蔑します。むしろ軽蔑する。ていうか軽蔑するし、ユウくんは間違ってる」
ひどい軽蔑被害が出ていた。
その間も母は笑ってスマホを操作して、雄二に写真を送ったようだった。……自分のスマホで。
「……あのー、母よ? 美香のじゃなく、母のスマホで送ったら結構すごいことになるんじゃ……」
「構やしないわよ。親公認だ文句あっかコラァってことで牽制にもなるし。あ、やべ、ユージじゃなくて嘉穂に送っちゃった」
「オワー!?」
「ホワー!?」
これには美香も驚いたようで、ホワーとかおかしな声を出していた。ちなみに嘉穂とは美香の母親の名前である。
すると少ししてこの場に居る三人のもとに一斉にメールが届き───
『うちの天然娘がついに幼い頃からの想いを成就させました! 今日は祝杯よダーリン! というわけで義雄くんは美香の恋人となりましたので、邪魔をしたりNTRうなどと考える輩は男女問わずに潰します』
───……一斉送信で娘のキスシーンをばら撒くママンがそこには居た。さすがにこれは恥ずかしい……などと思っていると、寄り添ったままだった美香がスマホから目を離すなり、俺の腕に抱き着いてきた。
「おわっと、み、美香?」
「えへへ……えへへへへ……これでどっちの親からも公認だよ?」
「あー…………」
そう来ますかこの天然さんは。そのためなら知り合い連中にこの写真が出回ってもいいと。などと問うてみれば、「? べつにいつか結婚式で見せるからいいんじゃないの? わたしは誓いのキスのつもりでしたけど……」と。お前はなにか。誓いのキスをあんな勢いでするつもりなのか。ていうか誓いのキスってそれこそ軽く触れ合うくらいのキスだと思うんだが!? あんながっつりフレンチはしないだろ絶対にしないだろ!
結局のところ黒沢くんはゲス枠です。
幼馴染~なんて者が居ようがどうしようが、ゲスはゲスですよ?